境界線上の傾奇者 作:ホワイトバス
立花・宗茂、その名は聞いたことがある。
忠勝ほどになれば、それぐらい知っていてもおかしくはない。いや、知らない方がおかしいと言ってもいいほどの知名度だ。
その勇ましさと涼やかな人格から "西方の逸物" 、"西国無双"、とも称され、また、『東に忠勝、西に宗茂あり』と武勇の優れた武者として西国を代表する
だが、その名を襲名した彼はまだ若い。これからの将来が楽しみであり、現在はどれだけの力量を秘めているのか、忠勝にはそれが楽しくてしょうがない。子供のように、純粋な笑みを浮かべていた。
「おうおう、中々の面してんじゃねぇか。さぞかし女にモテるだろうよ」
「……お止めください。私はすでに既婚者です。それよりも――」
三河を一瞥すると、宗茂は僅かに目を伏せて二人を見据え、真意を説くように鋭き眼でこう訴えかけた。
「これは一体どういうことですか?
何故、三河の者が三河を滅ぼそうとしているか――他国の者には理解出来ぬこともありましょうとも」
しかし、とわざと強調させた後付け。その剣砲を胸元まで担ぎ、物々しく言い方で。
「貴殿方がしていることは国際法、さらに聖連の意思に反した行為と判断しました。故に、 "
が、とさらに強調した前置きを入れ、その猛々しく鋭い炯眼で両者を一瞥し、
「我々もこれ以上の闘争は控えたく、互いの安全を懸念したものとして結論付けまして――、投降をお願いします」
「やなこった」
明らか様な拒否。まあ当然でしょう、とどこか納得した宗茂は忠勝がこの状況を楽しんでいることを瞬時に理解した。
だからこそ、止めなければならない。今まで
「もう一度だけ言います。投降をお願いし――」
「――結べ、蜻蛉切……!」
続きの言葉は必要なかった。
手首を返して槍を振るい、穂に宗茂を映し出し――名を斬った……はずだが、無効。その精悍な格好は姿を残し、立っていた。
「……速度か」
「Tes.」
先より空いた数十メートルほどの間に、僅かに乱れた息を整えつつ、宗茂は答えた。
「神格武装・蜻蛉切――その能力は刃に映した対象の名を取得し、『結び割る』ことでその対象を割断する……しかしその反面、有効射程距離は三十メートルと短く、その対処法としては距離をとることが最適かと」
「なんと、ご存じでしたか」
「おいおい何だ鹿角。お前生きてんのかよ」
「Jud. しかし流体抽出装置を失い、もう間もなく起動不能になるかと――。忠勝様にも分かりやすく言うと、致命傷というやつです」
要はもう助からない。鹿角の口調がそう告げていた。
だが、それを悲観するほど、暇もなければ余裕もない。尚且つ感情もない。
ここはいくさ場。感情を持ち合わせることなど決してないのだ。
「……死体だと思いでしたら、抱える必要もありませんでしょう。どこか生きててほしいなーとかちゃっかり思っていましたか?」
「いやいやいや、これは、これはだな。鎧のつもりだ。お前抱えたら一発や二発はどうってことないかと――おいこら何で首に腕を回す?」
「このほうが落ちにくく、安定しますので。――それとも何か不都合でも?」
「バカ、不都合だらけだ。お前さあ、絶対意識してやってるだろ? 可愛すぎんだよこのボケ」
「もう少し捻ったらどうですか。しかし先程の攻撃は一体……? 飛来した力場を左手より重力操作を連続させ、なんとか躱しましたが、その正体までははっきりとは……」
抱擁する形で二者は宗茂を見た。一方、忠勝は左手を鹿角から蜻蛉切に持ちかえ、両の手で槍を持つ。その様は異形と言えど、豪快たる姿だ。
「ああ、ありゃ大罪武装の一つ "
