えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「正臣さーん。えーと、大丈夫……とは思えないぐらいに満身創痍ですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ…、うん。頭はクラクラするし、身体は至るところが痛いけど、ちゃんと生きているよ」
「うぅ…、正臣が生きていて本当によかったよぉ…」
俺達の戦いに決着が着いたからか、正臣さんは大の字になって仰向けに倒れ込んでいた。全身切り傷だらけで、火傷や裂傷まみれな姿に、見ているこっちの方が痛々しく感じてくる。クレーリアさんが嗚咽を洩らしながら、正臣さんに膝枕をし、傷の手当てを行っていた。
心配するクレーリアさんに申し訳なさそうな表情だけど、白衣のナース姿に鼻の下を伸ばして、めっちゃ幸せそうな様子なので、命の心配だけはないなと思った。正臣さん、気持ちはわかるけど今は自重しようよ。俺も手持ちの傷薬を渡しながら、大きな傷に関しては相棒の力でひっそりと治しておいた。
ちなみに、神器の能力で全回復はできるだろうけど、それはラブスター様から止められた。戦いは終わっても、まだ全てが終わった訳ではない。周囲への警戒を解く訳にはいかないため、神器の力を大っぴらに使うのはよした方がいい、と言われたのだ。それにここにはまだ、彼がいるのだから。
「痛っ、ぅぅっ…。それにしても、クレーリアがここに来た時は、本気でびっくりしたよ? 魔法が誤射したと思った時もね」
「あぁー、ごめんなさい。危険であることはわかっていたんですけど。どうしても嫌な予感が拭えなくて…」
「……いや、謝る必要はないよ。実際にあそこで助けてくれなかったら、危なかったしね。僕の不手際をみんなに押し付けてしまったのが、逆に不甲斐ないばかりだよ」
そう言うと、正臣さんは目を伏せ、複雑そうな表情を隠すことはなかった。あの時、俺達がたどり着いた時には、二人の戦いはちょうど佳境を迎えるところだったのだ。
紫藤さんの聖剣を折ることに成功した正臣さんが、最後の一撃を見舞おうとしていた瞬間。それに勝った! と俺は拳を握りしめたが、まさか幻術でクレーリアさんの姿を紫藤さんが映し出すとは思っていなかった。ラブスター様が言っていた、正臣さんだからこその弱点に言葉を失ってしまう。
だって、いくら幻影だとわかっていても、自分の一番大切なヒトを躊躇もなく傷つけられる訳がない。彼女のために全てを懸けることを選んだ正臣さんなら、なおさらだ。俺だって、もしラヴィニアの幻影をあんな風に見せられたら、きっと動揺するだろう。むしろ、それが人として当たり前だと思う。戦う者としてそれは、甘いことなのかもしれないけどさ。
「……まったく、とんでもない切り札を隠していたものだね。八重垣くん」
「……紫藤さん。気が、ついたんですか?」
「あぁ。……安心するといい。さすがの私も、もう動けないよ。お腹も痛いし…」
会話をしていた俺達に話しかける様に、離れた位置で正臣さんと同じように倒れ込む男性の目が開く。俺達の一撃が決まったことで、さすがの彼も意識を失って倒れた。その間に、ラブスター様が紫藤さんの衣服にある危険物を取り除き、診断もついでに行って、彼はもう動けるような状態じゃないと判断されたので、そのまま寝かせておいたのだ。
あとラブスター様から、「カナくん、神器で彼の胃の穴だけはなんとかしてあげて」と、ものすっごく申し訳なさそうに言われて、無言で頷いてやっておいた。大悪魔様が悲哀を浮かべるレベルって…。紫藤さん、あの戦闘でどんだけ胃にダイレクトアタックを受けていたんですか。癒していた相棒の「うわぁー」な思念も、俺の中で印象的でした。
とりあえず、今回空いたらしい複数の穴だけは、なんとか疑似回復させることができた。肩の傷も心配だったけど、「胃はやばかったけど、これなら死ぬことはない」とラブスター様に言われたので、簡単な処置だけを施しておく。念のために、魔法で拘束だけはしているけど、彼の目にはもう敵意は一切宿っていないように感じた。
