えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第三十七話 決心

 

 

 

「あっ、ショウくん! 無事でよかったぁー」

「……クレーリアさん、ルシャナさんも」

「お二人が家にいらっしゃらなくて、何かあったのかと冷や冷やしたのですよ。でも、何もなかったようで何よりです」

 

 クレーリアさんの家にたどり着いた俺を迎えてくれたのは、二人の女性だった。俺が神器の効果を消して姿を見せると、驚きに目を見開きながらも心配を口にしてくれた。そんな彼女たちの様子に、申し訳ない気持ちになる。すぐに帰って来るつもりだったけど、せめてメモぐらいは残しておくべきだった。そして彼女たちの言葉から、まだ八重垣さんが帰ってきていないことも悟る。紫藤さんとの会話でかなり感情的になっていたし、どこかで頭を冷やしているのかもしれない。

 

 少なくとも、紫藤さんは八重垣さんの粛清を今は思いとどまっている。まだ教会側に手を出されることはないだろう。悪魔側も今、事を構えるのは得策ではないと考えると思う。俺自身、八重垣さんとどう顔を合わせればいいのかわからない。それに俺も、自分が冷静になれているのか自信がなかった。

 

 定まった俺の気持ち。だけど、これから俺がするべき道がまだ見つけられていない。時間がない焦りもある。それらが俺の頭の中で、まだ上手くまとめられていなかった。

 

「お二人だけですか? 帰り、早かったんですね」

「うん、正臣とショウくんにお留守番を任せてしまっていたからね。私とルシャナだけでも、早く帰ってあげるべきだって、眷属のみんなから言われたんだ」

「彼らは後で帰ってきます。お二人は、買い物に行かれていたんですか?」

「はい、ちょっと街に。八重垣さんも後で帰ってくると思います」

 

 みんなの配慮にお礼を言いつつ、出かけていたことを俺は二人に伝えておいた。その先で紫藤さんと出会ったことを口にするのは、ためらってしまう。その後の、バアル派の悪魔についても。どうやって説明したらいいのか上手く言葉にならず、今は二人にこれ以上心配をかけさせない方がいいと判断した。

 

 八重垣さんも、今日のことを彼女たちにたぶん知られたくないだろう。それに悪魔と教会が手を組んだことを知れば、みんな冷静ではいられないと思う。それだけ、事が事なのだ。こちら側の動きを向こう側に察知されたら、それこそ終わりになる。せめて話すのなら、彼やみんなが一緒にいる時の方がいいと感じた。

 

 

「なんだか、元気がないね?」

「そう、見えますか」

「正直」

 

 ルシャナさんは他の眷属の方たちに連絡へ行ったのと、お茶の用意をしてくれるために席を外している。俺はクレーリアさんと二人で、ソファーに静かに座っていた。こうして彼女と二人っきりになるのは久しぶりだ。いつもは傍にルシャナさんや八重垣さんがいて、眷属の皆もいるからさらに賑やかだった。俺は流れる沈黙に何かを話そうと思っても、結局話す内容が思い浮かばず口を噤んでしまう。そんな俺の様子に、彼女の方から声をかけてくれた。

 

「街で実は、正臣と喧嘩しちゃったとか?」

「いえ、喧嘩はしていないです。八重垣さんとは、色々話せて楽しかったですから」

「へぇー、そうなんだ。ちなみに、二人でどんな話をしたの?」

「それは、……男同士の秘密ってことで」

 

 彼女へのクリスマスプレゼントは、八重垣さん自身の口から話すべき内容だろう。それに女性に対するあれこれを、クレーリアさんに話すのはさすがに気まずく感じた。結局そんな俺が言えたのは、秘密なんて言う言葉だけだった。自分でも要領の悪い会話に、呆れを含んだ笑いが浮かんでしまう。クレーリアさんはそんな俺の様子にじっと目を向け、追求はせずに笑みを見せて応えてくれた。

