彼女は決して警戒していなかったわけではない。むしろあの時よりも精神的に進化していると言っても過言ではないほど落ち着いていた。
悠夜によって吹っ飛ばされた箒は観客席に倒れる。何が起こったのかわからない箒だったが、すぐさま立ち上がって相手との距離を測る。
(いつの間に距離を詰められたんだ、私は)
何もできずに吹っ飛ばされたことは理解した箒。すると悠夜に何かが襲い掛かる。
(セシリアの援護か。この状況ではありがたいな)
衝撃があった場所をさするが、特に異常がないと思った箒はISでも使っているのかと思うほど回避する悠夜に狙いを定める。
「そこだ!」
観客席から舞台に戻った箒は斬りかかるが、悠夜はその場で回って裏拳で箒が持つ刀を砕いた。
「この程度か。シンデレラ」
「何を―――」
顎を、そして腹を殴る悠夜。箒はその場に倒れ、その様子を見ていた悠夜は盛大にため息を吐く。
「今の俺は物凄く気分が悪い。冷やかすならもっと強くなってからにしろ」
箒の頭を掴み、悠夜はさっきから自分を狙っているスナイパーに向けて投げた。
鈴音の巧みな攻撃をかわし続ける一夏だがところどころ擦り切れていることから、少なからずダメージは受けているようだ。
もっとも彼女が持つ短刀も箒が持つ刀もすべてキッチリとは刃抜きされているため、殺傷能力はない。
「はぁああ!!」
―――パシッ
鈴音が一夏を切ろうとした瞬間、その後ろから誰かが止める。鈴音は驚いて後ろを見ると、そこには悠夜が立っていた。元々の身長が175ということもあって並々ならぬ威圧感を感じさせる。
「……ゆ、悠夜」
「鈴音、武器はどこだ」
「そ、袖のところに何個かあるわよ」
「そうか」
悠夜は鈴音の腕を離して奥の方に引っ込む。
「って、ちょっと待って!? アイツ、箒とセシリアを相手にしてなかったっけ!?」
ISで強いのは知っている鈴音だが、それもあってあまり悠夜が生身で強いというイメージがない。
一応、政府からISの攻撃すらも防ぐ壁諸共区画数個を破壊したことを聞いていたが、それを彼女はずっと「ルシフェリオンでやった」と思い込んでいたのだ。
嫌な予感がした鈴音はそこから離れるとすぐに一夏めがけて机が飛んできた。
(アイツ、まさかISを使ってるんじゃ―――)
そう思って鈴音は部分展開でハイパーセンサーを使用するが、向こうにいる悠夜からIS起動反応が感じられない。
「ちょっ、何で悠夜は俺を攻撃するんだよ!?」
まさか王子同士で争うとは思わなかったのか、一夏はそんな声を上げる。だが元々最初から悠夜は一夏に対して味方と思うどころか敵としか思っておらず、攻撃するのは必然だった。
「ごちゃごちゃうるせえ。大人しく死ね!」
「すっげぇ理不尽?!」
そう言いながら一夏はその場からセットの後ろへと逃げる。一夏は近くにあったセットを持って逃げたセットの方に投げようと考えたが、反射的に後ろに蹴りを入れていた。
「もう対応しただと?!」
「大怪我を負ってしばらくは動けないと思ったがな。まぁいいや」
悠夜は前髪で見えないが、邪悪な笑みを浮かべて箒に攻撃する。だがその攻撃は箒ではなく、別の人間に当たった。
「そこ!」
悠夜というある種の脅威が去ったことで安心する一夏。だが鈴音はその隙を逃がさず、一夏に隠し持っていた飛刀を投げる。
―――カカンッ!