チラリと見た蜻蛉切。相変わらずその刃は輝きを衰えさせないが、はっきり言ってしまえば蜻蛉切は年寄りの類に含まれる。若い頃より共にしたせいか、その輝きはどこか老化に嘆いてるようであった。
「確か "悲嘆の怠惰" には三つの能力があってだな。一つが蜻蛉切同様に割断する能力。二つ目は普通の剣砲としての能力。そして最後が、大規模破壊兵器である大罪武装として重要な――」
「『刃に映し憶えた射程距離上のものを削ぎ落とす』――ですね? 剣砲と蜻蛉切、二つの能力を兼ね備えた大罪武装ということですか……」
「Tes. 悲嘆を示す『掻き毟り』が発動し、射線を走ります」
なるほど、と鹿角は感嘆を漏らした。
「中々チート過ぎな能力かと……。蜻蛉切の進化版といいましょうか」
「だよなあ。殿もめんどうなモン作ったもんだ。おい見ろよ、デザインがだっせぇだろ? 我はあれ進められても使う気にはなんねぇな」
「大丈夫です。忠勝様のようなダメ大人にあのような高度な物など扱えるはずがありません。よかったですね」
「何がよかっただ、悲観的な鎧め。それにな、我はあれ使ったことあるぞ。そっちに渡された "悲嘆の怠惰" と "怠惰な嫌気" の試作品として作られたのがこの蜻蛉切だ。テストしろって言われたもんだから、やってみたら使いづらいのなんの。――おいボウズ、そいつの超過駆動使えるのは――」
「――Tes. 私の力では、一度に五十パーセント前後が限界です。しかし、残り一発で新名古屋城の暴走を止めるには充分でしょう」
「……だそうだ。最大出力で地脈炉を撃つだろうな。だが向こうも、そしてこっちもお互いの対処法を知ってるんだ。こりゃ、長引きそうな一戦だな」
「――話はそこまでです」
やや長くなったところに横槍を指す宗茂は少しばかり焦っていた。
二人は僅かながら会話で時間稼ぎをしている――という盛大な勘違いのまま、素な二人の脇腹をついた。
「これ以上、同じことを何度も言わせないでください。『投降をお願いします』……御身のためでもあります」
「裁くなら正式に裁こうって魂胆か、聖連は。なら何度も言うぜ、『断る』ってな」
「――何故、貴方はそこまで固執するのですか? 何故これから消えるであろう三河の町に身を置こうとするのですか!?」
「そりゃあ、お前らみたいな西国にはわかんねぇだろうし、言えねぇな。けどよ、我は生粋の『いくさ人』だと自負してる。逃げ出すのは……どうも性に合わん。それに――三河の当主様は三河崩壊に
僅かに後ろを見つつ槍を担ぐ姿勢は――戦意のないことを示していた。だからといって武器を納めるほど愚ではない。いつでも仕掛けられるよう、気を配った上で忠勝の向こう、新名古屋城を仰ぎ見た。
三河全体を照らすほどに眩しい光柱と、それを包み込む光の天球が、辺りを支配していた。そしてその発生源でもあり、因子でもある新名古屋城の門の手前に、
「四方の抽出炉の暴走は順調――オーバーロードまであと五分といったところですか……。元信公、もうまもなくかと思われます」
『了解了解! いやー長かったよ鹿角君。忠勝君が手伝ってくれたおかげで今日中に出来てよかったよホント! そうそう君の言うとおりあと五分ってところかな。地脈炉もいい感じだ。
それで今回のゲスト、宗茂君はどうするつもりかね? 攻略? 退却? それとも謀略? 優等生の意見を聞きたいものだよ』
「元信、公……!?」
三河の君主。
『全国の皆、見えてるー!? 共通
こんにち……あ、今は夜か。……ゴホン、では改めて――こんばんはぁぁああ!!』
松平・元信、その人であった。
☆★☆
生徒が質問してきたら
答えるのが教師の務め
では、世界からの問いに答えるのは?
