オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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※原作第四巻特装版ドラマCDのねたばれがあります。


幕間後篇

前回の展開からして「これは間違いなく豚君が活躍する場面が来る」と思うでしょう。だがしかしそんなことはなかったたた。

ただいまのおれがやっていることと言えば、周囲近辺の監視役だ。夜間警備員のバイト時代を思い出すような暇さである。豚君退屈でとろけちゃうらめぇ。なぜおれが警備員のような仕事をしているのかと言えばそこには深い理由があるのだ。

 

 

昔、昔。それは、そう語った森精霊(ドライアード)すら生まれていない大昔のできごとだそうで。

つまり話を要約すると「大昔に封じられていたなんかやばい木の怪物がもうすぐ復活する」ということらしい。その怪物についての説明で「ときどき一部が目覚めて暴れるんだ」と森精霊(ドライアード)が語った時点ですでに封印するもくそもない状態ではないのかと思ったけれど、それを口には出すまい。

 

そうして森精霊(ドライアード)はかつて「約束」したという、魔樹の一部を撃退することのできた七人組が帰還したのではないかと思い、森へとやってきた集団との接触を試みたそうだ。結果がおれたちとの遭遇である。まあそんな森精霊(ドライアード)の期待もむなしくその実際は戦士と闇妖精(エルフ)石化の蛇(メドゥーサ)と巨大ハムスターの集まりであったわけだが。

 

「シュヴァインさん、ここは一つ提案なんだが」

「ん?」

 

森精霊(ドライアード)の話を聞いたモモンガさんは、対プレイヤーの戦いになった場合を考えて怪物――魔樹「ザイトルクワエ」を守護者たちの練習台にしてみてはどうだろうと言い出した。

 

やめて! 謹慎処分から解放されてモモンガさんのお仕事を手伝うことになったのに、予定変更で守護者たちのチームとしての戦闘能力を高める練習台にするなんて、そんなふうに上げて落とされたら豚君の精神まで燃え尽きちゃう!

お願いそんなこと言わないでモモンガさん! おれが今ここで倒れたら、さらにめんどうくさいことになっちゃうのよ? 成人男性が駄々をこねる光景ほど見苦しいものはないんだから!

次回「豚君死す」デュエルスタンバイ!

 

「心配しなくても報酬は約束した通り引き渡すつもりだ」

「それなら全然大丈夫ですぅ」

 

 

説明以上、冒頭に戻る。

 

予測範囲内のできごとだが、魔樹「ザイトルクワエ」は復活した。現在進行形で守護者たちがその討伐に当たっている。守護者たちの戦闘中、敵対するかもしれない第三者の存在を発見し監視するべくモモンガさんが魔法での警戒を、おれがスキルでの警戒を行うものと話し合って計画した。

そうしてそれは順調に進んでいる。確かに順調に進んでいるのだけれども。

 

「おれの場合敵意があるやつが接近しなかったら反応しないんだよなあ…」

「どうしたでござるかお館様」

「いいやなんでもないとも、ウマソー」

「ハムスケでござる」

 

腹這いに伏せたハムスケの横腹を背もたれにして、おれはぼんやりと守護者たちの戦闘を眺めながらあくびを噛み殺した。

豚君こう見えてちゃんとお仕事してますぅ。外部からの敵意がないからスキルが発動しないだけなんですぅ。そんな誰に対してなのかもわからない言い訳を胸中でこぼしながら、おれは魔樹ザイトルクワエの登頂部に思いを馳せた。

そこには目的の「薬草」があり今すぐにでも飛び出していきたい衝動が湧きあがってくる。

目の前で餌をちらつかされるというのは本当につらいものだ。

 

守護者たちの邪魔はしないのであれだけむしりに行ったらだめですか? だめですか。

 

まあ謹慎処分が解除されたのだから明日からは、いや今日の夜からだっていい。おれはこれから外で動き回ることができるのだ。自由って素晴らしい。

冒険者としての仕事も、重症患者「ポルコ」が治癒する期間を考えればまだ復帰するには早い。

つまりそれまでの時間はおれにとって長期の有給休暇のようなものである。有給。なんと甘美な言葉なのだろうか。

あの連続夜勤の職場では都市伝説とまで言われた休暇制度だ。

 

「謹慎処分」という軟禁状態と自由に過ごせる「休日」は似ているようで非なるもの、その本質は天地ほども差があるのです。外出時には供を連れて行くよう言われるだろうけれどもこの数日間の缶詰め状態と比較すればそんなことは容易いとも。

 

そうして「これからどうしよっかなぁ」とかなんとか考えながら意識を霧散させていたら、魔樹の触手がこちら目がけて降ってきた。あらまあ。

それを見た森精霊(ドライアード)ことナザリック地下大墳墓の新しい従業員ことピニスンが、この世の終わりが訪れたかのような悲鳴をあげる。魔樹と守護者たちのレベル差を考えればこの状況はなんの問題もないと思うのだけれども、ここはあえておれも便乗しておこうか。はぁんたしゅけてぇ。

 

