オーバーロードと豚の蛇   作:はくまい

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豚の蛇は考えない その二

へいボーイ冷静になろうぜ、まだ慌てるような時間じゃない。

頭の中で「ははは」と笑ってサムズアップしているおっさんを首を左右に振って振り払う。誰だこのおっさん。

そんなおれの様子を見てなにを思ったのか「どこかお怪我が…!」と見ているほうが可哀想になってくる表情をしたNPCにもう一度首を振った。ついでに「大丈夫、少し眩暈しただけ」と告げるが、頭が混乱し過ぎて片言になっている。

 

現状を整理しよう。

目の前のNPC、名前は確か「デミウルゴス」だ。それが転びそうになったおれを支えて、あまつさえ怪我はないかと心配してきている。つまりどういうことだってばよ。

状況を把握するには情報が足りないのでわかりません。以上、現状の整理終わり。

 

悶々と考えていると、おれよりも頭一つ分小さいデミウルゴスが膝を折ってその場に畏まった。なにごとかとその頭を見つめていると「至高の御方には差し出がましいかもしれませんが」と付け加えて話し始めた。すげえなユグドラシル、いつからこんな機能がついたんだ。それともデミウルゴスを作った技術者のドッキリかな? ははは、これはまいったな驚かされちゃったよ。

 

「第七階層の焦熱は、今のシュヴァイン様のお身体にはよろしくないかと。ここはどうか一度、第九階層へ赴いて御身を休ませていただければと愚考致します」

 

おいこいつのAIを組んだの誰だ。

人の身を考慮した提案をするデミウルゴスの言葉に「やだ…いけめん…」と戦慄していたら、なんだか皮膚がぴりぴりしていることに気がついた。日焼けのような痛みである。

おや? と自分の剥き出しな二の腕に視線をやったが、アバターの設定通り蛇の鱗模様がびっしり並んでいるだけだ。

不快というか、肌に違和感を与え続けてくる刺激に首を傾げる。ちょっとかゆい。おれとしてはその程度の痛みだったのだが、そんなおれの様子にデミウルゴスはなにを思ったか突然立ち上がって腕を掴んだ。

 

「え」

「許されぬこととは存じております! ですがどうかこれ以上、御身を傷つけるこの場に留まり続けないでください!」

「え」

 

腰を抱えられて、持ち上げられて、視界に映るのはデミウルゴスの背中と蝙蝠のような羽だけ。

おっとこれはいったいどうなっているんだ。

 

 

×××

 

 

サラマンダーより、ずっとはやい!

そう言わざるを得ないようなものすごい速度で第七階層から運搬されて第八階層をチートかという勢いでショートカットし、そのまま第九階層まで運ばれてきた子豚ちゃん(おれ)は、デミウルゴスに抱えられたままの状態でとある部屋に連れ込まれた。

え、もしかして調理場? おれは美味しく料理されるの? という不安は一瞬で終わる。

それはもう丁寧に椅子のうえに降ろされて、相変わらず悲痛な顔をしたデミウルゴスは部屋の中にいた人物を怒鳴るように呼んだ。

 

「ペストーニャ・S・ワンコ! すぐにシュヴァイン様の傷を治癒するんだ!」

 

わんこ! ペストーニャ・S・ワンコじゃないか! ギルドメンバー全員が愛したナザリック最萌大賞のメイド長のわんこまでしゃべって動くなんてここは天国か! でかしたデミウルゴス!

それにしてもおれのアバターの身長お前よりでかいんだけど、よく抱えて飛んで走って運んでここまで来れたな。パラメータも非力なほうだろうに、悪魔ってすげえ。

デミウルゴスの秘められし腕力に感心している側らで「シュヴァイン様!」というわんこの悲鳴とともにメイド長の超強力治癒魔法が炸裂する。肌から感じる日焼けのような痛みは一瞬でなくなった。メイド長ってすげえ。

 

おおおおお、と内心で感激しつつ二の腕を色んな角度から眺めていると、二者の不安げな視線に気づいた。あっすみませんもう大丈夫です。

二の腕をさすりながらうなずくと、やっと二人の顔に安堵の表情が戻った。

 

しかし! おれの安息は! まだ! 遠かったようだッ!

 

「シュヴァイン様、先程の無礼、許されるものとは思っておりません」

「う、うむ?」

 

いきなりデミウルゴスが膝をついて頭を下げた。

君のその姿勢はデフォルトなの? AIに組み込まれているの? なんて言葉も言えず、先程と同じようにデミウルゴスの頭を見下ろす。

ええー…なんか今のデミウルゴスを見てると首の後ろがぞわぞわするんだけどなんなの? アサシンの常時発動能力(パッシブスキル)の危険感知が発動してるの? 即死級の罠が発動するの?

 

「至高の御方に無断で触れ、あまつさえ意思も聞かずに別の場所へお連れするとは、この命で償えるものとは思っておりません。ですが私にそれ以上に捧げられるものがないのも事実。どうか私の死を捧げることをお許しください」

 

あっ不穏。

 

ひやりと冷たいものが背筋を伝うのと、デミウルゴスが自分の首にかけた手の爪が、長く鋭く伸びるのはほぼ同時だった。

 

「やめろ」

 

咄嗟にデミウルゴスの手首を掴むと、爪が少し首に食い込んだところで彼の手は止まった。危ねえええ…! しかしこの危機はまだ第一段階に過ぎない。見たところこいつは死ぬ気満々のご様子である。どうにか言いくるめてこの自殺発言をなかったことにせねば…!

 

「デミウルゴス、お前の死を誰が許可した」

「…っしかし、至高の御方に無断で触れた私に捧げられるものなど、命しかないのです…!」

 

やだおれめっちゃ偉そう。何様だ。いやしかし効果はあるっぽいぞ。がんばれ学生時代に演劇部だった根性を見せろ! 裏方しかやったことないけど! 

わざとらしく溜め息を吐くとデミウルゴスと、なぜか隣にいるわんこの肩が震えた。なんでや。

 

「至高の、とは知らん。お前がなにを崇拝しているかも知らん。お前がわたしに触れたことなどは蚊ほども意識していない。しかしな、わたしをお前の失態の理由にするな」

「…」

 

できるだけ尊大な物言いで「自殺するなよ」と伝えると、デミウルゴスは深く項垂れた。

別になにも怒ってないんですけど…。弱点地帯から救出していただきましたし、おれは全然怒ってないよ? むしろ感謝してるよ?

あー、でもこいつほったらかしにしたら知らないところで自殺しそうだ。だいたいこいつのキャラがわかってきたぞ。

適当に理由をつけて無断で自害しないように保険をかけておいたほうが良いだろう。だって友人が作ったNPCが自分のせいで自殺するとか寝覚め悪すぎるし…。

 

「お前がこれを無礼だったと感じているならば、わたしから後日お前に罰を与えよう。自ら死に逃げることはけして許さない。いいかデミウルゴス、お前が死ぬのは、わたしが死ねと命じたときだけだ。お前の愚考で至高の我らが作った命を捨てることはあってはならない」

「…!」

「いいか」

「はッ、しかと…しかと承りました…!」

 

よっしゃ任務成功したようです! 言っていることは矛盾だらけですが、どうやらうまくごまかされてくれたようです。自分でも正直なに言ってるかわからなかったけど命が一つ助かったんだから結果オーライでしょう!

 

どうしてかものすごく尊いものを見るような視線をデミウルゴスやメイド長、部屋にいたメイドたちから感じるけれども、おれはこの場を切り抜けるのに酷く疲れてしまったので、やがて考えるのをやめた…。

 


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