えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第九十六話 システム

 

 

 

「あぁぁぁーー、ちくしょうォッ! マジかよ、こんなのありかっ!? くっそぉー、なんつぅー規模の転移術式を組んでいやがるんだ…」

 

 悔しさを隠すことなく、一人の青年が大声で喚き声をあげる。忌々し気に天空を睨みつけ、疲れからか思わず大の字で転がる。金と黒の髪を無造作に搔き乱し、目つきは悪いながらも端正な顔を歪め、先ほど足を踏み入れたはずの階層の主へ文句をぶつぶつと呟いた。

 

 人目を忍びながら何時間も奮闘し、ようやく目的の階層に足を踏み入れたら、有無も言わさずに発動された強制転移。結果、人間界の僻地へ吹っ飛ばされただけで成果はゼロ。あそこは本来なら入ることさえ恐れ多いとされる、男にとって主であり、親のような存在の階層だ。本来の主が用事で留守にしている隙をついて必死になって忍び込んだのに、あんまりだと嘆いた。

 

「ちょっと『アレ』が見たかっただけなのによぉ…。あのケチめ……」

 

 無人の草原の中、青年は忍び込んだはずの最上層を思い出す。男があの階層に入ったのは、何も初めてではない。親のような存在がいる時、少しの間だけだが同僚と共に報告にあがったことはある。男の目的である『アレ』を見たいがために、わざわざ最上層付近の仕事を志願したことだってしばしば。どちらかといえば、この組織でも上から数えた方が早いぐらいの地位にいるのだが、あの階層についてはあまり教えられていない。それは、同僚であり、悪友のような彼も同様であろう。

 

 男の同僚であり、悪友のような存在は、この組織のNO.2。つまり、トップの右腕だ。それなのに、その同僚も詳しくは知らない。……いや、触れることさえ許されないのがあの階層なのである。その悪友は、「それが主の意思であるならば」とあっさりと了承して、その禁忌に触れることさえ考えない。ある意味で、それは正しいのだろう。青年のように、主であり、親のような存在が咎めるだろう行いを、進んで実行しようとする方がおかしいのだから。

 

 それでも、「そんなもん知るか! 親が怖くて、知的好奇心が満たせるか!」と自分の中にある「欲望(正直な気持ち)」が男を動かした。反抗期なのかもしれない。とにかく、男は自分の欲に素直に従った結果、あの階層の秘密を知ろうとあの手この手で策を巡らせた。そしてついに、最上層へ踏み込むための機会を得た。意気揚々と調べようとしたのも束の間、防犯体制が完璧すぎた主の用意周到な罠に、男は涙に暮れるしかなかった。

 

「……はぁ、第七天。神の住まう場所。神の奇跡を司る『システム』だけが存在する場所か…」

「そうですよ。それで、そんな場所に忍び込もうとしたのはどういった了見ですか、アザゼル?」

「そりゃあ、ちょっとそこにある神器の『システム』を。……って、げェェッ!? ミカエルッ!!」

 

 ガバッ、と素早く起き上がった青年は、自分の名前を呼ぶ声へ振り向く。肩にかかるほど伸びた蜂蜜色の髪を揺らし、普段は優し気に細められる翡翠の瞳は明らかに吊り上がっている。いや、それどころか口元はひくひくと動き、同僚である男の主への不義に怒り心頭だ。

 

 おそらく神の不在時に最上層へ異物が入り込んだ場合、天使長である彼へ知らされる手筈になっていたのだろう。人間界へ強制転移されたアザゼルをすぐに見つけられたあたり、転移先にマーキングでもされていたか。万が一天界に仇名す者が侵入者だった場合、人間界でも僻地であるここなら戦闘するフィールドとしても適している。そこまで思い至り、これはまずいと青年――アザゼルは慌てて弁解を始めた。

 

「いやいや、ちょっとアレだよ。アレっ! すこーし、あそこに用があってな」

「主の不在中にですか?」

「お、おう。あれだ、主様がいない間、システムが正常に機能しているのか、しっかり確認しておこうと思ってな。ほら、俺ってば敬虔な天使だからよ」

「なんということでしょう…。アザゼルが真面目に主へ仕えるなんて、明日は終焉(ハルマゲドン)でも起こるのでしょうか」

「おい、こら」

 

 そこまで言うか。俺だって、ちゃんと仕事はしてきたぞ! と、悪友のわざとらしい大げさなリアクションに頬が引きつるが、さすがに状況が状況なので、いつものように噛みつくのはやめておいた。蜂蜜色の青年――ミカエルも戦慄した表情から呆れたように肩を竦めると、アザゼルに半眼の眼差しを向ける。微笑みは浮かべているが、無言の圧力が感じられた。

 

 主や他の天使、信徒へは慈愛の微笑みを浮かべる天使長様は、ことアザゼル相手には容赦がない。というより、笑顔でニコニコしているだけでは、この男は止まらない。ちょっと甘い顔を見せたら、ギリギリの範囲を見極めてやりたい放題。それでも大きな罰がないのは、アザゼルが上手くやっているのと、有能であるからだろう。性格的に、相手の懐に入り込むのが上手いため、あまり問題にならないように調整していたりもする。

 

 ミカエルにしてみれば、自意識が生まれた時から傍にいる幼馴染のような腐れ縁だ。主に、フォロー方面に。アザゼルは天使の中では高位であり、この組織の中では珍しく技術方面に明るい。そのため、彼の行動に注意しようとする同僚の天使たちは高位でなければ難しく、さらに俗世に弱い弱点からアザゼルに翻弄されることも多いため、基本ミカエルが注意するしかない。それぐらい、二人の付き合いに遠慮がなくなるほど、永く一緒にいたともいえるが。

