オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇の歯牙がかかる

モモンガさんに使う言い訳として「先っちょだけだから!」と言ったあたり、おれはペロロンチーノをディスることができない程度に変態である。

豚で変態とかもう目も当てられねえな。

 

そうして薬草から解毒薬から、上位ポーションに魔法具と、ありとあらゆる状態異常を回復させるアイテムを取り揃え、人払いをした部屋に呼び出したのはデミウルゴスである。

すでに罪悪感がやばすぎて自分の感情の閾値を超えているのか、髪の毛の蛇がしきりに威嚇音を鳴らしている。

 

そう、なにを隠そうデミウルゴスには、おれの特殊技術(スキル)が本当に発動するのか、実験体になってもらうことにしたのだ。

 

「お前が呼び出された理由はわかっているか?」

「はっ、無論でございます。先日の無礼、当然不問にできるものではございません」

 

不問にする気で満々だったけれども都合により不問じゃなくなったとは言うまい。

跪いたデミウルゴスに「面を上げろ」と告げれば、切れ者、やり手、できる男という印象しか抱かないようなその顔が、緊張で引き攣っているのがわかる。

一瞬「やっぱり申し訳ないしやめておこうかな」という気持ちが過ぎるが、しかしこれを決行しなければ、明日は我が身が危険に晒されるかも知れないのだ。なんのためにモモンガさんを説き伏せたと思っている。

おれはデミウルゴスにばれないように深く息を吸って、蛇皮できしむ頬を無理矢理持ち上げた。相手の不安を少しでも軽減できるよう朗らかな笑顔を心がけよう。

 

「わたしの体調も回復してな。これからはナザリックの外の様子を調べるのに、わたしが直々に赴くこともあるだろう」

「そんな…、そのようなことは我々にお任せください」

「ああ、それでもいいのだけれど。今日は少し試してみたいことがあってな」

「試してみたいこと、ですか」

「そうだ。もし未だにわたしの体調が万全でない場合、敵と遭遇したときに、身を守る手段が働かなければ困るだろう」

「仰る通りです」

「わたしの力がきちんと敵を苦しませるに値するか。体調はすでに万全か。デミウルゴス、お前に少しばかり手伝って欲しいんだ」

「…はい、畏まりました」

 

察しのいいデミウルゴスは気づいたようである。

いや、上司がこんなことを回りくどい言い回しで要求したら普通に気づくか。いやはやとんでもブラックな企業である。

遠回しに「嫌なら断ってもいいのよ?」と聞いてみたが「いいえ、シュヴァイン様のお役に立てるのならば本望です」と返答された。社畜の鑑をここに見た。

 

「とは言うものの、先日も言った通りお前を死なせるつもりは毛頭ないからな。ここに状態異常を回復させるポーションを揃えた。毒や麻痺の類いなら一分、いや四十秒…三十秒耐えてみせろ。石化ならあとで解いてやる。それで先日のことは不問だ。今後とも変わらずにナザリックへ忠義を尽くしてもらう」

 

おれだったら絶対に辞表叩きつけるね。むしろ労基署に駆け込むわ。

訴えられたら負ける、それが豚式会社…!

 

「ふざけるな」と怒ってもいい状況なのに、デミウルゴスは「畏まりました」と一礼する。

近くに寄れという意味を込めて手のひらを二度動かしたけれど、これ本当に大丈夫? 危機探知も本質看破(センシティブ・グラスプ)も反応はしていない気はするんだけれど、おれまだ自分のスキルを心の底から信用できてないからね。やられる前にやれの精神で反撃されたらおれに与えられた選択肢は「耐える」しかないよ?

