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#73 思わぬニュースと故意のプロローグ
臨海学校から帰ってきた俺たちに待っていたのは、過酷なトレーニングだった……と言えば普通の罰だが、当然ながら俺にはない事である。
とは言え俺は諸事情により無断出撃をした専用機持ちたちと一緒に走っている。スタートは全員いたが、現時点で俺の後ろを走っているのは篠ノ之とデュノアだけだった。どちらも一生懸命付いて来ようとしているが、もうそろそろ体力が限界なのだろう。それも仕方がないことかもしれないな。
———何故なら俺たちが走っているのは島の周りだからである
おそらく朱音ちゃんが開発したと思われる轡木ラボが(たぶん無断で)打ち上げた衛星とリンクして現在位置を知らせる投影型ヘッドギアディスプレイを全員が装着していて、一般生徒が入ってはいけない場所を示してくれるようになっている。帰りは各所に設置されている自動操縦に10人乗りの車が用意されている。もちろん、いつでも水分補給できるよう移動型自販機も近くにあった。流石は「世界を超えるための一企業」を売りにしている轡木ラボ。やることが半端ない。
しかしあれだな。たぶん朱音ちゃんは人知れず過酷な労働環境にありそうだ。もしかして晴美さんがよく朱音ちゃんの部屋に俺を連れていくのはその辺りが原因かもしれない。
そんなことを考えていると、ふと昨日のことが頭に過った。
バスがIS学園に到着し、解散の号令で俺はすぐにラボの方へと向かう。各パッケージはほぼ到着というところで道を変え、先にラボへ帰って行ったので問題はないだろう。
ともかく俺は先に朱音ちゃんの部屋に行くと、そこには屍と化している朱音ちゃんの姿があった。
「あ、朱音ちゃん!?」
「あ……お兄ちゃんだぁ……」
やせ細っている朱音ちゃんを見た俺は慌てて冷蔵庫に買い置きしていたはずの栄養ドリンクを出し、朱音ちゃんを椅子に座らせる。
そしてストローを指して先端を口に入れると朱音ちゃんは普通に飲み始めた。
「朱音ちゃん、大丈夫か?」
「平気だよ~」
それでもやつれ方が半端じゃない。一体何がどうしたというのだろう。
するとドアが開かれ、巨匠……もとい、十蔵さんが入ってきた。
「おかえりなさい、桂木君。臨海学校では大変だったみたいですね」
「………ええ。はい……」
ヤバい。殺される。
いつでも防御できるように構えると、
「今回の件はあまり気にしないで下さい。事情はすべて把握していますから。それに殺されかけたという話ですし―――」
「ええっ!?」
朱音ちゃんはどうやらそのことを知らなかったらしい。どこにそんな元気があったのかと聞きたくなるぐらい復帰した朱音ちゃんは俺に飛びついてきた。
「だ、大丈夫なの!?」
「まぁ、こうして立っているし……」
考えてみれば、俺って福音に腹部を刺されていたんだよな。普通なら死んでいてもおかしくはないんだが、どうして生きているのだろうか。
「お兄ちゃん、黒鋼を返して」
「……はい」
俺は黒鋼を朱音ちゃんに渡す。
すると朱音ちゃん俺に言った。
「ごめんね。今度こそ、お兄ちゃんに相応しい最強の機体に仕上げるから」
「あ~、一応大会規定には従った方が……」
「大丈夫。そんなことはわかってるから。だから、二人ともとりあえず出てって♡」
言われた俺と十蔵さんは外に出る。ドアに書かれていた「ノックをしてください」が「集中するので妨害禁止」に変わる。
「こうなってはテコでも動きませんからね。出直しましょうか」
「……そうですね」
さりげなく、俺の荷物は回収しておいたし。
「しかし、ちょうど良かったのは良かったです。桂木君、あなたの機体の件ですが、どうするつもりですか?」
朱音ちゃんの部屋から離れながら十蔵さんが尋ねてくる。これくらいならば答えても構わないだろう。
「普通ならばここで渡すべきだと思いますが、各国がうるさいでしょうからね。それにもうご存知だとは思いますが……」
「一応、私は理事長ですから。今回の件はそれなりに把握しています。従来のものならばオーバーヒートを起こすものでも、ルシフェリオン…でしたか? それでは50%もないのでしょう?」
「はい。福音に対しては30%で対応しました」
30%であれほどのことができるとなると、他の国や機関は黙っていないだろう。当然だが俺の身柄を狙うことになるだろうし、下手すれば俺の周りも狙われることになる。
「そのことなのですが、IS委員会から召喚状が届いています。それも学園の試験日にね」
「……それって」
「つまり彼らはあなたに試験を受けさせないつもりでしょう。受けなかったことで敢えて事実を捻じ曲げるのが狙いかもしれません」