 

「そっか、男同士の秘密じゃ仕方がないね」

「その、すみません…」

「いいよ、いいよ。気にしていないから。ただなぁ…」

「……ただ?」

「あははっ、ごめんね。私って、賑やか担当のはずなのになぁーって。ルシャナに怒られちゃって、みんなに呆れられちゃって、正臣に笑われちゃって。私の取柄は元気にみんなを引っ張っていくことなのに、私が頑固な所為でみんなに暗い顔をさせちゃっている。ショウくんを元気づけたいって思っているのに、大したことも言えなくて。情けないなぁー、ってちょっと自分に思っただけ」

 

 灰色の髪を指で掻き撫で、クレーリアさんは目を細めながら肩を竦めた。俺は彼女が辿るだろう未来を知っている。それでも、彼女と一緒に笑い合うことができたのは、他ならない彼女の明るい笑顔のおかげだ。それはきっと、眷属のみんなや八重垣さんにとっても。だからみんな、ずっと頑張ってこれたのだと思う。

 

「そんなことないですよ。自分が笑うことはできても、誰かを元気にさせる笑顔ができるのが、クレーリアさんのすごいところですから」

「あら、嬉しい。ショウくんって、相手を褒めるのが上手ね」

「いやいや、俺なんて」

 

 そこからお互いに謙遜し合い、何故か褒め合う流れになってしまった。それがおかしくて、気づけば二人して噴き出してしまっていた。笑うってやっぱり大切だな。さっきまでの落ち込んでいた気分が、不思議とすっきりしてくる。難しいことを考えすぎていた頭も。

 

 そういえば、アザゼル先生から『お前はバカな癖に、考えすぎだ』って言われていたっけ。確かに俺ってよく考え込むけど、あんまりそれが反映されたような気がしない。考えることは大切だけど、それで動けなくなってしまったらダメだろう。ぶっちゃけ、今がその状態だと思う。

 

 考えすぎか…。確かにそうなのかもしれない。今回のクレーリアさんたちの件が、俺自身には直接関係がないことなのは間違いない。俺が関わる必要性はなく、本来ならこの場に俺がいるべきじゃない。だけど、俺自身の意思によってこの場にいることもできる。事件が複雑でも、原作のことがあっても、俺自身のことがあっても。単純に考えたら、この二択なのだ。

 

 彼女たちを助けたいか、助けたくないか。結局はこれだけのことなのだ。そして俺は、彼女たちを助けたい。俺に彼女たちを助ける理由はないのかもしれない。見ず知らずの人を救うために命なんて張れない。だからって、知り合ったらみんな助けないといけない、って言うほどの博愛精神もない。原作の人だから助ける、って言うのも違う気がする。俺は彼らに生きていて欲しいと思っている。俺のこの気持ちは、どう表現したらいいんだろうか。

 

 

「あぁ、笑った。ふふっ」

「クレーリアさん、笑い過ぎですよ」

「ごめん、ごめん。でもやっぱり、友達と話すのは楽しいよね」

「えっ?」

 

 彼女から告げられた言葉に、俺は目を見開いて固まってしまった。そんな俺の様子に、クレーリアさんはムッと頬を膨らませた。

 

「あっ、何かなその反応は? もしかして、ショウくんを友達だって思っていたのは私だけとかだと、ちょっと悲しいんだけどなぁー」

「いえ、……すみません。確か俺、クレーリアさんの客人だったと思っていたので」

「それはそうよ。だけど、ショウくんとはお話をしたり、コレクションを一緒に見たり、正臣やみんなと一緒に笑って盛り上がったりして、すごく楽しかったんだもの。年齢差はあるけど、ショウくんとの関係をお客さんや知り合いで表すのは、ちょっと違う気もしたんだよね」

 

