相変わらず早く帰るな、と隣の席を見てから布仏の席を見る。いないということはもう行ったのだろう。布仏も手伝っているという話だし、今日は一人で帰るか。
(失敗作……か?)
普通に考えて、それは物に対しての言葉だ。少なくとも人に対しては使わない。……俺はついさっき使っちゃったけどさ!
(まさかボーデヴィッヒが遺伝子操作で生まれた人間……なんてことはないな)
まったく。こんな時までアニメネタを活用しなくてもいいのに。これだから俺と言うオタクは。
とため息を吐いているとデュノアがこっちに近づいてきた。
「あ、あの、桂木君。話、いいかな?」
「話?」
「うん。できれば別の場所で」
……ハンカチのことでの話なら別にここでしたって構わないだろう。いや、ダメか? 下手すれば後で「どうして私に知らせなかった」という苦情とかが来そうだしな。
「悪いが俺にも用事がある。だから日を改めるか、ここで言ってくれ。どうせハンカチのことだろ」
「「「え?」」」
案の定、残っていたクラスメイトがこっちに注目した。前々から思っていたのだが、どうしてハンカチを渡しただけでここまで注目されなければならないのだろうか。
「いや、その、それもなんだけど―――」
その時俺のイヤーフォンから着信を知らせる音楽が鳴る。鋼鉄の○狼なんて知っている奴はこの学校にどれくらいいるだろうかと思って出ると、朱音ちゃんが切羽詰まった風な声で言ってきた。
『お兄ちゃん! お願い、助けて!!』
ふと、脳裏に以前の朱音ちゃんが浮かび、片付けた荷物を持って俺は窓から飛び降りる。いつもより衝撃が強いので足が一瞬動かなくなるが、すぐに目的地に向かう。
「今どこにいる」
『第三アリーナ。お願い、弐式が壊れちゃう!』
逃げるつもりで走り、何度も邪魔の女をかわして第三アリーナの入口に入る。途中に分岐点があるがそこは忘れずに選手口の方へ向かう。そこからならピットに出れる。
ピット内で黒鋼を展開すると同時に外に飛び出す。偶然だがボーデヴィッヒの後ろを取ることになった。
「来たか……桂木悠夜!!」
「………やはりお前は……失敗作だな!!」
「またその言葉を!!」
腰にある二丁の拳銃《ハンド・バレット》でボーデヴィッヒに対して撃つ。だが彼女はそれをすべて回避した。
「死ね!!」
その言葉と同時にボーデヴィッヒの機体『シュヴァルツェア・レーゲン』から何かが射出される。先端がとがっているところを見ても判断はしかねないが、
(斬撃式か)
そう判断し、飛んでくるそれを回避した。
「ほう。貴様もそれをかわすか!」
「何度も同じようなものを見てきたからな」
「何?」
意味が分からなかったのか、眉を顰めるボーデヴィッヒ。その隙に俺は奴の横を突破する。
「させるか!」
すると俺の機体の動きが止まる。ハイパーセンサーが異常を知らせる。
「死ね!!」
後ろから攻撃され、ブースターがいくつかイカれた。同時に何かが消えて自由になる。
「このボケが! 今は試運転中だ! とっとと失せろ!!」
大型二銃身ライフル《バイル・ゲヴェール》を展開してボーデヴィッヒに撃った。
「貴様の自業自得だ。貴様は殺す」
「その行為が、あの女の迷惑になるってまだ気付かねえのかよ!! だから失敗作って言ってんだ!」
「またその言葉を……貴様はもう死ね!!」
再びさっきの奴が5基、こっちに飛んでくる。
それを回避した俺はボーデヴィッヒの機体を見て違和感を覚えた俺は自分の足見て気付いた。
(やられた……)
ボーデヴィッヒの機体にあるビット系の武装《ワイヤーブレード》は全部で6基。一つを死角から飛ばしていたのか。有線でありながらやってくれる。
それをほんの数舜で思った俺はワイヤーに引っ張られて更識とぶつかった。
『お兄ちゃん! 簪ちゃん!』
オープン・チャネルから朱音ちゃんの声が響く。返事せずに更識の方を見ると、さっきぶつかった衝撃で目を回していた。
「更識……おい、更し―――」
