俺が一組を裏切ったことは、瞬く間に学園中に広がったらしい。
少なくともあの後すぐに広まったことは確実で、朝登校したら俺の机はなくなっていた。
それを見て周りの女尊男卑思考を持つ女たちは笑っていたが、俺があることを言うと顔を曇らせた。
「ふむ。この教室には俺の机はない………つまり俺は学校に通う必要がなくなったということか」
合法的にサボれることに喜びを感じた俺はすぐに教室を出て自室に戻る。後ろで学園内では珍しい男の声が聞くことがあったが、そんなことよりも俺にはやることがあったので完全に無視。……改めて考えたら凰のこと以外だと勉強しかなかったから一日暇をしていたのかもしれない。
とはいえ、俺だって毎日休めるほど勉強に余裕があるわけではないし、何よりも更識に借りを作るのが癪だったので二日目は普通に授業を出るつもりでいた。
何があったかはわからないが、元通りに席が戻っていた。………流石にあの机は高いからなぁ。
(………睨まれてるなぁ)
帰ったその日にため息を吐きながら呆れた顔をして美人を台無しにした更識から聞いたが、どうやら織斑先生がそのことで聞いたらしい。更識から俺のしたことに対する行為は暗黙の了解となっているし、クラス対抗戦ではクラスの結束を強めるのもらしいが、俺はそういうものを根底からぶっ潰したわけだ。
教師だからか、はたまた凰を泣かした経緯とその後の対応を知っているからそう行動したのかもしれないが、ありがた迷惑である。というか恩着せがましい気がする。いずれ「してやったのだから手伝え」とか言われそうだ。
とか思っていると日は進み、クラス対抗戦当日を迎えた。
(……今日もいるのか)
昨日の内に凰に織斑対策は伝えている(そのたびに心配されている)し、今日は一人でまったりのんびり試合を観戦していると、少し離れたところから視線を感じている。
ここ数日、よく俺と一緒にいた布仏は俺と距離を開けていた。おそらく更識がそう指示したんだろうが、元々一人でいること自体何の苦にもなっていない俺には関係ないことだから特に気にしていないが、こんな接近のされ方をされると反応に困る。
今日の試合会場の第二アリーナには生徒たちで満席となっており、入りきれなかった生徒は外で見るらしい。全学年ぐらい余裕で入りそうだと思うんだがな。俺みたいに自ら外で見ることを選んでいる奴でもいるだろうか。
『一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ』
『雀の涙くらいだろ。そんなのいらねぇよ。全力で来い』
全く、安く見られたものだ。
俺が着く前ならばともかく、まだ粗削りとはいえ凰のそういう意味での調教は住んでいる。ただ感情で動くだけのお前とは元からそうだが能力もすべて違う。少なくとも、動かして数か月程度の操縦者如きには、好きな男が相手とは凰は後れを取らないはずだ。
『一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる』
本当はしたくなかったが、織斑のことは調べさせてもらった。
ほとんどは凰やハミルトンに情報収集を任せ、俺はその情報を編集し、まとめただけだが。
『そして悠夜は、その手のやり方に詳しかったわ』
その言葉で近くにいた奴らがあらかじめ俺がいたことを知っていたからか、一瞬でこっちを見る。おい凰、お前は俺の株を上げるために言ったのかもしれないけど、今のところ憎悪しか感じないんだけど。
(少なくとも、俺はあくまで凰の機体ができる範囲でしかアドバイスをしなかったんだがな)
ため息を吐きながら、試合開始のブザーが鳴って攻撃を仕掛ける織斑を見る。
そして凰がその初手を絡めて防ぎ、そして下に投げると同時にある程度溜めた《龍砲》で撃ち落とす姿を見ていた。
■■■
「《龍砲》ってどうやって使ってんだ?」
「へ?」
数日前、俺は凰のトレーニングに付き合っていると気になることがあったのですぐに質問すると、間抜けな返事が返ってきた。
「いきなりどうしたのよ」
「いや、《龍砲》を効果的に使う方法を思いついたんでな」
おそらく凰が嫌うやり方だろうけど、そんなことを言っている暇はない。というか言わせない。
「ただ、そこに当たるように狙って撃ってるって感じね」
「じゃあ、ある程度は意識しているってわけか」
「まあね。でもそれがどうしたのよ」
「対近接対策にちょっといい方法を思いついたんでな」
すると申請が通ったのか、ハミルトンがアリーナに現れた。
「お待たせ、二人とも」
「丁度いいところに来たな。早速だがこっちに来てくれ」
ハミルトンはこっちに来て、俺の前に立つ。
「何かしら」
「凰、今からハミルトンが突撃するから、お前は初手を防いでほぼ最大出力の《龍砲》でこいつを叩き落せ」
「「は?」」
俺の言葉が冗談とでも思ったのか、そんな返事をしてくる二人。