 

「まったく…。こんなことを繰り返していたら、いつか堕天してしまうかもしれませんよ?」

「安心しろ。もし堕天するなら、ガブリエルの至上のお乳を揉んでからにするから」

「どこにも安心する要素がありません」

「なっ、ミカエル! お前、あの天界一の美女の慈悲やご利益がふんだんに詰まっていそうなお乳に興味がないとか、それでも男かッ!?」

「その前に天使です! あと、翼を点滅させながら言わないでください。今後ガブリエルへの接触禁止命令を天使長の権限を持って発動しますよ」

「職権乱用っ!?」

「正当な行使です」

 

 堂々と告げるミカエルは、頭が痛そうにこめかみに手を当てる。本当になんでこの男と悪友をやっているんだろう、な心境である。同僚というにはお互いの距離は近く、遠慮がないとはいえ、幼馴染というポジションにはカウントしたくない。なら、悪友で十分である。天使長をここまで精神的に疲れさせられるのは、彼ぐらいだろう。

 

 今回の主の階層へ侵入したアザゼルの行為は問題ではあるが、その心は本当にただの知的好奇心だろう、とはミカエルも思っている。そういった部分に関しては、彼に疑いを持っていない。それでも、こう何回も問題行動を起こされると、それを注意するこっちの身にもなってほしい、とも考える。栄えある神の代行者という身でありながら、問題児の更生が一番の仕事になるのは切実に勘弁してほしかった。

 

 

「あとで、説教と反省文と仕事ですよ」

「俺はガキか。ちぇっ、別にいいじゃねぇーか。神の御業とも呼べるような強制転移を食らって、結局は何もわからなかったんだからよ」

「少しは反省をしなさい。第七天に無断で侵入など、本来なら転移など甘い処置ではなく、存在ごと消し去られていてもおかしくはなかったのですよ。あそこは天使長である私とて、踏み入れてはならない禁忌の場所なのですから」

 

 アザゼルやミカエルたち天使が住まう天界は、全部で七層ある。第一層――第一天と呼ばれる多くの天使が働く場所から順に、天国のある第三天、エデンの園が存在する第四天、そして神に仕えるセラフ達が住まう第六天『ゼブル』と存在する。そして、第七天こそが、天界の中枢機関である『神の住まう場所』なのだ。この世界の奇跡を司りし『聖書の神』が創り出した、叡智の結晶が眠る階層。

 

 まぁ、確かに。そんなことを、ミカエルが告げた罠の殺傷力のなさにアザゼルも内心頷く。少なくとも、最上層は神とセラフ以外は足を踏み入れることさえできない場所だ。うっかり入るとしたら、そのセラフぐらいだろう。だから殺傷力を無くしていた可能性もあるが、あの神の真意は永く仕えてきたアザゼルさえ読めない。防犯が完璧なのはわかったが、結局あの階層に足を踏み入れることさえできないのでは意味がない。

 

 だが、殺傷能力がない罠なら、時間をかければ突破は不可能ではないかもしれない。大変ではあるだろうが、あの転移術式を解析して消し去り、なんとかごり押しすれば、もしかしたら『システム』に届くことはできるかもしれないだろう。それは一縷の可能性だ。しかし何故神は、そんな可能性を残しておいたのだろうか。なんとなく感じた不可解な疑問に、アザゼルは小さく眉根を寄せた。

 

 だが、それはほぼ不可能に近いのも理解している。当然そんなことをしようとすれば、天使達は全力で阻止しようと動くだろう。もしもセラフ達の了承を得ることができれば、神の『システム』への干渉も可能だろうが、禁忌を躊躇うセラフ達がそれを認めるなどほぼあり得ない未来だとわかり、アザゼルは溜息を吐いた。

 

「お前はそれでいいのかよ、『神の代行者』。神の奇跡を司るシステムに、天使長でさえ近づくことができないんだぞ。……主の言葉だけ聞いている良い子ちゃんじゃ、もしもの時に困るんじゃねぇか?」

「……『神の代行者』の権限を持っているからこそ、神の意思を忘れてはならないのです。神が創りし『システム』への干渉など、私ごときでは禁忌の領域に等しい」

 

 天界の組織「熾天使」を率いる天使長であるミカエルは神が不在の時、『代行者』として権限が振るえる様になっている。しかし、ミカエルの性格的に例え神がいなくなったとしても、その信仰心に陰りが起きることはないだろう。もしもの時は『システム』への働きかけは試みるだろうが、アザゼルが考えたような過激な案を実行に移すことはないと思われる。

 

 さすがのアザゼルとて、セラフメンバー全員と相対など馬鹿なことは考えない。こりゃあ、『システム』については諦めた方がいいか、と残念そうに天を仰いだ。それに文字通り、神自身が創り上げた最高峰のプログラムが相手なのだ。まだまだ若輩であるアザゼルでは、太刀打ちすらできないであろう。

 

 

「なぁ、ミカエル。『システム』って何なんだろうな?」

「それは、『聖書の神』である主が創った、この世界の奇跡を司る『仕組み』のことです」

「知っている。逆に言えば、俺達はそれしか知らない、が正しいんだろうがな」

 

 どこか疲れたように笑う悪友の表情に、ミカエルはしばし沈黙し、ふと思いついたように笑みを浮かべた。

 

