えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第九十二話 逆手

 

 

 

『――ぶほォォッ!? おまっ、ちょっ…! 神滅具でロボを作るだけじゃ飽き足らず、ククッ…。さらに、プラモデル軍団まで作らせるとかっ……』

「……言っておきますけど、今回は俺も予想外だったんですからね」

 

 はぐれ悪魔の討伐が無事に終わった俺達は、すぐにタンニーンさんへ連絡を入れ、現場まで迎えに来てもらうことになった。さすがに帰りをまた何日もかけてサバイバルすることはなく、リンのお父さんである眷属の火龍さんが、一っ飛びで巣へ送ってくれたのだ。リンが「パパは火龍の誰よりもはやーい!」と喜んでいた。ちなみに、火龍は英語にすると『ファイアー・ドレイク』であり、またの名を『サラマンダー』とも呼ばれる。うん、リンの感想を深く考えない方がいいだろう。

 

 そうして俺達は火龍さん達の巣へ半日ほどかけて戻り、タンニーンさんへ結果を報告したのだ。途中までは真剣に聞いてくれていたのに、プラモデル軍団が無双し出すあたりから、だんだん遠い目になっていったなぁ…。「お前たちは、最後まで真面目に終われないのか…」と悩まし気に言われたけど、「始終真面目にやった結果が、これなんです」としっかり俺は返しておいた。嘘は言っていないし、ちゃんと俺達は真剣にやったんだから。

 

 それから報告会が終わった後、次は『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ行くための準備に取り掛かることになる。数日はドラゴン達と過ごし、アザゼル先生が来たら出発という流れだ。ラヴィニアは里帰りのために人間界へ戻り、リンは冥界でお勉強だから、ちょっと寂しくなるな。とりあえず、まずは討伐が終わったことも含め、日程の確認のために先生へ連絡を入れようと行動したら、めっちゃ大爆笑された件。通信の向こうで、ガンガンと壁を叩いている音が聞こえる。そろそろ怒ってもいいかな…。

 

『ごほっ、エホッ…! はあぁー、腹いてぇー。でも、原因はお前のやらかし(一言)だろう?』

「普通、姫だから騎士作ろうぜ! でプラモデルを作り出すとは思いませんよ。ラヴィニアはイタリア人なんだし、こう…西洋の騎士とかを連想するかなって……」

『ククッ、お前なぁ…。魔女っ娘はお前に会うまで、そういうサブカルチャーにあまり触れてこなかったんだぞ? むしろ、日本人のお前の方が『機動騎士ダンガム』は馴染み深いだろうが』

 

 そこは確かに、『騎士』という繋がりを把握できていなかった俺のうっかりだろう。この世界は、俺が前世で見てきたサブカルチャーと似たような名前で存在しているものがいくつかある。『ドラグ・ソボール』や『生徒会の一撃』とか、なかなかツッコミどころ満載な漫画だったな…。そんな訳で、『機動戦士』と『機動騎士』で、ごっちゃになって覚えていたのもあるだろう。普段は問題なく区別できているんだけど、意識していないとつい忘れてしまうのだ。

 

 俺にとって騎士といえば、自動変換されるぐらい西洋の鎧を着て、剣を片手に王や姫を守る姿だと思う。この世界にある悪魔の駒の『騎士』だって、そういう側面が大きく取り出されている。俺としては、氷でできたカッコいい騎士団がお姫様を守る構図を思い浮かべていたんだ。それがまさかのMS(モビルスーツ)軍団……この世界的に言えばDA(ドールアーマー)軍団か? それを神様を倒せる神滅具で、まさか二次元を本格再現し出すとは思わないよ。ちょっと興奮はしたけど…。

 

『はぁー、相変わらずやらかすな。お前は』

「悪かったですね…」

『……だが、今回は助かった。正直、目から鱗な気分だよ。ラヴィニアは努力しているが、根底にある氷姫への不信感はかなり根深い。あいつはあの人形に恐怖心を持っている。だから俺も、話に聞いただろうグリンダって魔法使いも、下手に踏み込めない領域だったんだ』

「人形が嫌いだって、言っていましたね」

『嫌いどころか、疎んでいたよ。魔女が魔女っ娘に神器との向き合い方を教え、恐怖を諭すことはできたが、そう簡単に心ってものは変えられねぇ。俺も介入したが、神器の概念と技術的な助言しかできなかった。神滅具は特に感情や想いに強く反応するからな。下手に踏み込んで暴走させれば、ラヴィニア(宿主)を危険にさらす可能性もあった』

 

 俺に神器の真実をなかなか伝えられなかったのと同じように、ラヴィニアの心の傷が癒えるのを二人は待ったということか。準神滅具級らしい俺の神器を、1年間という年月をかけて見極めていたのだ。なら、それが神滅具だったら、もっと慎重に見極めていてもおかしくはないだろう。

 

 それに、神滅具(ロンギヌス)の暴走。思い出すのは、旧魔王派のシャルバに無理やり禁手を発動させられた『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の持ち主であるレオナルドだ。彼の暴走によって作られた魔獣は冥界に大きな被害を出し、そして宿主は廃人となり、再起不能となった。一応、冥府でなんとか回復の見込みは見られたって語られていたと思うけど、それは運が良かった部分もあると思う。そのまま壊れたままになった可能性だって、あったのだから。

 

『それをお前…。まさか、人形が駄目ならプラモデルだと思えばいい理論で、ラヴィニアの心を動かして神滅具の可能性を広げるとか、理解はできるが無茶苦茶もいいところだぞ。『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』の時も驚いたが、ノリと勢いだけでやらかされるとか、真面目に研究している俺達の立場がねぇわ』

「あれ、もしかして俺、怒られています?」

『呆れているんだよ。あと、さっきも言ったが褒めてもいる。研究者(俺達)にはできなかったことを、お前は成し遂げた。ラヴィニアに神器と向き合う、新しい視点を与えたんだ。ただの発想の転換とはいえ、大したもんさ。だから、お前の先生として言わせてもらう。カナタ、よくやったぞ』

「えっと、はい。ありがとうございます…」

 

