えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「……相変わらず、すごい光景なのです」
「うん、俺も傍から見たらきっとすごい光景になっていると思う」
「お肉、取ってきたー」
さすがにサバイバル生活五日目にもなると、手際も良くなってくるものだ。俺の感知と異常状態付与、そしてリンの火力があれば、ここらへんの魔物で苦戦することはほぼない。俺が獲物を見つけ、気配を消して近づいて『
リンは魔力で身体の大きさを変えられるけど、食欲は変わらずあるため、必然的に大物を狙わないといけなくなる。依頼中だからリンも我慢はできるだろうけど、主として使い魔のお腹が空いた状態にさせるのはしのびない。俺の感知があれば、オーラの大きさから大物を見つけるのはそこまで大変じゃないから、モンスターハンターの腕は必然的に上がっただろう。仕留めているのは、ほとんどがリンだけど。
あとは、血の匂いで魔物をおびき寄せないために、すぐに相棒で血を消滅させて血抜きをし、槍を刺して重さや気配を消滅させながら持ち運ぶだけだ。今日は大蛇がいたので、状態異常で混乱させた後、リンに蛇の頭を上から踏みつぶしてもらった。リンは魔物の仕留め方をよく知っているから助かったけど、蛇の魔物は頭がつぶれてもしばらく尻尾だけビチビチ動いていて、ちょっと大変だったなぁ…。
狩りが終わって先ほど見つけた岩場に戻ると、ラヴィニアが結界を張り、魔法で過ごしやすいようにしてくれていた。上機嫌なリンが俺の隣をくるくると回り、俺は槍を突き刺して持ってきた大蛇を岩場に横たわらせる。獲物の九割ぐらいはリンの腹の中に入ってしまうので、俺達が食べる分を取っておけば問題はない。
「カナ、お肉早くー」
「はいはい、今下処理するから待っていろ。というか、人間の俺達ならいざ知らず、リンならそのまま食べられるだろう」
「蛇は骨が多いし、皮の鱗が歯に挟まると嫌なのー」
このサバイバル生活五日間で、うちのリンは下処理されたお肉の味を占めてしまったらしい。甘やかしすぎなのかもしれないけど、こうしてお願いされてしまうと弱い。それに、リンの気持ちもよくわかる。俺は肩を竦めると、相棒の力でせっせと皮をはぎ、骨を消滅させる。そして、筋繊維の固い部分も消滅の能力で解し、寄生虫や毒など身体にとって害になるものも消す。その後、ラヴィニアに氷の台を作ってもらい、足を洗って元の大きさに戻ったリンに蛇肉を踏み踏みしてもらった。
肉の汚れも相棒で綺麗さっぱりにしてもらい、その内の一割を肉団子にして、お鍋に放り込んで相棒で処理した野草と調味料を入れる。リンは柔らかくなったお肉を自分の炎でこんがりと焼き、嬉しそうに頬張っていた。ぐつぐつ煮込まれている蛇肉を眺めながら、俺とラヴィニアはようやく落ち着くことができ、岩場を壁に息を吐いて座り込んだのであった。
「やっと、終わったぁー」
「はい、冥界でのお食事の準備はいつも大変なのです…。カナくんの神器さんの能力があってよかったのです」
「俺の神器、本当にこういう時に便利だとしみじみ感じるよ」
俺の神器って戦闘でも使えるけど、どっちかというと日常生活の方が使い時が多いんだよね。ちなみに、もう料理に神器を突き刺すのは、当たり前になってきている。相棒すら料理で使うことに許可もいらないぐらいで、「もう好きに使えばいいよ…」と諦められている状態だ。すまない、相棒。そして、いつも調理器具代わりになってくれてありがとう。
「まぁ、相棒もなんだかんだで調理器具歴五年だからな。消滅のスピードや繊細なコントロールに関しては、もうプロってきているよ」
「……ご、五年も?」
「あはははっ、うん…。俺、昔っから骨の多い魚が苦手でさ。一番初めに相棒をサンマにぶっ刺して骨を消滅させられた時は、マジで感動したなぁー。……その後ずっと相棒に無視されちゃって、お風呂で洗いながら必死になって謝ったけど。懐かしい…」
「カナくんって、昔からカナくんだったのですね…」
あれ、それってどういう意味? 俺が俺って、これは褒められているのか? だって、消滅の能力を持っていて、しかも対象の選別だってできる神器を持っているんだぞ。そして、そんな俺の目の前に骨が多い代表のサンマさんがいたとする。これは使うでしょう。まぁ使った結果、たぶん神器的なプライドを刺激しちゃったのか、当時はめっちゃ怒りの思念をもらったけど。