そんな俺達の視線に、疲れたように笑った紫藤さんは、次に俺の方へゆっくりと視線を向けてくる。それに、ちょっと肩がはねてしまった。でも、彼にとって俺ほどイレギュラーな存在はいないのだから、気になるのは当然か。
「それで、キミは何者だい?」
「えっ、えーと、魔法少女のミルキー・レッドです。正臣さんとクレーリアさんの愛のエネルギーに引き寄せられて、力を貸すことを選んだ通りすがりの希望の使者です」
「……答える気はないというか、本気でその設定で今回の件を押し通す気なのかい。というか、なんで正体を隠すのに選んだのが
すみません、大変だろうけど勘弁してください。あとついでに、スーパーロボットも追加でお願いします。
「えっと、あの…。正臣さんと戦う気は、もうないんですよね?」
「聖剣も折られ、身体も動かないんだ。物理的に無理さ」
「……紫藤さん」
「それより、八重垣くんはこれからどうするんだい? 私を倒したことは称賛に値するけど、教会はキミの粛清を諦めないだろう。これから先、ずっと世界からキミたちは狙われ続けるんだ。私程度に足元を掬われた八重垣くんに、本当に彼女を守り切れるのかい?」
紫藤さんが口にした問いは、正臣さんを嘲るような色はなく、ただ純粋な疑問として問いかけているような気がした。どこか寂し気でいて、それでいて哀しみを帯びているような声音。それに正臣さんは視線を彷徨わせ、彼への答えを探すが上手く言葉にできず、口を噤んでいた。
「八重垣くん。キミのその甘さを正さなければ、いずれはキミの命を、そしてキミの愛する者の命も奪われるかもしれない。世界は決して優しくはないんだ。その覚悟が、キミにはあるのかい?」
「それは、僕には…。だけど……」
あれ、えーと。どうしよう? せっかく一番の山場だった戦闘が終わって、一件落着的な雰囲気だったのに、空気がものすごく重い。紫藤さんはどこか哀しみを感じる目を正臣さんに向けているし、正臣さん自身は彼の言葉を聞いて葛藤しているのか、血の気のない顔がさらに具合悪くなっている。クレーリアさんは、自分の幻影が正臣さんを追いつめてしまったからか、思いつめた表情を浮かべていた。
そんな様子に、俺は溜息を吐いてしまう。三人共、すごーく悩んでいるけど、俺からしたらもう難しいことは後で考えて、今は「生きているって素晴らしい!」でまとめちゃっていいじゃん、な気持ちでいっぱいだ。こんだけ大けがして死にかけた日に、わざわざ重たいことを考えなくても、もっとすっきりした日に改めて考えた方が良くない? だって、本気で今日一日、ハードってもんじゃなかったよ?
冥界でディハウザーさんのストライキから始まって、クレーリアさんが教会に攫われて、駒王町の粛清が始まっちゃって、その所為で魔法少女をやらざるを得なくなって、ロボが襲撃してきて、ラストに紫藤さんとのガチバトルで勝利するって、どんだけ急展開に次ぐ急展開だよ。もうお腹がいっぱいです。素直に寝かせて欲しいぐらいだ。
「あのー、紫藤さん。質問なんですけど、甘いのってそんなにいけないことなんですか?」
「……何?」
そんななかなか進まない展開に、思わず口を開いた俺の声は、予想よりも大きく静寂の中で響いてしまった。紫藤さんは俺から質問されたことも、その内容にも驚きを浮かべているようだった。正臣さんとクレーリアさんも、俺の方へ顔を向け、目を瞬かせている。
「その甘さによって、八重垣くんは私に粛清されそうになっていたんだよ。だから――」
「でも、正臣さんはちゃんと生きているじゃないですか。確かに今回はそれで危ない目にあいましたし、今後もそれで危ない目にあうかもしれません。だけど、それと同じぐらい、もしかしたらそれ以上にその甘さがあるからこそ、救われることだってあるかもしれないでしょう?」
「何を言って…」
「だって、俺がここにいるのは、俺が二人を助けるために必死になって頑張ったのは、正臣さんやクレーリアさんのそんな甘さに惹かれたからです。駒王町にいるみんなの優しさに触れて、みんなの温かい気持ちに触れて、友達になりたいって心から思えた。そんな人達だから、俺は自分にできる全てで救いたいって思ったんです」
