境界線上の傾奇者   作:ホワイトバス

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双月下の喪失者

 

 

 武蔵から沸き上がるのは花火への喝采ではなく、三河で起きている一件とこれから起きる事柄に対しての戸惑いと不安の声だった。

 

 ある者は絶句し、ある者は愕然と、ある者は固唾を飲む――この様々な反応こそが元信の狙い目だ。人々が驚愕することで、記憶に刻みつける。これこそが元信のやり方なのだ。

 

 

「………」

 

「―――」

 

 

 武蔵アリアダスト教導院前、校庭に架かる橋上で一同の言動は皆無に等しかった。光の柱は目に焼き付き、地の鼓動は全身へ刻まれ、僅かな動きさえも制限されたように。

 

 しかし、慶次は違った。眼前で起こる現象に驚きはしたものの、平常心は掻き乱されることはなく、この事態に動揺する鈴や東といった面子を安堵させていた。

 

 

「け、慶次くん、あの……」

 

「心配すんな鈴。直に治まるだろう……」

 

 

 とは言うものの、側にいた鈴にはすぐわかった、彼は不安げであると。

 慶次がいくら誤魔化し隠そうとも、声色から感情を読み取ることの出来る鈴の前では無意味であった。

 

 しかもその不安は恐怖や緊張から来るものではなく、『哀しみ』から来たものだということも、鈴は分かりきっていた。

 

 

( 無理、してる…… )

 

 

 この事態にではなく、これから起こる事柄に彼は不安を憶えている、鈴はそう直感と経験で感じていた。どこに無理してるのか、そのことを問い質そうとして――代わりに音を聞いた。彼が自分から離れ、歩いていく足音。その先にいたのは――

 

 

「トーリ、話がある」

 

「ん? 何だよ慶次。そんな改まった顔して――」

 

 

『ラストクエスチョンだ! どこの国に何を配った(・・・・・)と思う!?』

 

 

 子供っぽい情緒を見せる元信は大声で全世界に問う。

 返答が来ないのを良しとし、待たずして答えた。彼は大きく息を吸い、

 

 

『大罪武装は "嫉妬" の『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』という……!』

 

 

 そして武蔵にいる誰もがその名を聞いた。誰もが知っているその名を耳にした。

 

 

『その "嫉妬" はあるのは……いや、語弊だね、この言い方は。その大罪武装がいる(・・)のは極東――武蔵という国だ』

 

 

 自分達が生活してる土地――準バハムート級航空都市艦、 "武蔵" の名と、

 

 

『その "嫉妬" の持ち主は……ホライゾン・アリアダスト。……私の娘でもあり、大罪の原材料でもある自動人形――今はP-01sとして生活しているが……彼女こそが、最後の大罪武装、『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』そのものなんだ』

 

 

 かつて好いていた女の名を――二人は聞いた。

 

 

 

 

「愚弟!?」

 

 

 実の姉の声より早く、トーリは走っていた。いや、 走らざるを得なかった。

 

 元信が全てを言い切る前に、肝試しで疲れたであろう身体を動かして尚、走らざるを得なかったのだ。十年前、あの後悔通りで二人して事故に遭い、死の淵を彷徨い、――殺したといっても過言でもない彼は、ひたすら走った。

 

 

「愚弟、待ちなさい! 命令よ! 待っ――!」

 

「退いてろ喜美! 俺が追う!」

 

 

 去り際に背中を叩いて喜美を安堵させ――速さを変えることなくスピードを乗せたまま……飛び出した。

 武蔵一の速さと跳躍力を持つ彼――慶次が、いや……前田・利益として、葵・トーリを追ったのだ。

 

 

「――!」

 

「皆!?」

 

 

 さらに影が三つ。

 ネシンバラとウルキアガ、ノリキの三人が梅組の面子の制止を振り切って走り出た。さらに遅れた喜美が目一杯叫ぶ。

 

 

「二人を追って! お願い!」

 

 

 Jud――。

 淡々と答える慶次の声だけが、後悔通りより響いていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

忘れたくとも残る

 

消したくとも褪せない

 

一度ついた傷を治すことは出来ない

 

配点《後悔》

 

 

☆★☆

 

 

 

