えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第五十九話 ストライキ

 

 

 

「ねぇ、ソーちゃん。このお星様は一番上でいいのかな?」

「えーと…、うん。お星様は天辺だって、おねーさまに教えてもらったもん」

 

 二人の幼い少女が部屋の中を行ったり来たりしながら、キラキラとした飾りを手に頭を捻らせる。長い紅色の髪に、エメラルドグリーンの瞳を持つ少女――リアス・グレモリーは、金色に輝く星の飾りを手に持ち、困ったように上を見上げた。

 

 彼女の目の前には、自身の兄がリアスのためだと張り切って人間界から取り寄せた最高級モミの木(子ども用)が堂々と鎮座していた。ちなみに、クリスマス用に十メートル級の巨大モミの木もしっかり用意してあり、そちらは家の庭にサーゼクス自ら切り取ってきた木を、すでに植えていたりする。

 

 リアスの視線と言葉から、友達が困っている理由を察したもう一人の少女は、口元に手を当て、知的な相貌を曇らせる。黒髪にアメジストの瞳を持つ少女――ソーナ・シトリーも、リアス同様に視線を上に向け、小首を傾げながら唇を尖らせた。

 

「……リーアちゃん、もう羽で飛べる?」

「えっと、おにーさまから大人がいるところじゃないとまだ危ないからだめって…」

「私も、おねーさまから同じことを言われている…」

 

 お互いに目を合わせると、二人して表情が暗くなる。今まではなんとか二人で協力して、目の前のモミの木に飾り付けをすることができたのだが、さすがに天辺だと椅子にのぼっても届かない。幼いリアスたちの二倍以上はあるモミの木。電飾や綿で彩られた中、リアスの手の中にある星だけが寂しそうに輝いていた。

 

「リーアちゃんのおかーさまを呼ぶ?」

「だめっ! ソーちゃんと二人でツリーをピカピカにして、みんなをびっくりさせようって決めたじゃない。お仕事が終わったおにーさまと、ソーちゃんのおねーさまにも見せようって」

「うん、リーアちゃんと二人で出来たって言ったら、絶対にびっくりするよね、って思って。でも……」

 

 サーゼクス達が年末の仕事で出かけた後、グレモリー家へ遊びに来たソーナを巻き込んで始まったリアスの案。去年の冬のこの時期。サーゼクスの眷属である沖田総司から聞いたイベントであり、そしてソーナの姉であるセラフォルーが、魔法少女関連でイベントに興味深々だったこともある関係で、昨年行われたクリスマスパーティー。それを今年も行うことが決まったため、二人の少女はカレンダーを見ながら胸を弾ませていたのだ。

 

 そんな時、去年家族に自分用のクリスマスツリーが欲しい、とお願いしていたリアスは、自分の部屋に届けてくれたモミの木を見て思いついたのだ。自分のツリーなのだから、自分で飾り付けをしたいと。ソーナを誘ったのは、彼女もグレモリー家のパーティーに参加することが決まっていたからである。ソーナと二人で出来たところを見せたら、喜んでくれるかもしれないし、みんなからすごいと褒められるかもしれない。ちょっと悪戯っ子な笑みを浮かべながら、好奇心にワクワクするリアスに、ソーナも姉に褒められるという未来を想像して、一緒に彼女の案へのっかったのだ。

 

 幸い、去年のパーティーの記憶を思い出せば、飾りの位置はわかる。二人で息を合わせて、相談をしながら、一生懸命にここまで仕上げたのだ。それなのに、ようやく最後の飾りとなったところで、大人の手を借りることになるのは嫌だった。そんなリアスの気持ちは、ソーナも同様にわかっている。しかしだからといって、天辺に星のないツリーというのが、味気ないこともわかる。リアスとソーナは、なんとかならないか、と頭を捻らせあった。

 

「……飛んでもばれないかな?」

「だめだよ、危ない事をしたら怒られちゃうよ。リーアちゃんのおかーさまなら、絶対にどうやってお星様を天辺にのせたのか聞いてくるもん」

「確かに、おかーさまなら聞いてきそう。もしおねーさまにもバレたら、ものすごく怒られちゃう…」

 

 リアスの母、ヴェネラナは普段は優しいが、怒ったら誰よりも怖い。そして、リアスの義姉に当たるグレイフィアは、こういったことに関しては特に厳しい女性だ。すごいと褒められたいし、喜ばせてあげたい、と考えている二人にとって、怒られることをするのは本末転倒である。

 

 そんな悩める少女達の部屋の扉から、コンコンとノック音が鳴った。

 

 

「姫様、ソーナ様、炎駒(えんく)でありまする。ヴェネラナ様からのお頼みで、お二人の様子を伺いに参ったのですが、入室しても構いませぬか?」

「えっ、炎駒!? あっ、その…、い、今はだめなの! 今はだめッ!」

「う、うん! ま、まだ終わってないから…」

「……ふむ?」

 