呼びかけて正気に戻そうとしていると無理やり引きはがされた。
「まずは貴様からだ」
飛んでいる時にそんな声が聞こえた。すぐに思考を切り替えた俺は以前見せた籠手部分から伸びるビーム《プラズマ手刀》を右手部分のみ展開し、更識に攻撃しようとしたができなかった。
「……流石は、轡木印のビットだな」
黒鋼の
―――一般的に使用される射撃モード
———エネルギーをシャーペンの芯を出すように出すだけだが十分に威力が保証される近接モード
———ビット同士がそれぞれを繋がり、自分を含めてその対象を守る防御モード
騒ぎになっているからか観客がいるが、できればこのモードは見せたくなかった。
「貴様!」
痛さのあまり動きが鈍っている俺にワイヤーが飛んできて、首を絞め上げられた。だが更識の方に意識を割いているのでビットによって形成されたシールドが破壊されることはない。
「どうやらまずは……貴様から殺されなければいけないようだな」
嬉しいねぇ。こっちに意識が向いてくれて。
瞬時加速でこっちに飛んできたボーデヴィッヒ。《プラズマ手刀》は左手にも展開できるようで、それで俺の首を狙って振ってくる。
(もらった)
———ガシャガシャッ!!
両足から4連ミサイル《
「馬鹿が。停止結界の前にミサイルなど無力―――何!?」
おそらくその場にいる全員が我が眼を疑っているのに違いないと思いつつ、現状形態でそのまま更識に近づき、解除すると同時に彼女を抱えた。
「可変機体だと!? そんなものが―――」
「舞え」
大きな筒状の大砲《大型リボルバーカノン》から発射されそうになっているので、《サーヴァント》4基でそれを爆散させておく。
「教官にあれだけのことを言うだけの実力はあるか。だが、それでも貴様は倒す!」
《ワイヤーブレード》がこちらに飛んでくる。俺は更識をピットに放り込んでわが身を犠牲にした。
『悠夜さん!』
「朱音ちゃん。ピットハッチをすべて閉じろ」
『そんなことをしたらお兄ちゃんが!』
更識の言葉を無視して朱音ちゃんに指示すると、そんな意見はすぐに切り捨てた。
「どうやらこの件は俺がまいた種らしいからな。俺が残ってこの女を黙らせるのが筋ってもんだろ」
「ほう。その心意気はいい。ならば後腐れなく葬ってやる」
「それに俺が死のうとまだ強者が残っているしな」
「なるほど。そいつに託すか。だがそんな奴はどこにいる? この学年で私に勝てる者など―――」
「———更識簪。お前がさっき虐めていた奴だよ」
《スカーレット・バタフライ》を展開、スイッチをオンにして緋色の刀身を顕現させた。
「馬鹿が、あの女如きが私を倒すだと? 笑わせてくれる」
「おいおい。まさか
次々と振り下ろされていく《プラズマ手刀》を《スカーレット・バタフライ》で防いでいく。すると地面から《ワイヤーブレード》が射出され、ダメージを食らった。
(もうそろそろ限界か)
シールドエネルギーが100を切ったのを確認する。アレは何度も「殺す」とは言っているが、実際俺を殺すことはないだろう。殺したら最後、国から非難されることは間違いない。そのために俺が残って周りのハッチも閉ざさせたんだから。
「は! だとしても、やはり私が強い!!」
《ワイヤーブレード》が俺の首に再び巻き付き、ISで腹部を蹴られて意識が飛びそうになった。
「貴様! 如きが! 教官を! 侮辱するな!!」
一発一発、顔だけでなく足、体など、股間のアレ以外の急所を拳で攻撃してくる。ハイパーセンサーに
「死ね!」
「《フラッシュ》!」
《プラズマ手刀》で俺を攻撃しようとするボーデヴィッヒの瞳に向けて光を放つ。ただの光だが、これを至近距離でされると相手は嫌がる。
「な―――」
予想していなかったのか、ボーデヴィッヒは怯むのでその隙に《スカーレット・バタフライ》でワイヤーを切って離脱。それと同時にマルチロックオン・システムを起動させた。
「ターゲット、マルチロック」
瞬間、ボーデヴィッヒの各所が同時にロックされた。
———バリンッ!!
