オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇の罪悪感

あーそう言えば報告遅れたけどおれの猛毒スキル発動しましたよぉ、実験体になっていただいた彼も問題なくポーションで復活したから大丈夫ですぅ。

 

モモンガさんと「今後どうするべか」という話し合いの最中だったが、心ここに有らずという表現がよく似合う状態だった。なんだかそわそわして「あっはい」「そうなんですね」という生返事しか返してくれない。

もしかしてお手洗いに行きたいのだろうか。いやしかし骸骨の身体でどうやって…とアンデッドが排泄をする可能性について考え始めたところで「ああそういえば報告していなかったな」と思い出す。そうして取って付けたように報告すれば、目に見えてモモンガさんの肩から力が抜けた。無駄な心配かけてすみませんでした。

 

「てっきりシュヴァインさんがデミウルゴスをやってしまったかと…」

「それでお茶飲みながら茶菓子もりもり食ってるとかおれの人間性くそ以下じゃないですか」

「なのでウルベルトさんに代わって超位魔法で敵討ちするべきかと悩んでいました」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

これがゲームの中で、おれが持っている最も強い装備で立ち向かうならば、ヒットポイントが二割ほど削れるだけで死ぬことはないだろう。

けれど今は現実で、おれがモモンガさんの攻撃を食らって実際生き残れるかどうかはわからないのだから、死亡フラグはできるだけへし折っておきたいじゃないですか。

 

しかし不意に呟かれた「心配しすぎて徹夜作業もはかどらなかったのに」というモモンガさんの言葉を聞いてぎょっとする。

なんでそんな社畜みたいなことを自主的にしてるんだこのひとは。

まさか実はそういう性癖の持ち主なのかと思ったけれど、どうやら死の支配者(オーバーロード)…アンデッドの身体になって以降、身体が食欲や睡眠欲、疲労感といったものをまるで感じなくなったらしい。

食欲はメイドが用意していたお茶を断っていた時点で想像に難くなかったが、睡眠欲や疲労感についてまでは予測していなかった。

そして性欲のほうは微妙に感じなくもないらしい。けれど実践する前に大事なものが喪失したそうだ。それを聞いて「これで名実ともに魔法使いじゃないですか、やったね!」と言いながら目の前でステップ踏んだらモモンガさんの第三位階の攻撃魔法がおれの脳天目がけて炸裂した。

きかぬわ。

 

「今後の方針について」の話し合いなんぞそっちのけにしてきゃっきゃうふふと遊んだり、アインズ・ウール・ゴウンの昔話に花を咲かせたりしていたけれど、不意をついてモモンガさんが重たい溜め息を吐いた。

どうした、恋愛の悩みか。怖いもの見たさでアルベドに相談してみようぜ。

わくわくてかてかという気持ちで提案した言葉は無言で却下された。

 

「実はずっと後ろをついて回るお供に少し疲れてしまって…」

「あー」

 

おれは部屋の片付けで引きこもっていることが多いので今のところはそこまで辟易していないけれど、確かにあれはしんどいものだ。

こうしておれが息抜きを兼ねてモモンガさんの部屋を訪ねるだけで、おれの後ろにも近衛がぞろぞろとついてきたのだから、おれよりも活動的に動いているモモンガさんはもっと精神的につらいものがあるだろう。

近衛やメイドたちを「友との歓談に無粋なものはいらぬ」とそれっぽい言い訳をして部屋から追い出す程度にはモモンガさんは参っている。それが今後活動するようになったとき、おれの後ろについて回ると思うと部下の皆さんには申し訳ないがぞっとする。

 

「もう変装でもして散歩するしか…」

「それだ!」

「えー」

 

そんなのどこの王侯貴族ぅ! と自分で突っ込みを入れるよりも前に、目の前の骸骨がおれに骨の指を突きつけた。

それまじで言ってるの? 言っておくけど豚君は絶対無理だと思う。

 

「いいじゃないですか、少しだけ息抜きに散歩するだけなんですから。わかりやすい格好でいるから頭も下げられるんですよ。変装すればうまくいくはずです」

「えー」

 

それはちょっと安直ではなかろうか。それにもしそれがうまくいったとしても、そうなるとおれたちはナザリック周辺を徘徊している不審者という図になるぞ。

 

警戒態勢を敷いたのモモンガさんご本人ですよね?

我らがギルド長は精神的な疲労のあまり冷静に考えられなくなっているに違いない。モモンガさんあなた疲れているのよ…と告げようにもすでに<上位道具創造>(クリエイト・グレーター・アイテム)により、目の前には死の支配者(オーバーロード)ではなく見慣れぬ黒い騎士が立っていた。

 

「さ、行きましょう!」

「えええおれもですかぁ?」

「言い出しっぺの法則ですよ」

 

法則ならしかたないな。

 

 

×××

 

 

結論だけ言おう。ナザリックの警戒態勢には勝てなかったよ…。

 

どうするんですかめっちゃついて来ますよ、だから安直だって言ったんです、そもそも最初からばれてたし。

視線を送って訴えてはみるが、闘技場で起こった事件の前科があるので、モモンガさんとおれの間でアイコンタクトが成立するとは最初から思っていない。

なにごとも諦めが肝心なのかもしれないと悟りを開きながらおれは外套のフードを取っ払う。そして諦めの悪い騎士ことダークウォリアー()さんと、そんな彼の魔法でガンナーに変装していたおれはデミウルゴスを背後に従えながら霊廟の出入り口を目指していた。

 

これは余談だが、豚君としてはあれだけ弱ってたデミウルゴスが二十四時間以内にここまで回復していることに驚きである。ポーションの効果だとはわかっていても、少しばかり憂慮する。

うわっ…おれの特殊能力(スキル)弱すぎ…?

