えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六十七話 希望

 

 

 

『あ、あのね、ルシャナ。私、好きな人ができたの』

 

 きっと、始まりの言葉はこれだったと思う。頬を赤く染め、恥ずかしそうにはにかんだ親友の姿。だけど、どこか不安げに告げる彼女の様子に、ルシャナは勇気づけようとまずは我が事のように喜んだだろう。同時に、不埒な野郎だったら、絶対に別れさせてやる、とも心の中では思っていたが。それでも、嬉しそうに、幸せそうに話す幼馴染が微笑ましくて、全力で応援しようと考えた。

 

 彼女を支えるために、自分は女王になったのだ。その彼が、もしディハウザー(シスコン)にボコられそうになったら、まぁ面倒ぐらいは見てあげよう。彼女の幸せが、自分の幸せでもあるのだから。

 

『待って、クレーリア! その人、教会の人間じゃないっ!! そんなの許される訳がないッ!!』

 

 次は、否定の言葉が蘇った。その彼を見極めるために、クレーリアに連れてきてもらった男性を見て、ルシャナは息を飲んだ。以前、駒王町の管理者であるクレーリアと領土関係で話し合いに来ていた、教会の戦士であるとわかってしまったからだ。

 

 その時は彼を強制的に帰し、クレーリアをそれはもう説得した。どれだけ自分が非常識なことをしているのか、危険なことをしようとしているのか、眷属達みんなで彼女を止めようとしたのだ。それでも、彼女が『教会の人間としてではなく、彼を見て』と泣きじゃくる姿に、ルシャナ達もあまり強く言えなくなってしまった。彼女を泣かせたい訳じゃなかったから。

 

 だから最初は、彼女の言う通り彼を見て、見極めるつもりだった。彼女の言う通りちゃんと見て、クレーリアにはやっぱり相応しくない、と言うつもりで。クレーリアと彼――八重垣正臣との関係を見守ることにしたのだ。眷属達も最初の頃は彼に刺々しく、ルシャナも彼に対しては辛辣な態度を取っていただろう。

 

『……何をやっているのですか、あなたは』

『あっ、ルシャナさん。その、クレーリアに何かプレゼントを渡そうと思ったんですけど、何を渡せば喜んでくれるかなって』

『あなた、女性が好きなものもわからないんですか』

『……砥石あげたら、喜びますか?』

『なんでですか!?』

 

 そうして見続けた彼は、……はっきり言ってクレーリアに相応しいかと聞かれれば、NOと答えたくなるような男だった。まず、悪魔の貴族であったクレーリア以上に、世間知らずだった。教会の戦士として生きてきた彼は、一般常識のあたりがどこかズレている。天然なのか、素なのか、わからない惚け具合に、一直線で真っ直ぐで素直過ぎる性格、さらに何事にも不器用な姿。彼が失敗する度、溜息を吐いた回数なんて数えきれない。

 

 しかし、そんな失敗した彼を、クレーリアは優しく見守り、一緒になって取り組みだすのだ。その姿が本当に楽しそうで、幸せそうで、彼も彼女も本当に温かく笑っていて。気づいたら、彼らに否定的だった眷属達も一緒に笑い、彼らの輪に入ってしまっていた。

 

 そしていつからだろう、ルシャナ自身もその輪に入っていたのは。恋を知ったクレーリアは、それでも今までの彼女と変わっていなくて、当たり前のように一緒にいてしまって。そこに加わった彼は、いつもクレーリアのために一生懸命で、空回りをしていて。そんな彼と一緒に馬鹿をやる彼女を、いつものようにチョップして、方向転換させて。……それが、当たり前になっていった。

 

『うぅー。ルシャナってば、王に対してひどいよっ!』

『あなたが王らしくないからでしょう』

『まぁまぁ、そんなに厳しくしなくても…』

『あなたもです』

『あぐゥッ!?』

 