確かに彼の言う通り、甘さを持つのは危険だと思う。そんなのこの裏世界に入って、耳にタコができるぐらい俺だって聞かされてきた。ラヴィニアにも言われたけど、甘さを捨てることが必要な時もあるだろう。だけどさ、何も今すぐに全てを捨てる必要なんてないじゃん。甘さは、決して悪いだけじゃないって思うから。
『カナくんの考えは確かに甘さです。でも、傷つけたくないってカナくんの思いに、私は好感が持てますよ』
俺がこの事件に介入することに迷いを捨てられたのは、そんなみんなの甘さが大好きだったからだ。クレーリアさんは明るくて優しくて、誰よりも周りに気を配れるけどおっちょこちょいな笑顔の似合うヒトで。正臣さんは愛に一途で真面目で、いつも一生懸命に頑張っているけど空回りして失敗してしまう困った人で。ルシャナさんはそんな二人のバカップルっぷりに呆れながら、華麗なるチョップで方向を正してくれる頼れる女王様で。ベリアル眷属のみんなは、自分達にできることを頑張って取り組んで、みんなを支えてくれる縁の下の力持ちって感じのヒト達だった。
アジュカ様にも言われたけど、この世界は決して綺麗事だけで回るような世界じゃない。優しさが、仇で返されることだってあると思う。努力が報われないことだって、たくさんあると思う。でもだからって、それで何もかも諦めて受け入れるのはおかしいと思うのだ。死ぬかもしれないから捨てろ、ってやっぱり暴論だよ。もし相棒がいなくなったら、俺の死亡フラグが減るから安全に取り外してあげるよ? とか言われても、絶対に断固拒否するね。
それに、紫藤さんの語る激甘の筆頭は間違いなく俺なのだ。悪魔の王様に、強欲とまで言われた人間だぞ。そんな俺の我儘の結果が、今この瞬間なのである。もし俺にこの甘さがなかったら、クレーリアさんと正臣さんの死を仕方がないことだったと受け入れて、諦めて見捨てていたということだ。そんなの、ふざけるな。
そんな生き方をして、何が楽しいんだよ。生きていたらそれでいい、なんて人間なんかいるもんか。俺はバカで甘ちゃんだけど、だからこそ俺の望む道をみんなで切り開くことができたんだ。それで死ぬことだってあるかもしれないし、滅茶苦茶怖い目にだってあうこともあるかもしれないだろう。だけど、これこそが俺の生き方なんだって、自信を持って言うことができると思うのだ。
それに、もし本当にヤバくなったら、プライドを捨ててみんなに泣いて縋って助けてもらうぐらいには、俺ってば意地汚いからね。追い詰められた弱小人間の強かさを嘗めるなよ。どこへだって誠心誠意頭を下げて、全力で助けてもらいますので。受けた恩もしっかり返せるように頑張ります。
「正臣さんの甘さの全てを、俺は悪いことには思えません。世界が優しくないからって、本人も優しさを忘れちゃったら、本当にこの世界から救いなんて消えちゃうじゃないですか」
「だけど、それで失ってしまっては、結局…」
「もちろん、対策を立てるのは必要ですよ。俺だって、友達が死んでほしくなんてないですから。それでも、もし正臣さん達の持つ甘さが、今回のように二人に牙を剥くというのなら、……その甘さを救うために、俺は何度だって二人のために立ち上がるだけです」
仮面越しだけど、真っ直ぐに相手の目を見据えて告げる。だって、そんなの俺が嫌だから。二人が笑い合える幸せな未来を、俺自身が望んでいるのだ。そんな俺の言葉に、紫藤さんの目が見開かれた。
「俺は、『今の』クレーリアさんと正臣さんが好きなんです。大切だと思っているんです。だったら俺は、俺の大切なものを守るだけですよ。一人じゃ駄目なら、みんなでなんとかできないかって、精一杯に頑張ってみせます」
「……今の彼らを守るために、できることを」
だいたい足元を掬われるというけど、正臣さんって元からうっかりミスをやらかすというか、人が良いというか、日常生活関連が不器用すぎる男性ですからね。今更甘さを捨てたぐらいで、果たしてなんとかなるレベルなのだろうか。そこんところ失礼ながら、ちょっと心配になってしまった。
「まぁ、アレです。つまり、今回のことは今回のことでしっかり反省して、次に生かしましょう! ってことですよ」