 

しかしそんな憂慮と呼べない憂慮も、どうでもいい思考も、霊廟から一歩踏み出したところで全て掻き消された。

そこに広がっているのは満天の星空だった。

こんな見事なものは大昔の記録を残した図鑑や写真でしか、いいや、今まで一度だって見たことがない。なんて綺麗なんだろうか。

 

「まぶしいな」

 

空が輝いて、まるで財宝の山を見上げているようだった。

 

「すごいな…。仮想世界でもここまでは…」

 

こんなに綺麗なところなら人工心肺も必要ないだろう、というモモンガさんの言葉にうなずく。おれは空気汚染の影響を受けて心肺交換をした側なので余計にそう思う。

夢中になって星空を見上げていると、ふとモモンガさんが空間からアイテムを取り出して手渡してきた。小さな鳥の翼を象った飛行魔法用のネックレスだ。ああ確かに空を飛んでこの光景を眺めたら、さぞ素晴らしいことだろう。

けれどもおれはそれを手を軽く振って断った。

自分用にそのアイテムは持っているのでモモンガさんの手をわずらわせる必要はないだろうと思ったし、なによりおれは、もう少しここから見上げていたかった。

 

「どうぞ。おれはもう少しここにいます」

「そうですか? …では少し行ってきますね」

 

モモンガさんがふわりと浮かび上がると、後ろから困ったような声が聞こえた。

…やっべえ、デミウルゴスがいるのを忘れて普通に敬語使っちゃったよ。ていうかモモンガさんもおれに対して敬語使ってたよ。

二人揃って支配者としてのぼろが剥がれかけていることに内心で焦りつつ、しかし見てくれだけは余裕を持って振り向き「お前はモモンガど、…モモンガさんのほうについてくれ。この辺りならアウラとマーレもいるだろう。おれのことは心配しなくていい」と言う。

支配者とはァ、言葉遣いではなく心構えで決まるものなのだァ! と自分に言い聞かせながら。

 

夜空に感動しただけで剥がれるぼろならば最初からやらないほうがよかったなあと考え、急遽方向転換をすることに決めた。やはり演劇部といっても裏方には荷が重かったよ…。

 

ごく短期間だったとはいえ黒歴史を一つ増やしたという悲しみと、この熱い手のひら返しを見て目の前の相手にどう思われるかと心の中で冷や汗をかいたが、デミウルゴスはどんどん上昇していくモモンガさんとおれとを見比べて「なにかありましたらすぐにお呼びください」と優雅に一礼してから背中から蝙蝠のような翼を生やして飛び立った。

すげえ。人間から蛙の顔になる過程が見ていたはずなのに目で追えなかった。

 

 

×××

 

 

モモンガさんを追ったデミウルゴスが小さくなって見えなくなった頃に、おれも真っ直ぐ歩いてナザリックの外を目指す。目的地は言うまでもなく闘技場で報告されていた草原だ。

おれのいたところでは草木なんてのはドーム内に建設された室内公園ばかりにしかなくて、そのどれもに「芝生に立ち入らないでください」と注意書きが設置されていた。

けれど今この場所ではそんなものは一つもないはずだ。

一度、古い漫画でよく見るような、草のうえで寝転ぶということをしてみたかった。

 

そうして空ばかり見上げて歩いているせいか何度か墓石や枯れ木に足を取られたが、無事に草原まで辿り着いた。草の分厚い場所を見つけると身体をそこに横たえる。満天の星空を見上げて、おれは今憧れたシーンを自分の身体で体感している。

ああ幸せ。これもうこのまま寝れる。

 

もったいないと思いつつも、一度そう考えると意識が少しずつ微睡み始める。

聞こえてくるのは静かな風の音と虫の声。そして「シュヴァイン様!」という悲壮感に満ち溢れた悲鳴だった。

…豚君、癒しの時間終了のお知らせですぅ。

 

眠気に支配され始めた身体を緩慢な動作で起こすと、ナザリックのほうからものすごい勢いで走ってきている子供の姿が見える。あれはアウラだ。あれと表現したもののおれたちの距離は瞬きをするたびに近くなり、残りの距離が五十メートルのところで背伸びをし、身体がほぐれたことを確認する頃には、すでにアウラはおれの目の前に駆けつけていた。

この記録なら世界も狙えることだろう。

 