 

玉座と言っても過言ではないような豪奢な椅子に座るおれの足元へ、デミウルゴスが跪く。

わあ睫毛長い。これだからいけめんは。ちょっとばかり嫉妬しながら首に手を滑らせて、赤銅色のネクタイに手をかけた。

 

「申し訳ありません、私が」

「いや、いい」

「…お手を煩わせます。お許しください」

「気にしなくていいとも」

 

今から訴訟ものの仕打ちをするんだから、これぐらいは当然ですよう。

それにしてもネクタイってどうやって外すんだっけ。おれの職場は私服でOKなところだったものだから、最後にネクタイに触ったのは就職活動のとき以来だぞ。…あっこれだめだ。緩んだけれど絡ませたせいで抜き取れない。

…このままもたもたするのもあれだしな。おれも注射するときに焦らされたら嫌なタイプだし。ここはあとでネクタイの結び目の構造を忘れたことを素直に報告して謝ろう。

 

ワイシャツの襟に手を入れて首回りに余裕を持たせると、その首筋が露わになった。

首って血管太いし神経集まってる場所なんだけれどもこんなところに噛み付いて大丈夫なのか。おそるおそる浮き出た血管に沿って指を動かすと、デミウルゴスが微かに震えた。

 

…いや、もうこれ以上余計なことを考えて焦らすのはよくない。悪魔だから大丈夫! デミウルゴスは強い子! よし!

 

「状態異常の耐性を外しておけよ」

「は、すでに」

 

めっちゃ準備いいなと呟きそうになった言葉は、首筋に噛み付いた口の中で不発になった。

 

突き立てた歯牙の奥から生暖かいものが、細い管を通って這いあがってくる。どうやってそれをやればいいのか、手足を動かすように理解できた。モモンガさんが死の支配者(オーバーロード)になってから魔法の発動方法やマジックポイントの残量が感覚でわかると言っていたのが、この状態だろうか。

ぼんやりと考えながら食いついた場所にその生暖かいものをそそぎ込むと、デミウルゴスが小さく呻いた。

 

「…っ」

 

口を離して、あらかじめ用意していた懐中時計の秒針を見る。

そしてもう一度デミウルゴスに視線を戻すと、彼はおれが食いついた場所を手で押さえ、膝元に伏せってきたところだった。

噛み付いた場所に歯牙のあとがついて、おれの唾液と毒液、そしてデミウルゴス自身の血液で濡れている。たいへん申し訳ない気持ちになって、それをこっそり手のひらで拭った。

 

「も、もうしわけ、ありません…! すぐに立ちます…!」

「構わない。むしろ平然とされたほうが困るだろう」

 

これは本音だ。

というか、やはりおれの攻撃にも状態異常負荷は加わるものだったのか。よかった。不謹慎だけれど、効果が出てくれないとおれの今後がお先真っ暗なのである。

 

この様子は普通の毒か。それとも麻痺毒だろうか。他にも混乱やら昏睡やらの可能性がある。状態異常の負荷が発生するのは確定だけれども、一定の割合でどれかが発生するというスキルの組み方をしたものだから、デミウルゴスにどんな症状が現れているのかわからない。これは使いどころを考えなければいけない能力だ。

 

「デミウルゴス、今お前を襲っている状態異常はなんだ」

「…猛毒、です…。ぅ…、さすがは…シュヴァインさま…、すばらしいおちからです…」

 

ひえ。

目に見えて急速に弱っていくデミウルゴスに思わず怯む。

つらいだろうと背中をさするが、なにを隠そうデミウルゴスをこんな状態に陥れたのは言うまでもなくおれである。

 

効果が発生することは確認できたのだから、もう助けてやってもいいだろう。というかごめん、好奇心でこんなことやって本当にごめん。今この現場をモモンガさんに見られたらぼこぼこにされても文句は言えない。予想していた以上にデミウルゴスの症状が重篤なのが焦りを生んで、髪の毛の蛇がまたしても鳴いている。

おれは慌ててサイドデスクの上に置いていたポーションを手に取って、苦しげに空虚を握るデミウルゴスの手に持たせた。早く飲みなさい。大丈夫? 飲める? それともおれが栓開けたほうがいい?

 

けれどもおれが握らせたポーションの瓶を、デミウルゴスが力なく押し返した。

なん…だと…?

 

「まだ、二十秒あります…ので…」

 

真面目か。いや本当にすみませんでした!

 


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