「……もう一つありました」

「おっ? それは俺も初耳だ。なんだなんだ?」

「私達天使は、主によって創られた存在であり、主の手足となって働くことが仕組み(仕事)ですよね」

「あぁー、まぁ一応そうだな。なんかそう言われると、俺達もある意味で『システム』みたいなもんなのかねぇ…」

「私は心から主を敬愛し、自らの意思で仕えていますけどね。でも、なんだか似ているでしょう? だから『システム』は、同じ親や仕事を持つ私たちの兄弟なのかもしれませんね」

 

 神が創りしプログラムである『システム』と、神が創りし使者である『天使』。そこに違いがあるとすれば、肉体の有無と感情だけなのかもしれない。それに意思があるのかは、近づくことさえできなかったアザゼル達では判断できない。それでも、今まで漠然とした想像しかできなかった『システム』に、なんだか親近感が湧いたような気がした。

 

「くくっ、ははは…。まさかの兄弟か。この場合、俺達と『システム』、どっちが年上なんだろうな?」

「うーん、それは確かに問題ですね…。私より年長者である場合、敬わなければなりません」

「いや、『システム』を敬うってなんだよ…」

 

 天使長様の生真面目さに、アザゼルは呆れたように呟いた。それからミカエルは、天界へと帰るために聖書の一節を唱え、白亜で出来た巨大な両開きの扉を呼び出した。「さて、それではゆっくり休憩は出来たでしょうから、これからは楽しいお仕事の時間ですね」とニッコリと悪友の襟首を掴んで逃がさないようにすると、天界へと引きずっていった。ミカエルに連行されるアザゼルの姿に、同僚達は「あぁ、またか」とスルーしたという。

 

 第七天に侵入したアザゼルは、罰として用意された自身が埋もれるほどの仕事量に、「こんなとこ、いつか家出してやる!」と心に決めたらしい。未来では堕天使の総督として名をはせる彼は、今も昔も変わらず常識人を困らせるトラブルメーカーであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「なぁ、ミカエル。神が死んで永き時を刻んだ今の世界でも、お前はまだあの頃のままなのか?」

 

 頭を休めるために短い仮眠を取っていたアザゼルは、先ほど見た懐かしい夢を感慨深く反芻する。あの夢は確か、遥か昔まだ自分が堕天する前の天使時代のもの。神が不在中なのを見計らって、第七天に忍び込んで神器『システム』を隠れて解析しようとした時の思い出だ。過去からして、天使らしからぬ性格だったらしい。

 

 今思い出しても、悔しい気持ちが溢れてくる。残念だが今のアザゼルでも、あの神が施した罠をどうにかできるとは思えない。あれは紛れもなく、神隠しレベルの秘術だった。よっぽど神は、『システム』に触れられたくなかったのだろう。詳しく解析したくても、それを守るセラフ達がいる。あの悪友は、今でも亡き()の意思を守ろうとするだろうから。

 

「それでも、甘いあいつのことだ。システムの不調には気づいているだろうから、せめて信徒たちへの祈りの還元だけでもなんとかできないかと手は打っているんだろうな。……今の世の中を見る限り、あいつらもどうしようもなくて困っているんだろうが」

 

 昔から辛辣だった癖に、なんだかんだでお節介だった悪友。親友であるシェムハザやバラキエルとは別の方面で、アザゼルはミカエルを信頼していた。腐れ縁である彼にいつも「仕事をしろ」と引きずられ、純白の天使たちに俗世の面白い遊びを教えようとしたら光の槍をブン投げられ、趣味で研究した成果が周りに被害を出した時は極太の光の槍乱舞を浴びせられる。ちょっと思い出を振り返っただけでも、こんなにも鮮明に思い出せた。

 

 ……あれ、神以上にあいつからの殺傷力の方が高くない? 迷惑はかけただろうけど、マジで殺す気でブン投げられたような思い出ばかりである。もうちょっとミカエルのやつ、俺に優しくしてくれてもよかったんじゃねぇか? と、自分に全く容赦がなかった悪友の姿を思い浮かべて、アザゼルは憤慨した。自業自得だろう。

 

 とにもかくにも、当時のアザゼルが考えたような過激な案はさすがに実行できないだろうが、あの『神隠しの秘術』の解析は進めていることだろうとは考えていた。天使は神と人の間に立つ使者である。だから、肉体や感情が自分達には存在する。人は異質を拒む性質があるからこそ、人と近しいものを神は創った。それ故に、天使はただ機械のように動くことはなく、アザゼルのように堕天(機能不全)だって引き起こすこともある。

 

 だからこそ、神がいなくなった世界で、それでも天使たちは人のために動きたいと考えた。自らの感情に従って。そのためなら、神が残した禁忌を破ることになったとしても。だが、昔から神の意思に従って働いてきた天使達だ。敬っていた主の術を破る研究などしていなかったし、神へ術の詳細を聞いてもいなかった。そのため、全てがゼロからのスタートになっただろうことは容易に想像が出来た。

 

 昔を知るアザゼルからすれば、「ほれ、見たことか」と神がいなくなったことで大慌てする天界に呆れはしたが、当時のアザゼルとて神が死ぬなど全く想像すらしていなかったのだ。一概に彼らを責められる立場ではない。神の秘術について研究するにも、人手が足りず、だからってセラフ以外の他者にも頼れない。徐々に大きくなる歪みをなんとか取り(つくろ)うことしか、彼らにはできなかった。

 

 

