えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第四十話 隠れ家

 

 

 

「えーと、この駅であっているよな…」

 

 今まで名前を聞いたこともなかったような駅なので、俺はもう一度クレーリアさんからもらったメモを見て確認作業をした。ここは駒王町から電車で八駅ほど離れている市街で、背の高いビルなどが立ち並んでいる。駒王町は住宅地が多い場所だったけど、こっちは仕事関係の建物が多そうな街だ。そのため、仕事へ来たサラリーマン風の人とよくすれ違った。

 

 今は平日の朝なので、それも当然だろう。俺だって本当は学校に行かないと駄目なんだけど、今回ばかりはこの時間帯じゃないと難しかったので病欠だと伝えることにした。仮病に申し訳ない気持ちが出て来るけど、そこは仕方がないと自分で納得する。

 

 メフィスト様に今回のことを伝えたら、学校や家の方はなんとかしてくれるらしいので、俺はこっちの方に集中しないといけない。あと魔法の道具や使えそうなものも借りることができた。魔法の力で一般人から認識されにくくしているので、補導されることもないだろう。

 

「このビルの並ぶ道を真っ直ぐに進むだろ、次に……うわぁ、随分街外れにあるな。クレーリアさん、よくこんな場所を見つけたよ」

 

 彼女の好奇心の強さを感じながら、俺はクレーリアさんからもらった情報を頼りに歩を進める。そういえば、もしかしたらこの場所って、原作にも出ていた所なのかもしれない。確かリアスさんたちが彼に会うために訪れていたし、ここは駒王町の近くだしな。あの方の隠れ家が駒王町の近くに二つや三つもないだろうから、同じ場所なのかもしれない。なんとも因果のようなものを感じてきた。

 

「さてと、まさかこんなことになるとは思っていなかったけど…。だっ、大丈夫だよな、たぶん。クレーリアさんも『無価値』の能力でなんとかばれずにこそこそできたって言っていたし。この時間帯なら、隠れ家にいる人も少ないはずだから」

 

 俺が向かう場所が場所なだけに、不安がふつふつと生まれてくる。だけど自由に動けるのは俺だけだし、俺の神器的にもこそこそするのに適している。好奇心で入ったクレーリアさんが無事に帰って来れたんだから、迎撃システムみたいなのはなさそうだと思う。彼女も俺がそこへ向かうことに心配を表情に浮かべていたけど、頭を下げて俺に望みを託してくれた。

 

 ビルに挟まれているからか、時々吹く冷たい風に身体が震えてくる。寒さもあるけど、やっぱり不安も大きい。俺としても、まさか彼の隠れ家へ行くことになるとは思っていなかった。それも不法侵入である。普通に恐れ多くて、超怖いお化け屋敷に行く気分だ。いや、お化け以上に怖いお方が作った家なんだけどね。

 

「四大魔王様のお一人、アジュカ・ベルゼブブ様の隠れ家か…。うぅ、どうかばれませんように……」

 

 道中で見つけた小さなお社で、パンパンと手を叩いて、精一杯祈願をしておく。今までの経験上、俺の幸運値が正直低そうな気がするので、割と必死にお願いしたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「『(キング)』の駒……」

「クレーリア、でも、『王』の駒なんて本当に存在するはずが…」

「その、すまない。僕は悪魔の駒についてそこまで詳しくないんだけど、『女王(クイーン)』や『兵士(ポーン)』といったチェスの駒を基礎としたもので、それを使うと悪魔に転生させたり、眷属にできたりする駒って認識でいいのかな?」

 

 クレーリアさんから語られた内容に、ルシャナさんは信じられないような面持ちで、八重垣さんは教会関係者だから不思議そうな表情で聞いていた。自分の中で情報を整理するためと、八重垣さんに説明する意味も含めて、ルシャナさんが簡単に悪魔の駒について口を開いた。

 

