えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第八十一話 影響

 

 

 

「こんな感じで、彼らは元気すぎるぐらいには、楽しく過ごしているよ…」

『……お疲れ様です』

「賑やかなのは、いいんだけどねぇ。なんであの子たちは、こちらの予想を越えてくるというか、反応に困るようなことをやらかしてくるんだろう?」

 

 先日、奏太の部屋で起こった、『魔法少女によるうっかり血の池氷殺未遂事件』を無事に収めた記憶を思い起こすメフィストの目は、どこか遠くなっていた。新しい環境に悲観することなく、しっかりと前を向いて努力をする彼らの姿は、微笑ましいものだ。友達と賑やかに笑っていられることも、数ヶ月前の事件を思えば感慨深いものであろう。それはそれとして、色々やらかしてくるけれど。

 

 最古参の大悪魔様に、思わず問いかけられたアジュカ・ベルゼブブは、そっと目を逸らす。メフィストが保護している人物全員が善人なのだが、何故か突拍子のない方向に突き抜けていく問題児だった。しかも、それで相乗効果を生み出してくるものだから、巻き込まれる方は頭が痛い。類は友を呼ぶ、というのはあながち間違っていないのだろう。

 

 クレーリア達が『灰色の魔術師』に留学して、数日が経過したため、その様子を報告するという名目で理事長と魔王は連絡を取り合った。本来なら事務的な内容になりそうだが、お互いに数ヶ月前にあった事件の共犯者であり、共通の話題があるおかげで、プライベート時のような雰囲気で話すことが出来ていた。アジュカは空気を入れ替えるためにも、軽く咳ばらいをし、先ほどメフィストから聞いた内容について口に出したのであった。

 

『それにしても、例の元聖職者の彼を会長の眷属にですか…』

「あぁ、うん。僕にとって悪魔の駒や眷属システムは正直どうでもいいけど、利用できるものは利用するべきだろうからねぇ。キミたちにとっては、悪魔の眷属はステータスの一つとして数えられる。それに、キミたちが話していた『和平』の象徴として彼らを使う気なら、ベリアル家の加護だけでは危ういからね。三大勢力に恨みを持つ者たちの標的にされかねない。僕の眷属になれば、ある程度の牽制にはなるだろう」

『……感謝いたします』

「いいさ。八重垣くんはいい子だし、それに本当に転生するのかを決めるのは彼自身だ。まっ、僕の眷属になるのなら、それ相応の勉強はしてもらうことになるだろうけどねぇ」

 

 さすがに今回のような、組織に不利益を及ぼしかねない不祥事を再び起こされる訳にはいかない。本来なら、八重垣正臣とクレーリア・ベリアルは粛清されていてもおかしくなかった。時代も敵も悪すぎた中で、そんな彼らを助けるために倉本奏太は文字通り全力で取り組み、そして世界を引っ掻き回したのだ。

 

 魔王級複数に(悪魔のような)協力を促させ、ストライキで冥界(の常識)を爆破し、魔法少女とスーパーロボットで悪魔と教会(の常識)をも爆破しての救済劇。悪魔も堕天使も教会も全てを巻き込み、多くの者たちの胃にダメージを与えながら、実際の被害は最小限に抑えられたという摩訶不思議な事件。今でも思うが、色々ひどかった。

 

 

『……今さらですが、なんでよりにもよって魔法少女とスーパーロボットだったんですか』

「ノリと勢いとカナくん」

 

 魔王様は額に手を当てて項垂れる。何故か納得できてしまった。

 

「ハハハッ。アジュカくんから、セラフォルーちゃんが交渉の場にいることは教えてもらっていたから、彼女なら上手くフォローしてくれるだろうと考えていたのさ。ロボットは、まぁ、友人なら上手く対処するだろうと思っていたからねぇ」