それからは、俺が能力を使う前に相棒にお願いをして、それになんだかんだで許してくれる相棒、というエンドレスループ。困った時に俺がお願いをしたら、相棒は大抵許してくれた気がする。今思うと、俺ってば全然懲りていないな…。そりゃあ、相棒も諦めていくわ。イッセーがおっぱい関係を天龍であるドライグに諦めさせた経緯になんだか似ていて、そっと目を逸らした。
どうしよう、『ハイスクールD×D』を読者視点で読んでいた時はわからなかったけど、俺だんだんとイッセーの気持ちが理解できるようになってきたかもしれない。エロ関連のイベントは全然やってこないし、乳パワーの原理も未だによくわからないけど。でも、今更相棒の能力なしで日常生活を送るなんて、相棒の甘やかしに慣らされてしまった俺にはもう選択できない。意志の弱い宿主ですまない、相棒。俺にはお前がマジで必要です。物理的にも精神的にも生命的にも以下略。
「カナくんが神器に覚醒したのは、五年前なんですよね?」
「うん、小学二年生の時だったかな。『ドラゴン破』って叫んだら、いきなり槍が出てくるんだぜ。びっくりしたよ」
「カナ、ドラゴンビームを出せるの?」
「出せません。お前らがテレビの前で『ミルキーマジカル』を叫ぶようなもんだよ」
「なるほど、カナはリンと同じだったのかー」
あれ、ちょっと待てよ。あの時の俺って、一応意識はしていなかったけど、前世の知識があった状態だったんだよな。その時の俺って、リンと同じような思考回路をしていたってことなのか。なんだか地味にダメージを受けたので、俺はそれについて考えるのをやめた。
「……初めて神器に触れた時、怖くはなかったのですか?」
「えっ、怖いって。神器が?」
「はい。だって、カナくんも何も知らない一般人だったのですよね」
岩壁にもたれかけ、パチパチと燃える炎を眺めながら、俺とラヴィニアは静かに会話を重ねていく。俺は火の調節に気を付ける手を止めず、彼女からの疑問を頭の中で考える。横目でラヴィニアを見ると、どこか俯いた様子で火を眺めていた。遠目でリンはお腹が膨れたからか、大きな欠伸をするとごろんと転がっている。あっちは相変わらず、マイペースだった。
それにしても、何も知らない一般人か…。普通ならそうなんだろうけど、俺には原作知識があった。俺は『神器』を知っていたのだ。この力は、使う者の意思に左右はされるが、それでも俺のために力を貸してくれるものだって。決して、俺を害するだけの存在ではない、ってことを知っていた。だから、俺が抱いたのは恐怖ではなく、一番は困惑だっただろう。これからどうしたらいいんだろう、っていう不安でもあったかな。
たぶん俺は、最初は厄介者扱いしたことはあっても、神器を敵だと思ったことはなかった。どちらかというと、俺を守ってくれる味方とすら考えていた。それは、俺が神器を知っていたのが最大の要因だろう。転生や知識のことはぼかしながら、彼女へどう答えようか考える。きっと、俺が相棒に感じていた思いは……。
「怖いより、縋ったかな」
「縋る…?」
「子どもながら、この力は人前で使っちゃいけないってわかったんだ。だから、家族にも誰にも言わなかった。色々消すことができたから気持ちの余裕はなんとか持てたけど、それでもずっと不安だった。俺はこの力を持って、どうしたらいいんだろうって。神器を使えるように訓練はしていたけど、正直それだけの毎日だったかな」
俺が一人だった頃の話は、メフィスト様やアザゼル先生に簡潔には話した記憶がある。でも、詳しく過去のことを話すのは初めてだろう。あんまり面白い話でもないし。あの頃の俺は、目の前の日常が壊れることに一番怖がっていたと思う。だから、四年なんて平和な時間があっても、走り込みや能力のコントロール操作ぐらいしか俺にはできなかった。特に幼少期は体力がなさ過ぎて、今みたいに能力を軽々と使えない。『俺一人だけ』でなんとか能力を使いこなそう、と躍起になっていたと思う。
「たぶん、能力にだんだん慣れてきた頃かな。『重力を消したら、もしかしたら空を飛べるんじゃね?』ぐらいの軽いノリで、能力を使ったことがあったんだ」
「いつもカナくんが使っている移動手段ですよね? そんなノリだったんですか…」
「うん、それで能力を使ったら、全く制御ができなくてよく落っこちた」
「ありゃーです…」
心配そうに俺の方を見つめるラヴィニアに、俺も当時を思い出しながら乾いた笑みが浮かぶ。本当に軽いノリでやってしまって、空中でバランスなんて取れず、尻や背中に何度も衝撃を受けた。俺もちょっと意地になってしまって、なんとか移動はできずとも、その場で浮遊するぐらいはやってやる! って熱中していただろう。あの当時は、空を飛ぶなんてファンタジー経験を実体験したい気持ちしかなかった。本当に失敗ばっかりしていたな。