「ははっ、まさにボロボロだな。悪魔や天使は親玉を失って、堕天使も多くの幹部を失って数が減った。それどころか、システムの機能不備による歪みが生じている世界で、なんとか側だけでも見える様にしようとどこも必死こくことしかできない」

 

 本当はわかっている。旧体制のまま、正常に動いている様に見せかけているだけなのは。だが、そうしなければ他陣営に隙を晒すことになってしまう。自分達が馬鹿をやっていたのは重々承知しているが、それでも全滅を受け入れられるほど潔くなんてなれない。自分達が生き残るためには、なりふり構わず行動に移さなければならない段階までもうきてしまったのだから。

 

「悪魔、堕天使、天使に、もう戦争できる余力なんてない。それどころか、もたもたしていたら他神話……特に俺達を嫌っている骸骨爺が何をしてくるか気が気じゃねぇ…。ミカエルもそれはわかっているはずだ」

 

 故にアザゼルは、和平を望んだのだ。三大勢力での戦争時、逸早く堕天使達に撤退命令を出したのも、これ以上の被害を出せば仲間の命だけじゃなく、他神話への牽制すらできなくなると恐れたからだ。自分達の敵となり得る存在は、悪魔や天使だけではない。ここは数多の神話体系や異形が存在する、そんな世界なのだから。

 

 永き時を共に過ごしたミカエルや天界の考えは、アザゼルもなんとなく理解できる。しかし、ネックは悪魔陣営だった。少なくとも前回戦争を主導していた旗頭である旧魔王派閥は、とんでもなく好戦的だった。クーデターによって新政権が樹立したのは知っているが、合理的な考えが基本の悪魔達と、果たして和平を成立させることができるのかという不安。三大勢力全体が纏まらなければ、この同盟に意味はないのだから。

 

 新体制となった現四大魔王達とは戦争時に多少の面識はあるが、彼らの人柄を詳しく知っている訳でもない。メフィストからの情報はあったが、古き悪魔達という旧体制を意識する者たちの存在もある。アザゼルが和平を切り出せなかったのも、一番は悪魔陣営の情勢を見極めるためだった。

 

 新たな政府の行動方針を知り、冥界の情報を集め続ける。彼らが戦争に対して消極的だろうとは踏んでいたが、超越者の存在や悪魔の駒、旧魔王派や古の悪魔達など不確定要素も多かったため、なかなか前に進むことができなかったのだ。そう、……自分の生徒のやらかしによって悪魔陣営が大混乱し、そのどさくさに紛れて彼らの真意を知るまでは。

 

「八重垣正臣とクレーリア・ベリアルを生かしたってことは、悪魔陣営も和平を望んでいる可能性が高いことがわかったしな。本当にあいつは、よくやってくれたよ」

 

 倉本奏太が引き起こした大嵐によって、浮き彫りになった悪魔陣営の方針。更には皇帝ベリアルを扇動させたことで、懸念事項だった古き悪魔達の発言力を抑えることにも成功した。奏太経由で一番謎が多かったアジュカ・ベルゼブブの素の性格も把握でき、研究方針の違いはあれど、ノリの軽さに関しては気が合いそうだとわかる。少なくとも、後ろから刺される心配はしなくていいと判断できただけでも、とんでもない収穫だった。

 

 あとは、なんとか三大勢力のトップ同士で会合できる機会を作って、これからについての案を切り出すだけである。それが一番難しい気もするが、今まで低迷していた状態と比べればすごい進歩だろう。あの大騒動から半年、アザゼルは着々とそのための準備を進めていたのだ。

 

 彼にとって倉本奏太は、興味深い神器や発想を持つ自分の自慢の生徒だった。今回の研究だって、自分の知的好奇心を満たすためもあるが、神器を使いこなせるようになりたいと願う奏太へのお礼も含めている。神器の奥にいるものへの疑問はあったが、少なくともあの宿主へのやり過ぎなぐらいの過保護さを見せつけられれば、最悪は起こらないだろうと楽観視していたのだ。

 

 だが、今回の診断結果にはさすがのアザゼルも渋面を作った。もしもの最悪を想像したら、胃のあたりだってキリキリし出す。『閃光(ブレイザー・シャイニング)と暗黒(・オア・ダークネス)の龍絶剣(・ブレード)総督』と呼ばれた、あの暗黒の日々を思い出す規模かもしれない。黒髪を無造作に掻くと、これまで集めてきた『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』に対する情報を画面へ映し出した。

 

 

「……カナタの神器は、元々量産型の一般的な神器だった。それが何らかの理由でバグり、概念にまで効果が及ぶようになっていた。そういえば、アジュカ・ベルゼブブがメフィストに報告をしていたか。あいつの神器の発現は、『何かしらの外的要因によって呼び起こされた可能性が高い』とよ」

 

 アザゼルは先ほどわかった結果で、あえて奏太に伝えていないことが一つあった。それは、奏太の神器を発現させただろう元凶に心当たりがあった事だ。その心当たりも、今回の神器のオーラの残滓に残っていた結果で答えを得た。自分だけが知っている、とある神滅具の存在。その影を見つけてしまった。

 

「異端は異端を引き寄せる。あいつの能力が『概念』にまで影響を及ぼし、それを『固定化』させてしまったのは、お前なのか。――『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』」

 

 黒き狗神。『概念』にすら影響を及ぼせる神滅具。数日前に奏太へその名前をあえて出してみたが、彼は考えるような表情をするだけだった。本人たち同士に面識はなく、それどころか意識すらしていなかった可能性が高いだろう。だが、アザゼルだけは知っていた。奏太が住む陵空(りょうくう)地域には、ひっそりと神滅具を宿す少年が暮らしていることを。

