……気が付けば執筆している。アイディアが思い浮かぶ。これはまさしく何らかの依存症である。
朝一でペガスに乗って戻ってきた俺は、ラウラを手をつないで登校している。
だが俺は正直、休みたくなった。
(………何であんなことをしたんだろ、俺)
あの後、俺はとんでもないことをしていた。
今でもはっきりと覚えている。ラウラとキスした後、首やら鎖骨やらにひたすら甘噛みをした。さらにそれを羨ましそうに見ていた幸那にも同じようなことをしたのである。理性吹き飛びすぎだろ。まだ相手は中学生だぞ、おい。
ちなみにラウラはさっきから嬉しそうに俺と手をつないでいる。さっきから腕を大げさに振っているくらいだ。
「桂木君、ボーデヴィッヒさん、おはよう」
振り向くと、そこには一組の実質的なクラス委員長の鷹月静寐がいた。彼女は使えない織斑の代わりに本当によくやってくれていると思う。はーれ……もとい、俺の集団外でもそれなりに仲良くしているであろう女生徒の一人だ。
「おはよう」
「おはよ。何か浮かない顔をしているみたいだが、発情した篠ノ之に襲われた?「私の唯一の長所であり、短所でもあるこの乳房に触れてもいいぞ」的なことを言って」
「それはないよ……いくら篠ノ之さんが恋を患っているからって……」
「でもあながち間違いでもないだろ。唯一の長所にして短所……って響きがなんか中二病っぽい」
相変わらずの自分の中二病さに惚れ惚れする。なんて思っていると、鷹月が何か言いにくそうにしていた。
「本当に何もないのか?」
「……まぁ、実はあるんだけど……その、織斑君のことで―――」
「…………鷹月、悪いことは言わない。俺たち男性IS操縦者なんかに惚れたってろくなことにならないからな」
割と本気で言っておく。自分で言うのもなんだが、俺はもうかなりの人数をダメにしているからな。
織斑の馬鹿は本気で理解していないようだが、実際の所、かなりの後ろ盾がない限りまともな恋愛なんてできるわけがない。
「それ、聞かれたらマズいんじゃないの?」
「大丈夫、大丈夫。いざって時は本気出すから。精神年齢14歳は伊達じゃない」
「それはまた微妙な数字ね」
とりあえず、わけがわからないらしいラウラは放っておいて話を続けようとするが、下足室のところまで来たので、先に教室に向かう。荷物を置いてから行こうとしたが、先に着いたと言う理由からか、鷹月の方からこちらに来てくれた。
「その、さっきのことなんだけど………四組の更識さんが、昨日他のクラスの人と揉めたって知ってる?」
「………馬鹿かそいつら。簪が本気を出したら生身でも返り討ちにあうぞ」
ましてや今の簪は楯無よりも能力者としての質は上だ。そんな奴を相手にどうするというのだろうか。
「うん。実際更識さんがもらったのって一発だけらしいよ」
「ともかくそいつらが今すぐすることは、姉から報復がないか警戒することだな………まぁ、流石にないだろうが」
ちなみにラウラはさっきから夢見心地でどこかを見ている。その様子に気付いたのか、鷹月は聞いてきた。
「あの、昨日って何かあったの?」
「………認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを」
「……はい?」
正直、これ以上は思い出したくないぐらいだ。
すると鷹月は俺に耳打ちをしてくる。
「とうとうしちゃった?」
「………辛うじて、辛うじて一線は超えてない」
「しちゃったんだ」
何で俺は年下の女に微笑ましそうな顔をされるのだろうか?
じ、実際していないからな。ちょっと行き過ぎたスキンシップをしただけなんだからな!