『優秀な助っ人、ですか。藪蛇を突く趣味はないので、詳しくは聞きませんよ。……ちなみに、アガレス大公のフォローも織り込み済みで?』

「いや、あれは完全なるダークホース。ニュータイプだよ。ストレスをロマンで発散するとは、ある意味で健全なのかねぇ…。あと、アジュカくん。あんまりアガレス家を板挟みにしないであげなよ? あそこだけだよ、特産の一つに胃薬があるのは」

『バアル大王も、さすがにアガレス家に負担を与えすぎて壊れ――ゴホンッ! 疲れを溜めさせ過ぎたと考えられたようで、しばらくは古き悪魔達の引き締めに力を入れるようです。今回のような、内乱一歩手前の事態にまで味方が暴走する事態はまずい、と思われたのでしょう』

 

 皇帝ベリアルによるレーティングゲームのストライキは、冥界に大きな革新を及ぼしたのは間違いない。運営上層部を切り崩し、冥界の民の暴走を防ぐために『皇帝ベリアル十番勝負』を予定通り行わせるという名目で、魔王ベルゼブブの息がかかった優秀な人材を送り込むことにも成功する。それは、結果的に古き悪魔達の動きを封じる確かな一手となったのだ。

 

 さらには、王同士で戦うレーティングゲームの性質上、ゲームに参加する上級悪魔の誰もがライバルとなり、敵となる構図のため、王同士で密接な交流をする機会が今までになかった。それが、冥界のヒーローとなったディハウザーをトップに、古き悪魔達へ対抗するために一つの大きな勢力となり、プレイヤー同士で手を組むようになったのだ。冥界の民や転生悪魔達を筆頭に、冥界の希望となった彼らへ、古き悪魔達は迂闊に手を出せなくなっただろう。

 

 一つひとつになら、今までのように誤魔化しや排除ができた。しかし、一つの組織として情報を共有し合い、明確な目的を持って敵対意志を向けてくる相手に、従来通りのやり方を行えば、彼らは容赦なく敵を切り崩すための牙へと変えてくるであろう。バアル大王が危惧したのは、そこである。皇帝を侮り、今までのやり方で利益を得ようとする者が出てくれば、そこから古き悪魔達への攻撃の糸口を掴まれかねない。さらには、それにより弱体化した彼らを、四大魔王が見逃すはずもない。古き悪魔達は、魔王と皇帝勢力の二つと相対することとなったのだ。

 

 さすがに変化を嫌うゼクラムとて、この状況は放っておけなかった。なんせ、古き悪魔達の象徴である権威やプライドを表に出せば出すほど墓穴を掘る状況なのだから。我儘放題だった相手に、いきなり我慢して慎重になれ、と言って理解ができるのか。運営の暴走をその目で見たゼクラムは、到底それを信じることが出来なかった。故に、古き悪魔達の権威を守るために、彼は味方の引き締めと切り捨てを余儀なくされたのだ。

 

 悪魔として、己の欲望に忠実なのは間違っていない。だが、欲を満たすために他者から搾り取ることが当たり前だったのだ。しかし、それは正統なる魔王だったルシファーの時代での話。欲望を抑えきれない味方は、これからの時代を生きるのに不適格なのである。戦争で減ってしまった悪魔の数を増やすため、という理由で老獪たちの目を誤魔化し、人間の転生悪魔を長い時間をかけて取り込んできたことで、ようやく芽生え出した新しい悪魔の時代。『搾取する』のではなく、『共存する』未来へ。その道筋を数百年かけて、やっと掴めたのだ。

 

 

「正直遅すぎるぐらいだよ、まったく。本来なら、アジュカくん達が魔王になった時点で、やっておくべきことだった。キミたちが考えた悪魔の駒システムを使って、他種族の価値観を悪魔に植え付けることで、あいつらの力を少しずつ削いでいき、種の存続を目指す。このために、どれだけの人間や各種族に犠牲が出たことか…」

