同時刻、第一アリーナでは試合が行われていた。
いや、むしろそれは試合と言うよりも、一方的なリンチと言う方が正しいだろう。
「くっ!?」
白式を纏う一夏が迫る熱線を回避。だがすぐさま水の鞭が迫り、攻撃する。
それらが体に当たったことで絶対防御が発動し、いつも以上にシールドエネルギーが減った。
だが、一夏はすぐに《雪片弐型》を構え直すが、ハイパーセンサーが一夏に警告を発した時には遅かった。
「―――なっ!?」
《銀氷》の非実体の刃が迫り、それの体をまともに捉える。さらに荷電粒子砲とプラズマビーム砲が襲い、残りのシールドエネルギーをごっそりと奪った。
「……くっ」
「早く、すぐにエネルギーを補給してきて」
「………わかったよ」
言われてすぐに一夏は予備エネルギーを使ってピットに戻り、白式のエネルギーを補給する。もちろん、彼は整備の知識がほとんどないため簡単な整備すらしない。簪はそのことに気付いていたが、かつて自分が所属し、捨てた企業ということもあって指摘しない。もっとも、学園内の操縦者で整備知識を持って本格的なことをするのは簪ぐらいなもので、世界中でも国がバックに付いているからか、あまり自分から整備をすることはない。後者の方はプロがいるから、というのが主な理由であり、よっぽどなことがない限りそのような機会がないのである。
しばらくして戻ってきた一夏に、簪は右手の人差し指で挑発した。
「この―――」
一夏はすぐさま瞬時加速で仕掛ける。簪は下から水柱で攻撃するとまた一夏の後ろに回った。
「見切った!」
一夏は《雪片弐型》を持ってきて横に薙ぎ払われる《銀氷》を受けようとするが、至近距離から荷電粒子砲を撃たれて吹き飛ばされた。
さらに簪は水柱をその場で回転させ、疑似的な竜巻を作り出して一夏に接近させる。
「当たるかぁあああ!!」
「ターゲット、マルチロック―――ファイア」
ミサイルが発射される。水の竜巻を避けようとしていた一夏は挟み撃ちにされる。
「! だったら―――」
一夏は竜巻に飛び込んだ。
それに驚く簪だが、すぐに竜巻を消してミサイルを通した。
「そんな?!」
それが、能力者が通常とは違うところである。
大抵の二次元はこうしたあり得ない現象を容易に起こすことはできない。ある一定の制約があり、ある程度の制限は設けられているのが大概だ。出したものは容易に消せるはずがないのである。
だが悠夜や簪はそれを容易にすることができる。
「反応速度が上昇していることは認めてあげる。でも―――私が求めるレベルになるのはまだまだ」
言葉の途中で爆発が起こり、一夏が地面に墜落しても気にせず話し続ける簪。周りから「能力を使うのは卑怯だ」や「この化け物め!」などという罵声が飛んでいるが、慣れているのか、気にしていないのか、簪は気にせずにその場に着地した。
「いっつつつ………でもやっぱり能力の使用は厳しいだろ~」
「そう? 悠夜さんは50%ぐらいの力を出せばIS学園なんて跡形もなく消し飛ばせるけど」
さりげなく爆弾発言した簪はそのまま一夏がさっき使っていたピットとは別の方へと向かう。
「あ、かん―――」
―――バンッ!!