「んで、一体何の話だ?」
「あ、うん。それで更識さんにある女の子が物凄く怒ってて……」
「篠ノ之か」
そういえば、確か篠ノ之と鷹月は同じ部屋なんだっけ。可哀想に。寄らば斬る。寄らなくても斬る歩く辻切り女と同居を強いられるとは、つくづく運がない奴だ。
「どうしてわかったの?」
「……まぁ、本音から色々聞いてるし……ああ見えて色々情報を持ってるからな」
そう言うと納得したらしい鷹月。なので俺は話を続けた。
「それで、篠ノ之をどうにかしろって言いたいのか?」
「というか、酷くなった時の仲裁? 戦闘になると流石に私じゃどうにもならないし……」
「めんどい……って言いたいけど、鷹月にはいつも世話になっているからな。この心優しきお兄さんが一肌脱いでやろう。ま、最近篠ノ之も丸くなっていると思うし、そんなことは起こらないだろうけど……」
そう付け足して話を終了すると、遅刻ギリギリになった時間に本音が入ってきて俺たちを見た瞬間、頬を膨らませていた。
―――丸くなった……と思っていた
放課後になり、織斑先生と山田先生がいなくなった。予約が取れた第三アリーナに向かおうと思って席を立つと、少し先に終わったらしい簪が教室のドアを開けてロープを投げて織斑を問答無用で回収した。鮮やかな手腕に俺は思わず拍手したが、その行動に待ったをかける者が現れた。
「待て!」
「お待ちなさい!」
篠ノ之とオルコットまでも席を立ちあがる。
「……何? 時間が惜しいから早くしてほしい」
明らかに鬱陶しそうに対応する簪。昨日のこともあったからだろう。
「一夏は疲れている。今日も休ませるべきだ!」
「そうですわ! あなたは一夏さんを過労死させたいんですの!?」
にしても意外だな。ジアンは何故か苦笑いはすれど止めようとしない。織斑を思うことに飽きたのだろうか?
「………だったらありがたい」
「何!?」
「何ですって?!」
篠ノ之にオルコット、そして織斑も驚いて簪の方を見る。当然、一組の生徒のほとんどが信じられないと言わないばかりに簪に注目した。
「今の織斑君ははっきり言って使い物にならない。戦闘員としても盾としても話にならないレベル。だから、彼に休む必要なんてない。それに昨日は休日なのだから十分に休めたはず」
「一夏は昨日、雑誌の取材に―――」
「それがどうしたの?」
「頭、大丈夫?」と言わんばかりの発言に簪は発言する。一切の迷いはない。
「私たちには時間がないの。それにこんなのと組まされている私の身にもなってほしい。せめて上級生の二人のどちらかとなりたかった」
その言葉に織斑が何かを言う前に、篠ノ之とオルコットが切れ始めた。
俺は席を立ちあがり、今にも暴れそうな状態の二人と簪の間に割って入る。
「はいはい、ストップストップ。とりあえず落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!!」
「そうですわ! 撤回を要求します!」
「考えてみろよ。今度の大会は実戦形式で、しかも能力アリで俺とガチで戦える数少ない場なんだ。それなのにもう一人が邪魔で、織斑に露払いをしてもらう必要がある、だが相手が楯無である以上、のらりくらりとかわされて終わるだけで、どうにかまともに戦えるようにと鍛えているんだろ」
「―――ああ、言うの忘れていたが、当日は能力の使用は禁止だ」
突然現れた織斑先生。誰かが呼びに行ったのだろうか、そんなことすらどうでもよくなる爆弾発言をした。
「うぉおおおおおい!! そいつはどういう冗談だぁあああああ!!」
思わず某暗殺部隊のロンゲ隊長みたいに叫んでしまう。
「冗談ではない。能力の使用は一切禁止だ」
「確か今度のタッグマッチは実戦を想定してのトーナメントだよなぁ!? だったら何で能力の使用が禁止なんだ! ルシフェリオンを使用したら試合どころかIS学園消滅するから我慢してやるが、実戦想定なら能力の使用は許可するべきだろうがぁああああ!!」
「それではつまらないからだそうだ。それに貴様はあの時のことを忘れたのか?」
「……あのこと?」
真剣に頭を捻っていると、織斑先生はため息を吐いて言った。
「学園祭のことだ。あれでどれだけのVIPが犠牲になったと思う」
「せんせー、生きているので厳密は犠牲にはなっていないと思いますが」
「………ふざけているのか?」
結構真剣に言うと、かなり真面目に怒られた。まさしく理不尽である。
「冷静に考えてみてくださいよ、今の敵は第三世代型をぶつけたところでどうにもならないほどのスペックを持っているんですよ? 本当に実戦を想定するなら、市街地を含めてありとあらゆるシミュレートをするべきでしょう!!」
「………そのことに関して日本から正式に苦情があったがな。ISを使っているなら未然に防げと。それにその後のことも一切聞いていないのだが?」
「ああいう魚釣りは織斑みたいな中ボス前の少し強い程度のモブ……もとい、クソマズい前菜程度の餌がちょうどいいんですよ」
織斑から何か抗議されるだろうと思ったが、簪が問答無用で引っかかる織斑を持って行こうとしているので、それどころではなかったようだ。
「おい待て!」
「待ちなさいな! 織斑先生、更識さんを止めないんですの!?」
「……許可してしまったからな」
どこか遠い目をする織斑先生。というかさりげなく流されているが、能力のことを説明してもらいたいんだが!?