 負けた。素直にそう思ってしまった。だって、この空間が心地よく感じるようになってしまったから。彼が空回りして、彼女がそれに笑って、二人で幸せそうに笑い合う姿をみんなで見て、それに呆れて笑ってしまう……そんな日々を。馬鹿馬鹿しくて、どうしようもないはずなのに、尊く感じてしまった時間を。

 

 

 だから、決めたのだ。たとえどんな障害があっても、彼女の周りがどれだけ否定しても、私たちは二人を見守ろうって。この優しい時間を、思わず笑ってしまう空間を、壊してしまわないように。それがどれだけ難しい事なのか、自分の頭ではわかっていても、もう理屈じゃないのだ。ルシャナ自身の心が決めた、彼女だけの誓い。

 

 ベリアル眷属の女王として、幼馴染として、彼女の親友として、クレーリアの恋が実るように。ただ、それだけを願い続ける。それが、彼女の幸せでもあるのだから。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……みんな、僕から離れないようにしていてくれ」

「八重垣さん…」

 

 険しい表情を隠すことなく、それでも八重垣正臣は臆することなく、絶望の前に剣を向けていた。エクソシスト達の言う通り、彼は仲間を見捨てられない。それがどれだけ無謀な事なのかわかっていても、彼は最後まで我を通すために戦い続けるだろう。それだけの覚悟を、彼はもう己に誓ってしまっているから。

 

 ルシャナはそんな彼の背中を見つめ、しばし逡巡した。本当にこれでいいのか、と自問自答を繰り返す。悪魔やエクソシスト達への攻撃を、足手まといである自分達を守りながら正臣が行う。その結果訪れる結末なんて、……考えなくても答えが出る。激しく鳴る心音とは逆に、冷静な己の思考は、自分達がどうするべきなのかにたどり着いてしまった。

 

 だからこそ、彼女は悪魔達から正臣を庇うように、自ら前へと進み出た。

 

 

「……逃げてください、八重垣さん」

「ルシャナ、さん?」

 

 絶望的な状況に響いた声は、澄んだ覚悟を決めたものだった。ルシャナ自身、自分でもこんなに落ち着いた声が出せたことに驚く。それでも、もうこれしかないとわかってしまったから。クレーリアの恋を応援すると心から決めたあの日から、少しずつ覚悟だけはしてきた。

 

 本当は泣き出したい。恐怖に震える身体を抱きしめたい。それでも、自分の心に誓ったのだ。自分勝手で、身勝手かもしれないけど、それでも彼女にとっては大切なものだから。たとえ『世界』を敵に回したとしても、願い続けようと決めた思い。ルシャナは、自分が頑固なことを知っている。だから、絶対に曲げたくないもののためなら、勇気を持って立ち向かえる。この命を懸けてでも。

 

「何を言って!? そんなことをすればっ……!」

「ここで固まっていても、結果は全滅です。あなたには、クレーリアを救って、幸せにする役目があるんです」

「それは、僕だけじゃできない! キミたちも一緒にいなかったら、彼女は」

「甘えないでください。……あなたは、この頑固な私がクレーリアの隣にいることを許した男なんですよ。シャキッとしなさい」

 

 こんな時でも、甘いことを言う彼に、ルシャナは小さく笑う。最後まで心配をかけさせてくる二人に、仕方がないように叱る自分。もっとそんな二人を見ていたかった。みんなと一緒に笑い合いたかった。そしていつか、こんな頑固な自分を愛してくれるヒトを見つけてみたかった。

 

 このバカップルどもを見ていると、なんか一人の女として悔しくなってくるので、もうこれは女としての意地だ。絶対にいつか、……良いヒトを見つけてやる予定だった。

 

「みんな、女王としての……最後の指示です。各々、エクソシスト達へ向かっていきなさい。私は、あの悪魔を止めます。全力で、彼への道を作りますよ」

「……ッ!?」

「彼が逃げきれたら、各自の判断で逃げなさい。その時は、私があなたたちを逃がす時間を作れるように頑張るから。だから、どうか生きなさい。……不甲斐ない女王で、ごめんね」