『……返す言葉もありません』

「ごめん、説教みたいになっちゃったね。冥界の政治に関して、とやかく言う権利は僕にはない。僕自身は好きになれないけど、子どもだったキミたちが老獪共と戦うために決断したんだろう。ここまで実を結んだんだ。なら、必ず最後までやり遂げなさい。あいつらの力さえ削ぐことが出来れば、悪魔の駒システムも改善できるんだろう?」

『はい、ようやく掴んだきっかけを決して無駄にはしません』

 

 現代悪魔の価値観と時代が、古き悪魔の価値観に抗うに値するだけの力になることが、やっと出来てきたのである。若輩である自分達が、魔王として悪魔を守るためには、古き悪魔達からの政治的干渉に対抗するためには、早急に味方を増やし、他種族との共存が必要だと判断した。それによる犠牲があることもわかっている。身勝手で傲慢で残酷な行為を押し付けただろう。それに言い訳はしない。

 

「ふぅ、やめやめ。こういうめんどくさい話が嫌いだから、僕は人間界で過ごすことに決めたんだからねぇ」

『……少し、羨ましいですね』

「キミたちの場合、力がある故に魔王にならざるを得なかったもんねぇ。……今が重要な時期だろうけど、根を詰め過ぎずに趣味を楽しむぐらいには発散するんだよ。そうだ、この前カナくんが、アジュカくんに見せてもらった格闘ゲームの連続コンボが魔王過ぎていて、ぜひとも教授してほしい、って言っていたね」

『ふっ、なら今度彼の神器を見せてもらった後に、コツを教えておきましょう。……しかし、本当に彼の後ろ盾になることが、俺からの謝礼でよろしいのですか?』

「僕はあいつらに嫌がらせが出来て満足だったし、頑張ったあの子のためになるのが一番さ。キミからお礼を言われても、あの子の性格的に困惑させちゃうだけだろうからねぇ。クレーリアちゃんたちを受け入れるために僕から出された条件とでも言っておけば、協会の機密事項もあるから、冥界側は深く追求できない。協会からの頼み事という名目で、カナくんの修行を見てもらえればいいさ」

 

 クレーリアと正臣を『灰色の魔術師』に引き渡すことは、メフィストとアジュカで決めていたことだ。だがあの事件は、元々は冥界側の不祥事が原因である。さらには、結果的に奏太が引っ掻き回してくれたおかげで、悪魔の新しい時代を築くために必要だったきっかけを手に入れることができた。とてつもなく大変だったのは事実だが、今回の件で魔王側の得た利益は計り知れないのである。

 

 奏太本人は、自分の友達を救うために、無茶ぶりに協力してくれた優しい魔王様、とのほほんと考えている。しかし、魔王側にとったら、長年悩み続けていた悪魔側の問題を解決に導くきっかけをくれた少年であった。恩がある、と言い換えてもいいだろう。だが、奏太の存在は公にすることができず、魔王という立場もあるため、アジュカが彼へ大々的にお礼をすることはできなかった。

 

 だからといって、「じゃあ仕方がない」で終わらせるのは、さすがに倉本奏太が冥界に及ぼした影響力を考えると不義理すぎる。そこでメフィストは、アジュカ・ベルゼブブへ倉本奏太の本格的な後ろ盾になってもらうことを告げた。周りに気づかれないように裏でアジュカと奏太の関係を継続させようと考えていた案を、周りに認知させる。普段から一緒にゲームをするほど気に入られている、魔王の加護を持つ少年だとはっきりと示す。彼に手を出せば、魔術師の協会と魔王が出てくることになるのだ。

 

『その代わり、周りからの注目度は高くなるでしょう。彼が成長するまで存在を隠そうとしていた方針から、変えられたのですか?』

「今回の件を見ていて、気づいたんだ。あの子の場合、こっちが裏で色々と手を打っても、謎の行動力と無自覚なやらかしで、こちらの予想をうっかりでぶち壊す未来しか見えないってことに…」

 

 遠い目をする最古参の悪魔様の姿に、「うわぁ…」とアジュカの素の声が漏れた。

 