 扉の先で、サーゼクス・ルシファーの眷属の兵士である炎駒は、思案したように目を細めた。このように入室を拒否されたということは、おそらく中で隠れて何かをしているのだろう。しかし、しっかり者のソーナも一緒であることから、危ないことをしている訳ではないと考えられる。

 

 赤い鱗に東洋のドラゴンと似た顔、鹿のような馬のような胴体を持ち、中国の伝承などでよく知られる縁起の良い神聖なる生き物。麒麟と呼ばれ、このグレモリー家の守護を任されているのが、炎駒だった。不思議そうにしながらも、子どもたちの考えに理解のあった炎駒は、まずは素直に引くことを選んだ。

 

「わかり申した。では、いつ頃なら伺っても?」

「えーと、いつ頃になるのかな…」

「リーアちゃん、やっぱり私たちだけじゃ無理だよ…」

「……ふむ。もしかしてではありますが、姫様方。何かお困りな事があったりしませぬか?」

 

 幼子の声音から、うっすらと感じ取った困惑の感情。炎駒が優し気に、好々爺のように語りかけてみると、扉の奥の少女たちはそれを肯定するように、無言の沈黙で答えた。

 

「なれば、この炎駒。姫様方のお力添えになれはせぬでしょうか?」

「……でも、大人には内緒で頑張って、喜んでもらおうと思っていたから」

「それは、良き事であります。では、私は決して皆には言わぬとお約束致しまする。それに、私は悪魔なれど麒麟。ヒトではありませぬ故、姫様のおっしゃる大人には入らぬ、ということで一ついかがであろうか?」

「えっ? えーと、ソーちゃん。炎駒って大人に入らないの?」

「うーん、どうなんだろう…。でも、困っているのは本当で、誰にも言わないって言ってくれたよ?」

「そう、かな? ……炎駒、助けてくれる?」

「もちろんであります」

 

 その後、ゆっくりと恐る恐る開けられた扉へ、炎駒は音を立てないように慎重に中へ入る。二人から事情を聴いた炎駒は、快く二人を自分の背中に乗せ、子ども達の手で最後の星の飾りを取り付けさせた。出来上がったクリスマスツリーに喜ぶ幼子を、炎駒は微笑ましそうに眺める。それからお礼も兼ねて、リアスは麒麟の頬を手で優しく撫であげた。

 

 

「ありがとう、炎駒。これでおにーさまがお仕事から帰ってきたら、びっくりさせられるわ!」

「ええ、誠に。姫様の頑張りに、主も喜ばれることでありましょう」

「おねーさまもびっくりしてくれるかなぁ…。――あァッ!?」

「えっ、ソーちゃん?」

 

 頬を赤らめてにやついていたソーナが、立てかけられている時計を目にして、慌てたように声をあげる。普段から大人しい幼馴染の驚き様に、リアスと炎駒は目を白黒させた。ソーナはリアスの部屋にある映像端末を見つけると、彼女の腕を引っ張って連れて行った。

 

「ソ、ソーちゃん!?」

「おねーさまの出る番組、もうすぐ始まっちゃう! 『今日はスペシャル番組だから、ぜひ見てね☆』っておねーさまに言われていたから、リーアちゃんと一緒に見ようと思っていたのっ!」

「ほっほっ、セラフォルー様が出られる番組でありまするか。確か、『まほーしょうじょ』と呼ばれる、天使や堕天使、ドラゴンや聖職者などを滅殺する悪魔の特殊殲滅部隊の名でしたかな。姫様、あのお方の戦闘技術は、大変参考になりましょう。今後の修練のためにも、ご一緒にご覧になられてはいかがであろうか?」

「えぇ。おねーさまは、悪魔のためにいつも戦って下さっているのよ」

「み、見るのはいいんだけど…。『まほーしょうじょ』って、子ども向けのアニメだとおにーさまから伺っていたのに、そんなにも危険なしょくぎょーだったの……?」

 

 炎駒の間違っているようで、『マジカル・レヴィアたん』の番組的には間違っていない説明と、お姉様大好きなソーナちゃんの瞳の輝きに、リアスはたじろぎながらもついて行くことにした。炎駒はヴェネラナへ魔方陣の通信で問題ない事を伝えた後、せっかくなので冥界の子どもの文化を知ってみよう、と一緒に腰を下ろす。二人と一匹は端末の電源を入れて、モニターの前でしばし待つことにした。

 

 そうして、そんなワクワクする子どもたちの目の前に現れたのは、灰色の髪と鳶色に似た暗めの色彩を持つマントを身に纏った男性。その傍には、金髪と桜色の髪の男女が共に声を上げていた。突然のことに目を瞬かせた少女達は、とりあえずチャンネルを変えてみるが、全ての番組から同じ映像が流れていることに気づく。炎駒はいち早く只事ではないとわかり、落ち着くようにリアスたちを宥めた。

 

「……あっ! この男のヒト、知ってる。確か、レーティングゲームのこーていだわ!」

「本当だね…。でも、どうして?」

「皇帝の傍にいるのは、第二位と第三位であるか。この者たちが動くような大事、おそらく主は知り得ぬ事態、……情報が足りぬ。姫様方、しばし彼らの声明をお聞かせいただきたい」

