境界線上の傾奇者 作:ホワイトバス
明けましておめでとうございます!
半月経って新年のご挨拶とはさすがに遅すぎですよね……。本当に申し訳ありません
今年も『境界線上の傾寄者』をよろしくお願いします。
正純は初めて花火に不安というものを憶えた。
天と地を繋ぐように一本の太く神々しい光の塔に人々の感動と魅了が渦巻く中、民衆に紛れた正純だけは不安を憶えたのだ。率直な不安だった。
(まさか――地脈炉が暴走してるのか!?)
確信ではない。あくまでも推測だ。しかし、そうでなければこの光の塔を花火とは言いきれないし、むしろそう言わざるを得なくなる。
大気が揺れ、地が揺れ、……天が揺れる、そんな花火ある訳がない、と。
だからこそ、正純は不安を抱いた。響きや揺れが波の如く押し寄せ、焦りと動悸を芽生えさせるこの花火に。
「一旦離れた方がいいな……このままじゃ、人混みにやられそうだ」
「――おや、正純様もここにいらっしゃるとは、奇遇ですね」
「……P-01s? っと、お前たちも……」
そこにいたのは自動人形のP-01s、そしていつも水路の掃除をしてくれる数匹の黒藻達がいた。その脇には分厚い本を挟み、相変わらずの無表情さが不思議とマッチしていた。
「花火というものが気になり、店主様に頼んで見に来ましたが――あれが花火でしょうか? 見事な光柱です」
『はなび きれいー』
『わー』
「確かに綺麗だが……あれは花火じゃない。なら何だと言われるとキツいが……少なくともあれは花火ではないことは言える。三河で何かあったようだ」
「そうですか。花火を楽しみにしてましたので……残念です」
『はなび おわり?』
『しょっくー』
意外と興味があるんだな、と正純は深く感心した。
だが、その余裕はないようだ。光柱見たさにどんどん人々は増えている。密度が増え、いずれ身動きがとれなくだろう。
それに――嫌な予感がしてたまらない。嫌な予感はすぐ当たることは自負してる故、ここから離れたほうがいいと危険信号を出していた。
「場所を変えよう、人が多くなってきた。この辺だと――青雷亭が近いよな。そこで色々調べよう、この
「Jud.」
彼女の手をひいて人混みの中を掻き進む。進んでは避け、避けては進んでと人通りの悪い人混みに苦戦しつつも二人は歩んだ。
「おおっ!!」
「こりゃ見事な花火だぁ!」
より強い光を帯びていく光柱に周囲から拍手と歓声が沸き上がった。場のボルテージが急上昇する反面、正純の心中に焦りが生じた。
(花火なんてものじゃない! あれはよく分からんが――とにかくヤバいものだ!)
もはや確信に至るしかない。三河の崩壊、その最初のステップこそがあの光柱なのだと。
その考えを肯定するように、音が一つ。爆発音でも崩壊の音でもない音が正純に響いた。響いたのは耳ではなく、全身。体全体に轟音がぶつかった。
大気が、割れるような音。そして、空間を切り裂くような響き。
――三河の崩壊は、そこまで来ていた。
☆★☆
かつて振るった我が腕
戻るべき場所は何処へか
配点《いくさ場》
☆★☆
『サラゴサ! おい応答しろサラゴサ! ……ちっ、やられたか……!』
眼前で轟沈しつつある三征西班牙の警護艦 "サラゴサ" を見て、男は嘆いた。
三河領内に入って数分で一艦が戦闘不能。聖連に属する一国の軍としてあまりにも恥ずかしく、惨めな一瞬であった。これが聖連なのかと、思わず自虐的な思考に陥った。
威力と距離からして、砲撃に用いられたのは携帯式の対艦砲だと判断。そして使用者は三河直属の自動人形だと判明。これは紛れもなく武力行為である。
故に
『いたぞ! 例の自動人形だ!』
崩壊しつつある町、その大通りに一人の自動人形が立っていたことに視覚センサが捉えた。
近づいて、地を踏む。『
『角付きの鹿角!? 本多家の自動人形か!?』
「Jud.お相手の方よろしくお願いします!」
一礼はしない。ここは戦場――作法もマナーも必要ない。
必要なのは、強さのみ。絶対的な力だけである。
「――剣を指運に!」
地面にかざした左右の手に連動するように路面が剥がれ、地面がめくれ上がり、二つの鉄塊が浮かぶ。
不格好ながらも重力制御によって組み上がったのは、押し固められ、圧縮され、整えられた全長七メートルはある双の大剣。しかし剣とは言っても、造りは甘く、波紋もなければ、鍔も柄もない。剣の形をしただけの鉄塊である。
