オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇は無関心

「はぁい、こちら豚君探偵事務所です。泥水と藻草しかない集落とか楽しいのは最初だけだね、いろいろ身体に絡みついてきてまじふぁっきゅん。ナザリックに帰還したらおれすぐ風呂入る」

『シュヴァインさんの集落についての感想はどうでもいいんですけど、蜥蜴人(リザードマン)たちの様子はどうですか』

「おれに気づくやつはまるでなし、二つ目か三つ目の集落には魔法系の武器を持ってるやつも一匹いましたけど、スキルにすら引っかからないのでまるでお話しになりませんね。おれの裸装備でも無傷で勝てると断言します」

『まずナザリックから出ていく前にダメージを負うんですね』

「灼熱と極寒には…勝てなかったよ…」

 

裸装備ってことは耐性皆無になるってことだからね。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも外すから転移もできないし、戦う前から被ダメージとか悲しくて悲しくて震える。有言不実行ここに極めたり。

 

どうもこんにちは、豚君アワーのお時間です。今日はトブの大森林から数キロ進んだところにある大きな湖、その畔にちらほらと点在している蜥蜴人(リザードマン)の集落の一つに来ておりますぅ。

正直泥水と藻草で足元は最悪です。来訪初日は泥! 草! やべえめっちゃ身体につくぅ! と遊んでおりましたが偵察も三回目になると洗濯が憂鬱になるのです。洗濯するのはおれじゃないけれど。

 

視線の先にはモモンガさんが下位アンデッド召喚…作成? 確かそんな名前のスキルで作った一匹のモンスターが「要約:貴様ら蜥蜴人(リザードマン)に宣戦布告しちゃうぞ(はあと)」のようなことを厳めしい言葉遣いで宣言している。

おれはそれを観察する第三者がいないか、もしくはナザリックの脅威になる実力を持つ蜥蜴人(リザードマン)は本当にいないのかどうかの最終確認へ訪れていた。

世界級(ワールド)アイテム保持者に備えておれも自前の世界級(ワールド)アイテムを持ち出し、息を殺して小屋の陰から様子をうかがっているけれど、第三者もしくは蜥蜴人(リザードマン)たちが接近してくる気配はない。

ちなみに持ち出した本日の世界級(ワールド)アイテムは傾城傾国ではない。着用してくれば汚泥に塗れることが確定している場所で白色の服を身につけるほどやんちゃ坊主ではないのだ。

 

「ひえぇ…大事なお宝ちゃんに指紋ついた気がする…」

『なぜ水晶玉を握ってしまったのか』

「手放したらすぐさま過呼吸起こす気がした」

『薬物依存症の治療ってまず監視員のいるところで薬から引き剥がすんでしたっけ』

「へへ…こいつはもうおれのもんだ…誰にもやらねえぞ、へへへ…」

 

馬鹿なやりとりをしている間にモンスターの姿は掻き消える。いや転移でナザリックへ帰還しただけなのだが。

ざわめく蜥蜴人(リザードマン)の中にはやはりおれを見つけられるやつはいないようだ。

蜥蜴人(リザードマン)の集落は全部で五か所。それら全てで宣戦布告をする作業は無事に終わったのだから、おれがこれ以上ここに残る理由もないだろう。

特筆すべきことはなに一つなかったことをモモンガさんに報告して<伝言>(メッセージ)を切り、おれのほうもナザリックへと帰還するべく目の前に開いた<転移門(ゲート)>へと身体をくぐらせた。

 

 

「きゃー、ももんがさんのえっちー」

「あえて言うならいい財布になりそうだと思いました」

 

床にばたばたと泥水を垂らす上着を脱いだところで、モモンガさんがおれの自室へやってきた。

メイドには「お洗濯はあとで頼みますぅ」と告げて人払いをしている。今ごろはおれが通過して汚した廊下を掃除してくれていることだろう。どうもすみませんご迷惑をおかけしますぅ。

まあそんなわけで開口一番おれがモモンガさんを頭の悪い口調で罵ろうともなんの問題もないはずだ。そうしておれの罵声を受けた本人も気にした様子はなく、軽口を叩きつつ部屋の主人の許可さえ取らずに椅子へ腰を下ろすのだからこの骸骨だんだん図太くなってやがる。