 

 零れそうになった涙をこらえながら、ルシャナはいつものように気丈な口調で笑ってみせる。そんな彼女へ向け、ベリアル眷属達もくしゃくしゃになった顔で笑い返した。そして、彼女たちは力強く立ち上がり、それぞれが己の役目を果たそうと前を向き合った。

 

 正臣はそんな彼女たちの顔を見て、気づいてしまう。彼女らは誰一人として、ここから逃げる気なんてないのだと。クレーリアを救うために、八重垣正臣のために、命を懸けて道を作る気なのだと。

 

 

「やめてくれ、こんなっ……」

「八重垣さん、約束ですよ」

 

 歯を鳴らす正臣へ振り返ったルシャナは、綺麗に微笑んだ。ベリアル眷属を代表して、自分達の思いを彼に託すために。

 

「クレーリアを、絶対に幸せにしてくださいね」

「――――」

 

 正臣が咄嗟に伸ばした手は、ルシャナに届くことなく――空を切った。

 

 

『あぁぁああぁぁぁッーーーー!!』

 

 ベリアル眷属達か、正臣か、誰の声なのかも、もうわからない中、彼女たちは同時に駆け出した。それぞれが武器を、魔力を、その手に宿して。

 

 自分達の実力では、彼らに勝てないのはわかっている。だけど、出来ることはある。本当に小さすぎて、すぐにでも消えてしまうような、そんな小さな力だけど。それでも、きっと希望を残すことはできるから。

 

「ハァァッ!」

 

 ルシャナの放った魔力の炎は、一直線に悪魔へと向かっていった。バアル派の悪魔はその炎に眉を顰めると、虫けらを払うように魔方陣を展開し、力の差を見せつけるためか同じ魔力の黒炎を生み出した。

 

 そのまま彼女の炎を飲み込んだ黒炎がルシャナに向かっていくが、予め予想していた彼女はそれを間一髪で避ける。背後で燃え盛る火に背を向け、再び悪魔へと肉薄した。

 

「無駄なことを」

 

 再度、魔力を使った攻撃を仕掛けようとした彼女へ、悪魔は指先に魔方陣を展開し、それを地面へと向ける。すると、彼が指差した地面が突如盛り上がり、駆け抜けようとしたルシャナの鳩尾に向かい、土の塊が吸い込まれていった。

 

「――あっ、ガァッ!?」

 

 不意打ちに近い攻撃に、小さな身体は衝撃に浮き上がる。身体をくの字に折り、喉の奥から血が溢れる。それでも態勢を立て直さなければ、と腹に突き刺さった土塊を払いのけ、踏みしめようとした足が、……地面に届くことはなかった。

 

「ほら、捕まえた」

「……ッア、…!」

 

 突然強い握力で掴まれたことによる、後頭部への痛み。悪魔は彼女たちの奮闘を嘲笑うかのように、その命の無意味さを教えてあげようと、さらに魔力によって力を籠める。

 

 ギシギシッ、と鈍い音を立てる女王の頭を、林檎を握り潰すような気分で、綺麗な鮮血へと変えようとしたその手は――

 

 

「……ッ!?」

 

 一陣の突風のような鋭い剣閃によって、突如遮られる。悪魔は目を見開き、咄嗟にルシャナの頭から手を離した。もしあと数秒でも遅ければ、彼の腕は切り落とされていただろうほどの速さ。その威力に内心冷や汗をかきながら、悪魔はその剣閃の主を見とめる。そして、その正体に気づくと、次には嘲笑を浮かべた。

 

 長い黒髪を後ろに一括りにした、長身の男性。彼は血を流すルシャナをその腕で抱き留めると、鋭い殺気を隠すことなく悪魔へと向ける。右手に構えた刀は真っ直ぐに悪魔を射抜くように向けられ、一歩でも悪魔が近づけば斬ることを示すほどの気迫がそこにはあった。

 

 