「だからね、いっそのことあの子が何をやらかしても、ある程度対応できるだけの立場を築かせることにした。最近はカナくんにも協会の依頼を受けてもらって、『灰色の魔術師』に貢献してもらっているよ。わかってはいたけど、あの神器はやっぱり応用力の幅がありすぎるねぇ…」

『……倉本奏太の神器の力を公で使えるのなら、魔王として依頼したいものがいくつかあります。それを依頼することは?』

「可能だよ。僕を通して、しっかり依頼料を払ってくれるのならねぇ」

 

 奏太に神器を使った仕事を頼むようになって、まだ四ヶ月程度だ。しかし、すでに協会内でも固定客を作るほど、彼の仕事の貢献度は高くなってきていた。魔法使いは、己の研究を大切にしている。故に、純度が高く、しかも高品質を保ったまま、神器によって加工された材料は、研究職である魔法使いたちにとってありがたいものだった。今では、予約で数ヶ月は埋まっているほどである。

 

 また、奏太への依頼は、メフィストが一括で請け負っていた。というのも、彼の神器は応用力がありすぎるが故に、今までの産業関係に罅を入れかねなかったからだ。メフィストの方で量を調節し、できる範囲を絞り、少しずつ認知度を広げていく。奏太に修行感覚で仕事をやらせているのも、焦らずに一歩ずつ実績を積ませるためだった。

 

 ちなみに、それを聞いたタンニーンが「ドラゴン達の食事関連で相談したい」と声をあげ、アザゼルも「じゃあ、こっちも堕天使の組織の長として依頼したい」とメフィストに裏で頼んでいたりする。個人の趣味や修行としてなら、アザゼルは直接奏太に頼んで、個人的にお礼を渡していた。だが、「神の子を見張る者(グリゴリ)」関連の依頼だけはしなかった。組織の長として頼むのなら、それ相応の対応は必要だ。親しき仲にも礼儀あり、である。

 

 組織や種族のトップである魔王と龍王と総督による、組織絡みの依頼となると、当然支払われる額も高くなる。数が多くなっていけば、それはなおさらであった。奏太はそれなりにお金持ちになれた、とホクホクしているが、裏で割と洒落にならない額を稼いでいたりする。本人はまさか組織絡みの依頼まで受けているとは思っていなかったため、「自重してよ、トップのみなさんっ!」と後で元気にツッコむことになるだろう。

 

 他にも、彼が現在も修行中である神器の能力を使えば、道具の修復や傷や病の治療などもできるようになるため、需要はまだまだあるのだ。さすがに、その能力を表に出させるつもりはまだないが。

 

「カナくんの好意で、彼の依頼料の何割かを協会で使わせてもらっていてねぇ。おかげで、魔法使いたちにはかなり好評だよ。なんせ協会にあった古い機材や道具が新品になるし、自分達の研究費用も増えるんだから」

『……なるほど、魔法使い側の裏切りの阻止のためですか。倉本奏太に何かあれば、それが直接協会や自らの不利益に繋がる。特に魔法使いは、自らの実益には貪欲だ。彼を守るために協力だってするでしょうし、外に情報を漏らさないように口を噤ませることもできる』

「数年あれば、『灰色の魔術師』でのカナくんの存在は、なくてはならないものになるだろう。……あの神器の応用力を考えると、これぐらいはやっておかないといけないだろうからねぇ」

 

 ラヴィニアの神器や他の神滅具のように、攻撃系の神器であったならば、自らの力で道を切り開けるようにメフィストはフォローしたであろう。しかし、『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』のような特殊方面に秀でた能力の場合、自衛能力が低いことが多く、それでいて敵対組織に奪われるとまずいのだ。最悪、敵に奪われるぐらいなら、殺しておいた方がいいと判断されるほどには。

 

 だからこそ、少しでもその可能性を減らせるように、メフィストは早急に手を打つことに決めた。クレーリアを助けるために、奏太が編み出した『術式の書き換え(リライト)』をその目で見て。そして、彼の神器から発せられた、異質なオーラを感じ取ったが故に。既存の神器と同じ枠で考えるのは、危険かもしれないとメフィストは判断したのだ。

