学園別トーナメントが終了した後、VIP席にいた者たちの行動は様々だった。
国に帰る者、一泊してから改めて国に帰る者。行動パターンは違えど、男たちにしてみれば今回の試合はともかくそれ以上の収穫はあった。
だがそれには関係ない人物の一人―――アネット・デュノアはVIP用のホテルで数人のメイドに帰り支度をさせて決勝戦のビデオを見ていた。
「大雑把に見えて、そのくせキチンと連携は取れているか……それに引き換え―――」
カメラ視点を変え、今度はシャルルを見る。
「もうこの娘はダメね。ジュール、彼女を回収してきなさい。あの写真を見せれば付いて来るでしょう」
「……それはもう無駄でしょう。先程本社から連絡があり、こちらが送られてきました」
そう言ってジュールと呼ばれた執事は写真を渡す。
「……これは何かしら?」
「職員の一人が判断を誤ったようで、気が付いた時には既に骨となっていたようです。そしてその男は既に……」
「……そう。ならば代わりとしてアレを回収しなさい。未だに連絡がないようだし、大した成果はないでしょうけどね」
「……わかりました。では、先に別の任務を遂行するとしましょう」
ジュールは懐から拳銃を出し、アネットに向けた。
「何のつもりかしら、ジュール?」
「あなたのお嬢様からの命令ですよ。あなたを拘束―――叶わぬならば殺害を、と」
「………なるほど、それは随分な命令ね」
———パシュッ!
サイレンサーが付いた拳銃から銃口が発射される。だがそれをアネットには届かず、天井に穴を開けた。
「せっかく拾ってあげたのに。飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことかしら?」
「拾った? あなたが我々を破滅に追い込んだ、の間違いでしょう? 泥棒猫―――」
瞬間、アネットの周りに粒子が現れ、装甲が展開された。
「これだから男は。どうやら一から調教しないといけないようね」
「そうですね。娘を寝取られた哀れなくそババア」
その一言でアネットはアサルトカノン《ガルム》を展開してジュールを撃ち殺す。
突然の銃音。さらに悲鳴が上がったことで周りは騒然とする。
「………まぁいいわ。あの雌犬を回収するのと、リゼットを誑かした男を殺すぐらい一人でできるしね」
アネットはその部屋からISを展開した状態で飛び出し、少し離れているIS学園へと向かった。
その数分後、瓦礫が吹き飛ばされ二人の男性が現れる。
「やれやれ。幻術がなければ即死だった。やはり年上の女性に「ババア」は禁句か」
「………ですが、本当に良かったのですか? あなたのお力ならば、一人でもあの女を倒すことは容易でしょうに」
ジュールは一緒にいた男に尋ねると、その男は首を振った。
「まだ我々が動く時ではないからだよ。それに、二人目が襲われたところでどうせ返り討ちに合うのは目に見えている」
「……随分と二人目に高い評価をしているんですね。あなたも、そしてリゼット様も―――」
「そりゃそうだろう。あれは―――———だからな」
タイミング良く瓦礫が落ち、その男の言葉を遮る。
「さて、我々もここから離れようか」
「ええ」
二人の前に黒い卵状のものが現れ、慣れているのか彼らは平然と中に入る。
やがてそれは消え、残ったのは荒らされた部屋のみとなった。
■■■
その頃、デュノア社での社長室では政府の重役たちが顔を揃えていた。彼らに共通するのはただ一つ、「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」を駆る少女を「男」としてIS学園に送り込んだことに手を貸していたからである。
「先程、匿名で我々に連絡が入った。「シャルル・デュノアが女ということを知っているな」とな?」
「……なるほど。既に情報がばれている、と」
「一体どうするつもりだ、貴様は―――」
「———相変わらず見苦しいですわね、これだからわたくしはこの地位が嫌なのですわ」
ため息を吐いて男たちを見るリゼット。全員が彼女に注目し、中には持参していたのか拳銃を持っていた。
「彼らを呼び寄せたのはお前か?」
「そうですよ、お父様―――いえ、シルヴァン・デュノア」
———パチンッ
リゼットが指を鳴らすと彼女の後ろから重装備をした人たちが現れる。彼らはフランス軍の特殊部隊であり、ある人物が目的達成のためにリゼットに貸し出したのだ。
「ほかにこの作戦に関わっていた重役、そしてその部下の中で知っている者はすべて既に拘束と同時に解雇しました。中には家庭を持っている者もいましたが、まぁ、それは仕方がないでしょう」
はっきりとそう告げるリゼットに対し、シルヴァン・デュノアは尋ねる。
「これからどうするつもりだ。我々が逮捕されれば、この会社も、そしてお前も無事ではなくなる。路頭に迷うことすらもあり得るのだぞ」
「ならば最初から別の方法を考えればよろしいのです。わざわざ彼らの弱みを握り、協力させ、スパイを送り込むという馬鹿な真似など」