 彼女はウインクを一つすると、楽しそうな笑い声をあげる。クレーリアさんにとっては、きっとなんでもない気持ちを表した言葉だったんだろう。お客さんでも知り合いでもないのなら、友達だって。だけど、そんな彼女の何気ない言葉は、俺にとって大きな変革を及ぼすものだった。

 

 なんだ、こんなにも簡単なことだったんだって。俺が彼女たちと一緒にいたい理由なんて、俺がみんなに生きていて欲しい理由なんて、こんなにも簡単なことだったんだ。俺は弱いし、不幸になる人をみんな助けてやるなんて正義感もない。ヒーローは兵藤一誠たち主人公の役目で、俺はその手伝いや自分の手の届く人を救えればよかった。俺は自分にヒーローのようなまねごとはできないとわかっているから、そんな風に考えてきたのだ。

 

 原作で悲しい結果になるからとか、不幸になる人を救いたいからとか、そんな殊勝な理由で頑張ることなんてきっとできない。俺ができる範囲でなら手をかそうと思うけど、それを超えたら俺じゃどうすることもできない。そんな思いで生きていけるほど、この世界は甘くないから。命がいくつあっても、足りないだろうから。

 

 そんな俺の迷いが、クレーリアさんのたった一言で綺麗に晴れてしまった。

 

「そっか…。俺たちは、友達なんだ」

「ショウくん?」

「ありがとう、クレーリアさん。俺も、みんなと友達になれてよかった。これからも、……俺はみんなと友達でいたい」

 

 俺がふと思い出したのは、今日買い物に行ったときに、俺自身が八重垣さんに言った言葉だった。宗教に悩む彼に、俺は『もうちょっと気楽に考えたら』って話をした。それは、俺にも当てはまる言葉だったんじゃないかって気づいたのだ。俺は原作という大きな流れを知っていて、その知識のおかげで助けられてきた。それって、神様を信仰することで救われている人たちと少し似ているような気がしたのだ。

 

 神様を信仰する人たちだって、そうすれば幸せになれるって思ったからそうしていたんだ。俺も原作の流れに沿えば、幸せになれるって考えていた。だけど、それは数ある未来の中にある選択肢の一つでしかない。悪くなることもあるだろうけど、もっと良くなる可能性だってある。他ならない、俺自身が八重垣さんにそう言ったんだ。違うと思ったのなら、自分で頑張るしかないって。自分の命や大切な誰かを守るためなら、なんでも使うべきだって俺は言った。

 

 俺が守りたいものは何か。自分の命は当然だけど、それだけじゃ俺が生きていけない。俺は一人で生きていけるほど強くない。だから、せめて自分にできることはやっていきたいと思った。家族や友達、メフィスト様やラヴィニア、他にも知り合ったいろんな人たちとこれからも笑って生きていきたいから。表のみんなが普通の人生を歩んでくれたら嬉しいから。そう思ったから、頑張ろうと思ったんだ。

 

 そうだ、……友達のためだったら少しぐらい無茶をすることになっても、精一杯頑張ってもいいじゃないか。原作だからとか、複雑な事件だからとか、そんなの関係ない。俺は友達を助けたい。原作のためじゃなくて、友達のために原作の知識を使う。俺のできる全てで、俺が笑い合いたい大切な人を救いたい。

 

 みんなを助けるヒーローにはなれなくても、自分の大切な友達の危機ぐらい助けられる人間になりたいと思った。

 

 

「――よしっ!」

 

 パンッ! と俺は自分の頬を手で叩き、気合を力いっぱい入れる。俺の突然の行動にクレーリアさんの目を白黒させてしまったので、慌てて謝ったけど。それでも、自分でも気持ちが決まったからか、笑みが自然と浮かぶようになった。

 

 たくさん迷ったし、本当にこれが正しいのかなんてわからない。だけど、これが俺が選んだ道だって自信を持って言えると思う。間違えているのかもしれないし、馬鹿な考えなのかもしれない。彼女たちを救えたとしても、その後の原作がどうなるのかとか、いっぱい問題はありまくりだと思う。それでも俺は、自分自身の意思でこの事件に介入することを決めた。