「そ、そんな軽く」
「いいじゃないですか、それでも。それにその甘さを捨てた紫藤さん相手に、最後に勝ったのは俺達なんですから甘さの勝利ってやつですよ。強い相手には、今後もみんなで囲んで張っ倒していきますからっ!」
そんな風に拳を振り上げて宣言する俺だったのだが、何だかポカンと口を開けて見つめてくる三人に、思わず目を瞬かせてしまう。あれ、そこまで変なことを俺は言ったか。確かにアホなことを言っているかもしれないけど、それでも俺達が今回の事件の勝利者であることは間違いないのだ。たくさんのヒト達の手によって、繋げることができた未来なのである。
今後もこんな風に上手くいく保証なんてないけど、間違いなく俺にとって今回の件は、一つの大きな自信となり、胸を張れる誇りとなった。友達の笑顔を守れたことが、すごく嬉しかった。同時にたくさんのヒト達に、文字通り迷惑をかけまくったから、反省点はいっぱいあるけど。しばらくはお礼参りの日々が続きそうです。
「……っく、ふふっ、はっ、ははははっ! くっ、ゲホッ、コホッ…!」
そんな俺の言葉に呆然としていた空間に、堰を切ったような笑い声が響いた。今度は俺の方がそれに驚き、目を白黒させてしまう。正臣さんとクレーリアさんも、突然笑い出した紫藤さんに同じような視線を向けている。彼は笑いと一緒に血の混じった咳をゴホゴホ吐きながら、それでも収まらない笑い声をあげていた。
「はぁー、なるほどね。これは確かに、とんでもない神にも等しい奇跡だ。本来なら叶うはずのない夢物語が、こんな小さな子どものプレゼント一つで、ここまで覆されてしまった。信じることの大切さが、諦めずに立ち向かう勇気が、不透明で見えないはずのその想いこそが、我々の思惑を打ち破ったという訳か…」
一頻り笑い終わった紫藤さんの目は、先ほどまでの昏い色を無くし、痛みからか涙が滲んでいるような気がする。どこかすっきりとした様子に、彼の中で何かしらの答えが得られたのかもしれない。俺はその変化に全然ついていけなくて、血を吐いているのに大丈夫かとアワアワしてしまっていたけど。
「……八重垣くん、クレーリアさん」
「は、はい」
「私の負けだよ。先ほど私が告げたことに嘘はない。正直、キミたちだけなら心配だった。だけど、今のキミたちならなんとかなるような気がしてきたよ。根拠なんて全然ないはずなのに、本当に不思議な気分だ。……二人共、良い友達を持ったね」
『……はいっ』
初めて優しさを帯びた紫色の瞳が、二人のこれからを祝福するように細められる。剣士として、教会の戦士としての敗北を認めた紫藤さんは、まるで憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべていた。それに、正臣さんは目に涙を溜めながら、噛みしめる様に返事を返している。クレーリアさんも、紫藤さんへ向けて深く頭を下げていた。
「ふむ、どうやら本当の意味で、こっちも一件落着って感じかねぇ」
「あっ、ラブスター様。おかえりなさい。それで、向こうの方は……」
「大丈夫、彼には宝石伝手で成功の連絡を入れておいたよ。向こうも
紫藤さんを撃破して、クレーリアさんと正臣さんの無事を確認した後、メフィスト様は冥界のアジュカ様やアザゼル先生と連絡を取りに行っていた。俺の肩へ跳び乗ったラブスター様と小声で話をしながら、ホッと安堵から息を吐く。アジュカ様やディハウザーさんなら、きっと古き悪魔達から勝ちを拾ってきてくれるだろう。ラヴィニアたちも、怪我がなかったようで何よりである。
「それじゃあ…」
「あぁ、駒王町側も冥界側も問題ない。まだ全ては終わっていないし、後始末もたくさんあるけど、ここから先は僕たち裏方の役目さ。教会側との交渉も含めてね」
堂々と胸を張って顛末を語ってくれるラブスター様の言葉が、少しずつ俺の心に染み渡っていく。そっか、後はもう裏側の仕事だけだというのなら、俺にできることは全部やり遂げることができたってことなんだ。
「だから、もう安心したらいい。キミは、友達を見事に助け出すことができて、そして彼らと一緒に笑っていられる未来を、ちゃんと掴み取ったんだよ」