「我々には、アレ以外の方法などなかった!」
そう断言するシルヴァンに対し、リゼットは冷めた目を向けた。
「………どいつもこいつも、私を見下して―――」
「あなたがしたことは、牢で反省しなさいな」
そう言ってリゼットはシルヴァンに近づき、支給された手錠を取り出す。
だがそれよりも早く、シルヴァンはリゼットに銃口を向け、引き金を引いた。射出された弾丸はまっすぐリゼットを向かうが、リゼットの前で刻まれ、落ちる。
「………何だと!?」
事態を飲み込めなかったシルヴァンは驚いたが、すぐに引き金を引く。だがすべて刻まれ、最後は粉々になって落ちてしまう。
「何なんだ……何なんだお前は―――」
シルヴァンに近づいたリゼットは拳銃を奪う。それが合図となり、一斉に兵たちは飛び出して重役を取り押さえた。
「クソ!」
シルヴァンはリゼットを押して逃げ出そうとするが、その手を掴んだリゼットはシルヴァンを引き寄せ、背負い投げをして頭から落とした。
「グファッ」
「まぁ、あなたの馬鹿な頭に免じて本当は顔面を潰したいのですがそれだけで許してあげましょう」
手錠をかけながらリゼットは実の父であるシルヴァンにそう言うと、
「絶対に貴様は許さん。復讐してやる!!」
「あらあら、わたくしのご主人様のような強く凛々しい方ならばいざ知らず、以前付き合っていた方を孕ませているのにも関わらず捨ててあのバカなクソババアと一緒になった方は言うことが違いますわね。まぁ、わたくしはあの方に孕ませてもらえるなんて幸せでしかありませんし、むしろ今すぐあの方のところへ行って溜まっているであろうものをすべてぶつけてもらいたいのですが」
シルヴァンの前で平然と欲望を垂れ流すリゼットに、周りは引いてしまった。
「ともかく、これからは忙しいですわ! ……それと、どうしてわたくしを助けて頂いたのかしら?」
誰もいないはずの壁に向かってリゼットはそう尋ねると、風が吹き荒れそこに一人の女性が現れた。歳はリゼットと同じくらいか少し上で、緑に近い黄緑色の髪に金色の瞳をしている。
「あなたのためじゃない。あなたが死ぬとあの方が悲しむから仕方なく。それに、今ここで死なれたら困る」
「素直でよろしいですわ。これからも仲良くしましょう。同じ方を敬愛する者同士」
そう言ってリゼットは女性に手を差し伸べると、彼女は無視してそこから去っていったがリゼットは満足そうにその後ろ姿を見ていた。
■■■
———親父が死んだ
学園長室でそう聞かされた俺は、この場では特に何も感じなかった。まさか死ぬなんて思わなかったってのが一番なんだろう。
「……桂木君、済まない。君のお父さんを護衛していたのは私たち「更識」だ」
会った時から予想していたが、どうやら見たことがないこの人はあの二人の父親らしい。
(ということは、おそらくその護衛たちも……)
死んでいる可能性は十分あるだろう。
「いえ。こちらこそ、父が迷惑かけてすみません。護衛の方の容態は?」
「………一人は重体。もう一人は幸いとは言い難いが持ち場を離れていたため無事だ」
「……そうですか。それは良かった……とは言えませんね。重体の人には何とか生きてもらいたいです」
そう返すと、更識さんに驚かれてしまった。どうやら俺が取り乱すと思ったらしい。
「……それだけなのか、桂木」
「はい?」
突然変なことを聞いて来る織斑先生。一体何だと言うのだろうか。
「君の父親が殺されたのだぞ! それも職務怠慢でだ! ならばもっということがあるだろう!!」
「………下らない」
本心でそう返すと織斑先生は驚いて来る。
「何!?」
「下らないんだよ、そんなの。職務怠慢? じゃあ何か? アンタは同じ人間である奴らに生理現象を無視して働けと? 確かに油断していたことには変わりないが、だからと言って俺はその人を否定する気にはなれないな。えっと、更識さん。もしお願いを聞いてくれるならば、持ち場を離れた人の裏を探ってもらえませんか? あまり疑いたくないですが、もしかしたら女権団が介入した可能性が高いので」
「……わかった。調査結果は娘から君に行くようにする」
「ありがとうございます。ですが、あまり無理はしないで下さい。もしダメだったならそれはそれで構いませんので」
更識さんにそう言って、今度は学園長へと尋ねる。
「それで、話は以上ですか?」
「……ええ」
「では、失礼します」
俺はそう言って学園長室を出て寮の部屋に戻る。
実際、本当はあの場で色々と吐き出したかったが、だからと言って二人の父親を責めたって現状が変わるわけがない。親父が死んだことは既に決定事項だ。それが今更変わるなんてことは無理なんだが……。
(………この癖だけは本当にどうにかしないとな)
考え事をしていると、寮ではなく別の場所に来ていた。見慣れた風景から、そこが保健室だとわかる。
(……精神安定剤、あるかな?)