即急ならば2,3日後だろう。でもそれでは逆に遅いくらいなのかもしれない。試験を受けなければそれだけで「やる気がない」とでっち上げるつもりか。
「俺をさっさと解剖して、ルシフェリオンを全員で共有して新たな兵器を作ろうとでも言うのでしょうかね?」
「大体そんなところでしょう。そこで提案なのですが―――先にテストを受けてしまうというのはどうでしょうか?」
「……え?」
そんなこんなで十蔵さんが根回しをし、今は操縦者に必要な持久力を測定しているというわけだ。
ちなみに俺には黒鋼ではなく、黒鋼の戦闘データを元にマ改造ならぬシュ改造された鋼が渡されている。シンプルなフォルムでどんな状況に対応できるように作られており、俺の場合は近接だそうだ。さしずめ、「悠夜専用鋼」と言ったところだろう。
(………流石に限界だな)
後ろには誰もおらず、俺は足を緩めてギブアップする。まぁ、外周で1/4声を走れたら十分だろう。
『確認した。呼吸を整えてから戻ってこい』
ヘッドギアから織斑先生の声が聞こえる。「了解」と返事した俺は近くの自販機によってスポーツドリンクを買い、近くに車が来るまで待つことにした。
しばらくするとオートパイロットの車が来たのでそれに乗る。中には誰もいないようだ。……ちょっと安心した。
(だけど、放課後にやらなくてもなぁ……)
篠ノ之から睨まれる睨まれる。しまいには「何かズルをしているのではないか」と疑われている気がしなくもない。ま、そんなことをすればヘッドギアから大音量の警告音が耳に襲い掛かるのだが。
しばらくすると停車する。どうやら俺が最後に戻ってきたようで、ヘッドギアを渡した。
「ほう。随分と走ったな」
「まぁ、持久力には多少自信がありますので」
そうじゃなければ俺はとっくに死んでいる。今、こうして生きていられるのは持久力があったことも原因かもしれない。
だが今回は結構走れた気がする。おそらくここまで様々な苦労をしていたからだろう。主に織斑たちのせいで。
「……タイム的にはオリンピックに出れるぞ」
「怒られると思いますが、正直あまりそういうのには興味がないので」
そもそも動機は義母……石原郁江が事あるごとに俺と幸那を比べたことが原因だった。あの時は「仕事が忙しいから」という理由で家事を引き受けていた俺は常に陰口を収集して、一応は外に出ても恥ずかしくはないぐらいのことはしていた。例えば朝のランニングとか。
だがまぁ、今後どうなるかはわからないが正直家族の縁は切りたいな。幸那とも……とは思うが、朱音ちゃんに追い出された後に晴美さんからメールが送られてきたんだよな。何故か知らないけど「もしかしたら妹の方に良くないものがあるかもしれない」って内容で。
テスト勉強もあるから「わかりました」とだけ返したけど、後で聞いておこうかな。
(いや、勉強の方が優先だな)
明日からは授業をサボって筆記テストだし、いくら日頃から勉強をしているとはいえ内容量が他校とは違って多いから勉強を優先するべきだ。決して幸那に見切りを付けているわけではない。むしろ俺自身、いつでも甘えてきたのなら最大限愛でれる自信がある。
「………で、篠ノ之。さっきから何の用だ?」
「……何がだ」
「いや、無自覚だったらいいんだけど」
正直な話、こいつに向けられている殺気なんざそこまで気になる物でもないし。
そう思っていると、下の方から「兄様」と声をかけられた。
「ドリンクとタオルです」
「ありがと」
すっかり俺の配下というか僕というか、その言葉が似合うようになったラウラが俺にドリンクとタオルを渡してくれる。それを受け取った俺は少し距離を取ると、ラウラが悲しそうな顔をした。
「悪い。今汗をかいているから……」
「……そういえば、ネットにそのようなことが………すみません、気が利かなくて」
「いいって。ラウラは十分良くしてくれているさ」
そう言って俺はラウラに近づいて高さの関係上、額にキスをした。すると周りがなんとも言えない声をそれぞれ上げる。
「貴様、何をしている!?」
一番に篠ノ之が叫ぶ。あまり接点がない俺から見てもわかるほど顔を赤くしているが、どうやらあまり耐性はないようだ。他にオルコットは両手で口を隠しており、ジアンは何故か照れていた。凰は……何故かショックを受けているようだ。
「何って、コミュニケーションだが―――」
「そ、そんなことがあるか!! き、キスなど―――」
「別にいいだろ。名目上、ラウラは俺の所有物なんだし」
そう言うと織斑を除く全員が顔を赤くする。それには織斑先生も含まれているが、やっぱりあの先生は喪女のようだ。
「しょ、所有物って……」
「大体、オルコットもジアンもキスぐらいするだろうさ。確か、親愛の証だっけ?」
「…そ、それに関してはノーコメントで」
ジアンがそう言って言葉を濁した。……もしかして、ジアンは織斑のことを好きではないのだろうか?
