どれみとおんぷ ♪ 春夏秋冬   作:シャンティ・ナガル

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あいこの話
第二十一話 初恋


 

           ◇

 

 その日、妹尾愛子は本物の『魔法』を見た。

 

 

 

 今でもはっきりと憶えていた。

 

 どんよりとした天気。

 雨が降って冬の揺り戻りのように、せっかく咲いた花すらも萎んでしまうほど肌寒かった。

 

 大阪から美空町に引っ越して数日。

 愛子の父――妹尾幸治が気晴らしにと連れて行ってくれた演奏会。

 

 薄暗いコンサートホール。

 何だか空模様と相まってか、さらに暗くジメジメとした雰囲気。

 

 愛子はずるずると背中を引き摺り、体を椅子に沈めて演奏を聞いていた。

 音楽と共に厳かな空気が流れる会場。時間が着々と消化されていくのを、ただ黙して待つ。

 

 

 しっとりと濡れる青みがかった髪。

 広い額は隠すこともなく晒され、男の子にも見える端正な顔立ち。

 生き生きとした活力を持ち、ボーイッシュな雰囲気を纏う少女だった。

 

 

 今はお気に入りのアクセサリーで髪を結い、よそ行きのワンピースでお洒落をして女の子らしい華やかな姿だが、その溌剌としたオーラは外身を取り繕っても隠せない。

 

 愛子本人にも自覚はあった。

 演奏会という優雅な御趣味は自分の性に合わないのだと。

 

 元々サッカーや格闘技の方が好きで、腕っぷしも男子に引けを取らないと自負するような勝ち気な女の子なのだから、無理もなかった。

 

 自分にこの場は向いていない。それ故に退屈だった。

 最初こそお出掛けだとウキウキした気分だったのに、途中で帰りたくなっていた。

 

 愛子もハーモニカを吹くが、別にそこまで音楽が好きというでもない。

 ましてや小学生しか出演してないような小さな定期演奏会。

 

 特に目や耳を引く物もなかった。

 例えプロが出る演奏会だろうと、大して代わり映えもしないような気もしていた。

 

 愛子の海を思わせる碧眼が暗く沈む。

 きつく唇を結んで、欠伸が出るのを堪えた。

 

 ちらりと横にいる父を確認する。

 

 自分とそっくりな目付きに広い額。口を半開きにして感心そうに子供の演奏に聞き入っていた。

 草臥れたスーツは雨に濡れてしわくちゃ、自分のことにはとんと無頓着で、たまに空回りしながらも娘のことを一番に考えてくれる優しい父親。

 

 そんな父がせっかく連れてきてくれたのだ。

 つまらなかったとがっかりさせたくなかった。

 

 母がいなくなってから――親子二人三脚で、互いに思いやって生きてきた。

 処世術に近い。幼さの中でも身につけていた、気遣いという名の距離感。

 

 人との距離は近ければ良いわけではない。

 近いからこそ、見えなくなることがある。傷つけたことにも、気付かないことがある。

 

 愛子はその短い人生で、それを十二分に理解していた。

 言葉で上手く説明できなくとも、感覚でそれを捉えていたのだった。

 

 「子供が気ぃ遣うんやない」と、父はいつも言ってくれるけど、娘としてはそれで済ませるわけにはいかなかった。

 

 父娘なのだから。

 二人で譲り合うのが当然で、二人で支え合うのが自然なのだから。

 

 覚悟を決めて、退屈と眠気に抗いつつ、舞台を眺める。

 今日ところは父の顔を立ててとりあえず凌ぐとして、また別の日にちょっと我が儘を言ってやろうと、愛子は心中でほくそ笑んだ。

 

 気遣いはするが遠慮はしない。

 自分自身の首を絞めても銭にはならないのだ。払った分は返ってこなければ。

 

 父は溺愛というほど愛子に甘く、欲しい物は何でも買ってくれて、運動会も参観日も休まずに出席してくれる。

 片親だからと世間に引け目を取らせるような生活を愛子に決して押し付けたりはしなかった。

 

