VIP専用の特別ホテルの一室に石原郁江は泊まっていた。
(桂木悠夜の一回戦敗退。それに対しての織斑一夏の決勝進出。ここまでは予定通りね)
バスローブ姿でテレビから流れるニュースを見ている郁江はそう思い、ソファーに深く座る。
(最初にアレが味方諸共アリーナを爆発させて優位に立たれたのは驚いたけど、学園は良い判断をしたわ。あれが決勝に残っているなんて悪夢でしかないもの)
郁江にとって、悠夜が自分たちを救ったことは「当たり前」としか思っていなかった。
そもそも郁江にとって悠夜が専用機持ちであること自体気にいらないことであり、持っているのだから救うのは当たり前―――それが彼女の持論である。
そこまで思った時、彼女のスマートフォンが震え始めた。
「……何かしら?」
郁江は応答し、スマートフォンを耳に近づける。
『夜遅くにすみません。先ほど、処理を終えたのでそのご報告を』
その言葉に対し、郁江は「そう」と答え、さらに指示を送った。
「わかったわ。約束通り、指定の口座に振り込んであげる」
郁江はそう言って持参した赤ワインを一口飲んだ。
■■■
学園別トーナメントもいよいよ最終日を迎える。
アリーナには多学年の生徒もその試合に注目し、この決勝戦だけはリアルタイムでの中継があった。
既に選手は入場しており、後は試合開始の合図がなるだけだった。
「今日はよろしくな、更識さん」
「……こちらこそ」
ぶっきらぼうと捉えられる返事をする簪。開始の合図が鳴るまで待つつもりだった彼女は内心慌てた。
その心情を知らない一夏はさらに言葉を続ける。
「でも、俺はアンタを許さない」
「………何のこと?」
そうは尋ねたが簪自身気づいていた。
「セシリアのことだ。いくらなんでも、あれはやりすぎだ」
「……そう? あれくらいのレベルで手を抜くなんていつものことだけど」
簪がそう返すと一夏の顔が「驚き」に変わった。
「手を抜く……って……」
「うん。手を抜いていた。あれはただの余興でしかない―――そして、本来ならば楽しくなるはずだったこの時間も、あなたたちが上がってきたから余興に変わった」
「―――なんだよそれ! 俺たちじゃ相手にならないとでも言いたいのか!?」
「………クス」
一夏の発言に簪は笑みで返す。
それは一夏にとって不愉快なことである。
「うん。悠夜さんだったら良かったのに」
するとカウントダウンが始まり、一夏は今回は前に出ている簪を狙う。
「だったら、二度とそんなことが言えないようにしてやる」
―――5
「そう。頑張ってね……変態さん」
―――4
「な、何言ってんだよ!?」
―――3
「今思ったことをそのまま言ったまで」
———2
「俺は変態じゃねえ!」
———1
「さぁ、あなたの罪を―――」
———0
「———数えなさい」
「うぉおおおお!!」
カウントがゼロになると同時に一夏はその場から飛び出す。その後ろから姿を隠すようにシャルルも前に出るが、
「いっけぇええええ!!」
二人を巻き込んで簪の後ろから本音が《バーサクブレイド》でぶっ飛ばした。
二人ともそれを咄嗟に反応して防御したが、シャルルは片手で受けたこともあってシールドエネルギーを持っていく。
「くっ。大丈夫か、シャルル」
「僕は平気。気を付けて、一夏。布仏さんのあの武器は厄介だよ」
「……じゃあ、悠夜たちと戦った時の方法でやってみるか」
「了解」
「悪いけど、倒れてもらうよ!」
シャルルは自分の特技「
本音はそれを《バーサクブレード》で塞ぐ。
「そんな!? じゃあ、これで―――」
今度は連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》両手に展開。先に《バーサクブレード》を破壊しにかかった。
「いっくよー!」
本音の掛け声に意思を持っていないはずの《バーサクブレード》が鈴音を襲った黒いオーラのようなものを放つ。
シャルルは急いで距離を取るが、それよりも早く金属音がして、シャルルの動きが鈍る。
「アンカー!?」
「せーの、よいしょ!」
いとも簡単にシャルルの機体を引っ張り上げた本音は飛んでくるシャルルを狙った。
「ストレート、ど真ん中~」
ISは絶対防御があるからか、あまり装甲が重視されない傾向がある。そのため所々に生身の部分があるのだ。
そこを攻撃力が増した《バーサクブレード》で切った場合、零落白夜のような攻撃力がないとはいえ、かなりの威力を発揮する。
「うわぁ!?」
「ふふふ……まだまだ続くよ~」
吹き飛ばされたシャルルを未だに繋がっているアンカーを引っ張ると、シャルルは
「もらった!」
だがそれは一筋のビームによって防がれてしまった。
時間は少し遡る。