「その練習中にさ、ちょっと操作を誤って頭から落ちかけた時があったんだよ」
「えっ…」
「ヤバい、と思った時にはもう遅くてさ。自分でもかなりパニクッていて、もう駄目だと思った時、……相棒が助けてくれたんだ」
いい匂いがし出した蛇鍋をかき混ぜながら、俺は当時を思い出してまた小さく笑う。おそらく、宿主である俺の危機を察して、咄嗟に能力をコントロールしてくれたのだろう。身体が逆さになった状態で、空中でぷかぷかと気づいたら浮かんでいた。俺の制御が崩れそうになったら、神器が足りない部分を補ってくれる。それに、すごく驚いた記憶があった。
そういえば、あの頃の相棒は能力が使えるかの「是」か「否」の思念しか返してくれなかったと思い出す。だから話しかけてはいても、原作で神器と「対話」ができると知っていても、心の中では半信半疑だった。そんな俺の疑念を完全に晴らしたのは、間違いなくこの出来事がきっかけだっただろう。
どうしようもなかった俺を、神器が助けてくれた。誰にも相談できない非日常で、初めて俺を守ってくれた。俺はパニック状態で、神器に何かを伝えられる状態じゃなかった。宿主の危機に反応しただけかもしれないけど、それでも神器は俺を救ってくれたのだ。神器が『ただ能力を発動するだけの道具』なんかじゃないのだ、と強く認識した瞬間だった。
「それからは、俺は積極的に相棒に話しかける様になったと思う。能力を使う時は相談して、使った後はお礼を言って。アザゼル先生にも言われたけど、俺ってばあんまり才能ないだろ? 俺一人じゃできないんだ、ってわかった時、相棒に制御をお願いしたんだよ。そうしたらさ、「……是」ってちょっと間があったけど、重力の消滅のコントロールを相棒が肩代わりしてくれるようになったんだ。あっ、さすがに今は俺一人で身体を支えるぐらいのコントロールはできるからな」
俺には、相棒がいる。神器があるから、俺はこの世界で一人じゃないのだと思えた。神器は俺の半身であり、生涯の相棒であり、俺が頼っても大丈夫な存在なんだと思えたら、すごく気持ちが軽くなったのを今でも覚えている。『
神器があったから、前世を思い出したのかもしれない。だけどもし神器を持っていないのに、『ハイスクールD×D』の世界だと前世だけを思い出していたら、きっと不安でいつか俺は潰れていた可能性がある。相棒がいなかったら、今の俺はいなかった。
「俺は相棒を信頼していると同時に、たぶん依存もしている。未来がわからなくてどうすればいいのかわからなかった一般人だったからこそ、俺は傍にいたこいつに縋った。相棒がいるなら、俺は一人じゃないと思えたから」
「神器があったから、一人じゃない…」
転生したって、俺は結局はただの人間だ。一人だけの世界にずっと耐えられるわけがない。恵さんと初めてこの世界の恐怖を共感できた時、俺は不謹慎ながら嬉しかった。ラヴィニアと当たり前のように表と裏についておしゃべりができた時だって、楽しくて仕方がなかった。
俺の意識は今世の俺だけど、前世の記憶は俺にかなりの影響を及ぼしただろう。こんな風に冷静に自分を見つめられるのも、どこか客観的に自分自身を見つめる視点を持っていたからだと思う。「スピィィー」と鼻提灯を作りながら寝てしまったリンに肩を竦めながら、俺はようやく出来上がった鍋をお玉で掬い、持ってきた二人分のお椀に注いだ。ラヴィニアに手渡すと、小さくお礼を言って受け取ってくれた。
「……ラヴィニアは、怖かったのか?」
火傷しないように気をつけながら、二人分の蛇鍋を啜る音が響いていた空間で。俺は、初めて踏み込んだ質問を彼女にしたと思う。俺の過去をこんな風に詳しく話したのは、なんとなく必要だと感じたからだ。いつもの他愛無い世間話じゃなくて、もっと深い本質に触れる話を。
『だって、カナくん『も』何も知らない一般人だったのですよね』
ラヴィニアの交友関係は、『
なら、もしかしてと思った。俺は神器を所有する身近な人を、一人だけ知っている。もし彼女が引き合いに出した人物像が、彼女自身なのだとしたら。本当に何も知らない一般人が神器の存在を知った時、そこに生まれる感情はどうなるのか。その答えを、たぶんラヴィニア自身が持っているのだろう。
「怖かったです。そして、たぶん今も」
「……うん」