 

 だからこそ節度を保って互いに持ちつ持たれつ、一緒に、これからも暮らしていけたらいい。

 

 

 浪速の商人らしく勘定で計算しながらも、数字では表せない大切な絆。美空に場所を移そうが変わることはない。

 父も大好きだけど自分のことも大事だとは、少し我が儘なのだろうか。

 

 あれこれと考えてる間に気が付くと、演奏が終わり拍手が鳴り響いていた。

 愛子も回りに合わせて両手を叩き父に気付かれないようにこっそり溜め息をつく。

 

 次で最後の演目だった。

 やれやれと内心で辟易して、もう一踏ん張りだと気持ちが軽くなった。

 暫しの準備の後、舞台にはぽつんとピアノが1台置かれて、辺りは静まり返る。

 

 そこに、トコトコと歩み行く一人の少女。

 愛子と同じ歳かそれより下か。黒いドレスに身を包んで大人しめの出で立ちだが、それ以外は何とも珍妙な子だった。

 

 照明の下に現れたその姿を見て、愛子は眉をひそめる。

 

 

 まず目につくのは頭についてるお団子だ。

 あれがシニヨンのはずがない。思わず否定から入るほどあそこまで巨大な物を初めて見た。

 赤く照り返して髪飾りかと錯覚しそうだが、よく見ると繊維が見え隠れしている。本物だった。

 

 あどけない体は丸っこく、リスとか小動物を思わせる動き方。

 ペンギンでも可。プクプクコロコロとして、一発で無害なのが分かった。

 

 何と言うか、全体的に緊張感がない。

 見てるこっちが焦ってくるような、危なっかしい女の子だった。

 

 

 少女はピアノの側に寄ると、観客に向けてペコリと挨拶。

 自分の腰ほどある椅子によいしょと登り、楽譜を広げて準備を始める。

 

 思わずツッコミたい衝動に駆られるほど、愛子はこの状況を訝しんだ。

 今までの人は皆5人ほどチームを組んで演奏していたのに、今舞台にいるのは少女一人だけ。

 

 ソロ演奏。それもペダルに足すらつかないような子にだ。

 何をさせる気なのか、まるで理解できない。

 

 おいおいと呆れて頬杖をつきながら、愛子は少女を見やる。

 他人事ながら同情した。それでも本人はやる気みたいだ。その意気は買おうと思った。

 

 演奏が終わったら、せめて生暖かい拍手を送ってやろう。

 愛子は鼻で息をつき、期待無さげに半目で舞台を見下ろした。

 

 少女は優しく鍵盤を撫でて、一つ、音を出す。

 そこから音の流れが生まれる。

 

 

 

 妹尾愛子の、運命を変える演奏が始まった。

 

 

 

 その音色を前にして愛子は背筋が震えた。

 隣に座る父も、ホールにいる全ての人間が魅了されていた。

 

 まるで太陽のようだった。

 一つの惑星の誕生。その産声が世界に轟く。

 

 火が吹き荒れるような旋律が鼻先を掠め、愛子の心を焦がす。

 鍵盤から放たれるメロディーは光――ただただ光に満ち溢れて、その眩さに瞳が囚われる。

 

 

 そして、舞台の中心でスポットライトを浴びる少女はそれ以上に輝いて見えた。

 

 

 視線を逸らすことも、目を閉じることも決してできない。息を吸えばいいのか吐けばいいのか分からなくなるほど動揺して。

 食い入るように少女を――愛子と同い年ぐらいの、その子の姿を目に焼き付けた。

 

 巨大なグランドピアノをいとも簡単に操る繊細で、小さな指先。

 そこから生み出される力強い音楽。もはや詐欺に等しいほど、外見とはかけ離れた演奏だった。

 

 そして、瑞々しい唇は微笑みを浮かべながら、何かを口ずさんでいた。

 

 瞼を閉じ、せっかく広げた楽譜すら無視して。

 その子は一心不乱に、ピアノと、歌を。

 