暇を持てあましすぎて馬鹿なことばかりを考えていれば、魔樹の触手はおれたちにまるで届かない距離でコキュートスに斬り飛ばされてしまった。ですよねぇ。

 

こちらのほうに被害がないかを振り返って確認してくる守護者たちに緩慢な動作で手を振って返答すれば、全員が「ほっ」と息をついたような顔をする。そしてほぼ同じ速度で魔樹のほうへ顔を向けた。

ここからでは守護者たちの表情を見ることはできないのだが、殺気がすごい。真正面から睨まれている魔樹は堪ったものではないだろう。

 

「攻撃のダメージが効いてきたのかな、魔樹が二、三歩下がったよ!」

「んー…、お前がそう思うならそうなんだろう」

 

お前の中ではな。

 

 

×××

 

 

てててててってーてってーん! 守護者たちは 魔樹を やっつけた!

 

魔樹がおれたちのほうに暴力行為(未遂)を取ったあと、守護者たちはそこから魔樹の行動を一つとして許しはしなかった。

魔法による拘束と弱体化の連鎖に、畳みかけるような追撃とスキルの雨に、測量できないとされたはずの体力は体勢を整える暇さえ与えずに削り取られていったのだ。うわしゅごしゃつよい。

あれ最後のほうはたぶんオーバーキルしてた。

 

彼らとおれにはレベル差がないことを考えればこのチームワークの手にかかった場合、装備を揃えていても生き残るのは厳しいであろう。

自分には忠誠を誓ってくれているのだと頭では理解していても、触手を引きちぎり魔樹の濃緑色の体液を頭から浴びる様子を目撃してしまってはたどりつく答えは一つだけだ。

「あいつらはぜったいにおこらせないようにしよう」…そう囁くのよ、わたしのゴーストが。

 

「…チーム戦は問題なさそうですね」

「…そうですね」

 

おれもモモンガさんも目の前で繰り広げられた光景にどん引きしている。

それほどまでにえげつない戦術で、磨き抜かれたそれぞれの動きで、隙のない団体戦によって、魔樹は息絶えた。

ピニスンは元よりハムスケも恐怖で白目を剥いて気絶している。気持ちはわかる。

 

せめてもの心の防壁にとおれが頼りないハムスターの肉団子にしがみついていたら、心的外傷を作るには十分すぎる働きをした人物の一柱であるアルベドがこちらのほうへ駆け寄ってきた。

ドレスの裾がはためいているというのに上品さを損なわない動きは平常であれば見惚れただろうけれども、あれが本来は濃緑色ではなく純白の衣服だと知っている立場からするともはや恐怖の対象でしかない。ぼくわるいぶたくんじゃないよぉ…。

 

「シュヴァイン様、お怪我はありませんか!」

「も、問題ないとも。少しばかり驚いたが心配をするようなものではない」

「…此度の失態は全て私の責任でございます、どのようにも罰をお与えください」

「まさか。アルベドに罰などを与えたらおれがモモンガさんに怒られてしまうだろう…なあ?」

「あ、ああ、シュヴァインさんの言う通りだとも。今回は我々の警護ではなくチームとしての能力を見るための戦闘だったのだ、むしろ周囲に気を配りつつ戦闘を行えた守護者たちを褒めてやらねば。お前が気に病むことはなに一つないぞアルベド」

「ありがとうございます、慈悲深き至高の御方々に感謝いたします!」

 

実際の心境的には「まさか」なんて偉そうな言葉ではなく「滅相もございません」という言葉が入るのは言うまでもない。総戦力がおれとモモンガさんよりうえの守護者たちに罰を与えるなんて恐れ多いですぅ。

 

豚肉加工食品にされる前におれはこれからの態度を改めたほうがいいだろうか、と悩み始めたところで、けれどもその意識はどこかへ飛んでいくことになる。

後方から枯草を踏む音が聞こえてきたということは、守護者たちが近づいてきたということ。そして守護者たちが近づいてきたということは。

 

「アインズ様、シュヴァイン様、どうぞお納めください」

 

薬草きたー! おれは薬師の職業なんぞ獲得していないので、道具としての使い道はそのまま生で食べるくらいの選択肢しかないのだけれど、アイテムは手元にあることが重要なのですよぉ!

 

そうして待ちかねていた薬草がデミウルゴスからおれへと手渡された。

「はぁんありがとうございますぅ」と言いたいけれどもデミウルゴス以外の守護者もいる手前、自重という言葉を大切にして行動しなければいけない。

 

薬草の見てくれは正直に言えばただの青臭い苔なのだがこれに「貴重な」という形容詞がつくだけでおれのなかの愛情メーターが振り切れる。すごく幸せ。これが自力で獲得したものならば達成感もひとしおだろうが、そこまでの贅沢は言うまい。

だから、それを潰さないように両腕で抱えて頬ずりしながら口にしたのは嘘偽りのない感謝だ。

 

「お前たち、ありがとう」

 

たとえその言葉で感極まったらしい守護者たちが咽び泣いたとしてもおれに罪はないです、本当です、豚君なにも悪くありません!

 


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