砲弾が一夏の真横を通り過ぎ、地面を抉って停止した。
簪は睨むように一夏を見て、一言。
「名前で呼ぶな」
「………はい」
あまり勧められないことだが、簪は気にせずピットへと向かう。そしてオープンチャネルで一夏に伝えた。
「今日の練習はもう時間がないからここまで。明日も取ってるから、それまでにキッチリ専用機の整備をしておくこと。そろそろしておかないと、試合当日に故障するわよ」
「……おう。でも俺、ISの整備の仕方って知らないんだよな。か…じゃなくて、更識さん、よかったら教えて―――」
「自分で調べて」
そう言って簪はさっさとその場から去る。周りからはまだブーイングが続くが、彼女は一切表情に出さなかった。
その足で整備室に向かう。たまたま一つだけ空いている場所を見つけたので〈荒鋼〉を展開し作業を始めた。
■■■
おそらく俺は、こんなに目を回した楯無を見たことがないかもしれない。
無防備で、襲ってくださいと言う体制で寝ている楯無を眺めながらそう思っているが、さっきからISスーツで横たわっているから、目のやり場に困る。……このまま襲える人間はある意味尊敬できるが、その時は全力で阻止させてもらおう。
(……とりあえず、タオルでも持って来よう)
そう思って洗面所の方に向かおうとすると、つんのめって危うくバランスを崩しそうになった。
後ろを振り向くと、楯無が上から着ている制服を掴んでいる。表情からは幼さを感じさせ、何故か目が潤んでいた。
「……行かないで」
「すぐ戻る」
「いや」
俺はすぐさま楯無の額に手を当てる。もしかしたら熱が出ているかもしれないが、どうやらその様子はない。
これはもしかしたら、精神に異常をきたすタイプのものかもしれない。そう思った俺は真剣に今後の練習の中止を検討していると、楯無はやがて寝息を立てはじめた。
(……何だったんだ、今の)
楯無を寝かせた俺は、ISスーツの上から彼女が何着か持ち込んでいるバスローブを出して袖を通す。脳内に「介護」と思っていなければ、襲ってしまいそうで気が気でない。
なんとか着替え終わらせ、冷水が入った桶とタオルを持って来た俺は一度タオルを浸して水を吸い込ませ、きつく絞って額に乗せる。……何だろう。凄い既視感を感じる。
考えてみれば奇妙なことだ。さっきの弱々しい楯無を見た時も既視感があった。おそらく、もう少しで抱き着いていただろう。父性本能? まさか同い年に? いやいや、それはない。
そんなことを思っていると、楯無は俺の手を掴んだ来た。
(……こいつ、実は起きているとかじゃないよな?)
いや、それはないだろう。さっきから寝息が聞こえてくるし……暗部だとそれぐらいの工作はできそうだとは思うけど。
(……試してみるか)
俺はそっと、楯無の顔に近付ける。決してキスをするわけではない。あくまで、起きているかどうかのテストだ。他意はない。
(………起きているなら、そろそろ殴るなりしてくるはず)
今していることが乙女の尊厳を失わせるようなことだと十二分に理解しているからそんなことを思える。
そう。あくまでテストだ―――と心に言い訳していると、
「―――何をしているの、悠夜さん」
勢いよく後ろを振り向くと、簪が戻ってきていた。
―――しまった。これはマズい
理由はどうあれ、今の光景は楯無が寝ている隙を見計らって無理やり唇を奪おうとしていた風にしか見えない。
言い訳を信じてもらえるかどうか考えていると、簪は慣れた手つきで俺の服を出して渡した。
「ともかく、先に風呂に入ってきて」
「……ああ、うん」
そうだ。今は風呂で入ってきて、そこでじっくり言い訳を考えよう。幸い、俺には温度操作すら簡単にこなせるほどの能力を持っているんだ。長時間入ることなんて余裕である。
そして体をキレイにして、言い訳を考えて外に出ると、
「随分。遅かったね」
「ちょっとな………」
俺は思わず頭を抱えた。
何故なら俺が風呂に入っている間、簪は楯無に猿轡を噛ませて亀甲縛りをしていたからである。ご丁寧に、首輪と、リードすら付けられていた。
「こっちも準備、できた」
「これはこれで別の意味で誤解を招くから!」
簪は風呂に入りに行った。もちろん、楯無はそのままである。
(え? これを外すの?)
些細な好奇心から、まさか思いっきり犯罪なことをすることにはなるとは思わなかった。
何とかロープを切って解放し、猿轡も取って証拠隠滅して勉強していると、出てきた簪はそれを見てため息を吐いた。
「………ヘタレ」
「仕方ないんだ。一歩間違えれば犯罪なんだし……」
それに、暗部の当主様と同居しているだけで問題なのに、襲ったら間違いなく大変な目に遭うことは確実だ。
いや、たぶん世界破壊できるから、暗部とはいえこっちから攻めたら勝機はあるかもしれないけどさ。………って、間違えた。
「………あれ?」
唐突の声に、俺と簪は一斉に振り向く。
楯無が眠たそうな顔をして上体だけを上げており、こっちを見ている。
そして俺から少し視線をずらして簪の方を見ると、楯無は顔を赤くし、簪を指さしながら言った。
「ちょっ、簪ちゃん……服……服は?!」
え? ちょっと待って? それってどういうこと?!