 

 今から約四年前に、偶然目にした黒髪の幼い少年。だがあの時の彼は、アザゼルさえ感嘆の声をあげたくなるほど、綺麗にその力を封印されていた。それがあの少年の幸せのために、家族から籠められた愛だと悟る。だからアザゼルも寝た龍を起こすことはなく、その平穏を守ることを選んだのだ。もしものための目だけは残しておき、何かが起きた時に対処ができるようにだけはしておいた。

 

 しかし、まさか封印が施される五年も前に、偶然奏太と接触してしまったことで、神器を呼び起こしていたのは双方ともに想定外だったのだろう。他にもバグった大きな要因はあるかもしれないが、少なくとも狗神が持つ『概念切断』の因子が混ざったことで、奏太の神器に『概念消滅』なんてものが芽生えたのはほぼ間違いないだろう。

 

 しかも『今世の狗神(アレ)』は、封印されていながらも相当歪な気配を纏っていた記憶がある。それが封印前なら、そんな状態でまともに歪なオーラを受けた奏太は覚醒を促され、さらに影響を与えられた神器が盛大にバグり、それが『システム』にまで伝わった可能性があるだろう。神器の先にいた者が、奏太の存在に気づくタイミングがあったとすれば、そこしかないと考えられた。

 

 神滅具の因子の影響が他者の能力に変化を及ぼすことは、グリゴリでも研究されている。事実、原作では兵藤一誠の持つ龍の因子の影響を受けて、姫島朱乃の雷光がドラゴンの姿へと変わり、木場祐斗の禁手が『竜騎士』へと進化していた。まだ小学生であろう件の狗神の宿主は、表の世界で平穏に暮らしているだろう。アザゼルとて薄氷の上だと理解はしていても、その仮初の平和を崩したいとは思わない。彼のことはまだ誰にも伝えない方がいいだろう、と心に収めた。

 

「まぁ、奏太にとっては地元だから、もしかしたら偶然出会ってしまうかもしれないが、……そん時はそん時だな。カナタなら、神滅具持ちだろうと表の世界で暮らしたいと願うヤツを引きずり出すことはないし、神器を覚醒された事実を恨むようなこともないだろう」

 

 ラヴィニア・レーニという神滅具によって、表の世界での暮らしを壊された少女が彼の傍にはいるのだ。下手に騒ぎ立てるようなことはしない、と考えられる。だから、狗神と紅槍の邂逅に関しては、アザゼルはそこまで危険視していない。奏太は普段から神器のオーラを消滅させているし、狗神の宿主は完璧なまでの封印状態。これで何かが起これ、という方が難しいだろう。

 

 この結果に対しては、そこまでアザゼルも困りはしなかった。問題は、『神器のオーラに近づいている宿主』と『依木という発言』、『何故一般的な神器で、神滅具紛いなことができたのかの推測』というバラバラの線を一本に繋ぐ存在を思い出してしまったことだ。神滅具の特徴は、複数の能力を持つことと、神器を持ち主の望み通りに進化させられることである。奏太は神器の構成をノリと勢いで弄って、『書き換え(リライト)』やら『分離(セパレーション)』やらを創り出していた。だから、彼の神器を準神滅具級だとアザゼルは判断したのだ。

 

 だが、それが神滅具の持つ進化の素養などではなく、神器の奥にいる者が持つ『権能』を行使した結果で起こったものだったとしたら、前提そのものがひっくり返る。神器の構成を弄ることが出来るのは、ただ一人だけ。少なくとも、アザゼルはそう記憶している。『システム』に近づくことさえできない彼らでは、知らない真実ももしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも無関係ということはないだろう。

 

 

「まさか、本当にお前なのか…? 『聖書の神』」

 

 だが、推測を口にしながらも、どこか直感のようなものがそれを否定してくる。例え神器越しだろうと、元主であり、親である存在を自分が間違えるはずがない、という感覚。神は確かに、あの大戦の時に死んだ。胸の奥底に残るこの喪失感は、未だに深く刻まれているのだから。

 

 神滅具の一つである『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』には、神の遺志が宿っていることをアザゼルも認めている。アレは間違いなく、神の力を宿していると過去の宿主を見ただけで理解した。他の神器をどれだけ調べても、聖書の神に繋がる痕跡は何も残っていなかった。それに、奏太の神器をずっと見続けていたにも関わらず、今の今まで考えにすら及ぶことができなかったのだ。

 

 何よりも、アザゼルが知る『聖書の神』と『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の奥にいる者とでは、性格が違い過ぎる。たった一人の人間に過保護と言われるほどオカンになるなど、いくら気に入っているとはいえ、果たして神がそこまで行うだろうか。もう愛想を尽かされても正直おかしくないほど、奏太は神器に頼りまくり、ものすごくやらかしまくっているのに。

 

 あの神器の懐の深さは、例え宿主に調理道具にされても、便利グッズ扱いされても、無茶ぶりを押し付けられても、寛大に許してしまうぐらいの神レベルなのは間違いないが、同時にアレは確実に男を駄目にする分類だと悟ったぐらいである。その推測に、おそらく間違いはないだろうと思っている。

 

「神のような力を使う、神ではない者か…。カナタが禁手へ至れば答えは出てくるんだろうが、さすがに不確定要素が多すぎるな。危険がないとも言い切れん。それこそ、万が一『聖書の神』関連だとしたら、天界側が黙っていねぇぞ」

 