 悪魔の駒は人間界にあるチェスに見立てて作られたもの。爵位持ちの悪魔が手にできる駒の数は、全部で十五体。『兵士』が八つ、『騎士』、『戦車』、『僧侶』がそれぞれ二つずつ、最後に『女王』が一つって内容だ。他種族を悪魔に転生させることができて、転生者の能力しだいでは消費する駒の数も変わるのだ。兵藤一誠を転生させるために、リアスさんは『兵士』の駒を八つ全て使ったりしていた。

 

 そして、問題となっている『王』の駒だけど、これは世間的には存在しないものとされている。ルシャナさんの説明で、上級悪魔になるとお偉いさんのところに置いてあるという『石碑』に触ることで、『王』であることを登録するシステムになっているそうだ。『王』の駒は作成技術が確立できておらず、作ることができないとされている。だけどそれは、表側の理由であった。

 

 あっ、そうだ。ちょうど駒の話だし、少し気になっていたことを聞いてみてもいいかな。

 

 

「そういえば、その、ここで聞くのもおかしいかもしれないんですけど、八重垣さんって悪魔に転生するとかって考えなかったんですか? 悪魔になっちゃえば教会関係者じゃなくなるし、クレーリアさんとの寿命の問題もなくなりますよね?」

『えっ?』

 

 駒の話をしていたので、ふと思ったことを俺は尋ねてみた。すると、三人が三人とも驚愕の眼差しを俺に向けて来る。そんなにおかしなことを俺は言っただろうか。

 

「て、転生…。そんなこと全く考えたこともなかった……」

「考えたこともないって、八重垣さん。もし今回の件が無事に終わっていたら、今後どうするつもりだったんですか。クレーリアさんたち悪魔は、一万年ぐらい生きるのに」

 

 八重垣さんが思いっきり視線を明後日に向けた。この人本当に、今を生きている人だよなぁ…。先を考える余裕がなかったんだろうけど。

 

「聖職者を悪魔に転生させるだなんて、前代未聞ね。考えていかなくちゃいけない問題ではあるけど、でも……」

「現状、八重垣さんを転生させることはできません。理由としては大きく三つあります」

「三つもあるんですか」

 

 三本指を綺麗に立てるルシャナさんに、今度はみんなの視線が向く。彼女はこほん、と一つ咳をするとホワイトボードを用意して、先生のようにマーカーを走らせていった。さすがはべリアル眷属のブレーン。頼りになります。

 

「一つ目に、クレーリアの駒の数が足りないの。彼女があと持っている駒では、彼を転生させることができないわ。転生させるにしても、駒との相性も大切よ。八重垣さんと相性の良い駒は、おそらく『騎士』だと思うわ。でも、クレーリアはすでに『騎士』の駒を全て使ってしまっているのよ」

「駒の相性ですか…。でも、残っている駒を全部使えば、もしかしたら」

「二つ目に、これは仕方がないことでもあるけど、クレーリアの実力不足だわ」

「うぐぅっ!?」

 

 悪魔の駒で転生させるには、王の資質が左右される。要は、自分より強い人を転生させることは難しいってことだ。それができる例外に、変異の駒(ミューテーション・ピース)という本来複数の駒が必要な転生者を、一つの駒で済ます特異な駒があるけど、クレーリアさんは持っていないらしい。まぁ、あれは運が良ければ当たるようなものだし、悔やんでも仕方がないだろう。

 

 八重垣さんは教会でも名うての剣士で、いくつもの死線を潜り抜けてきた人物。一方クレーリアさんはまだ学生で、正式なレーティングゲームにも参加していない。なるほど、現在のクレーリアさんの資質では、相性の悪い駒を複数使っても八重垣さんを転生させることは厳しいって訳か。

 

 そう考えると、あのタンニーンさんを『女王』の駒一つで転生させたメフィスト様って、やっぱりとんでもないお方なのかもしれないなぁ。しくしく泣いて落ち込むクレーリアさんと、乾いた笑みを浮かべる八重垣さん。このカップル、本当に前途多難だ…。

 

