インフィニット・ストラトス。
よく『IS』と略されるそれは10年前に突如現れたパワードスーツであり、軍事転用を危ぶまれたが何だかんだで今ではスポーツとして扱われている。
そんなパワードスーツの操縦者……だけでなく、開発者や整備関連、またはオペレーターなどの育成を行っているのが、俺が今通っているIS学園ということになる。
普通の高校の授業はIS関連の授業でコマを奪われる為、当然普通とは違ってかなり早いスピードで行われるのだ。
なので復習をしなければ間違いなく落第。IS関連は全くの初心者こと俺がなる可能性がある単語だ。……これ以上、留年させられてたまるか。
「あー……」
当たり前だが、前にいる織斑と違って項垂れている暇なんてものはない。
そもそも俺が動かした時期は3月中旬。織斑は2月上旬と1ヶ月以上の差があるため、明らかに勉強量が違いすぎる。例え週3のペースでやっていても事実上1週間しかなかった俺とは違ってたくさん勉強しているだろう。羨ましい限りだ。
「ちょっと、よろしくて」
「ああ、後半年ぐらい待ってください」
「わかりましたわ」
少しでも勉強しないと追いつけないことは目に見えている。だから会話なんて遠慮したいのでそう返すと、意外にもあっさりと帰っていった。
(言ってみるものだなぁ)
そんなことを思っていると、今度は早足でこっちに戻ってきた。
「あなた! このわたくしをよくも簡単にあしらってくれましたわね!」
「まさか帰るとは思わなかった」と言っても一方的に批判してまともに取り合ってもらえないと思ったので無視していると、机が叩かれる。
思わず顔を上げるとそこには怒髪天を突くような勢いで怒っている女がいたが、初対面なので聞いてみることにした。
「……誰?」
「む、無視だけでなく、このわたくしすら知らない……ですって!!?」
「ISの知識を詰め込むので忙しかったので」
そう言うと彼女は何故か頭を抱える。しばらくすると、その女生徒はため息を吐いて自己紹介を始めた。
「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも」
一礼して対応すると、満足気にするオルコット。
「あら、一応は自分の立場はわきまえているようですわね」
「ところで一つ頼みがあるのですが」
「何でして? 言っておきますがあなたがドゲザというものをしながら泣いて頼まないならばISのことは教えてあげませんわ」
と説明してくれるオルコットだが、俺が今から言う言葉は彼女の予想の斜め上を行ったのは事実だろう。
「いえ、その必要はないのでできれば早々に会話を打ち切ってください。まだ自分はISに関してはど素人と言っても過言ではないほど知識がありませんので他者と会話する余裕なんてないんです」
授業の進むスピードが予想以上に早かったので少しでも多く勉強したいので切羽詰っていることを打ち明けたら、オルコットの顔は見る見る赤くなる。
(……今頃訂正は効かないよな)
自分が言ったことが別の意味で捉えられていることに気付いたが、訂正はしない。たぶん無駄だから。
「それはあなたが勉強不足だからでしょう? ならば自業自得でしてよ」
しかしどうやら気付いたらしく怒りは治まったようでそう返してくる。
なので俺は切り替えしてやった。
「私がISを動かせることを知ったのは3月半ば。それから検査やらなにやらあってマトモに取れた時間は一週間ちょっと。逆に聞きたいのですが、あなたはその一週間でこの分厚い参考書をすべて理解できるんですか?」
と片手で辞書二冊分と言っても過言ではない厚さを持つ参考書を軽々と持って示す。
するとオルコットは一瞬青ざめ、ようやく降参か諦めた様子で口を開く。
「わかりましたわ。今回は大人しく退散いたしましょう」
そう言って自分の席に戻っていくオルコット。どうやら平和的に解決できたようだ。
■■■
(桂木悠夜。チェルシーが何か気にしている風だったみたいですが、至って普通の男でしたわね)
セシリア・オルコットはイギリスの名家「オルコット家」の現当主であり、今では珍しい女尊男卑思考を持っているわけではないタイプの女だ。さっきのはただの小手調べで試しにやってみたことである。現に彼女が持つ会社でも有能な男性は次々と上役に抜擢したり、上役こそできなかったが現役では次々に契約を取れる人間は上役と同等かそれ以上の報酬に―――つまりその人物の力量に見合う賃金を支払ったりと、イギリスの数ある会社でも比較的優遇されている会社の社長だ。
現在はその会社を自分の右腕のメイド長「チェルシー・ブランケット」に預けている。その引継ぎの作業の時に代表候補生育成機関の教官から連絡が入り、テレビをつけた時には「再び日本で男性操縦者」という見出しが英語で書かれたニュースがかかっており、その人物の顔写真を見た瞬間にチェルシーの様子がおかしくなったので気になっていたが、女に
だからこそ何故自分の幼馴染でもあるメイド長の様子がおかしくなったのかわからなかったので彼女は余裕がある時に聞いてみることにした。
(次はイチカ・オリムラさんですわね)
意識を一夏の方に向ける。彼の方は積極的に調べろと政府からお達しがあったのと先に接した悠夜の方はちゃんと勉強に取り組んでいたのだからもう一人も大丈夫とタカをくくっていたが、その期待が裏切られることを彼女はまだ知らない。
■■■
「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ―――」
現在はISに関する刑法に関して勉強しているが、普通ここまで厳しく刑法を制定するのだろうかと思う。つまりはどれだけスポーツと偽ろうとも各国の政治家にしてみればISは兵器という認識なんだろう。
普通に考えればISって兵器として重大な欠陥が複数あるから、ISをベースに別の兵器が作られていそうなものだが、今までそんな話を聞いたことがない。つまり開発されているわけではないのだろう。……作っていそうなんだけどなぁ。
「織斑君、何かわからないところがありますか?」
