「Not in Education, Employment or Training」省略してニートという言葉がある。
その意味は「教育を受けておらず、雇用されておらず、職業訓練も受けていない者」を指す。
さておれの現状を見てみよう。
教育は受けていない。義務教育はそれなりに前に修了させた。
就業状況については果たして今の状況を働いていると言えるのだろうか。いや言えない、反語。
職業訓練は上記に同じなので以下省略である。
おっとぉ、これは…
「まごうことなきニートなのでは?」
その事実に気がついたのは、すでに謹慎期間の二分の一ほどを消化したあとであった。
シャルティアの持ってきてくれた茶菓子うめえとか言ってる場合ではないようだ。
ちなみにおれが療養期間という名前の謹慎処分に突入したときから、シャルティアは半日置きに茶菓子を配達してきてくれるようになった。
それと言うのも、謹慎処分の原因であるあの騒動のことをシャルティアはずいぶんと気にしているらしい。精神支配を受けたうえで死亡したためか、数十時間の記憶をすっぱりなくしているそうだが、デミウルゴスからことの成りゆきを聞いたというシャルティアの落ち込みようはそれはそれはひどいものであった。
状況的に過失割合は同罪どころかおれのほうに天秤は傾くのではと思うのだが、彼女には「至高の御方を敵対者から守れなかった挙げ句に手を上げた」という事実が荷重となっているようだ。
シャルティアには騒動の翌日に土下座の勢いで謝罪されたのだけれど、おれは自分を棚に上げてふんぞり返るつもりなど微塵もない。
けれども「そんなん気にせんでええのよぉ、おばちゃんも悪いんやからぁ」と軽い感じでごまかそうとしたら昼間から謝罪切腹ショーを開催されそうになったので、それを防ぐためにも提案した折衷案で現在に至る。
「要約:一か月間、豚君の暇つぶしに付き合ってよね!」作戦は見事成功を収め、今のところ、ナザリック地下大墳墓で自傷他傷による事件は発生していない。
この茶菓子を持ってくるという行為もシャルティアの考えた「おれを楽しませる」仕事の一環なのだろう。大成功しておりますとも。入れてくれた紅茶との相性が抜群すぎて、このまま豚になってしまうのも問題ないのではとすら思えてきた。
これでシャルティアが元気になったのかと言えば微妙なところだが、正直なところ豚君からこれより有効的な提案をしぼり出すのは不可能だ。助けてモモえもん豚太君のおつむが回らないよぉ。
さて話を戻そう。
あんな小さな女の子でさえ真面目に仕事をしているのにおれときたら…。そう思うとニートという肩書きが恥ずかしく思えてくるものだ。すでに手遅れ感が尋常ではないけれども。
「…私たちの手伝い…でございますか…」
アルベドが呆然とおれを見る。
お前さんざん遊び呆けていまさらなに言ってやがるとかそういう類いですね、すみませんでした。
もっともらしく「部下に負担ばかりかけるのはよくないと思ってな」とかなんとか理由をつけたところで、本当に思っていたらあと十日は早く動いていたはずなんだなぁ。
腹の底から本音を吐き出せば「豚君ちょー暇なの」というくそみたいな言葉しか出てこないのでどうしようもない。
ねえねえなにかない? ねえねえ? と期待を込めてアルベドを見ていたらぼろっと大粒の涙を流し始めたので普通に焦った。ごめん母ちゃんおれこれから真面目に働くから泣かないで。
