オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇は演技する

とにかく今は装備が欲しかった。

これまでの経過から、ものすごく敬愛されているのはわかったけれども、それでも自ら考えて行動しているNPCに囲まれての裸装備はきつい。

…そうです。弱小ギルド強襲用にレア装備は武器しか身につけていませんです。

周りのメイドや回復主体のわんこはまだしも、デミウルゴスなんて対プレイヤー戦を想定して作られたキャラクターだからね。非力なのはあくまでも肉体的な意味であって、紙っぺら同然の装備で第十位階魔法なんて発動されたら普通に吹き飛ぶわ。

 

豚君さっき眩暈したしぃ、ちょっと調子悪いからお部屋戻るねぇ、的なことをそれとなく言おうとしたとき、ふと脳内でコールが響いてきた。ユグドラシルをプレイしたことがある人間ならば基本中の基本である機能<伝言(メッセージ)>の呼び出し音である。

 

『繋がった…!』

「あ、モモンガさ、…んん゛、モモンガ殿か」

 

手のひらを耳に当てて応答する。

名前を呼んだので、話し相手が言わずともわかったんだろう。むずがゆい空気に包まれていた部屋が一気に静まり返った。うわ気まずい。おれに構わずお話ししてていいのよ。

 

『えっなんですかその気取った話し方』

「わたしにもいろいろあるのだよ、盟友として深くは追求しないでくれたまえ」

『…もしかして、近くに誰かいますか? …例えばNPCとか』

「…ご明察と言っておこう、非常事態だ」

『あちゃー…。わたしのところにも、アルベドとセバス、プレアデスがいたんですけど、なんとか人払いはできたんですよ。そちらのほうは難しそうですか?』

「難儀ではないだろうが、少し調子が悪くてな。部屋に戻るほうを優先したい」

『えっ、身体の調子が悪いんですか!?』

「モモンガ殿、わたしは今この状況で裸一貫で外に出る趣味は持ち合わせていないよ」

『…また裸装備でギルド狩りに行った帰りだったんですね?』

「根こそぎ奪うという行為がわたしの至上の喜びだ。そのためならば、わたしはこの身で火に飛び込む行為すら恐ろしくはないよ」

 

虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うしね。

そのまま「偉そう」というオブラートに包まれたモモンガ殿()との会話は続く。

内容は「NPC動いてるんだけどどうなってんすか! まじぱねえっす!」「わかんねえけど第六階層に階層守護者集めたんで話聞くつもりっす!」というまるで先の見えないものだけれども。

とにもかくにも階層守護者が集まるなら、裸装備のままでそこへ行くという行為はそれこそ自殺行為だろう。

 

「一度身なりを整えてからそちらへ足を運ぶとしよう。まあ、間に合わなければ間に合わないで許してくれたまえ、盟友よ」

『それでわたしに責任を押しつけて脱走したら恨みますからね』

「おお、怖い怖い。ギルド長のお怒りに触れぬよう気をつけて行動させてもらうよ」

 

そうして通話が切れた。

…やだあああ! お家帰るううう! とその場に突っ伏すわけにもいかない。だってこの部屋にいる人物全ての視線がこちらに集まっているんだもの。

 

「デミウルゴス、第七階層に戻るといい。もうすぐモモンガ殿の使命を受けたアルベドがお前の元を訪れてくるはずだ。わたしはお前の進言通り、一度自室に戻るとしよう」

「はッ、出過ぎた真似を致しました」

「それには及ばないさ。わたしの身を案じてくれたのだろう? 礼を言おう」

「そんな…滅相もありません。至高の御方の御身を案じるのはナザリックの者として当然のことです」

「いいや、お前がここまで連れてきてくれたおかげで楽になった。だからこそ、この言葉を真っ直ぐに受け取ってくれ。…ありがとう」

「…ッ、は、はい!」

 

この「礼を言おう」という言葉があるが、個人的な意見としては全く礼を言っていない気がするんだなあ。最後まで言えよ、おら! ありがとうございますだろうが! 的な気持ちになるんだが今はそんなことを考えている暇はない。

なんだか頭を下げたままぷるぷるしているデミウルゴスには悪いが迅速に装備を整えねば我が身が危ないのである。

 

けれども部屋から出ようとすれば立ち直ったデミウルゴスが当然のように戸を引いて開けてくれるし、メイドさんたちが当然のように付き従おうとするので、そろそろ申し訳なさ過ぎて胃がぎすぎすしてきた。どうするべきなのか。