「ん? 日本語がわからなかったか?」
「いや、そうじゃなくて……どうしてティナを叩き落さないといけないのよ」
「作戦を考案したんだから見ておいた方がいいだろ。で、凰は攻撃する方だし、必然的にハミルトンになるわけだ」
本当は織斑とかにしたいんだが、対策を練られるのも厄介だからな。
「それにだ、もしかしたらハミルトンの胸が小さくなるかもしれないだろ」
「いくら何でもそれで小さくなるわけ―――」
「やるわ」
「待ってリン! それはおかしいわよ!!」
有無を言わさず戦闘態勢に入る凰。少しハミルトンに同情したので、一度撮影して成功してからは凰にそれを意識させて俺で練習させることにした。
■■■
―――管制室
「な、何だあれは!?」
普段では教師と一部の生徒しか入れないそこに、珍しい顔ぶれがいた。篠ノ之箒とセシリア・オルコットだ。
その二人が入れたのは織斑千冬の計らいであり、これまで弟である織斑一夏の練習を手伝ったことも関係しているだろう。
「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃自体を砲弾化して打ち出す、中国製の第三世代兵器ですわ。しかし、あんな使い方をするなんて……」
開幕直後に鈴音が見せた叩き落しを意外に思うセシリア。
「おそらく桂木の入れ知恵だろうな。凰のことは私も知っているが、あんなことを考えるとは思えない」
「それにしても、どうして桂木君は凰さんに付いたんでしょうか?」
なんとなく口に出した一年一組の副担任を務める山田真耶の疑問を、千冬が変わりに説明した。
「どうやら織斑と口論があったらしいですが、その辺りはお前たちが理解しているだろう?」
「え、ええ」
急に話を振られたセシリア。画面に没頭している箒を小突いて意識を千冬の方に向かせた。
「ですが、何故彼が凰さんに付いたかはわかりませんわ」
「………確かにな。普通ならばクラスを裏切るとは思わない」
セシリアに賛同する形で箒は公定する。
(だが、桂木は対抗戦に興味を示していなかったな)
今日まで千冬が何もしなかったわけではない。クラスメイトたちがしようとしていた報復もそうだが、対抗戦までの間でできるだけ時間を作って何度か悠夜と二者面談をしたことがあるが、本人はまるでそれが時間の無駄だと言わんばかりに勉強道具を持って来ていた。
(確かに男子二人はIS関係の勉強は遅れを取っているが、わざわざ持ってくる必要もないだろう)
そのことを思い出して苛立つ千冬。真耶が恐る恐る声をかけると千冬から出ていた殺気がなくなった。
(やはり、更識からなんとしても聞いていた方が良かったか?)
裏の人間である生徒会長に応援を何度も頼んだが、日が経つに連れて楯無から飛ぶ視線は厳しいものになっていった。
ちなみに楯無本人も早目に一夏と接触しようと思い始めているが、十蔵からストップがかかっているのでそうすることができなくなっている。
実際、千冬は自分に対する悠夜の態度が悪いことに対していたが特に注意することもせず、むしろご機嫌を取って仲良くなろうとしているが、一向に進展がなかった。
(………考えてみれば、向こうから寄ってくることが多かったな)
時たま見せる一夏同様、周りにいる人間から千冬が老いた風に感じられた瞬間、ディスプレイに「アリーナのバリアが突き破られたこと」が知らされた。
―――少し前
箒は同意を示すとすぐに画面を注視する。
そこには防戦を強いられる一夏と、その状態を作り出す鈴音の姿が映し出されている。
(あの女の行動、徹底されている)
最初に叩き落されて以降、一度も一夏は宙を飛んでいない。その原因である鈴音は悠夜の指示であり、箒はそれを瞬時に当てた。
(……どこまで汚い奴だな)
正々堂々戦うべき。それが彼女が持つ信念だった。
そもそも彼女は生まれ育った環境ゆえ、あまりこういった戦法を好きではない。それに戦っているのが一夏ということもあり、彼女の悠夜に対する怒りは積もっていくばかりだ。
おそらく鈴音と戦っているのが一夏ではなく悠夜だったら、「もっとしっかりしろ」と思うことだろう。そしてそれは箒だけでなく、周りの生徒たちも同様だった。
(大体、何故あの男は凰に肩入れをした)
箒自身も一夏の鈴音に対する態度はどこか違和感を感じていたが、それもチャンスだと思ってるからこそフォローも何もしなかった。それに彼女が一途なところもあり、セシリアという身近なライバルがいる以上、下手な寄り道ができるだけがない。
そして悠夜にはその余裕があり、違和感を感じたからこそ鈴音に付いた。これは悠夜の日頃の立ち振る舞いと知識量もそうだが、箒自身が今まであまり他人との交流がなかったことの方が要因が大きいかもしれない。
(……ああ、もう!)
じれったくなった箒が玉砕覚悟で真耶からインカムを奪って指示を送ろうとしたとき、アリーナ全体に強大な振動が襲った。