夜。悠夜たちが反省会を開いて三人が朱音に怒られている頃、弾は母の蓮と祖父の厳に時間を作ってもらっていた。
これまで調べたこと、そして以前行ったIS学園で知った情報を(と言っても大半が口止めされたので差し支えないところをとある爆乳に聞いてまとめたのだが)教えた。
内容は簡単なもので、今、IS学園に入学させるのは問題だということ。(あくまでも弾の予想だが)一夏か悠夜のどちらかが狙われていて、入学したら巻き添えを食らう可能性があること。
二人はそれを聞いていたが、厳が鼻で笑って一蹴した。
「そんなこと、あるわけないだろ」
「……そうよ。IS学園はそう言った施設も充実しているんでしょ? だったら尚更入学するべきじゃない?」
「……………」
だが弾は肯定しなかった。
弾はあの時、(弾の認識では)手違いでVIP用のシェルターに避難していたのだが、天井に火花が走ったと思ったら瓦礫が降ってきたのである。
そのことで恐怖した各国の要人たちは女二人を人質に取り、説得を試みようとした。もちろん、弾だってただ黙って見ていたわけではない。それを止めようとしたが、虚に止められた。
―――大丈夫です。私たちが死ぬことはありませんので
彼女の宣言通り、二人が死ぬことはなかった。
むしろ止めようとしていた重役たちが精神崩壊を起こすなどの状況になったのだ。
そんな力を持つ悠夜が、まだ2年を通うIS学園に蘭を入れたら無事ですまないのは弾には予想できた。
―――だからこそ、IS学園に入れさせないべきだ
そう思った弾は今回ばかりは本気で阻止しようと考えていた。それでなくても恋愛感情であんなところに行こうとすること自体気に入らないのだ。弾はますますやる気を出して今回の話に臨んだが、どうにも二人の顔色は悪い。
「ともかく、絶対蘭はIS学園に入学させてはダメだ」
「それは蘭自身が決めることだ」
「だから、あんた等がそれを説得しろって言ってんだよ!」
内心、弾は「こんなことをしても無駄だ」と思っていた。
どれだけ調べようが、この二人は蘭を入れるかもしれない。厳は元々蘭に甘く、蓮は半分放任に近いからだ。
二人は元々、蘭のIS学園入学を認めていた。その理由も特に蓮は認めており、厳も「蘭がそう言うなら」と許可をしている。
それが今更、「IS学園に危険人物がいる」という理由で入学させないという選択肢はなかった。
二人とも、少しは考えているがそれでも楽観しているのだろう。「IS学園に織斑姉弟がいる」ということで。
というのも現在、IS関連のニュースは織斑一夏のことで持ち切りで、この前のIS学園で起こった事故を収束させたのは織斑一夏ということになっているのだ。当の一夏は途中で気絶させられていたというのにだ。だからこそ二人は安心しているし、友人の妹で接点がある蘭なら安全を確保されるだろうと思いきっている。
「大丈夫、と思うわよ。それにIS学園には一夏君だっているし―――」
「………」
それを聞いた弾は黙り込んだ。
弾は今回の顛末―――特に最後はすべて知っている。だが機密事項として漏らすことができないようになっていて、今も黙りこむことしかできないのだ。
………いや、一つだけあった。
「………そうかい。だったら―――」
「―――おにい!!」
五反田食堂の入り口の引き戸が開かれた。
そこには妹の蘭がおり、怒りを露わにしている。
「蘭。何をやっとる。さっさと寝んか」
「そんなことよりもお兄! IS学園の入場チケットがあるってどうして教えてくれなかったのよ!!」
厳の言葉を「そんなこと」と片付けつつ、蘭が抗議する。それを聞いてぶち切れたのか、弾は机を叩いた。
「おい弾! テメェ―――」
「もういいわかった。こんな家なんか出て行ってやらぁ!!」
急にそう叫んだ弾に驚きを露わにする三人。蓮は慌ててすぐに止めた。
「弾、あなた何を考えてるの!? いくらなんでも出て行くって、それに学校とか―――」
「知るか! 学校も何も止めてやるよ! というかこの家にこれ以上借りなんて作ってたまるか!」