だが一夏の前でそれは弾かれる。閉じていた目を開けた一夏の前には、警察機動隊がよく使う盾があった。そしてその持ち主はシャルロット。
「シャル!? た、助かった……」
「いいから早く逃げて!」
「お、おう! サンキュ!」
言われた通り今すぐ逃げようとする一夏。だがそれを先程「逃げろ」と言ったシャルロットが止めた。
「あ、ちょっと待って!」
「な、何だ?」
「その、王冠は置いて行って。実は凰さんもそれを狙ってるの」
「そ、そうなのか………」
言われて一夏は王冠のシャルロットに渡そうとしたが、天の声を担当する楯無が楽しそうに言った。
『王子様にとって国とはすべて。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』
「……はい?」
そのアナウンスが終わる頃には一夏は王冠を取っており、その王冠を外していた。そのせいか王冠から電流が走り一夏を襲う。
「ぎゃああああああああ?!」
だがその電気は幸い一夏を少し痺れさせる程度に抑えていて、少しふらつくがなんとか動けるようだ。もっとも、本人は今がどういう状況なのかいまいち把握できていないが。
『ああ! なんということでしょう。第一王子の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません。なんということでしょう』
「二回言わなくていいですよ!」
イラついたこともあって思わず叫ぶ一夏。そしてすぐにシャルロットに謝った彼はそこから逃げようとしたが、いきなり横から何かが一夏を殴った。
「ちょっ、いきなり何―――」
一夏は思わずそっちの方を見る。そこには無表情だがどこか寒気を感じさせる、シンデレラの衣装を着たダリルの姿があった。
一方、悠夜の方の戦いは激しくなっていた。
どういうことか悠夜自身にもわかっていないが、何故か悠夜は好戦的になっている。案の定、悠夜はそれを深く知ろうとせず、ただ目の前にいる敵に攻撃を仕掛ける。
そしてその敵である簪も平然とそれをいなしていた。
「な……何なんだ、あれは……」
近くで見ていた箒は思わずそんな声を漏らしてしまう。
明らかに自分とは―――いや、自分たちとは一線を画している戦闘スピードに彼女の目は追いついていなかった。
そんな時、箒にあらかじめ渡されていたインカムから連絡が入る。
『箒さん。あの二人の注意を逸らします。その内に仕掛けてくださいな』
「共同戦線を張るつもりか?」
『はい。わたくし一人でも、そしてあなた一人でもあの二人に割って入るのは至難と思われます。ならば一時的とはいえ協力する方がよくって?』
「…………」
少し考える箒。数秒ぐらいして返事をする。
「いいだろう。少しの間だけだ。セシリア、貴様の射撃で突っ込む」
『わかりましたわ。では―――』
返事するや否や、セシリアはゴム弾を撃つと箒は悠夜の方へと突っ込む。
この戦いのルールは簡単。男たちは王冠を守り、女たちはどちらかの王冠を取れば生徒会長権限によって可能な範囲の願いを叶えられるシステムとなっている。
それを聞いた女たちはほとんど一致で喚起し、ある条件を呑んでこうして参加している。
残る専用機持ちはラウラは特例措置なので除くと楯無とフォルテ。だがフォルテは不参加を表明したため、残りは楯無になる。だが彼女もこの後の仕事があるため不参加。
セット上に空中投影ディスプレイが展開され、60秒からカウントダウンが開始される。
「まずいのう……」
その様子を観客席から見ていた陽子は呟くように言うと、後ろの……と言うよりも陽子を膝に座らせているクラリッサが尋ねた。
「何か問題でも?」
「うぬ。今の悠夜の状態は非常に拙い。ラウラ、お主、悠夜が誰かと寝たということは聞いたことはないかの?」
クラリッサの左隣に座るラウラに尋ねる陽子。ラウラは首を横に振って答えた。
「いいえ。これまでそのようなことは一度も耳にしたことがありません」
「………拙い。非常に拙い」
クラリッサもラウラも、クラリッサの右隣に座る幸那も、幸那の隣に座るギルベルトも陽子が言わんとすることがわからなかった。
「何か問題でもあるのでしょうか?」
「元々、ワシら桂木家は貪欲なんじゃ。生まれが常に何かを仕切る家柄ということもあって、気に入った女は本人の意思なんて関係なく持ち帰ったり、かなりわがままな家系での。ワシもたまたま助けた男を気に入って持ち帰ったものじゃ」