 弾き方はジャズのように軽やかなのに、紡ぎ出される演奏は厳粛で体全体に響く。

 音に紛れてよく聞こえないけど、確かにその子はピアノに合わせて歌っているのが分かった。

 

 愛子は子鹿みたく耳をそばだてる。

 何故か知らない内にどうしても、その歌をよく聴きたくて仕方がなかった。

 

 華麗な音色を今は隅に追いやり、集中する。

 舞台をじっと見つめて、その子と、自分と。

 

 点と点を心の線で結びつける。

 いつしか周りの観客も消えて二人だけの世界になって、やっと聴こえた。

 

 風がすり抜けるように、愛子の耳に届いたその歌声は――

 

 

 

 ――へっっったくそやなぁ~!!

 

 

 

 ブハッと吹き出しそうになるのを堪える。

 必死に口を手で押さえて目に涙が浮かんだ。

 

 

 ここを風呂場か何かと勘違いしているんじゃなかろうか。

 そう思えるくらい豪快に、音程を盛大に外しても気にすることもなく、音色にも関係なさそうで、勝手気儘に歌っていた。

 

 愛子にも気持ちは分かる。自分もお風呂で六甲おろしを歌うのは楽しい。それを舞台の上で出来たらさぞ気持ちいいことだろう。

 

 誰もが考えて、やってみたいと思うこと。

 当たり前なのだ。でも、その当たり前をこんな簡単にやってしまう図太い神経に、その歌声に、愛子は天地が裏返るような爽快感を得ていた。

 

 

 くくっと声を漏らしながら、その子を見る。

 音色だけ聞いていれば、天才的な音楽にしか見えないけど。

 

 周りを見渡して辺りの人の顔を窺った。

 皆、口をポカンと開けて感嘆の吐息を溢す。興奮や陶酔で瞳が揺れていた。

 

 愛子は確信する。誰一人として理解していないんだと。

 あの子が何で舞台の上で演奏しているのか。

 

 雄壮なピアノの音色。そして、すっとんきょんな歌声。

 ちぐはぐな部分、普通なら隠すような所も、あの子は晒している。

 他人なんて関係ないと、熱中して、楽しんで。

 

 あの子はただ、ピアノが好きなだけなんだ。

 ただ奏でるのが好きで、歌うのも好きで、音楽が好きなだけなんだ。

 

 観客に見せようとか、そんなことまるで考えてなさそうに演奏している。

『何で人が来てるんだろう?』とあの子自身、分かってないのかもしれない。どうでもいいとすら思ってるのかもしれなかった。

 

 最初とはあの子の印象が大分違って見えた。

 

 変な子だった。

 ボケッとした頓馬な奴でもなく、どこぞのピアニストの卵なんて言う澄ました奴でもない。

 

 それよりも、もっと自由な存在なのだ。

 もっと我が儘で、もっと自分勝手で――

 

 

 

 ――なんて、綺麗なんや。

 

 

 

 愛子は思わず愕きの吐息を漏らす。

 頬が焼けそうだった。巨大な火球にでもなってしまったかのように熱く燃える気持ち。

 

 自然と、見上げた。コンサートホールの暗い天井を突き抜けて、雨を降らす曇天を掻い潜って、眩い『太陽』を、その身に宿して、更に遠くへ。

 

 舞台で奏で続ける少女と、愛子の心を通い合わせるように。

 太陽が、極大の光が、目の奥で、心の底から。

 

 

 誰に許可を取る間でもなく、昇る。

 朝や夜、人間が決めた理を越えて天高く。

 

『太陽』が、意識の上を自在に昇っていく。

 あの子の余りにも美しい姿と愛子の抱く輝かしい想いとが重なり合った。

 

 

 今日という日を、一生忘れないと思う。

 あの子に初めて出会った、大切な日。

 

 胸元に手を当てて、愛子は鼓動を確かめる。

 トクトクと早まるリズム。あの子を見ているだけで脈打つ胸には、自分だけに注がれた陽光の暖かさが広がっていた。

 