それでも、武神を切るには十分な大きさだった。
「いきます――!」
完成と同時に斬撃を叩き込むも―――いち早く武神が動いていた。その巨体を恰かも自身の体であるように操作し、身軽にかつ豪快に避けたのだ。
そして流れ行く動きで長銃を構え、……放つ。
数発の弾丸のうち一発が鹿角へと迫ったが、巨剣で弾く。直後、数回の射撃。とてもじゃないが、剣だけでは防ぎきれなかった。
「――盾を視線に!」
再び地面が跳ね上がり、"盾" が生まれた。だが路面を立てただけの簡易的な盾であるために、難なく撃ち破られる。なら質より量だ。
「追加発注!」
"追加" と称し作られた数枚の盾が武神の間を阻むように、そして鹿角を守るように周囲へ立つ。しぶとく小賢しいやり口だが、強度は脆く銃撃で易々と壊せるはずだ。
しかしそれが守りのためではなく、時間稼ぎのための物だと気づいたのは『全弾射撃』した後であった。
『しまっ――!』
斬撃。右の長銃が払われ、破損。
すぐさま腰の光剣と入れ替え、抜刀と共に盾を破砕しては鹿角目掛け払う。
鳴ったのは、甲高い金属音。
散ったのは、擦れ生じた火花。
そして響いたのは、二つの物体が疾走し、激突する震動。
『たかが自動人形に武神が遅れるだと……!? ナメるなァァ!!』
払いではなく、全身の力を使って両剣を押し退ける。同時に四枚翼のバーニアを点火、加速機動を付随し、全体重が加味された一撃によって両の大剣は真っ二つに破断された。
さすが――と、鹿角は評価。バーニアを飛行ではなく攻撃の起点にするとは、さすがは
だからこそ、全力で戦わなければ負けると判断した。
「作り直します」
真っ二つにされた双剣を再整形。二から四へ――リーチは狭まるがその分手数と取り回し易さが重視され、四の剣を以て剣舞の如く突撃する。
剣を足場とし、後ろへ回って斬撃を入れる。誰が見ても有利なのは地の利を活かした鹿角だ。何せ、ただでさえ剣が四つもあるのだ。
一つめを斬りつけるとすぐ二つめ、三つめを斬りつけると四つめ、と数に物を言わせ、武神相手に優位の地に立っていた。
『ぐぁぅ……!?』
はっきり言って分が悪い。監視用の対空装備ではコソコソと動き回る鹿角には分が悪すぎる。
『――!』
四の短剣と光剣が鍔迫り合い、双方の剣から火花が散り、三河の夜を照らす。
二者は突貫しつつ立て続けに斬撃を与えた。一瞬前にいたところへ剣が掻い潜る。速さと動きの密接な剣戟だ。空を刈るか、剣を叩くか、その連撃が絶えず続く。
身を反らし、切らせ、さらなる動きを追及して影へと入り、一振り。
弾かせ、防ぎ、迎撃の流れを自然のまま転化させ、一太刀。
そして生まれた隙に乗じ、背中より回して一刀――
『うおぉぉ……!?』
圧され、砕かれた、右の腕。
装甲と人工関節が破壊され、肘部から先が分断し、地へと落ちた。
さらなる追撃を身を切らし避けようと――しかし叶わず、胴体が深く抉られた。
格下に討たれ落ちた鷹に戦闘力など皆無。だが。
『――勝った……!』
その後ろから鹿角目掛け銃口を覗かせる鷹が一匹。
さらにまた、遥か後方に増援の陸上部隊。その数七十一名。
だからこその『勝った』である。勝利の確信と余裕、その二つが心から漏れた瞬間でもあった。
「――なるほど、見事な連携。敵ながら称賛いたします。ですが、残念です。時間が来てしまったようで」
迎撃はしない。重力制御を解除して、侍女服に付いた僅かな埃を払うだけで静止する。
そして、ある男の声を聴覚センサがとらえた。
「――ほぉ……鹿角のやつ、ちゃんと我の分残しといたか。
誰だ、と思う暇はなかった。声がした方向を見れば、すでに事は終わっていた―――
「いくぜぇ……! ――結べ、蜻蛉切……!!」
右手足が斜線上に割断され、ズレ落ちる。
刃の衝撃や感触もなく、果物を切ったように滑らかな切り口を残し、一気に切断された。一閃という一撃だった。何が起こったのかも分からず、武神は流体燃料と油を溢し、そのまま地に伏した。
自分だけではない。僚機も、その後ろを走っていた陸上部隊の隊員までもが片方の膝を切り割られていたのだ。
そして眼前に立つ老齢の男へ目が向けられた。
『貴殿は……! 三河の、本多・忠勝.......!』
倒れている武神がかすれた声を漏らす。
