いきなりだった。
簪と戦っている幸那は誰かに呼ばれた気がして、戦闘中だというのに呆然としてしまう。
(………何?)
だが簪もその行動が不気味に思えたので同じく剣を下げ、幸那を観察する。
(何かを仕掛けてくるわけでもない。………仕掛けてみよう)
二人は同時に動いた。
幸那は後ろに、そして簪はミサイルを撃つためにマルチ・ロックオンシステムを作動させる。
「———逃がさない!」
だが簪はそうすることができなかった。
幸那が向かおうとしているのは、先程既視感を感じさせた場所だったためである。
「………まさか」
ある考えに至ったため簪も向かおうとする。
「———簪君」
急に後ろから声をかけられたため、思わず射撃体勢に入る簪。だが声をかけたのが晴美だと知るとすべて量子化する。
「すみません」
「いや、いい。実は先程―――」
そんな時だった。簪の後ろ―――言うなれば幸那が向かった方角で爆発が起こったのだ。
「………あれは」
「…おそらく悠夜君だろう。先程、陽子さんから連絡があってな。彼がルシフェリオンを展開したそうだ」
「………納得しました」
かつて、簪はゲームでだがルシフェリオンと手合わせ―――いや、ガチの殺し合いをしている。その時に嫌というほど恐怖を味わった彼女にとって、今の爆発なんて小規模のものだと思える。
何故ならシミュレーションとはいえ彼女は地球ごと自身の愛機を壊されているのだ。それも理論上ではISよりも高スペックな機体で、だ。
「でも、一体どうしてそんなことに………」
「聞いた話では女権団の連中が本音に酷いことをしたらしい。なんでも、化け物が好むフェロモンを出す薬を打たれて、カメラで犯されている映像を撮ろうとしたとかしないとか………」
「ということは、本音は……」
「ああ。陽子さんの見立てでは害あるものはそれくらいしか打たれていないそうだ」
簪は内心安堵する。だが、それよりも危惧することがあった。
(……どうしてルシフェリオンがこの世界に?)
ルシフェリオンは本来ならばこの世界に現れることはできない。そもそも簪が聞いたところによると、悠夜が虐められた時に書いた小説ですべてを倒す殺戮マシーンで、それに使用されているのは小規模だが高エネルギーを爆発で起こす「リピテーション・ビッグバン・エンジン」というものが必要なはずだ。そうすることで常時戦闘を行えるようにしているとも聞いているが、感情をエネルギーに変えるなんて無理な話だからこの世に存在することはないのだ。
それを知っているからこそ、簪は余計に考え込んだ。
(………後で考えよ)
今ここで考えていても仕方がないと判断した簪は、一度風花の間に戻って教師部隊を借りることにした。
(悠夜さん、鬱憤が溜まっている上に本音を犯されそうになったからやっちゃったかなぁ。何人か生きてるかな?)
だが彼女は、自分の思考が段々と悪い方へと向いていることには気付いていなかった。
■■■
悠夜にとって、義妹という存在を決して嫌っているわけではない。
確かに幸那の愚痴は言うが、だが「嫌悪」という感情を持ち合わせてはいないのだ。
「………どうして………」
なんだかんだで彼は妹に―――年下の女に対しての面倒見がいいのは、慣れているということもそうだが何よりも世話をすることが嫌ではないのだ。結局のところは。
———だから、この対面もいつもの悠夜ならば適当に流す
だが、今の悠夜は違う。どちらも同じ悠夜で、二重人格というわけではない。
「どうしてお母様を……みんなを殺したの!?」
むしろ今も内心では「戦いたくない」と思っている。
だが目の前にいる幸那はハイライトがない状態でも涙を流していた。
「………………」
「……答えなさいよ………答えなさいよ!!」
《デストロイ》を起動させた幸那は拡散モードで悠夜に向かって撃った。
だが悠夜は回避することも撃ち落とすこともせず、そのまま食らう悠夜。幸那はそれが気に入らず、自ら《フレアロッド》を展開して中に突っ込む。
だがそれが間違いだった。
今の幸那は冷静ではない。仲間を―――そして何よりも母親を殺されて気が立っており、悠夜を何が何でも殺したいという衝動に駆られている。
「答えろって―――」
だからこそ、今の幸那は悠夜にとって格好の獲物でしかない。
「———言ってるでしょうがあああああああ!!」