「三つ目、というよりこれが一番の理由ですけど、戦争に発展しない為よ」

「戦争にですか?」

「聖職者を悪魔に転生させる。悪魔の駒で転生したら、もう人間には戻れないわ。教会から追放された者ならいざ知らず、教会関係者を悪魔にどんどん転生させてみなさい。悪魔は数を増やせ、教会は数を減らされる。人の力を最も借りている教会側からしたら、怒り狂ってもおかしくないわ。だからこれは、暗黙の了解なのよ。八重垣さんは、教会を追放された訳ではありませんからね」

 

 なんとも、そんな理由とは。そういえば、リアスさんも教会関係のアーシアさんやゼノヴィアさんを眷属にしたのは、彼女たちが教会から追放されてからだったな。どんな理由だろうと、聖職者である内に悪魔に転生させるという結果が残るのは政治的にまずいのだろう。悪魔になったから、教会関係者じゃなくなりました。という、簡単な問題で片付けられないって訳か。うわぁ、めんどくせぇ…。

 

 

「これも考えていかないといけない問題だけど、まずは目の前のことよね…」

「あっ、そうですね。すみません、話の腰を折るようなことしちゃって」

「いや、僕も悪魔の駒について色々確認できて助かったよ。……それで、『王』の駒だっけ。クレーリアはどうしてその駒が実在すると思ったんだ?」

「……私がレーティングゲームのゴシップ話が好きなのは、みんな知っているよね。好きになったのはお兄様にすごく影響された自覚はあるけど、何よりも私は王者であるお兄様の力を知っていたわ。本当にお兄様は強くて、王者としての誇りを胸に持っていて、私はそんなお兄様をずっと見てきた。だから、長年王者として留まるお兄様へ、根も葉もない噂やおもしろおかしく記事を書くゴシップが何よりも嫌いだったの」

 

 幼い頃からずっと傍にいて、ディハウザーさんの強さと志を見てきたクレーリアさんだからこそ、それらが何よりも許せなかったのだろう。本物の実力で王者の名を守る従兄弟の力、それを貶す彼を取り巻く冥界の情報。彼女はそれらを払拭したくて、レーティングゲームの情報を集め出したのだ。特にディハウザーさんの世代は豊作だったらしく、実力のある若手悪魔が多くトップランカーに名前を載せていたから。

 

「でも、知ってる? 現レーティングゲーム第二位である、ロイガン・ベルフェゴール。第三位のビィディゼ・アバドン。他のトッププレイヤーの何人かも、幼少期は才能に恵まれない悪魔だったってこと」

「それは、才能を妬んだ人が書いたゴシップじゃ」

「かもしれないわ。だから、本当なのか調べてみたのよ。彼らの幼少期の情報を何度もね。……だけど、探れば探るほど突然情報が途絶えるのよ。私の他にもゴシップを調べている悪魔が過去にいたわ。だけど、その悪魔たちは私が確認しただけでも、全員不慮の事故や犯罪者として粛清されていた」

 

 トップランカーたちの背後には、何か大きな事情が隠されている。情報を探っても消される事実が、より彼女に確信を与えていったのだ。そして、今回の粛清へと動く悪魔側の動き。レーティングゲームについて情報を集めていた彼女を邪魔に思った者が、消そうとしているのではないか。そう考えたのだ。

 

「……悪魔のゲームの闇、ってことか。でも、過去を調べただけで消すなんて」

「それだけじゃなかったから、でしょうね。クレーリア、『王』の駒の情報はどこで?」

「あぁー、うん。それなんだけどね……」

 

 視線を明後日に向けながら、引きつった笑顔を浮かべるクレーリアさん。そういえば、彼女はどこで『王』の駒の情報を得たんだったっけ。今の話からは、どこにも駒について述べられていなかった。つまりこの後、彼女はその手がかりを見つけてしまったのだ。『王』の駒という、禁忌に触れる情報を。

 

