オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇の退屈な日

ばかやろう、と真正面から罵声を食らったのは久しぶりだ。

その怒りが自分に対して「やりすぎですよ」というふんわりとした注意を含んでいるのを知っているとは言えども、おれにとってギルド長から下されたこの処罰はとても苦しいものだった。

 

おれがこれまでユグドラシルで集めていた無数の換金アイテムがエクスチェンジ・ボックスに飲み込まれていく光景と言ったら…、これで足りなかったらと思うとぞっとする。

そもそも換金アイテムは購入できる素材を買い集めたり強化合成をするときに消費する金貨を増やすためのものなのだから、この世界に転移した以上そこまでの重要性はないと思っていたのだけれども、今日このときほど大量にストックしておいてよかった、と思った瞬間はない。

もしこれで足りないぶんがあったならば、おれは換金アイテム以外のアイテムでこの損失を補填しなければならないのだから。

 

そうして大事な大事なアイテムたちを犠牲にするまいと投入したその数が数千個まで及んだところで、金額を確認していたモモンガさんの口からようやくお許しの言葉が出た。ああよかった。可愛いアイテムたちの危機は回避したのだ。

 

「支出と収入の均衡を崩さないようにと守護者たちにも口を酸っぱくして伝えていたのに、まさか背後から撃たれるとは思いませんでしたよ」

「すみませんでした」

「アイテムや武器だったから今後の問題こそないですけど、魔獣の可能性は考えていなかったんですか? その場合はいったいどうするつもりだったんですかね」

「すみませんでした」

「まあ生産者として責任を持って消費してしまった金貨は提出していただきましたけど。久しぶりにナザリックに帰還して玉座の間でギルドの収入支出の状態を確認したら、そのバランスが大崩落していたギルド長の気持ち、考えたことある?」

「すみませんでした」

「十八億て。百レベルのNPCの蘇生を三回してもお釣りが来るんですけど」

 

ギルド長のお小言は続く。

モモンガさんの部屋のソファのうえで正座をしているというこの状況で、おれにできることは謝罪を繰り返すだけだ。本当にすみませんでした。

 

そもそもどうしてこんなことになっているのかと言えば、久しぶりに部屋の荷物の整理をしているときに「とくべつな種」というアイテムを発見したのがきっかけだ。

これはユグドラシルのとある農夫向けイベントで配布された参加賞なのだが、そのイベントの上位入賞者には同じ報酬がさらにいくつか貰えるというような仕様があった。その効果はガチャを回すのと似たようなもので、育てれば一定確率で激レアアイテムを排出するというもの。

まあその排出確率はお察しなのだが、一番の目的は入賞報酬であり抱き合わせのように配られるそのアイテムではなかった。

 

それでも「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」という言葉を信じて運営から受け取った合計千と百個にもなるとくべつな種を八百ほど育てたこともあったが、そのどれもがはずれアイテムだったので、豚君の心はとうとう二つに折れた。

一段階育てる毎に金貨が必要になるというのもめんどうくささを加速させる要因になっていたと思う。これを第六階層にいるおれの作ったNPC(プーレ)に育てさせたとしても、金貨を使用する段階になるたびに確認画面が表示されることが非常に鬱陶しかったのだ。

そしてなにより別にこの「とくべつな種」を使わずとも、かなりの低確率ではあるがドロップするアイテムを集めれば、ラインナップに並んだレアアイテムと同じものを作れるというのがおれには大きかった。あれば嬉しいけれど、なくても別に困らないというやつだ。

無課金からでも参加できるイベントで参加賞として配られるアイテムなのだから、効果なんぞはそんなものだろう。

 

植えた段階でレアアイテムであればあるほど金貨をかけて育ててやる必要のあるこの植物系アイテムで、おれが「〜枚の金貨を使用しますか?」という選択画面で見た数字は最高でもせいぜい二百万程度だ。そのたびに「はいはい最上級アイテムですね神器級(ゴッズ)とかなにそれうまいの」と呟いていた日々が懐かしい。物欲センサー仕事した。