そう言って蘭を突き飛ばして弾は店を出て行き、一度部屋に戻って荷物をある程度入れて出て行った。
途中、何度も蓮に引き留められたがそれも突き放し、それを見た厳が弾を殴ろうとしたが、とある人物が残していた技を利用してそれを回避した。
だがまだ彼らは知らなかった。弾が家を出て行ったと聞き、蘭のIS学園に行こうとする人間が真に雷を落とす人物がいるのを。
■■■
轡木ラボで何かをした場合、俺はほとんどの確率で朱音ちゃんの部屋で寝泊まりする。そして大体、朱音ちゃんを抱えて寝るが、決してやましいことをしているわけではない。はっきり言おう。どれだけ彼女が魅力的だろうが、それでも俺はやってない。
そもそも相手は今年15歳の中学生だ。噂ではどこかの工学系大学に飛び級して卒業したという噂を聞くが、それでも体はできていないのだから無理してやる必要はない。というか我慢するのが当たり前だと思う。現に俺も父性本能はあれど本気でどうこうしようという気はさらさらない。正直ペット的な意識でしか見ていないのだ。まぁ、その気持ちが十蔵さんにばれたら消される可能性があるけどな。あの人が覚醒したら、某高校の用務員並に恐ろしいことになると思われる。そうだなぁ、孫のように可愛がっていた鯉を食わされた時の反応……その10倍は超えることだろう。
なんて、そんなことあるわけがない……と思いたいがあの人のことだ。10前後は超えてきそうだな。
(………朝か)
隣で寝ている朱音ちゃんを起こそうと手を伸ばそうとした俺は思わず固まったがすぐに行動に移す。
とりあえず、まだ暑いので近くにあるを被せておこう。
(……まったく。少しは恥じらいを持ってもらいたいものだ)
朱音ちゃんといい、幸那といい、そしてリゼットといい。どうしてみんなそう脱ぎたがるのか。
(……まぁ、眼福ではあるが……)
考えてみれば2つしか歳が離れていないのだ。十分範囲内である。
すると脳内に彼女らが、もし奥さんだったらというありがちなシーンが過ってしまった。
(………どれだけ結婚願望あるんだよ、俺)
もはや世界征服ぐらいしかまともな生活は約束されていないというのに、少しは自重しろよ。
自分にそう言い聞かせていると、隣で眠る朱音ちゃんが寝返りを打ったせいでタオルケットが落ちて肌色が顕わになった。
今度は寝返りを打っても大丈夫なようにかけて、俺は朝ご飯を作り始める。ここには自炊できる環境があるからこういう時には便利だ。
するとドアがノックされたので朱音ちゃんの代わりに出る。様子を見に来たのか、晴美さんがドアの前で立っていたので中に入れると、タオルケットから鎖骨が見えている朱音ちゃんを見た晴美さんは俺に言った。
「とうとうしたんだね」
「何もしていません」
「いや、隠さなくてもいい。いつかはやると思っていた」
「その認識はどうなんですか」
確かに朱音ちゃんは上半身どころか実際はパンイチなのでそう思われても仕方がないのだが、それでも俺はやってない。
「で、一体どうしたんですか?」
「いや。今日も二人で寝ていると聞いたからこうして様子を見に来たんだ。妊娠したかな、と」
「だから俺は何もしてません!」
失礼? いやいや、あくまで自分は保身主義者ですから。
でも実際、俺は中学生をつまみ食いする趣味はない。今はそんなことが多い世の中だが、それでも嫌がる相手を脱がしてするほど落ちぶれていません。
「ともかく、朝食はパンと目玉焼きでいいですね。サラダとコーンスープもありますけど」
「そうだな。と言っても朱音のことだ。ペア用の皿しかないだろう」
「…………8人分はありますけど?」
明らかに一人暮らしには不必要と思われる皿の枚数を伝えると、晴美さんは小さく「そうか」と答える。
俺は朝食を作り、晴美さんはベッドに座ってテレビを点ける。
10分ぐらいした頃、朱音ちゃんが起き、下着と着替えを持って洗面所に入った。おそらく日課のシャワーを浴びるのだろう。彼女曰く、「この部屋にいると時間を忘れるから」だそうだ。夏休み前までは研究に夢中になると何日を徹夜していたというのに大きな進歩だ。