「だ、だからってあんな……最悪死んでしまいますよ!」
「「ISには保護機能があるから、大丈夫」だそうだ。違うと思うなら、世界の認識を変えろとも言われた」
まぁ、実際世界の認識を変えることって難しいよな。白夜事件の時みたいに、命の危機に瀕するようなことでもしないと。……いくらブリュンヒルデ一人がどう言おうと、女尊男卑が根付いてしまった今、そう簡単にできやしないだろう。
もっと言えば、IS学園の中で最高戦力の一人としても認識されているであろう簪に鍛えられれば少しは強くなってくれるのではないかという期待もあるかもしれない。
「って言うか、能力をどうしてスルーされているんですか!? 使えるようにしてくださいよ! 二年と三年の専用機持ちは全員似たようなものじゃないですか!」
「ともかく禁止だ。当日は絶対に使うなよ。……処理が面倒だ」
「ひでぇ!? そんな理由で禁止とか酷すぎる!!」
後から菊代さんが空いている時間に訪問して許可するようにお願いしたが、「勝負にならないから禁止」と言われた。ちょっと嬉しいと思う反面、全力を出せないことに悲しくなった。
気を取り直してアリーナの方に向かうと、既に楯無が準備していたので俺も〈黒鋼〉を展開して合流する。
「遅いわよ」
「悪いな。能力が使えないことに抗議してた」
「当たり前だ」と言わんばかりの顔をする楯無だが、ちょっとぐらい期待しても良いと思う。
「ともかく、ちゃんと許可をもらってきた?」
「一応はな。でも仕事は大丈夫なのか? 使いすぎると眠くなるって話だし」
自然と使っていたら、尚更らしい。さらに言えば、殴られた時も俺は密かに能力を使っていた、というよりか能力が勝手に発動していたようだ。あの時はやっぱり殺されてもおかしくない攻撃をされていたのかもしれないな。
「大丈夫よ。急造って言っても会場のセッティングとか学園部隊との打ち合わせとかだけだし、それに今日はこれといってすぐするものとかないし」
「ならいいけど……」
少し不安になりつつ、とりあえず楯無に力の使い方を指導することにした……とはいえ、本当に力を使っているかわからないが。
「まず最初は、水を展開することからだ。って言っても楯無には簡単なことかもしれないが……」
「わかったわ。じゃあこれ、持ってて」
「?」
差し出された扇子を受け取ると、楯無は胸の前に両手を持ってきて、そこから意識を集中し始める。
だがいつまで経っても水が現れることはない。
「………ダメ、できないわ」
「イメージが悪いんじゃないのか?」
「でも、一応想像してはいるわよ。実演してくれないかしら?」
言われて俺は楯無の扇子から周りを少し空け、その周囲に水を展開する。
四方から展開して扇子を水に付けないように周囲を囲う。とはいえ、この術は意外と神経を使う上級編だ。……戦闘中は流石に意識していないが。
「……そうだ」
あることを思い出した俺は、手のひらの中央に収まるぐらいの青い小石に両サイドにひもが付いた物を二つ精製する。
「両手を出して」
「ええ」
一つずつ、それを彼女の手に付けてやる。
「……これは?」
「〈ミステリアス・レイディ〉のアクア・クリスタルを模した石だ。普段から行っていることの応用だと思ってやってみろ」
すると、予想通り楯無はすぐに両手の間で球体を作ることをマスターした。
「こんな、あっさりできるものなのね」
「まぁ、将来的にはその石がなくてもできるようになってもらえると嬉しいけどな」
「………ホント、なんであなたや簪ちゃんは普通にできるのかしら?」
「簪は知らないが、伊達にルシフェリオンを作ったわけではないとだけ言っておこう」