「私はイタリアのとある海辺の町で生まれました。パパもママも普通の人で、同じ職場で働いていて、そこで出会ったそうなのです」
「ラヴィニアの両親も、共働きだったんだ」
「はい、パパとママが早くお仕事から帰ってこないかな、とお家でよく待っていました」
目を細めて眩しそうに、そして寂しそうに、ラヴィニアは微笑みながら話し始める。住んでいた街並みの美しさから、ママがこういう人で、パパがこういう人だった、と嬉しそうに。全て『過去形』で語られていく。俺はお椀を持つ手が自然と強張っていくことを感じながら、静かに頷きを返していった。
「――だけど、私だけがみんなと違ったのです」
「……神器を宿していたから?」
「はい。物心がついた頃には、私にだけ氷姫が見えていました。私が感情を表すと、いつも横や背後に突然現れては微動だにせず、ただそこに居続けるのです」
「それ、普通に怖いな」
「怖かったのです。話しかけても、怒っても、何も反応を返してくれませんでしたから」
緊張して話を聞いていたが、さすがに素の反応が出てしまった。いや、それは俺もラヴィニアの立場だったら怖いわ。だって、あの氷姫である。初見の俺でさえも、畏怖を感じさせた六つの目と茨で覆われた顔、四本のアンバランスな腕を持つ氷の人形。それが突然無言で現れたら、俺だってビビるよ。
幼く、何も知らなかったラヴィニアは、両親にそのことを告げたらしいけど、本気で取り合ってはくれなかったようだ。幼かったラヴィニアは『氷のオバケ』とそれを称し、複雑な思いで過ごしてきた。話もできない、何も反応を返してくれない、ただ傍にいるだけの存在。それは、確かに幼い少女が恐怖を抱いてしまっても仕方がないのかもしれないと思えてしまった。
おそらくだけど、この時のラヴィニアはまだ神器を完全に覚醒できていなかったのではないかと思う。だから能力は使えず、干渉もできず、神器が力を発揮する『思い』や『感情』を起点に出現していた。俺の憶測でしかないけど、最初にイッセーの夢に現れたドライグのような状態なんじゃないだろうか。幼かったラヴィニアでは、氷姫を現実に呼び起こす力がなかった。それが夢のような、オバケのような状態を作ってしまったのかもしれない。
確か、イッセーが初めてドライグと会話できた時に語っていた。ドライグはずっと兵藤一誠に話しかけていたが、力が弱かった彼はその言葉を受け取ることが出来なかったと。原作でレイナーレ達と戦っていた時では、まだ赤龍帝の力は完全に目覚めていなかったのだ。赤龍帝の能力だけが使える状態で、所謂側だけ。氷姫がドライグのようにしゃべったり、自分の意思で動けるのかはわからないから、この例が当てはまるのかは不明だ。独立具現型の神器は自立意識があるものだって教わったけど、神滅具を同列に考えるのは危ないかもしれないか…。
ある意味で、イッセーとは違った才能がある故での不幸なのかもしれない。ラヴィニアには才能があった。だから、幼少期のまだ心が出来上がっていない時期に、『
「全然反応を返してくれない『氷のオバケ』。見た目は精巧な人形のようなのに、傍で動いて、しゃべりかけている私の方が、まるでその人形に見えない糸で操られている操り人形のようにも感じていました。私は、それがすごく嫌でした」
「うん…」
「それでも、怖くて夜に泣いていた私を、ママがベッドで隣に寝てくれて。パパがギュッと抱きしめてくれていたから、私は……」
食事の手はいつの間にか止まっていた。涙は流れていない。だけど、少しずつ彼女の声が小さくなっていく。辛いのなら無理に話さなくてもいい、とも思ったけど、ラヴィニアの目は強い意志を消していない。なら、ここで俺が勝手に話を止めるのは、ただの逃げだ。俺は彼女のパートナーとして、最後まで話を聞く必要がある。
冥界の夜は、夏でもだんだんと冷え込んでいく。結界を張っているからマシだけど、魔法で保温状態を保っている蛇鍋の温かさが手に沁みる。寒い訳じゃないけど、どこか寂しい肌寒さが感じられた。もしかしたら、ラヴィニアの感情に神器が無意識に反応しているのかもしれない。彼女の肩は、いつもより少し小さく見えたから。
俺は少し考え、手に持っていたお椀ごと持って立ち上がった。俺の動く物音に遅れて気づいたのか、ラヴィニアが目を見開いてこちらへ振り向く。俺は指で身体の向きを少しずらしてもらうように告げ、それに不思議そうにしながらも彼女は岩壁からちょっと離れた。それを確認すると、その小さな背中と向かい合わせになる様に、俺は座り込んだ。
