オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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※作者だけが楽しいらくがき話です。ちょっとだけ続きます。
※オリキャラが登場するので苦手な方は注意。


激録! 至高の御方、密着二十四時!(午前篇)

時刻:午前八時五十八分。

 

ナザリック地下大墳墓第九階層、至高の四十一人が過ごすそれぞれの部屋の一室。

とあるメイドの人造人間(ホムンクルス)――リュミエールは主寝室の扉の前で、壁にかかった時計を確認してはドアノブを見つめるという動きを繰り返していた。

リュミエールは手のひらが汗でじっとりとにじむのを感じながら「大丈夫よ、落ち着きなさい、これはとても重大な使命なんだから」と自分に強く言い聞かせている。

そうして彼女がまるで神に助けを求める宗教信者のような表情をして両手を組んだとき、不意をついて主寝室のほうから「どすん」とも「どさり」ともつかないなにかが落ちる音が聞こえた。驚きに肩が跳ねて意識を引き戻される。慌てて時計を確認すれば時刻はちょうど九時を指し示したところだった。

 

リュミエールが注意深く耳を傾ければ、分厚い扉の向こうから「シュヴァインお兄ちゃん、時間だよ」と繰り返し告げる少女の声が聞こえてくる。少し待機してみたけれども、それ以上の変化が訪れる様子はまるでない。――ならばやらなくてはならない。

 

一つ呼吸を置いて自分を落ち着かせるとリュミエールは控え目に主寝室の扉を叩いた。部屋の中から返事はなく、少女の声が無機質に響いているだけだ。これが平常であれば静かに撤退し至高の御方が起床するまで待機するのだけれど今日はそうもいかない重大な事情がある。

 

そうしてリュミエールは戦場に向かう兵士のような顔をすると、できるだけ音を立てないようにしながら目の前の扉をそうっと押し開けた。

薄暗い部屋の中央には天蓋の降ろされたベッドだけが鎮座しているはずだったのだが、その側らには弾き出されたように枕が一つこぼれ落ちているのが見えた。そして「先程の物音はこれだったのか」と納得すると一礼をして部屋の中へと入り、リュミエールは部屋中の照明器具に「永続光」(コンティニュアルライト)の明かりを灯して回った。

 

その間にも天蓋の向こう側からは「時間だよ」と少女の声が聞こえてくる。

普通の感覚を持つ…例えば人間であるなら、どれほど愛らしい声であってもここまで同じ言葉を繰り返されればわずらわしく思うだろう。しかしリュミエールはそうは思わない。それは自らを創り出した支配者たちのうちの一人の声を取り込んだ素晴らしいアイテムによる音声だと知っているからだ。

高貴な声をこれほど聞くことができて感動こそすれ、わずらわしく思う愚者はこのナザリック地下大墳墓には存在しない。

 

そうして最後の照明が灯ったところで、リュミエールは改めて遮蔽されたベッドと向き合う。

こぼれ落ちた枕を拾って邪魔にならない位置に避けてから、彼女は意を決して降ろされている天蓋に手をかけた。

淀みない動きで開かれたベッドのちょうど頭が来る部分には布団の塊が鎮座していた。本来身体が横たわっているべき場所にはバンドが転がっていて、そこから繰り返し「お兄ちゃん時間だよ」という音声が繰り返されている。そしてそのバンドを手に取ろうとしてそのまま力尽きたような位置で、布団の塊から伸びてきた腕が転がっていた。

 

「シュ、シュヴァイン様、お目覚めの時間でございます」

 

のどから出た声がどもってしまったのは悲惨な寝相に呆れたのではなく、これから自分が至高の存在の眠りを妨げることに緊張しているからだ。

これがどれほど無礼な行為なのかは重々に承知していても、これを望んだのは他でもない目の前の人物――シュヴァインなのだから、リュミエールはその責務を果たさなくてはならない。

 

「至高の御方」という絶対的な存在から命令を受けている以上は、それがたとえ爆弾を抱えて敵地に向かうような内容であっても決行するべきだとリュミエールは考える。それが創造されたものの存在理由だからだ。ナザリック地下大墳墓のものならば誰もがこの考えに肯定を示すと確信している。