「「「「……………」」」」
四人はそれを聞いて黙り込む。四人とも、今の状況も含めて心当たりがあるからだ。
「特に性欲は比較的強く、10代半ばになれば本来なら一人や二人押し倒してもおかしくないんじゃが………」
「兄様にはそれがありませんね」
「聞くとどうやら生まれてこの方「そういうこと」をしたことがないらしい」
それを聞いたクラリッサと幸那は顔を赤くし、ラウラは首を傾げる。
「環境が環境じゃったからそれは仕方がないのじゃがな、さらに運が悪いことにIS学園は美少女しかおらん。いくら性格が悪かろうても流石に興奮はするが、悠夜はずっとそれを我慢してきたんじゃ。相手を軽蔑するか、「妹だから」と一線しての触れ合いに切り替えることでの」
「………もしかして、その感情が爆発する可能性がある、とか?」
ギルベルトの言葉に陽子は頷く。
「まぁ、その爆発は性欲だけではない。戦闘や趣味など、要はそれらを発散するようなものならば何でもいいからのう。現に、他の二人ならばともかく簪と生身で戦うなんざ普段の悠夜ならば考えられん」
陽子がそう言わる同時に、壇上では異変が起きた。
突然乱入した箒とセシリア。セシリアは撃ったゴム弾が二人に当たらないように素早く調整しつつ撃つ。その隙に箒が悠夜に切り込んだ。
あの日、千冬から話を聞いた箒はある意味変わっていた。自分は舐めていたと、自分も千冬のようになれば一夏に振り向いてもらえるのではないか、と。
だが、実際は違った。千冬は孤高のような存在でもなんでもない。千冬自身も弱かったのだ。
それを知った箒は少しは迷った。それ故に彼女は、今目の前の男が弱者ではなく強敵へと思えたのだ。
(篠ノ之流二刀奥義が一つ―――四五上段十文字)
その名の通り腕をクロスさせ上段からそれぞれ斜めに斬る奥義。それを最初に持ってきたのは一撃で渾沌させるのを狙ったからだ。
刃抜きされた刃が悠夜を襲う。だが箒が最後まで振り切った時、右腕の刀がなくなっていたのである。
「―――どこを見ていている」
―――後ろ!?
箒は驚きを露わにするが、それも束の間。すぐに後ろを向いて防ごうとした。だがそれはボイスレコーダーを使ったフェイクだったのである。
「―――敵はここだぞ」
奪った刀を反転させ、峰で箒の頭部めがけて振り下ろす悠夜。だがそれは叶わなかった。
―――カンッ トンッ
箒の刀の刃に当たり、悠夜の頭部にゴム弾が命中した。
それはまさしく事故。責められることはないだろう。
だが撃ったセシリアは震えていた。やってしまった、と。何よりも、射撃に自身がある自分が。
確かに彼女はその責めを受けるだろうが、それは悠夜に当ててしまったことではない。
そして空中投影ディスプレイに映っているタイマーは0になった。
『さぁ! ただいまからフリーエントリー組の参加です! みなさん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』
「はぁっ!?」
「時間か。……って、桂木!?」
逃げて悠夜の方に来た一夏とダリル。その後ろには盾を持ったシャルロットに鈴音が追従する。
たまたま視線の先に倒れている悠夜を見つけたダリル、そして鈴音は駆け寄るが、両方から女生徒の群れが近くに一夏がいることもあって一直線にそっちに向かう生徒たち。
「桂木悠夜は弱ってるわ! あれから奪いなさい!」
一人の生徒がそう叫ぶと、全員が意思を固めてそっちに突っ込む。―――が、それらはまた一斉に静止した。
―――まるで、神が降りてきたようだった
立ち上がった悠夜を見て全員が固まる。一夏も、箒も―――いや、簪とダリルをはじめ、悠夜がそういう存在と知る人間以外は全員固まった。
(……視界が明るい)
そう思う悠夜だが、それもそうだろう。悠夜は今回前髪を切り、それを束ねてウィッグを作った。だがそれはおそらくゴム弾が当たったことで壊れ、悠夜の足元に落ちているからだ。
悠夜は自分の手を顔にやるが、付けていたウィッグがないことにまだ気付いていない。さらに言えば、眼鏡も落ちているので今の悠夜は文字通り素顔を晒しているのだ。
「………やっべぇ」
「ばれた」
ダリルと簪はあらかじめ知っていたからか、そんな言葉を漏らす。一方放送室では楯無にも変化が起こっていた。
(……あれ? 私、あの顔をどこかで見たことがある?)
