これを知っているのはごく少数なのだが、用務員館はVIP用のシェルター強度を超えるほど固く、IS学園内で生徒用シェルターの次に固いのである。
それを知っている数少ない人物である陽子は避難場所に用務員館を選んだのは幸那の存在があったからだ。
幸那は現在、女権団の生き残りに命を狙われている。その原因は7月の福音戦のことで戦犯扱いされているのだ。無謀な作戦を立てた人物の一人として。そのため、今ではある程度鍛えているのでそれなりの強さを持っているのだが、場合によってはISが来る可能性がある。普段はギルベルトがISに対抗する手段を持っているため護衛をしているので心配はないが、大人数のシェルターに入った場合、殺される可能性があるのだ。
そのため陽子は敢えてここに来たのだが、そこには思わぬ先客がいた。
「久しいのう、まさかお主がこんなところにいるとは思わなかったぞ、フローラ」
「それはこちらの………いえ、あなたのことですから、孫のことをからかいに来たのでしょう?」
「もちろんじゃ。で、何故ここにフローラがいるのじゃ?」
陽子は近くにいる十蔵に話を振ると、「私にもわかりませんよ」と十蔵は返した。
「未来が見えたのさ」
「……未来?」
「そう。未来が。10世紀に一度、起きるか起きないかと言われるほどの未来がね」
フローラは特殊な人間だ。
彼女の一族で数は少ないが未来を視ることができる人間がたまに現れる。そしてフローラもその一人だった。
「ところで、その子はあの男の子の義理の妹だね。すべてを知るにはまだ幼すぎると思うけど?」
「……とはいえ、流石に一人で外にいるのは―――」
「―――では、別室をお借りしてもよろしいでしょうか?」
ギルベルトはそう言うと、十蔵は「そうだね」と言って二人を案内した。
「……あの二人を離れさせたのは、悠夜とあのことに関係しているのか?」
「ええ。私は見ました。あなたを殺そうとするのと、世界を壊そうとするのを」
「………ようやく、とでも言えばいいじゃろうか」
「ですが、その時には既に彼はある程度「目覚めて」います」
「………」
その言葉に陽子は「だからか……」と答える。
「確かにそれはマズいのう。地球が消し飛ぶわい」
「今回は警告です。できるなら、戦わない方がいい」
「無理じゃろうな。ワシとて退屈なのじゃ」
それを聞いたフローラはため息を吐いた。
「わかりました。では、彼をどうするかはあなたに一存します」
「止めないのか?」
「止めても無駄でしょう?」
そう言ってフローラは出入り口のドアを開け、どこかに行った。
炎が解き放たれ、全貌が顕わになる。
その機体は楯無と同じタイプでありながら装甲が一般的な量になっている。
「それじゃあ、改めて。私は炎の四神機「イフリート」の使い手、
「桂木だと!?」
箒が反応すると、暁と名乗った少女は頷いた。
「そう。そこで寝かされている悠夜お兄ちゃんとは実の兄妹だよ。まぁ、本当は姓が違うけど、今回はわかりやすくそう名乗っておくね。ほら、ミィ。あなたも」
「嫌です」
「…………で、こっちのお兄ちゃんが大好き過ぎてヤンデレ化しているのがミア・ガンヘルド。風鋼の使い手だよ」
勝手に名前を知らせたことでミィ……もとい、ミアに睨まれる暁。だが暁自身はどうとも思っていないのか、平然と受け流していた。
「さて、更識楯無。お兄ちゃん諸共あなたを連れて行くわ」
「やれるものならやってみなさい」
「やれるわよ。それも比較的簡単に」
そう言って暁は炎の球を楯無に向かって飛ばす。それを水で消火しようと試みるが、
―――!?
火の球を避ける楯無。消化しきれなかった彼女はとっさに回避したのだ。
着弾した地面から火柱が立つ。
「私の炎は神の業火。そう簡単には消させないわよ。それに、スペック自体が問題なんだよね」
「スペックですって?」
「そう。私たちが使うIGPSはISに対抗して作られたもの。特に私やユウ兄が使用する四神機は超特別性なの。簡単に言えば、イフリート一機でアメリカの半分は文字通り消し飛ばせるわね」
そう言い終えると楯無の足元から炎の矢が飛び出す。さらに暁の方から砲弾が飛んできた。
「ところで、本当にあなたと悠夜君は兄妹なの? 髪の色といい、目の色といい、だいぶ違うけど」
回避しながら楯無は質問を投げかける。暁はさらに炎を飛ばしながら答えた。
確かに悠夜と暁の容姿はかなり違う。悠夜は黒い髪に茶色い瞳という一般的なものだが、暁はどちらも炎を思わせる深紅だった。
「なんか、今世代の私たちって結構特殊みたいなのよね。だから誰一人として色があってないのよ。さて、お話はもうおしまい」
「―――!?」
《蒼流旋》に備わっている四門のガトリングから発射された弾丸の雨霰を回避した暁は指を鳴らす。すると楯無は一瞬にして炎の渦に呑み込まれた。
(アクア・クリスタルからの供給が追い付かない!?)