 今までに把握されている神滅具の中で、『聖遺物(レリック)』と称される神器は三つだけ。『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』、『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』、『紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)』。それらの確保を、いつの時代も教会は率先して行っていた。今世ではそのどれもが未発見であり、現在教会が確保できたとされる神滅具は『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』だけだと報告にはあっただろう。

 

 さらに面倒なのが、奏太が所属する組織が中立的な立場を取っている『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』であることだ。三大勢力内でのことなら、迂闊に手を出そうとは思わないだろう。しかし、協会は悪魔よりではあるが、元教会関係者にも門戸を開いている組織だ。魔法を嫌う教会関係者も多いが、必要悪だと割り切って教えを受ける者もいる。それに、協会の理事長は悪魔だが、公平に話し合いに臨むことができる。組織間の利益のためなら、融通だって利くのだから。

 

「となると、あいつの禁手次第では、教会がカナタの身柄について協会へ交渉に来る可能性はあるか…? メフィストの性格上、いくら利益を重ねられても自慢の秘蔵っ子を引き渡すことはないだろうが、それでも教会が諦めきれなかった場合は……」

 

 アザゼルの脳裏には、思い至った最悪の結果が映し出される。黒髪をガシガシと何度も搔き、奏太に処方した薬と同じようなものを水と一緒に含んでおく。あの古の大悪魔である友人が、相手が教会だろうと早々に後れを取ることはないだろうが、非常に厄介な問題なのは間違いないだろう。それにアザゼルとて、せっかく育ててきた自慢の生徒を横から掻っ攫われるなど許容できるはずもない。

 

 それこそ、三大勢力での和平が成立するまでは、奏太に禁手へ至るのを待ってもらうという手もある。彼も禁手に関しては、そこまで乗り気ではなかったから不可能ではないだろう。奏太は強くなるために努力はしているが、それに固執はしていない。それにもし禁手してしまっても、今までのように表に出ることなく、能力の詳細を隠し続けてもいい。とにかく天界側にバレることさえ防げば、なんとかなる。

 

 もう一人の奏太の師であるアジュカ・ベルゼブブには気づかれるかもしれないが、彼なら騒ぎ立てるようなことはしないだろう。それどころか、『聖書の神』関連の余計な力を天界へ与えないために色々協力もしてくれるはずだ。アザゼルと同様に和平を望む悪魔達にとっても、今のお互いにギリギリの状態だからこそ交渉できる余地があるのだから。

 

 もちろんアザゼルの中の打算的な思考は、奏太の禁手を餌に悪魔と天使へ交渉の場を用意させる案もあったが、それを実行に移すつもりはない。甘いと言われようと、友人や教え子の信頼を裏切り、一人の子どもの未来を和平のための礎にして得る平和など考えたくもない。それに神器の奥にいる意思が、宿主を守るために反旗を翻す危険性もあった。

 

 故に、アザゼルが奏太の神器に対して下した決断は、和平が成立するまでは可能な限り現状を維持させることだ。研究は今後も続けていくが、禁手を促すような修行は見送るべきだと考える。ただの杞憂であることが一番だが、万が一を想定しておくのが組織の長の役目だ。メフィストもアザゼルの判断に、異議を返すことはないだろう。

 

「こっちの方針は大丈夫そうだが、最大の不安要素は……やっぱり宿主本人(カナタ)だよなぁ。今までのあいつの突拍子のない発想と行動力を知っている手前、もしあいつが覚悟を決めてしまえるような『何か』が起こった場合、絶対に止まらねぇぞ」

 

 普段はどうしようもなく臆病で小市民な性格なのに、一度覚悟を決めて進むと決めたらその意思を曲げることは誰にもできなくなる。特にそれが『誰かのため』であった場合、最後の最後まで諦めることはないだろう。それどころか、自分一人では無理だと判断すれば悪魔や堕天使や教会すらも容赦なく巻き込んで、問答無用で奇跡を手繰り寄せようとしてくる。善意100%で、悪魔のような発想を持って、こちらが動くに値するほどの価値を用意してくるのだ。性質が悪い。

 

 アザゼルは深く溜息を吐くと、また研究を続けるために眠気覚ましのコーヒーを準備しておく。多少ぎくしゃくしながらも無事にバラキエルとのセカンドコンタクトを成功させた奏太は、切実に神器所有者の修行器具について訴えながら、さらっと「戦闘だけじゃなく、日常から神器を使わせる修行なんてどうでしょう?」と提案を出す。神器を便利グッズ扱いしているのはお前だけだ、とデコピンを喰らわせて、世の神器たちの名誉を守ったアザゼルは、先ほどまでのことを思い出しながら小さく笑みを浮かべた。

 

 教え子がどんな選択を選ぶかはわからないが、自分達の方針は変わらない。今のアザゼルに出来ることは、堕天使の組織をまとめあげ、神器所有者達の研究を進めることだ。三大勢力での和平が成立した暁には、この研究成果が大きな貢献を果たすことだろう。どの陣営にとっても、人間の持つ神器の情報と技術は手に入れたい。彼らへの信頼を勝ち取るために、取れる手札は増やしておかなければならなかった。

 

「古き時代の終焉は、もうすぐだろう。だから少しでも、俺より後に生まれたやつらのための世界を築いてやらないといけねぇ。……『聖書の神』や『魔王』(いなくなってしまった存在)にいつまでも文句を言っている暇があるのなら、この世界が回るように動かすのが俺達の役目だ」

 