「う、うん」

 

 普段はおっとりと丁寧な口調の炎駒が厳しい表情を見せたことに、先ほどまで騒いでいた二人も、魔王の妹として混乱する心を落ち着かせるように努める。真剣な眼差しで皇帝の言葉を聞き逃さないように、全員の視線が端末へと向けられた。場所はおそらく、アグレアスの庁舎前の公園。皇帝は右手にマイクを持ち、左手を会釈の形にしてモニターに向けて頭を下げていた。

 

『ごきげんよう、冥界の皆さん。ディハウザー・ベリアルです。突然の中継に驚かれたことでしょう。現在、全ての放送をジャックし、この映像を映しています。また、大きな街では私たちの眷属が、上空にてこの映像を流していることだと思います』

「えっ!?」

「……事実のようですな。今、ベオウルフ殿の通信から、グレモリー領の上空に同じ映像が流れているとのこと。ジオティクス様とグレイフィア様が街に向かい、私はここでヴェネラナ様と姫様達と共に家で待て、とのお達しでありまする」

「おとーさまとおねーさまが…?」

 

 同じ主の兵士である仲間からの連絡を、炎駒は二人へ告げる。今まで現実味がなかったが、さすがにグレモリー家の当主と、今はグレモリー家のメイドとして働いているが、魔王の妻であるグレイフィアの二人が動くことに、リアスは目を見開いて事態の深刻さを幼いながら察する。おそらく二人は、上空で映像を流しているらしい彼らの眷属の下へ向かったのだろう。モニターの中の王者は、真剣な表情で続きを話し出した。

 

『何故このようなことを私たちが行ったのか。今から、皆さんにお伝えしなければならないことがあったからです。それは、――レーティングゲームの闇だ』

「ゲームの、闇…?」

『今から皆さんにお見せするのは、とある情報筋から私に手渡されたものです。私はその情報によってレーティングゲームの裏を知り、それに見て見ぬ振りをすることなんてできませんでした。私は…、レーティングゲームの王者として、ゲームを愛してきた者として、運営が今まで行ってきたことを許すことができなかったっ……!』

 

 考え込むリアスの隣で、ソーナは憧れだったレーティングゲームに闇があったことに口元を手で押さえた。信じられない気持ちだが、それを語っているのがトップである皇帝なのだ。しかも、彼の隣にいる第二位と第三位も、皇帝の言葉を否定せずに佇んでいる。

 

 拳を握りしめ、悔し気に歯を食いしばる皇帝の目尻には、薄っすらとだが涙が見えたような気がした。その悲痛さを感じさせる彼の言葉と表情は、ゲームや番組では見たことがない悲しみに暮れる顔。皇帝の本気と悲しみと怒り。幼いながらも聡明であったソーナはそれらを感じ取り、ゲームに闇があることが真実であると確信し、じっとモニターを凝視し続けた。

 

『本来、皇帝であり、今年最後のゲームをもうすぐ行うはずの私が、このような騒ぎを起こしてはならないでしょう。しかし、ゲームに大きな不正があることを知りながら、このまま知らない振りをすることなんて、私にはできなかったのです』

「ゲームに、不正が? 嘘、だって…、ゲームは悪魔にとって、犯してはならないものだって言っていたのに…」

「爵位持ちの悪魔が参加するゲームだから、実力で家の格を競いあったり、実戦けーけんを育てたりするためにも使われる、っておねーさまに教えてもらったわ。だから、厳格な審判だって行われるはずなのに」

「まさか皇帝殿は…」

 

 炎駒は主であるサーゼクスが、古き悪魔達やレーティングゲームについて苦虫を噛んでいた姿を思い出す。彼は王の駒や、ゲームの不正について何も知らない。しかし、主の様子から何かしらゲームに裏があるのだろう、とは思っていた。その裏を、おそらく皇帝は知ってしまったのだ。それが今回の騒動の原因だと察し、考え込むように炎駒は視線を下に向けた。

 

 サーゼクスを含めた四大魔王は現在、バアル大王との会談を行っている。彼らがいるのは、アガレス領のアウロスであるため、アグレアスで行われているこの騒ぎにいち早く気づくはずだ。しかし、すぐには動くことができないだろう。魔王はゲーム関係に関しては、上層部に追いやられている状態。もしこれが古き悪魔達の失態で起きたことなら、彼らは自分たちの手で隠蔽しようと、魔王の介入を最後まで拒否し続ける。魔王がゲームに介入するという事実を作れば、今後のゲーム運営に影響を与えると恐れて。

 

 すぐに古き悪魔達の手で鎮圧される程度の規模なら、冥界に混乱は起こるだろうが、元凶である皇帝たちへの厳しい叱責だけで済まされるだろう。彼らの人気を考えれば、運営が下手に処罰などを下すと、民衆からバッシングを受けるであろうから。運営は今回のことを皇帝の誤解だと改めて発表し、民衆を納得させようと動き出すだろう、と炎駒は上層部の考えを推測した。

