ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか 作:宇佐木時麻
「何て言うかさぁー。バージルって距離感が遠く感じない?」
ロキ・ファミリア本拠【黄昏の館】。一階の談話室に風呂上がりで僅かに湿った髪を乾かしながらアイズ達一同が世間話をしていると、ふとティオナがふと呟いた。仲間を貶めるような発言に批難するようにアイズの目が細まり、慌ててティオナが手を横に振りながら続きを告げる。
「いや、別にバージルのこと批難してる訳じゃないよ!? ただ、何て言うか……あたし達ってフィンやリヴェリアに育てられてきたじゃん?
「まあ……それはそうね」
「うん……」
「確かにティオナさんの言う通りですね」
ティオナとティオネはフィンに、アイズとレフィーヤはリヴェリアに、そしてここにはいないがベートはガレスに。第一級冒険者に至った者達は皆仲間に鍛えられてここまで強くなれた。
「だけどさ……バージルって誰かとダンジョンに潜った事なんてほとんど見たことないし、【ヘファイストス・ファミリア】の団長とのコネだって自分だけで作ったようなものでしょ? それを見てると……バージルって本当にあたし達の事を仲間だって思ってるのかなって……」
『…………』
その言葉に、彼女達は否定の意を唱える事が出来なかった。
バージル・クラネル。四年前に【ロキ・ファミリア】に入宗してきた青年であり、今やロキ・ファミリアの幹部の一人であるオラリオにおいても数少ないLv.6の一人。ただ、その在り方は酷く歪だった。
初めは一人でダンジョンに潜っていたアイズや弱者を見下ろすベートでさえ、今はパーティーを組んでダンジョンに潜っている。だというのに、バージルはロキ・ファミリアに入宗してから未だほとんどソロでダンジョンに潜っていた。
決して仲間を作らず、己一人で全てを成すその姿を見ていると、凄く不安になる。普段喧嘩ばかりしているベートでも大切な仲間だと思っていると断言できるのに、バージルの気持ちが解らない。
バージルは確かに強者だ。だがその強さは【ロキ・ファミリア】に鍛え上げられた強さではなく、彼自身で鍛え上げられたものだ。だからこそ思ってしまう。彼にとってロキ・ファミリアは大切な仲間ではなく―――ただ己を強くする道具に過ぎないのではないかと。どこのファミリアに所属しようと変わらないのではないかと。
ティオナの発言に先ほどまであれほど賑やかだった談話室がお通夜の如く暗くなる。
と、そこへ、
「なるほど、確かにそれは問題だね」
「わっ!? び、びっくりしたー」
「団長っ!? い、いつからいらっしゃったんですか!?」
やっ、と片手を上げて気楽に挨拶する小人族は団長であるフィン。アイズ達しかいなかった談話室に突然現れたフィンの存在に一同は驚く。
「先ほどようやく書類が片付いてね。部屋に戻るところに君達の会話が聴こえてきて、盗み聞きするつもりは無かったんだけど気になる事が聴こえてきたからついね。不快に思ったなら悪かったよ」
「いえいえ! 団長なら私を365日24時間いつでも盗み聞きしてかまいませんから!」
相も変わらずなティオネの発言に引き気味に苦笑するフィンだったが、ごほんっと一度咳き込んで仕切り直してティオネ達に向き直る。
「団員達が不和のままなのは団長として見過ごせないからね。ここは親睦会でも開いてお互いの仲を深めようか」
「親睦会……?」
突然の申し出に首を傾げるアイズ達だったが、そんな様子は気にも止めずフィンは不敵な笑みを浮かべる。
「もっとも……
その時彼が浮かべていた笑みは、まるで悪戯を仕掛けた少年のような不穏さが含まれていた。
◇◇◇
「……で。フィンに言われた通りに来たんだけど……何でここにベートがいるわけぇ?」
「知るか。俺も今朝フィンに呼ばれて来ただけだ。てめえ等こそ何なのか知らねえのかよ」
翌日。フィンに言われた通り訓練所に訪れたアイズ達だったが、そこにフィンの姿はなくいるのは同じ【ロキ・ファミリア】の幹部である狼人のベート・ローガだけだった。
「あたし達もフィンに言われて来たんだけど……何でもバージルと親睦会を開くとか何とか言ってたっけ?」
「あァ? あいつと親睦会だァ? ……チッ、フィンの奴いったい何を企んでいやがる」
「ちょっとぉ! 団長に対してその態度は何なのよ!」
「じゃあ逆に聞くがよォ、あいつが素直に親睦会を受ける光景が目に浮かぶか?」
「それは―――」
ベートの問いに対し、一同は黙りこんで考え込む。彼らの頭の中ではそのシチュエーションが浮かび上がるが、その成果は彼らの苦悶の表情が言葉以上に語っていた。
「……ごめんなさいベート。今回ばかりは私が間違ってたわ」
「どう考えても絶対に『不要だ』とか言って一瞬で切り捨てられそうだよねー」
「ま、まあバージルさんですし……」
目を逸らしながらティオネが謝罪し、苦笑しながらティオナとレフィーヤがバージルの心像を口にするが、アイズだけは不思議そうに首を傾げていた。
「ねえー? アイズもそう思うでしょ?」
「……? バージルは受けると思うよ。前にジャガ丸くん買ってくれたし」
刹那―――ピシリッ、と空気が凍った。
あの、バージルがアイズにジャガ丸くんを奢った?
