境界線上の傾奇者 作:ホワイトバス
笑うのは楽しかろう
しかしやり過ぎにはご注意を
配点《限度》
「思えば十年ぶりだな」
三河郊外にひっそりと佇む居酒屋。二十畳ほどの小部屋で酒井は呟いた。真っ先に反応したのは榊原・康政。何だ、と声を漏らしたのは本多・忠勝だ。その後ろに、娘である本多・二代を従えさせて。
「なんだよ突然。あー、あれか? 『次あったらもう俺奥さんいるからな!』とか左遷前に豪語してたあれか。それでどうだ? 毎朝女房の飯か? 帰ったら風呂沸かしてくれてんのか?」
「ナンノハナシダ?」
「……その様子だとまだいないみたいだね」
まだこれからだ、と諦めきったようにも聞こえる負け惜しみが一つ。
「でもよぉ、家族っていいもんだよなあ。家帰っても一人だしさ、執務してると武蔵さん尖ってきてくるもんだから癒してくれる存在が欲しいんだよねえ」
「そうなると忠勝君はいいよね。帰ったら愛娘さんがお出迎えしてくれるだろうし」
「……いや」
チラッと三人は二代を見る。六つの目に見られて首を傾げる二代を数秒間見続け、顔を戻して。
「……なんかゴメン。そういうのはしなさそうよね彼女。むしろ迎えられる側というか」
「……言うな。たしかに父親としてもそれはなあ……どっかで教育間違えたか?」
「脳筋のダっちゃんが育てたらそりゃ娘ちゃんも脳筋になるよ。昔のダっちゃんにそっくりだぜ」
「おい酒井表出ろや」
見た目は容姿端麗そのものだ。とてもゴツい男の娘とは思えぬほど整って顔。無駄な脂肪もなくすっきりとした身体。目付きは炯眼、髪は艶々しく、姿は一匹の獅子の如く、体現されていた。
猛々しい、だが儚さもあった、そんな女性の型。今だかつて見たことのない女性に三人は圧倒されていた。
「うーん、惜しいというか、欠けてるというか……。完全に武士そのものだよね。どこか抜けてる感も……」
「ダっちゃん、一体どういう教育方針してんだよ。文武両道とかそういうのじゃねぇだろ? どう見ても『文』の要素がねぇじゃねぇかよ」
「うるせぇ! 偏差値底辺の俺に学勉をさせろってか! 無理な話だろ! っていうか、まだこの話続けんのかよ!」
徳利を叩きつけ、怒鳴り付ける忠勝の顔はやや朱に満ちている。酒が回り始めてる証拠だ。こうなると手がつけられないのが昔からの流れである。
「ダっちゃん、力はあったけど、頭のほうはなあ。テストなんて毎回赤点で、結構遅くまで榊原連れ出して勉強してたしな。懐かしいねえ」
「うっせ。その話はもう止めろ。大体昔のことなんざ、悪い記憶でしかないわ。思い出すと―――録な記憶がない」
だからだな、と注いだはかりの徳利に口を添ってがぶ飲み。一気に飲み干した徳利をまたもや台に叩きつけて。
「十年ぶりに会うんだ。昔のことを忘れて心機一転して飲もうってことで昔馴染みの店の予約とって用意したんだぜ。感謝しとけよ」
「はいはい感謝感謝。でもよ、だったら何で娘ちゃんいるのよ? あ、俺のこと知ってる? 酒井・忠次ね。一応武蔵アリアダスト教導院の学長やってっから。つまり君のお父さんの数倍は偉いから。尊敬していいよ。それでそっちの眼鏡は―――」
「眼鏡って……。えーと、榊原・康政です、よろしくね。君のお父さんとは仲良くさせてもらってます」
「あ、宜しくお願い致す」
二代は一瞬、挨拶が遅れてしまった。やはり眼前の二人は本物だ、と遅れた確信に走っていたからだ。
なぜなら剣を学ぶ本多・二代にとって、父である忠勝を含む松平四天王は特別な存在だ。