「どどどどうなさったんですか! もしかしてお身体の調子がよくないですか!? デミウルゴスが言っていたんです、シュヴァイン様は先日お身体の調子がよくないようだったから守護者たちで気を配らないとだめだって! どうしよう、どうしよう! とにかくナザリックのほうへお連れしなきゃ…! でも頭を動かして大丈夫なの? あたしの勝手な判断で至高の御方になにか取り返しのつかないことがあったら…!」

「落ち着け」

 

反応が完全に心臓発作で倒れた人を助けようとして空回りしているやつの図だ。

おれは草原で寝転んでいただけでそんな重篤な症状に陥ってはいない。強く頭を打ったわけでもないから動かしても問題ない。というかそもそも、そんなに心配される謂れはない。

けれども右往左往しているアウラの顔は見ているほうが心配になるほど悲壮感に溢れていて、目尻には涙が溜まっている。

 

これあかんやつや。そう判断して、まずは「ばちん」と両手を打ち鳴らした。

突然の大きな音にアウラの思考は止まったようで、涙を引っかけたままの目をこちらへ向ける。

ここでハンカチの一つでも取り出せば実にジェントルメンな対応だが、生憎そんなものは持っていない。もう服の袖でいいだろうかと雑な考えが頭をよぎったが、この外套はモモンガさんに提供されたものなので少しばかり気が引ける。魔法によって生み出されたものを普通に洗濯して返却するのもどうかと思うが、今はその話題はひとまず置いておこう。

 

拭くものがないのでおれは大人しくなったアウラの目尻に溜まった水滴を親指の腹で払い、手のひらにすっぽりと収まる小さな頭を撫でる。うわー親戚の子の小さいとき思い出すわ。

 

そしておれに頭を撫でられていると理解したアウラは、もう一度両手をわたわたと動かして慌て出した。あ、だめですかこれ。事案発生ですか?

通報はまずいと今度はおれが慌てて頭を撫でていた手を離した。

 

「シュ、シュヴァイン様…が、えっと、倒れているって…シモベたちに聞いて…」

「落ち着けアウラ、おれは少しばかり外の空気を吸いに来ただけだ。心配をかけてすまないな」

「いえ全然そんなことありません! あたしのほうこそ早とちりしてすみません!」

 

ぺこ! と子供に頭を下げられると申し訳なくなる。アウラさんめっちゃいい子。

おいおっさん早くお年玉よこせよとか言ってくる成長した親戚連中のガキどもとは大違いだ。

 

モモンガさんの指示でナザリックの隠蔽工作をしているのは知っていたが、まさか実際に顔を合わせるとは思っていなかった。…そうですぅ、あのときデミウルゴスに言ったのは口から出まかせですぅ。なので共犯者を発見したとばかりに「どう? 一緒にごろごろしない?」と声をかけようかと思ったがそれこそ事案と言われるような気がして口をつぐんだ。

 

さて急病患者疑惑も晴れたので、もう一度草原に横になる。

しかし「おれのことは気にしなくていいぞ」とアウラに告げたところ「至高の御方を護衛もつけずにお一人にするなんてできません!」と返ってきた。ブルータスおまえもか。

 

ちょこん、と効果音が聞こえそうな動作でアウラはおれと一人分の距離を置いた位置に座る。これは嫌われているのか、それとも上司としての扱いなのか非常にわかりづらい距離だ。

闘技場でも「自らに使命を課して妥協を許さぬ気高きお方」とか言ってたしな。おれからすればこれは漫画の登場人物の話かなと首をかしげるレベルだけれども。

そんなお堅いイメージがあるのなら、偉そうな支配者像から方向転換すると先程決めたばかりなのだから、ここは懐柔するべく動くべきだ。

 

子供といったらお菓子だろう。安直な意見だが今のところそれしか打開策がない。

あとで食べようと持ってきていた茶菓子の残りを包んだ懐紙を取り出して、おれはそれをそのままアウラに手渡した。

 

「えっ」

「こんな残りもので悪いがな。がんばっているアウラに褒美をやろう」

「い、いいんですか!?」

「数が少ないから他の連中には内緒だぞ」

 

メイドに頼めば量産してくれると思うけれども、それには時間がかかるので割愛する。

子供ってほら、ちょっとだけとか、自分の特別なものとかそういうのがお好きじゃないですか。

これでアウラが「こんな子供っぽいご褒美なんていらないわよ!」と言い出すようなおませさんタイプだったら今のおれに打つ手はないので後日再挑戦しようと思っていたが、想像していたよりも喜んでくれたようだ。

オッドアイをきらきらと輝かせてお礼を言われた。

 

「ありがとうございます、シュヴァイン様!」

 

うっ…打算だらけの贈り物だったのに、悪意のない笑顔がまぶしい。

 

アウラはそれはもう大事そうに茶菓子の包まれた懐紙を自分の上着の内側にしまい込む。硬い焼き菓子なので簡単に潰れることはないと思うが、少し時間を置いては菓子のある位置を確認してにこにこと笑うその姿に罪悪感というかいたたまれなさがちくちくと刺激されている。

おとなになるってかなしいことなの…。

 

結局このできごとで眠気は覚めてしまい、夜空に集中することもできなくなってしまったので、おれがアウラに見送られて第九階層まで戻ることになったのは言うまでもない。

 


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