オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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幕間前篇

謹慎処分。

わりと汚い字で紙に書かれたそれを見せられて「いやです」と答えられるはずもない。自宅謹慎とか何年振りだろうか。

 

「ちなみに自宅の範囲とは」

「ナザリック地下大墳墓第九階層より上層には出ないで下さいね」

 

厳しいのか緩いのかわからない範囲だ。

今回のことはおれに負い目があるので「脱走」の選択肢も選び難い。

というわけで、およそ一か月間、豚君は自室という名前のナザリック養豚場にて食事と睡眠を繰り返すだけの怠惰な生活を送ることになりそうですぅ。

これで謹慎期間が満了するころには本物の豚として出荷されることもやぶさかではない。

 

モモンガさんがナーベラルとともに冒険者としてエ・ランテルへと向かうのをわざとらしくハンカチを振って見送り、一人また一人と指示された仕事をこなすために出張していく守護者たちも見送る。とくにマーレは森に現れた吸血鬼と戦闘になり奇跡的に命が助かった重症患者「ポルコ」の幻覚を作るという仕事がある。

おれのせいでめんどうなことになってごめんねぇ、と謝罪はしたものの「いいえ、シュヴァイン様はお身体の療養に専念してください!」とうるうるしたおめめで言われてしまった。

ごめん豚君の傷はメイド長の必殺治癒魔法で完治してるの。

謹慎処分という響きが間抜けすぎて支配者として相応しくないだろうと判断したギルド長の配慮なのだが、まさかここまで良心を抉られることになるとは思わなんだ。

 

さてここで大本命の登場である。

 

「デミウルゴス、お前にはモモンガさんの指示とは別途で頼みたいことがあるんだが…あー、すまないが少しばかり席を外してくれるか、アルベド」

「畏まりました」

 

頭を下げて部屋から立ち去ったアルベドが扉を閉めたところで、おれは視線をきゅっとデミウルゴスに向けた。今のおれの顔は、そりゃあもうにまにまと歪んだ薄気味悪いものになっていることだろう。

 

「お願いがあるんですよぉ!」

「はッ、なんなりとお申し付けください。シュヴァイン様」

 

この他の守護者との差はなんだろうか。聞いてくれるな。素のゆるゆるの口調でもデミウルゴスはどん引きせずにおれの話を聞いてくれるんだもの。

すでにばれていることだとは言え華麗な女性と厳めしい侍を相手に馬鹿みたいな態度で会話をする勇気がないとも言う。

 

「アイテムを! おれに代わってアイテムの捜索を! お願いします!」

 

両手を顔の前に合わせて平に願った。

今回のできごとは大変な騒動ではあったが、その収穫はとんでもないものだった。

そのうまみに味を占めたおれが謹慎処分ごときで自分の収集癖を諦められるはずがないのだ。

 

「しかし、私ごときではそのような素晴らしいアイテムを見つけられるかどうか…」

「これはだいぶ特殊な例だからしかたないね」

 

これ、それ、あれ。そう表現されている物品。それは、ただいまおれが身につけている世界級(ワールド)アイテム「傾城傾国」のことである。わんこの治療でおれのあの大怪我が完治した直後、モモンガさんに頼み込んで戦場跡から拾ってきた装備だ。

…ふともものあたりから生足を露出させるのは成人男性としていたたまれないのでさすがに中華風のズボンはいた。

 

ちなみに死体を蘇生させればなにか情報を得られるのでは、という期待もあったのだが、戦場跡に残っていたのは傾城傾国一つだけで、真なる無(ギンヌンガガプ)によって現場は死体どころか森全体が消し飛んでいたため回収は断念することに。

現在は更地になった森を元に戻す隠蔽作業がシモベたちにより着々と進められているそうだ。

 

話を戻そう。

 

「確かにおれが今回手に入れることができたこのアイテムは横に並ぶものがないほど稀少なものだとも。けれどもいいかねデミウルゴス、おれが追い求めているのはそのアイテムそのものの効果や価値ではないのだよ!」

 

大事なのは人が求めているものなのか! それとも否か!

 

「これは市場の動きとよく似ている。大量の金が出回ればその価値が下がるだろう? おれは、このアインズ・ウール・ゴウンで人の欲する全てを壟断していたいんだ」

 

ギルドに所属したまま上位ランクを保持し続ければ、毎月報酬が貰えた時代を思い出す。報酬を受け取ることはユグドラシルではなくなった現状到底無理な話だが、それを抜きにしても特別なアイテムを手にするというのはやはり心が躍るものである。

だからこそそれをおれに「謹慎処分だから一か月間は我慢しなさい」と言うのは、禁煙する気のないヘビースモーカーから煙草を取り上げる、もしくは酒豪に禁酒令を敷くようなものなのだ。

禁断症状出まくりぃ!

