……ちょっと危険。
結果だけ言えば、例の金髪元シスターは二度と俺に話し掛ける事が無くなった。
まあ、あれだけ俺に言われたんだ……寧ろそれでもとほざくなら多分停学覚悟で暴れちまってたかもしれない。
「1205! 1206! 1207!」
世の中には修復不可能なものがある。
いや、元々修復もクソも無いものを修復する事なんて出来ない。
俺にとってはそれがあの身元不明の女であり、これから先永遠に向き合う事も無い。
俺にとって大切なのは、血の繋がりってだけの両親でも……ましてやその両親共が大層可愛がってる自称姉でもない。
俺にとって大切なのは、俺を俺と信じてくれる友達とかつて交わしたそれぞれの約束の為にこの身を例え化け物だと蔑まされようとも進化させる事。
「2014 2015 2016……っと」
その目標こそが、何も無い俺に残された俺という個を示す手段。
だから俺はもっと強くなる。
誰よりも強くなり、誰よりも先に昇り……そして守る。
二度と目の前で失わない為に。
姫島朱乃にとって重要なのは、人と堕天使の混ざり合った血を持つ自分に対して守ると、小さい頃手を差し伸べてくれた少年との時間だ。
その少年が殆ど疎遠となった仲間の姉と、ここ最近ますます溝が大きくなっていくのは知ってるものの、正直言ってしまえば朱乃にとってそんなものはどうだって良かった――と言いたいが、兵士である彼女を慕う騎士や戦車と最近加入した僧侶が理由も知らずに少年――一誠を嫌っているのは少しばかり思うところがある。
だが一誠本人は既に自分の血の繋がりの存在を見限っているし、姉に関しては極端な話顔すら見たい無いとすら思っている。
父親と確執がある朱乃としても、一誠の言い分は分からなくも無いし、何よりそれによって出会う事が出来たのだ。
一誠曰く自称姉である凜には悪いが、朱乃は今の状況が一番自分にとって心地よかった。
「結局、アーシアちゃんも一誠くんが苦手になっちゃったみたいよ?」
「寧ろ死ぬまで苦手になっててくれ、そっちの方がツラを見なくちゃいけない回数が減る」
木場祐斗、塔城小猫、アーシア・アルジェント。
既に自分の仲間であるこの三人が、日課の朝練を終えてシャワーを浴びて戻ってきた一誠を……正直な所嫌っているという構図に朱乃が一応報告してみるが、本人は驚くほどに冷めた顔でアッサリと吐き捨てた。
「部長は『凜も凜で自分が悪いからとしか言わずに具体的に何が悪いのかも言わずにいるせいで、端から見れば彼だけが悪いように見えてしまってるから、私は彼だけを悪者には思わないわ』……と言ってたけど」
「あ、そ……あの人もやっぱ大人だな」
姫島神社内にある姫島家の縁側に並んで腰を落としながら、朱乃が綺麗に剥いた林檎を小さい頃から変わらずに仲良く食べながら、話は続いていく。
「嫌いたければどうぞ嫌ってくれて結構だね。
どうでも良い奴にどう思われようが、俺には関係がない」
「……」
凜の話になると、普段のヘラヘラとした態度が一気に消え失せ、どこまでも冷たい表情と淡々とした声で自ら切り捨てるような台詞を吐く一誠の姿は、朱乃からしてみれば昔からだったので見慣れては居る。
相容れない……永遠に解り合えない――いや解り合おうとすら思わない。
昔から見せる一誠の意思は現在でもまるで揺れる事無く、まるで鋼の様な意思の固さだ。
まるで自分が父親であるバラキエルをきらっている――いやそれ以上なる完全な見限り。
「チッ、あー……思い出したらまたムカムカしてきた。街で悪さしてるはぐれ悪魔でもいねーかな」
いや、最早隠しきれない憎悪すら感じ取れる。
チャランポランな一誠が唯一見せる黒い面は、何年経とうが霧散する様子がない……朱乃にはそう思えて仕方なかった。
だから朱乃はそれ以上深く踏み込まない。
踏み込まないことが正しいのか間違っているのかは自分でも解らないけど、朱乃にとって全てなのは最近浮気に走る様に一誠に釘を刺し、これからもずっと一緒に生きる事なのだから。
「ところで話は変わるけど、最近真羅さんと随分仲が良いみたいだけど?」