事実これが本当に「爆弾を抱えて敵地に向かう仕事」だったならばリュミエールは嬉々としてそれを行える。自分の命が至高の御方の役に立てるのだから、それ以上の名誉はないだろう。

 

けれども彼女に与えられたのは「至高の御方の安眠を阻害する仕事」であった。それは彼女にとって、そしてナザリックに仕えるものにとって、自ら崇拝している存在に無礼を働くことと同義のものだ。緊張しても仕方のない仕事だった。

けれどもそれを他でもない本人が希望したのだから、リュミエールの罪悪感や緊張などはごみに等しいものになり下がる。だからこそ彼女は決死の覚悟でシュヴァインが眠っている主寝室へ踏み込んだのだ。

 

「…あと五分」

 

至高の御方がおっしゃるのならば。

 

 

×××

 

 

結局のところ、シュヴァインが寝返りを打ってベッドから落下したことで、引き延ばされた彼の睡眠時間は三、四分程度であった。

布団ごと床に転がり落ちて、その場でそのままもう一度巣作りを始めようとしたシュヴァインに対し「至高の御方を地べたで寝かせるわけにはいかない」とリュミエールが声をかけたことが意識の覚醒に繋がった。

ぼさぼさの髪と言うべきなのか、絡まった蛇たちを無造作に解きながらシュヴァインが自室のダイニングルームまで歩いていけばそこにはすでに朝食の準備が整っていた。机のうえには銀食器のナイフやフォークが並び、あとはシュヴァインが座り次第食事を持ち込めばいい状態だ。

 

「朝食はいかがなさいますか?」

「…あとでもらう…」

「畏まりました」

 

シュヴァインが告げれば、控えていた男性使用人たちが静かに食器を片づけ始める。出しっぱなしでは埃がかかるかもしれない。そんな食器を、至高の存在に使っていただくわけにはいかないとその男性使用人は判断したのである。

 

リュミエールはまだ眠気から覚醒しきっていないらしい足取りで歩き始めた主人の後ろに付き従った。数メートル歩いては壁に寄りかかり、目を閉じて微睡む様子をよくよく観察する。主人が大怪我を負った事件からまだ一か月ほどしか経過していないのだから、なにかあればすぐに対応しなくてはならない。

 

「んー…」

「水桶をお持ちいたしますか?」

「だいじょうぶですぅ」

 

そう言った途端に腰を棚にぶつけたので、とても大丈夫そうには見えなかった。口が裂けても言わないが。

 

つまるところシュヴァインという人物は寝起きにめっぽう弱かった。

異形種が低血圧になるのかは本人にすらわかるはずもないけれど、シュヴァインの「中の人」とも言うべき人間であった男は、夜勤による夜型の生活習慣と生来の低血圧とで、寝起きの覚醒状態はとても良好とは言えない人生を送っていた。

それに引っぱられてしまったのか、異形の身体を手にしてもなお低血圧のような肉体の反応は健在のままだった。

 

敵意などを感知すればさすがのシュヴァインも対応するべく頭を無理矢理にでも覚醒させただろうが、残念ながらここは「ナザリック地下大墳墓第九階層」である。彼とその友人を絶対的支配者だと認識し忠誠を誓っている部下たちだけが往来する場所だ。

冒険者として活動していたときには警戒心もあり幾分かましな生活を送っていたのだが、それも療養のためと銘打った謹慎処分を送っている間にすっかりなりを潜めてしまった。

それを鍛え直そうにも、ナザリック内部では自分に対する敵意を感知しろと言うほうが難しい。これが寝起きのシュヴァインの緩みきった状況に拍車をかけていた。

ひどいときには間延びした口癖も出る。

そうしてそれをシュヴァインが自覚しているはずもなかった。

 

身体を壁にもたれさせてずるずると動く姿は支配者としての威厳など露ほどもない。

この光景を録画して見せれば本人もモモンガも内心で顔を青くすることは言うまでもないが、今日にいたるまでその無様な姿が露見していないのは、ひとえにメイドたちがこのシュヴァインの姿を受け入れているからである。