というのもリゼットから専属執事にイケメンがいることを聞いているのだ。そっちに惚れていてもおかしくはないと思うが……。
「しょ、所有物ってアンタ……」
「き、貴様ァ……そこまで落ちぶれているのか……」
「悠夜、人を物扱いするのはダメだろ」
何も知らない織斑がそう言ってくるが、その姉はすべて知っているはずだからスルーしておく。
すると篠ノ之がどこに持っていたのか真剣を出したので、出席簿が彼女の頭部に振った。
「篠ノ之、何をしようとしている?」
「あ、あの男が―――」
「ボーデヴィッヒの件は学園から許可が下りている。篠ノ之が口を出す権利はない」
一体どういうことで許可が出ているのかが気になるが、好奇心は猫を殺すから黙っていることにした。
「わかりました」
そう言って俺を睨みつける篠ノ之。やれやれ。口では理解しているって感じだな。
「篠ノ之ぉ~、自分ができないことだからって八つ当たりは酷いと思うけど~?」
「ふん。私がいつ八つ当たりをしたというのだ?」
「してるじゃ~ん。あ、あれか。自分よりおっぱいも小さくて身長も低いラウラがこうやって愛でられているのがムカつくのか。やーねぇ。いくら自分の性器が他よりも優れているからって、自分に視線を向くのは大抵その他大勢って知らない人は」
「なっ、きさっ―――」
「そこまでにしておけ、桂木」
とうとうこっちにも世界最強さんからお叱りが入った。
「それにどうした? 昨日……いや、おとといから少しおかしくないか?」
「気のせいですよ、気のせい。それにちょっとぐらい調子に乗せてくださいよ。何せ俺は、どこぞらの雑魚い専用機持ちや全く使えない教師部隊より仕事をしているんですから」
織斑先生はその言葉に唸るが、そればっかりは譲れない。
確かに福音に勝てたのはルシフェリオンの性能が圧倒的だったのもあるが、それでも今まで俺は本来ならばする必要もない苦労や苦痛を背負わされてきたんだ。ちょっとぐらい調子に乗っても目を瞑ってもらいたい。ウザい? 知らんな。
「だからと言ってだな―――」
「雑魚いだと!? 私たちは―――」
「———十分弱いでしょうが」
篠ノ之の言葉を遮ったのが意外な人物だったため、全員が驚いてそいつの方を見る。
「凰、貴様―――」
「考えてもみなさいよ。結局アタシたちは無断出撃した挙句、悠夜が10分以上戦った相手に5分過ぎぐらいしか持たなかったのよ? それも専用機が4機で!」
凰の言葉に全員が苦い顔をし始める。
実際そうだったのだろう。女権団を潰してから来た時、織斑と篠ノ之だけが戦っていて他の奴らは海にいたことだけは覚えている。
「いくらジアンの機体が第二世代って言っても、第四世代がいるのにそれってどうなの?」
敢えて一言多く言ってやると、篠ノ之がビクッと震えた。
「……桂木、一言多いぞ」
「えぇ? もう少し言いたい―――」
「止めてやれ」
仕方なく、本当に仕方なく下がってやることにした。
「じゃあ、俺たちは先に帰りまーす」
そう言って俺はさりげなくラウラの手を取って繋ぎ、寮の方へと歩いていく。
「そういえば、簪や本音はどうした?」
別にいなくてもそれはそれで問題はないと思うが、どうしても気になって尋ねた。
一瞬、ラウラがむくれたがすぐに教えてくれた。
「どうやら本音が簪を生徒会室に連れて行ったみたいです。大事な話があると言ってました」
「………ああ、そういうことか」
なんとなく会話の内容を理解した俺は、そのまま部屋へと向かう。
そしてシャワーを浴びてからラウラと一緒に食堂に行く。正直、今日は作る気力がない。
「ラウラ、何にする?」
「兄様と同じもので」
「………じゃあ、ヘルシーディナーセット二つ、と」
食券を出してカウンターに置き、前の方へと移動する。おばちゃんから味噌汁に玄米、そして漬物が乗ったヘルシーディナーセットを受け取った俺たちは近くの席に座った。
(帰ったらテスト勉強でもするか)
しかしラウラが来てから勉強がはかどるようになったな。楯無だと生徒会の仕事が忙しいこともあって中々時間が取れないが、ラウラは常にべったりだから教えてくれるし。………イチャイチャはするけど、正直寝る時は緊張するけどね。
そんなことを思っていると、テレビからニュースが流れた。
《本日午後、女性権利主張団体の石原郁江総帥が暴漢に襲われて入院していることが判明しました》
うっわぁ、運がないな。俺に襲われた挙句、今度は別の奴に襲われるとは。
《―――なお、その犯人はIS学園に通っている男性IS操縦者、桂木悠夜であり、警視庁はIS学園へ引き渡すよう求めております》
………えーと……
(あれって重要機密じゃなかったっけ?)