 

 どうすればいいのかなんて、まだわからないけど。どうしたら彼女たちを救えるのかも、まだちゃんと思いつかないけど。それでも、みんなを救うには何ができるのかをまず考えるんだ。俺が持つ全てで、俺にできる力で。その中で、原作のことだって考えていったらいい。まずは俺がやりたいことを、とことん目指していくんだ。この際、彼女たちを救うためなら、プライドだって捨てて、とことん抵抗しまくってやる!

 

「クレーリアさん! すみません、ちょっと用事を思いついたので、俺帰ります!」

「えっ!? う、うん、わかった」

「あっ、そうだ。今度また来ますので、その時に八重垣さんや眷属の方々も含めて、みなさんで見てほしいものがあるんです。その時間を取っていただいても大丈夫でしょうか?」

「私たちに見てほしいもの?」

 

 ここで教会と悪魔の繋がりを言うのは、いたずらに混乱させるだけだ。悪魔や教会に不審に思われたら、粛清を早められる可能性だってある。まずは俺自身ができることを全てしてから、そこから彼女たちに見せるべきだろう。俺たちに残された時間は、残り数ヶ月。今すぐにでも、行動を始めないとならない。

 

 俺はお茶を準備してくれていたルシャナさんに頭を下げ、八重垣さんへの置手紙を簡単に書いて預かってもらい、転移魔方陣を使わせてもらった。慌ただしい別れになってしまったけど、やると決めたのなら全力でやらなければならない。俺はクレーリアさんと約束を交わし、自分の家に向かって駆け出して行った。

 

 

 

――――――

 

 

 

『おや、カナくん。こんばんは。珍しいね、こんな時間に連絡を入れるなんて。何かあったのかい?』

「こんばんは、メフィスト様。夜遅くに大変申し訳ありません。実は何かありましたし、これから何かもすると思うので、連絡を入れさせてもらいました」

『……えっ、ん?』

 

 家に帰った俺は、自分にできることをまず考えることにした。そうして考えを巡らせた結果、ぶっちゃけ俺一人で今回の件をどうにかすることなんて不可能だと思った。神器を使っても、原作知識を使っても、俺だけじゃ彼らを救うことなんてできない。前にも考えた通り、人間の子どもが必死に頑張った程度で、どうにかなる問題じゃないのだ。

 

 ならばどうするか。そう考えた時に思い浮かんだのが、みんなの顔だった。俺一人じゃ駄目なら、味方をつくるしかない。何事も相性だって、アザゼル先生も言っていた。たとえ味方は難しくても、何か手がかりや相談相手になってくれる相手が必要だと思ったのだ。この俺の考えは、他者を俺の勝手で巻き込むことと同意だ。自分の問題ぐらい自分で解決するのが筋だし、そんな相手に迷惑をかけるような行為を普通ならしては駄目だってことぐらいわかっている。

 

 だけど、俺には解決できる力がない。迷惑はかけたくないし、そんな恥知らずなことを言いたくない気持ちもある。だけどそれで守れるものなんて、結局は自分だけなのだ。普通の方法で助けられない相手がいるのなら、どんな手だって縋りついてでも頼むのが自分にできることだと思った。

 

「メフィスト様。本当に、本当に不躾なことを聞きます。俺たちが初めて会った時に、メフィスト様が言って下さったお願いはまだ有効でしょうか?」

『……あの時のかい?』

「はい。困ったことがあったら、出来る範囲で叶えてもいいって言って下さった言葉です」

 