 

そんな理由で確認画面、選択、アイテムの回収の作業ゲーに疲れてしまったおれの手元には「とくべつな種」がまだ三百ほど残っていたのだ。けれどもこの世界に転移して、NPCが自立して活動している現在、おれがいちいち選択しなくてもあいつが勝手に植物を育ててくれるんじゃあないかという名案が浮かんだのである。

どうせ育つのは最上級かそれ以下のアイテムだろう。ストック整理にもちょうどいい。

豚君天才じゃね? そう考えて畑の上限値である二百のとくべつな種をプーレに預け「金に糸目はつけずに育成頼んだ」と丸投げした自分をぶん殴りつつ褒めたたえてやりたいが、どちらにせよこの選択は想定外の出費を生むことになった。

 

「いかがでしょうカ、シュヴァイン様」

「物欲センサー仕事した」

「はテ?」

「なんでもないとも」

 

神器級(ゴッズ)を四つに伝説級(レジェンド)が十五、聖遺物級(レリック)が十一とかなにそれこわい。

 

おれお前に「幸運」とか「女神の祝福」のスキルなんてつけて製作してないよ?

ファーマーで始まり生産効果を上昇させる魔法を覚えるために一部魔法詠唱者(マジックキャスター)の職業などを取得させ、ハイ・ファーマーで終わらせた数値の極振りにそんな余裕はない。これが「きちがい農夫」と言わしめたNPCの実力と言われればそれまでだが、当然、一部を除き取得しているスキルで成長を左右するようなアイテムでもない。

とんでもない成果に心なしかどや顔をしている気がする目の前の鶏を褒めながら、そうしておれはある存在の脅威を確かに認識したのであった。

ほんとうだもん…、ほんとうに物欲センサーいたんだもん…。

 

喜びと悲しみとどん引きでこんなときどんな顔をすればいいかわからないの、と戦慄していたそのとき、おれの脳裏をよぎったのは言うまでもない。出費の二文字だ。

慌てて玉座の間に駆け込んだとき、そこにはコンソールを見つめてわなわなと震える死の支配者(オーバーロード)がいたのであったたた…。しんだしんだ。

 

そして冒頭に戻る。

さすがに超位魔法でも叩き込まれるかと思ったが、それよりも厳しい処罰をギルド長は下した。当然と言えば当然だが、おれの不始末はおれが拭うことになったのだ。

換金アイテムが! エクスチェンジ・ボックスにシュゥゥーッ! 超! エキサイティン!

 

上司二人が突然宝物殿に現れて、音改さんの姿で気の遠くなるような数の換金アイテムを黙々とエクスチェンジ・ボックスに投げ込む作業をさせたパンドラズ・アクターには悪いことをしたと思っている。

 

「やべえ…換金アイテム残り千個切った」

「いやいや、むしろまだあることに驚きですよ」

「でも神器級(ゴッズ)のアイテムとかが思いがけず手に入りましたから」

「あー、それは大きな収穫ですね」

「いや実はとくべつな種がまだ百個ほど残ってて…」

「懲りてないなこのひと」

 

むしろ欲に目が眩みましたけど?

だがしかし数億の出費は痛い。モンスターを倒しても金貨が手に入らないこの世界では、それを補填するためには自分のアイテムを崩さなくてはいけないことになる。それでは本末転倒だ。

 

「金貨以外の別の手段で育てる方法ってないもんですかねえ」

「ゲームの裏技を探すみたいなものですよ、それ」

「いいじゃないですか裏技。おれ、バグが起きないなら換金アイテムの増殖バグとかばんばんやるタイプですよ」

「えーシュヴァインさん邪道」

「やだー、モモンガさんてば王道」

「でもコレクションしたアイテムは?」

「唯一無二です、きりっ」

「いえー」

「やふー」

 

ひとしきり遊んだあとで「ナザリックの外で育てたらどうなるんでしょうね」とモモンガさんが提案をあげる。なるほどそれは考えてなかった。ナザリックの中で育てれば間違いなく金貨を取られるが、その外部でユグドラシルの植物を育てるとどうなるのか。