 改めて褒められると、なんか気恥ずかしいな。いつも注意されたり、怒られたり、呆れられたり、爆笑されたりしてきたから、こう真正面から褒められると普通に照れる。俺はちょっと助言しただけで、しかも俺とは見当違いの方向に覚醒したのはラヴィニアだから、実感は全然ないけど。それでも、ラヴィニアのためになったのなら、きっとよかったのだろう。こうして、先生も喜んでくれているし。

 

『それにしても、氷のプラモデル作り放題とか……。ちくしょうっ、マジでその手があったか! 鋼鉄製も燃えるが、氷のロボットもそれはそれでロマンがあるよな。『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』をこの目で見ていたっていうのに、なんで俺は今まで気づかなかったんだ! 材料費はかからないからシェムハザに怒られる心配はなく、変形し放題で、兵器付け放題で、妄想し放題とか天国かよ。今こそ、俺のイマジネーションが火を噴く時ッ!』

「……先生? あの、先生?」

『カナタ、お前本当によくやったな! 今後のラヴィニアの修行は、俺に任せておけ!』

 

 そう言って、親指をビシッ! と立て、白い歯をキラリと見せる先生。どうしよう、褒められているはずなのに、テンションマックスの大人の欲望が垣間見えすぎて、一気に萎えたぞ。あと、これ以上パートナーの道を踏み外させようとしないでくれませんか。

 

「ラヴィニアのために、多少ならいいですけど…。あんまりやり過ぎないでくださいよ」

『へいへーい』

「無理させたら、シェムハザさんにチクりますからね。堕天使の総督が、小学生の女児に無理を強いているって」

『お前は悪魔かッ!?』

「えっ、リュディガーさんが大人に言うことを聞いてもらいたいときは、まずは社会的地位を狙えって」

『天然の悪魔に最悪のブレインだとっ!!』

 

 とりあえず、ロボでハッスルしすぎないように約束してくれたので大丈夫だろう。さすがは『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』の二つ名持ちであるリュディガーさんの助言。堕天使の総督にも効いたよ。大人には、体裁が何だかんだで必要な時があるからね。

 

 

「ところで、話は変わりますけど。三日後に先生が俺を迎えに来てくれるでいいんですよね?」

『あぁー、おう。それぐらいに、俺の仕事もちょうど片付く。面倒なやつらにも、色々仕事を割り振ったしな』

「面倒なやつらって…」

『詳しい説明はまた後日行うが、グリゴリに来たら絶対に単独行動はするんじゃねぇぞ。あと、護衛を一人つけるからそのつもりでいろよ』

「えっ、護衛もっ!?」

『ある程度お前の事情を把握している、俺が信頼する部下だから安心しろ。大げさだとお前は思うだろうが、お前に何かあった方が色々問題になるんだよ』

 

 俺の神器やとんでもなさすぎる背後関係など色々あるが、何よりも友人であるメフィスト様の信頼を裏切らないためだと言って、肩を竦める先生。改めて思うけど、アザゼル先生って仲間思いというか、友人を大切にするヒトだよな。彼が和平を積極的に進めた理由の一つだって、その友人の存在が大きいのだから。

 

「わかりました、こちらこそよろしくお願いします。ちなみにその……俺の事情を知っているヒトって?」

『まず、副総督のシェムハザだな。さすがに総督である俺が直々に動き、悪魔社会に大きな変化を及ぼした事件の顛末をNO.2が知らない訳にもいかないだろう』

「それは、そうか…。じゃあ、護衛ってシェムハザさんが?」

 

 ちらっとだけど、『ハイスクールD×D』のアニメに登場していた記憶がある。銀か白っぽい髪で、見た目からして真面目そうな感じだったな。堕天使陣営の良心的な立場で、アザゼル先生が最も信頼する副総督様だ。原作で先生と会話する時は柔らかそうな感じだったけど、普段はやっぱり厳しいヒトなのだろうか。ちょっと緊張してきたかも…。

 

『いや。残念ながら、俺もシェムハザも立場があるから、常に一緒にいるのは難しい。そこで、バラキエルにお前のことを頼んでおいた』

「……えぇッ! バ、バラキエルさんにっ!?」

 

 先生からの付け足しに、俺は思わず目を見開いて声をあげてしまった。確かにバラキエルさんはアザゼル先生が信頼する未来の副総督様であり、大事な友人だ。それに武人気質で、真面目なヒトで、人間を見下すことがない。しかも、堕天使幹部の中では珍しい既婚者で、幼い子どももいる。先生が俺の護衛として選んだ人選としては、これ以上ないほどの人材だろう。それでも、まさかここで出会うことになるとは思わなかった。

 

『大声を出して、どうしたんだよ? バラキエルのことを知っているのか?』

「えーと、いや、有名ですし…。大柄な体躯を持った武闘派で、『雷光』の二つ名を持つすごい幹部さんですよね?」

『あぁ、安心しろ。ちょっと不愛想だが、良いやつだぞ。敵には容赦ねぇが、子どもに手をあげるようなことはしない』

 

 俺の驚きの声に首を傾げた先生へ、慌てて弁解をしておく。原作でなじみ深いヒトだったからビックリした、とは言えないからな…。俺からの咄嗟の説明に、大方バラキエルさんの噂にビビったのだろうと思った先生が、笑いながらフォローを入れてくれた。裏の世界で知れ渡っている厳つい見た目や戦闘能力は、実際に本当らしいし。

 

 俺がバラキエルさんで一番に思い出すのは、やはり『ハイスクールD×D』のヒロインの一人である姫島朱乃さんのお父さんであることだろう。そして、それに続けて思い出した知識に、俺は視線を下に向けて口を閉ざしてしまう。原作で初めてバラキエルさんが登場した時、娘である朱乃さんに彼は恨まれていた。その原因は、原作の過去に起こってしまった悲しい事件があったからだ。

 

 ……いや、これから起こるのだろう。俺はそれを知っている。詳しいことは原作メモを見ないとわからないけど、確か事件が起きたのは、朱乃さんが十歳の頃だったと記憶している。十歳の頃に彼女は一人になり、一年と半年間を除霊をしながら生きていき、それからグレモリー眷属の女王となったはずだ。駒王町の事件が原作から約十年前。朱乃さんの原作時の年齢は十八歳だったから、逆算すれば今彼女は八歳ぐらいということになるだろう。

 