配点《問者》
☆★☆
より一層強くなるのは鼓動と光だ。大地が大いに揺れ、まるで昼間の如く眩い光の塔が辺りを支配していた。
白衣を着た老年の眼鏡の男、松平・元信はスポットライトのように眩しさを放つ新名古屋城の統括炉前にいた。派手なポーズを一回、そしてマイクを片手に撮影機材に盛大に語りだした。
『ふふふ、どうだい地脈炉は。いい感じに暴走してるだろ? 課外授業として最高のシチュエーションじゃあないか。ではさっそくだけど、全国の皆に質問しよう。
三河が消滅するところ見たい人――手ぇえ挙げてぇぇええ!!』
元気よく、そしてはっきりと、元信は現在三河で起こっている事とこれから起こるであろう事を共通
『さあ、さあさあさあ! 思いきって盛り上げていこう!』
松明の灯りが点くと共に、統括炉の左右陰から数十人の自動人形が列をなして元信の背後へと並んだ。
多大な自動人形は各々楽器を手にし、横笛や琵琶、太鼓といった和楽器を天高く奏で――深く、そして温かみのある和音を鳴らして……唄った。
『―――』
曲は『通し道歌』。極東人なら誰もが歌い、知っている楽曲だが――宗茂はこの歌を知らない。
演奏と歌が混ざり、懐かしみのあるムードを漂わせる中、宗茂はただ困ったように顔をひきつらせ、場の流れを見続ける他なかったのだった。
そんな宗茂に対し、元信は笑った。三日月のように歪めた口元を見せつけるように、彼は一笑した。
『んんー、いいねぇ。実にスガスガとしたいい気分だよ。場が場じゃなかったから先生も一曲や二曲、歌でも歌いたいほどにいい気分だ。世界を左右した為政者というのは、いつもこんな清々しい気分を味わってたのかな?』
「おいおい殿先生。あんた為政者っていうより、独裁者的な悪い顔してんぜ? 一回鏡見てこいよ」
『暴言を吐いてはいけませんよ本多君。バケツ持って案山子立ちで立ってなさい。期限は三河消滅するまでね』
「嫌だぜそんな最期! ……おい何で用意よくバケツ持ってきてんだ! 言っとくが我は持たんぞ! ?鹿角も止めろよ!」
「さあさあ。お持ちになってください。これで私も肩の荷が下りますので」
「おい鹿角てめぇ!」
日常――彼らの日常と言わんばかりの軽さ。この現状が見えていないかのように、平然とした立ち振舞い。そこに宗茂は憤りを感じた。
大多数を巻き込んで、己の仲間達を傷つけておいて、今尚 平然としている彼らに宗茂は激しく立腹し、憤りを胸の底から感じ取った故――宗茂は言葉にした。
「元信公! 一体、何のためにこのようなことを興したのですか! このままでは地脈が暴走し、三河が消滅するのは明白! 何故ゆえこのようなことを……!」
『質問するときは挙手しようね、
一体何を言って、と戸惑う宗茂を他所に、元信は言葉を続けた。
『三河が消滅? 知ってるよ。そんなの誰だって知ってる。でもさ、そうなると……面白いよね?』
だろ? と返答を待つ元信の顔は、至って真面目な顔。今の台詞がおふざけや冗談じゃないことがしっかりと分かった。
『危機って面白い。考えることは面白い。これが先生の意見だね。だってさ、考えるのを止めたら死んだり、滅びたりするんだよねぇ。考えること――それは素晴らしいし、考えないと色々と大変なこともある。持論だけど、危機的状況って面白い展開なんだよ、宗茂君?』
「だから……何だというんですか!?」
『だけど、危機より面白いものがあることを先生は知っている。さーて、第一問ッ! 最大で最高の面白いもの、それは何かな?』
聞かれ、迷った。だが答えないわけではない。ありのまま思ったことを晒した。
「解りません! 時間稼ぎの問答ですかこれは!」
『――いい答えだよ宗茂君。そう解らない。これは適格な答えだよね。でも君に非があるわけじゃない。難しく考えすぎだ。簡単な――ちょっと考えればすぐ出てくる簡単な『こと』だよ』
「はいはーい! 我は解りましぇ――ん! 答えプリーズ!」
『おいおい君はこっち側の人間だろ? 鹿角君、彼につきっきりで勉強タイムだ。全問正解するまで逃がさないから』
で、と一つ間を置き、マイクを持ち直して再び宗茂へ問い質した。見下ろす形であるが、対等で、そして持て囃すように元信は、優しい言葉遣いで語り始めた。
『簡単だ……実に簡単な『答え』だ。三河の消滅より、国の崩壊より――もっと恐ろしく、
「末世……!? だが、それを面白いとは……!」
不謹慎だ。だが恐ろしいことは認めざるを得ない。
近年から急速に話題へ走ってはいるが、どのようなもので、いつ、どんな風に、起こるのはまったく解らないということ、それだけが現状である。
『悲しいだろ? 今まで生きてきた『痕跡』も、友達や家族と過ごしてきた『思い出』も、これからどうなりたいかの『将来』や『夢』も、みーんな消えちゃうんだ。書いたはずの宿題を家に忘れたときと同じ絶望感を味わうんだ。悲しいじゃあないか』
でも、と否定的な言葉を混ぜ、元信は言った。
『世界を変えられたらどうする? 未来を変えられたらどうする?