シャルルが本音と戦っている間、簪と一夏も戦闘状態に入っていた。
「このっ! クソッ!」
だがそれは戦闘と言うよりも、まるで教官相手に一夏が一方的に攻撃し、手本のように簪が回避しているだけだった。
「どうしたの? 一向に当たる気配がないけど?」
その言葉に一夏はイラつき始める。
「正々堂々戦ったらどうなんだよ!」
「だったらそう思えるように頑張って」
簪の言葉で観客席にいる約一名の生徒がイラッとしたが、当人たちは戦闘中なので気付くことはない。
「なっ!? 戦うなら、正々堂々だろ!?」
「……何で? 本気で戦うか戦わないかなんて、その人の勝手だと思うけど?」
そう返して来る簪に一夏は度肝を抜かれている間、簪はビームライフル《ライトニング》を展開してシャルルを撃つ。
彼が物心ついた時には既に両親がおらず、千冬と二人で暮らしていた。その中で一夏は何度か喧嘩することがあったが、そのたびにたった一人の家族である千冬が謝る姿を見て自分が情けなくなってきたため、教師に頼る、知らせるなどして穏便な方法で解決することを選択した。
(喧嘩ならともかく、これは違うだろ。それに更識さんは―――昨日セシリアにあんなことをしたのに―――)
———なんて自分勝手な人なんだ
その思考が一夏の中で占め始め、無意識にそれを一夏は口にしていた。
「俺はお前のそのやり方を、相手を舐めているその考えを認めない!」
途端に観客席にいる大半の生徒たちが湧く。よく言った、やってしまえ、と。
普通ならばこの状況で委縮する。特に簪のような性格をしている人間ならば、間違いなく動きを止めていただろう。そして一夏はその隙をついて切っていたはずだ。
———だが、それはあくまで昔の話だ
「うぉおおおお!!」
一夏は得意の瞬時加速で簪に接近、同時に「零落白夜」を発動させて《
「………」
光の刃が簪に届く―――一夏と簪に注目している観客は全員がそう思った。
———スッ
音もなく簪はフェードアウトし、《雪片弐型》を回避した。
「「
瞬時加速にはいくつかの派生形がある。特に有名なのは
そして簪は千冬とは違う全く違った瞬時加速を見せつけ、その名の通り観客を黙らせた。
「ただの射撃型がゲームとはいえ世界大会に行けるわけがないでしょう? 戦術も重要だけど、何よりも私が重視するのは機動力。攻撃力も防御力も大事だけど、機動力がなければ―――攻撃を避けることはできないから―――」
壁ギリギリまで下がった簪はそのまま上昇。二丁の《ライトニング》を右、左、右、左……と交互に撃ち始めた。
「やっと本気になったか!?」
「それはない」
簪はそう言い切ると二丁の《ライトニング》を左手のを前に、そしてセーフティトリガーを横に倒し、右手のを銃口から連結させる。ロングバレルのライフルとなったそれで目標を撃つ。銃口から飛び出したビームは一夏ではなく、シャルルが展開していた近接ブレード《ブラッド・スライサー》とアサルトカノン《ガルム》を貫通させた。
その隙に本音が《バーサクブレード》を横にし、全スラスターを稼働させてシャルルに突っ込んだ。至近距離で《バーサクブレード》を受けていたためラピッドスイッチは間に合わず、そのままシャルルはダメージを食らってしまう。
「シャルル!!」
簪との距離を離れていたこともあり、一夏はすぐにシャルルのカバーに入る。また瞬時加速を使い、本音の後ろを取った一夏はそのまま《雪片弐型》を上から振った。
———ガッ!
だが上から振り下ろされた《雪片弐型》は本音に当たることはなく、白式の籠手をいなし、掴んだ本音はそのまま背負い投げをして一夏を地面にたたきつける。普段では見られないであろうそのギャップに観客一同は驚きを隠せず、騒ぎ始めていたが沈黙してしまった。
だが、本音の猛攻はそれだけでは終わらなかった。
最も警戒するべきは白式の
それを知っている本音は《雪片弐型》を右手で弾き飛ばし、そのまま右足で一夏を蹴り上げた。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!」
打鉄の両腕にアイアングローブ《パンツァーブレイカー》を展開した本音は何度も何度も一夏を殴りまくり、次第にそれは顔面、腹部へと集中していく。簪は腹部に殴られているのを見るたびに「もう少し下」と思いながらも、一夏の援護に入ろうとするシャルルの阻止に入った。
「じゃ、邪魔しないで―――」
シャルルは強制的に途中で言葉を切ることになる。
無音でシャルルに接近した簪はシャルルの腹部にシャルルが持つ《
「ガッ!?」
「私の機体は、ア○トやヴァ○スとは違って距離を選ばない。それと前々から言いたいことがあった」
———ズガンッズガンッズガンッズガンッズガンッ!!!
