辺り一面が草原か、そうかそうか。はい、あとモモンガさんよろしくね。
考えることは得意ではない。
PvPなどの戦闘も、おれは装備の耐久と武器の性能にものを言わせてごり押しするタイプだったので、戦略やら分析やらという言葉とはまるで無縁の思考をしている。考えたところで「火タイプは水タイプに弱いよね」程度のお粗末なものだ。
そんなわけでこの異常事態に自分の頭が役に立つだなんて露ほども思えないので、大人しくしていることに決めた。
他人の意見を尊重するギルド長はおれの顔をちらりと見てから、階層守護者に指示を送る。…そして指示を終えるとまたちらりとおれを見る。いやいいよ、モモンガさんが他人の意見尊重派なのは知ってるけどそこまでおれの意志を尊重してくれようとしなくていいよ。
大丈夫ですぅ、モモンガさんがなにを考えてるのか正直さっぱりわからないですけど適当に司会進行してくれたらおれ的には全然問題ないですぅ。
そう伝えるつもりで浅くうなずいてみせると、モモンガさんも一つうなずいて顎関節だけで動く口を開いた。
「各階層守護者に聞いておきたいことがある。皆にとって、我々とは一体どのような人物だ?」
ちょっと待てなにを受信してそんな質問を放り投げた。
モモンガさんて実は自殺願望でもあるの? これで「貴様はわたしの踏み台だァッ!」みたいな感じで襲いかかられたら、可哀想な子豚君はぶひぶひ鳴いて許しを乞うしかないというのに。
そうならないための耐久装備ですけれども。
いやあ国家転覆を企てるテロリストだろうが下剋上を狙う武士だろうが、上司にこんな質問をされりゃあおべっか使わざるをえないと思うのはおれだけだろうか。
まあ、そんな気持ちは守護者たちの返答を聞いた瞬間消し飛ぶことになるのだけれども。
「まずはシャルティア」
「モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方です。その白きお体と比べれば、宝石さえ見劣りしてしまいます。…そしてシュヴァイン様は、洗練された闇そのもののような御仁だと思っております。闇に潜み敵を屠るそのお姿は、けして並び立つものはいないと」
「――コキュートス」
「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シイ方々カト」
「――アウラ」
「モモンガ様は慈悲深く、深い配慮に優れた素敵なお方です。シュヴァイン様は常に自らに使命を課し、妥協を許さぬ気高きお方だと思います」
「――マーレ」
「モモンガ様は、す、すごく優しい方だと思います。しゅ、シュヴァイン様はとっても強い方だと思います」
「――デミウルゴス」
「モモンガ様は、賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です。シュヴァイン様は戦略に富み、それを堅実に行うお力を持ったお方。その敢為邁往なお姿はまさに豪傑と呼ぶに相応しいかと。その中で、寛大なお心持つお方だと思っております」
「――セバス」
「モモンガ様は至高の方々の総括に就任されていた方。そしてお二人は最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方々です」
「最後になったが、アルベド」
「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私の愛しいお方です。シュヴァイン様はナザリック地下大墳墓の繁栄に尽力を惜しまず、けして指針を見失わぬ標のようなお方。お二人とも、私どもの最高の主人であります」
はぁい、ちょっとタイム。ごめんねぇ悪いねぇ、待って待って待ってこれ誰の話?
顔の前で両手をばつにして乱入していきたい衝動に耐える。
この場所でこの空気をぶち壊すことは、馬鹿のすることだろう。豚君知ってる! 真面目に聞かないと血祭りにあげられるんでしょ!