「あ、いいのよ? おれ一人でお部屋まで帰れるから大丈夫よ? 裸装備で溶岩地帯に突入するとか自己管理できてなくてごめんね? メイドさんも仕事中断させてごめんね?」ということを偉そうに伝えれば「とんでもございません」と異口同音の返事が返ってくる。うわ…つら…。

 

これ以上はなにも言うまいとメイドさん二人を従えて、デミウルゴスの礼を受けて、引きつりそうになる顔をなんとか抑えながらおれは部屋まで戻ることにしたのであったたた。

 

 

×××

 

 

石化の蛇(メドゥーサ)の最大の特徴とも言える蛇の髪、一説によるとこいつは全て毒蛇らしい。

まあ有毒かどうかはさておき、間違いなく今のおれは自分のアバターであるシュヴァインそのもののようだ。

無造作に束ねた蛇の髪に、瞳孔が縦に割れた目。肌はびっしりと蛇の鱗模様に覆われていて、攻撃型ほどではないけれどもそこそこにたくましい身体が鏡に映っている。自分で言うのもなんなのだが、百戦錬磨の暗殺者のような雰囲気を醸し出している。

…ある意味間違ってはいないけれども。

 

話を戻そう。

自分の持つ装備の中でも最も強いものを一式身につけると、やっと一息ついた心地がした。その見た目に派手さはないけれど、職業がアサシンと盗賊を重点に置いて活動していたので、そこに問題はないだろう。大事なのは能力だ。頭部、上下、両腕、足を保護する防具は、防御と魔防に対する能力値をアイテムデータで極振りしたものである。余談だが、おれは状態異常に対する備えは、課金装備できる指輪系レアアクセサリで補っているので大抵の状態異常は受け付けないけれど、本来石化の蛇(メドゥーサ)というのは状態異常に弱い種族だったりする。

けれども今の耐久たるものや自分でも惚れ惚れするもので、同じギルドのメンバーだったワールドチャンピオンのたっち・みーさんの攻撃をもって被ダメージを11に抑え込んだ素晴らしいものなのだ。

 

そう、おれこそ、超耐久型のアサシンである。

この耐久をもってこれまでの他ギルドへの殴り込みを可能にしていたのだ。

…まあかなりの弱小ギルドであればレベル差でダメージを受けないとわかっていたので裸装備で出かけた結果、今回のようなことが起きたのだけれど。やっぱり装備って大事だね。

 

 

と思っていた時期がわたしにもありました。

 

「ああ、やっとお出ましのようだな。そのまま帰ったかと思ったぞ、シュヴァインさん」

「まあそう言ってくれるな、モモンガ殿。こちらにも準備というものがあるのだ」

 

裸装備から改めて装備したリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで第六階層まで来ると、アルベドを筆頭にした五人の階層守護者がおっかない骸骨へ跪いているところだった。おっかない骸骨がモモンガさんだということは言うまでもない。笑顔アイコンは? ギャップ萌えの集大成はどこにいったの?

すでに近寄りがたい雰囲気が漂っており、ここはひとまず退散しようと一歩下がったところで逃がすまいとばかりに声をかけられた。

舌打ちしたい気持ちを抑えてモモンガさんの隣に立てば、階層守護者たちの頭が更に低くなる。

白い服やらお高そうなドレスやらが闘技場の床についているのを見て申し訳なくなる。クリーニングにかかる費用についてはもう考えたくもない。

 

肺から競り上がってくる溜め息を無理矢理飲み込んだところで、闘技場のはしから誰かが走ってくるのが見えた。

 

「…遅くなりました」

「いや、構わん。それより周辺の状況を聞かせてくれないか?」

 

見たことのあるNPCだ。限りなく執事っぽい。しかしどちらかと言うとナザリック地下大墳墓の内部に配置されていたNPCなので、外にばかり出ていたおれには名前が少しばかりおぼろげである。ここは涼しい顔をしてモモンガさんに進行を任せるべきだろう。

まあここまで異常なことが起きているのだから、ちょっとやそっとじゃ驚かないぞ。

 

「非常事態だ。これは当然、各階層の守護者が知るべき情報だ」

「了解いたしました。まず周囲一キロですが…、草原です」

 

な、なんだってー!

 


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