 また、原作の過去か…。気づいたら、俺は深く息を吐いて気持ちを落ち着けていた。駒王町の事件を思い出した頃に比べれば、余裕を持って考えられていると思う。それでも、憂鬱な事には変わりない。俺も朱乃さんのことは、今までにも少し考えた。でも、彼女の存在は一般的には隠されたものだったし、俺が簡単に口にできる内容でもなかった。アザゼル先生にそれとなく「嫌な予感がするんです」ぐらいに注意を促したり、姫島家の情報を隠れて探ったりするぐらいが限界だろう、と思っていたのだ。

 

 俺はアザゼル先生とは懇意にしているけど、それは先生個人に限ってでしかない。堕天使の組織の内情に干渉することは、『灰色の魔術師』の人間として許されないことだろう。そう思っていたのに、それがまさか俺がグリゴリへ直接行くことになり、しかも堕天使の幹部の一人であるバラキエルさんとの接触なのだ。ちょっと考える時間が欲しい、と思う気持ちは仕方がないだろう。

 

『カナタ? おい、カナタ』

「――あっ、はい!」

『いきなり黙り込むなよ。総督の俺や龍王とか魔王は平気なのに、バラキエルのような強面は苦手なのか?』

「いえ、大丈夫です。すみません、ちょっと考えごとをしていました。それに、強面はミルたんで見慣れていますから、そこは問題ないです」

『あぁー、アレか。アレが問題ないなら、バラキエルぐらいいけるだろう。アレがOKなら。俺はバラキエル(強面の友人)がフリフリの衣装を着だしたら、見慣れるほど直視できる自信はねぇから、お前なら大丈夫だわ』

 

 アザゼル先生、人の友だちをアレアレ言い過ぎである。あと、俺の対人メンタルがミルたんによって、いつの間にか底上げされていた件。正直、ミルたんレベルにすごまれたらビビるけど、そこらの不良やおじさんにメンチ切られてもたぶん大丈夫な気がする。まさかミルたんと付き合うだけで、堕天使の総督が認めるほどの対人スキルが手に入るとは…。感覚が麻痺しているだけじゃないか、という気持ちもあるけど。

 

 とりあえず、姫島家のことを今考えてもどうしようもないことなのは間違いない。堕天使と姫島家の不和を解消する方法なんてわからないし、そもそも朱乃さんの存在を他組織の俺に教えてくれるはずもないだろう。駒王町の時と違って、まだ時間はある。俺に出来る方法で、何か力になれることを探すしかないと感じた。

 

 まずはグリゴリへ行き、相棒について知ることが俺がやるべきことだと思う。段階を一気に飛ばして進めるほどの力は俺にはないんだから、一歩ずつやれることをやっていこう。アザゼル先生から三日後の詳細を聞きながら、そう決意を固めた俺は、緊張をほぐす様に息を深く吐いたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「カナくん、それが総督さんが言っていた『堕ちた者たち(ネフィリム)』の制服なのですか?」

「うん、先生から送られて来た学校の制服……みたいなやつ、なのかな?」

 

 ラヴィニアに質問されたので答えるが、俺もあまりよくわからない。俺だって堕天使の組織にそんな場所があるなんて初耳だったし、冥界で学校の制服を準備されるとは思わなかったのだ。でも、神器所有者が所属する学校みたいなのが『神の子を見張る者(グリゴリ)』にあるのなら、そこの生徒として潜入するのが一番怪しまれにくいのは間違いない。それでも、まさかこんなコスプレみたいな格好だとは思わなかった。

 

 藤色と黒の生地に、白の線が入ったこの制服は、俺個人としては少々派手目に感じてしまう。普通に真っ黒な学ランを着ていた身としては、装飾もついたこの鮮やかな制服に馴染めないのも仕方がないと思うのだ。だけど、これなら確かに一発で『堕ちた者たち(ネフィリム)』っていう組織の所属なのがよくわかる。転送で送られてきた時は心配だったけど、サイズは少し大きいだけで問題なく着られるようだ。

 

 それにしても、アザゼル先生から説明を受けた時も驚いたけれど、神器所有者のための学校か…。そんな場所があるなんて原作には載っていなかったし、全然知らなかった。しかし、確かに保護した神器所有者が子どもだった場合、社会情勢や学業、何より神器の制御の仕方を学ぶ必要がある。神器所有者は狙われる。そのため、家に帰ることが出来ず、学校にも行けない子ども達のために、この施設が作られたのだろうな。

 

「カナー、ラヴィニアー、王様が呼んでるよー」

「おっ、リン。ありがとう、準備は出来たから行くよ。お前も冥界での勉強を頑張れよ」

「おうともよ。パパに昨日、人間界の生き物は勝手に食べちゃ駄目って教わったー」

 

 それは、そうだね。野生溢れるタンニーンさんの領地を出れば、食事だって自由に取るのが難しくなる。人間界には冥界のように魔物が周りにいないから、リンのご飯の用意が大変なのだ。牛五頭ぐらいなら丸々食うぐらいの食欲はあるし、お金はあるけど毎日牛を捧げ続けるのはこっちも負担である。何より、リンもずっと牛ばっかりだと飽きるだろう。そのため、リンの使い魔召喚は彼女がご飯を食べた後に行うことにする予定だ。

 

 一応、召喚の魔方陣に通信機能も付けてくれるみたいで、使い魔召喚する前に事前にリンへ様子を伺うことが出来る。「ご飯は食べたー?」とか、「今から呼ぶけど大丈夫ー?」とか、リンの都合に合わせて呼び出せるようになるらしい。タンニーンさんに、「使い魔召喚で、そこまで使い魔の都合に合わせる召喚士なんて普通いないぞ…」と言われたけど、赤龍さんに幼い娘を任された者として、これぐらいの手間は当然だろう。

 

 

「ラヴィニアは人間界へ帰ったら、すぐにグリンダさんの所へ行くのか?」

「そうですね…。『灰色の魔術師』で少し仕事をして、ミルたんさんのご様子を確認したら、出発しようかと」

「えっ、ミルたんに何かあったの?」

 

 リンを隣に連れ、俺達は火龍の遺跡の出口に向かって歩き出す。その時の会話で、小首を傾げるラヴィニアに、俺もきょとんと目を瞬いてしまう。普通に元気いっぱい魔法少女をしているだろうと思っていたミルたんの近況。俺が忙しそうに夏休みの準備をしているのを知っていたミルたんは、「カナたんはカナたんのやるべきことに集中してほしいにょ。ミルたんは悪の組織から駒王町の平和を守るにょ!」と言ってくれたのを思い出す。うん、良い友達である。