 

 しかし、もしも上層部だけで皇帝を止めることができない規模だった場合……、確実に冥界全土が大混乱するだろう。サーゼクス達が早期に介入しようとしても、古き悪魔達は決してそれを許さない。上層部が自分達では皇帝を止められない、とようやく判断を下してから、魔王に救援を要請して初めて介入ができる状態なのだ。

 

 それほどまでに、魔王はレーティングゲームと切り離されてきた。古き悪魔達は力を持っていた。魔王の眷属である自分たちも、迂闊に動くことはできないだろう。

 

「……冥界は、荒れるかもしれぬ」

 

 もし、そうなれば…。魔王が介入できる頃には、もう冥界は皇帝の指し示す色へと塗り替えられてしまっていることだろう。炎駒はモニターに映る皇帝の目に決死の覚悟を感じ、先ほど己が考えた未来を思い、やるせなさに目を伏せた。古き悪魔達は自分たちの権威と保身のために動けば動くほど、逆に自らを追いつめる結果になるのだから。

 

 

「炎駒? 何か言った?」

「いえ、何でもありませぬ。ご安心を、姫様方。例え何が起ころうと、この炎駒。皆様を必ずお守り致しまする」

 

 この場で自分が行うべきことは、主の大切なものをこの命に代えても守ること。子ども達を、家族を、グレモリー家を、この領を守るのが炎駒の使命。他のルシファー眷属達も表立っては動けないが、それでもそれぞれができることを行っていることだろうから。

 

『では、見ていただきたい。私が手に入れた、運営が行ってきた不正の証拠を!』

 

 そうして、モニターから流れてきた数々の運営が行ってきた不義理は、……長年生きてきた炎駒でさえあんぐりと思わず口を開けてしまうぐらいのものだった。あっ、これは運営を擁護できない。皇帝が上層部である古き悪魔達に対して、ここまで強気の姿勢に出られた理由を察してしまい、冷や汗が流れた。

 

 裏金をもらってランキング操作をするシーン。ランダムで決まるはずの対戦相手やゲームルールを、彼らが気に入らないプレイヤーが負けるように細工していたシーン。転生悪魔や成り上がりの貴族悪魔を嘲笑い、ゲームで負けさせるように彼らのコンディションを下げようと様々な邪魔を行っているシーン。政治的な理由を盾に、ゲームでわざと負ける様に唆すシーン。

 

 小さな悲鳴が上がる。リアスとソーナから発せられたか細い声、将来自分達が参加しようと考え、夢に見て信じてきたゲームの本当の姿。爵位持ちが参加するゲームである故に、家や政治的な側面があることは、幼いながらも二人はわかっていた。いずれグレモリー家とシトリー家の代表として、名を背負っていくことも。それなのに、そんな少女たちの覚悟を塗りつぶすように映し出される、運営による過剰なまでのランキング操作。

 

 実力があればどんな悪魔にだって、夢を叶える資格があると謳っていたはずのレーティングゲーム。生まれや能力に、優劣があることは事実だ。不平等があることも否定しない。それでも、レーティングゲームには夢と希望があった。それを信じて、突き進んできた転生悪魔や下級貴族の悪魔も多いのだ。ゲームが古き悪魔達によって支配されているとわかっていたが、彼らも運営として越えてはいけない線引きは理解しているだろうと考えていた。

 

 しかし、さすがにこれはやりすぎだ。裏があると思いながらも黙認していた貴族とて、ここまで古き悪魔達に私物化されていたことは想定していなかっただろう。魔王の眷属として政治に理解のある炎駒が、「こりゃダメだ」と思うほどに酷いのだから。諦めが彼の目を遠くしていく。

 

『……これらの映像は、全て本物です。まだいくつかの証拠を私は握っていますが、それらは過激な内容も多いため、冥界全土の民衆全員に見せるのは酷だと考え、ここではお見せできません』

 

 瞼を閉じ、悲し気な声で真実を伝える皇帝の言葉は、数々の証拠に言葉を失い、沈黙していた冥界全土に静かに響き渡る。そこに、桜色の悪魔が前へ足を踏み出し、美しい動作で頭を下げた。

 

『ごきげんよう、冥界の皆さん。……ここからは、私――ロイガン・ベルフェゴールからです。ディハウザーが言った不正を行っていたのは、レーティングゲームの運営……、そして、私やビィディゼ、他にも数人のトッププレイヤーもです。先ほど見せた映像の一部は、私たちから彼に提供をしました』

「えっ……?」

『私たちは、運営からゲームのランキング操作に協力するように言われました。私やビィディゼは、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)です。家の特色として、現政府には関わらないと決められていました。しかし、私たちは政府が公認しているレーティングゲームへ、どうしても参加したかった。だから異端だと言われようと、家との縁を切り、反対を押し切ってこの世界に入ったのです。……しかし、家の助力がない私たちは、貴族としての後ろ盾が何もない状態でした』

 