 心から止めどなく、溢れる。

 それでいて木漏れ日のようにひっそりと、忍びやかに訪れる想い。

 

 

 

 その日、妹尾愛子は『恋』を知る。

 

           ◇

 

「上をむけ。原っぱの……まんなかで、お~きなしんこきゅう……」

 

 国語の時間。教科書を音読する杉山君の声を聞きながら、うちは閉められたカーテンの隙間から窓の外を窺う。

 

 ぎらぎらとした夏の陽射しが垣間見える。充満したエネルギーは薄いカーテン1枚では到底押さえつけられない。

 もうすぐ夏休みだ。教室は蒸し暑くて授業に集中するどころではなく、夏の気配にどこもかしこも浮わついた空気が流れている。

 

「ドソファ……アポコアポコ。ゲフェール、3/2拍子。CFmAm、DmG……」

 

 そんな中、夏の到来も意に介さず誰よりも自由な女が、うちの目の前にいた。

 

 時折、お団子頭をぷるぷると揺らして唸る。

 前の席で春風どれみが教科書を盾に、何やら呪文を唱えながら楽譜に書き込みをしているのを、うちは呆れながら見やった。

 

 つくづく懲りない女だ。夏だからというわけではなく、どれみちゃんは年がら年中こんな調子。

 窓際の後ろの席を勝ち取ってから授業をちょくちょく怠け、自分が好きな音楽の世界でのんびり過ごしているんだ。

 

「よし、そこまで。杉山、もっと予習してきな」

 

「ふわぁ~い」

 

 間延びした返事をして座る杉山君。

 救い様のない大ボケ三馬鹿の一人、SOSトリオも今日は借りてきた猫のように大人しい。

 ギャグを考える力もないほど暑さでめげてるようだった。

 

 腰ほどの長髪を関先生が手で払う。夏のせいか、厚ぼったい唇がいつもより艶かしく見える。

 けれど、その口から発せられる言葉は男勝り。熱血ってほどじゃないけど活動的な教師で、スーツ姿がビシッと決まる大人の女性でもあった。

 

 そんな関先生は暑さもどこ吹く風の涼しげな表情で淡々と授業を進めていく。

 次に当てる人を探そうと教室を見渡し、ふと、どれみちゃんの方を見て眼を鋭くした。

 

 あかん、気付かれた……。

 

 ドキリと心臓が跳ねる。どれみちゃんの後ろの席はとにかく心臓に悪いのだ。

 いつも悪いことをしてないうちが誰よりも先にビビってしまう。

 

 まだ若いのに教師歴40年とか、それくらいの貫禄を思わせる関先生の鬼のような視線。

 それをいつも最初に気付くのはうちだった。

 

 当の本人は教科書に隠れて何も知らずに顔を沈めている。

 その肩を、うちはこそこそ鉛筆でつつく。

 

「どれみちゃん、次当たるで。早よそれ隠しぃ」

 

「あ~、待って。今良いとこだから」

 

「じゃあ、次は……春風。読んでみようか」

 

 関先生の声が響いた。涼しさを通り越して冷たい口調だった。

 

 どれみちゃんはビクリと反応し、ただ冷や汗を流す。後ろにいるうちも緊張で固まる。

 

「どれみちゃん。教科書36ページ3行目よ」

 

 そこにどれみちゃんの隣の席、藤原葉槻(はづき)がすかさずフォローに入る。

 

「サンキュ、はづきちゃん……!」

 

 バラバラとページを捲り、立ち上がる。

 けれど、膝が机の足に当たりグラリ。ドサーっと楽譜が床一面に広がった。

 

 気付かずに、どれみちゃんは音読を始める。

 

「幸せはたいよ~の輝き! 祝福は月のともしび! 星のまたたきの――」

 

「春風、足元のそれはなんだ?」

 

「影は、って、あっ……」

 

 教室の空気に亀裂が走って、どっと笑いが巻き起こる。

 