「実は偶然なんだけど、見つけちゃったんだよね。私もすごく驚いたんだけど、日本のどこかにあるとだけ噂で聞いていただけだから。それがまさか、私が管轄を任されている日本エリアの近くにあるだなんて思ってもいなくて。だからね、そのぉ…」

「見つけた? いったい何を…」

「……クレーリア。正直に言いなさい。さっさと吐きなさい。今すぐしゃべりなさい。さぁ、早く!」

「ルシャナが怖いよ! ごめんなさい、魔王アジュカ・ベルゼブブ様の隠れ家を見つけちゃったんです! それで、ゲームの発案者でシステムの管理をしているベルゼブブ様の隠れ家なら、もしかしたら何かレーティングゲームの情報が得られるんじゃないかって思って、ちょっとお邪魔しちゃいましたァッ!」

 

 そうだった、そうだった。原作でもそんなことが語られていたような……。うん、何やらかしているんですか、クレーリアさん。どんだけ好奇心旺盛なんですか。ルシャナさんがすごく綺麗な笑顔で、無言のチョップの嵐を行っていた。クレーリアさんがえぐえぐ泣いているけど、それは怒られて当然ですので、少しは反省してください。

 

 しかし、まさかここで魔王様の隠れ家か。クレーリアさんはそこへこそこそ入って、隠れ家に残っている資料を探したそうだ。魔王様はいなかったようで、いたのも人間が数人だけだったみたい。そのおかげで、なんとか侵入できたらしい。

 

 それで、そこにあった資料の一部に、『王』の駒についての情報が偶然載っていたのだそうだ。ただ明言されて書かれた資料ではなかったらしく、でもあの駒の製作に携わったベルゼブブ様が書いたのだからと、舞い上がっていた彼女は情報を手に入れたと帰ってしまったらしい。それでその話を、従兄弟であるディハウザーさんに報告したそうだ。

 

 それから彼女は、『王』の駒があることを前提に情報を探ってみたらしい。彼女は隠していたようだけど、おそらくその行動を不審に思った悪魔がいたのだろう。もともと彼女がトップランカーの情報を探っているのは知られていただろうし、そこにきて不審な情報捜査。目を付けられても不思議じゃない。そして今回の事件を利用して、疑わしきは罰せよ精神で粛清へと流れてしまったのかもしれないな。

 

 これはなんというか、クレーリアさんの迂闊さもあっただろうけど、魔王の隠れ家を見つけてしまったことも大きいだろう。確か原作で、リアスさんたちが魔王の隠れ家に向かうシーンがあった。そこには、彼の趣味であるゲームの力を使う人間の姿があったと思う。一部の人間にとっては、知られている場所なのだろう。だから彼女も入り込めてしまった。

 

 何よりも今聞いた話だと、ちょっとまずいかもしれない。クレーリアさんの情報では、『王』の駒の存在があるかもしれない程度でしかないのだ。有耶無耶にされてもおかしくない。この程度の情報じゃ、ディハウザーさんに託せる手札にはなれないだろう。今回のことと合わせれば、皇帝なら信じてくれるかもしれないけど、古き悪魔や冥界のヒトたちにだって通用しないかもしれない。

 

 これは、当てが外れてしまったな。粛清されるぐらいなのだから、もっと『王』の駒について深いことをクレーリアさんが知っていると思っていたんだけど。本当に目障りだから、粛清しておこうって程度の認識なんだろうな。

 

「これじゃあ、『王』の駒が実在する証拠にはなれないよな……」

「うぅ、ごめんね。でも、私が見た資料は本当に一部でしかないし、隠れ家でたまたま見つけただけだから、全てを探索したわけじゃないの。だからもう一回、調べに行けば……」

「でも、私たちは今見張られているわ。ベルゼブブ様の隠れ家に行くなんてばれたらまずいでしょうし、さすがに中も無人という訳ではないと思う。ばれないように詳しく調べられるかしら。助けを求めるにしても、人間や研究者に言う訳にも…」

「はぁー、だよねぇー」

 

