どれみとおんぷ ♪ 春夏秋冬   作:シャンティ・ナガル

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第八話 カエル石

          

           ♪

 

「ばんごぉ~うっ! いち!」

 

「え? えっと、2?」

 

「……そういうのはいいですから」

 

 春の季節も折り返しに差し掛かった頃、4年1組の面々は校庭に集合していた。

 

 杞憂を感じるほどに空の青さが身近に迫り、起き出したばかりの太陽は余す所なく日射しを振りまいている。

 

 わたしとどれみ、水目校長はそれぞれ動きやすい服装にリュックを背負い、行楽気分といった出で立ちで睦まじげに話の輪を囲んでいた。

 

「おかしよ~し! ティッシュよ~し! タオルよ~し! おべんとよ~し!」

 

「ちょっと! さっきも確認したでしょ!? これで何回目よ!」

 

「ゴメン、つい~……やっぱもっかい確認を……」

 

「どれみちゃ~んっ!!」

 

 どれみは登校中も、学校に着いた後でも、何かと持ち物の点呼をし出し、これにはさすがに怒り心頭で声を荒げてしまう。

 

「いい加減になさい。どうせこれから春風さんの家の前も通るんですから。そろそろ行きますよ」

 

「よっしゃ! もえてきたぁ~!! もう誰も! あたしを止めれられない!」

 

「もう……バテても知らないわよ」

 

 

 桐野小学校 四年一組、課外授業。

 今日は遠足の日だ。

 

           ♪

 

 学校を出て村内を通り、蕗山の登山道から山頂を目指す。お昼を食べて、課題である絵画を仕上げた後、下山。

 

 それが今日の日程だった。

 

 

 校長を先頭に、わたし達は行進する。

 とは言え、きっちりと列を為すことはなく、主に どれみが率先して、あっちに飛び、こっちに走り、軽やかに動き回る。

 

 山々の新緑は旺盛に葉を繁らせていた。

 風が吹くたびに、ざわざわと張り詰めた音を立て合奏するかのように響き渡った。

 田畑には水が張られ田植えの準備が始まり、水面は澄みきった空を抽象画さながらに写し取る。

 

 

 初夏の季節だった。

 桐野村の自然は一夏に向け、その命を鮮やかに転じようと、もどかしげに身をよじっていた。

 

 

 呼吸をするたびに青々しい空気が体の奥まで染み込んでくる。

 それと同時に、マッチの火ほどの焦りが心に宿った。

 

 

 春から夏へ。

 

 季節の移ろいは人を置いてきぼりにして、どこもかしこも忙しない。

 けれど、その焦りは取り残される苛立ちではなく、体を動かしたくて焦れったい、浮き足立つかのような期待感だった。

 

 

 わたしは歩きながら大きく伸びをする。

 活気づく自然に、心と体を合わせ、解きほぐしていく。

 

「あ~! みてみて! おんぷちゃん! でっかいカエル !!」

 

 まるで宝島でも発見したかのように指を差し、歓喜の声を上げるどれみ。

 

 おそらく今、桐野村で一番多忙な生き物であろうどれみは休む間もなく瞳を、『楽しい』を探すために、なお煌めかせている。

 

 

 わたしは、目を細めた。

 

 太陽は満遍なく地上を照らしているのに、どれみのいる所だけ、明暗がはっきり分かれるかのように日差しが強く感じられた。

 

 

 ――綺麗だ。

 

 

 素直に、そう思えた。

 

 季節の移ろいを敏感に捉え、それでいて時間に追われることがない鈍感さ。

 

 春夏秋冬が巡るたびに美しく、そしていくら時が流れようとも犯されることのない独特の空間。

 

 

『どれみ』という名の大らかな『世界』だ。

 

 

 昔の自分は、どうだっただろうか。

 

 四季はただの背景で服が替わるに過ぎず、時の流れは分刻みで針の動きばかり気にしていた。

 

 のんびりと風景を眺め、花鳥風月に目を凝らし、耳を澄ませる自分に『なんだか、おばあちゃんになったみたい』と呆れつつ、そこまで悪い気もしない自分がいる。

 

 むしろ――

 

 

 ――イイじゃん♪

 

 

 その呟きは、微笑みとともに。

 

 

 春夏秋冬、喜怒哀楽、ささやかに、まったりと、時を経て、老けていく。

 

 背が伸びて、皺が増えても。

 

 もしその時、隣に貴女がいてくれたら――

 

 それは、きっと――

 

 

 

 まるでスポットライトを浴びる舞台女優のように、どれみは光の中で手を振っていた。

 

           ♪

 

