外で畑を開墾するうえで不安要素になるのは「ファーマーであるプーレが活動する際、なにものかに襲撃されないか。安全は保障されるか」という点に限る。
何度も言っている通り、ナザリックのNPCでも最弱の部類に入るプーレに戦闘をさせるというのは、その辺りで拾った棒で最終ダンジョンに挑ませるにも等しい行為なのだ。
能力だけでものを言うならPOPモンスターにも劣る可能性もあるプーレへ警護をつけるのは当然ながら、ある程度予測可能な問題は発生前に原因を潰しておきたい。
犬――
アウラのほうを見ればうなずいたので「ここが話題の東の巨人とやらの住処で間違いないな」という確証を得る。ここからは相手が傘下に下るならよし。そうでなければ…まあそういうことになるだろう。
と、思っていた時期がわたしにもありました。
東の巨人と愉快な仲間たちの住処であろう洞窟の入り口を前にしておれの足は止まる。
理由はただ一つだけ。あたり一面から異様な匂いがするのだ。最初は空気系の罠や攻撃がしかけられたと思って解除スキルを使用したが、匂いが搔き消える様子はまるでない。
つまりこれは…単にこの洞窟が臭いということだろう。
…生理的に無理ですぅ。
腐敗した肉や清潔でない身体から匂うような悪臭に豚君の心は簡単に折れた。
ここにレアアイテムがあるなら、もしくは絶対に侵入しなくてはならない仕事ならば、話は別だった。自分の身体が泥水にまみれようが、砂ぼこりで薄汚れようが、たとえ何千何万を虐殺する仕事だとしても、盗賊と暗殺者の職業持ちとして引き受けてみせますとも。
けれども今回は畑を探しに来ただけで悪臭ただよう洞窟へ強行突破することは微塵も想定していないのだ。無理です。勘弁してください。豚君は絶対嫌です。
泥は使いかたによっては道具にもなるけれど、異臭は匂いでしかないのだ。しかもひとを不愉快にさせる類いの。
ここまで遠足気分で出てきたのが間違いだった。
うーわー、やだぁー、豚君ここから先に行きたくないー、ばっちぃ。
勿論声には出さなかったけれども顔にはしっかり出ていたようで「ここにいるものたちがなにか不快なことを…!」とおれがうんともすんとも言わないうちに部下たちが動き出そうとする。
モモンガさんいわく鉄面皮に定評のある豚君がここまで嫌がるのだから、この異臭は「なんだか変な臭いしない? もしかして…やだぁさいてー」とかそういう程度では済まないことを察してほしい。おれが過剰に反応しすぎてる気がしないでもないが嫌なものは嫌なのだ。
そうしてそんな彼らをなんとか諌めてから、おれはアイテムボックスから道具を二つ、三つほど取り出したのであったたた。
「ここであぶり出そう」
「服従させる件はよろしいのですか?」
「こちらとの実力差を見極められる能力があるならよし。憤怒することしかできないで襲いかかってくるような愚かものだったならば、ナザリックに入れてもしかたないだろう。…と、モモンガさんにも説明しよう」
「さすがです! ナザリックのシモベに相応しいか、ふるいにかけるんですね!」
おんびん? なにそれうまいの。
無臭効果のあるアイテムを準備してたら実行できたかもね。
モモンガさんにばれたらぶん殴られそうな作戦を頭の中で組み立てながら、取り出したアイテムの一つをシモベに手渡して洞窟の入り口の周辺にばら撒かせていく。アイテムの正体? なんてことはない。森の一部を開拓するときに焼畑の必要があるならばと持ってきた火薬ですよぉ。
はいそして用意したものがこちらです。
部下たちが、ひいてはプーレが七面鳥のようになるのを避けるためだいぶ後ろのほうに下がらせてから、包囲効果のある魔法の巻物を発動させる。必要以上の大火事を起こすつもりも、ここで厄介な騒動を起こすつもりもないからこその重要な対策だ。
そうして全員が安全圏にいることをもう一度確認してから、おれはもう一つ、
その途端に響き渡る轟音、燃え広がる灼熱。
包囲魔法の効果が及んでいる場所のはしのほうまで避難していたのに、生き物を一瞬で蒸発させそうなその温度はすぐにおれのところまで這い寄ってきた。用意した火薬の量が多すぎたか。
自分の足元に
おっとぉ…これはもしかして森の外部まで爆発音が聞こえたんじゃあなかろうか。モモンガさんに大目玉を食らう旗が数本立ってしまった気がする。包囲魔法はダメージとなるものならば全て遮断してくれるけれども、音量についてはなんの働きもしてくれないないのだ。
やはりど素人が火薬をいじくるべきではない。こうしてとんでもないことが発生するのでよい子は真似したらだめだぞ(はあと)
つまりなにが言いたいのかと言えばおれはおとなしく悪臭ただよう洞窟に挑むべきだった、かもしれない。それでもおれは入りたくない。それでもぼくはやってない…。
「シュヴァイン様、ご無事ですか!」
「ああ、なんの問題もないとも。それよりもアウラ、潰れた洞窟の下にはどれくらいの生き残りがいるかわかるか」
「洞窟の中の生き残りは…、…二匹ですね。その他の生き物は間違いなく死にました」
「えぇ…? …やりすぎたと思うか?」
「そんなことはありえないです! 至高の御方のすることに間違いなんてありませんよ!」
おれの計算ならば死者は半数くらいで済むはずだったんだけれども。
範囲魔法が解除されて駆け寄ってきてくれたアウラの過言でしかない言葉に眩暈を覚えつつ、そうして焼け野原へとすがたを変えた場所を観察していると、地面がむくりとふくれて地面からトロールとナーガが生えてきた。
いや、この場合は生えてきたと言うよりも、命からがら這い出てきたと言ったほうが正しいか。
反省も後悔もしてはいないが、悪いことをしたなとは思う。
この状況を噛み砕いて説明すれば自宅でくつろいでいたら爆発が起こって家が潰れたというものなのだから。それが人為的に起こされたとなっては、まあこうなるだろう。
「貴様かああぁ!」
Q:トロールが襲いかかってきた! 攻撃しますか?