 

 それから、最古参の悪魔は静かに目を細め、魔方陣に映る魔王を見据えた。今までは冥界側が慌ただしかったため、なかなかアジュカとプライベートな連絡ができなかった。だからこそ、その時間ができたのなら、彼から話を聞こうと考えていたことがある。メフィストの纏う気配が変わったことを、アジュカは敏感に感じ取った。

 

 

「……単刀直入に聞くよ、アジュカくん。あの子の神器について知っていることを教えて欲しい。普段なら、キミの判断で好きにしてもらってかまわない。だけど、『アレ』がなんなのかがわからないことには、こちらも気が気じゃなくてねぇ」

『『アレ』、ですか…。そこまで明確な歪みが、表に出てしまったという訳ですね』

「つまり、以前から予兆はあったってことかい」

『……えぇ。あの神器はおそらく、何か強大な力から影響を受けたことで発現した可能性が高いでしょう。そうでなければ、一般人の子どもがちょっと気合いを入れた程度で、眠っている神器を呼び起こせる訳がない。元々発現していたから、彼の呼び出しに簡単に応えることができただけ。その影響が何かまでは判明できませんでしたが、相当(いびつ)なものの影響を受けたのでしょうね。神器に残滓のようなものが残っていました』

 

 あまりに曖昧な内容であったため、アジュカはこのことを自らの胸に収めることに決めていたのだ。全ての現象を数式と方程式で操ることができる『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』の使い手として、明確に判明したものでないことを告げるのは、彼自身の矜持が許せないこともあった。

 

 少なくとも、あの宿主と神器は歪ながらも、それが逆に上手いこと機能していた。下手に干渉するより、彼の成長と共に様子を見る方が、得策だろうと彼は考えたのだ。

 

「強大な力、ねぇ…。それがあの子の神器が、既存の神器から逸脱した理由なのかい?」

『わかりません。あくまで理由の一つ、またはきっかけとなっただけの可能性はあります』

「ねぇ、アジュカくん。先ほどからおそらく、または可能性という言葉を使うけど、キミの能力でカナくんの神器を調べたんじゃないのかい?」

 

 訝し気なメフィストの声に、アジュカはしばし目を伏せる。彼自身も、どう説明をするべきか考えているようだった。おそらく、彼も確信がなかったのだろう。今までは、メフィスト自身が奏太の神器については、自分より詳しいだろうアザゼルとアジュカに任せていた。しかし、今は曖昧で不確定な情報だろうと手に入れておくべきだ。

 

『……調べようとしました。しかし、結果的にできなかった』

「なんだって?」

『倉本奏太本人と神器そのものは、問題なく調べることが出来ました。しかし、神器の『先』を調べようとした瞬間、俺の能力をその『先』にいた何者かの意思によって、消されてしまったのです』

「神器の先だって…?」

 

 メフィストの復唱に、魔王は静かに頷く。以前、アザゼルも似たようなことを呟いていたことを、メフィストは思い出した。能力を消される、という事象は、おそらく奏太の神器が持つ『概念消滅』の力であろう。アジュカが本気で能力を行使すれば違っただろうが、人間に魔王の魔力を多大に送り込むのは危険であった。そのため、微量の魔力を巡らせていたのだが、それを倉本奏太とは違う意思が介入をした。

 

 奏太の様子を窺ってみたが、彼は全く関知していない感じであった。神器の声(意思)の有無の確認もしてみたが、不思議そうな顔をするだけである。『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の能力を行使できるのは、宿主である倉本奏太本人しかいない。彼が能力を譲渡しないかぎり、他者が使えるはずがない。だが、一つだけ心当たりはあった。

 

『相棒が、俺の代わりに補佐してくれるのでいつも助かっています』

 