動揺しているし、おそらくここ数日は平静を保てないだろうから寄ったついでにもらっていくことにしよう。
そう思って進んでいくと、銃声が鳴った。
(………また面倒ごとかよ)
ただでさえ一か月に一度はあるのだから、もう少し自重してもらえないだろうか。
そう思って保健室に向かうと、そこには銀髪の少女と襲おうとしているISがいた。
(……面倒だな、全く)
おそらくあの後ろ姿はボーデヴィッヒだな。どうしてISを持っていないのかは知らないが、俺は黒鋼を展開して黒いISの攻撃を防いだ。
「———桂木悠夜か。まさか賞金首が出しゃばってくるとはな」
「貴様、何故ここにいる!?」
………賞金首、ね。どうやらISを動かしたことで裏の世界では指名手配をされているようだ。
「ともかく下がれ! 貴様では勝てない!! こいつは私が適合できなかった―――」
「なんとかオージェの適合者?」
後ろでボーデヴィッヒが驚いているが、目の前の女は俺を狙い始めたようだ。
「上の命令でその使えないゴミを消しに来たけど、ついでに賞金首を倒せるなんて私ってラッキー」
「俺を倒せる前提で話進めんなよ」
「だって弱いでしょ。弱いからあんな爆弾とかを使うんでしょ?」
挑発なのか、ケタケタと笑い始める。どうやらあの試合を見ていたようだ。
「でも意外だったなぁ。なんとなくだけどあなたの方があのメンバーの中で強いと思ったけど」
「………そいつはどうも」
「まぁ、弱いならそこまで本気を出さないでいっか♪」
敵は赤紫のビームサーベルみたいなものを出して俺を斬りかかろうとする。それを《スタンロッド》で受け止めた。
「ボーデヴィッヒ。邪魔」
「いいか! すぐ逃げるんだぞ!」
そう言ってボーデヴィッヒは逃げる。
「意外だねぇ。あなたに騎士道精神なんてものがあるなんて」
「本心から邪魔だったんだよ。アンタをぶっ飛ばすためにな」
するとその操縦者は笑い、高らかに宣言した。
「無理よ、無理。だって私、強いもん!!」
鍔競り合いを中断した相手は俺の動きを止め、左脚部装甲で蹴り飛ばした。
■■■
準決勝お祝いパーティの真っ最中だが、シャルル・デュノアは適当に理由を付けて抜け出してきた。彼―――いや、彼女の手には紙が握られており、そこには見過ごせない一文が書かれていたからである。
———アナタノ秘密、知ってマス
適当に書かれていると最初思ったが、彼女には「性別を偽って転校してきた」という秘密がある。それがばれたら最後、会社は倒産し、自分は牢屋に入るであろうことは予想できるからだ。
指定された港にIS学園の制服を着た状態で現れたシャルルはそこで待っていると、彼女と同じだが性別が違う制服を着た女生徒が姿を現した。
「時間通りに来てくれたわね。シャルル君―――いえ、
瞬間、シャルルの背中に冷や汗が流れ始めた。
「何のことでしょうか? 僕はシャルルですよ。そんな名前、知りません」
「じゃあ、上を脱いでもらいましょうか」
唐突にそんなことを言われてシャルルは顔を赤くするが、
「勘違いしないでもらいたいのだけど、私は別にあなたをどうこうする気はないわよ。あなたが最後まで脱いだら、男か女かわかるから言っているだけで」
「で、でも、男の人でも中には胸が出ている人が―――」
「その時は下を最後まで脱いでもらうしかないわね」
平然と言い放つ女生徒―――更識楯無に対してシャルルは臆してしまう。
シャルルは父親が用意した教育者に男としてのイロハを叩き込まれた。が、本格的なスパイとしての教育を施したわけではなく、当然ながら自分が裸になれば当然羞恥心は湧く。
「……それは……」