 俺がまず連絡を入れたのは、俺の保護者であり、所属する組織の理事長であるメフィスト様だった。これ以上の勝手は、もしもの時に組織全体に不利益を被ることになるかもしれない。だったらいっその事、彼の力を借りるべきだと考えたのだ。メフィスト様には、たくさんのものをすでにもらっている。それでも、どうしても今回は譲れない。だったら、今は何度でも頭を下げてお願いして、その分を頑張ってこれから恩返ししていくしかない。

 

『そうだねぇ。カナくんがうちの組織に所属したのは、僕との契約だからね。確かに、あの時の僕が言ったお願いの話は、こちらの事情に君を巻き込んでしまったことへの謝罪の意味もあった。その点で言えば、今でも有効と言えるだろうねぇ』

「それじゃあ…」

『うん、いいよ。遠慮ばかりするカナくんが僕にお願いするなんて、相応の理由があるんだろう? 僕にできる範囲でなら、叶えてあげるさ。それで、どんなお願いなんだい』

「ありがとうございます、メフィスト様。それでは、ちょっとドラゴンを嗾けてほしい相手がいるんですけどいいでしょうか?」

『カナくん、ちょっと待とうか。さらっととんでもないことを言っているよ。……とりあえず、事の経緯を話してくれないかな』

 

 いけない、急ぎ過ぎて願望が表に出過ぎてしまった。

 

 

『はぁ、カナくん…』

「色々迂闊でしたし、危ないこともしていました。今まで黙っていて、本当に申し訳ありませんでした」

 

 それから俺は包み隠さず、駒王町で起こったことをメフィスト様に話をした。話し終わったら当然、呆れられ、めっちゃお叱りを受け、頭に手を当てられたのは言うまでもない。

 

 駒王町へミルキーを見に行ったときに、そこの統治者に不法侵入だと勘違いされたけど、仲良くなることができた。そうしたら、その人たちの事情を偶然知ってしまったという感じで話したのだ。メフィスト様は古き悪魔や教会のことに眉を顰めながら、俺の話を最後まで聞いてくれた。

 

『……カナくん。君は『灰色の魔術師』の人間だ。それはわかっているのかい』

「正体は隠します。俺だって死にたくないですし、悪魔や教会と敵対したい訳じゃありません」

『しかし、君が助けたい者たちはその関係者だ。悪魔と教会のやり方は気に食わないけど、理事長であり、カナくんの保護者としては、とても容認はできないねぇ』

「……俺も、魔法使いのみんなにまで迷惑をかけたくありません。表立って協会が出ていくわけにはいきませんが、……代わりに表に立ってもらう方をつくりあげることは可能だと思います。俺はその裏側で動くことができれば、って考えています」

『悪魔と教会のいざこざを、表から受け持つような相手がいるのかい』

「一人だけ。当事者と深い関わりがあり、政治的な影響力が強く、何よりもその比類なき実力から古き悪魔だって迂闊に手を出すことができない人物。ディハウザー・べリアルさんを、こちら側の味方にします」

 

 俺がやりたいことは大きく三つだ。クレーリアさんたちを助けること。戦争に発展しないようにすること。協会に被害がいかないようにすること。これらをまず前提条件にして考えてみたのだ。たとえ二人を助けられたとしても、それ以上の犠牲が出ましたなんて彼女たちだって望んでいない。そんな風に考えてみたら、ある一人の人物の存在を思い出したのだ。その人物だったら、もしかしたらという可能性を持っていることも。

 

 頭があまり良くない俺が思いついた方法。それはクレーリアさんの従兄弟であり、現レーティングゲームの王者を盛大に巻き込んじゃおう! という自分でもぶっ飛んだやり方しか思い浮かばなかったのだ。というのも、クレーリアさんが古き悪魔たちに目を付けられたのは、彼女がレーティングゲームの不正に近づいてしまったためだ。そして、彼らが一番恐れたのは、その不正の証拠を彼女から皇帝にばらされることだったと思い出した。

 