ミステリアス・レイディの装甲は限りなく少ない。というのも防御の大部分は機体に備わっている二基のアクア・クリスタルから供給されるアクアヴェールを使用して使っている。だがそれが高熱の炎で蒸発され、クリスタルから放出されても瞬時に消されるのだ。
『どう? 地獄ような炎の渦に包まれた気分は。何もできないでしょ? これでもまだイフリートの出力は10%なのよ』
「……冗談でしょ」
『冗談ではないの。だって、私が使っているのは特別性だもの。ルシフェリオンと同等っていうのはあながち間違いではないってわけ』
楯無の間に暁の姿はない。だがこうして会話が成立するのは、炎から声が発せられているからだ。
『で、この状態にしたのはどうしてあなたに聞いておきたいことがあったんだけど』
「……何かしら」
―――為す術がなかった
事実上、自分は戦闘不能になり、楯無は死を覚悟しつつ尋ねる。
『あなたは織斑一夏と桂木悠夜、どちらが大切なの?』
「楯無さん!?」
楯無が炎の渦に呑み込まれたのを見た一夏はすぐにそっちの方に行こうとするが、それよりも先に一夏の前を竜巻が横切る。
「邪魔するな!」
零落白夜を発動させて風を切り、そのまま渦の方へと飛ぶ。
だがとうとう、白式に恐れていたことが起きた。具現維持限界である。
「一夏!?」
箒はそれに気づき、すぐに一夏のカバーに入る。だがそれを察したミアは箒を風で攻撃する。だが箒に当たらなかった。
「させないよ! 箒、行って!」
「すまん!」
「―――愚かですね」
ミアは消える。するとシャルロットは地面に叩きつけられた。
「ぐぁっ!」
「落ちなさい」
ミアはジャマダハルを箒に向けると刃の風を撃ち出して攻撃する。だがここでミアに誤算が襲った。
箒は無意識に一夏を思い、絢爛舞踏を発動したのである。そのためエネルギーが回復し、紅椿は機動力を再び手に入れて一夏の元へと飛んだ。
「手を伸ばせ、一夏!」
「箒!」
二人はお互いに手を握る。白式のエネルギーは回復し、再び光を取り戻した。
「生徒会長を頼む! 私はあの女を!」
「わかった」
一夏はそのまま再び渦の方へと飛ぶ。ミアは深追いせず、自分の方を向く箒と対峙した。
「ここから先は行かせんぞ!」
「………あなたは意外と酷い女なんですね、篠ノ之箒」
「何?」
予想外の言葉に箒は驚く。ミアはてっきり自分を倒すかスルーして一夏を追うと思ったのだ。
「あなた方は何も知らないようですが、私が更識楯無に対して憎しみを抱いているのと同じくらい、お嬢様は織斑一夏を恨んでいるのですよ」
「はぁあああああ!!」
一夏は炎の渦を切り、楯無を助けるために突っ込む。だがその筋の先にイフリートを纏う暁が現れた。
暁は何かを振るうと炎が一夏へと飛ぶ。それをPICを駆使して回避した一夏は「雪羅」を荷電粒子砲《月穿》にして撃つ。
しかしそれは暁が操る炎が消し飛ばした。
「この―――」
「遅い」
するとどういう原理か、上から炎の球が一夏に襲う。それを回避していく一夏だが、目の前に現れた暁の炎の刃に切られて下がる。
「―――今までミィのような一歩間違えれば爆発する起爆剤がいたからこらえてきたけど、やっぱりあなたを見たら我慢できないわ」
「―――え?」
気が付けば一夏は地面に叩き付けられていた。
わけがわからない。いつの間に攻撃されたんだ? そう思う一夏に激痛が襲う。
「もう我慢するか! とっとと死んで詫びれやこのクズが!!」
そう叫び、さっきまでの冷静さはどこに行ったのか一夏をひたすら殴る暁。元々のイフリートの性能ももちろんのこと、さらに暁は的確に人体の弱点を突いて攻撃していたので一夏へのダメージが増えていく。
「こんな下らないことにユウ兄を巻き込みやがって! こんな低能学園にユウ兄を入れやがって! 昔からホントテメェら一族は―――よぉ!!」
さらに叫び、重い一撃を食らわせて第四アリーナの壁に叩き付けた。白式は最後に主を守り、エネルギーを使い切った。
「一夏!」
「どこを見ているのですか?」
暁の後ろでは一夏を助けようとする箒をミアが邪魔をしていた。
その状況を気にせず、暁はまっすぐ一夏のところへと向かう。
「……一体―――」
「黙れ」
まるで暁の人が変わったようだった。