6発すべてを使い切った簪はシャルルを蹴り飛ばし、接近しながら予備の弾薬を装填する。
「アル○じゃないんだから、パイルバンカー系を使うなら瞬時加速を使ってぶつからないと威力が半減する」
「何の話―――」
「お釣りはいらない。全弾持ってけ!!」
ミサイルを通常のロックオン・システムでぶっ放す簪。
「これで!!」
さらに全ビーム砲をシャルルに向け、根こそぎシールドエネルギーを持って行った。
【デュノア機 シールドエネルギー全損確認】
「シャルル!?」
アナウンスが聞こえ、観客席からブーイングが起こる。
だが相変わらず簪への影響はない―――むしろ、
「本音、コード・ランページ」
「りょ~かい!」
まるで楽しんでいるかのように笑みを浮かべていた。
本音は一度簪がいる場所へ下がる。
「逃がすか!」
本音を追う一夏。それを阻むように簪のビット《スレイブ》がそれを妨害する。
「くそっ!」
練度の高いコンビネーションに翻弄され、一夏は二人の合流を許してしまった。
「先行するよ~」
本音はそこからUターンし、ミサイルを発射しながら一夏に接近する。
一夏はミサイルを自分から引き離そうとするが、さらに本音が発射したものの5倍のミサイルが前方から来たことで、一度止まる。
(……今だ!)
ミサイルをギリギリまで引き付けた一夏は上へと瞬時加速で回避するものの、それでも残ったミサイルが一夏を狙う。だがどういうことか、それは簪が破壊した。
(え? 一体どういう―――)
まるでその答えを教えるかのように、煙の中から本音が現れる。本音は黒いオーラを発している《バーサクブレード》を横にして突っ込んだ。
「いっけぇえええ!」
考えていたこともあり、一夏の動きは完全に止まっていて本音が衝突。そのまま二人は壁に激突した。
「ターゲット、マルチロック」
全射撃兵装を展開する簪はマルチロックオン・システムを作動させる。その標準はすべて一夏を捉えており、白式も一夏に警告を発していた。
「のほほさん! このままじゃ君も巻き込まれるぞ!」
「それがどうしたの~?」
「フル、バースト」
本音がいるにも関わらず、簪は躊躇いもなく引き金を引いた。荒鋼からミサイルとビームが飛んでくる瞬間、本音は一夏を盾になるように移動する。
「え? ちょっ、止め―――」
爆炎、閃光、それらが近くの観客席にいる生徒たちにも別のダメージを与えた。
【織斑機、シールドエネルぎ――】
機体状況を把握していたアナウンサーはそう告げようとしたが、それを大声で止めたのは本音だった。
「おりゃああああああああ!」
再び《バーサクブレード》の黒いオーラを発動させていた本音はそのまま一夏を攻撃、さらに、
「《銀氷》、敵を斬れ……《
いつの間にか上空に移動した簪は重力で加速し、その威力で一夏を斬る。
そして二人は同時に対IS用手榴弾を放り投げ、そこから離脱。二人がハイタッチすると同時に一夏の近くで爆発が起こる。
【お、織斑機、シールドエネルギー全損。よって勝者、更識簪、布仏本音ペア】
パラパラと、主に本音の友人たちが拍手し始めた時にそれをかき消すかのようにブーイングが巻き起こった。
「ふざけてんじゃないわよ! オーバーキルよ! 反則よ!」
「誰があなたたちの優勝を認めるものですか!」
ヒートアップする観客を黙らせようと楯無はISを部分展開する。
『そこまでよ。彼女がしたことがどうあれ、先に勝負がついていたのは事実。今は黙っていなさい。それとも、強制的に黙らされたい?』
そしてそれに不満を持ったのは悠夜である。
「ちょっと待て。その役目は俺に任せろ。ついでに俺たちが奴らを蹴散らせてやる」
「ならば、会長と桂木君の二人ですれば良い話なのでは?」
「「それだ!!」」
暴走気味の二人にそんな恐怖の提案をした虚は二人に対して制止した。
「冗談です。今のあなたたち二人が出れば間違いなく怪我人が出ます」
今にも飛び出そうとする二人の腕を掴んでいるが、二人とも本気で倒そうとしているからか、虚一人ではどうしても引っ張られる形となってしまう。
【そこまでにしろ、馬鹿共】