 彼の持つ神器本体だ。なんせ宿主の胃痛を勝手に消してしまうほど、過保護っぷりを常日頃から発揮しているのだから。その本体の意思、または神器の能力を操ることが出来る何者かが、神器の先に潜んでいる可能性がある。

 

 

神器(セイクリッド・ギア)とは、聖書の神が作り出したシステムです。神器システムは、天界で管理され、世界中に散らばる全ての神器と繋がっています。倉本奏太は、おそらく無意識にでしょうが、長い年月をかけてその人間とシステムを繋ぐラインに『概念消滅』を行っていた可能性があります』

「カナくんが?」

『予想ですが、彼は「神器に意思があったら」とずっと願い続けていたのではないでしょうか。彼は神器を発現してから五年以上も、神器に語り掛け続けていたと伺っています。その彼の意思が、システムのラインを無自覚に刺激することになった。俺が調べた時、他の神器に比べ、ブラックボックスとされるはずのシステムとの境界線が薄くなっている様に感じました』

 

 それに気づいたアジュカが、その繋がりの部分に干渉しようとした時、倉本奏太が持つはずの『概念消滅』の影響を受けたのだ。はっきり言えば、あまりに予想外の事態だろう。今回の事態は、彼の持つ概念を消す能力と、本心から神器と会話ができたらと願い続ける意思、そしてその願いに応えたいと思ったその神器の先にいた何者かの介入、というあり得ない三要素が組み合わさって起こったことだろうと推測出来たからだ。これには、さすがのアジュカも頭が痛くなった。

 

 奏太は、原作知識で神器と『対話』することができることを知っていた。だから、彼はこの五年間、何の疑いを持つことなく神器に話しかけ、意思を持ってくれるかもしれないと願い続けることが出来たのだ。原作で初代孫悟空が、『絶霧(ディメンション・ロスト)』の使い手であったゲオルグへ、「神器との対話が足りない」という話をしていた。対話が足りないから、神器の練度も低いのだと。

 

 『絶霧』という神器は、兵藤一誠やヴァーリ・ルシファーが持つような、魂が封じられた神器ではないだろう。しかし、魂がない、言葉を発しない神器とも、『対話』はできる。しかも、対話をすることで神器の能力を向上させることができるのだ。それ故に、人間の幼子のため能力使用に必要な体力がなかった倉本奏太が、優先したのは当然『対話』だった。彼は神器を一つの存在と認め、信頼を寄せ続けたのだ。

 

 ただでさえ、彼は強大な存在の影響で、……共鳴現象に近い能力の引き上げがされていたのである。さらに彼の神器に歪さが増した原因として、おそらく『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』の共鳴現象も含まれるであろう。神滅具はそれ一つで事象が歪む。あの神器は、奏太の無自覚なやらかしと様々な外的要因、そして今回の事件で『世界(原作)』の流れを変える強い意思を持ったことが重なり、特異な進化を遂げた可能性があった。

 

 

「はぁ…、頭が痛いねぇ……。救いは、その神器の先に潜む意思が、カナくんを尊重してくれていることかな。むしろ、神器の特性を引き継いで宿主を守るため、願いを叶えるために、無茶ぶりにも応えちゃう過保護っぷりを見せるような残念な性格みたいだけど」

『少なくとも、その意思にこちらへの敵意は感じられませんでした。おそらく宿主が、それを望んでいないからでしょう。逆に言えば、彼にとって悪影響、または傷つける可能性がある者には、牙を容赦なく向けてくるかもしれません。……彼を保護したのが、フェレス会長でよかったです』

 

 宿主が望む方向へ、神器はその力を発揮する。それは、願う意思が強ければ強いほど、大きな力となって影響を及ぼすであろう。実際、奏太が「こうしたい」と望んだ結果に向けて、神器は成長を見せた。宿主と神器の意思が揃うことで、夢を現実に叶えてきたのだから。

 

「なるほどねぇ。そう考えると、なおさらあの子の環境を早急に整える必要があるだろう。あの子にも神器にも、『灰色の魔術師』に所属することで安心を提供する。カナくんの意思を尊重することで、あの子の意思でここに残りたいと思ってもらうのが一番だろうから」