もっとも、彼女は二重人格というわけではない。普段は本当に優しく、どんな人間にも平等に接するような人間だが、一夏の場合は事情が違った。
そもそも、悠夜がISを動かす原因になったのは一夏が原因だ。
一夏がISを動かした日、あの時一夏は関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアに入ってISに触れている。その「関係者」に自分が含まれると思ったのは受験生だからだが、それでもISがある時点で少なくとも自分は関係ないことに気付くだろう。馬鹿正直にそれに触れていることなんてしないはずだ。あの時はまだ男はISを動かせないのが常識なのだから。
ある事情で悠夜のことを知っていた暁は兄と思う彼がどのような人間なのか把握し、状況を調べた。結果、ある結論にたどり着いたのである。―――すべて目の前にいる男が元凶だと。
「ユウ兄はね、何もかも普通じゃないの。やろうと思えばISなんて一瞬で潰せる。逆らってくる女を一瞬で黙らせる。そもそものスペックが世界最強と呼ばれているあなたのお姉さんが10秒も持たないほどの異常なのよ。だから一般人として過ごさせることにしたんだって。私もそろそろユウ兄を私たちのところに連れて行こうとしたんだよ。あなたが余計なことをしなければね」
暁の右手に炎が形成され、それが徐々に大きくなる。
そして右手を一夏に向けた暁は炎の球を発射した。
―――だが
何かが一夏の間に割って入る。そしてそれが縦に割られて二つとなったそれらは一夏の両隣に着弾して爆発した。
「……更識簪!?」
暁が驚いて声を上げるが、簪は炎の渦に銃の形をした手を向けた。
「―――バンッ」
すると渦が上下に割れ、所々火傷をしている楯無を解放させた。
「何を考えているの、あなた。どうしてその男を助けたのよ!?」
「………」
暁に聞かれた簪は未だ荒鋼を装備したまま言った。
「仮に、本当にあなたが悠夜さんの妹なら、織斑一夏如きに手を血で染めるのは喜ばないと思ったから。それと―――」
楯無が落下する場所にペガスが駆け、回収する。
「お姉ちゃんを調教するのは、私の役目」
簪の腕には王冠が二つあり、それらが粒子になって消えた。
公園では、その男が驚くことが起こっていた。
ラウラたちに自分が形成した水の槍が当たる寸前、ビットでバリアが形成され防がれたのである。
「―――やれやれ、これはとんだお客さんだ」
ビットが持ち主のところに戻ると、そこには騎士風の機体があった。
「………ISじゃない? 誰だ?」
「なるほど。その気配……あなたも……いや、お前もそういうタイプか」
後ろからさらに、二機の機体が着地する。一つは頭部に角が三本生えており、全体的に白いが所々水色が混じっている。もう一方はマリンブルーで形成されているが、背部にウイングスらスターが付いていることから飛行が可能かもしれないと思わせた。
だがその二機は何故か震えていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、あなたは今すぐその二人を連れて引き上げなさい」
「お待ちなさい! どなたか存じませんが、彼は―――」
「知ってますよ。アレは桂木悠夜と同種でしょう?」
黒い機体の操縦者と思われる声がセシリアの声を遮る。
「悪いけど、君たち全員にはここで退場してもらうよ。後々の大仕事に支障をきたしそうだしね」
そう言ってリヴァイアサンを操る男はまた無人機を召喚した。それも一機や二機ではない。軽く10機はいた。
「なるほど。そういうタイプですか」
そう呟いた黒い機体はそこから飛ぶ。そして次々と無人機を破壊していった。
「お前は一体―――」
「戦闘のために生み出された存在、とでも言っておきましょうか」
ラウラはすぐさま通信回線をラボ専用の回線で開く。
『まさか……貴様…いや、あなたはリベルト・バリーニですか……?』
『ええ。だとすれば何か問題はありますか?』
―――ありすぎる
思わずそう言いそうになるラウラだったが、なんとか言葉を呑み込んだ。
通常、ISは男では動かせない。だが、もしかしたら男でも動かせるものを開発できる人物をラウラは知っていた。そのこともあって自重したが、それよりも気になることがあったのだ。
(何故、後ろの二人の動きが硬いのだろうか……?)