朝食を作っていると、誰かから連絡があるのかスマホが震えた。後で確認するとしよう。
準備ができたので並べると、晴美さんが「おおっ」と感嘆する。
「これが夢にまで見た、本格的なブレイクファスト」
そう言って席に着き、頂きますと言って食事に手を付ける晴美さん。すると感動したのか、何故か涙を流し始めた。
■■■
―――8時間前
(……やってしまった)
家を出た五反田弾は早速後悔してしまった。
数馬の家に行けば足が付く。だからと言って他に当てがあるわけでもない。悠夜に連絡して家を貸してもらおうと思ったが、協力してもらった結果、勝手に切れて家出なんてしたら笑いもの……はないにしても良い顔はされない。もっと言えば、家も知らないし鍵をすぐに貸してくれる状況ではないのでそうも言ってられないのだ。
「………これからどうしよ」
ため息を吐きながら歩いていると、弾の足に何かがぶつかった。
視線を落とすとそこには女の子が転がっており、弾は彼女の手を取る。
「悪い。大丈夫だったか?」
「ふむ。大したことはないわい。気分で転がっただけじゃからの」
そう言った少女は立ち上がると、弾は固まってしまう。
その少女は可愛かった。
流石に押し倒してすぐに襲うということはしないが、それでもどこか心を動かされる可愛さがあるのだが、弾はつい先日のことを思い出した。
―――ドストライクの女性が男だったことを
「……ごめんな、坊主。ちょっと考え事をしてて………」
「? ワシは女じゃぞ?」
「え………?」
「ははぁ………そういうことじゃな。まぁ、このご時世、女装したら可愛い男子などたくさんおる。此度のことは聞かなかったことにしておいてやる」
ふんぞり返るその少女に「はぁ……」と呟くように言った弾。
未だ自体がわかっていない弾に、少女は言った。
「時に少年、お主は何か抱え事をしているようじゃのう」
「……それはそうなんだが……でもそれは君に話したってどうにかできるってわけじゃないし……」
「そうじゃろうが、だからと言って話さないのは体に毒じゃ。ワシで良ければ話を聞こうぞ」
「………どうぞ」
弾の言葉を聞いた少女は器用に肩車状態になる。
「ほれ、そこを右じゃ」
「……はぁ」
少女の言葉を聞いた弾は何故か従い、そのまま言われた道を進む。
弾は何故か逆らえないことを疑問に感じつつも、「夜道に一人は危険だ」と自分を納得させてとりあえずは送ることにした。
しばらく歩いていると、少女に話しかけられる。
「時に少年。お主は何をそんなに辛そうにしておる。何か悩みがあるなら申してみい」
「…………俺には妹がいるんだけどな。そいつが恋愛感情だけでIS学園に行こうとしているのを止めようとしたんだよ。俺と違って優秀だけどさ、IS学園を受けるなんて無謀だし、仮に受かっても………たぶんすぐに潰れる」
「そんなにISってのは難しいかの?」
「そうじゃないんだ。そうじゃ………ただ、今学園にはとんでもなく強い人がいるんだ」
その言葉に少女は思わず不気味な笑いを浮かべるが、何とか止めた。
「その人はとても強くてさ。信じられないだろうけど、生身でISを動けなくしたり、よくは見えなかったけど凄い相手と戦ってたりしてたんだ。しかも、人質を取った相手にまったく屈せず、それどころか凄い勢いで周囲を壊してさ。でも、正直怖かった。あんな化け物とどうして友人になろうとしていたんだろうって」
「そいつは怖い奴なのか?」
「………普段は違うさ。真剣な話だったら茶化さないで真面目に聞いてくれるし、ちゃんとアドバイスをしてくれる。年上の鑑……っていうか……そんな感じかなぁ。それにどうして前髪や眼鏡で顔を隠していたのかってほど顔をも奇麗だし………何であの人、男なんだろ……」
愚痴っぽくなったことに気付いた弾は慌てて取り繕うとするが、それよりも早くその少女が言った。
「それは恋じゃな」
「……こ、恋!?」
自分がホモになったのか。そう思ってしまった弾だが、すぐにそれを伝えた場合のことを考えた。
(……ニ、三か月の入院……で済めばいいかなぁ……?)