 辛そうに目を伏せ、唇を噛みしめるロイガンの告白に、怒涛の展開に誰もが口を噤み、静観を努める。ロイガンは胸に手を当て、モニターへ向けてさらに言葉を重ねた。

 

『ゲームの実力ではなく、家の後ろ盾がない事で私たちは苦しい時期を過ごしました。……そんな私たちを救ってくれたのが、運営だったのです。実力を示すことで周りに認めさせろ、と家の援護のない私たちを守ってくれました。今の私たちがいるのは、運営のおかげだったのです』

『しかし、それは…。実力のあった私たちに目を付けた運営側が、後のために恩を売るためでした』

 

 ロイガンの言葉を引き継ぐように、ビィディゼは優雅に頭を下げ、沈痛な面持ちで表情をゆがめた。

 

『ごきげんよう、ビィディゼ・アバドンです。……私たちがレーティングゲームのランキング上位に名を上げ出した頃に、再び彼らは現れました。今まで私たちを支えたのだから、その恩に報いろと。断るのなら、今までの援助をなくし、ゲームから追い出す。……私たちに、断る選択肢などありませんでした。それに、彼らに恩があったのは事実。私とロイガン以外の者たちも、理由は違えど運営と切り離せない関わりがあり、それを盾に使われました』

 

 ロイガンとビィディゼの不正の告白に、多くの衝撃が冥界に走った。プレイヤーの邪魔だけじゃない、プレイヤーそのものを運営が操って、ランキング操作をしていたのだ。彼らはそれからも自分たちが行ってしまった不正の事実を語り、一拍して二人はモニターに向けて深々と頭を下げた。

 

『私たちは、プレイヤーとして許されないことをしました。応援してくれていた、大切なファンの思いも裏切ってしまっていました…。今私たちが語ったことも、ただの言い訳に過ぎないのかもしれません。それでも、どうか謝らせてください。レーティングゲームのプレイヤーとして、私たちを支えてくれたファンの皆さんを騙してしまったこと、申し訳ありませんでした』

『本当に、申し訳なかった…。私たちは間違いを犯してしまった。……しかし、真実を知ったディハウザーに間違いは正すべきだと、私たちは諭された』

『私たちの行いを、許せない方々もいるでしょう。ですが、どうかやり直すチャンスを、私たちに下さい。新しいレーティングゲームを作るための、夢や希望を抱き挑むレーティングゲームを本当に実現するために。……ディハウザーなら、皇帝ならそれができます!』

 

 貴族として気品に満ち、常に堂々と振る舞っていたビィディゼは、弱弱し気に肩を震わせ、拳を強く握りしめる。凛とした雰囲気と気丈な面を常に見せていたロイガンは、一筋の涙を頬へ流す。初めて見る彼らの弱さを知り、長年彼らのファンとして支えてきた民衆の心に、その姿は強く印象に残った。

 

 自ら不正を告白し、心を入れ替えて今度こそ冥界のみんなが信じるレーティングゲームを作ってみせる。ロイガンたちの宣言を聞き、怒涛の真実に絶望し、呆然としていたプレイヤーや民衆は、本当にそんなことができるのかとモニターへ向けて、恐る恐る顔を上げた。

 

 告白を終えたロイガンとビィディゼは、静かに後ろへ下がり、再び皇帝がマイクを片手にお辞儀を見せる。冥界中が注目する中、ディハウザーは威風堂々とした姿を晒し、己の存在を焼き付ける様に声を張り上げた。

 

 

『今、真実を知り、絶望を感じている方がたくさんいると思います。あなた方と同じ気持ちを、やるせなさを、私も同様に思い知りました。知った当初は、レーティングゲームをこのまま続けることに、本当に価値があるのかと疑いさえしました。実力者の育成のために、冥界の未来のために、己自身のために、大切なもののために、『夢』を与えてくれるはずだったレーティングゲーム。だが、これが夢を謳うゲームの真実だった』

 

 はっきりと響き渡るように流れる皇帝の言葉に、憧れや夢を見失ったリアスとソーナの目に涙が浮かぶ。しかし、次に彼の口にした問いかけが、冥界の流れを動かした。

 

『だが、――それは果たして本当に真実なんでしょうか? ゲーム自体に本当に希望がないと言えるのでしょうか?』

「えっ…?」

『今のゲーム環境は、皆さんに見せた現状通りです。ですが、ずっとこのままで本当にいいのですか? 私たちが興奮し、涙し、努力し、仲間と築き上げてきた時間を。喜び、怒り、哀しみ、楽しんだレーティングゲームへの思いを。ただの無駄な行為だったと、夢を諦めてしまって本当にいいのですか?』

 

 皇帝は抑揚をつけず、淡々と冥界へ問いかける。このまま終わってしまっていいのかと。ゲームへと向けていた情熱を、ここで諦めてしまって本当にいいのかと。

 

 皇帝の放送に驚き、アグレアスの庁舎前に集まっていたプレイヤーや民衆の多くが、その言葉に今までの悪魔生を振り返り出す。レーティングゲームは一人で戦うゲームではない。冥界全土に選手の情報や試合内容が発信され、ファンと共に築き上げてきた歴史がある。