「え……あ、いや……」
「キスまでしたのは本当にショックだったなー……?」
「う……」
凜ちゃんとの絶望的な不仲に多少思うところは私にもあるけど、それよりも私にしてみれば一誠くんの浮気癖の悪さが問題だわ。
今だって、真羅さんの事を切り出した途端露骨に声を詰まらせたし……。
「あれはその………ぐっ、言い訳が出来ない」
そう、キスまでした。
安心院さんに続き、どうも修行時代の幼い頃に偶然出会った真羅さんともしてしまった。
目を泳がせながら然り気無く私から距離を置こうと横にズレる一誠くんだが、当然私は逃がさない。
「逃がさないよ?」
「に、逃げるつもりなんて……」
「嘘、今私から距離を置こうとした」
「うぐ……」
怒っていると聞かれたら怒っている。
けど、何時までも済んでしまった事をネチネチ言うのも本当は嫌だし、真羅さんがそういうつもりならそれで構わない。
「ん……」
「な、なに?」
それなら私はずっと一緒だったという強みを使うまでだ。
それでも安心院さんという弊害はあるけど、少なくとも真羅さんなら真似出来ない距離感はあると自負してる。
「そこで横になって」
「え、何――」
「良いから!」
「は、はいっ!」
逃げようとする一誠くんに直ぐ様横になれと若干強引に言うと、後ろめたい気持ちもあってか一誠くんはちょっとビクビクしながら私の言う通りにその場で横になる。
「えと……なったけど」
「………」
その際、仰向けに寝る一誠くんが、叱られた子犬みたいな表情をするものだから、ついそのままいじめてしまいたくなる気持ちになるけど我慢する。
理由もなく電撃を浴びせる様な事は一度たりとも私は無いのよ? 浴びせるのは大体一誠くんが他の女の子にデレデレして浮気するからで…………っと、今はその話じゃないわね……。
「あ、朱乃ねーちゃん? 頼むからビリビリは……」
「別にしないわよ……」
むむ、一誠くんまでそんな事を言うなんて。
そう言われると逆に浴びせたくなるじゃない――いや、しないけど。
さて……取り敢えずハーフパンツにTシャツ一枚という薄着状態の一誠くんをこうして横にさせた理由はただ一つ。
「よいしょっと」
「お、おい!?」
その上に私が乗って抱き着く為。
直立のまま横になっていた一誠くんの上に覆い被さる様にして横になった私にびっくりした顔をする一誠くん。
……本当に電撃を浴びせられると思ってたのかしら。
「なーに?」
「いや何じゃないだろ。な、何のつもりで……」
でもこうすれば何もしないと解ってくれたと思うし、私は気にせずに一誠くんに密着しながら、毎日毎日鍛えて逞しくなってるTシャツ越しの胸板に頬擦りし、脚を絡ませながら一誠くんに私がして貰いたい事を告白する。
「一誠くんとの赤ちゃんが欲しい」
「ゴホッ!? は、はいぃっ!?」
お仕置きするよりも、私は一誠くんと仲良くし続けたい。
更に言えば……お嫁さんになりたい。
その為に今日は家の中なのに服装にも気合いを入れたんだ。
「だから、一誠くんと赤ちゃん作りたい」
「そ、そこじゃないわい! な、何でそんな唐突に……!」
「一誠くんがこのままだとあの二人のどちらかに傾いちゃうから」
お母さんも出掛けてるし、誰も来ない様にも配慮した。
今この空間に居るのは、私と一誠くんだけ……。
「傾いちゃうからって……」
「ずっと昔から一誠くんが大好き。
でも、そんな私と悔しいけど同じ気持ちの子は確かに居る。
私は……そんな子の所に一誠くんが行ってしまうと思うと頭がおかしくなる。
だから……一誠くんとずっと一緒という証がどうしても欲しいの」
「俺は何処に行かねーよ!」
本気で暴れたら私は力では敵わないので、すぐにでも引き剥がされてしまうだろう。
でもそんな事をすれば私を怪我させてしまうと一誠くんは恐れてるので、思うように引き剥がすことが出来ずに焦った顔で私に離れてくれと懇願する。
それは多分私が嫌いだから……という意味じゃないのだろう。
しかしそれでも私は離れろと言われると寂しくなってしまい、一誠くん為になった好みの胸を……身体を密着させながら、私自身変な気持ちになっているのが自覚できる媚びた声を聞かせる。