 月独特の明かりが世界を照らしていた。他に大きな明かりはない。それは三河から光が消えたことを意味し、さらに言えば、大地の鼓動も消えた。変わりに武蔵のあちこちからざわめきの音が聞こえ、また違った鼓動を見せる。

 

 

「光が……、治まった?」

 

「三河はどうなったんだ……?」

 

 

 戸惑いと不安が渦巻く中、正純は焦り急いでいた。手を引くP-01sの頭に自分の上着を被せ……周囲の目線から忌避するように。

 

 

「正純様、寒くはありませんか?」

 

「大丈夫だ。むしろ――何がなんだか分かんなくて、汗が出てるんだ。……暑い、と言えばいいのかこれは……」

 

 

 ただ己の足が速くなっているのは自覚している。それはどこか、何かを恐れてるようで、逃げているようだった。自分らしくない行動に、正純はまた戸惑いを隠せなかった。

 

 

「正純様?」

 

「とにかく急ごう……。下手に目立つと――色々と面倒だ。早く"青雷亭"へ……! 少し急ぐぞ、P-01s――」

 

( P-01sと言えば、いいのかここは…… )

 

 

 先程の放送が全て事実だとしたら、彼女はP-01sという自動人形ではなく、ホライゾンという元人間なのだろう。正純もその名は知っている。いや、今日は知ったと言うべき名か。

 

 

( ホライゾン……後悔通りで死んだと言ってたな。――葵が殺したという少女…… )

 

 

 そして、大罪武装とは彼女の感情を利用して作られた兵器、しかもそれを集めることで末世を、世界を救えると元信は言った。 

 それが意味することは、今 自分が引き連れてるのは世界の命運を分ける存在。政治の道を志す正純にとって、それがどれだけ重要なものなのかは十分 理解していた。

 

 

( 元信公の内縁の娘で葵達の同級生だった少女……。今は大罪武装の原材料で、体内に嫉妬"の大罪武装を持つ自動人形……。大方、肩書きだけで言えばこんなものか…… )

 

 

 だからこそ、厄介といえる存在なのだ。これからどうすればいいのか、分からない。政治家志望だというのに、これから何をしてどう行動すればいいのか解らず、今の正純にはどうすることも出来なかった。

 

 ならば、他人から助言してもらおう。そう思い、青雷亭に行こうとしているというのに、

 

 

「正純様」

 

 

 呼び掛けられ、静止し、

 

 

「先程の放送から察するに、P-01sはP-01sではないですのね?」

 

 

 忘れたかった事実を――ぶつけられた。

 

 

「P-01sはP-01sではなく、ホライゾンだと言われました。ですが、率直に申しまして、理解の範疇を越えております。それに――

 

 ――ホライゾンは、ホライゾンとしてどうすればいいのでしょうか?」

 

 

 問われ、何も言えなかった。突然、自分の正体を言われ、末世解決の鍵としての役目を強いられた彼女に何をしてやればいいのだろうか。

 

 だがはっきりしていることがある。それは自分が何者なのか分からないということ。己の事が分からないのは、どこか自分に似ていた気がした。

 一年前のあの時――本多・正純を襲名出来なかったあの時と同じような気持ちを、P-01sは今体験している。

 

 だから放っておけなかったのかもしれない。同じ境遇に立たされてるP-01sに、同情してるのだと。

 

 

「お前は……」

 

 

 ただの自動人形。そう、ただの自動人形のはずだ。

三河崩壊に手を貸したわけでもなく、それを指図したわけでもない……ただの一般市民なのだ。

 

 

「君は――」

 

 

 君はただの自動人形だ、心配しなくていい。その一言が軽々しく言えるわけもなく……ただ息を漏らしてとぼとぼと歩く。

 

 

 歩いて、気づいた――

 

 

「お、おい! あれは何だ!」

 

 

 ざわめきの対象は光から、巨大な影へ。

 足元がただ薄い闇から、濃さが増した闇へ変わり果てていることに、正純はようやく気づいた。

 

 闇夜の空に突如現れた巨大な艦船――三河警護艦。その航路から上側を通過ではなく、接近していると理解したのは武蔵の艦外放送が終わった後のことだった。そして彼らが何をしたかというと、

 

 

( ホライゾン……大罪武装の確保だ……! )