もちろん武術の面でもだが、人払いや怪異によって過疎化しつつある三河に残っている重臣は彼らのみだ。よほど元信公に信頼されているなと共に、その剛胆さが身に染みているのが二代の現状だった。同じ武芸者としても、差を感じていた。
だが、二代はその差に感慨を覚えていた。年はとっても松平四天王。その体より流れる威厳は若く未熟な二代をより奮い立たせるには十分な因子だからだ。はっきり言って、感奮しているのだ。
「先程も紹介した通り、本多・忠勝が娘、本多・二代で御座る。この度はかような席に招かれ、恐悦至極。今日日は生涯忘れぬ日となり申す」
「ホントにダっちゃんの娘かってくらいに堅いねぇ。
「そ、そうで御座るか?」
「おいおい二代を困らせるなって。どうせ、自分は好かれやすいからって話しかけてんのか? いい加減気づけ、お前に魅力なんてないってことによ」
「うっせ。つーかさ、俺らだけで会おうって話なのに、何で娘なんか連れてきてんだよ。過保護?」
「あー、それなんだがな……」
忠勝がチラッと横目で二代を見ると、彼女はその意を察したように、はっ! と高々と了承し前へ出た。
「拙者、幼き頃よりいつかは父を越えると父と約束したため、日々鍛練し、強くなり続けることが拙者の願い。しかし、恐れ多くも三河教導院で敵なしとまで評された拙者に次なる相手が見当たらず、このままでは腕が落ちるのではないかと。それで酒井様に、武蔵の武人を紹介していただけないかと……」
「なるへそ、それで同行したってわけか。つーてもなぁ、そんな奴、武蔵に……」
どうすっかな、と酒井が悩み悩んでいるところ、忠勝が口を開いた。
「おいおい、武蔵にあの馬鹿の
「馬鹿……? とは一体誰で御座るか?」
二代が漏らした声に酒井は気づいた。
「なんだい、まだ話してないのかよ。ひでぇな、あいつとよく喧嘩してただろ。脳筋同士で毎日バトってたじゃんかよ」
「馬鹿、あんな不純な塊を二代に紹介してたまるかよ。それに来ても女と喧嘩の話しかしねぇだろが。どうせ、まだ旅してんだろ? 来ねぇとは思ったがな」
「ちょ、二代ちゃん置いてかれてますよッ」
「おお悪い悪い。―――そういえば話してなかったな、利久のことは」
一つ咳き込んで、ボリボリと粗っぽく頭を掻き、唸るように考えた。
「まだ話してなかったんたがな、前田・利久ってのがいてな。俺らとは教導院の同期で、結構強かったんだこれが。けどまあ、なんというか―――女好きな不埒もんでな」
「ふ、不浄な……!」
「うん不浄だよね。それに関しては同意するよ」
それで、と一回間を開けつつ。
「利久の子、利益……俺や武蔵の連中は慶次って呼んでるけど、とにかく慶次は強いよ。特務入りはしてないけど、特務を凌駕するくらい強いかもね」
「前田、利益殿……」
慶次の名を呟く二代のその目には期待と羨望が感じられた。強者と戦える期待と、自分と渡り合える強さを願う羨望の両者だ。それは口元にも表れ、微かにほくそ笑んでいた。
それを酒井は見逃さなかった。
「闘ってみたい? だよねぇ、それでこそダっちゃんの娘だよ。それでさ、うちに来ない? 正純と同級生だったでしょ? 俺、ツー本多とか見てみたいなあ。面白いと思うよ?」
酒井が突然そんなことを言い出した。驚きと共に、今の言葉に見知った名前があった。
「正純とは……中等部以来顔を合わせておりません。武蔵に行ったと聞いておりますが、今は副会長をしてるとか……」
「そうそう。こんな寂しくて、味噌カツとコーチンとエビフリャーとウイロウくらいしかない所より、武蔵の方が楽しいよ」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