 

「蛇皮ですね。お金溜まりそう」

「シュヴァインさんの皮で作ったら貴重なアイテムが舞い込んできそうですね」

「…、…」

「自分の腕をこんな食い入るように見るひと初めて見た」

 

貴重アイテムが舞い込んでくる財布か。自分の皮はちょっと…いやでも回復魔法やポーションでなんとかなるかもしれない。ああでも痛いのは嫌だな…しかし財布は…。

苦悩の迷路にはまったおれを救い出したのは「わざわざ財布を作らなくてもシュヴァインさんの肌についているでしょう」というモモンガさんの一言だった。そう言われればその通りだわ。

 

モモンガさんに「身体の骨の数でも数えていてください」と告げ、おれは衣服のいたるところから水滴を垂らしながらバスルームへ直行した。

これが神器級(ゴッズ)の装備であろうとも泥や藻草の絡まったものを抱き締めて喜ぶことはさすがの豚君でもちょっと無理です。

そうして頭からシャワーを浴びて泥水や藻草やその類いの生臭さを落とすとやっと一息吐いた心地になる。あらかじめ準備されていた適当な衣服に身を包んで応接間に戻れば、暇を持てあましたモモンガさんが律儀に手首を数えているところだった。

 

「お待たせしましたぁ、作戦会議しぃましょ」

「にじゅうはち…にじゅうきゅう…さんじゅう…さんじゅういち…」

「作戦会議しぃましょ」

「さんじゅうに…さんじゅうさん…さんじゅうよん…さんじゅうご…さんじゅうろく…」

「十二、十五、三、四十一、五、八、七、十一」

「じゅういち…じゅうに…あれ?」

「はあいモモンガさん、好きな食べ物は真っ先に確保するほう豚君ですぅ。作戦会議しましょ」

「ああもうお風呂からあがったんですね」

「あがりましたとも」

「じゃあ会議と行きましょうか。…、…んー」

 

手首を眺めて不思議そうに首を傾げるモモンガさんは突然数字が変わった原因には気づいていないようなので、あとしばらくはこれでからかってやろうとひっそり考えながらモモンガさんの真向かいの席へと座る。

そして座席の背もたれへだらりと身体を預けてから「それで、蜥蜴人(リザードマン)の集落を侵攻するのはなにが目的なんですか?」と尋ねれば「わたしたちは、さらに具体的に言うならカンストしているユグドラシルの存在は成長できるのかを検証してみたいと思っています」と考えていなかった返答がやってきた。またずいぶんと難しいことを考えてらっしゃる。

 

そこからおれたちの肉体的な成長の限界について、それを超える敵対者が出現してくる可能性について、さらにこれからはそれを未然に防衛する手段についてと頭の痛くなるような話が続いた。

ふえぇ…豚君の頭にはもう入らないよぉ…!

 

「眉間にものすごいしわが寄って顔の厳めしさが三割増しですけど大丈夫ですか」

「大丈夫ですぅ。…つまり、NPCたちの思考能力までカンストしているか、そうではないかの実験ということですね」

「その通りです」

「プレイヤーの豚君は思考能力がカンストしているみたいなんですけど」

「課金してでも枠を増設してください」

 

両手で頭を揉みながら考える。理解力を増設するための枠ってどこに課金するんだ、学習塾か。

ナザリックの二大頭脳の顔を思い浮かべながら首を振った。アルベドもしくはデミウルゴスが教師になったあかつきには理解不能な単語について行けなさ過ぎておれの脳味噌が物理で破裂する自身がある。

 

「モモンガ学習塾でお願いします」

「そうですねえ、会費は世界級(ワールド)アイテム三つでいいですよ」

「さようならお達者で」

 

スキル一つを発動して距離を置いたおれに目の前の骸骨は笑うけれど、おれはちょっと笑えないです。いじめ、だめぜったい。

 