 

 

 聖連の命令かは知らないが、確保しに来たことに相違なかった。"村山"を包囲するように、複数の揚陸船がスピードを落としつつ、停船。

 頭上から十数人の警護隊員が降下し、二人を取り囲む形で着地する。袋のネズミとはこのことを表すのだろう。

 

 

 ……走らなかったことを後悔した。

 

 

「正純様……」

 

「心配するな、大丈夫だ。だから――」

 

 

「私なら彼女を引き渡す。――過つな、正純」

 

「父上……!?」

 

 

 何時から立っていたのか、父がそこにはいた。

 その顔と声色からして、どうも助けに来たようには見えず、辺りの警護隊員に聞こえるような響きのある声で。

 

 

「見事な協力だ。よくやった正純」

 

「――!」

 

「ああ、そうでしたか、貴方が――。我々もスムーズに回収できてよかったです。ご協力、感謝いたします」

 

 

 自然な流れで間を分け隔て、最後に敬礼。

 別れの言葉も言えずして、手を引くホライゾンは警護隊に守られるようにその場を立ち去ろうとした――その手前、足を止めこちらを振り返った。

 

 いや、正確には『こちら』ではなく、『向こう』――。大きく続く通りのずっと先を見つめ、その視線を奇異に思った警護隊が倣うように見たその時――声が届いた。

 

 

「ホライゾン――!」

 

 

「葵……?」

 

 

 葵・トーリが野次馬を押し退けて前へと突き出てくる。

 あの通神(ネット)で彼女の正体を知ったようで、その走りぶりは慌ただしく、心配げな顔だった。

 

 

「ホライゾン……!」

 

「武蔵の住人か? ……時間がない。――排除しろ 」

 

 

「待て! 誤解だ!」

 

 

 三河警護隊がなだれ込む前に、後方からネシンバラが吠えた一声によって、隊員達は急停止した。

 

 

「彼は葵・トーリ! 武蔵の総長兼生徒会長だ。これは誤解だ。警護隊員に挨拶しに来ただけだよ。道を空けるんだ!」

 

 

 咄嗟にしてはいい機転だと、正純は思った。

 事実、効果覿面(てきめん)だったのか、僅かに動揺した後、二手に分かれる形で道が出来上がる。彼らにとって、総長と生徒会長の権限を持つトーリは目上の存在。そうせざるを得ないと判断したのだろう。

 

 そしてトーリが歩み始めた。十年前、死んだ少女の名を呟きながら、ゆっくりとした足取りで彼女に近づいていき――

 

 

 ……その距離五メートルのところで――影により叩き潰された。

 

 

「なっ――!?」

 

 

 直後、ネシンバラらも降下してきた人影によって叩き潰された。戦闘系のノリキやウルキアガでさえも、突然のことに判断が遅れ、身動きがとれずにいてしまった。

 唯一逃れた正純が、立ち込む砂煙の中見たのは白い装甲服。

 

 

( その紋章は……K.P.A.Italia か――!? )

 

 

 まさか聖連の代表国自ら回収に来るとは思いもしなかった。その屈強な肉体と重装備で、場を一掃し事を済ませた隊長格は三河警護隊の前に立つ。その会話から、場の権限を移譲する気だ。

 

 それを異とするトーリが、がむしゃらに叫ぶ。

 

 

「離せよおい! 俺はホライゾンに――!」

 

「黙れ、極東の民。貴様らが首を突っ込んでいい領域ではない」

 

 

 叫びに対し、隊員はトーリの腕を力強く内側へと曲げようと――いや、折ろうと軋ませていく。

 

 体が(やわ)いトーリには耐えられるはずもなく、悶声が時おり漏れ――場の空気を増悪させる。いずれ折れると、誰もが分かりきっていたからだ。

 

 さらに力を加え、より内側へ腕を曲げる。骨が微かに鳴り、筋肉が震え始めた。

 

 

「っ……!?」

 

「これで終いだ……! ……ぬっ!?」

 

 

 骨軋りが深くなるその手前、また。新たな音が生まれ、誰もがその音を聞いた。

 

 風とも、獣の地走りの音ともいえる一定のリズム。

 屋根づたいに走ってきたであろうその者は豪快な一蹴を以て、彼らの前に立った。

 