「カ、カナくん?」
「寒い時には、おしくらまんじゅうって言うだろ。二人しかいないけど。岩壁に背中をくっ付けていたら、ちょっと冷えてきたからさ。これなら、お互いにあったかいだろ」
「……はい」
ラヴィニアの思い出に残るお母さんが隣から、お父さんが前から彼女を抱きしめていたのなら、俺は背中を埋めよう。それに、さすがに女の子の隣に密着して座るのは、なれなれしいかなぁー、って気もしたし…。ヘタレでもなんとでも言うがいい。背中越しなら、赤面した顔を見られなくて済む。自分でも、慣れないことをしている自覚はあるからな。
しばらくの間、無言で背中合わせに座り続けていたが、ラヴィニアが大きく深呼吸したのを後ろの振動から感じる。少し小さく見えた彼女の身体の震えは、綺麗に姿を消していた。背中から伝わる声は、しっかりとした意思が宿っているように感じた。
「……今から数年前に、爆発事故が起こったのです。原因は不明で、それに……両親が巻き込まれました。当時の私はそれが受け入れられなくて、周りも見えなくなっていて、ただ悲観に暮れることしかできなかったのです」
なんとなく、予想はしていた。彼女の口から伝わる事実に、俺は黙祷を捧げるように静かに目を伏せた。
「私は、見たくない現実から逃げ出したくて、理不尽への理由が欲しくて、……誰かを恨むことでしか自分を保てませんでした。当時幼かった私には、事故の詳細は伏せられていて、パパとママを失った原因を『氷のオバケ』の所為だと思い込んでいたのです。ずっと怖かったから…。そして、他の人には見えないオバケに恨み言を言い、暴れる私を引き取ってくれる人なんていませんでした。ずっと一人で悲しくて、怖い気持ちが溢れ続けてきて…。この時の記憶は、ほとんど曖昧で私自身も覚えていないのです」
「……そこは無理に思い出さなくていいと思うよ」
「……ありがとうございます」
背中越しに感じる彼女の声は、途中で何度か震えながらも最後まではっきりとしていた。この事故が起きたのは、数年前のことだと言っていた。ラヴィニアの中でも、まだ消化しきれない思いがあって当然だ。むしろ、ここまでしっかりと自分の気持ちを見つめ直せていることに驚くしかない。俺の頭の中で、アザゼル先生が言っていた言葉が蘇ってくる。ラヴィニアには、拠り所が必要だと言っていた意味が。
彼女は確かに強い。だけど、その強さは彼女自身のことじゃなくて、彼女が大切に思う人への気持ちの強さなのだと気づく。それが一度崩れてしまったら、自分を守るために氷のように深く閉じこもってしまう。それがきっと、彼女の持つ弱さなんだろう。
そしてたぶんだけど、今のラヴィニアにはその拠り所となる芯があるんだと思う。だから、彼女はどこまでも真っ直ぐで、決して崩れることのない意志を宿せているのだ。それが、みんなが話していた『彼女』であり、それに『俺』も含まれつつあるってことか。
「でも、はっきり覚えていることもあるのですよ。家の庭を歩いていたら、不思議な気配がして、気づいたら突然森の中にいたのです。まるで童話に出てくるような木造の建物があって、そこには優しく微笑む魔法使いのおばあさんもいました。それが彼女との――グリンダとの出会いなのです」
「ラヴィニア達が話していた『彼女』が、グリンダさん?」
「はい。グリンダは「もう大丈夫よ」と言って、泣いていた私を引き取ってくれたのです。魔法の使い方や『氷のオバケ』……『
「えっ、神器も?」
「はい、グリンダは神器の研究をしていましたから」
てっきりラヴィニアの神器の師匠は、アザゼル先生だと思っていた。それも間違っていないのだろうけど、最初に彼女の神器を開花させたのはグリンダさんの方だったという訳か。たぶんラヴィニアの神器や性格を考慮して、アザゼル先生をメフィスト様は呼んだのだろうな。ラヴィニアの性格的に、アザゼル先生のことは話さないと約束をしたら、それを口外することはない。それか、神器のデータをそのグリンダさんに渡すことで口止めをさせている可能性もあるか。なんというか、先生も言っていたけど複雑な繋がりだわ…。
それにしても、そのグリンダさん。魔法使いなのに神器の研究をしているのは珍しいと思う。ラヴィニアを保護したのは神滅具の研究のためもあったかもしれないけど、彼女の様子を見る限り、すごく大切にされてきたのだろうことが分かる。それぐらい、ラヴィニアのグリンダさんを呼ぶ声は温かかった。
「もっとも、私がグリンダの所に帰ることが出来なかったのも、その神器研究があったからなのですが」