 力なく肩を落とすクレーリアさんと、考え込むルシャナさん。そして、俺の方へ戸惑いながらも視線を向ける八重垣さん。確かに俺は、彼には自分の能力の一部を見せたからな。そして、この場で自由に動けて、情報を探ることに最も適しているのは誰かって考えたら、すぐに答えが出てくる。

 

 あぁー、マジかぁー。そうだよね、これしかないよね。俺はみんなを救うために、頑張ると決めた。そのためなら、古き悪魔や教会と衝突してでも立ち向かうって。その思いに、魔王様の隠れ家への不法侵入も含めるのだ。なんだか胃がむかむかしてきた気がするぞー。

 

 どうしよう、ばれないかな。ばれても、魔王様許してくれるかな。ベルゼブブ様って、一番何を考えているかわからない魔王様じゃないか。良いヒトだと思うし、四大魔王の中で真面そうな悪魔だけど、サタンブルーとかし出すし、面白そうなら参加しちゃうようなお方だぞ。

 

 それでも、やるけどさ。やらなきゃいけないんだけどさぁ…。俺の行き先、どうしてこんなにも前途多難なんだろう。はぐれ悪魔に会って、はぐれ魔法使いに襲われて、魔法使い陣営に入ったと思ったら、アザゼル先生やタンニーンさんにいじめられて。そして駒王町で過去の事件に巻き込まれて、ミルたんと契約しちゃって、ついには魔王様の隠れ家へ不法侵入である。なんだか原作の時期に巻き込まれていた方が、安全のような気がしてきたよ!

 

 

 

――――――

 

 

 

「それで俺が行くことになったのはわかっているけどなぁ。とりあえず、姿と気配と神器は消すだろ。もう一つの枠は、もしもの時の予備にして動けるようにしておこう」

 

 俺は相棒を手に握り締め、近づいてきた目的地に緊張で汗が滲む。足を進めるにつれてだんだんと人気は無くなっていき、蔦に覆われた使われていなさそうな建物や寂れた風景が見えてくる。俺が目指すのは、そんな場所に立つ廃棄されたビルだった。

 

 クレーリアさんが隠れ家を最初に見つけた時には、そのビルの一階はロビーになっていて、学生ぐらいの年齢の人間の男女の姿があったらしい。携帯電話を使っていたらしいけど、詳しくはわからなかったようだ。俺が平日の朝にここへ訪れたのは、学生らしい彼らの姿がなくなるからである。完全にいなくなっているかはわからないけど、数は減っているだろうとのこと。なんとも不安である。

 

 それにしても、携帯を持つ若い人間か。確かベルゼブブ様が人間界で開発している『ゲーム』に関係することなんだよな。あれって結局なんだったんだろう。うろ覚えだけど、その携帯を使うと異形の実力を測ることができる機能があるらしいってことだけだ。たぶん他にも機能があるんだろうけど、携帯ゲームでいったい何をするのか。ゲームは俺も好きだから気になるけど、さすがに今回関係ないことを調べている時間はない。

 

「……ここが、ベルゼブブ様の隠れ家」

 

 たどり着いた場所に、俺は唾を飲み込んだ。神器を使って俺自身に消滅の効果を纏い、仙術もどきで気配をまぎれ込ませていく。さらにラヴィニアから教わった透過の魔法を発動させ、ビルの中の様子を伺ってみる。すると、三人の高校生らしき姿が一階のロビーにうっすらと見えた。このビル、たぶん魔力か何かで外部からの干渉を歪ませているな。ぎりぎり一階がちょっと見える程度しかわからなかった。

 

 しかし、無人ではないのはわかった。三人ぐらいなら、通り抜けることは難しくないだろう。高校生っぽいし、学校行けよお前らとか思わなくもないけど。俺は近くに落ちていた空き缶を拾い、ビルの入り口まで進んでいく。次はビルの中に入らなくちゃいけないけど、無理やり侵入するのは得策じゃない。俺が忍び込んだという痕跡をできる限り残したくないのだ。