 

 仲間と共に連携し、知恵を出し合い、それぞれの夢を叶えるために駆け抜けてきたプレイヤーとしての日々。試合を見て心を震わせた時間や、憧れのプレイヤーを応援し、自分も一緒にゲームへ参加しているような高揚感を感じさせてくれたファンとしての日々。それらが無駄だったと、これからに意味がないのだと、簡単に諦めてしまっていいのだろうか。それで自分は納得できるのだろうか。

 

 レーティングゲームのプレイヤーになった理由など様々だ。自分のため、家のため、実力を磨くため、権力のため、娯楽のため、胸に宿す思いは違えど、誰しもが目指す目標を持っていた。ゲームに夢を見てきたのだ。拳を握り締め、皇帝の問いかけに否定を返すように、プレイヤーたちの目に光が宿りだす。民衆の目は皇帝へ一心に向けられ、強い決意がうかがえた。

 

 ディハウザーは公園に集まっていた者たちの目を見ながら、大きく左腕を広げ、今度は魂を震わすほどの大音響で、再び冥界全土へ問いかけを行った。

 

『問おう、冥界のプレイヤーよ! レーティングゲームに夢を見ていた者たちよ! レーティングゲームをここで終わらせてしまって、本当にいいのかを! 我々が信じていたゲームは、ただの夢物語だったのだと、諦めてしまって本当にいいのかっ!? ……私たちが、愛し、信じ続けていたレーティングゲームを、ただの運営の遊び場で終わらせてしまうことに、悔しくはないのかッ!?』

 

 この皇帝の問いが、冥界の流れを完全に決定づけた。彼の問いかけを皮切りに、民衆の叫びが次々に起こり、冥界全土を揺らし出す。自らが信じた夢を守るために、答えを見つけたプレイヤーと民衆は、自らも戦うと立ち上がりだしたのだ。

 

『私は、レーティングゲームを変えたいっ! もっと多くの者と、私はゲームを楽しみ、そして戦いたいっ! 新しい可能性をたくさん見つけていきたい! レーティングゲームを、冥界の皆さんと共に愛していきたい! だから、私はこの『レーティングゲームの聖地(アグレアス)』で声を上げ、ゲームの闇と戦うことを選んだのですっ!』

 

 おそらく古き悪魔達側だったのだろう者たちが、慌てて皇帝を抑えようと行動するも、周りにいた民衆の熱気に追い払われる。むしろ、皇帝を止めようとする者を、民衆は自らの敵対者のように見つめ出すほどだ。興奮状態の民衆を刺激したら、自らが危険だと感じ取り、保身一番な古き悪魔達側の者たちは、お互いに責任を擦り付け合い、右往左往するばかりだった。

 

 

『……しかし、私一人で戦うには、ゲームの闇は深すぎました。私一人が声を上げても、運営にもみ消されるだけだろうと。だから、ベルフェゴール殿達に協力を頼み、この場を用意させてもらったのです。私一人では、彼らに勝てません。……先ほど私が告げた真実を知れば、冥界の皆さんを混乱させてしまうとわかっていました。しかし、私には彼らと戦う力が足りなかった。だから、考えたのです』

 

 皇帝は騒ぎを制止するように、片手を民衆の前に突き出す。それだけで、興奮状態だった民衆は全員口を閉じ、彼の言葉の続きを待った。誰もが口を閉ざし、一歩も動くことができない。今この瞬間、皇帝ベリアルは冥界全土を支配していた。

 

『私一人では戦えないのならば、私と志を同じくする仲間と共に戦えばいいのだと。ゲームに夢を持つ仲間と共に、私たちを支えてくれたファンのみんなと一緒になら、ゲームを変えられるのではないか、と思ったのです。……私のこの考えに、身勝手だと感じられた方もいるでしょう。プレイヤーとしての視点だけで、貴族としての考え方では決してありません。しかし、それでも私は変えたかった。みんなの夢を、ゲームを守りたかった』

 

 ディハウザーは静かに一滴だけ頬を濡らすと、深々と頭を下げた。

 

『……皆さんの力を、どうか私たちに貸して下さい。レーティングゲームを変えていくために、それぞれの夢を守るために、思いを同じにして共に戦いたい。そのための力を、どうか私たちに貸していただきたい』

 

 皇帝の言葉に続き、ロイガンとビィディゼも揃って頭を下げる。最初は突然のことに戸惑っていた民衆だったが、共に夢を守るために、ゲームを変えるために戦ってほしい、という皇帝の言葉に震えが走る。古き悪魔達は、冥界の民にとっては雲の上のような存在だ。今は実力を謳う社会風潮が強まっているとはいえ、純血の貴族で、古くから生きる彼らのことを恐れる者たちも多かった。

 