「Jud. そしてこちらが、神格武装・蜻蛉切。今御身に受けし一撃が、蜻蛉切の通常駆動『割断』――穂先に映した対象の呼称と共に割断する能力を持ちます」
『蜻蛉切、だと……! 何故、そのようなもの、を――……』
声にノイズが重なり、武神はそこで力尽きた。
最後に一礼する鹿角。そこには、負けた者へ対する労りと讚美する情意が感じられた。
「敵ながら、あっぱれと言いましょうか。機体が破損しても退く意思を見せない……見事なお手前でした」
「お前がそこまで言うとは――中々骨があったみてぇじゃねぇか。いくさ人とはかくありたいものだな」
頭を下げる鹿角に続いて、忠勝は蜻蛉切の穂先を伏せ、一礼。それは、勇敢な武人に対して忠勝なりの称賛の意であった。
「――しかし、随分と遅かったですね。非常に迷惑をかけられました」
「最期まで減らず口減らねぇなお前は。……というのも、殿がえらく準備に手間取ってな。手伝っていたらいつの間にか遅れたってわけだ。
まあ、後は殿に集る悪い虫を弾こうってことだが……お前はどうする? 仲間達の魂拾って逃げるなら、今のうちだぞ。ここから聖連の攻撃は激しくなるだろうしな」
ご冗談を、と軽く返す鹿角には迷いがなかった。そして、それは他の自動人形も同じ。消えることを前提に、この場で朽ちていったのだと忠勝は瞬時に悟った。
口に言わずとも、鹿角の声色がそのことを物語っていた。覚悟を決めた武士のように、主君のため殉死する従者のように、鹿角には武家の女と自動人形らしさを兼ねた思考が働いていたのだ。
「自動人形らしい、な。――なのにお前、俺の言うこと全然聞かねぇな。どっちかって言ったら殿の言うことばっかり聞いてるだろ。俺の家についてるってのによ」
「忠勝様の言うことを聞いておりましたら私とて身が磨り減ります。少しでも良心の呵責がありましたら、自分のことは自分でやってほしいものですね」
「そりゃ、おめぇ……、いいやもう。お前に口喧嘩で勝てっかよ。降参だ降参。それにな、そのヒラヒラする服もやめろって言ってるだろ。いくさ場に来てく衣類じゃねぇんだよ」
「ですが、これは自動人形の民族衣装として最もメジャーなものです。戦闘用のものもありますが、聖連が許してくれませんので――」
鹿角の言葉が途切れた。言葉だけではない。リズムよく刻んでいた靴音もいつの間にか消えていた。
顔をしかめつつ振り返って見てみれば、その左手を水平に、そして遠くの方を凝視している。
「鹿角? どうした?」
返答はない。だが近づいて分かった。左手は近づくなと警告していることに。
同じように差し出していた右手に硬貨並みの穴が空いていたことに。
「お、おい――っ!?」
「離れてください! 敵の増援で―――!」
直後、胸から腰にかけてが真っ二つに断ち砕かれた。剣戟によるものではなく、強大な爪撃で削ぎ切られたように。力と残虐さの二者を以て、鹿角を断った。
その向こう。上半身の鹿角に連なってようやく見えた攻撃。路面や建物、そして大地をナニかが無造作に削りとっていくのが確認できた。そしてそれは弾丸というより、剃るような形だ。彫り剃る形で広範囲を捻り切っていった。
「増援ってやつか――……」
爪撃により崩れ倒れいく建物に混じれ、剣にも砲にも似た得物を片手にした金髪の美丈夫が一人、月下に姿を現した。忠勝は青年を見て瞬時に悟った、こいつはいくさ人だと。
「――お初にお目にかかります」
若い声ながら老獪な武人のような声だと忠勝は思う。伸びしろに期待出来る、若い獅子に似た若武者。二代の男版を見ているようだった。
「
――そして光栄ながら、八大竜王の一人として数えられています」
「八大竜王とはなあ。その年で一人に入れられるとは、中々の腕じゃねぇか。誉めてやるぜ。
(おいおい――最後にとんでもねぇ大物よこしてくれたな聖連よぉ。終焉の美を飾るにゃぁ、贅沢過ぎだぜ……!)」
喜びか焦りか――またその二つか。
眼前の男によって、自分に何が生まれたのか理解出来ていなかった。少なくともその二つだな――ということと、強者と渡り合える期待が新たに追加されたことも加え、忠勝は内心微笑む。
片や、東国一の豪傑。もう片や、西国一の剛者。
どちらも歴史に名を残す武人の名を受け継いだいくさ人。
――史実では
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