 だからこそ、アザゼルは願う。今は亡き元主へ。自分達の自業自得で築いてしまった今の世界を変えるために、何も知らない一人の子どもを巻き込ませようとしないで欲しいと。偶然か必然かは、今になってはもうわからない。目を閉じると聞こえてくるような、運命の歯車が回る微かな音だけが静かに響く。

 

 それを横に首を振って紛らわせると、アザゼルはすでに就寝しただろう教え子への明日のメニューを考えるために、目の前の機械を操作するのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『魔法少女ミルキー☆カタストロフィー』 ~第三十九話~ 【愛と勇気と希望の魔法(物理)】

 

 

 

 『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』と『魔法少女と駒王町の愉快な仲間たち』による決戦は、ついに幕を開けた。前線組は鍛え上げられた己の拳を握りしめ、雄たけびを上げながら突撃を開始する。愛と勇気と希望を胸に、いい年したおっさんたちによる拳闘乱舞。そんな魔法少女要素はどこに行った、と言いたくなるような血肉迸る戦いが始まったのであった。

 

 そんな戦場の一角で、不敵な笑みを浮かべる一団が現れる。彼らの目は爛々と輝き、口元は嬉しそうに弧を描く。壁際まで追い詰められた者たちは、その一団が放つ物々しい雰囲気に震えるしかなかった。

 

「ふふふっ、とうとう追い詰めたわよぉ…」

「パパが守っていたこの街で悪さをするなんて、娘の私が代わりに『アーメン』しちゃうんだからね!」

「なぁ、桐生。その台詞はどっちが悪役かわからないよ。あと、イリナ。『アーメン』はたぶん技の名前ではないと思うんだ」

 

 キラリと大きめの丸眼鏡をクイっとあげる、おさげ髪の少女――桐生藍華(きりゅうあいか)。そして、力なくツッコミをしている兵藤一誠の幼馴染である栗毛の少女――紫藤イリナ。背後から何かしらのオーラが迸っていそうな二人の少女が、黒づくめの全身スーツのおじさんたちを壁際まで追い詰めていた。どうしてこうなったんだろう? と一誠少年は一日に三十回ぐらいは考えるが、未だに答えは出ないらしい。

 

「きりゅー軍師! この辺りの敵の追い込みに、せいこぉーしました!」

「よくやった、駒王町栗毛部隊の仁村留流子(にむらるるこ)隊員!」

「ふっふーん! 足の速さや腕っぷしなら負けないもん!」

 

 真ん中に分けた髪を左右で縛ってツインテールにした、溌剌とした性格の少女。一誠たちより年下の幼稚園児なのだが、その身体能力の高さと物怖じしない性格、あと深く物事を考えない単純なところが評価されている。つまり、イリナ(脳筋)2号だ。今の駒王町を騒がせるこの事件もイベントの一環だと純粋に信じており、正義の味方ごっこができることを楽しんでいた。

 

 ふと一誠は、さすがに幼稚園児を一人で行かせる訳にはいかないと、一緒に行動していたはずの同じ年の少女が共にいないことに気づく。珍しい青髪を持った釣り目の少女で、見た目だけなら少年にも見える。本人曰く、頭を使うより身体を動かすぜ! なさばさばした性格の人物だ。つまり、イリナ(脳筋)3号である。桐生藍華は脳筋や純粋な相手をその気にさせるテクニックが、恐ろしく上手かった。

 

「あれ、仁村ちゃん。由良(ゆら)はどうしたの?」

「向こうで、敵の怪人モクモクモンスター『クモりん』と肉弾戦してる!」

「仁村ちゃんも、この状況に順応しちゃったよね…」

 

 何と戦っているんだろう、彼女。と、一誠の目は遠くなるが、それを聞いた女性陣は「おぉー、さすがは翼紗(つばさ)!」と盛り上がっている。由良翼紗には、幼い頃から異形の者が見えたり触れたりできる特異体質があった。そのため、自分の身を守るために格闘術を磨いていたため、幼女軍団の殴り込み隊長を任されている。

 

 一誠たちは由良の特異体質についてよくわかっていないが、一人で悪の組織と戦っていた彼女をスカウトする際、初対面の時「悪霊でもアーメンできるの? あなた、すごいのね!」と満面の笑みで称賛を送ったイリナと、「へぇー、すごい力じゃん!」と目をキラキラさせた桐生に心を許し、幼女軍団の仲間になった経緯がある。イッセーも「イリナが増えた」ぐらいの認識だったので、ツッコミが欲しいなと素直に思っただけだった。

 

 奥の方で、「何でこの幼女、雲のモンスターを素手で殴ってくるのっ!?」と驚愕の叫び声をあげ、敵が狼狽えているのがわかる。自分達の仲間が別の理由でピンチらしいことを悟った黒スーツたちは、クッ、と悔し気に拳を震わせた。

 

 

「まさか、幼女軍団がここまで恐ろしい存在だったとは…」

「……そう言うわりには。おじさん達、俺達に攻撃とかは仕掛けてこないよね。変な機械や生物を嗾けたり、不思議なポーズを取ってきたりはするのに」

「子どもに怪我なんてさせられないだろうっ!」

「ただの良い人だった!?」

 

 何でこの人達、悪の組織なんてやっているんだよ! 一誠少年の疑問に答えるとすれば、それは『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の決まり事だからというしかない。そしてそれを、構成員たちは真剣に守っている。昭和時代の悪の組織を至高と考える彼らにとって、「悪の組織として子どもを泣かせたり、人質に取ったり、怖がらせたりすることはあっても、スプラッターやトラウマを植え付けるようなレベルはNG」なのだ。