振り向いたら間違いなく何かが飛んでくる予感がした俺は、なんとか耐えきる。
「これが普通だけど?」
「もう10月だから! 服着なさい!」
「でも、この後に悠夜さんと色々するし………お姉ちゃんも、する?」
「しないわよ!!」
それよりも早く何かを着てほしい。それが俺と、楯無の心からの願いだろう。
考えてみれば、簪があそこまで積極的になったのは織斑と組んだことが原因かもしれない。
それによって何らかのストレスが簪に生じ、キス以外にも求めるようになった。いや、原因は……
「……これか」
ふと、目が覚めた俺が外に出ると、大量の手紙が部屋の前に置かれていた。
俺はそれを一つ取り、中を開けると簪宛ての罵倒が書かれていた。「メスブタ」だの「援交女」だの、性関係のものばかりである。まったく。こんなことをして飽きないのかと聞きたくなる。おそらく、織斑に対しても「実はそう言う目で見ているのではないか」とか、あらぬ噂を立てられているのだろう。
(……全部処分しておくか)
中から袋を持ってきて、俺はそれをすべて袋に入れて然るべき処理をさせてもらった。
そんなこんなで数日が経ち、とうとう「専用機持ちタッグトーナメント」を迎えた。
参加しない生徒にとっては、今日という日は物凄くつまらない内容だろう。織斑が好きな奴にとっても、そうでもない奴にとっても、おそらくつまらなくなるだろうな。
「……っていうか、実際こうして並ぶ必要なんてないだろ」
「私もそう思います」
隣にいるラウラが小さくそう答える。周りから厳しい視線を浴びせられるが、気になるほどではなかった。
だが絶対、こうして全学年が並ぶ必要はないだろうよ。
「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます」
虚さんの言葉で、用意された壇上に登る楯無。実のところ、俺の中で「更識楯無が二人いる可能性がある」と思っている。簪に振り回される方と、生徒の前に立っていかにも生徒会長としての品格を持ち合わせている方だ。第三アリーナの真ん中あたりでそんな馬鹿なことを考えていると、楯無から挨拶が始まった。
「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒のみなさんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」
ただし、俺と言う例外は除く。飛行形態に変形するとかどう考えても他のISにない機能だからだ。というか、これ以上出てたまるか。
「まぁ、それはそれとして!」
青色の扇子を開くと、そこには「博徒」と言う文字が書かれていた。
「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて「優勝ペア予想応援・食券争奪戦!」
って待てやこら。あの馬鹿、そんな下らない企画なんか考えていたのか。
「って、それ賭けじゃないですか!」
律儀に突っ込む織斑。あいつは知らないのだろうか、学園別トーナメントでも賭けは行われていたんだが。
「織斑君、安心しなさい。根回しはすでに終わっているから」
確かに教師陣は誰も反対しない。織斑先生は頭痛を患っているのか頭を痛そうに抱えているし、山田先生は苦笑いをしている。
「それに賭けじゃありません。あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示すだけです。そして見事、優勝ペアを当てたら食券が配当され、しばらくは豪華な食事にありつけるのよ」
「そ、それを賭けって言うんですよ!」
「異議あり! どうせなら賞品も用意しろ!」
俺がそう言うと楯無から即座に却下された。何故だ。
「では、対戦表を発表します!」