 

「慶次……!」

 

 

 トーリと正純の声が重なる。最も待ち望んでいた顔に、二人は歓喜の色を隠せなかった。

 

 そして同時、慶次が消えたようにも見え、僅かな間を空け、ネシンバラらを押さえ込んでいた隊員が宙に投げ出された。

 

 

「貴様――!?」

 

 

 隊長格が驚くのもつかの間――さらに近場を護衛していた隊員数名が膝を屈する。全員がふらつき――膝から折れた形で倒れたのだ。

 

 隊長格がようやく気づいた。彼は敵だと。我々から総長兼生徒会長を救出するため、そして武蔵の姫を奪還するために突っ込んできた敵だと理解したのはすでに六、七人がやられた後のことだった。

 

 そして残った者を目で追い、慶次が一言。

 

 

「ひー、ふー、みー……。あと数人――ってか。こりゃ骨が折れるな」

 

 

 拳を鳴らしているところを見ると、さほど苦労している様子はない。楽勝と言わんばかりに、その笑みを絶やさない。

 

 それに引き換え、K.P.A.Italia 側には緊張が走った。突然とはいえ、ものの数秒で数人を倒したことで、彼らのプライドがそれを許さず、滅することを優先づけたのだった。

 

 

「貴様――! 自分がしたことを分かっているのか?」

 

「あぁん? 何がよ?」

 

「これは聖連の指示にして、正義たる聖譜の元に行動しているのだ。それを邪魔するということは貴様らが聖連の意思に逆らい、正義に抗いし愚者だということ。いいか、これは正義だ」

 

 

「正義、だと……?」

 

「Tes. これは正義なのだ」

 

 

 やたら正義を主張する隊長格に慶次は重くため息を吐き――息を吸って怒鳴った。

 

 

「無抵抗の者を押さえ込んで、何が正義だ! 貴様らが正義を語るな! 恥じれ、聖連ッ!」

 

「……!」

 

 

 まさしく獣の雄叫びの如きその怒鳴りは、場をさらなる緊張へと陥れた。

 

 そして(慶次)は……縄が解かれたように走り、その胸元へと拳を振るう。

 

 

「がはっ……!?」

 

「ぐっ!?」

 

 

 一人、また一人と殴り倒し、ホライゾンの方へと近づき、隊長の前へ。

 

 残る一人となった隊長は先程の気迫を受け、動けなかった。いや、動くことができなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように、不動となったのは必然だった。体と意思が反発してしまい、思うように行動することが出来なかった。硬直状態に陥ったことを隊長は理解した。

 

 

 そして慶次は拳を振るい上げ、今だ驚く隊長の顔へ――

 

 

「これ以上、無駄だと思われます。お止めになられたほうがいいかと」

 

「っ!? ホラ、イゾン……!」

 

 

 叩き込む前に、止められた。

 

 止めたのはホライゾンだった。慶次と隊長の間を文字通り横入りする形で、打擲間際に停止を促した。

 さすがの慶次も、ホライゾンに阻まれてしまえば止める他なかったのだ。

 

 

( ホライゾンが庇った!? いや、自動人形なりに最善の判断を下したまでと言うべきか…… )

 

 

「ホライゾン……!」

 

「先程申し上げましたように、これ以上の争いは無意味かと。そう判断できます」

 

「だがよ、俺はお前を……!」

 

「正純様に借りた本によれば、この場はこうしたほうがよろしいと書いてありました。場を収拾するため、政治家が先頭に立つべきだと。過去のパターンを学ばせてもらいました」

 

 

 本の受け売りではあったが、その言葉は重かった。

 慶次もホライゾンの言葉に意見することは無く、彼女を一瞥し。

 

 

「やっぱり……ホライゾンは優しいな」

 

 

 ただ一言だけを発し、拳を納めた。その場に胡座し、腰の刀をハードポイントから外し、前へと差し出した。降伏の態度だと皆は思った。その瞬間、立ち直った隊員らが一斉に飛び掛かった。

 

 

「うぐっ……!」

 

 

 やられた仕返しなのだろう。過重ともいえる人数に拘束され、その場に座らせられ――殴られた。ちょうど慶次が隊長を殴ろうとした部位と同じ部位だった。

 

