「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、桂木の三人は飛んで見せろ」
四月も下旬となり、今日も今日とて俺は理不尽な暴力教師こと織斑千冬先生(笑)に扱き使われている。
ちなみに俺が決闘の際に専用機持ちになった織斑や元から専用機持ちのオルコットと一緒に呼ばれたのは、更識から「防衛手段」として日本産の量産型第二世代「打鉄」の渡されたからである。
(本来ならありえないことになっているな)
本来専用機というものは実力者が所有するものであって、特異なことが起こらないとISの個人所有は叶わない。織斑の場合は最初に現れたということで用意されたらしいが、だからと言って俺が持てるかどうかは別らしい。まぁ、織斑みたいに剣一本というだけの奴よりかはマシと言えばマシだな。
「よし、飛べ!」
言われて俺たちは飛翔する。だが経験の差だから、俺と織斑の飛び方は不安定だ。
『何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ』
とは素人に上手く飛べという方が無理な話だ。
ちなみに俺の方に話がないのは、入院していることを考慮してだろう。この日まで何度か変態会長…もとい、更識からは何度か教えてもらうことはあったが、彼女も俺が上手く飛べないことに関して頭を悩ませていた。
できるだけ先行している二人から距離を取りつつもそれほど離れないように飛んでいると、前から会話が聞こえてきた。
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索するほうが建設的でしてよ」
「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体があやふやなんだよ。何で浮いてんだ、これ」
一応、秘策はあるにはあるが、こんなところで使いたくはないってのが本音である。
(っていうか、織斑の場合はイメージしやすいだろう)
織斑の専用機「白式」のスラスターは羽みたいなのがあり、それを羽ばたくようなイメージで飛べばいいと思う。対する打鉄は……鎧武者だからなぁ。シールドがオルコットのブルー・ティアーズみたいな形状だったらまだイメージしやすいんだが。
「説明しても構いませんが、長いですわよ? 半重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」
「わかった。説明はしてくれなくていい」
そしてコレも同意していしまう。絶対に聞き入ってしまい、地面にヘッドスライディングすること間違いないだろう。
気がついたら仲良くなっている二人を見て、織斑に対して特に好意を抱いているであろう篠ノ之を見る。すると彼女は山田先生からインカムをひったくって叫んだ。
『一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!』
いや、無理だから。いくらなんでも自分から降りてくることなんてできないから。
案の定殴られている篠ノ之を見ても同情がわかない。
ちなみに俺たちは今高度200mに位置する場所にいるのだが、それでも鮮明に見えるのはハイパーセンサーのおかげである。望遠機能も付いているからズームするとはっきりくっきりだ。デカイおっぱいを持っているのに本人の性格がそれをダメにしている。
『三人とも、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は10cmだ』
「了解です。では一夏さん、お先に」
どうやらオルコットの視界には俺は入っていないようだ。
オルコットを手本にするため観察していると、もう少しでぶつかるというところで両足を前に出し、脚部装甲に付いているスラスターを噴射させて姿勢を正す。
「上手いものだなぁ」
考えてみれば、彼女はあんな態度を取っていたがエリートなんだ。向こうにしてみればこれくらいのことは造作もないだろう。
誰もいないところを探して先に真下に降りていく。高度90mぐらいのところで体を回転させると同時に全スラスターを噴射させ、目標には満たなかったが、1mぐらいのところでなんとか止まれた。
「目標には届かなかったが、しかし良くやった。より一層励めよ」
「……………………はい」
素直に褒められたからか、鳥肌が止まらない。
何なの? いきなり褒められたとか、正直恐いんだけど。
「うわぁああああああッ!!!」
―――ズドォオオオ―――ンッッ!!!
