オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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※作者だけが楽しいらくがき話です。


激録! 至高の御方、密着二十四時!(午後篇)

エ・ランテル最高級の宿屋である黄金の輝き亭。その一室で懐具合の厳しさに思い悩んでいたモモンガの脳裏に「おんもいくぅ」という間抜けな声が聞こえてきたのは、すでに正午も過ぎた時間帯であった。

 

相手が<伝言>(メッセージ)を使用して自分に連絡してくることにはなんの問題もないのだが、向こうの周囲には側仕えの部下がいるはずだ。

素面の口調を出しても大丈夫なのかと質問をすれば「本日の豚君放送局は便所よりお送りさせていただいております」と返事が返ってきた。つまり周囲に聞かれない場所まで逃げてきたのか。

まるで仕事をさぼるオフィスレディのような友人の行動に呆れつつも、会話をするのならばそれが一番正しいだろうとモモンガは正当性を見つけてなんとか自分を納得させる。

 

「構いませんよ。前にも伝えた通り報告連絡相談をしてくれれば、大丈夫です」

『かーちゃん…』

「違います死の支配者(オーバーロード)です」

 

モモンガはシュヴァインの「近辺には目ぼしいものがない」という愚痴を聞いて笑い、またモモンガ自身も「宿屋で出される見たこともない食事がこの身体では食べられないことが悔しい」と笑い混じりで愚痴を言った。

そうしてシュヴァインの口からナザリック周辺の地帯の情報が入るたびに、モモンガはシュヴァインの趣味に対する異様な情熱を再確認するのである。

 

「では蜥蜴人(リザードマン)の集落へは侵攻しても問題はなさそうということですね」

『むしろ守護者のうち誰か一人が相手でも、オーバーキルになると思いますよ。おれが不可視化を使って集落の中央でラジオ体操しても誰一人として気づいてくれませんでしたから』

「なにしてるんですか」

『むしゃくしゃしてやった』

「そんなテレビでよくやる犯罪の動機みたいな理由で」

『誰でもよかった』

 

好き勝手に遊んでいるようにしか聞こえないけれど、…むしろ本人は好き勝手に遊んでいるのだろうが、情報を獲得することこそシュヴァインが最も得意とする分野である。

最初にこの能力に目をつけたのは言うまでもなくアインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれたぷにっと萌えだ。

後衛型の代表格とも言える石化の蛇(メドゥーサ)を超耐久型として育成することができたのも、欲しいアイテムを所有するギルドの所在地を確実に割り出すのも、全てはその情報収集能力の高さと尋常ではない執念ゆえの賜物である。けれども「シュヴァインさんの情報は、欠点を理解したうえで活用する必要がある」と言ったのもまた彼らの諸葛孔明その人だ。

 

ずいぶんと昔にこんな会話があった。

 

「それじゃあシュヴァインさん、敵側のギルドの地形を教えていただいていいですか?」

「上が四階、下が二階の六階層構成で地下二階に宝物庫がありました。敵NPCは二階部分と地下一階部分までなら問題ないと思いますけど、三階と地下二階部分はカンスト勢が揃ってたので、プレイヤーがいることを考えると復活系の装備はいくつか持っておいたほうがいいと思います」

「敵側のプレイヤーでランカーはいましたか?」

「…ちょっとわかんないですぅ」

世界級(ワールド)アイテムはありましたかね」

「山河社稷図だけは確定ですね、おれあれで追い込まれて一度死んだので。あとは最悪の事態を考慮した場合でももう一つある程度だと思います。二つ以上の所有はあり得ません」

「プレイヤーは何人くらいかわかりますか」

「…ちょっとわかんないですぅ」

 

興味の薄いことに関してはまるで役に立たない豚だとぷにっと萌えは嘆いた。

 

シュヴァインにとって重要なのは「他人」の特徴ではない。攻略すべき対象とその過程を超えた末にある報酬だけだ。

それでも彼が獲得してくる情報とは他のギルドに所属している者にとっては驚異であり、味方にはとても心強いものであったからこそ、シュヴァインがアインズ・ウール・ゴウンの情報収集の要として重宝されていたのは当然のことだろう。

 

「それにしても今回の単独潜入でいくらくらい使ったんですか、シュヴァイン」

「んー、諭吉さん三人で神器級が四つなのでまあおれ的にはプラマイゼロですかね、ウルベルト」

「薬物に依存したジャンキーみたいなこと言ってやがる…」

「中二病に罹患したひとに言われたくないですぅ」

「そんな貴様に朗報だ、世界を覆い尽くすほどの悪魔を無限に召喚することのできる世界級(ワールド)アイテムというものがあるらしくてだな」

「偉大な閣下、あなたこそ悪の中の悪と存じます。そこのところちょっと詳しく」

 