荷電粒子砲《迅雷》と《デストロイ》によって繰り出される一斉射撃が悠夜を襲う。だが悠夜はそれを回避し、一瞬で距離を詰めた。
「仕方がない。死ぬかもしれないが―――怒られるとしよう」
そう言って悠夜はそこから離脱。幸那もその姿を追うが、元々のスペックの差もありあっという間に見えなくなった。
だがそれも束の間のこと。しばらくするとどこかと通信している様子を見受けられた。
「では頼んだぞ」
幸那は《フレアマッハ》を展開して悠夜に何度も撃つ。だがそれを回避した悠夜は収納していた《ディス・サイズ》を展開した。
「死ね! 死ね! 死んでしまえ!!」
「———ふんっ!」
悠夜は《フレアマッハ》を持つ幸那の手を蹴った。
「愚かな女だ。我が機体とは言え、我に勝てるなどと思い上がるなど」
「黙れ! この人殺しがぁあああああ!!!」
幸那は《フレアロッド》を展開して悠夜の肩部を斬りつけようとするが、それよりも早く悠夜が幸那の後ろに回り、頭部を掴んだ。
「放せ! この―――」
「———貴様の母は愚行を犯した」
唐突に幸那に話しかける悠夜。その言葉には妙な重みを感じ、気が付けば幸那は動きを止めている。
「故に我が断罪を下した。貴様の母親が我が評価を下げるがために発表した予言書とやらの筋書き通りにな。だが、貴様は生かしてやらんこともない」
「何……ですって………」
悠夜の言葉に驚く幸那。だが、悠夜は幸那に対して地獄のような選択を突き付ける。
「だがその代償として、貴様にはこれから先流布してもらうだけだ。所詮貴様ら女は我々男にひれ伏すだけの存在だとな」
「黙れ! 黙れ…黙れぇえええ!!!」
幸那は無我夢中で悠夜を振り切り、反転して下段から上段へと《フレアロッド》を振り抜いた。
だがそれを悠夜は幸那の顔を殴り飛ばすことでダメージを殺し、体をその場で一回転させてかかと落としを脳天に叩きつける。
「———!?」
幸那の意識は遠退き始める。だが悠夜は容赦なく《デストロイ》を掴み、そこから宙を蹴って幸那の腹部に蹴りを叩き込んだ。
「消えろ」
悠夜の手のひらに黒い球体が現れ、離れると同時に手土産と言わんばかりに放った。
それが黒鋼の装甲にぶつかると同時に大爆発を起こし、辺り一体を巻き込むのだった。
■■■
幼き少女は何も知らなかった。そこがどこで、何をするべきなのか。
大型の試験官の中には男やら犬、何かの生物などが入っていて、それらは幼い少女にとって怖いものでしかない。
彼女は何も知らないままISスーツを着せられ、母親に連れられて黒い何かの前に立たされる。
「……お母さん。これ、何?」
少女がそう尋ねると、その母親は安心させるためか笑みを浮かべて答えた。
「これはね、あなたを強くするためのものなの」
「強く? 何で?」
「この世に蔓延る下等生物を従わせるためよ」
まだ幼い少女には難しく、首を傾げる。だがその母親は理解しようが理解しまいがどうでもよく、黒い何かから引き出したヘルメットを少女の頭に取り付け、少女を黒い何かの中に入れてベルトと酸素吸入器を付けた。
そして入口を閉める。そこでいよいよ自分が何をされるのかと不安になった少女は恐怖を抱き始めたが、やがて水を注入され、気が付けば意識がなくなっていた。
次に目を覚ました時、どこか惚けていることに気付いた。
「おはよう、幸那」
幸那と呼ばれた少女は目の前の女性が誰だかわからなかった。
「……誰?」
「私は石原郁江。あなたの母親よ」
「………母親?」
「そう。あなたはこれから男と呼ばれる下等生物を従わせるために生きるの」
そう言って郁江と名乗った女性は幸那の頭を撫でる。
———そうか……私は……
それから自分がどんなことをしてきたのか思い出した彼女は悪魔を彷彿させる機体を纏う義兄の姿を見て涙を流す。
———ごめんね、悠にぃちゃん
口には出さず、心のみで死を感じながら謝罪する幸那。そのまま海面にぶつかる―――と思われた。
感じた記憶がある潮の匂いに目を開けると、自分は未だに生きていたのだ。
「………あれ?」
「———目を覚ましたかの?」
気が付けば自分だけではなく、剥かれ、素肌を見せている者、あざができている者、そして何より、死んだと思っていた母親がいた。
■■■
その頃、福音を討伐しに行った専用機持ちは苦戦を強いられていた。
(ああもう、やっぱり行かなければよかったわ!)