「ぉおお―――って、ゆう―――」
———ドンッ!!
俺と何故か現れた何かとぶつかり、黒鋼は解除されてしまった。
「………」
着地ぐらい容易だがそれよりも腑に落ちない。どうして俺は今ISが解除されている。
今頃ならば「これで終わりだ! フルバースト!!」みたいなことを叫んでボーデヴィッヒを戦闘不能ないし実力を示しているはずだ。少なくとも、それで地面に着地はしているはずだろう。だがボーデヴィッヒは今も動いているし、今では何故か織斑とデュノア、そしてそのフォローにオルコットが入っている。
「悠夜、大丈夫?」
どうやら俺を助けに来たらしい。凰は俺の所に来ると、心配そうにそんな質問を投げかけてきた。
「ああ。所々痛むが、大した傷じゃない……が……」
さっきまで俺がいた場所を見ると、すぐ近くに大きな穴が開いていた。
「………どうしてあんなところに穴が開いている」
「さっきアンタを助けるために一夏が突撃したのよ。それでこっちに飛んできたアンタとぶつかったの」
「………そうか」
これでようやく合点がいった。つまり俺はフィニッシュを飾ろうとしていたところであろうことか阻まれた、と。
———ガギンッ!!
耳障りと感じる音が聞こえ、そっちを向くと織斑先生が近接ブレード《葵》でボーデヴィッヒの攻撃を受け止めたらしい。曲がりなりにも相手はISだというのに、近接ブレードのみで受け止めるとは異常……と思ったけど、身内に異常な奴がいたことを思い出した。
「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」
「千冬姉!?」
ガキと言ってもアンタも大して変わらないどころか、アンタの方がよっぽどひどいだろと突っ込みたくなった。
「模擬戦をやるのは構わん。———が、アリーナのバリアまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそう仰るなら」
そう言ってボーデヴィッヒはISを解除した。
「ほかの奴らもそれでいいな?」
「あ、ああ……」
「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」
「は、はい!」
「僕もそれで構いません」
「わたくしもですわ」
指摘と睨みで返事しなおす織斑に続き、デュノアとオルコットも続けて返事をした。
「では学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」
そして各々解散し始めるので、俺は慌てて制止させた。
「ちょっと待て、織斑先生。ボーデヴィッヒと織斑の処分はどうするつもりだ?」
「何?」
と驚いた顔をするので思わず俺も驚きを隠せない。
「アンタ、その顔は本気でやっているのか? ボーデヴィッヒは試運転中の打鉄弐式を襲撃、織斑はシールドバリアの破壊だ。だと言うのにアンタは二人に何の処分も下さない。身内贔屓をするって言うんだったら、教育委員会に訴えるだけで終わらせないつもりだが?」
「それは本当か?」
と聞いてくるので動揺を隠せない。
「当たり前だろ。本人は逃がしたがこっちの実害は大きい。正当な処分として、事情で専用機を没収しないにしても二人は期間に差異がありで自室か永倉入りは回避できないだろ」
むしろボーデヴィッヒにはより厳しい処分が必要だ。もしそうしない限り俺もそうだがどこかの生徒会長がボーデヴィッヒを殺しかねない。冗談ではなく、マジで。
「待ちなさいな! 一夏さんはあなたを助けようとして―――」
「俺がいつ助けを求めた? そもそも俺自身はともかくお前らは黒鋼を過小評価しすぎている。そんじょそこらの一般人が考えたものと一緒にするな」