懐かしい光景を思い出してモモンガはない目蓋を細めるような仕草をする。

 

「前日の騒動」はモモンガの、そしてシュヴァインの慢心であり、油断だった。自分たちとこの世界の人間とを比較して安心していたからこそ寝首を掻かれたのだとお互いに反省し合った。

そうしてこれまで足りていなかったものを補うようにシュヴァインはナザリックの周辺を縦横無尽に動き回っている。その範囲は<伝言>(メッセージ)で報告を聞くたびに広くなっているのだから、やがては王国以外にも足を向けるようになるはずだ。

現在、彼の本能が足りないと訴えているのは貴重な道具もさることながら、この世界に対する知識欲なのだろう。

あれが足りないこれが足りないと、湧き出す欲望のままに彼がこれから各地で動き回るだろうということは想像に難くない。

 

前日のような敵に遭遇するのではないか、という不安がないと言えば嘘になる。

しかし「仲間」がしたいと思うことを制限するつもりはモモンガには微塵もなかった。そのために非常事態の場合に備えた連絡手段を用意し対処法を何種類も考えたのだ。そうして他でもないシュヴァイン自身が「大丈夫ですよぉ、次に部外者が出現したら隠密に徹底しますから」と言ったのだから、モモンガからこれ以上言えることはなにもない。

シュヴァインが徹底するとは「徹底的に情報を得て相手の弱点を揃えたうえで、超耐久の装備において長期戦で相手を潰す」ということだ。

 

『緊急連絡用にはいつも通り、前にやまいこさんが課金で当ててた隠密型のモンスターを二匹借りていきますね』

「わたしがどうぞって言うのもおかしいような気がしますが、わかりました」

『お土産はその辺で拾った草でいいですか』

「せめてもう少しまともなものをお願いしていいですか」

『カッツェ平野のアンデッドを一体…』

「うちではもうめんどう見きれないので元いた場所に帰してらっしゃい」

『かーちゃん…』

「違います死の支配者(オーバーロード)です」

 

 

×××

 

 

シュヴァインがナザリックに帰還したのは、日も暮れたころであった。

第九階層の自室の前に立つ人物の顔を見たときのシュヴァインの気持ちは「ぎょ」という擬音が適していた。

見間違えるはずもない明るい色の三つ揃えのスーツに丸眼鏡の人物――デミウルゴスは視界にシュヴァインを映すと、それはそれは丁寧な仕草で礼をする。なぜここにいるのか。疑問を口にしながらシュヴァインが足早に近寄れば、デミウルゴスは「お届けものにまいりました」と微笑んだ。

 

少し秘密裏に話したいことがあるからと舌先三寸でメイドや護衛たちを言いくるめて人払いをすると、シュヴァインはデミウルゴスを自室へと招き入れる。

「馬鹿な…早すぎる…」と口の中で呟きながらもデミウルゴスの言うお届けものの内容が気になってしかたないようで、視線はそろそろと相手の顔をうかがっていた。

 

デミウルゴスはそんなシュヴァインの気持ちを知ってか知らずか、紳士然とした態度で勧められた椅子に着席する。そうしてとても優雅な手つきでいくつかの巻物を取り出して机上に並べると、そこでようやっと主人と視線が合った。

 

「…そんなに見つめられると、穴が開いてしまいそうですね」

「デミウルゴスでも照れちゃう?」

「それはもう。至高の御方の御前ですので」

「だってお届けものなんて言われたら期待するのがひとの性分でしょう」

「違いありません」

 

ご期待に沿えるとよいのですが、と笑って言いながら広げられた巻物には、びっしりと文字が書かれている。突然提供された目が滑るほどの情報量に困惑しつつシュヴァインはそれを両手で持って内容の確認を始めた。

 

「魔法用の巻物…じゃあないな? 普通の羊皮紙だ」

「はい。こちらの通常の羊皮紙では第一位階の魔法にも耐えられないため、現在はアインズ様よりご命令をいただき、第三位階まで魔法を込められる代理の羊皮紙を生産しております」

「あー…それ確かモモンガさんから聞いた。普通のやつだとただの燃えかすになるんだっけ」

 

視線で文字を追いつつもシュヴァインは適当な会話を投げかける。そしてデミウルゴスはそれに丁寧な返答と相槌を返したが、自分からはけして主人の邪魔をするようなことはせず、シュヴァインが文書を読み終わるのを待機していた。