唯一機体が無事な鈴音が単機で交戦しているが、彼女の機体「甲龍」もシールドエネルギーのみならず装甲も3割は破壊されている。
それでも彼女のみが残っているのは、単純に経験の差が大きい。
(《双天牙月》もそろそろまず―――)
さっきまで鈴音と打ち合っていた福音は突如体勢を変え、槍を鈴音の喉に向けて突き刺そうとするが、それを閃光のごとく走るビームが間を通り邪魔をする。
「りぃいいいんっ!!」
すると新たにISが現れ、その機体の近接ブレードが福音を斬りつけた。
「い、一夏?!」
その機体の操縦者の名前を驚きながら言う。
そう。数時間前に福音にやられ、倒れていたはずの一夏が復活して現れたのだ。
「アンタ、どうしてここに!?」
「話は後だ。今はアイツをどうにかしようぜ」
「う、うん」
勢いに押されて鈴音は頷くが、そこで一夏が纏う白式の姿が変わっていることに気付いた。
(まさか、白式も
すると一夏は左手から荷電粒子砲を連続で撃ち、福音を怯ませる。さらに左手をクロー状に変形させた一夏はそれで引っ掻いた。だがその攻撃はどうやらかなりのエネルギーを消耗するらしく、さらにここまで単機で来たこともあって白式の装甲から光が失われつつあった。
「―――一夏!」
今度は別の機体が鈴音の横を通り過ぎる。その機体は先ほどまで一緒に戦っていて、本来なら綺麗な紅色をしているはずのその機体は黄金に輝いており、一直線に一夏のところへと飛んでいく。
「一夏、手を伸ばせ!」
「え? でも―――」
「早く!!」
言われて一夏は箒に手を伸ばす。すると白式のシールドエネルギーがみるみる回復していった。
「これは―――」
「「
しかも箒の紅椿は先ほどやられた時に装甲が一部破損していたはずだが、それすらも回復もしていた。
「行くぞ、箒!」
「あ―――ああ!!」
するとタイミングよく福音から白銀のビームが放たれる。
それを回避する二人。その余波が鈴音たち海上に浮かび上がっているほかの専用機持ちにかかった。
(……あーあ、行っちゃった)
その様子をどこか悲しげに見送る鈴音。そしてほかの二人がいる場所を探す。どうやら近くにいるらしい。
(とりあえず、二人を回収しなくちゃね)
唯一動ける鈴音はそう思って移動しようとした時、急に寒気が走った。
(………え?)