 

 だから槍で穴をあける訳にもいかないし、空から侵入するのも危険かもしれない。だったらいっその事、正面からお邪魔した方が安全だろう。ここに訪れる人間は普通に中へ入って行くらしいし、クレーリアさんも正面から目を盗んで入ったようだしな。

 

 俺は手に持っていた空き缶を入り口の扉に向かって投げつける。カンッ! と扉に当たったことで、甲高い音が鳴り、ロビーの中にいた男子生徒がそれに気づいたようだ。彼は訝しげな表情を浮かべながら、入口に向かって歩いて来る。そして、古くなったビルの扉を開けたことで、擦れるような音が響いた。男子生徒が首をきょろきょろと向けている間に、俺はあいた隙間からそっと忍び込んでおいた。

 

「どうした?」

「風で空き缶が当たったみたいだ。ほら」

「なーんだ。ほら、早く続きをしましょうよ」

「あぁ、悪い悪い」

 

 俺の投げた空き缶を拾った青年は、その缶をゴミ箱へと投げ入れ、輪の中に再び入っていった。それにほっと息を吐き、奥の方に置いてあったテーブルの影に隠れながら辺りを見渡した。外観は寂れた感じだったけど、中は小綺麗に整えられている。床の掃除も行き届いているようだし、定期的に人が入ってきているのだろう。

 

 一階は広いロビーとなっているだけのようだ。クレーリアさんが資料を見つけたのは上の階だったらしいし、階段でのぼっていくしかないかな。俺は一階の隅にあった地図を確認し、写真に写しておく。三人に気づかれないように気を付けながら、そっと二階に続く階段へと進んでいった。

 

 どうやら階段は普通にのぼれるようで、鍵なども特にかかっていなさそうだ。段差もちょっとあるし、あまり広い階段じゃないので足を踏み外さないようにしないとな。アザゼル先生から上級ぐらいならなんとか誤魔化せるだろう、と言われているけど、誰にも会わずに済むのならそれが一番だ。

 

「クレーリアさんのメモでは、二階と三階は人間でも普通に入れる区画なんだよな。遊戯施設っぽい感じになっているみたいだし。だから問題は、そこから上の階か」

 

 四階までたどり着くと、今までの扉とは違う雰囲気を感じ取った。これは、魔力だな。普通の人間では開けることができないように、魔力を使って施錠されているのだ。だから、ここに訪れる人間はここから先には入れないようにされていた。クレーリアさんはこの施錠を、べリアル家の持つ『無価値』の力を使って潜り抜けたらしいけど。俺は相棒を構えながら、扉の前までゆっくり進んだ。

 

「扉自体を消す訳にはいかないだろう。この施錠の魔術そのものを消滅させちゃうと、誰かが侵入したことがばれてしまう。べリアル家の『無価値』の力は、特性を消し去る力だ。クレーリアさんは自分が扉を開ける時だけ、侵入を防ぐ特性を消していたから入れた。だったら俺の神器でも、それができるはずだ」

 

 クレーリアさんから、この扉に施されている魔術に関して情報をもらっている。ラヴィニアにお願いして、解析もしてもらった。魔術の構成の一部のみに作用させる。できるかなんてわからないけど、できなきゃ前に進めないんだったら、やるしかない。扉自体が魔術を帯びているので、扉を槍で刺せば能力は発動できるだろう。元々扉自体は痛んでいるし、隅の方を狙えば多少の穴なら気づかれないはず。俺は神器に意識を集中させながら、扉に施されている魔術へ槍を突き刺した。

 

 うーん、ここの構成はたぶん違う。こっちは魔力の流れを制御するところだから違うだろう。相棒からの紅の光を頼りに魔術の概念を辿っていく。この施錠の魔術の動力源は魔力だけど、術式自体は魔法である。魔法とは、計算だ。必ずそこには方程式が存在し、理がある。深く深く潜り込み、相棒の思念を頼りに流れを探っていった。