あの、バージル・クラネルが?
あの、天上天下唯我独尊のバージルが!?
「あ、あああのアイズ? そ、そそそれっていいいつの話?」
「遠征の翌日だけど……」
「な、何でそんな事になってんですかぁっ!?」
「ダンジョンに潜ろうとしたら、大事を取って休めってロキに言われて……バージルなら黙って潜るかもしれないから監視しろってロキに言われて、後を付いて行ってる時に財布を忘れてて」
「なんだ、デートじゃなかったのね」
ふぅー、と心底安心したように嘆息する三人。その様子に不思議そうにするアイズだったが、気になったベートが怖ず怖ずと話し掛ける。
「な、なあアイズ。それだけだよな? 他にはなんにも無かったよな?」
まるでそうであってくれと祈るような問いに対し、アイズは少し考え込むように顎に手を置き、それから思い出したように手の平をポンッと叩いた。
「……そういえば、途中で眠ってしまって……バージルの太股を枕代わりにしてたから、迷惑かけてしまいました」
『ひ、膝枕だとォ―――ッ!?』
アイズの返答に対し、その場にいた第一級冒険者の肺活量を無駄に消費した声高が訓練所に響き渡った。
あの、バージルがアイズに膝枕しただと?
あの、バージル・クラネルが?
あの、悪鬼羅刹冷酷無比なバージルが!?
「あ、あの野郎……俺でも出来ねえことを、易々と、だと?」
「いやベートは一生無理でしょ」
「んだとォこのド貧相女ァッ!」
「誰がド貧相だァァああああああああ!!」
ガルルル! ぐるるる! とまるで獣同士のように至近距離で睨み合うティオナとベート。二人を止めようと慌ててレフィーヤが喧嘩の仲裁に入ろうとするのを見てやれやれと嘆息するティオネとその光景を眺めているアイズ。
いつも通りの光景が展開されている中、訓練所の扉が開く音が荘厳に響き渡る。彼らはそちらに視線を向けると、そこには彼らをここに呼んだロキ・ファミリア団長であるフィンと、付き添いで来たのかハイエルフのリヴェリアが佇んでいた。
「やっ、待たせたかな?」
「もうフィン、遅―――グフゥッ!?」
「団長ッ! いえいえ! 私達も今来たところです!」
「ああ! ティオネさんの容赦無い腹パンがティオナさんの鳩尾に!?」
「……綺麗なボディーブロー」
「何やってんだてめえら……ったく、それで俺らを呼んだのはいったい何だってんだよ」
「まあ、その話は全員が揃ってからでね……ほら、真打ちのご登場だ」
僅かに振り返ったフィンの横目が訓練所の開いた扉の先にある暗闇を射抜く。コツコツと存在感のある足音と共にその音の正体が顕となる。
蒼い外套を翻し、逆立った白髮の下にある鋭い眼光が暗闇の中で蒼く光る。手には彼の得物である刀が握られており、その両腕両足には普段見慣れない獣のような籠手具足が取り付けられている。
そのような姿をしている者など、ロキ・ファミリアにおいてただ一人しか存在しない。
「呼ばれたから足を運んで来てみれば……何の了見だ、フィン」
【ロキ・ファミリア】幹部、バージル・クラネルがそこにいた。
「悪かったねバージル。ダンジョンに行くところを邪魔してしまって」
「御託はいい、要件だけ話せ」
相も変わらず不遜な態度にフィンは苦笑するが、気を取り直してバージルの要件通り端的に口にする。
「なに、ちょっと親睦会を開こうと思ってね。バージルにも参加して欲しかったのさ」
「親睦会……だと?」
ピクリッ、とバージルの眉間が不愉快そうに歪む。それはそんな下らない事に時間を割かれた憤りか、しかしその正体が解る前にフィンは続きを口にした。
「アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ベート―――君たちには、これからバージルと決闘をして貰う」
『はぁああああああ―――っっ!?』
フィンの発言に対しアイズ達は驚愕するように声を荒げる。Lv.6の余裕ゆえか、リヴェリアとバージルは叫ぶこと無くただジッとその思惑を探るべくフィンを見つめていた。
「ちょっとフィン!? どういうつもりなのッ!?」
「言葉通りの意味さ。