膝から崩れ落ちるほどにおれのニートぶりはやばかったのかと反省したが、アルベドが泣いた理由はどうやらそういうあれではないらしい。
「なんと、なんと…慈悲深い…、私たちのことまで気にかけて下さるなんて…恐悦至極にございます。そのお気持ちだけで報われます。…ですので、どうかシュヴァイン様は御身体のことを一番に考えてご療養ください」
「アッハイ」
ささ、どうぞご寝所へ、と布団のところへ案内されそうになったけれども待って待っておれ数分前にお昼ご飯食べたばかりなんです。
…
『仕事ですか』
「なにかお手伝いしますぅで第九階層を歩き回ったら泣かれるだけで二時間が過ぎまして。このままでは豚君がいじめっ子と噂されるのも時間の問題なのです」
『実際いじめっ子じゃあないですか。だいぶ前に掲示板で「豚野郎被害者の会」でスレ立てされていたの見たことありますよ』
「誠に遺憾である。そんなことを言う子のアイテムは奪っちゃおうねえ」
『いじめっ子じゃないですかやだー』
内容は言わずもがな「ぐう暇」「なにか仕事くれ」というものであるが「アルベドに貰ったらどうですか」と役に立たないような返事しか戻ってこない。最初に玉砕しましたけどなにか。
「暇すぎて蛇の三つ編みが七本目に突入するんですけれども」
『なにしてるんですか』
「こいつらおれの髪なのにわしづかみしたらものすごい抵抗するんですよぉ。あと強く引いたら何匹か抜けて逃げていきました」
『なにしてるんですか』
「すぐ新しい蛇が生えてきたんですけど抜けたのはそのまま元気いっぱい動き回ってるので、全部モモンガさんの部屋に放り込んでおきますね」
『やめてくださいしんでしまいます』
毒蛇らしいけどモモンガさんは毒無効があるから平気ですよぉ、と適当に慰める。
そろそろ暇すぎて豚君が本物の豚になっちゃいますよ? 泥で入浴とかやらかしますよ? と脅しをかけたら「どうぞどうぞ」と返事をされたのでこの
負い目があるので「謹慎処分免除してよぉ!」とも言えず、豚君は暇すぎて暇すぎて茶菓子を食べるしか選択肢がない。うわ…うま…。
モモンガさんがふむぅと悩んだ声を漏らしているのを脳内電波で聞きつつ、どうせなにも案が出ないんでしょ、そうなんでしょとささくれていたら「シュヴァインさん、冒険者組合から回ってきた依頼を俺とやる気はありませんか」思ってもみない声がかかった。
「おれモモンガさんに一生ついてく」
『なんという現金な豚』
「ぶぅ。…いやでも謹慎処分の件はいいんですか?」
『シュヴァインさんにかかった
「やだこのがいこつちょういけめん…」
『冒険者組合の情報いわくとても貴重な薬草を取りに行ってほしいとのことです。報酬はおそらく金貨で支払われるでしょうが…シュヴァインさんは金貨がいいですか?』
「ええ? その説明をしておいて本気で言ってますか?」
『確認ですよ。この世界じゃあ俺たちとの「貴重」の根幹がだいぶ違っているんですから。…そうですね、シュヴァインさんにはその薬草半分をお渡ししましょう』
「はぁんモモンガさん…しゅきぃ…」
『酔ってるなら仕事は諦めて早く寝るべきですよ』
「昼間から酒におぼれるほど人間性捨ててないですけど」
×××
モモンガさんのお手伝いだから! ギルド長の許可が出たんだからしかたないね!