 

「無理にとは言わないから、仕事のついでで構わないから。…豚君の一生のお願い、聞いてくれないかなぁ?」

 

自分より背の高い男が腰をかがめて上目遣いをするという状況がどれほど見苦しいことか。ここにモモンガさんがいたら第十位階魔法を叩き込まれても文句は言えない。

けれどもおれはすでに学習しているのだ。NPCたちは、それを製作した人物に似通ったところがあるのだと。そしてデミウルゴスの製作者であるウルベルトは、おれがこうしてヘルプを入れるとさんざん罵詈雑言で罵ったあとに必ず助けてくれる人物であった。そこを利用することに多少良心は痛むけれども、アイテムというおれにとっての情熱を天秤にかけたなら背に腹は代えられないのである。

 

「ね、ね、お願い聞いてくれたらなんでもしちゃう」

「っ…シュヴァイン様、そういうことをあまり軽々とおっしゃいますのは、その…」

「趣味に付き合わせる平等な対価だって。いや、アイテムをくださいって言われたらかなり悩みますけれどもやぶさかではないのよ? 肉体労働だったらきびきび働く自信もありますし」

 

ブラック経営の会社に勤めていた夜勤労働者の忍耐力を舐めたらいけませんよぉ。

けれども力こぶを作って働く意思を見せたおれにデミウルゴスは厳しい顔をして首を振った。

 

「至高の御方に労働をさせるわけにはいきません。そうでなくとも、我々は至高の御方のお役に立つために造られたのですから、こうしてシュヴァイン様がご命令を下さるだけで私にはこのうえない喜びなのです」

「ええ…無償労働とか…つらすぎ…。もっと欲に忠実に生きてもいいのよ…?」

 

豚君を見て? このありさまよ?

 

そうしておれたちの話はえんえんと平行線を辿ることになる。

最終的に「はい決定! これは上司命令だからね! ちゃんと考えてね!」と職場の権力を振り回す事態となったが悪用はしていないし、モモンガさんにもばれてないから平気、平気。

困った顔をするデミウルゴスに支配者()としての口調でいってらっしゃいと告げればもう反論の言葉は出てこないようだ。

やりました。

 

ご帰還の際にはどうかこの哀れな豚めにアイテムを! お土産を! よろしくお願いします!

 

 

×××

 

 

デミウルゴスが出立して数時間が経過していた。

ナザリックの荘厳な景色を眺めて歩くシュヴァインは、なんともないように言葉を吐いた。

 

「なにも怒っていないとも。おれは今回のことで三人を責めるつもりなぞ微塵もないさ」

 

それをコキュートスにもよくよく伝えておいてくれと言う主人の足取りは緩やかで、散歩に出るという言葉は本当だったのだとアルベドはそうっと息を吐く。

もしもシュヴァインが他の至高の御方のように隠れてしまうことになれば、理由は言うまでもなくアルベドの過失によるものになる。それはこれまでと違い「自分」が至高の御方を追い詰めたのと同義ということだ。

けれどシュヴァインは「気にしていない」と告げて、気落ちしているアルベドを連れて散歩に出てくれた。なんと寛大な心の持ち主なのだろうか。

アルベドは目尻からにじみ出た水滴を気づかれぬよう拭って慈悲深い主人の後ろに付き従った。

 

 

アルベドにとってシュヴァインは敬愛すべき主人である。それ以上でもそれ以下でもない。

このナザリック地下大墳墓に残ってくれた「至高の御方」という点では、自分の創造主であるタブラ・スマラグディナよりも崇拝の念は勝っている。むしろこの地を去った「至高の御方」については彼らは自分たちを捨てたのだという恨みの気持ちさえ持っていた。

けれども先日、デミウルゴスに吐露された予測によってその気持ちに揺らぎが生まれている。

 

「我々の至高の御方々に対する崇拝の念に優劣があった」

「それに気づいたからこそ至高の御方々はナザリックから立ち去ってしまったのではないか」

 

それを聞いたアルベドを筆頭に、守護者たちは息を飲んだ。

一人、また一人と至高の存在が隠れていったその時期に、自分たちが自らの創造主を頂点に考えていなかったと言えば、それは嘘になるからだ。その当時のアルベドでさえそうだ。あのころは自分の創造主が「至高」の中でもさらに崇高なものだと信じて疑っていなかった。

 

ナザリックのものたちはその気持ちを入れ替えて、これからは至高の四十一人に対して平等な忠誠心を持つべきだとデミウルゴスは言った。とても素晴らしい心構えだ。ナザリックのシモベとして見るならば。

 

けれどもアルベドの心の靄はいまだに晴れない。

デミウルゴスが皆に語ってみせた話は、言うならば我々から見ても前提は同じなのだ。

 

至高の存在に自分たちと同じ視点を求めるのもおかしな話だが、それでもアルベドは考える。偏った忠誠心に気づいて至高の御方々が立ち去ったならば、これ以上「自分たちは捨てられた」などという泣き言は言うまい。

しかしその偏りを理解したうえでナザリックへ残ってくれた至高の御方がいるのも、また事実なのだ。ならば与えられた恋慕も、寛大な慈悲も、それを与えてくれた二人だけのために捧げたいとアルベドは思う。それが守護者統括としてどれほど歪んだ気持ちだとしても。

 

得てして「偏り」とは生まれるものだ。

それをアルベドに教えたのは他でもない至高の御方々だ。

 

今日まで与えられてきた恋慕を、慈悲を、そして温情に報いるためならば、どんな手でも使ってみせるとも。

 


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