 だったらいっその事、今回の件を皇帝にばらしちゃって、クレーリアさんを堂々と守ってもらおうと思ったのである。クレーリアさんの幸せの為なら、八重垣さんのことも守ってくれるかもしれない。ディハウザーさんにばれちゃったのなら、クレーリアさんを殺すのは難しくなる。めちゃくちゃヤバい相手にばれたとなれば、彼女を気にしている余裕なんてなくなるだろうからな。

 

『しかし、彼が従姉妹とはいえ動いてくれるだろうか。聖職者との恋愛を受け止めてくれるかもわからないし、一族の恥として切り捨てられてもおかしくないことだよ。皇帝という地位にいる者が、古き悪魔に目をつけられれば、今の地位だって危うくなるかもしれない。そのリスクを背負えるだろうか。博打があまりに大きすぎる』

「大丈夫です。ディハウザーさんは、クレーリアさんのためなら絶対に動いてくれます」

『カナくん?』

「あっ、いえ。ディハウザーさんは、クレーリアさんを本当の妹のように大切にしているって教えてもらったものですから。とにかく、彼にクレーリアさんの現状を伝えて、そこから協力を仰げないかをまずは聞きたいんです。成功しても失敗しても、彼にとって今回の件を知れることは大きいはず。どっちの結果になったとしても、そのことを伝えた協会に彼が不利益を出そうとはしないと思います。ですので、そのための橋渡しを、メフィスト様にお願いしたいと思ったんです」

 

 今のはちょっと苦しかったかもしれないな。確かに絶対は言い過ぎだったかもしれないけど、それでも彼なら動いてくれると思うのだ。十年もの間、彼は大切な従姉妹の死を忘れられず、その原因をずっと調べ続けていた。その答えをテロ組織が持ってきたことにより、たとえ王者としての地位だけでなく、全てを失うことになったとしてもテロへ加担してしまったのだ。彼は従姉妹の無念と、王者としての誇りから、古き悪魔への復讐を選んだ。彼は自分の行いに迷いを持ってはいたけれど、それでも全てを捨ててでもその道を選べるヒトなのだ。

 

 きっと彼を突き動かしたことには、この十年前の事件に関われなかったことも大きいだろう。自分の知らない間に、罪を犯したと粛清されてしまった従姉妹。どうしてその場に自分がいなかったのか、どうして自分は何もできなかったのか。きっとそんな風に、彼だって苦しんだのだと思う。だから、十年後の彼の行為は、そんな自分への罰と、彼女への贖罪の意味もあったのかもしれないと感じたのだ。

 

 もちろん、今は原作から十年も前のことだ。原作の時の知識が有効なのかなんてわからない。それでも、可能性があるのなら賭けてみるべきだ。クレーリアさんは見張られていると思うから、彼女が皇帝と連絡を取ろうとしたら結界などによって気づかれ、すぐに相手は動き出すと思う。だからこそ、俺が動く。第三者からディハウザーさんに助けを求め、古き悪魔たちに気づかれる前に彼女を救ってもらうのだ。

 

 それに教会側が恐れていたべリアル家との戦争だって、ディハウザーさんが仲介して入って、「戦争の意思はない」と告げれば紫藤さんは止まってくれると思う。せめて、教会からの追放で済まされるように取り計らってくれると思うのだ。皇帝に認められたのなら、八重垣さんを害する方がまずいと戦争をしたくない教会だって、前例をつくってくれるかもしれないと考えた。

 

「それに、俺はたまたま悪魔と教会側が話をしているところを見て、……その後にバアル派の悪魔が呟いているのを聞いてしまったんです。『これで、駒について知る邪魔者がいなくなる』って」

『駒……?』

「もしかしたら、聞き間違いかもしれないです。意味もわかりませんし。でも、もしそうなら悪魔が言う駒ってたぶん『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』のことだと思うんです。これは悪魔と教会の問題のはずなのに、なんで駒の話が出てきたのか不思議で。もしかしたら、悪魔側は今回のことを別の思惑で動いている可能性がないかって思ったんです」