アルベドの「どうかご自愛下さいね」という言葉に「うんわかったぁ!」と返事をしてナザリックから出てきたのはいいけれど、有頂天になりすぎて演技するのを忘れてきた気がする。
先日の騒動でアルベドにはおれの素の口調がばれているとは言え、いい歳した野郎が元気よく「うんわかった」とか。
「ふえぇ…いたたまれないよぉ…」
「いたたまれないのはいつものことでしょう。と言うかここでも気を緩めないでくださいね、もうすぐここにアウラが来るので。あとそいつも新しい部下です」
「もふい」
「と、殿…お助けくだされ…」
待ち合わせ場所に来ればそこにはすでにモモンガさんと、…巨大なハムスターが待っていた。
こんなのもふもふするしかないじゃない。支配者の演技とかなにそれうまいの。
先日の騒動でアルベド、コキュートス、デミウルゴスの三者におれの素の性格がばれましたとモモンガさんに白状したとき「口調がばれちゃったならしかたないね、でもできるだけ身を引き締めていこうね」という方向性が決まっていたのだが正直そろそろ自信がない。
デミウルゴスにいたってはもう隠す気もないしね。彼の面倒見がいいからしかたないね。
おれを見た瞬間に震え上がったハムスターには申し訳ないが、まんまるい背中にへばりついて毛皮の感触を楽しませてもらう。見た目よりも硬質だが許容範囲の触り心地だ。
「なんと言うか、こう…かつてないときめきを感じる…」
「シュヴァインさんて小動物はお好きでしたっけ?」
「小さい動物とはなんだったのか。いや動物の好き嫌いについては一般的だと思いますけど、なんて説明するべきでしょうね、子供のころの願望が達成されそうだなという類いの高揚感が」
「子供のころの願望?」
「ホールケーキを一人で丸ごと平らげるのって一度は考えませんでした?」
「えっ」
バケツプリンでも可。標準のものよりも何倍もでかい食べものって浪漫があるよね。
毛皮の下についた肉のことを考えてうっとりしながら背中を撫でると、ハムスターはとうとう耐え切れなくなったのか悲鳴を上げて暴れ始めた。
おれを振り落すようにごろんごろんと転がる動作も混ざったところで、下敷きにされては堪らないとモモンガさんの真横に飛び降りる。
その動きで小規模とは言え周辺に地震が起きているのだから、やはりこいつはおれの知っている小動物とはだいぶ違うようだ。いやそもそもキングサイズのベッドよりもでかい生き物を小動物とは認めない。
「急に暴れるなよ危ないだろうが。…ええっと、名前はウマソーでしたっけ?」
「ハムスケです」
「安直じゃありませんか? ヒジョウショクとかのほうが似合ってません?」
「シュヴァインさん、あなたついに齧歯類の生き物を食料と見なしたんですか…?」
すっ、とモモンガさんから視線を逸らした。なにも聞かないでくれたまえ。
そうして「食べないよぉ、お利口にしてたら食べないよぉ、たぶんね」と言ってもう一度ハムスケの背中によじ登りふるもっふにしているところで、森のほうからアウラがモモンガさんを呼ぶ声が聞こえてきた。やばばば起きねば。
「アインズ様ぁ! お呼びに従いまいりましたぁー!」
元気なのはいいことである。それが例え豚君の寛ぎ時間終了のお知らせであっても。
毛のうえを滑るようにハムスケの背中から降りると「シュヴァイン様!?」と驚く声も聞こえてきた。はぁい、齧歯類はおやつに見えるほう、豚君ですぅ。
「シュヴァインさんは乗りませんか?」
「いい歳こいてハムスターに乗るのは恥ずかしいので遠慮しておきます」
「……いつの間に精神攻撃を会得したんですか?」
「謹慎期間中に新規実装されたニートという職業を獲得しまして。そのスキルの一つです」
「ちなみに取得条件は?」
「数十日間なにもしないで過ごすことですかね」
「まごうことなきニートですね」
「…うっ、うっ…」
…
「デミウルゴスを呼び戻していたのか」
「ん? ああ、シュヴァインさんとすれ違いになるかたちでナザリックに到着したと、アルベドから報告も入っているが、なにか不都合でもあったか?」
「特別な問題はないとも」
ハムスケと並走しながら今後について話し合う。無論口調は支配者()である。
この状況にいたるまでに「シュヴァイン様が走られるのにあたしが騎獣に乗るなんて!」と遠慮されたり「どうぞあたしではなくシュヴァイン様がお乗りください!」と勧められたりいろいろあったけれども、豚君はハムスターには乗りたくないし、そもそも野郎二人でハムスターに二尻するとか絵面がひどすぎる。