しかし二代は悩んだ。行きたくないと言えば嘘になるし、行きたいと言えば色々手続きが必要である。三河が鎖国状態のために、転校や転入には色々と大変な部分もある。したいと思ってすぐ出来ることではないのだ。
しかし、行きたい。正純に会いたい、前田・利益と闘ってみたいという願いもあるが、それ以上にある思いが二代を動かしていた。
(武蔵に行くことも、鍛錬になるだろうか……)
所変われば、得られるものもある。そう父が教えてくれた言葉だ。そして同時に、このようなことも修行の一つだという。武蔵に行けるならその機会をみすみす逃がしてはいけない。言わば、これは好機なのだ。
話だけでも聞いてみよう。そう思い、声に出そうとしたところで思わぬ人物が口を開いた。
「ちょいと待て、酒井」
父である忠勝だ。
「その話は嬉しいが、今は無理だ。何せ、今の三河は他国はもちろん、同じ極東の武蔵ですら交流は難しい。それにな、回廊の安全確認終わるまで待ってくれ。二代がいなけりゃ、三河警護隊は動けねぇしな」
「ん? ということは娘ちゃん、三河警護隊の総隊長なのかよ。射撃は無理でも、近接戦闘ならいけそうじゃんか。しかし、なんでまた―――」
「我なりのケジメだ」
グビッと一飲みした徳利を静かに置き、酔いの覚めた真面目な顔で言った。
「これから世界は大きく動く。激動の時代か、混乱の時代か、そりゃ誰にも分からねぇ。そんなとき、娘くらいは自由にさせてやりてぇ。それだけさ」
「まあ、確かに世間は末世とか織田とか色々と揉めてるけど、それに関係するのか?」
「そういうことだ。武蔵に転入するのもよし。本多・忠勝を襲名するのもよし。野に下るのもよし。とにかく、安芸での後は好きにしろって言ってある。二代は自分で選らび、思った道を行く。迷ったら武蔵やお前を頼るだろうよ。その時は――――まあ頼んだ」
恥ずかしいそうに背ける顔は朱を帯びていた。それが酒気なのか照れなのか判断は難しいが、口調からは後者かなと結論した。
珍しいもん見られたな、そう思い飲もうとしたところで誰かが店内に入ってきた。二代がその名を呼ぶ。
「―――鹿角様」
「Jud. これはこれは酒井様、いらっしゃったのですか? 相変わらず老けた顔がお似合いで。それに―――二代様、こんな親父臭い中にいては加齢臭や駄目親父臭が移ってしまわれます。早く御帰りを」
突然の乱入者に三人はタジタジ。三人共この手の自動人形には弱い。特に酒井は鹿角とよく似た自動人形を毎日相手してるので、苦手意識が強かった。
「おいおいダっちゃんよぉ。この人まだダっちゃんのとこにいんのかよ。俺この人と仲良く出来ねぇのに」
「仕方ねぇだろ。こいつが一番女房の料理の味再現出来るし、剣筋も再現可能だし、家庭教師代わりとしては最適なんだけどなぁ」
口がちょっと過ぎる。それが口に出来ないのが苦しいところだ。
「この人無茶苦茶なんだよなあ。他人は駄目で自分はいいの鬼ルールだし、口はキツいし、目なんかあれだぜ? 養豚場の豚を見る目だよ。あれ絶対、哀れみと侮蔑の目だって」
「出会い頭に人を何だとお思いですか。忠勝様、もうそろそろ時間です」
ああそうだな。と徳利に残った酒を最後まで飲み干し、席を立っては右手で、またなと降って出ていった。
出ていった後、残された二人は妙な余韻に浸っていた。
「……なんかダっちゃん変わったな。体育会系から文科系―――までとはいかねぇが、文武両道系のイクメンになったなあ。年月って恐ぇよ」
「父親になって、色々責任が問われることを自覚したのでしょう。昔は連帯責任やらで私達が問われていましたが、大人でそれはいけないことに気づいたんですよ」