温かい声音で、俺の頬を優しく撫でてくれるメフィスト様の言葉に、俺は一瞬頭が真っ白になる。怒涛の展開の連続で麻痺していた感覚が、改めて彼の告げた事実を実感として感じ取っていく。その意味が頭に浸透していくと、やり遂げられた実感が心へ伝わっていくと、じわじわとした波が俺の中に生まれた。
ポトリッ、と不意に感じた濡れた感触に、自分の手の甲に落ちた水滴に目を落とす。それにより、目尻から零れていた涙が、頬に止めどなく流れた。
「あっ、うっ……」
「うん、大丈夫だよ。もう泣いていいんだよ。キミはそれだけ頑張ったんだから」
あの時、三ヶ月前に駒王町のみんなと初めて出会った時と同じように、自分の目尻から流れる涙が止まらなかった。羞恥心とかそんなの感じられないぐらい、爆発したように膨れ上がった感情が、思考なんて全部放り出してしまう。メフィスト様が横からハンカチを出して涙を拭いながら、俺の傍に寄り添ってくれた。
ずっと、怖かった。俺の持つ知識が、まるで自分を責める様に訴えかけてくるようで。
でも、そっか。俺、ちゃんと最後までできたんだ。頑張れたんだ。いろんな感情や思いがごちゃごちゃになってしまって、上手く表現することができないけど、今は胸に広がるこの嬉しさを素直に喜ぼうと思う。前世とか関係なく、今は感じるままに子どものように泣こうと思った。
この感情が落ち着いたら、きっとこの涙も止まって、もう大丈夫だと思うから。ちゃんとしっかり前を向いて、いつも通り笑って進むことができるだろうから。
原作の十年前に起こるはずだった悲恋の物語。それは、一人の子どもの介入によって大きく形を変え、世界の流れを変えてみせたのであった。
――――――
「やっ、初めましてだねぇ。僕は魔法少女達の可愛いマスコットである、『大いなる愛の化身、ラブスター』だよ。改めてよろしくね」
「あぁー、はい。もうそのあたりの疑問に関しては、潔く諦めることにします。……あなたもあの子も、八重垣くん達と直接関わりなどなかった、愛のエネルギーというものに引き寄せられた、ただの通りすがりの魔法少女なんですからね」
しばらくして泣き止んだ少年は、目を真っ赤にしながらも、すっきりとした笑みを浮かべることができた。紫藤トウジとの間に出来ていた今までの蟠りを解くように、正臣達は暫し会話をしていたが、施設の入り口にスーパーロボットが迎えに来た知らせを受ける。紫藤トウジは、色々な意味で泣きそうな顔になっていた。
さらにそこへ、ミルキー・イエローがみんなを迎えに来る。正体を明かせないため、何も語ることはできなかったが、ミルキー・イエローは大好きな牧師さんの無事に大粒の涙を流しながら、ただ抱きしめた。その後の胃壁のバランス・ブレイクでゲルった彼に槍さんを一発見舞うそんな一幕が無事に終わり、怪我人である正臣を支えながら、奏太とクレーリア達は先に出口へと向かったのだ。その後ろ姿を、紫藤トウジは静かに見送っていった。
教会の戦士としての今までの全てを懸けて戦い、そして彼らの絆に負けたのだ。敗者として、勝者の今後を見守ることを彼は選んだ。教会側からは叱責を受けるだろうし、追放まではいかずとも、自分達の立場は悪いものになってしまうだろう。今まで築いてきた実績も、無へと変わってしまうかもしれない。家族や部下には、苦労を掛けてしまうだろう。
だが、彼はそれを受け止める。無くなってしまったのなら、また新しく築いていけばいい。『信じる勇気』についてもう一度考えながら、教会の戦士としての自分をまた一から作っていこう。妻と娘にはしっかり頭を下げて、部下たちの今後を自分に出来る範囲で支えていく。そんな風に、今後の身の振り方や後始末の大変さに遠い目になっていた紫藤トウジの前に、一匹のハムスターが現れたのであった。
「ハハハッ、そういうことにしておいてくれるとありがたいねぇ。……心の整理は、出来たみたいだね」
「おかげさまで。……どうやら今回の件は、
「僕たちは、ただちょっと手を貸しただけだよ。彼らを救うために、ずっと頑張ってきたのはあの子だ。あの子の努力とやらかしが、僕たちの予想すら超えたハッピーエンドを、それを作り出すために必要ないくつもの結晶をかき集めたんだよ」