 

「結構会わなかったけど元気してた?」

「はい、問題はありませんでした。この身を案じていただきありがとうございます」

「おれのほうはナザリック周辺をうろうろしてたんだけどさ、なかなか目ぼしいものがない感じ」

「それはそれは――…」

 

けれどもシュヴァインが文書を読み進めるにつれて次第に会話は途切れていく。やがて静寂が部屋を満たし、紙が擦れる音だけがやけに大きく響くようになっていた。

 

「これまじ?」

 

そうしてようやく紙類の音が途絶えたのは時計が半周ほど巡ったころだ。

それまで背筋を伸ばして微動だにしていなかったデミウルゴスは、ざわりとした寒気のようなものが背筋を撫でるのを感じた。さらに「しゅーしゅー」と蛇が威嚇する低い音がして、それは、まだ巻物を読みふけるシュヴァインのほうから聞こえてくる。巻物に遮られてその表情まではわからない。

デミウルゴスが息を飲んでシュヴァインの質問に肯定すると、ひとたびの沈黙が訪れる。そして、

 

「ブリリアント!」

 

場違いな言葉を吐きながらシュヴァインがぱちんと両手を打ち鳴らした。ご丁寧に邪魔にならないよう巻物を指の間に挟んで位置を調整している。デミウルゴスは突然の発言に不意を突かれたものの、普段は感情のにじまないシュヴァインの顔に喜色が浮かんでいるのを見て安堵する。

「詳しく詳しく」と急かしてくる主人に微笑んで、巻物に書かれた内容についてさらに精細な説明を始めた。

 

「これはあくまでも私が判断したマジックアイテムです。しかしそれを私が直接選んで奪ってしまうよりも、シュヴァイン様が選別し、狩りを楽しんでいただいたほうがよいかと思いまして」

「そこまで考えてもらうなんて申し訳ないね」

「滅相もございません。私はシュヴァイン様の忠実なシモベ、主人のために最善を尽くすのは当然の務めであり喜びでございます。この情報については準備が整い次第ご報告いたしますので、大変申し訳ありませんがもう少しお時間をいただければ…と」

「待ちますとも待ちますとも」

 

数回うなずいてから巻物を丁寧に丸め直すと、シュヴァインはそれをアイテムボックスにしまい込んだ。

 

「いやあ、ここまで来るとありがとうの一言では済まないね。どう? 欲しいものとかやってほしいこととか決まった?」

「…そんな、至高の御方に奉仕させていただくことに見返りを求めるなど…」

「でも多少要求してくれないと、今後用事があるときに頼みづらくなるのがひとの心理ですよ」

「…………わかりました。大変恐れ多いことなのですが、一つ、シュヴァイン様にご助力願いたいことがあります」

「おれにできることなら勿論協力いたしますとも」

 

たっぷり時間を置いてからデミウルゴスはぽつりぽつりと語り出す。

職権乱用だとしか言いようのない強引な切り込みだとは思ったが、シュヴァインとしてはこういった過程を繰り返すことでデミウルゴスとは腹を割って話せる仲になりたいと思っている。

知恵者の知識を拝借したいときにこれほどまでも畏まられるとどうにも頼みづらくなるからだ。

 

「支配者」としての仮面なぞ前日の騒動ですっかり剥がれているのだ。

そこから思いついた博打ではあったが、演技だと知られているのならそもそも継続させる必要などないとシュヴァインは考える。窮屈に過ごすよりも悠悠自適にしたいという欲求もある。

 

――けれどそんな自分の行動がNPCたちに失望され、反逆されてしまったら?

 

デミウルゴスはシュヴァインにとってその答えを見定める重要なサンプルでもあった。

ナザリック地下大墳墓の中でも一、二を争う知恵者を実験体にすることがどれほど危険なことであるか。モモンガが聞けば確実に苦言を呈する試みだろう。

けれども「これもまた性分なのだからしかたない」と彼の中の人間ではない部分が訴えるのだ。

 

「難易度は高いほうが攻略したときの達成感が大きいからねぇ」

「そうですね…、シュヴァイン様には刺激の足りない狩りだとは思いますが…」

「あーそっちは全然大丈夫ですぅ。限られた環境で一人遊びするのも得意なんで」

「より楽しんでいただけるよう尽力いたします」

「すごく期待してます」

 

シュヴァインはデミウルゴスの語る内容に相槌を打ち、ときには質問をする。

二人の会話に溶け込むように髪の蛇が鳴いた。

 


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