そして何だかんだで少女を家に送った弾。彼の記憶はそこで途切れていた。
目を覚ました時、自分はソファで寝かされていた。
少し肌寒くなってきているからか、見覚えのない毛布が掛けられていることに気付いた彼は、それを剥いで丁寧にたたむと、後ろからコーンスープの匂いがしたのでそっちを向くと、昨日自分が運んだ少女が2リットルはあるであろうペットボトルをがぶ飲みしていた。
そんな少女に向き合う形で知らない女学生がパンを食べている。
「おや、目を覚ましましたか」
「………えぇっと……これは一体……」
「あなたは昨日、そこの馬鹿女を運んできた後に倒れたのですよ。この家の家主でない以上、勝手に他人を上げるのは気が引けましたが、調べたところあなたは織斑一夏のご学友であると同時に桂木悠夜様の知り合いでもある。本人はまだ許可は得ていませんが、彼は元来自身のテリトリーには親しき人間しか入れませんので、勝手ですがあなたを運ばせていただきました。申し訳ございませんがソファで寝かせたのは、深夜というのにも図々しく現れたことによる細やかな反抗と受け取ってください」
「………はぁ……」
カジュアルなカッターシャツにジーンズパンツを履いている男性が丁寧に説明する。外に出せば女が余裕で釣れそうな容姿に流行りの服を着ている男性を見て、その物腰を含めて敗北感が彼を襲った。
「ギル、馬鹿とはなんじゃ、馬鹿とは」
「その格好で酒を買い、あまつさえ見ず知らずの男性に自分を運ばせた酔っ払いが何を言いますか」
言い合いを始める二人を見て茫然とする弾。食べ終わったのか、食器を片付けた大人しそうな少女は弾に近付くと、「おはようございます」と丁寧に挨拶をする。
「お、おはよう……」
そう返した弾だが、その少女はすぐにリビングから出て行った。ジャージ姿だったが、自分の妹とは違う雰囲気を持つ少女に彼は何故か妙に感心した。
「時に少年。お主は格闘技はやっておるか?」
「……いえ」
「じゃあちょうどいい機会じゃ。お主、ここに住み込みで格闘技を習わんか?」
そんな無茶ともとれる提案をした少女に唖然とする弾。
まさかそんなことを言われると思わなかった彼はすぐさま断ろうとしたが、あることに気付く。
(……もしかしてこれはチャンス、なのでは?)
常々、弾は「どうすれば厳を倒せるか」と考えていた。
厳は強い。少なくとも弾にとって敵わない相手である。だがもしその力があれば、説得に使えるかもしれない。
しかし、そこまで考えた弾に初めて躊躇いが生まれた。
(………本当に、そんなことをしていいのか?)
その様子を見ていた少女は言った。
「先に言っておくが、どれだけ着飾ろうとも人が覚えている「武」は攻撃の手段と言ってもおかしくはない。それほどの力を持っているのは確かじゃからな。だからお主も下手に考えず、やるかやらないか、そのどちらかを決めればええ」
「…………じゃあ、教えてくれないか? ……俺、弱いからさ。ヒーロー願望はないけど……あのジジイに一矢報いたい」
その答えを聞いた少女はニマリと笑い、本人にとってはそうではないが、弾にとっては重要なことを言った。
「あ、そうそう。ちなみにワシはこれでも60歳超えておるからのう。ほれ、身分証じゃ」
「え……?」
それを受け取った弾。数秒後、彼の絶叫が家中に響いたという。
次回からはIS学園の方に戻ります。