別のことを考えたら前の方でそんな会話が始まっていた。
「あ、えっと……」
教科書に目をやるが、目立った反応は見せない。
「わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
胸を張る山田先生。その時に少し揺れたのを俺は見逃さなかった。
「先生!」
「はい、織斑君!」
「ほとんど全部わかりません」
さっきまで一部に存在していた活気はどこに行ったのだろうか、一瞬にして周囲の気温が下がった気がした。
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
そしてこの反応をする山田先生。間違いなくこの反応は正しいものだ。
「え、えっと………織斑君以外に、今の段階でわかるって人はどれくらいいますか?」
予め勉強していた俺は言わずもがな、それよりもここに入学する為に勉強してきた女たちにそんなことがあるはずもなく、誰も手を挙げることはなかった。
その時に気になったのか、織斑はこっちを見たが……とりあえずその「信じられない」という顔は止めようか。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
その言葉が原因で織斑が叩かれるが、自業自得としか言いようがない。
「必読と書いてあっただろうが、馬鹿者」
しかもタイトルが「必読! IS参考書」だからなぁ。さりげなくタイトルに混ぜられている必読に噴いてしまった。
「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい。やります」
なるほど。今の社会はこうやって作られているのか。そりゃあ抗えないわけだ。
などと思っていると、織斑先生は話を続けた。
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしない為の基礎知識と訓練だ。理解ができなくとも覚えろ。そして守れ。規則はそういうものだ」
完璧な正論だ。反論も余地なのだが、女がそれを言うと少しばかり違和感を感じた。
「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
それは俺に向かって言われたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
………それを、IS学園の教師という立場のあなたが言っていいと思っているのか?
思わずそう聞きたくなったがすぐに止めた。いらないことを言いそうになったから。
「え、えっと、織斑君。わからないところは授業が終わってから放課後に教えてあげますから、頑張って? ね? ねっ?」
黙っているとそんな会話が展開されていたが、気にせず教科書を読み始めた。頭に浮かんだある種の邪念を振り払うかのように。
■■■
二時間目が終わって俺は再び勉強をと思ったが、元々それほど勉強が好きではないわけで休憩していた。と言っても別の本を読んでいるのでそこまで休憩しているという実感がないのだが、読んでいる本はロボットアニメのそう設定集みたいなもので楽しめる。
(ISがK○FやM○とかだったら、少しはモチベーションが上がるだろうに)
それも俺に主人公が乗りそうな機体があてがわれるというのならば真剣に取り組むのだけれど、今のところそんな様子は見られない。もっとも、俺は整備科もしくは開発科志望なので専用機を受け取ったところでどうするかという話なのだが。
「―――あなたもわたくしのことを知らないなんて、一体この国の殿方はどうなっていますの!?」
前の方でオルコットが織斑に話しかけていたようだが、どうやら織斑もオルコットのことを知らなかったみたいだ。
(そもそも、あまり男でISに興味を持つのはいないだろ)
ISが本格的に世界が取り入れ始めた頃、取り入れた国のほとんどが日本で言う「女性優遇制度」というものが制度が施行された。これは女すべてに適用されることで、わかりやすく言えば足が悪い爺さんより若い女の方が席が融通されるという法律だ。
それにより男の地位が地を這う形になり、女は男をこき使うようになった。幸い今までに前科一犯が付いたことはないのだが、それでも何万か取られたことは記憶に新しい。そもそも義母と義妹がその傾向があるため、特に搾り取られた。
そもそも義妹は代表候補生で、「働くことの大切さを学ぶ為」という理由で13歳からバイトを許可されたのでしていた俺から遠慮なく金を払わせるという鬼畜なことをやってきたのは今でも覚えている。
「ねぇねぇ」
いくら機械だからとはいえ、正直あまり好きになれないが…それでもいじってみたいって気はある。まったく俺は中途半端な男だ。
「ねぇねぇ」
………さっきから誰だ?
織斑ではなく俺に話しかけるやつはこれで二人目。女が興味を持つのは織斑一人で十分なはずなのだが、朝のSHRも思ったが、ここは変人の巣窟のようだ。
「何ですか?」
そいつはその中でも群を抜く変人だと思う。
どこか幼く感じるのは髪の毛に子供がつけると思われるキツネのピンを止めて小さなツインテールを演出しているから、そして身長のせいか登場と同時に上目遣い。いくら何でも無防備すぎると思う。
「かっつんって、ロボットが好きなの~?」
どうやら俺が読んでいる本が気になったようだ。
「ええ。まぁ、過去にたくさんの作品がありますし、見ていて飽きないというのもありますが」
「そうなんだ~」
それで会話が途切れたので、今度は気になったことを質問してみる。
「ところで、「かっつん」とは何ですか?」
「かっつんのあだ名だよ~。「桂木」だから「かっつん」なんだ~」
………あだ名、ね。
正直、そんな可愛気があるものを付けられたことがなかったので、どういう反応をすればわからなかった。
(なんか、調子狂うな)
ため息を漏らすと同時にチャイムが鳴る。これは三時間目が始まる音だ。
その女の子はさっきの授業である種の恐ろしさを知ったからか、挨拶もせずに自分の教室へと帰っていった。