 

「さ、シュヴァイン様、洗面台はあちらです」

「んー…」

 

日頃の威厳あふれる姿もさることながら、この様子はメイドたちの庇護欲をひどく刺激した。

不敬な考えであるとは理解しつつも至高の御方の素面の姿を見て歓喜しないものはこのナザリックにはいないのだ。

 

ただでさえ一般メイドというのは守護者たちや戦闘メイドたちと比較して、モモンガ――アインズ並びにシュヴァインという支配者たちとの接点が少ないものだ。

それでも至高の存在に創造された身として、己の神である至高の存在のために働くことこそが最大の喜びであり存在意義である。その働きぶりは狂信者と呼べるほどで、ほとんどのメイドが睡眠すら取らず二十四時間を休憩なしで動き続けるほどだ。

 

けれどもその働きはやがて「至高の存在」によって待ったをかけられることになる。

休憩を取ることを余儀なくされたのだ。

 

ブラック企業に勤めていたアインズの心の内を理解できるはずもなく、メイドたちは直談判して休日の返上を願い出たものの、聞き入れられることはなかった。

けれどもあまりの落ち込みようにアインズが代替案として示した仕事の内容は、メイドたちにとって砂糖に蜜を垂らすよりも甘いものであった。

 

それは「メイドたちは一人一人順番に、アインズもしくはシュヴァインの側近くに侍って一切を手伝う仕事を与える」というもの。メイドたちは即座に飛びついた。

 

そういう経緯があって「シュヴァイン様当番」になったメイドたちがまず知ったのは、シュヴァインの寝起きの姿である。

最初に目撃したメイドはまさか体調が悪いのではと心底心配したらしいが、二度寝の体勢に入ったその顔を見て心臓を打ち抜かれたと言った。

それはそうだろう。

普段は厳めしい高潔な人物が無防備に眠る姿を見て、舌の回らない寝起きのとろとろした言葉遣いを聞いて、ときめかないのは至高の御方に手ずから「不感症である」として創造されたものくらいだ。

そしてなによりメイドたちの結束を絶対のものとしているのが、シュヴァインのこの姿が見れるのは寝起きのみであるということ。つまり起床したシュヴァインを迎える人物――つまりメイドやほんの一部の使用人だけということだ。

 

メイドたちは守護者たちのようにいくつもの用件で支配者たちの役に立つことができない。それだけで支配者たちの側面を見ることができる機会が減っているのだ。

その環境へ「寝起きのシュヴァイン」が投下されたことで「わたしたちのしゅばいんさま」という図式は、瞬く間に成立した。

 

本人が聞けば飲みかけの紅茶でも吹き出しそうな内容であるが、アイドルを独り占めしたいというようなメイドたちの心理が、シュヴァインの無様な姿を口伝で伝播されない強固な防波堤になっているのだ。

 

そうして今日もシュヴァインは洗面室の戸を開けるという行為を理解できず、戸にもたれてそっと二度寝を始めたのを止められるのであった。

 

 

冷えた水滴をタオルで拭ったところで「シュヴァイン様:プレミアバージョン」は幕を閉じた。

眠気がようやっと引いたようで、切れ長の目に見られると日頃は冷静なリュミエールであってもどきりと心臓が高鳴る。けれども至高の御方の前で無様な姿は見せられないとすぐさま気を引き締めて「どういたしますか」と問いかけた。

 

「第六階層の畑のほうに行ってくる」

「近衛の準備は整っております」

「……様子を見に行くだけだからすぐに帰ってくるが」

「至高の御方に万が一のことがあった場合、我々が盾となるためです。そしてシュヴァイン様がお出になられるときは護衛をつけることはアインズ様からの命令でもあります。ご容赦ください」

 

一拍置いてシュヴァインがうなずいたのを見てリュミエールは息を吐いた。

 

 

×××

 

 

近衛をぞろぞろと引き連れて第六階層を訪れたシュヴァインの視界には一匹の巨大な雄鶏が映っている。それもただの雄鶏ではなく尾羽のあるべき部分に蛇の頭を生やした魔物の雄鶏だ。