 蕗山の登山道を風が通り抜けていく。

 

 身震いするような寒気は、もう感じなかった。

 春と夏の間を行く、湿っぽい風だ。

 

 鳥達が梢を揺らすように飛び交い、木漏れ日が ちらちらと踊った。

 白や黄色の、名も知らない花々が集まり、はたまた散り散りに新緑を彩る。

 

 

 暖かな雰囲気が山を丸ごと包み込むように漂っていた。

 

 春の柔らかさと夏の猛りが静かに混じり合う。

 

 

「おっしゃ~! あたしン家だぁ!! ねぇねぇ、みんなよってく? 麦茶のんでく? 野球してく?」

 

「寄りませんよ。用事もないのに迷惑でしょう。ほら、さっさと歩く」

 

 行きは順調に進み、どれみは家の門前で大はしゃぎだけれど、校長が背中を押してせかせかと前に進ませる。

 

 「ちぇ~」と言いながら渋々と歩くどれみを横目に、わたしはこの道の先に何があるのか知らないことに気付き、ふとした疑問を口にした。

 

「あの、校長先生。山頂って……」

 

「ああ、あなたは初めて行くんでしたね。山頂は広場になっていて、後は――」

 

「あと! さんちょ~には『カエル石』があるんだよ!!」

 

 意を汲んだ校長がすかさず答えようとするけど、どれみが何やら聞き慣れない言葉で強引に割り込んでくる。

 

「……カエル石だけじゃ分からないでしょう。山頂には蕗山神社があります。カエル石はその神社の御神体として祀ってあるのです」

 

 話の腰を折られながらも、水目校長は淡々と言い直した。

 

「カエル石?」

 

「そうだよ! えっとね~……

 

 ゆきふる ふきやま♪ こんこんと♪

 どんてん おおう そらのした♪

 ぜんじゅ~ろうが いさみゆく♪」

 

 急に歌いだしたどれみ。

 

 鼻歌交じりの軽い声調ながら繊細な節回しで香煙のように立ち上ぼる歌声が、ゆっくりと心に絡みついてくる。

 

 けれど、歌は良くてもその意図が分からず、わたしは唖然としてしまう。

 

 またも、校長が補足を加えた。

 

「『蕗山節』です。桐野村に伝わる民謡でこの地の昔話を題材にした曲ですよ。では、音楽の授業の予習ということで……

 

 江戸より参りし お殿様♪

 村の 困窮 訴えに♪

 憐れ 捕らわれ その命♪

 雪花になりて 散っていく♪」

 

 どれみの歌を引き継ぎ、続けて歌う校長。

 

 念仏のように単調な音程ながら、お腹から頭の先へ、しっかりと声が出ていて、細く力強い歌声が山中を駆け抜けていった。

 

「ほしふる ふきやま♪ しんしんと♪

 さえる よぞらに わらうつき♪

 まゆり はかなく あゆみゆく♪」

 

「主様が いない世に♪

 未練はなしと 恋しさに♪

 川に身を投げ 泡沫の♪

 涙 ほろりと 流れいく♪」

 

 山を登りながら、二人が交互に歌い合う。

 糸が織り重なるように、歌声が紡がれる。

 

「あめふる ふきやま♪ ケロケロと♪

 なきがら よりそう かげひとつ♪

 まゆりまゆりと カエルなく♪」

 

「嘆きは そのまま 唄となり♪

 いつしか石に なりにける♪

 夫婦見守る カエル石♪

 人の(えにし)を 結びいく♪」

 

 最後は校長が締め、歌は終わった。

 

 余韻が反響して辺りを彷徨い、溶けるよう消えていった。

 

 拍手も喝采もない。

 静けさばかりが強調されて、粛々とした空気が流れる。

 

 でも、『気配』だけは残っていた。

 蕗山の生き物達という大勢の観客が聞き耳を立て、歌が終わってもその場を離れようとしない。

 

 

 挑発でも、誘惑でもなく

 

 心惹かれる歌だった。

 

 不思議で――悲しい歌だ。

 

 

「その昔、桐野村には善十郎とまゆりという一組の夫婦がいました。ある時、村が飢饉に見舞われ村人達は飢えに苦しみます。そこで善十郎は江戸から来たお殿様に村の危急を訴え出ますが捕らえられ、あえなく打ち首になりました。夫の死に、まゆりは後を追い身投げをしてしまいます」

 

 

 二人の仲が引き裂かれ――

 

 

「その亡き骸には、どういうわけかカエルが一匹、まるで親子のように寄り添い、泣いていたそうです。以来、善十郎とまゆりを弔うためにカエル石が祀られることになり、その二人の悲恋を歌った蕗山節が生まれたのです」