そもそもこういう空気が得意でない。真正面から間違った解釈で誉め殺しにされて、いたたまれないのだ。背中を下から上に撫でられるような落ち着かない感覚がおれを包む。
平常心だ、まずは落ち着いて素数を数えるんだ。
なんとか顔に出すまいと無理矢理感情を圧し殺していると、不意に「しゅーしゅー」と聞き慣れない音が聞こえてきた。えっなに。
視線だけで音の原因を確認すると、それは顔の真横から聞こえてきた。正確に言うと、蛇の威嚇音である。この蛇はどこからやってきたのか。
ヒント:髪の毛。
そう、今のおれは人間ではなく
その特徴はなんと言っても髪の毛の蛇。それが一斉に威嚇音を鳴らし始めたのだ。
なぜ急に鳴き出したのか。そもそもこいつら生きてたのか。疑問は尽きないが、蛇たちが鳴き出した原因に心当たりは一つしかない。おれの圧し殺した感情がそのまま表に現れてしまったのだ。
えーやだぁ、この身体めっちゃ不便なんですけどぉ。
言うまでもなく蛇たちの威嚇音はモモンガさんどころか守護者たちにまで聞こえただろう。皆おれのことを見てるもん。恥ずかし。
…いや「恥ずかし」とか言ってる場合じゃない。このままだとおれはいきなり騒ぎ出した阿呆になる。ええい取り繕うんだ、演劇部(裏方)の根性でごまかせおれ!
「お前たちにそれほど慕われているとは、照れてしまうな。そのような部下を持てて、わたしもモモンガ殿もお前たちのことを誇りに思っている。なあ、モモンガ殿」
「シュヴァインさんの言う通りだな。各員の考えは十分に理解した。それではわたしの仲間たちが担当していた執務の一部まで、お前たちを信頼し委ねる。今後とも忠義に励め」
よっしゃ帰れる雰囲気! はやくお部屋に帰してください!
モモンガさんがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させたのを確認し、すぐさま自分も発動させる。そのあとはもう逃げるように玉座の間へ転がり込んで、モモンガさんと顔を見合わせた。
「疲れた…」
「同じく。…ていうかモモンガさんて実は自殺願望でもあるんですか?」
「えっ!? やめてくださいよ急に! そんな恐ろしい願望なんてないですよ!」
「いやいやいや、そうじゃなけりゃあ普通あの状況で人間やめてる部下っぽい人に「おれのことどう思ってるう?」とか聞かないでしょう」
「だって、シュヴァインさんのスキルに
「アサシンのスキルですけどね、まさかこんな状況で使うなんて思いませんよ」
「合図送ったらうなずいたじゃないですか」
「あれ合図だったのか…。司会進行役お願いしますね、って伝えたつもりだったのに」
「いやいや、それこそわからないですよ!
「表情筋ない人に言われたくないです。顎関節だけで微笑む練習してください」
「…まあ、スキル、いらなかったみたいですけどね」
「…そっすね」
そう。おれたちをなによりも戦慄させたのは、誰一人として嘘をついていなかったことだ。
上っ面でおだてるような世辞ではなく、守護者全員がおれたちをなによりも強く、尊いものと信じて疑っていなかった。
「なんですかあれ。端倪すべからざるとか生まれてこのかた聞いたことないですよ。モモンガさんはおれのために早急に国語辞典のデータを確保してください」
「それを言うならシュヴァインさんだって、敢為邁進とか言われてたじゃないですか」
「なんですかモモンガさん、ちゃんと日本語しゃべってくださいよ。おれ中国語はちょっと…」
「日本語ですけど」
「嘘だッ!」
なんとも言えない静寂がおれたちを包み、同時に重い息を吐き出す。いやモモンガさん呼吸してないけど。
守護者たちの評価を崩した場合、おれたちはどうなるんだろうか。
おれはぶつ切りにして調理されるのだろうか。蛇肉って味が鶏肉に似てるらしいし。…モモンガさんは出汁ぐらいしか取れなさそうだ。
「…シュヴァインさん」
「なんですかモモンガさん。せせる肉くらいつけてください」
「アンデッドなので難しい要望ですね。…俺はタブラさんに謝罪しなければなりません」
「え、なんでまた」
「それは……、……」
「…懺悔なさい。神は全てを許します」
「俺は! サーバーのサービス停止日だからと! 調子に乗ってギルド長権限を使い、アルベドの設定を書き換えてしまいました! 俺のことを愛していると!」
「なんということでしょう! 神もお許しにならないわ! 一生悔いて生きるがいい!」
「神は全てを許すって言ったばかりなのに!」
「アンデッドに神はいないッ!」
「!」