その逆のパターンとして野菜などの育成を現在ナザリックで実験中だが、こちらのほうは、しかも特殊アイテムの育成は試したことがない。

 

「そうなると畑の確保からになるわけですが、おれその辺は完全に専門外だからなあ」

「植物が育つにしろ育たないにしろ、この世界の人間に盗まれないためにも人目につかない場所で育てたほうがよさそうですね。適した場所をアウラに探させましょう」

「実際育てるのはプーレになるでしょうから、安全面も考えてあげてください…」

「勿論です」

「うちの子はか弱いんです! もっと考えてあげてください!」

「で、でたー、モンスターペアレントだー」

 

実際外見もモンスターだしね。

 

 

×××

 

 

畑用地を探して三千里。

たぶん三千里も捜索していないし、なにより「里」の単位の細かい数字などわからないので語呂合わせのための適当でしかない数字だが気持ち的にはそんな感じなのでよしとしよう。

残りの「とくべつな種」をなんとかするのと、あわよくばナザリックの外部に生産用地を確保する意味を兼ねて、おれはアウラ、エントマ、そしてプーレと他二名のシモベを引き連れてトブの大森林へと訪れていた。

 

正直なところ案内役のアウラと土壌観察をするためのプーレがいれば足りるんじゃあないのかと思わなくもないが、プーレの警護や周辺の警戒について計算すると、どうしてもこの人数になるらしい。それ絶対豚君の護衛も計算に入ってますよね。はいはい知ってました。

 

「鬱蒼としたところでは太陽の光が当たらズ、植物の成長が阻害される可能性があるのですガ、畑にする場所は適した環境に開墾すると考えてよろしいでしょうカ」

「その辺りについてはお前に全て任せる。育つか、育たないかもわからない土地と植物では実験をするようなものだからな。なにか必要な工事や道具があれば支給するとも」

「ハ、畏まりましタ」

 

森の出入り口付近ではすぐに第三者に見つかる可能性があるので、おれたち畑開墾部隊の一行は徒歩で奥地を目指して進んでいく。

なぜ騎乗魔獣を使っているのに徒歩なのかと言えばプーレに土壌を観察させながら進むためだ。土を確認しては歩を進めるプーレの左右をシモベたちが警護し、その後ろをフェンリルに二尻したアウラとおれ、そして最後尾についたエントマと続いておれたちはぞろぞろと進んでいく。

…これは余談だが、土壌の確認をしながら歩いているプーレの姿はまさに餌を探している鶏としか言いようがなかった。ときどき「コーッ、コッコッコ」と鳴き声が聞こえるのが余計にそう思わせる。ファーマーではなくファームされる側の家畜にしか見えない。

 

「土壌は悪くありませン。とくべつな種はともかくとしテ、ナザリックでも作っている植物や野菜は育てることはできそうでス」

「そうか」

 

揺れる腿肉を見て照り焼きにしたら絶対うまいと考えているところに振り向いて報告してきたプーレにうなずいてから、おれはぼんやりと意識をさ迷わせる。この調子ならば森の奥にたどり着くころには夕方になっていてもおかしくない。レアアイテムの気配があれば気合の入れようも違うだろうが、こんな森林の中ではそれも望み薄だろう。これは退屈な一日になりそうだ。

と、思っていたのだけれど。

 

ばうばうと犬の吠えるような声が聞こえてまどろんでいた意識が引き戻される。

「こけッ」とプーレが引き攣ったような声をあげておれたちの隣まで下がってきたけれど、他のメンバーが動じる様子はまるでなかった。姿が見えないのでスキルで相手との力量差を測ることもできないが、ナザリックの面々には歯牙にもかけない相手なのだろう。

 

「賑やかだな」

「…反応が二つあるので、魔物が狩りの最中なんだと思います。…シュヴァイン様が不愉快に感じられるのでしたら殺して静かにさせますが?」

「そうだな…、…んん、いや待て」

 