 

 彼が言うその悪の組織というのも、「食事処に鮭をばら撒く」とか、「おみくじに大凶を混ぜる」とか、「豚骨ラーメン屋が営業妨害してくる」とか、「関東人にお好み焼き定食を食わせる」とか、どう反応したらいいのかわからない悪事を働く『謎の着ぐるみ集団』のことだ。迷惑を受けた側はさぞかし迷惑だろうけど、この鬼畜な世界で「その程度で、討伐隊を組むのもなぁ…」と思ってしまう俺の感性は、普通だと思いたい。それでも迷惑をかけているのは事実なので、ミルたんが頑張るというのならそれでいっかと思っていたのだ。

 

 もしかして、意外と手強い集団なのか? 思えば、ミルたんがその話をしていたのは今年の春のことで、もう数ヶ月は経っている。あのミルたんにロックオンされているのに、抵抗を続けることが出来る悪の組織か…。確かに、そんじょそこらの悪の組織ではできない。実力者が間違いなくいるのだろう。

 

「ラヴィニアは、最近のことを何か聞いているのか?」

「なんでも、トラの着ぐるみを来た巨人さんと最近戦ったそうですよ。「例年最下位だった『大阪タイガース』が、ついに上位に浮上するという快挙を成し遂げたのだ! そのパワーが俺に力を与えるっ!」と言って、ミルたんさんと肉弾戦を駒王町の橋の上で繰り広げたそうです」

「えっ、駒王町の住民の皆さんが大丈夫?」

「慣れたそうです」

 

 待って、ラヴィニア。慣れたって報告は何? 確かにやっていることは怪我人も死者も出ない傍迷惑な行為ばかりだけど、駒王町の皆さんの危機感はどこへ行ったのさ。まさか駒王町の皆さん、そんな現象を普通に受け止められるぐらいのメンタルに成長してしまったの?

 

「駒王町は元々、悪魔と関わりがあった異能者や異形、特殊な事情がある者が住みやすい場所とされています。そこで駒王町に元々住んでいた異能者や忍者や異形の皆さんが協力して、魔法少女とコスプレ・着ぐるみ軍団の戦いは、駒王町のイベントだと住民に浸透させたそうです。悪者さん達が駒王町の住民に迷惑をかけているのは事実ですので、魔法少女に異能者のみなさんも手伝いを申し出たようで、もうすぐ悪の組織との決戦が起きるかもしれないと言われています」

「冥界と同じように、人間界にも魔法少女っているんだー」

「……もうどこからツッコめばいいのかわからない。というか、そんな大事になっていたの?」

 

 とりあえず、リンに魔法少女が普通に生息している訳じゃない、とは教えておいた。それにしても、まさかの魔法少女&駒王町の異能者・異形VS悪の組織という構図が出来上がっていたとは。あと、忍者って何だ。マジでいたのか。駒王町には元々忍者まで住んでいたのかよ。駒王町がカオスすぎるだろう。

 

 たぶんこの事態は、管理者であったクレーリアさん(悪魔)がいなくなったのも原因の一つなんだろうな。悪魔という管理者がいなくなったから、自分達の街は自分達で守ろうと決意しちゃったのだろう。クレーリアさんは優しいヒトだったから、諸事情で駒王町の悪魔稼業が出来なくなったことを事前に関係者に告げて謝っていた。その時、「管理者さんがいない間、駒王町は任せて下さい」と逆に励まされた、って言っていたと思う。感動的な話なんだけど、それが現状のカオスを招いたと考えると複雑である。

 

 むしろ、よくこのカオスな駒王町をまとめられていた、とすら感じる。クレーリアさんやリアスさん、ソーナさんってやっぱり優秀だったんだなぁ…。原作でも話していたけど、普段の学校生活に、悪魔学校の単位の同時取得もしなくちゃいけないから、二倍の勉強量だし。さらに人間との契約の管理に、日本の魔物や妖怪の研究に、異能者や異形の交流や調停に、自領の治安維持とか、領主になるための練習場所とはいえ、未成年の子どもがやるにはかなりの重労働だ。

 

 ちなみに、駒王町の近くに何故教会があるのかクレーリアさん達に聞いてみたら、元々悪魔と教会で話し合って決めたことだそうだ。異能者や妖怪が現代社会で暮らすのは、非常に難しいところがある。特に魔に関する力を持つ異能者は、平和に暮らしたくても大変だろう。日本は退魔士の一族が古くからいるため、彼らに見つかると問答無用で殺される恐れだってあった。そして魔の力を、教会で保護することもできない。不可抗力とはいえ、悪魔に頼るしかない一族や異能の者は多いのだ。

 

 その人達を「悪魔と通じた!」で処罰したり、殺したりするのは、教会側にも否を唱える人たちがいた。なら、監視という名目で異能者の街を見守り、抑止力となる存在を置くことにする。それが、紫藤さん達エクソシストの皆さんという訳だ。悪魔側と話し合い、駒王町の管理をする悪魔はあえて『未熟な』悪魔を置くことで、異能者達を扇動したりできないようにした。それが駒王町が、領地経営の練習場所となった理由だった。

 

 だが、未熟な悪魔が管理者になれば、一番困るのは外敵の存在だ。平和に暮らしたい異能者や異形を狙う外敵を守るのに、眷属も揃っていないだろう未成年の悪魔では難しい。普段の管理生活だけでも大変なのだから。そこで、教会側が外敵の排除を担当することで、駒王町の平和は守られてきていたのだ。戦闘が苦手なクレーリアさんがしっかり領主として頑張れたのも、正臣さん達が駒王町の住人を守ってくれていたからという訳である。

 

 教会側は、悪魔や異能者を監視でき、駒王町の住人を外敵から守る。悪魔側は、領地経営の練習として安全に悪魔を育てることができる。お互いの立場は不干渉であったが、目的は一致しているから陰ながら手を組んでいたのだろう。紫藤さん達のような戦争反対派が駒王町を担当すれば、悪魔側と戦争しないために条件を呑むだろうから。

 