まるで何かに怯えているようだと思うラウラだが、それはあながち間違いではなかった。というか二人は心の底から怯えているである。
『ラウラ、聞こえる?』
ラボ専用回線から、朱音の声が聞こえたラウラはすぐに応答した。
『朱音か。すまない、今少し立て込んでいるんだ』
『フェイク小隊がそっちにいるんでしょ?』
『フェイク小隊? なんだそれは』
『これはまだ未発表なんだけど、実はね、ISに代わる新たな兵器を完成させてしまったの』
どこか怯えるような物言いだが、それでも技術者としては興奮を隠せないのか、微妙なテンションでそう言った。
『その名は「フェイクスード」。まぁ、本当の発音は違うんだけど、ちょっとその辺りの突っ込みはナシで……』
『おい待て。そんな貴重な情報をラボ用とはいえ通信で知らせるな。漏えいしたら大変だろう』
『大丈夫。かなり強固なプロテクトをセットしたからそう簡単には解析できないようになってるから』
かなり自信を取り戻しているのか、朱音は堂々と言った。
『それより今は、目の前の敵をどうするかが問題だと思う。特にルシフェリオンと同等って機体の相手はやっぱりお兄ちゃんにしかできないんじゃ―――』
『それなんだけどね、朱音』
横からレオナが通信に割って入る。
『今、リベルトさんが普通に戦いに行ってるんだけど』
『…………わかった』
すると朱音は通信を一度切り、もう一度繋ぐ。今度はリベルトに繋いだ様だ。
『何でしょうか?』
『……リベルトさん。死なないでくださいね』
『………わかりました』
朱音は再び通信を切り、自分のラボでIS学園の配置図を出して現状を確認する。
現在、朱音は自分が開発したフェイクスードのパイロットたちの補佐やIS学園側の状況を確認するために、十蔵の許可をもらって開発した専用ラボの中で作業をしていた。
(やっぱり、学園の部隊の動きが遅い)
学園コードを持つISの動きを確認した朱音は近くのカメラを作動させ、状況を確認する。数秒すればどういう状況かを理解した。
(所属不明機……でもこれ、7月に現れた無人機……)
その部分を記録した朱音は十蔵経由で手に入れたサンプルから調べた資料を出す。本来なら横流しと言えるこの行為は禁止されるべきなのだが、朱音の能力が伸びることを喜んだ十蔵は二つ返事で了承した。その原因は寿命だろう。
朱音の能力の高さは遅かれ早かれ露見する。十蔵の死後、下手すれば朱音は苦しい思いをするかもしれない。ならば、できるだけ状況を知り、的確に判断できる能力を養おうと思った十蔵は秘密裏に行動したのだ。
当然だが、菊代も晴美もそのことは強く反対した。だが朱音の決意は固かったため、最終的には折れたのである。
資料から判明する弱点を、他の操縦者であるアラン、レオナ、ラウラ、簪に伝達すると、ある少女の名前を呼んだ。
「……ねぇクロ、出てきて」
だがその少女は一向に姿を現さない。
すぐさま朱音は悠夜がいる場所を探すと、その光景を見て思った。
―――やっぱり、と
ということで、学園祭編はまだまだ続きます……もう終わる予定だったのになぁ……。
・フェイクスード
朱音が開発したISに代わるパワードスーツ。
元々ラボに所属しているアドヴァンスドが使用することを前提として作られているため、生産数も少ない。リベルト、アラン、レオナの三人が使用している
ここで捕捉なのですが、「スード」は間違いで本当は「スドゥー」だったはずです。ですが綴りが「sudo」だったので……要はこじつけです。
実はフェイクスード関連はこの時期ぐらいにお披露目する予定で、前々から出しているような出していないような感じだったのですが、運悪く仮仕様を間違って処分してしまったみたいでですね……「贋物のなんちゃら」と言う記憶しかありません。ほんと、申し訳ない。