 だから、皇帝が一人では勝てない、と断言したことを責める者はいなかった。しかし、冥界のみんなが力を合わせたら勝てるかもしれないのだ。現政府である四大魔王と何かと対立することが多い彼らは、常に貴族社会を主軸にした考えを持ち続けていた。大戦や内乱で数を減らし、新しい生き方を悪魔は選ばないといけない、と多くの者たちが考える中、彼らだけは純血の貴族悪魔の利権を守ることだけを考えていたのだ。それに反感を持つ者も多かったが、彼らの権威に口を噤むしかできなかった。

 

 だが、今回は違う。明らかに運営側に非があり、証拠だってある。それなのに、また今までのように泣き寝入りをするのか。権威に負け、怯え続けるのか。自分たちの夢を食い物にされて、それを享受して生き続けるなどしたくなかった。何よりも、皇帝ベリアルがいる。力強く先頭に立ち、自分たちに道を示してくれるヒーローがいるのだ。それが、民衆やプレイヤーに勇気を湧き立たせた。

 

 静寂が包み込む中で、一つの小さな拍手が起きる。それは、アグレアスに住むレーティングゲームに夢を見ていた小さな子どもからのもの。涙に顔を濡らしながら、精一杯手を叩き続けた。それから次第にその子の周りが、アグレアスが、冥界中から拍手の音が響き渡る。大きな歓声が、冥界全土を揺らした。

 

 

 

――――――

 

 

 

 グレモリー邸で今までの映像を見ていたリアスとソーナは、先ほどまでの涙をふき取り、キラキラとした眼差しで皇帝に拍手を送り、応援の歓声を上げていた。炎駒は止めようとするも、レーティングゲームに夢を見ていた幼子達の気持ちも察してしまい、屋敷で大きな声は淑女としてはしたないとだけ注意をしておく。それに慌ててお互いに口をふさぐも、二人の視線が皇帝から外れることだけはなかった。

 

 それに炎駒は、小さな溜息を吐く。これは、完全にしてやられた。もうリアスとソーナは、皇帝の考えに賛同を示している。そして、それは多くの民衆やプレイヤー達も同様に。炎駒のようにレーティングゲームに興味のなかった者も、この流れに逆らうことなんてできないほどの勢いだ。これと戦うことになる古き悪魔達に、思わず同情してしまいたくなった。

 

 もしかしたら、暴動に発展してしまうかもしれない。最初はそれを危惧していた炎駒だったが、最後の皇帝の言葉がそれを押しとどめた。彼は自らを旗頭にすることで、冥界の民に方向性を示してみせたのだ。ディハウザーの目的は、ゲームを元に戻す(変える)こと。元々、レーティングゲームは実力があれば誰にだってチャンスを掴むことができる、と謳われていたゲームだ。それを運営が掲げていたのだから、その通りにしてもらう。今までの運営が好き勝手していた現状を変え、『夢』を守るために戦うと宣言したのだ。

 

 運営は明らかな嘘で、民衆を騙していた。貴族はゲームの裏に理解があっても、民衆や転生悪魔はそんなこと知ったことじゃない。純血貴族の上級悪魔しか見ていなかった運営にとって、冥界の民や転生悪魔達を騙すことなんて何とも思っていなかった。だからこそ、いざそれがばれてしまった時、それを対処する方法など考えてすらいなかっただろう。今まで身勝手に振りかざしてきた権威が、自らの首を絞めだしたのだ。

 

「……これは、主が動けたとしても止められないかもしれぬ。皇帝殿は『間違っておらん』。魔王が皇帝を止める方が、暴動に発展するやもしれぬか…」

 

 あと、サーゼクスとセラフォルーが溺愛しているリアスとソーナが、皇帝の宣言に肯定し、応援してしまっているのだ。もし、サーゼクスが皇帝を止めたりしたら、「おにーさまなんて、だいきらいっ!」と妹に言われて、確実に後で泣き出すだろう。セラフォルーなら、ソーナに嫌われたくないと率先して皇帝を応援しかねない。政治的にまずいので、アガレス大公あたりが頑張って止めるだろうが。

 

 アジュカなら、と炎駒は次に考えたが、彼が今のレーティングゲームに一番不満が溜まっている魔王なのだ。「アジュカにまた、ゲームの愚痴を聞かされたよ」と、困ったように笑う主の姿を思い出す。オロオロする古き悪魔達を、心の中でニヤニヤしながら傍観していそうだった。「魔王がゲームに関わるな、と言ったのはそっちでしょう?」と平気で言いそうだ。ファルビウムは、下手に魔王が介入すると余計に抉れる(めんどくさいことになる)と察し、機を窺うために様子を見ることだろう。

 

「…………う、うむ…」

 

 炎駒は魔王たちの自由さに、ちょっと今更ながら遠い目になった。

 

 

『ありがとう、皆さん。それでは、早速ですが…。私たちは運営にゲームの改善を訴えるために、正当な方法で真正面から戦っていきたいと思っています』

『せ、正当な方法ですか?』

『えぇ、そうです。私たちの行いは、何も間違っていないのですから、堂々としているべきなのです。ゲームを本来の正常なかたちにするために、戦うのですからね。そうでしょう?』

『は、はい…』

 