「八重垣さんっ…! どうし、てッ……!?」

「ハハッ、ハハハハハッ! やはり愚かな男だったようだな、貴様はッ!! せっかくそこのゴミ達が時間を稼いでくれていたというのに、それすらも無にするとはっ! 自ら、そいつらが作った希望を消し去ったかッ!!」

「…………」

 

 悪魔の嘲笑を受けても、正臣の表情に一切の変化はなかった。それよりも彼は、腕に抱くルシャナへと顔を向け、一瞬泣きそうな顔になったが、すぐにその相貌は戦士のそれとなる。ルシャナへ自分が着ていたコートを着せ、そっと地面へと降ろした。そして彼は悪魔と相対するように、刀を振りぬいた。

 

「八重垣さん、お願いっ…! 今、からでも、いいからッ!! はや、く……!!」

「クククッ! いいぞ、逃げても。その時は、そこの女は肉片一つ残さず消え去っているだろうがなァッ!」

 

 己の勝利を確信している悪魔は、楽し気に正臣を挑発する。きっと彼は、醜く歪んだ表情をしているだろうと、弱者としての惨めな選択に後悔しているだろうと、面白おかしく嘲笑った。ルシャナは必死に正臣を逃がそうと、彼の足に縋りつこうとしたが。

 

 

「……ルシャナさん、落ち着いて。もう大丈夫だから」

「えっ?」

 

 そんなルシャナと悪魔の言葉などどこ吹く風で、正臣は落ち着いた様子で、優し気に語り掛ける。さらに、この状況でどう説明したらいいのか、どこか困っているような様子に、ルシャナは正臣の足を引っ張っていた手を思わず放した。

 

「ごめん、助けるのが遅れて。本当に僕は、いつももう少しのところで大事なものを見失おうとする。クレーリアも、紫藤さん達も、ルシャナさん達も、誰一人なくしちゃいけない大切な人たちなのに」

「八重垣さん……?」

「強がりを。何が、大丈夫だ。この状況で、もう希望などない貴様らがッ……!」

「あるよ、希望なら」

 

 そういって、正臣はポケットから黒いインカムのようなものを取り出す。それが何なのか、ルシャナも悪魔もわからなかった。

 

「ルシャナさんがいつも言うように、僕ってどこか抜けていてさ。あの子にずっと返そうと思って、ポケットに入れたままにしていたんだけど、それを今まで忘れてしまっていたんだ」

 

 ルシャナの目が見開かれる。傍にいた彼女だからこそ気づいた。正臣の持つそれが、通信用の魔道具であることを。そして、『あの子』という言葉の意味を。

 

 紫藤トウジと八重垣正臣が、歩道橋で話し合ったあの日。その日、正臣と少年は駒王町でクレーリアのためのプレゼントを買いに行っていた。後ろからの援護は得意だから、と正臣に買い物のアドバイスをするために彼から借りた物。それが彼と正臣達を繋ぐ、希望への絆に変わる。

 

 

「焦っていた僕の耳に届けてくれたんだ。『大丈夫』っていう、特大の希望をね」

 

 

 紫電が、鳴り響いた。雪と共に降り注いだ稲光は、まるで追尾するようにエクソシスト達に突如として降り注ぎ、傷ついた他の眷属達から引き剥がしていく。

 

 突然の奇襲にエクソシスト達は驚愕を表し、態勢を立て直すために集まり、全方位を警戒し出す。悪魔も信じられない出来事に絶句し、何かを知っているのだろう正臣を睨みつけた。

 

「あり得ないっ…! 貴様らに仲間などいるはずがッ!?」

「……さてね。もしかしたら、クリスマスプレゼントに、可愛い小さな妖精さんが、奇跡のプレゼントを届けてくれただけかもしれませんよ」

「戯言をォォッ!!」

 

 己の予定通りに進まない事態に、悪魔は苛立ちから咆哮をあげる。正臣とルシャナを諸共消し飛ばそうと、怒りのまま魔力を練り上げようとした悪魔は――

 