「電気消します?」くらいの気軽さでアウラが言うものだから適当にうなずいてしまうところだった。やはり彼女もナザリックの子、略してナザっ子。あの弟にしてこの姉あり、とんでもない過激派である。

 

「いやそれには及ばないとも。ほんの少し興味をひかれただけだ」

 

悪即斬も二度見する素早さで行動を起こしそうなアウラの意識をそらすために適当なことを言ってみた。嘘です。興味なんて毛ほどもないです。ただこう言っておけば「じゃあ別に殺す必要もないですよね」くらいに考えてくれるだろうと思っての発言だ。

 

「はい! かしこまりました! …エントマ!」

「はっ、すぐにお持ちいたします」

「え」

 

思わずエントマのいるほうを見たけれどもすでに彼女はそこにはいなかったたた。

そうしてたいした時間も置かずにぎゃうん! とかぐぉん! とか野太い野犬の声であるはずなのにいやに悲壮感の漂う鳴き声が聞こえて、エントマの右手に首根っこをつかまれた大きな犬がおれの前まで引きずられてきた。左手には同じように人型のなにかを連れている。

なんてこった。

 

想定していた展開からななめに直進されたおれが言葉を失っていると、エントマは「ほらぁ、至高の御方の御前なんだからぁ」と犬の首を真上から押さえつけてふせ(物理)を取らせる。

そうして左手でわしづかんでいた人型――ゴブリンのようだ――に目配せをして地面に両膝をつかせた。

ゴブリンがぶるぶる震えて大人しくエントマの指示に従った側ら、大きな犬は押さえつけられながらもなんとか逃げようと身体をよじっていたが、瞬間、石化したように動きが止まる。フェンリルから降りたアウラがそっとその背中を撫でたのだ。

 

「いい子ねえ、当然よねえ、至高の御方の御前だもんねえ」

 

アウラさんまじ調教師(テイマー)

見せつけられた上位者の貫録におれもお利口にしていたほうがいいだろうかと思ったが、さあどうぞと言わんばかりに振り向かれたのでなにもしないというわけにはいかない。

調教師様に負けない支配者()の威厳を保つためにもゆったりとした動作で伏せる犬とゴブリンを見比べて、やっとの思いで口を開いた。

 

「この犬の獲物は貴様か。どこから来た」

 

ゴブリンはわかりやすく肩をびくりと震わせて恐る恐るこちらを見る。視界の左右にアウラとエントマ、その間に異形のシモベが立ち、人間ほどの大きさのある鶏が睨みをきかせて、自分を追いかけていたよりも大きい犬に跨った石化の蛇(メドゥーサ)が話しかけてきたという状態なのだからそれはそれは恐ろしいだろう。

圧迫面接もかくやという状況に「おっ、お、れ…おれ…」とやっとしぼり出したという雰囲気の声が静まり返った森に響いた。

 

「ちょっとあんた、御方がご質問なさっているのよ! はっきり言いなさいよ!」

「構わないともアウラ。おれは急いてはいない」

「は、はい!」

 

 

質問に答えればここから生かして返すと約束しよう。

 

そんな契約をしてゴブリンから得た情報は「東の巨人」という存在に、このゴブリンの部族が住処を追われてきたということ。モモンガさんからも、外部での情報収集を行っているルプスレギナからも回ってきていない情報にはてと首を傾げる。そうして質問をいくつか重ねたものの、それ以上に有益な情報はこのゴブリンから聞き出すことはできなかった。ならばこいつのほうはもう用済みだろう。

 

「シモベの一人はあれのあとを追え。追尾は悟られるな。接触も始末もしなくていい。居場所と今後の行動だけを報告しろ」

 

あのゴブリンがおれたちとの接触をどのように扱うかの保険をかけてから、今度は大人しくふせたままだった犬に視線を送った。

言葉が理解できるのかはわからないがけれども、東の巨人とおれたちと、どちらに従うべきかくらいは理解するだろう。

 

「東の巨人の元へ案内できるか」

 

くぅんと一鳴きして犬が歩き出す。さて、退屈な一日の再開だ。


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