「なのかなあ。まあ、でも、―――親父の顔だったぜ? これも娘ちゃんのお陰かね」
古い友人の進歩に驚きを隠せなかった二人はそろそろおいとましようと立ち上がったその時だ。
「「 あっ 」」
二人して気づいた。
酒が注がれてた徳利。焼鳥だった竹串。それをのせてた皿の山。
これが意味すること、つまりは。
「ダっちゃん……食い逃げじゃん」
「……ですね」
二人の長いため息が部屋にこぼれた瞬間だった。
☆★☆
「………」
「何の真似だ、これは」
今なお絶えることない黒煙。毎日授業を受ける教室、全速疾走した長い廊下、昼間通っていたはずの教導院、そのあちらこちらから黒煙が立ち、ガラスやら木片やらが散乱した光景。思わず長いため息が出た。
ため息の主はシロジロだ。顔は崩れずとも、その吐息だけは彼の心境を語っており、隣のハイディもまた『困ったなあ』と首を傾げていた。
そして。
「おいおいシロジロ! なに縛ってんだよコノヤロウ! ……なんかシロジロとコノヤロウって似てね? どっちも叫んだら聞こえそうじゃんか! シロジロー、コノヤロー!」
「貴様、死にたいか? なら死なせてやろう。安心しろ、修理費はお前の保険金だ。何も背負わずに死ねるんだぞよかったな。だが額がまだ足りないな」
ただの肝試しのはすが、いつの間にか無差別ズドン。そしてその主犯トーリは縄でぐるぐる巻きに、爆発の元凶たる浅間、同じく浅間に乗じた魔女コンビらが正座。さらには首から『私は罪を犯しました』というプラカードを下げられ、反省させられていた。
「うっ、うっ、酷いですこの守銭奴……。巫女のこの私を座らせるなんて……! 優しさがないんですか!?」
「巫女のくせに器物損壊してる時点で神職失格だ馬鹿者。それに巫女ならば、きっちり修理費払ってもらおう。耳を揃えてな」
「き、鬼畜―――!?」
「さて、申し分があれば聞こう。私も鬼ではないからな。ん、どうだ?」
「お、お願い! 今月ちょっとピンチなの! わかるでしょ? 今月お金ヤバイのよ!」
「塩と白米だけなの。困ったよねー。でね、もしよかったらー、減額して……くれない?」
「なるほど、事情は分かった。それは大変だな、お金がないなんて可哀想に―――だが断る! 貴様らも耳を揃えて払ってもらおうか!」
「「 さ、最低だ―――!! 」」
「はーい、これ請求書ね?」
ニコニコ顔のハイディが差し出した請求書通神に三人は驚愕、そして絶句。ゼロが二つ三つ多いんじゃない? とまだ諦めきれないところがリアルなところだ。
「では、主犯はどうしてくれようか。私個人としては修理費だけでは気がすまん。罰金でもくれてやりたいな」
「まあまあ、怒るなって! 明日は俺の告白だぜ? これぐらいのことなんてちっぽけな悩みだってばよ! 生中継で稼いだ金で修復すればいいだろ」
「変更だ。分配は私が十、お前にはビタ一文も払わん。これでチャラだ」
「はあ!? 俺フラれたら損ばっかりじゃんかよ!」
「……こっちはどうすんのかねえ。教導院の修復より、大事なもん直さないと」
「……あの二人は人に見つからないように帰させるよ。特に……正純君がうるさいだろうし」
焼け焦げたバンゾック柄白衣越しにうずくまる二人。『コニたん、いるか……?』『ええ、ここに……』と息はあるようなのでさっさと家に送って翌朝話題になるのは避けたいところだ。
そしてその隣に並ぶ梅組の面子。忍者、半竜、鈴、貧従士、馬鹿姉がうーんうーんと悪夢を見てるように悶えていた。これでは何があったか聞けずじまいではないか。