種族の名前をコカトリス。そのコカトリスの名前をプーレという。

 

コカトリスはユグドラシルでも平凡な魔物なのだから、異形種ばかりが集まるナザリック地下大墳墓に存在していてもなんの違和感もない。

ただ、湧いて出る他の魔物や、購入して集める魔物と比較して特異な点を挙げるとすれば、彼もまた至高の御方に創造されたNPCだということだ。

 

プーレはその鋭い鉤爪で何度か地面を引っ掻いたあとに嘴でその場所を突いている。シュヴァインにはその様子が餌を探している鶏のようにしか見えなかったが、違うんだろうなあと自分の中で無理矢理完結させた。

プーレは職業レベルだけで七十以上を食い潰している技能重視のNPCだ。種族レベルを合わせれば八十と少しの強さになるのだけれど、その戦闘能力はレベル三十代の恐怖公単体にも劣る。

 

「これはこれはシュヴァイン様。いかがなさいましたカ」

 

こちらに気づいた雄鶏がゆったりと首を下ろした。お辞儀をしているのだろうがやはり餌を探しているようにしか見えないと、揺れる鶏冠を見ながらシュヴァインは思った。

 

「この前に預けた薬草の様子を見に来たんだ。ナザリックの土壌に根付きそうか?」

「問題ありませン。お二方が連れて来られた森精霊(ドライアード)の話を聞く限りでモ、色や成長速度に大きな異常は見られないと言っておりまス」

 

そうしてもう一つ思った。余計な設定を付け加えなくてよかった、と。

脳裏には先日顔合わせをした宝物殿の領域守護者の顔が浮かんでいることは言うまでもない。

 

プーレはシュヴァインが手がけたNPCだ。その見た目に似合わずファーマーの職業を獲得している。むしろその系統の職業を網羅した、ナザリックにおける農夫の中の農夫である。

そのファーマーとしての手腕はユグドラシルの農夫プレーヤーに超難関と言わしめたイベント用の植物を問題なく育成させることができるほどだ。

 

そもそもプーレが作られた経緯としても「養殖できるけれども過程がものすごくめんどうくさいアイテム」をアインズ・ウール・ゴウンで量産できる体勢を整えようという意見が出たのがきっかけである。そして農夫のイベントが開催される日付が近く、その上位入賞者に贈呈されるアイテムがお約束の「運営とち狂ったか」仕様の景品であったものだから、それがシュヴァインのやる気の導火線に火をつけたというだけの話だ。

そして「こういうのが作りたいです」とシュヴァインから送信されてきた文章メッセージを見たかつてのギルドメンバーたちが、その徹底した能力値の極振りに「あの作物を一日で育てられる農夫とかプレイヤーだったら絶対無理なやつ」「紙防御」「きちがい農夫」「ペロロンチーノあとで闘技場裏な」「なんで俺だけ」とそれぞれコメントを残したのも今となっては思い出である。

 

そんなプーレにシュヴァインが書き込んだ設定はただ一行だけ。――植物を育てることが生きがいである。

「小学生か」と突っ込んだペロロンチーノのアバターの尻を蹴り上げて、78のダメージを与えてやったことも今となっては思い出である。

 

「モモンガさんの話によれば人間たちにはかなり貴重な植物らしいからな。よくよく頼む」

「畏まりましタ。このプーレにおまかせくださイ」

 

 

水やりの手伝いでもしようかと尋ねれば「いいエ! これはワタクシの使命! シュヴァイン様のお手をわずらわせずとも大丈夫でス! ええ大丈夫ですとモ! シュヴァイン様ならば特別に…いえやはり結構でス!」と怒涛の勢いで断られたので設定の力とは恐ろしいものだとシュヴァインは思った。あれはたぶん自分が育てている植物に触って欲しくなかったのだろう。

気持ちはわからなくもないが、NPCが製作者に似るという事実を確認済みである立場としてはとても複雑な気分だ。

 

「おれあんなに執着強いかな…」

 

シュヴァインは近衛に聞こえないような音量で、口の中で呟いた。

 


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