後ろを振り向くがそこには誰もいない。気のせいだと思った鈴音だが、三機いた場所に爆発が起こったことで何かを確認した。
「一夏! 箒! どうしたの!?」
「わからねえ! でも、何かいる!」
「誰だ! 姿を現せ!!」
煙の中から二人がそう言うと、中で何かが起こったらしく煙の中で何度かフラッシュが起こった。
「一体何が起こってるの……」
思わずそう呟く鈴音。すると、何をしたのか煙が吹き飛んで全貌が露わになる。
「何だ……何者なんだ、お前は!」
その機体はどうやらISのようだが全体的に悪魔―――いや、堕天使を彷彿とさせるフォルムとなっており、手には光り輝く銀色のクリスタルと女性をそれぞれ右手と左手に持っている。しかもクリスタルは機械で保護しているようで、手とクリスタルの間には何かの装置が付いていた。
そして鼻から上は頭部で隠されているため、それの正体が掴めないでいた。
「答えろ。貴様は何者だ!」
「………任務は終えた。帰投するぞ」
それだけを言ったその声は機械を介しているわけではなく、すぐにその場にいる全員に正体が知られる。
「その声……お前、悠夜なのか……?」
一夏が尋ねるがその機体の搭乗者は答えず、そのまま去ろうとする。すると箒は一気に追いつくとその機体の肩を掴んだ。
「説明しろ、桂木。一体何がどうなって―――」
―――パァアアアア
するとどうしたことか、ルシフェリオンの右手から光が放たれ始めた。
悠夜はすぐにそれを捨てた。
■■■
「いやぁ、予想外だったよ。まさか屑共の間じゃ未開発のはずの「
そう言いながら束は投影されたキーボードを叩いていた。それにはどこかい苛立ちがあり、心なしかキーボードがぶれている。
「まぁいいや。どうせあれらは私の駒にしか過ぎないし、アレを倒すまで何度でもよみがえってもらうよ!」
すると束の後ろに光が差し、後ろにいるモノの全貌が顕わになった。
「それに、この子たちもいるしね」
全員の装甲の一部がスライドし、そこから光が飛び出す。
「行っちゃえ!!」
その声に合わせてか機体が飛び出し、悠夜たちがいる空域へと飛んで行った。
■■■
そこはとても奇妙な場所だった。
一室でありながら二階が存在し、その二階部分では二人の人間が投影されたチェスのようなものを挟んで対面し、どちらも椅子に座っている。
だがその駒はどれも変わっており、すべてが今現実で起っていることを示していた。
「おそらく篠ノ之束はここでさらに戦力を投入するだろう」
そう言った男が椅子に付いている電子パネルを操作する。するとクラス対抗戦で現れた無人機の姿を象った駒が5基ほど現れ、それらが悠夜、一夏、箒、鈴音、セシリア、シャルロットがいる空域にいるところに現れる。その現れ方はまるで様々なロボットが入り乱れるシミュレーションゲームを連想させた。
「それがあなたの答え?」
「ああ。あの女のことだ。科学者として確かめずにはいられないってところか………おっと、あなたの前でアレを科学者呼ばわりは失礼だったか」
「……別に構わないわ。ただ、私はあのような紛い物と同類に扱われるのが嫌なだけよ」
子供っぽさを見せる女性に対して優しい笑みを向ける男。それを見た女は男を睨みつけた。
「で、どうするんだい? ルシフェリオンが出てしまった以上、世間は黙っていないだろう。動く?」
悪戯を思いついたような顔をする男の言葉に女はしかめっ面で否定した。
「私たちの出番はまだよ。それに、例え世界がユウを狙ったとしても容易に負けるような存在でもないしね。IS如きに負けるほど、彼の想像力は伊達じゃない」
「まさかここでエースパイロットの名言を持ってくるかい? まぁ、いいけどね」
そう言って男は椅子の近くにある紅茶を口に含む。そして視界に移ったメイド服に身を包む10代後半の少女を見て一瞬だが笑みを浮かべた。
すると部屋にある三つの入口の中で一番大きなドアが開かれ、そこから男が入ってきた。
「やぁ、戦況はどうなっている?」
どこか楽しげに尋ねる男に対して、椅子に座る男は笑った。
「堕天使が顕現した。あなたの仕業かい?」
「当たらずとも遠からずってところかな。しかし出したか。ホント、世界に差し伸べられた手を掴んだ女は愚かにも自滅してくれる」
その言葉には棘と同時に楽があり、それを聞いた椅子に座る男は鼻で笑った。
(こうなることを予見していた癖に、人が悪いな)
しかしそれは彼の癖で、馬鹿にしているのではなくまた楽しみが増えたということだった。
リアルが忙しくなるので、しばらく更新は停止します。
今度上げるのは2/3以降になると思われます。良い所で申し訳ございませんが、しばらくお待ちください。