「……もしかして、俺の神器?」
「はい、グリンダには友達が出来たことは伝えたのです。その友達を支えるために、こっちに残ることも。でも、カナくんの神器のことは何も伝えていません。それが、メフィスト会長との約束なのです」
「でも、ラヴィニアの恩師だろ? それに魔法使いってことは、同じ組織の人じゃないのか?」
「……彼女は『
そう言えば五日前の話の時、『灰色の魔術師』と『グリンダさん』の関係について全てを話せない、と言っていた。まだ俺が知るには、実力や功績が足りないということだろうか。それか、俺には関わらせたくない案件なのかもしれない。ラヴィニアが関わっているなら気になるけど、メフィスト様の部下として深入りする境界は見極めるべきだろう。少なくとも今は、それを急ぐ必要はないと直感のようなものが働いた。
そして、俺が彼女の道を定めた内容を理解した。ラヴィニアには、このまま『灰色の魔術師』として正式な魔法使いとなるか、『グリンダさん』の弟子として彼女の組織の後を継ぐか、の二択があったのだろうと思う。彼女は優秀な魔法使いで、しかも神滅具の所有者だ。どちらの組織にとっても、その価値は大きいものだっただろうと感じた。
そこから彼女は俺と一緒にいるために、『灰色の魔術師』の魔女になる道を選んだのだ。原作では協会の所属になっていたけど、詳しいことはわからないままであった。俺は目線を下に落とし、少し考え込んだ。
「……五日前の先生との会話。ラヴィニアは、『灰色の魔術師』の魔女になる道を誓ったってことだよな」
「はい、そう決めました」
「それ、俺のためだろ。これはラヴィニアの人生だ。俺は確かにどうしようもないし、頭も良くないし、弱いけど、ラヴィニアが全部背負わなくてもいいんだぞ」
「……カナくんは、私の初めての友達です。それに、私がカナくんをこちらの世界に引き込んだのです。あの時、私と出会ったことでカナくんは一般人としての生き方ができなくなりました。私があなたの人生を定めてしまったのです」
……あぁ、そうか。一年前に俺を巻き込んでしまった罪悪感が、責任として彼女の中に残っていたのだろう。俺はラヴィニアの背中に体重を預けながら、ふぅと深く息を吐く。今までの彼女の行動が責任感だけではないのはわかっているけど、ラヴィニアをさらに頑固にさせたのは『巻き込んでしまった俺を、自分が守らなくては』という思いもあったからだと感じた。
「それに、あの時私がいなかったら、カナくんは危ない目にもあわなくて、まだ取返しだってついて……」
「あっ、それは言っちゃダメ。『私はショーくんとお話できて、楽しかったですよ。だから、自分がいなかったらとか言ったらメッです』って俺に注意したのは、どこの誰だったっけ?」
「……よく、覚えているのです」
「そりゃあ、嬉しかったからな。それに、俺が自分で道を決めた分岐点の日でもあったし」
食べ終わったお椀を端に置き、俺はガシガシと自分の頭を掻いた。そして、先生の忠告を思い出しながら、俺は声をあげていく。想いを伝えていく。ここでちゃんと言葉にしないといけない、と強く感じたからだ。
俺がやるべきことは、彼女の過去を慰めることではない。それは、もうグリンダさんがやってくれたのだから。では、ラヴィニアが俺のために責任を感じなくてもいい、と伝えることだろうか。だけど、彼女だって必死に考えて答えを選んだのだ。責任を背負わせないことが彼女にとって良いことだと考えるのは、ただの俺の押し付けでしかないだろう。
ここでラヴィニアを突き放すのは、彼女のためじゃなくて、俺のためでしかない。俺が彼女の想いに向き合うことを放棄して、彼女と共に歩む責任の重さを恐れているだけなのだ。
『偶然だが、お前はラヴィニアが一番望んでいたものを、そしてあいつに一番足りないものを持ち合わせている。だから、お前の存在はあいつにとっては、非常に
アザゼル先生が言っていたのは、このことだったのかと今ならわかる。彼女が一番望んでいたものは、大好きな家族と過ごす時間。彼女に一番足りないものは、『氷のオバケ』……生涯を共にする
彼女がここまで責任を感じたのも、俺がまだ一般人として過ごせる……『ラヴィニアが一番望んでいた』であろう道が残っていたからだ。師匠との生活も裏に片足を突っ込んでいたものだけど、それでも片足だけである。両足だけじゃなくて、身体全体で裏の世界へ進むことを決めたきっかけは、間違いなくラヴィニアとの出会いだっただろう。それだけ、彼女との出会いは俺の人生において、大きなターニングポイントであった。