 そう考えると、クレーリアさんと正臣さんって、実はかなりの迷惑をかけたんだなぁ…。原作では、守りの要であった教会が駒王町から撤退したことで、全ての治安維持もリアスさん達が行うことになってしまった。実力のある魔王の妹が二人も駒王町へ行くことを許されたのも、戦闘力も加味された理由がありそうだな。とりあえず、現在はその調停をしてくれるはずの悪魔がいない状態だから、異能者や異形たちもハッスルしてしまっているという訳か。

 

 

「あれ、そういえばその抑止力であるはずの教会のエクソシストの皆さんは? もう半年以上経っているから、怪我は治っているよね」

「なんでも半年前のトラウマが再発したそうです。魔法少女とロボによる心の傷は、半年では癒えなかったのでしょう。怪我人も死者も出ていないですし、裏の組織が出張るほどの被害はないので、教会側は異能者達への全面的なバックアップだけをして、メディア関係への規制や一般人への認識阻害を行っている、とミルたんさんに教えていただきました」

「まぁ、ミルたんがいれば駒王町は平和だろうしね…」

 

 教会の皆さん、きっと関わりたくなかったんだろうなぁ…。その悪の組織がもっと悪逆をするようなやつらなら野放しになんてしないだろうけど、教会のエリートであるエクソシストが動く案件かと言われると、俺でさえも乾いた笑みが浮かぶ。常識人だったが故に、彼らはコスプレ集団大決戦への参加を拒否した。彼らへ仕事の怠慢だと責めるのは簡単だが、ちょっと可哀想に思った。エクソシストの皆さんも紫藤さんほどではなかったけど、胃を痛めていたらしいからな。

 

 駒王町の子ども達の間では、正義の魔法少女の圧倒的な存在感は大きなインパクトがあったようで、追っかけのようなものもできているらしい。普段はひっそりと暮らしている異能者や異形の方々も、今なら大勢力である教会が隠蔽してくれて、さらには黙認までしてくれるコスプレ大決戦に参加を表明し、悪の組織との戦いを繰り広げているようだ。

 

「他にも、駒王町の町はずれに住む河童さんが、魔法少女のOPラップ作りをしてくれたって、ミルたんさんが喜んでいましたね。あとマスコット枠に、四丁目に住んでいるデュラハンさんと魔物のお馬さんも協力しているみたいで、今ではミルたんさんを現場まで乗せていくバイク代わりをしているそうです」

「デュラハンって、ヨーロッパにいる死を予言する魔物だよな。それが駒王町の四丁目に住んでいて、しかもマスコット枠…」

「世紀末覇者が乗るのに相応しい、と称されるほどの真っ黒で巨大なお馬さんだそうなのです。それにデュラハンさんの方も、西洋の騎士のようなカッコよさと首がないという斬新さに、一部から熱狂的なファンがいるそうです。それに感化された住民が武将の鎧や西洋の鎧を着て、闊歩する若者も急上昇中とか」

「ごめん、ラヴィニア。ちょっとストップ。俺、たった半年で魔境と化してきた駒王町に、すげぇ怖くなってきたんだけど」

 

 夏真っ盛りな時期に聞かされた駒王町の現状が、色々な意味でヤバい。原作で一番重要な街が、特大級にヤバい。並みの怖い話を凌駕する恐ろしさだ。そりゃあ、エクソシストの皆さんだって、教会に引きこもりたくなるよ。彼らは教会の過激派の人達とは違って、話の分かる魔の者を問答無用で斬る人達じゃない。それ故に、今の駒王町の大惨事は彼らの苦労を物語る。俺もしばらくは駒王町に近づきたくないです。

 

 さすがに細かい登場人物までは覚えていなかったけど、駒王町の住民が濃すぎる。しかも、これだけ混沌としていながら、「原作でもあった光景だよ」と言えてしまうところに戦慄した。俺に出来るのは、駒王町の次期管理者に選ばれる悪魔さん頑張って! と心の中でエールを送ることしかできない。ミルたんを止める? 無理無理、俺に出来るのは軌道修正ぐらいで、彼の道を止められるほどの力はないのだ。それが出来たら、俺は魔法少女なんてやっていない。

 

「……とりあえず、ミルたんになんか困ったことがあったら、俺に連絡を入れてくれていいから、って伝えといて」

「わかったのです」

「はぁ…。今度、駒王町と教会に寄付でもしてくるかな。胃薬代の足しにはなるだろうし」

 

 最近ディハウザーさんと、良い胃薬について語れるようになってきたからね。アガレス印の胃薬の効果はすごいらしいから、教会は難しいかもしれないけど、駒王町の住民のみなさんに人間用の胃薬を配布してもいいかもしれない。お金はあるんだし、こういう時にこそ人助けに使うべきだろう。頑張ってくれた駒王町の異能者の皆さんや妖怪の方にも、ミルたんのスポンサーとして協力してくれたお礼を渡さないと。魔法少女のバックは大変である。

 

 

 そんな風に近況報告を終えた俺達は遺跡を抜け、入り口の近くで待ってくれていたタンニーンさんへと近づいていく。龍王様は俺達の気配を察していたのか、すぐに俺達を一瞥すると不敵な笑みを返してくれた。今年も大変お世話になりました。リンのお父さんの火龍さんは、今朝から仕事らしく昨日の内に挨拶は済ませている。ラヴィニアをタンニーンさんが送ってくれるので、アザゼル先生の迎えが来るまで待つことになったのだ。

 

「おはようございます、タンニーンさん。お待たせしました」

「おはようございます」

「王様、カナたちを連れてきましたー!」

「あぁ、ごきげんよう。リン、助かったぞ。倉本奏太もラヴィニアも、準備は問題なさそうだな」

 

 俺の制服姿や荷物一式を見て、タンニーンさんは小さく笑みを浮かべた。去年のようなことがなければ、また冥界に来るのは来年の夏になるだろうし、通信でしか彼と話す機会はなくなるだろう。ドラゴンと過ごす日常は毎日がてんやわんやするから大変だけど、俺にとって大切なことを学べる機会も多い。感謝もたくさんしている。だけど、積極的に冥界に行きたいと思わないのは、人間としての当然の気持ちだと思っているけど。

 

