途中で忘れ物に気付いた俺はすぐに引き返し、荷物を持って部屋へと向かう。更識からメールが入っていた。
『ごめん。急に会議が入って出られなくなった。だから下のメニュー通りにやっておいて』
普通にケイシー先輩と模擬戦していたって言ったらどうなるんだろ。怒るか? いや、俺の性格を考えたら更識の場合は「やる気を出した」って喜ぶんじゃね?
(少し楽観視し過ぎだろ)
まったく。この学校に来てから俺がおかしくなってきている気がする。やっぱりあれか? 頭を殴られたからか?
(……走ろう)
教科書などが入っている鞄を置き、必要な荷物だけを持って外へと出る。そして舗装されたコンクリートを走っていると吹いてくる風が気持ちよく感じた。
俺はこういう風が結構好きだ。……本当はバイクの「アルティ」とか、自転車で駆ける時の風の方が気持ちいいのだが、前者は以前にとあることで破壊され、後者は無事すら確認されていない。
軽く昨日と同じコースを周って寮のエントランスに戻る。するとそこには凰が三角座りをして泣いていた。
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自室に戻ると、そこには用事を終えて戻っていた更識がいた。
「あ、おかえりな……さい」
制服エプロンとは中々のチョイスだが、さっきの台詞に間があったためそこまで萌えなかった。まぁ、更識自身俺の後ろにいるちびっ子が気になるのかもしれないが。
「お、お邪魔します」
「え、えっと、これって一体どういうこと………?」
戸惑っている二人を放置し、部屋着を持って俺はシャワーを浴びる。
しばらくして、出てきた俺の前にはスープを飲んでいる凰と更識の姿があった。
「さて、説明してもらいましょうか?」
更識がにっこりと笑顔を俺に向ける。まさか俺が彼女に発情して連れてきたとでも思っているのだろうか。
「あー……なんていうか、泣いてたから」
「泣いてたからって持って帰るってどうなのよ」
本気で呆れられても困るんだがな。実際のところ通りすぎようとしていたら妙な威圧感に襲われて仕方なく誘ってしまったんだよ。
「で、どうしてお前はあんなところで泣いていたんだ?」
本題に入ると、凰がゆっくりと口を開いた。
「実はさ、その、一夏が約束のことを覚えてなかったのよ」
「………は?」
簡単に説明を聞くと、俺らの後に織斑たちがアリーナを使っていた。その後に凰は織斑に近づき、そこで織斑が篠ノ之と同室だと言う事を知って突撃したらしい。
「で、約束のことを言ったら忘れられた、と」
「そういうことよ」
俺と更識はなんとも言えない顔をしていた。が、俺はすぐに聞きたいことがあったので尋ねた。
「ちなみに、その約束ってどのシチュエーションで、どういう風に言ったんだ?」
「そ、それは………」
「答えろ」
有無を言わさず答えさせるのには、攻略をするための糸口を掴めるかもしれないからである。
「………りょ、『料理が上達したら、毎日アタシの酢豚を食べてくれる?』……」
「………はぁ」
思わずため息を漏らしてしまった。しかしそれは凰にとってはお気に召さなかったようで、猫のような瞳で睨んできた。
「何よ! まるでアタシが悪いって言いたそうね」
「実際、お前も悪いと思うがな」
「はぁ?!」
俺の発言は凰にとっては予想外だったらしい。更識も同意見なのか、この話に入ってきた。
「それはどうかしら? 凰さんの言い回しは有名なあの言葉でしょ?」
「ああ。問題はそれなんだよ。そもそも織斑はありえないほどの馬鹿で鈍感だぞ。いくら名言だって言っても今では古く、知っている人間だって少ないんだ。凰が知っている=織斑が知っているなんて方程式は存在しないし、いくら恥ずかしいからって相手が鈍感ならばきっちりと意味を伝えなければ意味はない。その対処を怠った凰が悪い」
はっきり言うと凰は何も言えなくなる。
「じゃ、じゃあアンタは恋愛とかしたことあるの!?」
「初恋もまだな俺に何を求めるんだ、お前は」
そう返すと凰はその瞳をキリッとさせた。
「じゃあ、アタシのに口を出さないでよ。アンタにそこまで言われる筋合いはないわ」
「でも、桂木君の言うことは一理あるわよ」
更識が何故かフォローを入れると、凰は更識を睨みつけた。………一応、年上なんだがなぁ。
「別に間違ってはいないでしょ? 織斑君は世界でも早々見つからないほどの鈍感なんだし」
「そ、それはそうだけどさぁ………」
また泣き始める凰を俺は改めて観察し、整理する。
(料理云々での告白したということは、料理にはそれなりの自信があるってことだよな?)