「まあそういう理由があってぎりぎり勝てるか勝てないかという兵士を出陣させるためにも、隠密と能力鑑定スキルを持つシュヴァインさんに現地の偵察に出向いてもらったんです。世界級(ワールド)アイテムの所持は強大な敵対者がいた場合を考慮してですが、今回は杞憂だったみたいですね。わたしのわがままを聞いてくださってありがとうございますシュヴァインさん」

「お礼は世界級(ワールド)アイテムでいいですよぉ」

「さようならお達者で」

 

まじかよこの短距離で<飛行(フライ)>使う魔法詠唱者(マジックキャスター)初めて見た。

 

 

×××

 

 

まあ話し合いをしたものの、結局のところ偵察を終えた時点でおれにできることと言ったらこれからのための理解力を養うくらいしかないようだ。うわ…つら…。

 

少しでも頭脳派のような雰囲気を出すために図書館から本を拝借してきたものの、その題名は「特選! 激レアアイテム!」である。ワールド・サーチャーズに所属していた誰かが執筆した作品らしいのだが、ユグドラシルで書籍を作る行為なんぞはプレイヤーの息抜きの一つでしかないので詳しくは知らない。おれは書籍を作る暇があったら冒険に向かう派だから…。

 

そうして最初のうちはのろのろとページを捲っていても、やがてその手は動くのを忘れる。おれの視線は部屋の中央に浮かんでいる<水晶の画面>(クリスタル・モニター)に釘づけだ。

そこに投影されているのはアンデッドの軍勢と懸命に闘う蜥蜴人(リザードマン)の群れである。画面を媒介して見物しているからか戦況を視察しているというより、ファンタジー系統の映画を見ているような気分だ。自分の見た目がすでにファンタジーである時点で「いまさらなにを言っている」という気がしないでもないけれど。

 

「うん、うん、いいじゃないか。嫌いじゃないぞ。まるで物語の登場人物みたいだ」

 

片腕の膨れた蜥蜴人(リザードマン)獣の動死体(アンデッドビースト)の頭を潰したのを見ておれはしみじみと呟いた。言葉遣いが仰々しいのはここがモモンガさんの自室であり、すぐそばにはお付きのメイドと戦闘メイド(プレアデス)の一人であるユリ・アルファ、そしてアルベドが控えているからだ。

ただしアルベドに関しては「なにやってんだこいつ」とか「いつまで演技してるんだこいつ」と思われてもしかたがないと思っている。

 

「そう聞くとシュヴァインさんは蜥蜴人(リザードマン)を贔屓しているようだな?」

「自軍のほうが可愛いのは言うまでもないとも。それでも目に新しいものは刺激がある」

 

からかうように語尾をあげて相槌を打つモモンガさんに笑ってみせる。

これは自軍が不利な状況であっても計画通りにものごとが進んでいると部下にアピールするためのモモンガさんのロールプレイだ。

おれは「豚君としてはぁ、もう全部ばれたし演技ぶん投げて気楽になりたいって言うかぁ」と告げればスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでどつかれたうえに「傾城傾国を泥水でひたひたにしますよ」という恐ろしい脅迫を受けたので支配者()としてお付き合いしているだけです。

 

「――モモンガ様、シュヴァイン様。アウラ、マーレ、デミウルゴスがナザリックへと帰還したそうです」

 

「さっきのところは超位魔法打ち込んだら一網打尽だと思う」「さっすがモモンガさん、おれにできないことを平然とやってのける外道ですね。そこに痺れる憧れるぅ」という会話を支配者()の口調で交わしていれば、外部と連絡を取り合っていたらしいアルベドが他の守護者たちの帰還を告げた。

そうして<水晶の画面>(クリスタル・モニター)には蜥蜴人(リザードマン)の決死の攻撃を食らった死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿が映る。

 

「時間のようだな。シュヴァインさんはどうする」

「勿論同行させてもらうとも。この本にも飽きたところだからな」

 

嘘、本当は八ページくらいしか読んでない。

おれの部屋に置いておいてくれるか、とメイドに本を手渡しておれはソファから立ち上がる。同じように腰をあげるモモンガさんを確認して視線を出入り口に動かせば、すでにユリが扉を開いて待機しているところだった。

 


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