彼女が俺を眩しく思うのは、仕方がない。だって、俺は彼女が持っていないものを確かに持っている。それを昔の自分と重ねて、俺を守ることで幼かった自分の夢を代わりに叶えたいのかもしれない。俺に自分と同じような孤独を味わってほしくない、と願ってくれているのかもしれない。
ラヴィニアにはラヴィニアとしての願いや想いがある。だったら俺だって、俺なりの願いや想いがある。
「ラヴィニアはさ、俺と一緒にこれからもいてくれるんだよな」
「……迷惑でしょうか?」
「まさか。ラヴィニアが隣にいてくれて、嬉しいし、ホッとしている。俺を選んでくれたことだって、本当に感謝しているよ。……だからこそ、これからはラヴィニアのために俺も動くからな」
「えっ?」
もしラヴィニアが俺じゃなくてグリンダさんを選んでいたら、俺の隣に彼女はいなかった。それはやっぱり、すごく寂しいと思う。俺にとって彼女は、これからも一緒にいたい友達なのだから。グリンダさんに申し訳ない気持ちがあっても、彼女の未来を定めてしまったとしても、ラヴィニアが俺を選んでくれたことは、俺にとって嬉しい事なのだ。その気持ちに嘘はない。
ラヴィニアが俺のこれからを背負ってくれるのなら、彼女のこれからを俺も背負ってやる。こんな小さな背中の一つぐらい、背負えないなんて男として恥ずかしいだろう。彼女が俺を守ってくれるのなら、俺も彼女を守ればいい。お互いに支え合って、与え合っていけばいい。ラヴィニアが誰かのためにしか動けないのなら、俺が彼女の足りないところを補っていこう。そうすれば、結果的にお相子だ。
「また暇な時にさ、俺ん家に来てよ。父さんも母さんも姉ちゃんも、ラヴィニアのこと新しい妹が出来たみたいだって、ずっと待っているんだ。女子同士で買い物をして、楽しくおしゃべりをして、あと今度のテスト勉強でも助けてほしいって、姉ちゃんがマジで懇願してくるんだよ。正直、ちょっと引くぐらいに」
「
「うん、ハワイの修学旅行でテンション上がり過ぎちゃって、予習するの忘れていたみたい。我に返った時には、テスト範囲がかなり進んでいて、慌ててやったけど付け焼刃。結果、母さんが鬼になった」
「ふふっ」
姉ちゃんのことを思い出したのか、ラヴィニアは小さく噴き出す。ちなみに、俺はこれでも優等生で中学校は通っている。姉に「もっと苦労しなさいよー」と理不尽に怒られたな。裏の世界では、めっちゃ苦労していますよ。表の勉強は問題ないし、人間関係も普通だし、裏がしんどいから表は平和に過ごしたいので問題も起こさない。まさに優等生街道まっしぐらだ。
あと、保護者であるメフィスト様にも表の通知表は見せるから、恥ずかしい成績は残せないのである。それと、どこから入手するのか、アザゼル先生も普通に俺の成績を知っている。何に労力を使っているんですか。この先生は俺の成績が落ちたら、確実にニヤニヤして煽ってくるから絶対に落とせない。アホアホ言われているけど、俺にだってそこそこのプライドはあるんだからな。
「神器の修行だって、一緒に頑張ろう。ラヴィニアが氷姫の奥へ潜るのが怖いのなら、俺が傍にいるよ。ラヴィニアが呑まれそうになったら、俺と相棒の力で絶対に助けるから」
「それは…」
「できるよ、俺と相棒なら。俺はできるって信じている」
「えー、この子はまた無茶ぶりを…」的な思念を一瞬感じたけど、否定の思念は返されなかった。じゃあ、きっと大丈夫だ。相棒と氷姫じゃ、そもそも境遇も形状も違いがあり過ぎるのだから、俺と同じような方法を取る必要はない。その人にあったスピードで、少しずつ神器を知っていけばいいのだから。
俺は背中越しにラヴィニアに体重をかけてみる。それに驚いて前に傾いた彼女は、慌てて自分も体重をかけて、俺の背中を押し返す。そうして先ほどと同じ体制になったら、俺は笑って言った。
「そうそう、こうやって上手くバランスを取っていけばいいんだ。片方が押しつぶされそうなら、もう片方が引っ張ってあげて。今みたいに押しつぶしそうになったら、もう片方が押し返してあげてさ」
「……カナくんは、それでいいのですか?」
「俺はそれがいいんだよ。そんなパートナーになれたら、って思う。だから、俺がしんどい時は助けて。俺もラヴィニアがしんどい時は助けるから。そうやって、一緒に前を向いて頑張っていこうよ。先生も言っていたけど、これから進む方向は同じなんだ。それに、俺達だけじゃダメな時は、メフィスト様やアザゼル先生、タンニーンさんに、クレーリアさんや正臣さんとか、みんなにも助けを求めればいいよ」