「こいつらは置いといて、
「そうだね。……慶次君も大丈夫かい? ウルキアガ君達を探すときに流れ矢食らったんじゃ……」
確かにそうだ。あまりに無慈悲無差別はズドンな段幕に、バンゾック(仮)は成す術もなく、集中砲火を受けることになった。
酷だ。あまりに酷すぎる。ということで急遽救助隊が編成され、忍者、労働者、半竜、傾奇者の四人が教導院内へと駆けだした。
見境なく暴れまわれる三人の戦禍を潜り抜け、二人を救出。途中、忍者と半竜が被弾したので慶次が引き返し、戦禍の中で二人を救助。救助隊が救助されるというシュールな画が出来上がったのだ。
二度も戦禍へと身を投じたのだ。まったく怪我を負わないことなどない。事実、慶次の体は煤や埃にまみれていた。
「気にすんな。怪我なんざ、しょっちゅうだからよ、いちいち気にしてらんねぇさ。いつつ……」
「ほら、怪我してるじゃないか。背中を打ったようだし、火傷だってしてるだろ? 」
「たく、馬鹿二人が重くよぉ、おまけに手塞がってるのに射ってくる奴がいてな。塞ぎようがねぇからどうしようもなかったのさ。まったく、誰のおかげでこうなったのやら」
その一言に、すいませんすいませんと謝る誰かさん。ちょっと錯乱してたとはいえ、怪我させてしまったことに負を感じてるようだ。
「だが、いい一撃だ。煙の中、正確に俺らを撃ち込んできたんだ。見事な腕だ。そこは褒めてやるさ」
「フォローが上手いね君は。さて、そろそろ片付けようか。こんなんじゃもう肝試しは出来ないだろうし、下手すると青空の下で授業する羽目になりそうだし」
「そうするか。よいしょっ―――おっと」
「―――ほら、肩貸しな」
ふらついた彼の肩を担いだのは直政だ。機関部で鍛えた腕っぷしと右の義腕に体を支えられ、倒れるのは阻止できた。
「お、助かるな。お前がこんなことする奴とは思わなかったがな」
「……ただの気紛れさね。気にすることじゃあないさ」
照れくさそうにはぐからす直政。人に対する態度が変わったと慶次は思う。たが、その裏には女達の談話があったことを知るよしもなかった。
「でも人手が足りなそうだ。点蔵君でも起こそうか。一応特務だし、体力も余ってるだろうし」
「自分、花畑を見たで御座るよ……それは綺麗な花が辺り一面に……」
「川……見事な大河が流れていた……」
「……ほとんど役に立たないようだから、僕らで片付けようか」
肝試しに参加してないメンバーは寝かせておき、動ける面子だけで片付けを始めた。楽しかったな、またやりたいな、と各々楽しんだようで、感想が多々聞こえた。
楽しかった前夜祭もこれにて終わり。悠々と片付ける中―――また新たな客人がやって来た。
「な、何の真似かねこれは!」
シロジロと同じ台詞を発したのは武蔵王・ヨシナオ。騒ぎを聞き付けたのかは知らないが、見る限りご立腹の様子らしく焼け焦げた教導院を見るや、怒声を撒き散らして憤慨した。
「こ、これは一体……ああ、なんと! 教導院が! 麻呂の町で狼藉とは何のつもりかね!」
あまりの怒声に悶え寝込んでいた者も目を覚ました。教導院内にいたのに外にいて、眼前に麻呂がいるのだ。混乱する者もいた。
だが最も混乱し、驚いたのは鈴だ。なぜなら。
「こんな夜に一体何の真似かね! 誰がこんなことを! 君、説明してくれまえ! 何故こんなことになったかね!?」
「ひぁっ、ひ、あっ……!」
鈴は目が見えない。故に鈴は五感のうちの四つで生活しなければならない。その点で重要となるのが聴覚だ。そのために鈴の聴覚は常人より優れ、微かな物音さえも聞き取れる。