怒気を顕わにした声が観客席すべてに届く。
【そこまでして自らの醜態を晒すか。今すぐ第三アリーナで閉会式の準備を行え。優勝は更識・布仏ペア、準優勝は織斑・デュノアペア。以上だ】
通信が終了すると同時に楯無先導で閉会式の準備が始まった。
■■■
騒動が始まりそうだったところを織斑先生が止めたからか、特に何事もなく式の準備、そして内容も順調に終わっていく。もし始まるのだったら間違いなく俺と更識……楯無が背中を合わせながら襲ってくる訓練機を破壊して回っていただろう。背中を合わせているのは、間違いなく俺たち二人では連携を取れないからだ。自己主張激しいしな。
ここで俺は今回の賞品を改めて確認する。
———学食デザート一年間無料パス
本来ならばここでも半年無料パスが発行されるはずだったが、クラス対抗戦が流れてその分が足されたようだ。まぁ、ここで優勝できる奴なら早々退学しないだろうしな。
確認するが、どこにも「織斑一夏と付き合える権利」というものはない。やっぱりアレはデマだったようだ。
「———以上で閉会式を終了します。来賓の方は―――」
司会をする虚さんがそう言うと、VIPたちは補修されているVIPルームから退場する。おそらくイギリス関係者は近い内に轡木ラボに何らかのアクションを取るだろうと予想していると、虚さんとは別の声がスピーカーから聞こえた。
「ではこれより、「男子争奪戦」を見事勝ち残った更識・布仏ペアには前に出て来てもらいましょう」
………アレぇ?
どうして「織斑一夏と付き合える権利」から「男子争奪戦」に名称が変更されているんだ? それならば間違いなくデュノアの方に行くだろ!?
「ちょっとー! どうしてあの二人だけなのよ!」
「二年生は!? 三年生は!?」
「一年生だけだなんてずるいわ!」
「ちなみにですが、二年、三年の優勝ペアは辞退したのであしからず」
というか黛先輩。何でアンタが仕切ってるんだよ。そこは普通、楯無がするだろ。
(さて、どうやってこの現状を乗り切るか)
織斑をあそこまでディスっていた簪はまずデュノアの方に行くのは間違いない。そして織斑の方には本音が………落ち着け俺。今考えるのはどうやって簪を説得するかだ。いや、もしかしたら楯無から既に聞いているだろうか?
ちなみに俺がみんなを名前で呼んでいるのは、言うまでもないだろうが半ば強制的にそうするように言われたからである。
(楯無たちに託したから言うべきことではないだろうけど、それでもここでそれを伝えて癒した方が……)
まぁ、確実なのは俺の所に来ないことだ。確かに俺と簪は色々と共通的な部分はあるが、こんな容姿の俺に近づいてくる奴なんて護衛かハニートラップしかない。
自分でもわかるほど半ば暴走する思考で錯誤していると、眼鏡が上がった。
———チュッ
いつの間にか自分の眼鏡(正しくはIS用簡易ディスプレイ)を外していた簪(髪で判別した)は、俺の唇を塞いでいた。
(何故だろう。なんだか落ち着く………)
とか言っている場合ではないな。
だがまともに唇を塞がれたのは初めてだから、これからどうすればいいのかわからない俺はただ呆然とするしかなかった。
どれだけしていたのかわからないが、簪はようやく止めて俺の腕を自分の腕に巻く。
「私、更識簪は、今回の男子争奪戦に優勝したので桂木悠夜さんと付き合います」
そんな高らかな宣言をしたからか、自然と俺は思考を放棄した。
その要素を少し離れた位置で楯無は諸に目撃した。
(か、簪ちゃん……)
同時に彼女は何とも言えない気持ちになり、自然と自分の胸に拳を当てていた。
次回予告(もちろん嘘)
無事に学年別トーナメントが終わるが、生徒たちにとって不本意な結果に終わる。
そんな思惑は何のその。そして大人たちは激しく動く。
自称策士は自重しない 第44話
「ロストソウル」
悲しみの中、覚醒せよ、悠夜!
本当は丁度いい区切りで二章を終わらせたかったんですが、もうあきらめました。
そして次回はリメイク前にもあったものですが、多少アレンジを加える予定ですがそれでも無理やり感は拭える保証はありません。