「アザゼルはもうすぐ来るらしい。少し時間はあるが、……最後の模擬戦でもするか?」

「あはははっ、タンニーンさん。全力で尻尾巻いて逃げますよ?」

「さすが、カナ。堂々と言い切った」

 

 今回はさすがに冗談だったらしいけど、タンニーンさんとリンから呆れた目は向けられた。人間の俺からすれば、戦闘を回避できるのならば、全力で回避するべきだと思う。そもそも俺の模擬戦回数が、一位が正臣さんで、二位が魔龍聖という時点でおかしい。アザゼル先生の修行は、ただの蹂躙である。

 

 俺達が来る前は、本当は最後に一撃当て模擬戦を予定していたそうだけど、初日の聖水フィールドと性転換銃ゲリラ戦法で見事な一撃を与えたのは事実なので、今回はそれでいいらしい。あと理由としては、さすがに聖水フィールドを何とかするには、手加減をしたままでは難しいようだ。だけど、今の俺達の実力でタンニーンさんが手加減なしでやると、事故を起こす可能性もある。そのため、一撃勝負は見送られることになったのだ。

 

 

「それに、お前達は何故か俺の模擬戦ごとに、毎回恐ろしいぐらいのメタを張ってやらかすからな…。なんでドラゴンの俺の方が、ひどい目にあうんだ」

「いや、俺達がドラゴンと真正面から戦っても絶対に勝てないんですから、作戦を練るしかないじゃないですか」

「そこは、理解している。ドラゴンを倒すために、弱点を探し、創意工夫を凝らす。それを悪いとは思わん。ドラゴンとして、それすらも打ち破ってこそだろうからな。だが、お前のはこう…、常識に攻撃を与えてくるというかな……」

 

 珍しく歯切れが悪いタンニーンさんが、頭が痛そうに俺を見てくる。だって、タンニーンさんほどの相手なら、必然的に相手の常識外の攻撃をしなければ、俺達が勝てるはずもない。一応今回だって、最後の模擬戦があるかもと思って、色々考えてはいたんだよ。なくなってよかったけど。

 

「……ちなみにだが、倉本奏太。もし予定通り、一撃当て模擬戦を行っていた場合、どういう作戦を考えていた?」

 

 ふと気になったように告げるタンニーンさんの様子に、俺は顎に手を当てて、ちょっと考える。これ、言っちゃってもいいのかな? 来年の模擬戦用に取っておこうかと思っていたけど、正直穴のある作戦だったから、別にいいか。ラヴィニアとリンも俺の方を向いて、気になっているのが分かる。そこまで大した作戦じゃなかったけどね。

 

「えーと、まず模擬戦が始まったら、『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』を顕現させて、タンニーンさんへ向かわせます。前回と同じように、聖水吹雪を当てる様に動かしますね」

「ふむ、妥当だろうな。アレは悪魔相手なら、十分な戦力になっている。だが、前回と同じ轍を踏む気はない。お前の性転換銃による援護が来る前に、早急に氷姫を破壊するだろう」

 

 それは、そうでしょうね。タンニーンさんは、俺が性転換銃を使うことを知っているのだから警戒して当然だ。前回の模擬戦は、タンニーンさんが混乱状態だったから上手く嵌まったのであって、二回目になると冷静に対処される可能性の方が高い。それでも、タンニーンさんの性格的に性転換銃を受けるのは断固拒否なのは間違いないだろう。無視できない攻撃なのは、変わらないのだから。しかし、それはタンニーンさんだって理解しているはずだ。

 

 それなら、彼はどう動くか。聖水吹雪と性転換銃を使うことが予想されているのなら、氷姫を早急に潰そうと動くはずだろう。一撃勝負なら特に。聖なる力が、俺達が魔龍聖に放てるだろう唯一の一撃なのだから。俺の性転換銃攻撃に戦場を引っ掻き回される前に、決着をつけようとすると思う。

 

 前回の模擬戦は、タンニーンさんから積極的に動かず、様子見をしている感じがあった。俺や氷姫が何をするのかを観察して、先手を常に俺達へ譲り、実力を測っていたのだ。たぶん俺達が、例のはぐれ悪魔を討伐できるのかを見極めるためだったのだと思う。だけど、一撃勝負はこちらを倒すために向かってくるのだから、前提条件が違う。やっぱりちょっと大人げないと思うんだけどなぁ…。

 

「まぁ、そうならないために。まず氷姫を最初の戦場から、火龍さん達の森の上に移動させます。そして、常にタンニーンさんの制空権の下を取る様にして戦います」

「えっ、カナ。ドラゴン相手に制空権の上を取られたら…」

「リンなら、自分の下にいる敵相手にどうする?」

「炎の息で一発!」

「そうだな。でも、その敵の下にあるのがリン達の遊び場だったとしたら?」

「あっ!?」

 

 リンはハッ! として、「お前、何考えているの?」という目で俺を見てきた。だから作戦だよ。そう、下に向けて炎を吐けば氷姫を倒せるが、同時に火龍達の大切な森を傷つけてしまうのだ。しかもその巨体故に、下手に下へ降りることもできない。逆に氷姫の方は、気にせず上空に氷を撃ち放題である。

 

「……俺がドラゴンの王であることを逆手に取ったか」

「今回のはぐれ悪魔討伐の条件には、『自然を傷つけない』というものがありました。タンニーンさんは、この領地を愛し、自然を愛し、ドラゴン達のための住処を守ることを大切にしています。そんな王として立派なタンニーンさんが、森を傷つけるような攻撃を自ら行えるはずがない。森の上空を戦場に、制空権の下を取れば、それだけでタンニーンさんの魔王級の炎を封じられるという訳です」

 

 命懸けの戦闘や防衛戦ならいざ知らず、人間の俺達への修行のために、大切な森を焼くリスクを王である彼が選ぶはずがない。俺は子竜達と一緒に巣の周りを遊びまくったから、周辺の地理は頭に入っている。タンニーンさんの目的は氷姫の撃破なんだから、森の上に逃げた相手を彼は追わないといけない。王だからこそ逃げられず、王だからこそ力が制限される。俺の作戦の内容に、タンニーンさんの眉間にすごい皺が寄った。

 

「でも、炎を封じただけで、タンニーンさんの魔力や物理攻撃は健在ですから、氷姫が倒されるのは時間の問題です。龍王の猛攻を突破して一撃を入れるには、タンニーンさんが氷姫を倒すことに集中できないように、『別のこと』で翻弄する必要がありました」