「さて、冗談はここまでにして―――」
「冗談だったんですか!?」
思わず大袈裟な反応をするシャルルに対して、楯無は平然と答えた。
「だってあなた、織斑君に自分の秘密を打ち明けていたでしょ? 様子からして計算でもなさそうだったし―――」
「ちょっと待ってください! どうしてそんなことを知っているんですか!?」
「情報提供者には内密と言われているので」
「秘密厳守」と書かれた扇子を開いた楯無。それに対してシャルルは焦り始めている。
(どうしよう。このままじゃ、捕まってしまう。……この人を倒して今すぐ逃げる? でも、さっきからこの人、隙が―――)
だがそのシャルルの不安を解消したのは他ならぬ楯無だった。
「何か迷っているようだけど、今回私はあなたを捕まえに来たわけじゃないわ」
「………え?」
その言葉にシャルルは疑問を感じて首を傾げるが、楯無は構わず続けた。
「ちょっと依頼者に頼まれてね。あなたに会わせてほしいって人がいるのよ」
「……そんなの、僕を捕まえに来た言い訳でしょ?」
「———立場上、そう思われても仕方がないがな」
突然の第三者の声にシャルルは驚きを隠せなかった。
その男はシャルルも知っている人物で、たまにテレビに出ているからである。
「………やっぱり、僕を捕まえに来たんですね。クロヴィス・ジアンさん」
「……………それはあくまでも最終手段だ」
そう答えたクロヴィスはシャルルにいくつかの紙を挟んだボードを渡す。そこにはクロヴィスとシャルル―――シャルロットがDNA鑑定によって実の祖父と孫の関係である証書があり、もう一つは養子縁組の記入用紙である。
「……ちょっと待ってください。じゃあ、僕とあなたは―――」
「血が繋がっている祖父と孫、ということになっている」
シャルロットはそのことを素直に信じられなかった。何故なら彼女はデュノアに引き取られるまで―――
「だって僕は二年前まで……引き取られる前まで「デュノア」とも「ジアン」とも違う「ルヴェル」の姓を名乗っていたんですよ!?」
「それは君の祖母の旧姓だ」
「………そんな……」
その事実をシャルロットにはあまりにも大それたことだったために素直に受け止められなかった。
「……だったら、どうしてすぐに……すぐに迎えに来てくれなかったんですか……」
「デュノアが抱えている闇は大きい。故にすぐに見つけ出せなかったんだ。そしてつい最近、君の義妹から接触があった」
「……………」
シャルロットは今まで、自分はデュノアの人間に嫌われていると、そして誰も助けてくれないと思っていた。だが今回のことで周りから接点を持たれ、余計に混乱し始めている。
「………これ以上、ここで話すべきではないな。一度私に来てもらえないだろうか?」
「え? あの………」
「そうね。考えてみればここで話すものでもないし。シャルロットちゃん、ジアン事務局長と共に彼の部屋へ―――」
唐突に言葉を切った楯無は二人の前に出てすぐにIS「ミステリアス・レイディ」を展開し、水のカーテンを生成する。
するとそこにミサイルが着弾し、爆発した。
「———見つけたわよ、泥棒猫」
飛んできた場所―――真夜中の空に藍色のカラーリングをした「ラファール・リヴァイヴ」を纏った女性―――アネット・デュノアが滞空していた。
突然姿を現したアネット・デュノア。彼女はシャルル改めシャルロットを狙い、さらおうと企むが、楯無がそれを妨害する。そんな中、二機のISが二人の間に躍り出た。
自称策士は自重しない 第46話
「吐き出される思い」
男性IS操縦者が現れる時、物語が始まる。
ということで色々詰めた第45話をお送りしました。