 

 

 ――そして、最後には石と歌だけが残る。

 

 

「あたしはおばあちゃんに教えてもらったんだ! おフロ入ってるときとかよく歌っちゃう! でも、ひどい話だよね~。おトノサマも話くらい聞いてくれたらいいのに~」

 

「無礼打ちですね。時代が時代ですから仕方ありません」

 

「ふ~ん、ヘンなの。エライ人に頼むのってそんなにワルいことかな~。にしてもさ~……カエルってなに? まゆりさんのおかあさんってカエルなの?」

 

「そんなわけないでしょう。何かの比喩じゃないでしょうか? 例えば――」

 

「おかあさんがカエルに似てたからだったりして! カエル顔のおかあさん……ぷぷっ、ゲロゲ~ロ! ゲロゲ~ロ!」

 

 膝を曲げカエル跳びで山道を登るどれみに、それを呆れながら見やり嘆息する校長。

 

 二人が並んで歩く中で、わたしは一歩後ろを歩いていた。

 

 

 考えるのは、さっきの歌のこと。

 

 別に探せば、何処にでも似たような昔話や言い伝えはあるだろう。

 恋人と死別なんて、ラブロマンスの定番だ。

 

 でも、気になってしまう。

 一本の茨が指に刺さったかのように、心をささくれさせる。

 

 

 ――二人は、また一緒になれたのかな。

 

 

 あの世など本気で信じていないのに、今はどうしても、その一点が気になっていた。

 

 

 

 茨は抜けることはなく、心に刺さったまま。

 

 ぴりぴりとした痛みだけが、胸に残った。

 

           ♪

 

「よっしゃあ!! バチコ~イッ!」

 

 傾き始めた太陽が欠伸でもしてるかのように、気だるい日射しを広場に注いでいた。

 風が落ち葉を天高く舞い踊らせ、木々のシルエットを柔らかく揺らす。

 

 暖気に包まれた穏やかな世界に、プレイボールが高らかと宣言された。

 

 わたしは、バットを握り締める。

 どれみは、グローブを掲げる。

 バッターとピッチャー、互いに向かい合う。

 

 

 

 山頂に到着し、お昼を食べた後、本来なら宿題である絵画に取り掛かからないといけない。

 

 けれど、どれみは早々にそれを放り投げ、隠していた野球道具を取りだし野球に興じていた。

 

 ちなみに、わたしも強制参加。

 

 塁線を心の目で見て、マウンドもバッターボックスも想像で補い、ゲームが始まった。

 

 

「くらえ!! マ球! ライジンボ~ルッ! ピッチャーふりかぶって投げた! ストライクさんし~ん!」

 

 実況付きの、よろよろとしたストレートが飛んでくる。

 ストライクゾーンを外してないのが、せめてもの救いだった。

 

 わたしは左足を上げタイミングを計りながら、バットを振る。

 ボールをミートさせ打ち返した。綺麗なフォーム、会心のバッティングだった。

 

 ボールは放物線を描き、山の彼方へと消える。

 遠くで木々が、がささ、と音を立てたのを最後に辺りは静まり返った。

 

「ファァァ~~~ルッ!!」

 

「ちょっと! どう見てもホームランでしょうが!!」

 

「ちがうも~ん。あたしの消えるマ球で~す。バカには見えませ~ん」

 

「この……!! だったら、もう一回勝負!」

 

「って言っても、ボールあれしか持ってないんだよね~」

 

「なんなのよ、もう……。はいはい、探しに行くわよ。確かこっちの方に――」

 

「ゲッ! 神社のほうか~。めんどくさ~」

 

 方角を指差すと、どれみは怪訝な顔をした。

 その反応に、わたしは内心で『またか』と歯痒さに唇を咬んだ。

 

 

 山頂に着いた時、件の蕗山神社にお参りしようとしたけど、何故かどれみだけでなく校長までも、わたしをのらりくらりと引き留めた。

 それとなく聞いてみても、話題を変えられたりしてはぐらかされる。

 

 わざと神社から興味を逸らそうとしているのは明白だった。

 ただ悪気は感じられず、逆に気を遣われているのが分かり、なんとも判断が付き辛かったのだ。

 

 

 表情からどれみが嫌がってるのが伝わるけど、わたしはその態度にいい加減うんざりしていた。

 

「ねぇ、さっきからなんなの?神社がどうしたって言うのよ?」

 

「神社には『ヤマンバ』が出るからさ……」

 

「……はぁ?」

 

 

 聞いたところで意味もなかったのだった。

 