そんなことを思ったが、俺の身にさらなる火の粉が降りかかるのだった。
■■■
悠夜がそんなことになっている時、生徒会室では別の争いが起こっていた。
その場にいる人間は一枚の書類を見て固唾を呑んでいるが、唯一簪だけが平然と虚が入れた紅茶を飲んでいる。
「あの、簪ちゃん………これは何?」
「婚姻届け」
「……悠夜君の所だけ書かれているけど、これってもしかして」
「私が書いた」
さも当然と言わんばかりに簪はそう答えた。楯無はそれに対して何も答えないどころか、顔を青くしていく。
「……そんなに嫌?」
「い、嫌ってわけじゃ………そ、それに悠夜君はまだ16……17よ? 結婚するにしても1年はかかるんじゃ………」
「大丈夫。1年どころか悠夜さんを殺せる人間なんていないから」
そう言う問題ではないと叫びそうになる楯無。簪はそれよりも早く言葉を続ける。
「えっと、確認するけど……これに名前を入れるのは簪ちゃん?」
「お姉ちゃん」
「え? 私!?」
まさか自分がなるとは思っていなかったようで、楯無はさらに顔を青くした。
「別に問題ない。更識としても好条件」
「そ、そういう問題じゃないと思うんだけど!? それに、簪ちゃんはいいの……?」
恐る恐る尋ねると、簪は平然と頷いた。
「私と結婚するより、お姉ちゃんと結婚した方が悠夜さんは多く人を抱けるから」
「……簪様、少しよろしいでしょうか?」
虚がそう言うと、簪は頷いて席を立ち、虚を伴って外に出た。
(………どうしてこんなことに……)
楯無は思わずため息を吐く。
そもそも彼女が本音に簪を連れてきてもらったのは、今後の生徒会のことを考えてのことだった。
生徒会……そして生徒会長の仕事は恐ろしく過酷であり、生半可な覚悟でできるものではない。外から秘密裏に来る襲撃や非常時の時の対応などに絶対に駆り出されるため、普通の人間ではできないことなのだ。その分、生徒会の仕事で欠席したとしても教師から送られる授業内容のまとめの配布を始めとするあらゆる特権は保証されているが、それでも十分とは言えないものである。そのため、生徒会に所属する人間はほとんど暗部の人間や10代で国家代表やそれに類すると値される実力者でないと務まらない。それで楯無は簪に後継者として生徒会に所属してほしいと頼んだのである。
そしてその見返りが、悠夜と結婚することだった。
「かいちょ~」
「……本音ちゃん」
更識随一の癒し系にして、ファンクラブ会員数が圧倒的な本音を撫でる楯無。
「…そういえば、本音ちゃんはいいの? その、悠夜君が……」
「…それはノーコメントで~」
楯無が答えをはぐらかされている中、廊下では先程部屋を出た二人が話していた。
「簪様、あの話はもしかして……
「
「楯無」とは襲名であり、代々「更識」の長が次いで来たものだ。
「………うん」
「…でも、あの方は……いえ、あの方たちは……」
虚が言葉を濁すように言うと、簪が言った。
「…………でも、お姉ちゃんが家を継いだ今、悠夜さんはお姉ちゃんと結婚した方がいい」
「ではあなたはそのために犠牲になるのですか? 今、―――は―――――――っているのに」
声を潜めて虚がそう言うと、簪はさらに言った。
「でも悠夜さんが見ているのは私じゃない……だから、それならお姉ちゃんと結婚してほしい」
「……あなたは」
「それにさっき言ったことも事実。悠夜さんほどの実力者なら、家の人たちも納得して浮気を許可してくれるし……」
途端に簪はニヤリと笑い、堂々と言った。
「———私が寝ぼけて二人の寝室に入ったとしても、問題はない」
「大ありですからね!?」
その時、一人の女生徒が二人を見つけ、食堂で起っている事件を知らせるのだった。
次回予定
食堂に飛び込んできた思わぬニュース。それを聞いた生徒たちが一斉に悠夜たちに襲いかかる。
悠夜「テメェらに足りないもの、それは―――情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ! そして何よりもぉおおおおおお!!」
自称策士は自重しない 第74話
「———速さが足りない!!」
※悠夜の台詞から、完全にネタです。元ネタを理解して尚且つ好きな人、本当にすみません。