「だが、お前の手の内は知っている。性転換銃一丁で、魔龍聖を何度も翻弄できると思われたのなら心外だぞ」

「……一丁じゃなかったら?」

「……はぁっ?」

 

 タンニーンさんの目が、ギョッと俺の方を見た。タンニーンさんの言う通り、俺一人だけでは無理だ。だったら単純に、その手を増やせばいい。俺はにっこりと笑顔で見返した。

 

「今回のはぐれ悪魔討伐で新しく手に入れた技である『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』が使えないか、と俺は思いました。ラヴィニア曰く、簡単な操作しかお願いできないのと、俺の神器の効果がないから飛ぶことや速く移動することはできない。動きも単調だから、一瞬で倒されてしまうと言われました。だから、タンニーンさんとの戦いでの利点は、数が多い事ぐらいかもしれません」

 

 俺の槍の能力は氷姫に使っているから、騎士たちに何か付与効果を与えることはできないだろう。だけど、武装を整えることならできる。しかし、魔龍聖に効くレベルの攻撃はできないだろうし、邪魔だと騎士たちが先に燃やされる可能性が高い。ラヴィニアのオーラをいたずらに減らしてしまうだけの結果になりかねなかった。

 

 だけど、今回は数があれば良かった。なんせ戦場の下に広がっているのは、タンニーンさんが攻撃できない森なのだから。どれだけプラモデル集団が攻撃しても、タンニーンさんは攻撃を仕返すことができない。3mの氷姫でさえ攻撃するのが大変なのに、30cmなんて小さい相手を狙うのは至難の業だろう。細かい作業が苦手な種族であるドラゴンに、精密射撃ほど難しいものはない。

 

「その騎士たちへ、アザゼル先生に頼んで武装を用意してもらいます。制服を届けられたんですから、プラモデル用の小さな武器三十個ぐらいを送ることはできるでしょうからね。ロボのロマンが分かる先生なら、ノリノリで用意してくれたでしょう。別に武器の性能は最低でも構わないし、それこそ虚仮威(こけおど)しにしかならないものでもいい。ただ条件として、『遠距離のビーム光線が出せるもの』を指定して届けてもらいます」

「ま、まさか…」

「そして、戦場の真っ只中でその武器と騎士たちを出現させて、大声でタンニーンさんに聞こえるように叫ぶんです。『出でよ、アザゼル先生がこの一年間で試作して作りまくった性転換銃よッ!』って」

「うわぁっ…」

「あとは、それを装備させた騎士たちを森へ放ち、思う存分ゲリラ攻撃です!」

「ありゃーです…」

 

 つまりこの作戦は、タンニーンさんに騎士たちの装備全てが『性転換銃』だと思わせることが肝なのだ。本物は俺が持っている一丁しかないのが真実だが、それを相手は知らない。しかも、アザゼル先生なら本当にこの一年間で大量の性転換銃の試作品を作っていても違和感がない。数しか取り柄がなかったプラモデル軍団と、虚仮威しにしかならない武器が、魔龍聖を封じる大きな手札になるのだ。これが俺の作戦の全貌だった。

 

 順々に、タンニーンさん、リン、ラヴィニアと声をあげていく。もしこの作戦が上手くいっていたら、タンニーンさんは『氷姫+聖水フィールド+性転換銃だと思わされた三十以上のゲリラビーム(撃退不可)』と戦っていたことになるだろう。もっとも、最初に思った通り、穴はいくつもある。

 

 例えば、タンニーンさんが素直に騙されてくれるのか、自分のドラゴンオーラを信じて覚悟を決めてしまわないかとか。そして一番の懸念は、タンニーンさんはリンのように身体の大きさを魔力で変えられることだ。冷静になられたら、小型化して森の中の騎士たちから殲滅されることだろう。あと、騎士たちがどれだけ動けるのかも、まだまだ未知数だったからな。

 

「悪魔だ」

「悪魔過ぎる」

「総督さんの名前を、これほど効果的に使えるのはカナくんぐらいなのです…」

 

 そして、頑張って考えた俺の作戦の感想が普通にひどかった。

 

「ちょっと待ってください。リンとタンニーンさんは、悪魔の血が実際に入っているのに、俺を『悪魔』呼ばわりするのはおかしくないですか?」

「じゃあ、鬼畜?」

「畜生か」

「もっと悪くなったッ!?」

 

 俺、一応タンニーンさんの教え子ですよね。リンに到っては、俺は使い魔契約をした主である。だって、他に方法が思いつかなかったんだから、仕方がないじゃないか。真面目に格上とガチンコ勝負して勝てるのは主人公ぐらいなもので、俺みたいなモブは使えるものは何でも使って、細々と頑張るしかないのだから。

 

「何故お前は、毎回俺に許される範囲で、しかし常識的に許容できないギリギリの部分を突いてくるんだ…」

「えっ、リュディガーさんから教わった弱者の心得ですよ。強者相手に卑怯な手を使うのは、畏怖を与えたり、己の名を堕としたりすることもあり得るが、足りない力を補うために必要な時はある。だが尊厳を貶めるような卑劣な手を使えば、いずれ己の身に返り、全てを滅ぼす凶刃となる。その見極めだけは忘れず、やると決めた時は全力でやれ、って言われました」

「……あの元人間の人でなし悪魔め。余計なことを」

「何より、タンニーンさんは尊敬できるカッコいいドラゴンの王様です。しかも、すごく優しくて、実力者として知恵を使うことにも寛大ですからね。タンニーンさんほど器の大きい方が相手じゃなきゃ、こんな作戦とてもやれませんよっ!」

「その満開の笑顔全開で言うのはやめろ。俺への絶大な信頼を下に、えげつない方法を試すな。これなら、ちょっとでも悪意がある方がマシだ…」

 

 俺にとって、レーティングゲームのトッププレイヤーであるリュディガー・ローゼンクロイツさんは、数少ない戦い方の見本となる先生である。リュディガーさんの解説付きで、彼のゲームの試合を研究させてもらったけど、すごく勉強になったと思う。相手を自滅させたり、行動を制限させたりするのに、複雑な手順など必要ない。戦う相手の情報を知っていれば知っているほど、その手札は増えていくのだから。