対戦表が表示される。俺の一回戦の相手は……鈴音、フォルテ・サファイアの「ツインキャッツ」が相手か。ちなみにタッグにはそれぞれチーム名が書かれている。オルコット、ジアンのペアは「アサルトシューターズ」、そして今回、シード扱いになっているケイシー先輩、篠ノ之のペアは「フレイムソード」、簪と織斑は「コメットバスターズ」、俺と楯無のチームは「アクアグラビティ」。本当は「ダブルシャドウ」とか、「ディスルシファー」とかの方が良かったんだが、総じて楯無に却下された。ちなみに「ツインキャッツ」に勝てば「フレイムソード」なので、先輩に注意すればなんてことのない相手だ。
解散され、第一試合の俺たちはすぐに準備をしないといけない。
「悠夜!」
後ろから声を駆けられたと思ったら、そのまま抱き着かれた。
「鈴音か。試合前だと言うのに随分と余裕だな」
「正直不安しかないわ」
素直だな、おい。
少し引いていると、ため息を吐きながら鈴音は言う。
「だってアンタと戦うのよ。箒や他の学年の人間はアンタをどういう風に見ているか知らないけど、夏のアレでアンタの実力はしっかりと認識しているつもりよ」
「だったら、さっさと棄権でもなんでもするんだな」
「それは嫌よ」
即座に否定すると、すぐに彼女は言い始めた。
「でもさ、先輩と練習しているとふと思い出したのよ。嫌々だけどなんとか抗おうと戦うアンタをさ」
「………できるならすぐに忘れたい気分なんだが」
「そんなこと言ってさ」
だが正直、訓練機時代のことは忘れたい気分だ。何を思ってあんなに頑張ったんだろう。
疑問を内心漏らしていると、鈴音は小さく言った。
「あの時のアンタって、実は今のアタシには活力になってんのよね。機体だけでアンタが上に行っちゃったってのは前は思ってたけどさ。7月のアレで正直評価は変わったわ」
「……いや、でもあれってバックパックあってこそだからな」
そうじゃなければ、軍用とはまともに戦えないだろ。
「でも凄いわよ。武装がどういうものかをすぐに理解して、活用して、容赦なく攻め立て、戦えるなんて。あの後、アタシたちも戦ったけど、足元にも及ばなかった」
まぁ、俺は一人での方が戦い慣れているからな。SRsでも何度かそういうイベントはあるし、珍しいことじゃない。
「だから約束してほしいの。いくらアタシたちが弱くても、手加減せずに全力を出すって……」
「なんだ、そんなことか………」
言われるまでもない。俺は最初からそのつもりだ。
「当たり前だ。もっとも、俺は鈴音だけじゃなく、簪以外は眼中にないから精々楽しませてくれ」
敢えて挑発を返すと、わかっていたのか鈴音は好戦的な笑顔を浮かべる。
「言ってくれるじゃない」
「事実だしな。まぁ、精々頑張ってくれや」
敢えて挑発して戦闘意欲を高めてやる。
「……だったら、倒す気で相手してやるわ!」
「最初からそうしろ、チッパイ」
そう言ってさらに高めておく。狙い通り鈴音から黒いオーラが出てきた。
(さて、俺もウォーミングアップをするか)
そのためにまずは所定の場所へと移動だ。
すると肩を叩かれてそっちを向く。
「ねぇねぇ、ちょっといいかしら?」
黛薫子だ。新聞部が一体何の用だと言うのか。
「何だ? これからウォーミングアップをするつもりなんだが」
「それはともかく、コメント欲しいのよ。ほら、眼鏡取って! ポーズも―――」
言われた通り眼鏡を取るが、前髪で顔が隠れる。
「髪の毛は切れないかしら?」
「無茶言うな」
これから戦いだというのに。
「もう、写真はいいからコメントだけでも!」
「誰だろうと負ける気はない。精々無様な姿を晒さないように気を付けるんだな、雑魚共」
「わぉ! 言ってくれるじゃない! で、狙うは優勝?」
「当たり前だ。むしろ、この中で優勝できるのは織斑が足を引っ張らない限り俺のところか簪のところぐらいだろう。メタルシリーズのスペックは各国の第三世代機を、操縦者込で言えば〈紅椿〉すらも凌駕しているのだからな」
「正直、ここまで言ってくれるなんて思わなかったわ。じゃあね!」
どこかに消えた黛を放置して、そのままアリーナのピットに向かった。
さて、これで前夜祭は終了です。いや、意味が違うような……?