カラカラと笑い声をあげるハムスターに、紫藤トウジは痛む身体を傍にあった椅子に倒しながら、ゆっくりと肩を竦めてみせた。自身や他者の甘さすら受け止めて、それでも立ち向かってみせると告げた紅の少年。本来なら、失笑されてもおかしくない妄言の類いと思われる言葉だ。だが、少年はそれを実現させてみせた。この『世界』へ向けて、結果として悪魔と教会に見せつけてみせたのだ。
彼と、そしてそんな彼を支える周りが、正臣達にはついているのなら、本当にこの世界で幸せに生きていくことができるのかもしれない。そんな根拠もない希望だが、紫藤トウジはそれを信じてみたくなった。悪魔と聖職者という思想や立場や種族も違う二人であっても、それすらも乗り越えて生きていけるはずだと。この世界のルールなど関係なく、彼らの今後を見守りたい、と心から思えたのだ。
「うんうん、やっぱり今のあなたになら任せられそうだねぇ」
「……? いったい何を」
「言っただろう、僕たちの予想すら超えたハッピーエンドへの道を、あの子は作り上げたんだって。ここまであの子が頑張って、お膳立てをしてくれたんだ。なら、その期待に応えてみせるのが、僕達のやるべきことじゃないか」
小さなハムスターが告げる話の内容に、紫藤トウジは困惑を浮かべる。だが、自分の予想すらも超えたハッピーエンドへの道、という希望に胸が熱くなった。もし、本当にそんな道があるのなら。何もできなかった自分が、八重垣正臣とクレーリア・ベリアル、そして二人の友達だと告げたあの少年のために、何か出来ることが少しでもあるのなら。例えどんなに小さなことでも、彼らの力になりたかった。
それが、紫藤トウジが願う素直な感情。彼らのおかげで、受け止めることができた自らの『甘さ』であった。
「大したことはできないかもしれませんが…。私で力になれるのなら、お話を伺いましょう」
「あぁ、よろしく頼むよ。それに上手くいけば、キミたちの処分も軽くできるかもしれないしねぇ」
「それは……」
「紫藤くん、ずる賢く生きるのも時に大切だよ? どうせなら、キミたちも便乗したらいい。その方が、八重垣くんもあの子も喜ぶだろうしねぇ」
さらっと軽い口調で言われたことに、紫藤トウジは暫し唖然と口を開いたが、仕方がなさそうに笑みを浮かべた。同時にあの少年は、いったいどこまでのことをやらかしたのだろう、と少し遠い目にもなる。八重垣正臣だけでなく、自分達も含めて、教会側を納得させるだけのものを用意するって、明らかに普通じゃない。
目の前にいるハムスターを含め、あの少年の背後には、自分の予想を超えるような大物がいる気がする。それも複数、と彼の長年の勘が告げていた。八重垣正臣とクレーリア・ベリアルが、あの少年と出会ったことで、これだけの奇跡を起こしたのだ。ある意味で、その得体のしれない末恐ろしさに冷や汗が頬を流れた。
「……八重垣くん、苦労しそうだなぁ」
そんな少年と友達になり、これからを共に生きていくことになるだろう息子へ向け、心からのエールを送る。たぶん、あの少年に関わっているだけで、ものすごく大変な目にあう気がする。そんな確信が起こるが、ぶっちゃけ正臣の自業自得なので自分でなんとか頑張れ、と紫藤トウジはその心配を明後日に放り投げたのであった。
「それにしても、彼らが喜ぶからという理由で、敵だった私たちにも手を伸ばしてくれるとは…。あなたも、だいぶお人好しなのですね」
「……いやぁー、僕の場合はあの子たちほど純粋な気持ちじゃないよ。ただちょっとうちの子がやらかしちゃった、あれやこれやへの詫びやその他諸々も含んでいるから、気にしなくていいというか…。これで許してあげてほしいというかねぇ……。……もう本当に、うちの子がすまなかった」
「えっ」
視線を微妙に逸らしながら、結構マジなトーンで言われた謝罪に、紫藤トウジの頬が引きつる。おそらく大物だろうと考えられるハムスターから、本気で謝られるとか、自分は知らない間に何をやらかされたんだ。深く考えたら、また胃に穴が空きそうだったので、彼はハムスターへ向けて無言で頷き、それ以上追及することをやめたのであった。