 うちはアチャ~と手で顔を覆い、葉槻ちゃんは悩ましげに米神を指で揉んだ。

 

「春風、廊下」

 

 関先生は指を差し、その一言。

 3年2組名物『廊下で立って反省』が炸裂。

 

 古風な関先生らしい罰則だった。時には水バケツを持たされたり、怒らせたらとにかく怖い。

 体罰禁止の風潮も何のその。特に親や学校から反発の声があるわけでもないらしく、それだけ信頼が厚いとも言えた。

 

 どんなに厳しくても、うちは関先生のことが大好きだった。それは多分、皆も同じだろう。

 罰は受ける方が悪いのが当然だと思うし……。

 

 毎度毎度関先生を怒らすとなったらどれみちゃんは天才的で、もはや敗退行為に等しいほど罰の回数は群を抜いていた。

 

 他の先生なら今頃見捨てられてるとこだ。

 つくづく関先生が担任で良かったと、他人事ながら思っていた。

 

 どれみちゃんは「はぁ~い……」とすごすご歩いて教室を出ようとして、

 

「や~い、ドジのドミソ! 叱られんのこれで何回目だ? 夏休み前だからって飛ばしすぎだぞ!!」

 

 お調子者の小竹君におちょくられる。

 

 逆立つように刈り上げられた頭に夏を一番乗りとばかりに黒々と日焼けした肌。

 バリバリのサッカー少年だ。ユースでも一目置かれる実力の持ち主で、純粋にサッカーそのものをこよなく愛している。

 

 うちもサッカーが好きだからよく話をする友達で、どれみちゃんとは幼稚園の頃からの付き合いだと聞いていて。

 

 だけど、ただ付き合いが長いだけではないのを、うちは感じていた。

 どれみちゃんに対する想い……様は恋敵というやつだ。

 

 とは言え、それを未だに態度に表せられなくて、どれみちゃんとは犬猿の仲。

 幼馴染みというより、腐れ縁といった感じ。

 

 

 ――男子ってなんで素直になれへんのやろ?

 

 

 内心で首を傾げた。

 気の掛け方といい、間違いないはずなんだけど、どれみちゃんは未だに小竹君の想いには気付かず、小竹君は好意とは真逆の態度を取る。

 

 だからこそ、二人のやり取りを、うちは安心して見られるのだが。

 今日も今日とて小竹君にからかわれ、どれみちゃんはそれに反応して喰ってかかる。

 

「だ~れがドミソだってぇ!? あたしの名前はど・れ・み!!」

 

「あ~? そっか! 悪ぃ悪ぃ。そうだったよな。ドジのドジミ!」

 

「どぉ! れぇ! みぃ!」

 

「うるさ~い! ケンカなら他所でやりな! 小竹も廊下に立ってろ!」

 

「えぇ~!? 関先生そんなぁ~!」

 

 ケンカを続ける二人に関先生の雷が落ちる。

 

 とばっちりを食らって悄気る小竹君、してやったり顔のどれみちゃん。

 教室はまた笑いに満ちた。

 

 列になって教室を後にする二人。

 見送るクラスメート達は何だかパレードの見物客のようにウキウキとした笑顔を見せる。

 

 葉槻ちゃんもやれやれと吐息を溢しながら、微笑みを浮かべていた。

 うちも眩しい物を見るみたいに目を細めて、どれみちゃんの背中を見つめた。

 

 気儘な女の子だ。そして、孤独を知らない。

 いつも周りには人が集まって笑顔の花が咲く。

 

 授業をたびたびサボる邪魔者。

 様々な問題を生み出す厄介者。

 

 表面的に見れば散々な印象なのに。

 

 それでも、どれみちゃんの周りから決して人が離れることはない。

 尊敬も人気も、信頼も友情も、全てかっさらってクラスの中心、人の真ん中にいつもいる。

 

 それはきっと、どれみちゃんが『太陽』みたいだからだ。

 明るくて、馬鹿で、陽気で、はしゃぎ回って。

 