 

「チッ……!」

 

「ふん、姫ホライゾンは我々が頂いていく。土地を追われた民族らしく、貴様らはただ眺めておればよい。後は我々、聖連の役目だ。貴様らが介入していいわけがない。分かったか、ガキめ」

 

「おいおい、ガキとは何だガキとは。俺には親父が名付けた前田・慶次とつけた名があるんだぜ? 分かったかよ、おっさん」

 

「貴様……!」

 

 

 さらに一発殴ろうとした隊長。だがホライゾンが再び二人の間に立つ。今度は慶次を守るような姿勢で。

 

 

「邪魔立てする気か、姫ホライゾン。我々は障害たる奴等を排除する――」

 

「ホライゾンが正しければ、貴方達はホライゾンを確保するために来たのだと記憶しています。なら確保した以上、この武蔵に長居する理由はありません。ことを長引かせるのは得策とは思えませんが?」

 

 

「……では、この男達は何だ? 我々に対し、紛れもなく武力をかざしたではないか」

 

「ホライゾンが確保されれば無関係となります。それに、武蔵の住民を傷つけることが、聖連の望むことでしょうか。正直に申しまして、『最善』ではありません」

 

「――Tes.」

 

 

 本の内容をややアレンジした台詞に、隊長は応じる。

 

 これ以上の長居は不要だと判断し、トーリと慶次から隊員を退かせ、帰還の準備に入った。

 

 もう自分に手伝えることはない。後は聖連、そして父の仕事だ。もはや手を下さなくとも、事態は終息に向かうだろう。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 確保部隊が去って、場は落ち着きを醸し出していた。

 だが、彼らには安息が訪れない。災いが去って尚、心に刻まれた傷は大きい故に。

 

 

「葵……慶次……」

 

 

 せめて謝らなくてはと思い、倒れたトーリを背負う慶次に歩み寄る。

 

 

「す、すまない……。私は……」

 

「ああ、別に気にすんな。お前こそ大丈夫か? 嫌なもん見ちまったんだからな」

 

 

 最後まで謝らせてくれなかった。彼は最後まで、自分の安否を気遣ってくれたのだった。

 

 

「お前、ホライゾンを "青雷亭(ブルーサンダー)" へ逃がそうとしてくれたな。……ありがとな。それだけで……十分嬉しかった」

 

 

 止めてくれ――礼を言われる筋合いはない。

 

 何も出来ず、何も救えないそんな自分に、慰めと謝意の言葉なんて不用だ。むしろ罵声が欲しかった。叱咤して欲しかった。守れなかった不甲斐ない自分を。

 

 

「おまっ……血が………!?」

 

「んあ? ホントだ。ちとしくじったか。けど、トーリと比べれば軽傷だ。ある意味、こいつのほうが重傷(・・)なんだからよ」

 

 

 額より血が滴るのも構わず、来た道を引き返す慶次。その背にトーリの背負い運ぶ彼に、正純は手出しできなかった。

 

 

「ホライゾンは……心配ない。あいつは、芯が強い女だ。あういう女は敵に回すと厄介でな。俺も何度か……いや、今はいいか。とにかくな、ホライゾンはいつまで経ってもホライゾンなんだな」

 

 

 けど、と。

 僅かに見えた頬を濡らす一滴。血か涙か、拭いもせずに滴るモノはただ静かに響いていた。

 

 

「いつまで経っても……俺はホライゾンに届かない。想いも、この手も……全然届かない。むしろ離れていく。はは、滑稽だねぇ……」

 

「慶次……」

 

 

 その言葉を最後に、残酷な静寂だけが、二人を嘲笑い続けた。

 

 

 





読了ありかとうございました。

なんか最近、一ヶ月ずつの投稿になっていますよね。ホントに申し訳ないです。頑張って半月で一話になるよう努力します。けども車の免許が……!←(言い訳ではないです)

今回では慶次がホライゾンに届かないところを強調させてみました。『花の慶次』における、まつと慶次みたいな間柄です。作者はまつとホライゾンを同一視してます。あくまで独自解釈ですが。

いくら想っても結ばれない……そんな悲恋な二人です。書いてて悲しい(T_T)。

意見、感想お待ちしてますね。






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