『抑えつけるのは、彼とあの神器の場合、悪手でしょう。彼の神器を調べるのなら、慎重にいくべきかと』

「つまり、現状を維持しつつ、少しずつ様子を見ていくしかないってことだねぇ」

 

 少なくとも、無理やりな神器の能力行使や強制、宿主に悪影響を及ぼしかねない実験、強引な神器の調査は、控えるべきという訳だ。宿主本人が望んだことなら問題ないだろうが、無茶をさせ過ぎる訳にはいかない。そのあたり、基本本人の意思に任せる放任主義なメフィストに保護されたのは、奏太にとって幸運だったのだろう。

 

 また、もし宿主を洗脳して自分の意思でやっていると思わせても、それに神器の意思が反発すれば、宿主を守るために『概念消滅』を使って、洗脳時の記憶を消してでも助けようとするだろう。宿主本人に対しては、神器単体でも能力が使えるのだから。

 

 

「『アレ』は気になるけど、現状踏み込むには情報が足りない。とりあえず、あの神器は協会にとって利益となり、カナくんが悲しむようなことをするとは思えないし、今は要観察かな」

『俺の方でも、彼に『概念』の修行を施しながら、様子を見ておきます』

「よろしく頼むよ。……そろそろカナくんに、ある程度の神器の異常性は伝えておいた方がいいかもしれないねぇ」

 

 数ヶ月後にある夏休みの長期休みに、奏太はタンニーンとの修行を行う予定になっている。それに便乗して、アザゼルからついでに『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ連れて行くことも決まっていた。奏太には後日伝えると言っていたが、きっと知ったら元気な悲鳴をあげることだろう。そこは頑張れ。

 

 念のため、今日アジュカから聞いた情報を友人には伝えておこう、とメフィストは思案する。アザゼルは神器研究に興味津々であり、さらには調子に乗りすぎるとやらかしたりするところがあった。さすがにメフィストが保護している子どもに無茶ぶりはしないだろうが、微妙に心配になるのは彼の日頃の行いの所為だろう。自業自得である。

 

 そんな彼を先生と慕い、なんだかんだで懐いている奏太に、メフィストは「やっぱりあの子、ズレているよねぇ」とちょっとしみじみとしてしまったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日のお子様たち お兄ちゃん編』

 

 

 

「あれ、もしかして病院のお兄ちゃん?」

「えっ、あれ? イッセーくん。こんなところでどうしたんだ」

「今日はイリナがきょーかいのお手伝いで一緒に遊べないみたいだから、散歩してたんだ」

「そっか…、相変わらず仲がいいみたいでよかったよ」

 

 駒王町の街を歩いていた兵藤一誠は、小さなメモを見ながらうろうろする人物を見つける。道に迷ったのかと思い、近づいてみるとどこかで見た覚えがある気がして、記憶を辿ってみたのだ。そうして、思い出した名前を口に出すと、相手は驚きから目を見開きながら、笑って返事を返してくれた。自分の名前を覚えてくれていたことに喜び、久しぶりに出会えた人物に一誠は嬉しげに駆け寄った。

 

 紫藤イリナのことを話すと、相手は嬉しそうに微笑み、一誠少年の頭を優しく撫でた。それにくすぐったい思いをしながら、うろうろしてどうしたのか問いかけてみる。その質問に、ちょっと考えるような仕草を見せたが、奏太は一枚の紙を一誠に見せた。

 

「実は、友達の家に遊びに行こうと思って、メモの地図を頼りに来たんだけど、ここの道が見つからなくてさ。イッセーくん、この場所って知らないかな?」

「うーん、……あれ? ここって、もしかしてミルたんさんのお家?」

「えっ? あっ、そうか、イッセーくんもミルたんと遊んでいたんだっけ…。でも、それにしても、まさか家まで行ったことがあるほど仲良くなっているとは……」

 

