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音色は か細く頼りなかったけど、まるで糸に引かれるかのように誘われるまま歩いていく。
ふらふらとした足取りは、いつの間にか一歩一歩、意志を持つ歩みに変わっていた。
ふと前を見ると、先の方に脇道を見つけた。
人一人が やっと通れそうな幅の獣道だった。
西日が大地を橙色に染めていく頃、獣道は木が檻のように連なっているせいか、不気味な薄暗さが広がって見ているだけで足が竦みそうになる。
けれど、音色は確かに その先から聞こえてた。
わたしは意を決して、一歩を踏み出す。
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進んでいくと暗いのは入り口だけだった。
木漏れ日が道しるべのように足元を照らし出し、川のせせらぎが鈴のように鳴り響く。
音色は、だんだんと耳に はっきり聴こえるようになった。
赤とんぼだ。
なんてこともない、誰もが知ってる童謡。
だけど、不思議と懐かしさを感じる。
体に染み入るような音色だった。
やがて、出口に辿り着く。
夕日の逆光と 木々が形作る、その道の終わりは、まるで光の扉のように輝いていた。
眩しさに目を細め、手のひらを、そっと前に翳した。
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獣道を抜けると、広い川原に出た。
夕陽が当たり、陰影を帯びた大小様々な石ころは星空のように瞬く。
木々は蜂蜜色に染まり、川は底に砂金が敷き詰められていると言われたら信じてしまいそうなほど、眩しい。
音色を聴くたびに、近づくたびに、モノクロの世界が色づいていく。
呼吸とともに生命感が体を巡る。
この力の源は一体なんなのだろう。
正体が知りたい。
音色の奏者は、すぐ目の前にいた。
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楽器はハーモニカだった。
幼稚園の授業で受けた、10穴ハーモニカ。
間近で聴くと、小さい楽器ながら そのパワフルな音に圧倒されそうになる。
けれど、山や川、風や鳥、夕陽や雲、自然が織り成す情景が、力強い音楽を包み込み、大地に浸透するかのように響いていた。
その奏者は、わたしと同じ年頃の少女。
ピンクのパーカーにベージュのチノパン、ハーモニカに添えている左手には、何故か黒い手袋をしていた。
肌は浅黒く焼け、粗野ながら いかにも快活で健康的、わたしとは正反対の印象の少女。
そして、何より目を見張るのは――
――なに?あの お団子……。
その奇抜な髪型だった。
シニヨンにしては、あまりにも巨大な それは重力を無視して、パンパンに膨らんだ水風船のように張りつめている。
驚きのあまり体を硬直させた わたしをよそに、腰ほどの高さの岩に座る少女は、よほど集中しているのか、音色に酔いしれるかのようにハーモニカを吹き続けている。
いつしか演奏は終わり、音色は余韻を残しつつ空へと消えていった。
少女はハーモニカを口から離し、「ふぅ」と一つ息をつく。
そして、そっと目を開いた。
「……」
「……」
距離にして、3メートルほど。
二人の目が合う。
だけど、互いの視線に縛られてしまったかのように時間が止まる。
わたしは どう話しかければいいのか分からず 困惑で思考が停止して、目の前の少女は 体を震わせ その顔は だんだんと青ざめていき――
「……ぎゃああぁぁああああああ―――――っ!! ぉ、おおお、お化けえええぇぇぇぇ―――っ!!」
少女の悲鳴が、山にこだました。
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