「どんな野蛮人なんですか
流石のアイズ達もその発想は予想外だったのか、フィンに問い詰めるが当の本人は笑って誤魔化された。騒々しい光景を遠くから眺めていたバージルはこれ以上付き合いきれんと告げるように嘆息すると踵を返す。
「どこへ行くつもりだい、バージル?」
バージルが訓練所の扉を押す直前でフィンの重苦しい声が響く。それで他の者達もバージルが出て行こうとしていた事にようやく気が付いた。扉に手を付いたままバージルは振り返ること無く口を開く。
「つまらん戯事に俺を巻き込むな」
「団員同士が不和のままなのは団長として見過ごせないだろう? ……それとも、彼らでは不満かい?」
”―――Lv.5では相手にならない。”
そう告げられているようで、流石のアイズ達もカチンと来た。彼らはこれまで幾つもの修羅場を乗り越えてきた猛者共だ。確かにLv.では劣っているが、一対多数のこの状況で不利なのは明らかにバージルの方だろう。
だがそんな劣勢差など一切感じさせず、バージルはアイズ達を一瞥すると、静かに断言した。
「少なくとも、今のこいつらでは話にならん」
その、舐め腐った態度に―――ブチィッと、とうとう彼らの堪忍袋の尾が切れた。
「そこまで言うならさー……相手してよバージル」
「ティ、ティオナさん?」
「話にならないなら別にいいわよねー?」
「ティオネさんまで!?」
「上等だクソッタレ……! 目に物見せてやらァ……ッ!!」
「お、落ち着いて下さい皆さぁん!? 凄い形相になってますよ!?」
「……ヤル」
「アイズさんまでぇッ!?」
ゴゴゴゴゴゴ!! と背後から効果音が聴こえてきそうなほど殺気立ったアイズ達の様子に一人取り残されたレフィーヤがアワアワと慌て出す。その様子を見てフィンは満足そうに頷いた。
「どうやら皆やる気になったようだね」
「お前がそうなるように仕組んだのだろう……」
腹黒い笑みを浮かべるフィンにやれやれと嘆息するリヴェリア。その言葉を聞こえない振りをして聞き流し、フィンはバージルの方へ向き直る。
「さて、残るは君だけだバージル。もしこれを受けてくれるのなら、『ベオウルフ』の時の単独行動についての問題は不問にしよう」
「……脅しのつもりか?」
「まさか。これはお願いだよ」
しばし二人は無言のまま見つめ合った。ニコニコと笑みを浮かべるフィンに、仏頂面で睨み付けるバージル。異様な緊張感が漂う中、先に折れたのはバージルの方であった。
「……今回だけだ。次はないと思え」
「ありがとうバージル。心に留めて置くよ」
「ふん。……まあいい、ちょうどこれの性能を確かめたかったところだ」
そう告げると、手に持っていた刀―――【閻魔刀】をフィンに投げる。フィンがそれを危なげなく受け取ると、バージルは両腕両足に装着された
アイズ達が初めて見た装備、それはつまり―――
「……私たちなんか武器の調子を確かめる程度の相手にしか思われていないっていう事ね」
「ちょーとそれはムカつくなぁー……」
「どこまでも舐め腐りやがってェ……ッ!」
普段使い慣れた得物ではなく、初めて使う武具を使うという事は、つまりそういう事だろう。本当に相手にもされていない事実に、アイズ達は思わず憤怒で強く奥歯を噛み締める。
「両者準備はいいみたいだね。なら勝利条件を言うよ。バージルは【
「無論だ」
どこまでも静かにバージルは構えも取らず告げる。
「アイズ達は戦意喪失すれば敗北だ。異論はないね」
「上等だボケがァ! こっちも魔法なしでやってやらァッ!」
「私魔法が使えなかったら何も出来ないんですけど!?」
「まだ杖があるじゃん!」
「団長の前で無様な姿は見せられないわ……!」
「行くよ、バージル……!」
身体から戦意を溢れ出させて若い戦士たちは武器を構える。
「それじゃあ―――試合、始めぇッ!」
フィンの号令と共に、戦いの火花が切って落とされた。
ふと妄想でサモンナイト3でアティの双子の兄としてレックスが闇堕ちしてバージル風の性格になって無色の派閥の幹部入りしているssを考えたが絶対無理だと思って諦めました。