まぁ、簪も想像力が高いのが理由なんだろうが。
実際、想像力が高いとなんでもできるという感じはある。戦闘中はほとんど無意識でしているが、それでも大技を使う時は少なからず何らかの想像はしている。
「でも、私の場合は水のみなのよね……正直、たくさん使えるあなたが羨ましいわ」
「………いや、水にも使い方には色々あるだろ。水分身とか、水蛇とか、水を凝縮して撃ちだしたり、水だけでも色々できる」
「……でも、制御は難しいでしょ?」
「……やってみようか」
周囲に水を展開して、人型を形成。俺と同じサイズの水人形が現れるが、水だけだと制御が難しく形が崩壊してく。今度はそれに重力を加えてやると、同タイプの人形を作ることに成功した。
「……水だけだと難しいな。特に複合に慣れてしまっているとそっちに傾くから、単体での制御は難しすぎる」
水だと親戚……というわけではないが、どうしてもスライムを思い出してしまう。あれなら軽い操作だからすぐに動かせることができるだろう。
とはいえ、流石に石なしでそんなことをさせる気にはならないので、今は石なしで万能に戦えるようになってもらうのが先決だろう。
「ともかく、今は水の球体を精製することをマスターしろ。それから、それを外してマスターしろ」
「わかった」
そう言って早速取り掛かる楯無。俺も小技を練習するために周囲に電気を帯びた球体を展開して、そこから一直線に攻撃させる。
たったこれだけの動作でも、意外と神経を使うものだ。某白黒魔女の大技を参考にした「ダークスパーク」も、《ディス・サイズ》に風を纏わせた暴風「サイズハリケーン」も咄嗟に思い付いたものとはいえ、よくあれだけの威力を出せたものだ。自分でやっておいてなんだが、正直驚きを隠せないでいる。ちなみにどちらがえげつない技かというと、後者である。「ダークスパーク」は装備によれば電撃を食らうだけで済むし、人によってはそれで耐えれるが、「サイズハリケーン」は触れている間は常に削る。
「……ところで悠夜君」
「何?」
手に電気を帯びさせ、それを伸ばそうと躍起になっていると後ろで楯無が声をかけてくる。
「最近、簪ちゃんが変わった気がしない?」
「……まぁ、変わったな」
まぁ、最初に会った頃はまだ大人しかったからな。でもこの前のアレは本気で怖かった。今でも少し震えている。というかむしろ、嬉々として自分の居場所を取り戻したって感じがするな。
「……それがどうしたんだ。姉としては喜ぶべきなんじゃないか?」
引きこもり……とはさすがに思わないが、それでも少しは喜んでもいいだろう。
「本当ならね。でも、どうしても怖いと思ってしまうのよ」
「もしかして、それが力を求めた理由か」
「そうよ。……もしかしたら、いざって時には必要かもしれないし」
それを聞いて、俺はすかさず楯無の頭にチョップを入れた。
「……何するのよ」
「過保護すぎるんだよ。いくら簪でも、流石にそこまで酷いことはしない。それに、俺を殺せる人間は早々いないさ。まぁ、もし仮に簪が暴走したなら、その時は俺が止めて剥いてやるよ」
「……悠夜君」
我ながらなんてことを言っただろうか。まぁいい。ナチュラルに混ぜたから早々気付きやしな―――
「って、剥いてやるってどういう意味よ!!」
そう言って楯無が俺にナイフ―――いや、《蒼流旋》をぶん投げてきた。
それを軽くいなして彼方に飛ばす。……俺じゃなければ即死だったぞ、おい。
「……そういえば、悠夜君は早々死なないのよね?」
すると何を思ったのか、楯無は水を操作して俺の方を飛ばす。
余談だが、この時の彼女はあの時の簪に似ていた。
次回、もしかしたら大会開始。
期待せずにお待ちください。