 

 俺は『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)のタンニーン』を知っている。リュディガーさんから、相手の悪いところや弱点だけでなく、相手の良いところや優れたところを探ることも大切だと教えてもらった。自分の弱いところを知っている相手だと、相手もそこを崩されないように防衛される可能性が高い。だけど、逆に優れていると自負しているところを崩すと、そこが狙われると想定していなかった分、脆いこともあるそうだ。

 

『敵の弱点を突くだけなら、まだまだだね。弱点を狙いつつ、さらに相手の優れたところを逆手にとって転がすことも大切なのさ。相手の自尊心を崩せるし、流れをこちらに引き寄せることもできる。相手にとって譲れない部分ほど克服は難しく、翻弄しやすいものはない。弱点より、よっぽど狙い甲斐があるね』

 

 フフフッ、と悪い笑みを浮かべていたリュディガーさんの談である。個人的な連絡先をもらってから、実は彼と話す機会は多かったりする。どうやってかは知らないけど、俺が悩んでいるとタイミングよく彼から連絡が来て、色々解決方法を教えてくれたり、一緒に考えてくれたりしてくれた。それがすごく助かったのだ。

 

 おかげさまで、俺にとってリュディガーさんは、気楽に相談できるちょっと意地悪な兄ちゃんぐらいの立ち位置になっていったと思う。あのコミュニケーション能力は、本当に羨ましい限りだ。

 

「よぉ、お前ら元気かって……どうしたんだ? この微妙な空気は」

「カナが悪魔だった」

「はっ? 何を言っているんだ、このちびっ子は。今更だろ?」

「ちょっと、先生」

 

 みんなが遠い目をする中で、突然魔方陣と共に登場したアザゼル先生は、俺に対して全くフォローをしてくれなかった。うちのリンが、間違った悪魔知識を覚えちゃうでしょうが! さらに隣で、「リン、お前の主のような悪魔が敵だったら、最大限に気をつけなければ、精神をやられるぞ」と威厳ある王様状態でリンを諭していた。リンの教育に、俺を反面教師に使うのはやめてくれませんかね…?

 

「大丈夫なのです。カナくんがどんなカナくんでも、私はパートナーとして一緒にいますからね」

「ラヴィニア…。俺の味方は、ラヴィニアだけだよ」

「カナタ、気づけ。ラヴィニアのそれはフォローになっていない」

 

 先生、俺は今パートナーとの絆の深さに感動しているので、現実を突きつけるのはやめてください。

 

 

 こんな感じで出発前にドタバタがあったものの、夏休み前半の怒涛のドラゴン合宿は無事に終わり、俺達はそれぞれの夏休み後半を過ごすことになる。魔法使いの組織や、タンニーンさんの領地、クレーリアさん達が治めていた駒王町と違い、対外的には敵地とされる『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ足を踏み入れるのだ。俺の味方は、マジでアザゼル先生とシェムハザさんとバラキエルさんぐらいしかいない、という気持ちでいた方がいいだろう。

 

 万が一騒ぎを起こしてしまって、俺の正体が周りにバレたら、アザゼル先生とメフィスト様のご迷惑になってしまう。窮屈な思いはするだろうけど、バラキエルさんの言うことをしっかり聞かないとな。俺はタンニーンさんの背中に乗るラヴィニアを見送り、お留守番をするリンの頭を撫でた後、アザゼル先生の後に続いて魔方陣の中へと入った。堕天使領の手前近くに一度転移し、その後何度かジャンプを繰り返すらしい。転移酔いしたら嫌だな、と思った矢先、相棒の「任せろ」思念が届く。酔い止めも完璧とは、俺の相棒に死角はないのか。

 

「さてと、次の転移で『神の子を見張る者(グリゴリ)』の施設の中へ入ることになる。もう一回確認するが、お前の立ち位置は?」

「はい、最近堕天使の組織に保護された神器所有者で、シェムハザクラスの生徒です。名前を聞かれても、基本は『シェムハザクラスの者です』と答える。もし研究者のヒトに神器のことを聞かれたら、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』であることを素直に答える」

「実際にシェムハザクラスには、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』を持った神器所有者がいるからな。まだ周りには情報だけで詳しいことは知らせていないから、万が一調べられても誤魔化しやすい。お前の神器の特異性を知らなかったら、ただのネタ神器でしかないからな」

「ネタ神器って言わないでください」

 

 それにしても、俺と同じような神器を持った所有者か…。気にはなるけど、あっちは俺の存在を知らないらしいし、不測の事態を考えて会わせることはできない、と言われてしまった。残念には思うが、我儘は言わない。本来いないはずの架空の生徒が、俺なのだ。神器には興味があるけど、人間個人への興味は薄い堕天使と違い、同じ人間である他の神器所有者に顔を覚えられるのは良くないだろう。

 

 もし三大勢力での和平が成ったら、『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』にいる他の神器所有者さん達に会ってみたいな。原作では和平をしたことで、彼らにも自由が与えられるようになったと語られていた。でも、いきなり表の世界に帰ることは難しいだろう。それなら同じ人間で魔法使いという立場がある俺が、彼らのためにフォロー出来ることも色々あると思うのだ。足長おじさんでもOKである。

 

 彼らを助けようと思うことは、俺のエゴでしかない。ただの偽善でしかないのかもしれない。だけど、もしあの時に前世を思い出していなかったら、俺も彼らと同じ立場になっていた可能性があるのだ。家族や表の社会から引き離され、神器を宿したことに翻弄される人生。もしかしたらラヴィニアのように、神器を恨んでしまう可能性だってあった。だから、とても彼らのことを他人事には思えない。きっと俺なら、助けて欲しいって思うはずだから。

 

 俺は胸の前に手を置き、相棒の鼓動を感じながらゆっくりと意識を落ち着かせる。今はごちゃごちゃ考えても、仕方がない。俺がやりたいことは、これから先の人生にたくさんあるのだ。そのための力をつけるのが、今なのである。これから先で俺が助けたいと思ったヒトを助けられるように、頑張って学んでいこう。

 

「ふっ、程よく肩の力が抜けたみたいだな。さて、それじゃあ行くぞ」

「はい、先生!」

 

 こうして、俺達は『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ足を踏み入れたのであった。

 

 


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