「それは、ご迷惑では…」
「だったら、そのもらった分を一緒に返していけばいいじゃん」
どれだけ頑張っても、無理な時は無理なもんである。無茶はある程度できても、無理はしない方がいい。人間同士の関係でだって、生きていくのは大変なのだ。それが人外だらけな世界でなら、いくら力があったって人間である俺達にできることはさらに少なくなるだろう。
だからこそ、人間は繋がるのだ。繋がることで、新しい道を見つけられるかもしれないのだから。それは正の方向へも、負の方向へも向かうことができる道だけど。俺はそこから、これからも一緒に笑っていられる道を選ぶだけだ。
「ラヴィニア、こっちに手を伸ばしてみて」
「えっと、こうですか?」
おずおずと後ろ手に伸ばされた彼女の手を、俺も手を伸ばしてそっと掴んでみせる。彼女の過去を聞いてわかったけど、たぶんラヴィニアは誰かに頼るのが苦手で……怖いのだろう。頼っていた両親は、突然目の前からいなくなってしまった。周りは誰も助けてくれなかった。唯一、救ってくれたグリンダさんが伸ばしてくれた手だけを掴めた。でも、彼女から手を伸ばすことはなかった。「助けて」の一言さえ、この少女は口にできなかったのだ。
だけど、それは彼女が幼かった時のことで、今は違うのだとちゃんと気づいてほしかった。俺に出来ることは、彼女の過去や今ではなく、彼女の未来を支えることだと思ったから。
「もし、またラヴィニアにとって辛いことがあった時はさ。こんな風に、手を伸ばしてほしい。助けを求めてほしい。ラヴィニアの周りには、その手を取ってくれるヒトがたくさんいるんだから」
「手を、伸ばす…」
「うん、まぁ一番にその手を俺が掴めたらいいんだけどね。ラヴィニアが頼むのが苦手なら、俺が代わりに周りに頼りまくってやるからさ。これぞ適材適所ってね」
「そ、それは、恩を返すのが大変なことになりそうなのです…」
「その時はごめんな。まぁ俺でなんとかできそうな時は、俺がちゃんと頑張るからな」
「それもそれで、大変なことになりそうなのです…」
ちょっと、ラヴィニアさん。それってどういう意味ですかー? 最近相棒みたいに、俺に対する遠慮がなくなってきていませんかねぇー。
俺がブーブーと文句を言うと、「カナくんのパートナーとして、やっぱり私がしっかりしないと…」と後ろで何故か気合いを入れていた。いやいや、何を言っているの、この天然美少女様は。俺がしっかりする方でしょう。 ……相棒、その「どっちもどっちだ」的な思念はやめてくれる? 俺って、どちらかと言えば常識人枠だと思うんだけど…。個性的なメンバーの中で、ツッコミ担当なことが多いしね。
少々不貞腐れるが、俺が肩を揺らして笑うと、後ろで金の髪も同様に揺れていた。掴んでいた彼女の手を放そうとすると、逆に握り返されてちょっと困惑したが、彼女の気が済むまではいっかと力を抜く。これからも、ラヴィニアとは友達として、家族として、パートナーとして過ごしていけたらと思う。もしかしたら、親友や兄的なポジションもいけるだろうか。そうなれたら嬉しいな。
ラヴィニアには拠り所が必要だというのなら、今は俺やグリンダさん、メフィスト様達のみんなで支えていこう。そこから、少しずつ彼女の世界を広げる手伝いをしていけばいい。友達だって、これからたくさんできるだろうから。もし誰かがラヴィニアを傷つけて泣かせたら、俺の人脈をフル活用して泣かせてやる。
「まぁ、つまりまとめると。改めてパートナーとして、これからもよろしくな」
「はい、よろしくなのです。……カナくん」
「ん?」
「一緒にいてくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ」
気恥ずかしさから、短く返事を返す。ふと背中越しに、ラヴィニアの頭が俺の肩に置かれていた。安心するように、俺に身体を預けてくれる重みを感じながら、小さな寝息が後ろから聞こえ出した。
まだ十一歳の彼女にとって、過去を話すのはすごく覚悟のいることだったのだろう。お疲れ様、と俺は起こさないように気をつけながら、そっとラヴィニアを横に寝かせる。毛布を掛け、ついでに食器類の片づけをテキパキと行っておく。お片付けでも、相棒は大活躍でした。
こうして、冥界五日目の夜は更け、俺も寝る準備を始める。星の見えない暗い空を少しの間目に映しながら、明日からも頑張ろうと俺は静かに瞼を閉じたのであった。