だが、優れてるが故に大きな音や声は苦手としている。その鈴の眼前で大声を出しては、無防備に殴るようなこと。突然大声をかけられたのでは、どうすることも出来ず。
「うわぁあぁああーーーん!!」
泣いた。鈴が大声で泣いた。
それだけだ。だが、それだけのことで場には緊張が走り、寝起きの者には目覚ましより効いた。
鈴が泣いたことに、ある者はどうしようかと悩み、ある者は鈴を抱きしめて慰め、ある者は臨戦態勢へと豹変した。それほどに凄まじいものなのだ、鈴が泣くということは。
金にがめついシロジロも動き出し、彼と言い争ってたトーリも事の現状を一目見るや。
「
「問題なーし疑問なーし容赦なーし! 市中引き回しの上打ち首だー!」
「おぉ!? さすがだぜお前ら。躊躇なくそんなグロっちい刑罰思いつくなんてよ……! 死ぬほど感動したぜ!」
「む、武蔵総長! 今回の騒動は君のせいかね? 答えたまえ! 教導院がこうなったのはどうして―――」
「おいおい偽物に答えると思ってんのかよ! 本物ならもうちょっとインパクトがなくって声掛けられない感があって、暇があったらマインスイーパーやってる可哀想な麻呂なんだぜ! コスプレすんならもうちょい学んでこいよ!」
「貴様―――!!」
売り言葉に買い言葉。一触即発の二者に割り込む隙もなく、眺めていると―――。
「あ、れ? 音?」
いつの間にか泣き止んだ鈴が明後日の方向を見る。武蔵の外、つまりは地上だ。森が生い茂げ、深みのある暗闇と朧気な月光が広がる各務原の山渓。そこに新たな光源が生まれた。
炎、繋がるのは黒煙。そしてやや遅れて遠雷にも似た音が響いてきた。
「爆発……?」
「あそこには三河監視用の聖連の番屋がありますけど……事故ですかね? それとも火の不始末でしょうか?」
「うーむ、おかしいな。三河の商工会と連絡がつかん。無人……にするはずがないんだがな。三河に灯りも灯らないとは、やはり事故か?」
「花火じゃないですかね。松平公が今夜花火をするって言ってましたし、その準備では?」
なのかな、と曖昧な一味。真実を答えることも、理解することも出来ないのだ。はっきり言って、彼らに今出来ることはない。
「よーし! 続きはまた今度だ!」
トーリの締めの言葉に首肯し、各々連絡を取り始める。
皆が解散しようと動きを見せる中で、また違った動きをする者がいた。
「あ、あれ……?」
「ふふ、どうしたの鈴ったら。あの炎が怖い? 心配ないわ! 幽霊とかから比べたらなーんのも怖くないもの! つまり今の私は敵無しなのよ!」
「ち、違うの、あれ……、その」
「―――余?」
静かに、それでいて震えながら指を差したのは合流したばかりの東。
何故指差されたのか当人も分からず、え、と理解出来ないようで困り顔。
「あ、あのぅ、何か?」
「……東、後ろだ。しっかし、初めて見たなあ」
「後ろ?」
慶次に言われ、問い返した方向に顔を向けた東は見た。
白絹の如き白髪。柔らかそうな雪肌、見る者を和ませるだろう愛らしい顔つき。東に偏った趣味がなくとも、可愛いとしか体現出来ない少女だ―――透けてはいるが。
【パパ、いないの……ママ、見つからないの……】
「「「 出たあ―――!!! 」」」
今日一番の悲鳴が、武蔵中にこだましたのであった。
更新が遅れて申し訳ありません!
この時期に限って急に忙しくなるもんですから書くことが厳しくなってました。最新話を心待ちにして皆さんに再度、謝らせていただきます、本当にごめんなさい。
しかしいつもより2,000文字くらい増えております。ですので許してくれたら……嬉しいです。
意見、感想をお待ちしてます。