後ろで声がしたかと思ったら爆発した。
ブリキな感じで後ろを向くと、頭を地面に突っ込んでいる男の姿があった。補足すると、俺のすぐ後ろでだ。
「馬鹿者、誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」
「…………すみません」
動けずに固まっていると、何かがぶつかって倒される。
その犯人こと篠ノ之は謝りもせず織斑が作ったクレーターの中へと入って行った。
「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」
「え? あれで?」って顔をしている織斑を見て疑問を感じた。
「貴様、何か失礼なことを考えているだろう」
図星だったのか、困った顔をする織斑。そのまま殴られればいいと思った。
「大体だな一夏、お前という奴は昔から―――」
「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」
扱いの酷さに泣きそうになってくるが、ここはなんとかこらえる。
そして震える足に渇を入れて立たそうとしたが、どういうことか全然動かなかった。
(あ、あれ………)
何故か足を動かせないという事故が起こる。どうやら先程のことがよほどショックだったらしい。
なんとか立ち上がり、体勢を立て直した俺は静かにそこから移動した。
「かっつん………」
下のほうから何か聞こえてきたが、気にしないようにする。そして全員から少し距離を置いて三角座りをして待機。ISスーツと同じ材質を使われているジャージのおかげで防寒もばっちりである。……少し暑いとは思わない。
「かっつーん!」
背中に衝撃が走る。姿勢を正そうとするが後ろから何とも言えない重圧が襲い掛かかる。というか、普通に重い。
背中に引っ付いているであろうものに対して抓ると、その重みはすぐに落ちる。
後ろを向くと、そこには布仏が抓られたと思われる右手の甲をさすっていた。自業自得だ。
「……謝らないからな」
「別にいいもん」
……やっぱり調子が狂う。
大体、こいつはこんなに俺に近づいてきて、一体何が目的だ? それにいくら俺が低身長の方が
(………あれ?)
ふと、本当に何故か、俺は布仏本音のとある部分を凝視してしまった。
(………デカくね?)
普段は制服が大きいこともあり、胸は目立たなかったが今は違う。パッツンパッツンなISスーツであり、俺のとは違ってジャージも着ていないのだ。
あまりにも違いすぎる印象を持ってしまい、頭の中が混乱してきた。
「桂木、打鉄を展開して武装を展開しろ」
ちょうどいいと思い、俺はすぐに布仏から距離を取って頭の中に覚えた打鉄の形を思い描く。粒子が俺の体を纏い、装甲が完成した。
「まずは近接ブレードからだ」
「……はい」
左肩から右側の腰へと右腕を振るとブレードが形成される。握りが、そして刃が形成されるとため息のように織斑先生の口から感心する声が出た。
「ほう。素人にしては中々早いな。しかし実践にはまだ使えない。これからも精進しろ………おい桂木、何だそのお化けでも見た顔は」
「いえ。暴力、強制、女王の三拍子を揃えている女教師に褒められるなんて、明日や明後日ぐらいに世界が崩壊するんじゃないかと思いまして」
「……………私も人間だ。他人を褒める事だってある」
後ろで弟が「えっ!?」という顔をしているのが印象的だった。
「まぁいい。次は銃系統のものを―――早いな。そしてその嬉しそうな顔を止めろ」
どうやら俺は笑顔で展開していたらしい。銃は形が結構好きだったから頭に叩き込んでいたんだ。おそらく二日目で射撃場に行ったのは形に引かれていたのだろう。
「しかし桂木、弾も込めなければ意味はない。素人のお前にはまだ難しいかもしれないが、銃を使うにはそこまでする必要があることを忘れるな」
「……はい」
まぁ、形だけならば誰だって簡単に展開できる。問題はその後だ。
「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドは片付けておけよ」
打鉄の展開を解除し、軽く両肩を右から順番に回しながらそこから帰ろうとすると、
「なぁ悠夜、グラウンドの整備を手伝ってくれないか?」
「…………は?」
もしかしてこいつ、俺にしたことをきちんと理解していないのか?
「嫌だね。自分がしたことだ。自分でやれ」
「いいじゃん。友達同士だし、それに助け合うってのが普通だろ?」
爽やかな笑顔を俺に向ける織斑。それが物凄くイラッときた。
「ふざけるなよ。それはお前の失敗だ。自分のことぐらい自分でカバーしろ」
そう言って俺は誰にも寄せ付けないように早足でそこから去る。というか篠ノ之とオルコットも先に帰っていたが、こういう時こそ好感度を上げておけと言いたい。
(………やっぱり、女もギャルゲーの一つや二つはするべきかもしれないなぁ)
そうじゃなければ間違いなく人類は滅びるかもしれないというのは、案外ありそうな展開だ。