容姿も可愛い方で今の泣いている様子も失礼だが少しグッと来るものがある。そう。胸以外ならば凰はかなりレベルが高い。
「何かアンタを殴らないといけない気がする」
ぼそりと溢す凰に対して戦慄すると同時に解決の糸口を見つけた。
「それだ!」
思わず立ち上がってしまい、小さな声で「失礼」と言って着席する。
「で、何なの?」
「だからそれだよ。凰、お前はそういうのから卒業して生まれ変わるべきだ」
わけがわからなかったようで、首を捻る凰。……これだけ見たら結構可愛いんだがなぁ。
「わかりやすく言えば乙女になるんだよ。幸いなことにお前のその小さな身長は適して―――」
飛んで来た拳を間一髪を回避すると、更識はその拳を受け止めた。……同居人の戦闘スキルを垣間見た瞬間である。
「ダメよ凰さん。無闇に相手を攻撃しちゃ―――」
「いや、更識。お前がそれを言ったら―――」
視線を凰の方に向けると怒りのボルテージが上がっていた。おそらくこれは更識が原因だと思う。確かに火付け役は俺だが、更識のスタイルば一般レベルだとかなりの高さであり、凰のように身長が小さく、胸がない人間にとっては憧れと嫉妬の対象である。
「まぁ、二人とも落ち着け」
無理矢理二人を離して、俺はすぐに本題に入った。
「さて、凰。本題に入らせてもらう。お前はぶりっ子になれ」
「ぶ、ぶぶぶ、ぶりっ子!?」
………少し言い方が悪かったな。
俺は口で説明するよりも見せた方が早いと思い、父親が送ってくれた物資の中から久々にゲームのハードと、ケースに入っているソフトを取り出す。
「桂木君、それって―――」
更識が何か言っているが、無視してケースからソフトを専用ハードに入れ、電源も入れた。
しばらくすると起動し、スピーカーから題名が響く。
「ドキドキ! ラブリーシスター!」
それが聞こえた瞬間、更識はなんとも言えない顔をして凰は明らかに引いていた。
「そ、それってまさか……ギャルゲーだっけ? もしかして、二次元? の女にしか興味ないとか―――」
「ちゃんとリアルの人間にも興味はあるっての」
これはあくまで参考書として買ったんだが、まさかあそこまで大ヒット商品になるとは思わなかった。
ちなみにこの「ラブリーシスター」略して「ラブシス」という恋愛シュミレーションゲームもといギャルゲーは50万個も買われたギャルゲーであり、男視点だけでなく女視点からでも見れるという、「何故こう動いたか」という理由もわかるのだ。少なくともクラスの男子は全員買っていて、去年では放課後男子たちが女子を追い出して会議を開くほどだった。
「ああ、それとも続編の「フレンズパート」の方が良かったか?」
そう言って取り出したのはラブシスのヒロインが通う学校を舞台として、用務員のアルバイトとしてヒロインの友達と出会い、その後に仲を発展させていくという一般的なギャルゲーだ。ちなみに一般的なギャルゲーでは男友達がサポートするが、ここでは元ヒロインがサポートするという少し変わった設定が組み込まれている。
「いや、どっちでも一緒でしょうが!!」
「まぁ、こっちだとアナザールートがないから裏の描写はわからないがな。まぁ、何が言いたいかってのは、全体的に女らしさが足らなさ過ぎるんだよ、お前ら」
これは極論かもしれないが、篠ノ之も凰もわかりやすい女らしさが足らなさ過ぎる。そしてこれはオルコットも含まれるが、全員が自分の体を隠しすぎているのだ。
男にとって女の胸が大きければ大きいほどISスーツは目のやり場に困るが、それも戦い始めればそうならないだろう。来る攻撃に備えないといけないし、そうなることは今日の軽い模擬戦でよくわかった。
ならば男の気を引くにはどうすればいいか。これは通常授業の間の休み時間でそう言ったアピールをするしかない。…………幸か不幸か、この学校の女はそんなことはしないみたいだが。
「そもそも何故世の中に「チラリズム」などという単語が存在するのか理解しているか? 見えそうで見えない神秘の部分―――例えばパンツの中やブラジャーから見える肌色に引かれるのは生まれながらにして備え付けられている性! それはお前らは「恥ずかしい」などという羞恥心や下らないプライドに阻まれ、肌色を見せずに「自分に惚れる」などということを思いこむなど勘違いも甚だしいわ! ましてやお前のように短気で、胸もない、ましてや色気もない奴など、そう言った部分的神秘で惑わさなければ勝ち目などない!」
机を叩き、締めくくる。……もちろん素材が木ということもあってかなり痛かった。
今までの傾向だと一発殴られるかと思ったが、どこか思うところもあったのか凰は考え始め、やがて俺に言った。
「いいわ。ちょっとアレな意見だけどアタシじゃそこまで考えられなかったし。は、恥ずかしいけど、その作戦やってやるわ! ………は、恥ずかしいけど、それ、貸して………」
「ああ。じゃあこのまま持って行け」
「え? いいの?」
「ああ。ゲーム機ならもう二台はあるし、しばらく使う予定はないしな」
………そもそもそのゲームを買ったのは義理の妹と仲良くなるためだったし。
「そ。じゃあ、帰るわね。ゲーム、ありがと」
「ああ。それと言っておくが、そのソフトは世界に500個しかない初回限定生産版だから壊すなよ」
「大丈夫よ」
そう言って凰は帰っていく。どこか幸せそうなのはようやく説得力のあるアドバイスが聞けたからだろう。
そんなことを思っていると更識が俺の肩を叩く。
「でもあれって、前提として織斑君が女の子に興味があるってことよね」
「………え? まさかという思うけどホモの素質とかでもあるのか?」
「…………」
いや、まさか……ね?