           ♪

 

 参道とは名ばかりの獣道を通る。

 綱渡りのような細い道のその先に、蕗山神社はあった。

 

 朱塗りの鳥居は塗料が落ち木肌が剥き出しになっていた。

 境内は雑草だらけで、他には苔が生えた手水舎、斜めに傾いている社務所があるだけ。

 そして、本殿は大きいものの、板を葺いた屋根は色褪せ千木や鰹木などの意匠は見る影もなく、柱や縁も半壊と言って良いほど木が腐り支えるのがやっとの状態。

 

 

 霊験灼たかとは無縁な、もはや廃屋に近い、まさしく山姥が根城にしてそうなオンボロ神社。

 

 

「……」

 

 これには、絶句である。

 さっきの話を聞けば尚更で、人にお薦めできないのも頷けた。

 

「ねぇ、はやくボール見つけて帰ろうよ~。やっかいなのが来る前に……」

 

 けれど、どれみは特に気にしてない様子で目の前の神社より他の事に警戒しているようだった。

 草むらに分け入り、慌ただしくボールを探す。

 

 

 何をそんなに急いでいるのか怪訝に思いながら、自分もボール探しを始めようと周りに気を配りかけた、その時だった。

 

 

 ――おいてけェ……

 

 

 背筋に悪寒が走る。

 体が硬直し、首だけで辺りを見渡す。

 

 人の声だ。

 どれみの声でも、水目校長の声でも、ましてや、自分の声でもない。

 

 

 ――おいてけェ……

 

 

 いつの間にか、どれみはいなくなっていた。

 足元には濃い煙が纏わりつくように流れ、次第に視界が遮られる。

 

 

 ――賽銭、おいてけェ……

 

 

 歯がガチガチと鳴り、顔が青ざめていく。

 心の中を冷風が吹き荒れ、理性をズタズタに引き裂いた。

 怖れから免れようと目を瞑り、耳を塞いだ。

 

 プライドが逃げ去り、冷静さが奥に追われる。

 内外の均衡が崩れ、体の芯まで凍てついた。

 どこにも逃げ場はなく、閉じ込められ、拘束される。

 

 

 絶体絶命のピンチ。

 

 でも、そんな最中。

 

 心に根を張り、恐怖や不安にも厳として揺らがない、一つの想いがあった。

 

 

 ――どれみちゃん!!

 

 

「おんぷちゃ~ん。ボールみつけっゴホゴホッ!! なにこのケムリ!? おんぷちゃん、どこ~!?」

 

「……どれみちゃん」 

 

 ボールを掲げて草むらから出てきたどれみが、咳込みながら 辺り一面の煙に困惑する。

 けれど、怯えるわたしを見つけると、険しい目付きに変わった。

 

 どれみは周囲を睨みながら歩き回り、すぐに 何かを見つけたのか、「そこだ! でりゃあ~!」と、ある一点を見据え、ボールを放つ。

 

「のわぁぁぁ~~~っっっ!!」

 

 こん、と間抜けな音がしたかと思うと、煙の中から あらぬ悲鳴が聞こえきて「よっしゃ! ナイスヒット!」と、どれみは拳を握り ガッツポーズを取った。

 

「もう大丈夫だよ。ごめんね、ひとりにして。ヤマンバはあたしが退治したから!!」

 

「どれみちゃん……うん、ありがとう」

 

 わたしの手を握り顔色を窺いながら、頼もしい笑顔を見せるどれみ。

 

 ぎゅっと力強く握られた手からどれみの優しさが体温を通して伝わり、涙が出そうなほどの安心感で緊張が一気に解かれた。

 

 けれど、内心では何が起こったのか訳が分からず混乱し、事態がよく飲み込めていなかった。

 

「キシャマァ~。よくもやってくれたなァ!!」

 

 そこに、背後の草むらから黒い影が飛び出す。

 

 わたしは、びくりと反応し身構えて振り向くけど、予想外の驚きに面食らってしまう。

 

 

 背後には、なんとも珍妙な姿をした老婆が、肩を怒らせて立っていた。

 

 特徴的なのは白髪頭に屹立する俵型のお団子。どれみと同じく重力を無視した巨大さは、まるで繭のようにグロテスクな形をしている。

 血走った目には、どれみのボールが直撃し大きなアザができていた。

 尖った鼻からは荒い呼吸、息も絶え絶えといった様子。

 そして服装は白衣に朱袴の巫女装束。

 

 第一印象は呪い師、道端で歩いていたら通報必至の変質者であった。

 

 

「ヤマンバの、正体見たり、巫女おばば。ってとこかな? よっしゃ! 一句できた!」

 