 

「ミルキィィィィィィィィ・サンダァァァァァァァァァ……」

「はっ?」

 

 突如、背後から感じた言い知れない覇気に、寒気すら感じる闘気に、動きを止める。

 

「クラッシャャャァァァァァァァァッッーー!!」

 

 そして、恐る恐る後ろを振り返った悪魔の頬へ、ハート模様の雷を纏った拳が振り抜かれた。境界すら抉るような鋭いラブリーパンチは、バアル派の悪魔を紙屑のように吹き飛ばし、轟音と共に公園の壁へと埋没させる。バチバチッ、と悪魔が吹き飛んだ軌跡に紫電が走り去り、その悪魔のような威力に、正臣もエクソシスト達も慄いた。

 

 

「い、いったい、何が起きたんだ?」

 

 あまりにも一瞬の出来事に、この場にいる全員が呆然と立ちすくむ。何が起こったのか、まるでわからない。あの悪魔を一瞬で吹っ飛ばした威力もそうだが、いつの間にそこに現れたのかもわからなかった。暴風のような一撃によって雪と土埃が舞い散っているため、陰しか見えないが、何か得体のしれない覇気を纏った破壊神がそこにいることだけはわかった。

 

「えーと、確か…。『なんだかんだ?』と聞かれたら、『答えてあげるが世の爆散!』と答えるのでしたでしょうか?」

「ラ……、えっと、ミルキー・ブルー。それ、違うアニメの口上だよ」

「えっ? むぅ…、まだまだ勉強不足なのです」

 

 すると、彼らの耳に小さな足音と一緒に、場違いな二つの声が響き渡る。徐々に晴れていく雪景色に現れたのは、三つの人影。天を貫くような長身の破壊神の影の後ろから、さらに二つの小柄な影が映し出される。声の高さや身長から、彼らが子どもらしいことに、エクソシスト達に困惑の感情が広がった。

 

 だが、正臣とベリアル眷属には、その小柄な影が誰なのかの見当がついていた。ルシャナの目は安堵から涙が零れ、傷ついた眷属達は眩し気に影を見つめ、正臣の目に再び強い光が宿る。

 

 悪魔が張り巡らせた絶望の檻に、今――希望の使者達が舞い降りた。

 

 

「でも、ミルキー・レッド。魔法少女に名乗り口上とポーズは必須だみにょ。魔法少女の登場シーンは、必殺技を放つ時と同等の気合いを入れるものみにょ」

「えっ……? いや、でも、ミ……ミルキー・イエローが、悪魔をいつの間にかぶっ飛ばしちゃったとはいえ、まだあの人達だって残っているし、そんな時間は…」

「それは駄目なのですよ、ミルキー・レッド。この魔法少女魔法を最大威力と速度で放つためには、魔法少女の名乗り口上とポーズが必要条件なのです。これをしなかったら、発動比率が70%も落ちてしまうのですよ!」

「なんで魔法少女の登場シーンで、70%もかけているんだよッ!? 衣装着ないとまともに魔法が発動しないとか、何なんだよこの条件ッ!!」

「だって、それが魔法少女なんだみにょ」

 

 なんか突然揉めだした。味方も敵も戸惑いから、お互いに顔を見合せて「どうしよう?」と目で語りだす。あまりにも訳の分からない状況に、逆に動けないでいた。

 

「さぁ、いきますよ皆さん! 時間は待ってはくれないのですから!」

「あ、まっ…! 心の準備というか、俺のお腹が急に痛くッ……!? 相棒、こんな時に過保護を発揮して、すぐに胃痛を消してくれなくてもいいよっ!!」

「みにょ! 問題なくなったみたいなので、いってみるみにょっ!!」

「あぁぁぁ……、うん…」

 

 そして、彼らの姿を覆い隠していた雪と砂が晴れ、ついに彼らはその正体を現した。

 

 