 これ、色々大丈夫か? もう手遅れなのか? とぶつぶつ呟く奏太に首を傾げるが、これなら自分は力になれるだろう。一誠少年は胸を張り、道案内を申し出た。それに奏太は一瞬、どこか困ったように頬を掻いたが、すぐにその申し出を快く受け入れてくれた。

 

 

「ミルたんさんの家で、よくアニメを見せてもらっているんだ。ダンガムとか、まほうしょーじょとか、他にもいっぱいアニメが見られるんだよ!」

「あぁー、魔法少女以外のアニメは俺が教えたやつかも…。ミルたん、集めてくれていたんだ」

「そういえば、病院のお兄ちゃんは、どうしてミルたんさんの家に行くの? アニメを見に?」

「俺は、……えーと、ミ、ミルたんのお願いを叶えに?」

「へぇー」

 

 友達を性転換させに来ました、なんて言えなかった。ミルキー魔法使いさん達の家でもよかったが、一応あのヒトたちは『灰色の魔術師』という組織の所属と悪魔だ。堕天使の総督であるアザゼルとの関係は、組織内でもトップシークレットなのである。性転換が成功した時、その技術はどこで手に入れたのか、とあまり表に出す訳にもいかない。二人なら目を瞑ってくれるだろうが、そもそも配慮するのは当然だろう。

 

 クレーリアと正臣達は、奏太達と近しいため、いずれアザゼルの存在は知ることになるだろうと予想される。それにあまり魔法技術に詳しくないため、性転換銃がただの魔道具だと普通に思っていた。だが、さすがに魔法に詳しい人物の前で見せたら、不思議には思われるだろう。それに、ものすごく私的な内容だ。なので、せっかくなら以前から誘われていたミルたんの家へ、自宅訪問することに奏太は決めたのである。

 

「……でね、俺たちは危ないからってついていけなかったんだけど。この前は、ミルたんさんが日本で悪さをする謎の秘密結社と戦ったみたいなんだよ」

「えっ? いったい何と戦っているんだ、ミルたんは…」

「えーと、ばぁるてなんとか、ばんち? よくわからないけど、黒ずくめの全身スーツで不思議なポーズをとってくるらしいから、病院のお兄ちゃんも気をつけてね!」

「それ、普通に不審者として、警察に通報した方がいいんじゃないのかなぁ…」

 

 それから二人は、駒王町の街をしばらく歩き、その間日常の出来事について話をする。基本一誠少年が、小学校の事やミルたんの事、イリナの伝説を楽し気に語り、それに奏太が笑ったり、頬を引きつらせたりしながら聞く、のんびりとした時間を過ごした。

 

 途中で道案内のお礼だとクレープを買ってもらい、幸せな気分で一誠はかぶりつく。奏太は駒王町には住んでいないようなので、なかなか会えそうにないのが残念だが、明日イリナに今日のことを教えてあげよう、とモグモグと口を動かしたのであった。

 

「おっ、ここか。道案内ありがとうな、イッセーくん。助かったよ」

「ううん! そうだ、今度イリナも入れて、一緒にミルたんさんの家でアニメを見よう。きっと楽しいよっ!」

「えっ、うーん。まぁ、アニメを見るだけなら、いいのかな? それに紫藤さんの胃のためにも、イリナちゃんへの影響を少しぐらい抑えておかないとまずそうだし…。わかった、また今度な」

「やったぁ!」

 

 小声で呟きながらも、諸々の理由から奏太は了承を返した。そして、小さな約束を交わし、お互いに手を振って別れたのであった。

 

 

 ちなみに、後日。ミルたんの願いはどうなったのか一誠から聞かれた奏太は、遠い目をしてこう答えたという。「ビームが謎の現象で反射して、盛大に跳ね返ってきた。あれはマジでヤバかった…」と。戦闘ゲームの話だろうか? と首を傾げながら、とりあえずミルたんの願いが叶うのは、まだまだ難しいようなのは理解したのであった。

 

 


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