「誰がおばばじゃ! 大して上手くもない句じゃし! それよりキシャマ、よくもワシの顔にボールをぶつけてくれたなァ~。弟子の分際で何様じゃァ~!!」

 

「そっちが先におんぷちゃんをおどかしたんじゃん。てか、いつあたしが弟子になったのさ!?」

 

「うるしゃ~い! 巫女見習いのくせに師匠に楯突くとはァ~! 恥を知れい!」

 

「も~う! めんどくさいな~!!」

 

 変質者と向かい合い、口論を始めるどれみ。

 わたしは成り行きを見守るしかなく、オロオロと二人を交互に見やって視線を泳がせた。

 

「あっ! さっきのケムリとか、全部このヤマンバのしわざだからね。神主の浜北山マリカさん。名前はべつにおぼえなくてい~よ!」

 

「違ァ~う!! 巻機山利香じゃ~! まったくキシャマのせいで参拝客を怖がらせ賽銭をふんだくる作戦が台無しじゃ!」

 

「それってサイテ~じゃん! スピーカーとかスモークマシン買うくらいなら神社直しなよ! えんむすびの神社でしょ?! そんなんじゃ人来ないよ!」

 

「バッカモ~ン!! 神社は雰囲気が大事なんじゃ! 神の顕現を演出してでも示さねばならないのじゃ~! それに加え、カップルを脅かすことによる吊り橋効果でガッポガッポの大儲けじゃ~!!」

 

「なにイミワカンナイこと言ってんのさ!?」

 

 呆気に取られているわたしに気付いたどれみは、ヤマンバの正体と怪異の真実にさらっと触れてくれたけど、またすぐに口論に戻ってしまう。

 

 恐怖や不安は萎えるように消えていき、だんだんとバカらしくなってきた。

 

 怖くて、ほっとして。

 最後にやって来たのはドッキリ番組のネタばらしのような虚脱感だった。

 

 

 わたしはさっきまで本気で怖がってた自分を思い出して溜め息をつくと、二人の喧嘩を無視して本殿へと歩いていく。

 

 

 本殿は嫌気が差すほど陰鬱な雰囲気が漂っているけど、大事なのはそこではないと一目散に階を上り扉の前に立つ。

 

 木枠の格子窓から中を覗くと、広い内陣の奥、薄暗さの中に、ひっそりと『カエル石』が鎮座しているのが見えた。

 

 

 カエル石は雪だるまのような二頭身の石像で、蛙とも蛸とも言えるマスコットのような愛嬌があり、大昔に作られたとは思えない近代的なデザインだった。

 けれど、欠けた石肌や黒ずみは刻んだ年輪を強く表し、過ぎ去った年月を確かに証明していた。

 

 その傍らには、二つのお面が置かれていた。

 

 一つは木をくり貫いて作られた男性の仮面。

 一つは能面の小面に似た美しい女性の仮面。

 

 まるで 家族のように寄り添い、カエル石を囲むように供えられている。

 

 

 わたしは何かを読み取ろうとカエル石を凝視するけれど、その視線を受け流すように、石は黙って座るだけだ。

 

 

 ――まゆりさんを奪われた怒りは?

 

 ――二人はまた出会うことができたの?

 

 

 いくら問いかけようと、石は答えない。

 逆にこちらが問われているかのような沈黙が、返ってくるのみだった。

 

 

「お~い、おんぷちゃ~ん!! そろそろもどって、やきゅ~の続きしようよ!! ミコリカがキャッチャーしてくれるって~!!」

 

「誰がミコリカじゃ! 変な名をつけるでない!」

 

 やっと不毛な言い争いが終わったのか、どれみの呼び声が境内に響いた。

 

「……はーい! 今行くー!」

 

 わたしは顔を上げ、返事をした。

 扉から体を離し、階を下りる。

 

 振り返ると、そこには あばら家のように空疎な本殿があるだけだった。

 けれど、その虚ろの中に探してた答えがあるような気がしてざわざわと気持ちは落ち着かない。

 

 心に引っ掛かりを覚えながらも、それを振り払うかのように駆け足で、その場を後にした。

 

 

 

 後ろ髪を引かれる思いは神社を離れるにつれ、薄れていった。

 

 まるで髪を撫でていた手がだんだんと遠退くように、戸惑いの感触を忘れていく。

 

 

 

 石は瞑想するかのように何も語ることはない。

 

 悲しみも、嘆きも、

 

 内に秘め、漏らすことはない。

 

 見落とさず、切り捨てることもない。

 

 桐野村と共に在り続ける、その石は――

 

           ♪


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