「我らこそ、愛と正義の使者にして、きらめく魔法で極悪怪人を滅殺しちゃう希望の光! 『ミルキー・ブルー』参上なのですっ☆」

 

 雪だるまの髪飾りをつけて、金色の髪をツインテールにした仮面の少女が、青いハートのエフェクトを辺りに散らしながら、くるりと華麗に一回転し、マジカルステッキ片手にピースサインを見せる。ノースリーブの純白の衣装に、水色のふんわりとしたリボン付きスカート。青地の妖精の羽のようなマントをはためかせた姿は、彼女のための衣装とでも言いたくなるほど、少女によく似合っていた。

 

 可愛らしい妖精のような謎の仮面少女が突然現れ、全員の目が点になった。

 

 

「純粋な愛を守るため、健気な思いを救うため、助けを呼ぶ声あれば、我らはどこからでも駆けつけるみにょ! まばゆい魔法で凶悪魔人を撲殺しちゃう癒し系!『ミルキー・イエロー』参上みにょっ☆」

 

 フリルのついたカチューシャと猫耳をつけて、黒髪のツインテールをたなびかせた仮面の巨人が、黄色のハートのエフェクトを乱舞させる。巨木のごとき太さの上腕と胸板の筋肉を震え上がらせ、マジカルステッキを一薙ぎして、轟音と共に大地を衝撃で割った。

 

 ピチピチで張り裂けそうな純白衣装から筋肉が主張をし、可愛らしい黄色のフリルスカートから覗く、女性の腰回りよりも太い足がクレーターを作る。背中にオレンジ色の巨大なリボンをアクセントにつけた姿は、もう言葉に言い表せないほどの破壊力とでも言いたくなるほど、地上最凶の漢の娘だった。

 

 全てを破壊する化身のような闘気を纏った謎の仮面語尾生物が突然現れ、全員が圧倒的存在感に戦慄した。

 

 

「ぜ、絶望に嘆く、うっく…、世界を塗り替え、希望の、光で世を照らすためっ、我らは今日も愛を、届けるっ…。ときめく魔法で…、ひっく、余計な事したやつら覚えていろよ、と色々消滅させてやる志をこの胸に秘める! 『ミルキー・レッド』参上ォッ☆」

 

 フリルのついた赤い小さな帽子を頭につけ、黒の短い髪を持った仮面の少年が、赤いハートのエフェクトを発生させながら、マジカルステッキを片手に涙声でビシっとポーズを決める。他の二人に比べると布地の面積は多いが、肩口が開いた赤い薄手のポンチョを身に纏い、ひらひらの明るいパレオのような衣装から覗く、何かしらの必死の抵抗の表れなのか、ズボンがちらりと見えた。首に巻かれて背中に垂れ下がった赤いマフラーが雪風に揺れる姿は、この子大丈夫だろうかと言いたくなるほど、そろそろ本気で泣き出しそうだった。

 

 訳の分からないことの連続で泣きたいのはこっちだよ、と言いたくなるような謎の仮面少年が突然現れ、全員が混乱から遠い目になった。

 

 

『愛と勇気と希望の、正義の味方! この神秘の国ジパングで、轟く愛の力をエネルギーにして、輝く未来をみんなにお届けっ! 魔法少女ミルキー☆カタストロフィ! あなたの頑なな心と世界を粉々にぶち壊しに参上ォッ(みにょ)☆』

 

 最後の決め台詞は、三人揃ってそれぞれが決めポーズをバッチリと晒す。魔法少女達の背後からカラフルな煙幕がポポンッといくつも現れ、虹色に光り輝く流れ星のような可愛らしいエフェクトが、色鮮やかに辺りを照らしだした。

 

 あまりにも特大過ぎる希望の登場に、誰もがついて行けず、この唐突な展開を呆然と眺めるしかない。さっきまで漂っていた空気や何やらは、間違いなくカタストロフィされたのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 こうして、駒王町に理不尽の代表格(魔法少女)が燦然とした輝きを放ちながら、舞い降りたのであった。

 

 


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