「ん……あは♪ 身体が熱くなってきちゃった……」
「っ!?」
「それに……うふふ、一誠くんの身体は正直よ?」
「いっ!? イヤチガウコレハ……!」
考えてみたら、ここまでするのって何時振りだったっけ? いや……考えても意味なんて無いか。
身体をぴったりと密着させる事で感じる一誠くんの熱は言葉とは裏腹に私をちゃんと女として認識してくれている。
その事実をお腹の辺りに感じられるからこそ、私はオロオロと迷子になった子供みたいに目を泳がせる一誠くんをより愛しく想う。
「ん……ん……」
私だけの筈の一誠くんの唇から他の
だから私はその幻影を消そうと、私だけに塗り替える為に熱っぽい顔になる一誠くんと何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も! 飽きる事無く重ねる。
「だ、だめだって、ねーちゃん……くっ、リ、幻実逃――」
「だめ……!」
「うぐっ!?」
逃げるスキルを使おうと伸ばしたその手を掴み、自分の指を絡ませながら繋いで床に縫い付け再びその言葉を紡がせない為に、逃げることを考えさせない為に、一誠くんと毎日だってしたいキスを何度も離しては重ねてと繰り返す。
「は……ぁ……♪ ごめんね? 何時も我が儘で、すぐ怒って、暴力ばっかりで……めんどくさくてごめんね?」
お腹に感じる熱に自分自身のお腹が熱くなるのを感じながら、色んな気持ちがそのまま言葉として出てしまう。
気持ちが押さえられない……!
「っ……お、俺はそんな事思ったことない……だからもうやめよう? まだ俺たちは子供なんだぜ……?」
わかっている。
無理にやっている私にそれでも、ヘラヘラとした顔で笑いながら説得してくる一誠くんの言いたい事はわかってる。
でも――それでも私は不安だった。居なくなっちゃうと考えてしまうだけで怖くて……生きる意味を失ってしまうと身体が凍えてしまう。
「ごめん……」
「い、良いって……あ、あははは」
だけど、このまま自分の気持ちだけを押し付けたら……私はもしかしたら捨てられてしまうのかもしれない。
兵藤凜ちゃんみたいに見限られてしまうのかもしれない。
だから私は……自分の身体の疼きを押さえ込み、一誠くんから離れた。
「い、いやーでも俺って意外と罪な男だよなー? あっはははは……」
「ごめん……」
「べ、べべ別に良いよ。
俺としてはラッキーイベントだったし?」
「一誠くんが居なくなると思って、思い付いたのがこれだったから……」
「そっか……でも俺はどこにも行かないよ」
決して私がヘタレた訳じゃない。
そのまま実行すれば既成事実は成立した。
でも……どうであれやっぱりこのやり方は間違ってたと此処まで自分からしておいて怖くなってしまった。
「本当にごめんなさい一誠くん。
そ、その……一誠くんのそれをお詫びに何とかしても良い?」
「…………。い、いや……スキルで何とでもなるし、そんな事されたら色々とアウトというか……え、知ってるの?」
「………………。前に偶々公園で見ちゃった本で……」
「お、おっふ……」
でも……何時かはその先まで一緒に行きたい。
その気持ちは躊躇した今でも変わらなかった。
「ぁ……ぅ……。
ちょ、ちょっとお風呂に入ってくるね……?」
「あ、はい……ごゆっくりー……」
途中で止めたせいで、私を責めるように身体の中を駆け巡るのは……私への罰。
「あ、あと5秒遅かったらヤバかったな……。
ふわふわしてて良い匂いで―――ぬがぁ! もう余計な事は考えるな俺!!」
でも、意識は更にしてくれただけでも良かったのかも……。
補足
全力で迫られたら多分一誠くんは拒絶出来ないでしょう。
でなければ本気で引き剥がして逃走しますしね。
出来ないのは、やはり心の奥で燻ってるんですよ……なにかが。
2
なので、そんなねーちゃんにあんな事をされて平然な訳もなく、ホントに一歩遅かったら理性が吹っ飛んでバラキエルさんに殴られ覚悟のご挨拶に窺わなければならなかったのかもしれないぜ。