 誰一人として、その存在感から逃れられない。

 日の光のように剥き出しの感情は周りにいる人全てを満遍なく包み込む。

 

 セコいとこや情けないとこ、ダメダメなとこ。マイナスな部分、欠けた部分も含めて、完璧で、特別な女の子だから。

 皆、どれみちゃんが誰よりも自由で、誰よりも優しいのだと、知っているから。

 

 

 嵐の中で真理奈ちゃんが大事に育てていた花壇を木村君と一緒にヒイコラ言いながら守り通して、翌日に熱でぶっ倒れた。

 

 直美ちゃんを泣かせたSOSトリオとお笑いの特訓を指導して……結局、誰よりも一番面白かったのはどれみちゃんだった。

 

 警察に補導された矢田君の無罪を証明するために自力で証拠のトランペットを見つけ出し、遅れて来た矢田君との壮絶な奪い合いの末、関先生を呆れさせた。

 

 菜々子ちゃんが逃がしてしまった兎を守るために野良猫と繰り広げた死闘。余りにも低レベル過ぎて見つけた時は唖然としてしまった。

 

 

 「ドアホ~!」と怒鳴りつけたくなる行動ばかりで、いつも騒ぎに付き合わされるうちや葉槻ちゃんの心労は半端じゃなかった。

 

 だけど、最後には皆、笑顔になる。

 

 普通の人ならあれこれ悩んで混乱したり、怖じ気づいたり、もしくは何もしなかったり。

 誰もが二の足を踏むような状況でも、どれみちゃんは驚くほど考えなしで突っ込んでお節介を焼いてしまう。

 

 それで、人を幸せにするんだ。

 問題をバシッと解決するわけじゃない。でも、絶対、幸せな終わり方。

 

 矛盾や悩みを飛び越えて、どれみちゃんの優しさは余すところなく降り注ぐ。

 

 見栄やプライドに拘って自分のことすら自分自身で決められない人の背中をそっと押して。

 鳥や花が好き勝手に飛んで、卵を産み、咲かせ、種を落とす。呆気ないほど極自然なこと。

 

 

『素直になる』ということ。自分に対して正直に生きるということを。

 どれみちゃんはいつも全力で教えてくれた。

 

 

 ドジで、おちょこちょい。だけど、純粋に人に触れようとする。

 誰にも自分を隠すことがなくて、どこまでも他人を信じようとする。

 

 それがとても誇らしくて、愛おしい。

 

 他人事なのに、我が事のように嬉しくて。

 どれみちゃんの隣にいれることが、うちの何よりの自慢だった。

 

 

 

 そして、それはこれからも。

 

 ずっと変わらない。変わらないでいて欲しい。

 

 うちの真摯な祈りだった。

 

 

 

 外は相変わらず暑そうだ。

 カーテンの向こう側には充満した熱気が溜め込まれ解き放たれるのを今か今かと待っていた。

 

 小学3年生。どれみちゃんと出会って3度目の夏がやって来る。

 もし来なくてもこちらから迎えに行ってやると息巻くほどに体から力が沸き上がっていた。

 

 風がカーテンを淡く揺らす。

 生温い。蝉の鳴き声も流れ込んで教室の空気をかき混ぜる。

 その度に、うちの中を巡る血も加速していくようだった。

 

 何をして遊ぼうか?

 期待で胸が膨らむばかりで、居ても立ってもいられなかった。

 

 海やお祭りやプール、毎年恒例の山内寺胆試しは外せないし、宿題をやるという名目でお泊まりなんてのもいい。

 

 何か特別なことじゃなくても、アイスを食べたり、適当に町をぶらつくでも、何でも。

 

 どんな時、どんな場所、どんな場面でも――

 

 

 

 ――きっと、どれみちゃんの側で。

 

 

 

 未来を照らす夏の、忙しない輝き。

 

 太陽よりも熱くて、眩しい気持ち。

 

 うちは胸の中で、そっと抱き締めていた。

 

           ◇


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