意見するオルコットを否定すると、それを織斑先生が止めた。
「それ以上の揉め事は他所でやれ。ボーデヴィッヒ、織斑の両名は自室にて待機。この後に行う職員会議にて二人の処分は追って通知する。同様に今後一切の私闘は厳禁だ。では解散!」
俺は小さくガッツポーズをしてカタパルト下にある鋼鉄のドアの方へと向かう。生身でカタパルトに戻るには何分難しさがある。跳躍力は自信があるが、流石に限度があるというものだ。
専用機の待機状態である黒曜石が埋め込まれている指輪をパネルリーダーにかざすと扉が開く。その後を追ってか織斑たちが付いて来るが、俺は無視をしてBピットの方へと向かった。確かそこに投げたからである。
(………無事でいられるかな)
今回のことで間違いなく俺は更識(妹)に嫌われただろう。自業自得だとはいえばそれまでだが、それでもいい気分にはなれない。
(……って、待てよ)
更識の身にあれば、朱音ちゃんも近くにいるはずだ。制服を着ていればありがたいが、織斑たちに朱音ちゃんの存在は知られたくない。
急停止した俺は後ろを向き、織斑たちに帰るように言った。
「お前ら、今すぐ帰れ。邪魔だ」
「何でだよ。別にいいじゃんか―――」
「良くないしウザいし目障りだ。ほかに質問は?」
「———ありますわ」
織斑の後ろにいたオルコットが前に出てくる。さっきから冷たい態度を取ってくるが、それは最初からか。
「何だ?」
「あなたの機体にイギリスで試作段階にあるBT兵器が何故組み込まれていますの? それにどうしてあなたがアレを自在に操れますの? 事と次第によっては容赦しませんわよ」
真剣な顔で睨んでくるオルコット。どうやらあの兵器はイギリスで試作段階にあるらしいけど……。
「そんなの、慣れてるからに決まってるだろ」
そもそも最初の機体から遠隔操作システムとマルチロックオン・システムは搭載しているんだ。ストラ○クフリーダムはかっこいいと思う。特に一斉射撃は。
「な、慣れているですって!?」
どうやらそれがオルコットによって衝撃的だったらしい。そんなに驚くことだろうか。ゲームでは普通にあるからな、あれ。
「たぶん話は合わないし合わせる気はないから自分でググれ」
「に、逃げますの!?」
「お前らよりも大事なものがあるからな。というかそんな下らないことでこっちは議論する気はないし、ここからはお前らには関係ないことだ。介入してきた時点でぶん殴る。男だろうが女だろうがな」
するとタイミングよく隔壁が閉まった。おそらく朱音ちゃんが援護してくれたのだろう。覚悟は当に決まっているので、後は更識の様子を見に行くだけだ。
Bピットの前に現れ、パネルリーダーで専用機を読み込ませると、ドアが開く。ボロボロになっている打鉄弐式があり、その前には弐式を気遣うように更識が触れていた。
「………更識」
話しかけると更識がこっちを見る。だが更識の目には涙があり、俺は思わず顔を逸らしてしまった。
「……あれは、どういうこと?」
俺はあの時の顛末をすべて話した。更識は最後まで一言も話すことはなく聞いてくれていたが、すべて話し終えると俺を平手打ちした。
(…道理だな)
理由はどうあれ、俺は更識の努力を無駄にしたのは事実だ。平手打ちだけで済むとは思っていないが、更識は何も言わずに出て行って代わりに朱音ちゃんが入ってくる。
(……でも)
俺は殴られた自分の頬に触れる。先程から意識が遠のいてきて、誰かが叫んでいるのを聞こえたのを最後に俺の視界は暗くなった。
ということで一夏の介入でフィニッシュを決められなかったで終わりました。助けに入ろうとした一夏ですが、さらに悠夜のイラつきが溜まっただけというね。
一般人とオタクの差異