末世という災厄を退かせる唯一の手段があったら……君はどうする?』
「末世を……!? そんなものが、あると言うのですか!?」
『質問を質問で返すのかい? 最近の教導院は随分変な教育をしてるんだね。先生の頃は質問されたら必ず答えるというのが一般的なんだが……まあそれは置いといてっと。
――集めるんだよ。先生が渡したものを、君たちが集めるんだ。そうすれば道は開けるだろうし、どうするべきかも解ってくる。これが第二問だ! さあ、考えたまえ!』
『渡したもの』――この一言に頭の回転が早い者なら考えなくたって理解していただろう。現に宗茂も、その一言に考えることなく、それが一体何なのか理解した。
そして元信も、宗茂がそのことに気づいたことを把握していた。
『そう!
大罪の名を持つ武器――大罪武装が、末世を救うためのものという事実に訳が解らないように、頭は混乱している。
そして、宗茂は眉を潜めた。大罪武装が世界を救うことではなく、気になる単語にだ。
「九つ、とは――? 全部で八つのはずでは……?」
『ううん? おっと、口が滑っちゃったか。けど、言った通りだよ。大罪武装は全部で九つ、八つしかないなんてただの固定概念でしかない。先生は九つの大罪武装を作り、七つの国へ渡した、これこそが事実なのだよ。
――では、七つめの国は何だという顔をしているね。ではでは! 待ちに待ったラストクエスチョン!
狂気と陽気、元信からその二者が禍々しい形で確認された。そしてその禍々しさを全世界に見せつけるように、手を大きく広げて、
『大罪武装は "嫉妬" の『
全世界に衝撃を走らせた――そして
『その "嫉妬" はあるのは……いや、語弊だね、この言い方は。その大罪武装が
その男は禍々しさを払拭させてような眩しい笑顔を、そのままマイクへ促した一声を以て、
『その "嫉妬" の持ち主は……ホライゾン・アリアダスト。……私の娘でもあり、大罪の原材料でもある自動人形――今はP-01sとして生活しているが……彼女こそが、最後の大罪武装、『
再び、世界を驚愕の渦へと陥れた。
「――バカな……! それこそ愚策です! 末世を左右できる大罪武装を送り、手に入れさせるのが……私にはそこまで価値ある策だとは思いません!」
『価値感は人それぞれだ。だから君の言い分もよくわかる……けど押し付けるのはいけないよ? 価値感の強要は――先生好みじゃない』
諭され、言葉が出なかった。どうしてそんなことをしたのか、と問い質したかった。樹木に僅かな火種を点け山火事へ至らせるように、世界を戦禍に包ませようとするその精神を宗茂は理解できなかった。
しかし元信は言葉を続け、宗茂はただ聞く以外なにも出来なかった。一方的に説く元信に、入る余地がないと判断したまで。
『人生は楽しかろう? 面白かろう? まさか、つまんないかな?』
その問いに宗茂は答えない。即答するほど答えは決まってないし、考えたって結論が出ないからだ。
平和な生活に――どこか退屈だと思ってる自分がいることに、宗茂は鬱屈な気分になる。
『先生も似たような立場だよ。人生は退屈。平凡な日常なんてのはその日その日の凡作だ。それに――先生の友達が言ってたんだけど、自由に生きるこそが人生の勝ち組なんだってね。だから……思ったんだ、この世界を面白くしようって』
その突飛な思想に宗茂はうねりを上げた。しかし口出しはしない。次の元信の言葉を待ち、我慢を解くように――
『吉報だ。これから世界は大きく動く。そしたら……これからの人生はもっと面白く、楽しくなるから! だってそうだろ? これから起こるのは、聖譜記述にも載ってない世界大戦なんだからね。――さて、私の授業は此にておしまい。あとは自習……君が考える時間だ。答えを聞こう、宗茂君!』
「Testament!! 貴方を止めます! 今ここで地脈炉の暴走を止め、もう一度、考えを改めさせます! それが私の答えですッ!」
その答えに誰が見てもいい笑顔だと言い切れる顔の元信は拍手。そして嬉しそうな笑みのまま、
『……jud! それが君の答えか! いい答えだよ宗茂君! でも正解ではないね。かと言ってハズレでもない。悩むところだ……だから、止めなさい本多・忠勝』
「無茶苦茶だな! ほとんど丸投げじゃねぇかよ!」
だがまあ、と一つ気だるさを見せ、長いため息を一つ。
そして風は変わった。そよ風から、暴風へ。この威圧的な、荒れた風の発生源は――
「――来いよ、若造。西国最強の腕、見せてもらうぜ。こちとら伊達に東国最強の名を背負ってるじゃねぇんだからな……!」
「……! 行きます!」
暴風を押すは若き伊吹。東国一と西国一のいくさ人は再び相対しあった。
……刹那、三河が崩壊する音を以て、二人は激突した――!
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