 

「……見つけた」

 

 ラヴィニアに教えてもらった術式展開の通りだ。さすがは魔法少女様である。相棒も補佐してくれてありがとな。俺は見つけた魔術の構成へ意識を向ける。一定時間の施錠の効果を消す様にすれば、俺の侵入は気づかれないだろう。機能の一部だけを消して一瞬の効力を失わせ、魔力による修復の機能があるところは無傷だから、時間の経過でそのあけた穴を埋めてくれることだろう。

 

 俺は集中していたことで流れた脂汗を一度腕で拭い、覚悟を決める。こんな風に魔術の概念に干渉するのは初めてだけど、きっと成功できる。それに今後も魔法の概念を俺が知っていけば、魔術の構成を消滅させたり、ストラーダ猊下のように相手の魔術に干渉して打ち消したりもできるようになるかもしれない。魔法そのものを『Ruin』で消すと体力の消費が激しいけど、魔法の構成を一部消すだけで消滅できるようになればかなり楽になるだろう。

 

 あっ、でも形のない魔法だと槍で刺せないかもしれないか。今回のように扉そのものに魔術がかけられていたらいいけど、ラヴィニアが使う攻撃魔法は炎や水といった明確な形がないものばかりだ。物質的な消滅なら槍自体に施せるけど、概念的な消滅は刺せないと効果を発揮できない。このあたりはまた考えていかないとな。今度、アザゼル先生にもいい案がないか聞いておこう。

 

「さてと、いくぞ。……Remove(リムーブ)

 

 俺は能力を発動させ、魔法の構成の一部を消去する。それにより魔術の流れが一時的に乱れ、次の瞬間小さな音が扉から鳴り響いた。俺は恐る恐る扉のノブを回してみると、四階のフロアへの入り口が開いた。神器で気配は探っていたけど、大丈夫のようだ。疑似仙術でフロア内を探ってみると、四階にはヒトの気配はないみたいだな。

 

「よし、まずは四階から探索開始だ。できれば学生が集まったり、悪魔の活動時間になったりする前には帰れるようにしないとな」

 

 頑張るぞっ! と気合を入れ直し、俺の隠れ家探索はまだまだ続くのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『今日のミルたん』

 

 

「牧師さん、ミルたんが少女になるために必要なことを教えてほしいにょ」

「そ、そうですね…。えーと、ミルたんさんは、どうして少女になりたいのですか?」

「ミルたんの心が求めているんだにょ」

「あっ、はい」

 

 今日も紫藤トウジは、教会に訪れる巨漢相手に真面目に頑張っていた。

 

「少女、少女ですか。まずは性別が大切なのではないでしょうか?」

「ミルたんは(おとこ)()という性別だから問題ない、と教えてもらったにょ」

「誰ですか、そんな単語を教えた人は」

 

 紅の槍を持つ少年がくしゃみをし、寒くなってきたなー、と震えていた。

 

「それでは、年齢も大切ではありませんか? 少女というと、十代までを一般的にさしますし」

「ミルたんの心は永遠の十代にょ?」

「あっ、はい」

 

 その瞳の純真無垢さに、謎の説得力を紫藤トウジは感じた。

 

「こ、心は確かにそうかもしれませんが、やはり見た目も大切なのではないでしょうか? 私たちはまず相手の第一印象で、その方の人物像を作ってしまうものです」

「そうなのかにょ」

「はい。ミルたんさんは大変立派な体格をされたお方ですから――」

「なるほどにょ。まずは形から入るのは大切なことにょ。牧師さん、ミルたんの背中を押してくれてありがとにょ。見た目を手に入れるために、ミルたんは頑張るにょ!」

 

 えっ、いったいどうやって頑張るの? と何か地雷を盛大に踏んだ気がするが、聞いたら何かを失うような気がして紫藤トウジは口を開けなった。しかしこれから数日後、その努力の成果をその目で見ることになるので、結局は遅いか早いかの違いでしかなかったのであった。

 

 


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