実のところ、楯無は悠夜の素顔を見たことがない。
何度か気になって見ようとしたが、そのたびにおっぱいを揉まれるわ、逆に押し倒されて固められるわで、結局見れずじまいだったのだ。
それ故に感じるはずがない矛盾な感覚に、どことない不安を覚えていた。
「―――やれやれ。どいつもこいつも肌の露出が多すぎるな。これだから昨今の女というものは男がわかっていないんだ」
物凄く絵になるポーズを無意識に取る悠夜。どうやら心からそう思っているからか、ある部分もまったく反応していない。
「いや、今はシンデレラの最中だったな。……なら―――」
右腕を胸元と平行に上げた悠夜は自分たちが入ってきた場所とは違う方から来た生徒たちに向けて中指を自分の方に二回動かした。
「かかってこい。ただし、少し異常な俺と戦うんだ。死は覚悟しろよ、雑魚ども」
「な、何なのよ、その上から目線は!」
「そうよ! いい加減にしなさい!」
「いい加減、か」
―――ダイレクトだった
今、悠夜の目を遮るものはなくなっているため、一部の生徒は悠夜の目をダイレクトに見てしまったのである。殺気を帯び、恐怖させる能力を十二分に兼ね備えている目を。
「だったら、制裁を加えてみろよ。言葉ではなく、武力でよぉ。できるよなぁ、自称最強共ぉ!!」
そして悠夜は簪を通りすぎ、近くにいた生徒の一人を攻撃する。それが合図となり、一斉に生徒たちは悠夜にとびかかった。
それは一夏すらも巻き込みはじめた。
「ちょっ、何なんだよ一体―――」
「こちらへ」
「へ?」
だが当の一夏はいなくなる。そしてそれに全員が気付くのは少し後だった。
そのシンデレラを見ていた観客席に一人、異質な空気を放っている人がいた。
その人物はまるで親の仇を見るように悠夜に襲い掛かる生徒たちを見ており、その人物の隣に座る人は、腕を取って自分の腹に持ってくる。
「ああ、加勢したい加勢したい加勢したい加勢したい」
「ちょっ、落ち着こうよ。いくらなんでもここで暴れたら計画に支障が―――」
少女が女性と言っても過言ではないほどスタイルが整った二歳上の女にそう言うが、女は無視して腕を振り払い、今すぐに飛び出したい気分だと言わんばかりだった。
「計画? それは美味しいんですか?」
「ほら、ユウ兄を連れて帰ることだって。忘れたの?」
「思い出しました。そのついでに更識楯無を抹殺するんですね」
「一緒に連れて帰るんだけど……!?」
できるだけ声を押し殺しながら叫ぶ少女は盛大にため息を吐く。
(………何でこんなことになったんだろ……?)
少女は掴んでいる腕の主を改めてみる。
彼女らがこうしてコンビを組むことになったのは、大体5年前くらいだからだ。もっとも彼女らは普段は一学生として動いていることが多いため、これから行われる作戦に参加するのは実に5回目である。
本来、少女にこういった相棒が組まされる場合は、将来有望な男になるのだが、現相棒の女をギリギリ止めることができるのは、今組んでいない人間だけで少女だけだったのだ。
もっとも、その女も少女のことはどうでもよく思っているのが現状だが。
(………まだ組んだ当初の方がマシだったなぁ)
相手を見ながらそんな物思いにふけっている少女は、舞台袖へと消える別の女性と一夏の姿を見た。
「織斑一夏がどこかに連れて行かれるわね」
「そんなことよりもユウ様です。まぁ、ミンチになったところで大した戦力ではありませんからね。っていうかユウ様に散々迷惑かけたのでさっさと死んでほしいくらいです」
常時こういう風であり、組織全体の輪を乱し続けているのだ。
少女はまたため息を吐く。相棒の背景を考えればわからなくも理解できる少女だが、以前行った進路指導で「将来の夢は桂木悠夜のお嫁さんになることです」と某学園主席すら超えるほどの貫禄を見せつけるほどである。ちなみにそれを聞いたクラスメイトは盛大に笑ったが、笑った人間は全員その女性に骨折させられていた。
「絶対、ユウ兄を連れて帰らないといけないわね(私が倒れる前に)」
「そうですね。絶対に連れて帰りましょう。こんな大半が屑しかいない場所に放置するなんてユウ様に失礼です(そして私はユウ様とイチャイチャするんです!」
彼女らはそれぞれの思いを胸に、結束を固めるのだった。
次回予定
あらかた倒した悠夜は、織斑がいないことに気付く。
そして嫌な予感がした悠夜は更衣室に戻ると、そこには既に捕まった一夏の姿があった。
自称策士は自重しない 第100話
「たった一人が不落の要塞」
「さぁ、潔く死ね!」
シンデレラは如何だったでしょうか。
豹変する悠夜、思考はどうあれ成長した箒、不穏な言葉を放つ陽子と不穏な行動をとる女二人。
ということで次回はいよいよオータム編。悠夜はどのような行動に出るのか、乞わないご期待!