 

「えーと、おじさん達。もう投降しよう? このままじゃ、桐生の謎過ぎる『スカウター』が発動されて、イリナの『アーメン』が発動されるよ」

「えっ、少年よ。何を意味の分からないことを言っているんだ?」

「…………」

「どうしたの、イッセーくん。なんで『俺もいつの間にかここに毒されちゃっていたのか…』って言いながら、『の』の字を書いているの?」

 

 『スカウター』やら『アーメン』という単語を当たり前のように認識し出していた己に、イッセーは項垂れるしかない。そりゃあ、悪の組織のみなさんが疑問に思うのは当然だろう。ちなみに桐生の持つ『スカウター』とは、男性の象徴を数値化するという恐ろしい技のことである。これ一本で、彼女は軍師という地位を得た。彼女が敵の急所を一発で見抜き、戦闘力の高い幼女達でとどめを刺す。ヤバすぎた。

 

 正直一誠にとって、今の駒王町の状況はよくわかっていないが、友だちとしてイリナを一人にはできないとなんとかついて行っている現状だ。ちなみに一誠は何だかんだで初期メンバーの一人であり、もしもの時に幼馴染(突撃する暴走機関車)を止めるのが仕事である。あとは、やりすぎる幼女達へのストッパー(貴重なツッコミ)。桐生藍華による見事な布陣であった。

 

 

「ん? 地響き?」

 

 座り込んでいた一誠だからこそ気づいた、微かな振動。何かが自分達の方に向かって、すごい勢いで進んできていることがわかる。その音はだんだんと大きくなっており、恐る恐るその発信源だろう方向へ少年は顔を向けた。

 

「オッホッホッホッホ! ごきげんよう、皆さん、悪の組織さん! 由緒正しき安倍家の令嬢たるこのわたくしと、パートナーのクリスティが、あなた方を歓迎いたしますわ!」

「ホキョォォォォオオオオオオオオオオッッーー!!」

 

 巨大な白いゴリラに肩車された、美少女が現れた。

 

「安倍先輩、今すぐそのゴリラさんを動物園に返してきてください!」

「あら、兵藤くん。クリスティは雪国出身の美しき雪女で、わたくしの家で暮らしている家族ですわよ?」

「えっ、安倍先輩。何を意味の分からないことを言っているんですか?」

 

 先ほどの『渦の団』のおじさんの気持ちが、心からわかった兵藤一誠だった。

 

「まったく、クリスティの可愛さが分からないなんて、まだまだお子様なんだから」

「遅かったじゃないですか、栗毛部隊総隊長、安倍清芽(あべきよめ)先輩」

「あら、ごめんなさい桐生さん。パパが私が戦場へ行くのをずっと渋っていて、クリスティと一緒ならってようやく許してくれたのよ」

 

 ふぁさー、と栗毛の上品そうなロールを手で払いあげながら、幼女軍団最年長の少女は不敵な笑みを浮かべた。見た目通り、言動通りの生粋のお嬢様で、幼女軍団のスポンサーでもある。駒王町で暮らす魔物使いの家系であり、様々な魔物や妖怪を使役することができる、このメンバーの中で唯一裏側を知る少女だった。

 

 だが、彼女は表の住人である友達の身を案じ、イベントであることを大々的に宣伝し、真実の一切を口にしない。年上であることから、責任を持って彼女たちが裏に踏み込み過ぎないように目を光らせていた。もっとも、ノリノリでイベントには参加するし、雪女を堂々と連れ歩くが、現在の駒王町の魑魅魍魎っぷりを考えれば些細な事だろう。

 

 なお、お嬢様のために今日も護衛達が陰ながら情報収集をし、子ども達に危険がないように注意深く操作し、時に護衛アタックという給料に物を言わせた攻撃も繰り出すことで、幼女軍団の活動は恙無く行われてきた。この街の幼女に、権力を握らせてはいけないとよくわかる事例だった。

 

 クリスティと呼ばれたゴリラ(雪女)は、肩の上に乗っていた少女を優しく地面に下ろす。それから、敵である全身黒スーツのおじさんたちの方を振り向くと、その太い両腕で分厚い胸板を叩き出し、轟音のごとくドラミングを始めた。自分の身長よりも大きなゴリラが目の前で威嚇してきたら、普通の人間はビビる。普通におじさん達も、超ビビっていた。

 

「やったね、イッセーくん。新隊員のクリスティさんが加わって、攻撃力がまた上がったね!」

「攻撃力はもう十分だったよ! あとこれ、明らかにオーバーキルだから!」

「ふふふっ、これぞ最強の布陣の完成。さぁ、私のスカウターの力も加えて、全員で総攻撃よ!」

「待って、桐生! あのゴリ――じゃなくて、クリスティさんだけはせめて止めてぇっ! あの腕力で急所を打ち抜かれたら、絶対にヤバいからッ! おじさん達、もう泣き出しているからァッーー!!」

 

 肩を寄せ合ってプルプルと怯える悪の組織のために、正義感の強い少年が必死に懇願した。そして、慈悲深い少年の勇気に心を打たれたおじさん達は、素直に投降したという。「言葉だけで敵を下すとは、さすがは兵藤隊員だ」と褒められたが、彼はツッコミとおじさん達の未来のために頑張っただけである。自分に何ができるかはわからないが、とりあえず一誠少年は哀れな被害者を少しでも救おうと心に決めたという。

 

 この日、一人の少年は「女の子って、ヤバい」という真理を心に刻んだのであった。

 

 


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