悪いことをしたなとは思うけれど、反省も後悔もしていないので答えは「はい」一択である。
おれと視線がかち合った途端、トロールのほうが拳を振りあげ襲いかかってきた。だいたいわかってた。おれも自宅を爆破されるような状況に放り込まれたらほぼ同じ反応をするだろう。
誰だってそうする、おれもそうする。
襲いかかってきたトロールの一撃をかわして使い捨ての毒針を放つ。毒針が眼球に命中してのたうち回るでかぶつはさておき、すぐさま不可視化で逃走をはかったナーガの尾を踏んだ。
「ひぃ…!」
「聞きたいことがある」
「なんでも、なんでもお話いたします! どうか命だけは!」
がたがたぶるぶると震えるナーガに戦意はないらしい。
上半身が人間なのでおれの理解できる言葉が通じてよかった。これで蛇語を話されたらあのでかぶつに翻訳してもらはなくてはいけないところだ。頭部に蛇が生えていてもおれはバイリンガルでもなんでもないので、翻訳もしくは肉体言語で語り合わなければならないところだった。
×××
異臭がする。
めらめらと燃える肉の塊から発生しているその匂いは、大気汚染の排ガスよりも身体によろしくないような気がする。精神衛生的には間違いなくよろしくないものだ。まあ洞窟の中からただよってきていたものと比較すればまだましなほうだ。
その正体は目に刺さった毒針を引っこ抜いて勇猛果敢にも再度襲いかかってきたトロールの死体から発生しているものである。ちなみに制裁を下したのはおれではないです。
眼球に刺さった毒針を引き抜いて「この、小僧めがぁッ!」と東の巨人は立ち直った。
喚きながら振りあげた拳が鞭に取られて巨体が倒れ、そうして「フェン」と呼んだ主人の声に答えてずんぐりとした頭部が噛み砕かれるまでおよそ三秒足らずの流れでありました。アウラさん、まじ世界で一番調教師。
そうして息絶えたトロールの身体を焼いて灰にして肥料として利用するとプーレが言い出したものだから、こうして直火であぶっているわけだ。
「じゃあこの辺りにお前たち以上の強者はいないわけか」
「は、はい…あの滅びの建物の主人であるお方があなた様である以上、それ以上に強大な存在はいないかと思われます…」
「正確にはおれ一人じゃあない。もう一人の主人がいることを忘れずに発言しろ」
「はい! 申し訳ありませんッ!」
西の魔蛇と呼ばれているらしいナーガの爺さんは先程の凄惨な光景を思い出しているのか、おれとアウラとフェンリルの顔を見比べてはびくびくとしている。ここだけの話だが、おれも内心びくびくしている。アウラさんまじ調教師。
しかし視線が合うとそれはもう嬉しそうに笑うし、フェンリルも尻尾を振るので、自分に無害なものだとわかるとやはり「よぉしよしよし」としてやりたくなるのは親戚の子供が多いおっさんの悲しい習性である。いい子にはおじさんがお菓子あげようねぇ。
けれどもまずは最初の目的を達成させるべきだろう。
「とりあえずここに畑を開墾しようか。地下に死体がごまんとあるんだ。肥料にもなるだろう」
その辺りは豚君のお仕事とは完全に畑違いなので専門家のかたにおまかせしようと思います。
「よろしく頼むぞ、プーレ」
「おまかせくださイ! シュヴァイン様!」