「死ぬほど嫌です」という気持ちを込めて「おれは構わないとも。ぜひアウラが乗るといい」と告げ、モモンガさんが御伽話に登場する王子様もかくやとアウラに手を差し伸べたことで事態は収拾された。
そうしてモモンガさんとハムスターで二尻をする権利は見事アウラへ押しつけられたのだった。
モモンガさんとアウラが交わしていた会話の中で気になった点はいくつかあるけれども、なにより気を引いたのはデミウルゴスの帰還についてだ。
いやあデミウルゴス帰ってたのかぁ。まさかこんな短期間で謹慎処分から解放されるとは思っていなかったからな、アイテム捜索の件は悪いことしちゃったな。
いやでもデミウルゴスの出張先のアイテムも気になるし、二手に分かれて捜索したほうが発見する確率は増すのだから捜索は継続する方向で進めてもらえばいいだろう。
「それにしてもデミウルゴスは一度労ってやらなければならないな。モモンガさんに指示された仕事といい、おれの件といい、今回といい、こちらの都合で東奔西走させてしまっている」
「ああ全くだ。ふむ、どうだアウラ。守護者を労ってやるならばどんなものがいいだろうか」
「えぇっ! あたしですか!?」
二人で話していたところへ話題を放り投げられて驚いたのか、アウラが手をわたわたと動かしている。
その慌てぶりはなんだか見ていて可哀想になるけれども、おれたち支配者()ではなかなか守護者が喜ぶものを想像できないので同じ守護者であるアウラが頼みの綱だったりする。
さあがんばれちょうがんばれよろしくおねがいします!
期待を込めてアウラを見つめていると、アウラはおれとモモンガさんをちらちらと見てから「あたしは…至高の御方に、あ、頭を撫でていただけると、すごく…嬉しいです」という解答が返ってきた。もう好きなだけ撫でてやるよ。
おれと同じ気持ちになったらしいモモンガさんがアウラの頭を撫でている。
照れ照れとして喜びを隠しきれていないアウラにおれも微笑ましい気持ちになるが、だがしかし考えてほしい。その標的がデミウルゴスになることを。ふえぇ…目も当てられないよぉ…。
×××
キング・クリムゾン! 時間は消し去って飛び越えるもの。
あれからおれたちの行動として特筆すべき点はない。
過程を簡単に説明するなら「夕方までに目的地へ到着したい」と言ったアインズ様()のためにアウラがハムスケに能力上昇系のスキルを使用したものの、さすがに無理があったのか体力が尽きて途中挫折した。
モモンガさんが「ここを野営地とする!」的なことを宣言したところでふと盗賊スキルが発動したような気がしたので「豚君ちょっとお花摘んでくるねぇ」と告げて、おれは少しばかり離れた森へとやってきたのだったたた。以上説明終わり。
そうして相変わらず腹の底から湧いてくる根拠もない自信に従って森の中をさくさくと進んでいると「ちょ、ちょっとそこの君、そっちのほうは危ないよ!」と声がかかった。
危険感知に引っかからなかったのだから敵意はないのだろうけれども、こんな至近距離まで発見できなかった相手に対して警戒がにじむ。
「…誰だ」
「お、怒らないでよっ、親切のつもりで言ってるんだから!」
頼りなさげな声を合図にして、めりめりというか、むにょーんというか、木が成長する映像を早送りで見せらるように木の幹から一匹の生き物が生えてきた。
すぐさまスキルで強さを確認すれば、おれよりずいぶんと弱い相手のようだ。
それなのにおれが見つけることができなかったのは木の中に隠れていたからであるらしい。
拍子抜けして息を吐く。
そうしておれの前に現れた
「興味があるな」
「いやいや違うでしょ! そこはなんだってー! って驚くところだよ!」
「なんだってぇー」
「棒読み!」
だってこう言っちゃあなんだけど豚君はレベルカンストしたガチ勢ですよ?
それより恐ろしい相手となるとそれはもうレイドボスの類いだろう。
前日の一件から「これは現実なんだからゲームって認識したらだめぇ!」と自分に言い聞かせてはいるが、おれより強いがレアアイテムをドロップするという等号で構築されているおれの頭は、強い相手と聞いてうきうきそわそわするのを我慢できない。
どうする?
そこのところちょっと詳しく、と
「シュヴァインさん、そちらは?」
「モモンガさん、彼女は貴重な情報源だ」
「えっ」