 少し意識をとばしてしまったが、その間にアグレアスの映像は移り変わっているようだった。炎駒の一人言はモニターに集中する子どもたちには、聞こえなかったのだろう。それにホッとしながら、炎駒は再び視線を同じように移す。皇帝が笑顔で話す内容を聞き、おそらくこの映像を流しているテレビ局の記者が、マイクを片手に話をしているのだろうと察する。大変爽やかな口調で語る皇帝に、画面に映る何人かの頬が引くついていた。この皇帝、頼もしすぎてどうしよう。

 

 しかし、正当な方法? それに誰もが疑問に首を傾げていた。運営である古き悪魔達と真正面から戦える方法なんて、本当に存在するのだろうか。そんなものがあったら、魔王である主や、ゲームに介入したがっていたアジュカが考えない訳がない。

 

『これは、私がレーティングゲームのプロプレイヤーだからこそできる方法です。だから、私だけでなく、レーティングゲームに正式に参加している悪魔なら、誰もが使える権利なんですよ。なら、ここで利用しなくては、勿体ないと思いませんか。せっかく私たちを守るためにある権利なのですから』

『は、はぁ…』

 

「あっ、おかーさまから悪魔がこうしょーをする時は、権利や賃金、保険がしっかりしていないといけない、って言っていたわ」

「そうだよね。基本賃金や年金せーど、それにけんこー保険に、ろーどうきじゅんほーがちゃんとないけーやくなんて、悪魔的にありえないもの」

「……姫様方が立派に(悪魔として)成長なされていて、炎駒は大変嬉しゅうございます」

 

 世知辛い…、と心の中でちょっぴり思いながら、悪魔的には間違っていないので、炎駒は二人を褒める。幼女達は、嬉しそうに照れた。

 

『私、――ディハウザー・ベリアルはここに宣言する。私と、私たちと志を同じくするプレイヤーは、運営トップがゲームで行った不正を正式に謝罪し、今後はレーティングゲームの初志の理念を元に取り組むと決定を下すまで、プレイヤーとしての当然の権利を行使します。これらを撤回してほしいのでしたら、我々の要求に対する応えをもらいたいと思います』

 

 真剣な表情で語る皇帝の宣言は、この映像を見ている運営に向けての言葉であろう。だが、炎駒には彼らが今皇帝が言ったような決定を、果たしてちゃんと下すのか半信半疑だった。彼らのプライドの高さは、冥界の誰もが知っていることだ。

 

 これだけの証拠が揃っていても、なんとか有耶無耶にしてしまおうと、時間稼ぎや責任の擦り付け合い、裏で工作等を行っているはずだろうから。見下してきた者たちへ素直に謝罪し、誠意を見せるなんて、彼らにとって一番やりたくないことなのだ。

 

 そんな冥界中の不安や、皇帝の考えに嘲笑う運営の思考は、次に皇帝が告げた一言で完全に停止した。

 

 

『それでは、皆さん。これから我々レーティングゲームのプレイヤーは、運営が謝ってきちんと誠意を見せてくれるまで、……レーティングゲームをやめさせていただきます』

『…………えっ?』

 

 冥界全土がハモった。

 

 

『一切仕事をしません。レーティングゲームをストライキします』

『…………えっ』

 

 あっさりと笑顔で言い切った皇帝に、冥界の時は止まった。目が点になっていた。何を言っているの、このヒト? という目が皇帝に集中する。というより、現実が追いついていなかった。皇帝について行くぜ! とノリノリだったプレイヤーたちも、ぽかんと皇帝を見つめる。それにちょっぴり胃がキリキリしたディハウザーだったが、そこは皇帝ベリアル。見事な鉄壁の笑顔で乗り越えた。

 

『このような不正が蔓延する職場などで、とても今まで通りに働くことなんてできませんから。それに運営がこのまま問題を有耶無耶にしてゲームを続けたくても、プレイヤーがいなければそもそもゲームは成立しません。稼ぎ頭であるトッププレイヤーがごっそりと抜け、信頼の落ちている運営が行うゲームです。果たして運営(彼ら)だけで、どれだけ持ち堪えることが出来るでしょうか』

『…………』

『時間稼ぎなどさらに悪手ですね。自らの不始末でプレイヤーのいない状態がずっと続くなど、どれだけの損失を出すことになるか――』

『す、すみません、皇帝様。本当にすみません。……本気(マジ)ですか』

本気(マジ)です』

 

 にっこりと微笑む皇帝の笑顔に、誰もが聞きたかったことを質問した勇気ある記者は、それ以上何も言えなかった。

 

 

「ソーちゃん、ストライキって確か…」

「えーと、うん。たぶん、あのストライキだよね…?」

「もう、展開が読めぬ…」

 

 諦めに似た空気が、炎駒から漂い出す。それから一拍後、少女達や冥界全土からツッコミという名の叫び声が起こり、その大音量に古き悪魔達がいくら消そうと思っても消せなかったアグレアスの映像が、一時中断したらしい。

 

 こうして、冥界のストライキ(大嵐)は混沌を振りまきながら、始まったのであった。

 

 


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