 

 考え込むメフィスト様に向け、心の中で謝っておく。ちなみに、バアル派の悪魔はこんなことを言っていない。これは原作知識から俺が作った話だからだ。だけど、俺が悪魔と教会の密会を目撃した証拠はあるし、協会は表立って介入する訳じゃない。バアル派の悪魔だって駒に関しては口を噤むだろうし、もしそんなこと言っていない、と言われても「俺はそう聞こえちゃったー」で強引に押し通す。事実、俺が知るはずのない知識なのだから。

 

 俺の中で危惧していることとしてあるのは、古き悪魔たちが皇帝が出てきただけで止まるかわからないことだ。彼らは魔王であるサーゼクス様すら、介入が難しい存在である。それなら、こちらも手札は多い方がいい。彼が出てくればクレーリアさんの命は一時的に助かるかもしれないけど、悪魔と信徒との恋愛の例外を力で認めさせた、と言われて彼が貶められるかもしれない。彼女を守るためには、落としどころも含め、古き悪魔たちにもなんとかして認めさせなければならないのだ。

 

 そこで思いついたのが、原作で彼が行った方法だ。王の駒の秘密を冥界中にばらす。これは古き悪魔たちにとって、絶対に起こってほしくないことだろう。一介の悪魔なら鼻で笑われる都市伝説だけど、皇帝の言葉の重みは違う。彼に王の駒の存在を知らせ、それを材料に古き悪魔たちと交渉してもらうのだ。べリアル家から手を引くことを条件に、この事実を冥界へは伝えないって。彼ほどの実力者を排するのは、なかなかできることじゃないと思うからな。

 

 クレーリアさんたちを害すれば、皇帝は事実を冥界へ伝える。逆に皇帝も事実を伝えないことで、クレーリアさんたちの命を見逃してもらう。レーティングゲームの王者としては許せないことかもしれないけど、これなら五分の条件に持っていけるかもしれない。俺程度が考えたことだから、もっといい方法もあるかもしれないけど、それでもこれが俺の考えたやり方だ。これが、今の俺にできる範囲での限界なのだ。

 

 俺に彼女たちを救う力がないのなら、救えるかもしれない可能性へ繋げてみせるんだ。他力本願で心底情けなくても、それが弱くてどうしようもない俺にできる、精一杯の足掻きだと考えた。

 

 

『しかし、それにはまずべリアル家と交渉しなくてはならない。バアル派の悪魔たちも、今は彼と接触する者に睨みを利かせていることだろう』

「はい、おそらく。だから、メフィスト様が前に仰った通り……ドラゴンを嗾けましょう」

『……バアル家に?』

「いえ、皇帝の方に」

『えっ』

 

 古き悪魔(嫌いなやつら)に本当は嗾けてやりたいけど、それはさすがにまずいので自重しないと駄目だろう。

 

「毎年冥界の年の暮れに、『皇帝べリアル十番勝負』が行われているとクレーリアさんから教えてもらいました。その企画では、普段のレーティングゲームではなかなか見られない試合が多くて、それに観客は盛り上がるそうです。今はその企画に向けて、対戦相手の選考を行っている時期だから、皇帝である彼は多忙になっています。だから、彼はクレーリアさんたちのことに気づくことができなかった」

 

 クレーリアさんがディハウザーさんに迷惑をかけたくない、と言っていたのはこの時期だからっていうのも大きいのだと思う。そして、悪魔たちが年の暮れを粛清の時期に選んだのも、皇帝の介入を防ぐためって理由もあると考えたのだ。

 

 メフィスト様本人に仲介を頼むにも、皇帝との個人的な接点がないため内密に会おうとすると、どうしても難しくなるだろう。アポを取ればいけると思うけど、魔術師の協会の理事長が皇帝に会う理由がなさすぎるし、不審に思われてしまう。普段ならいざ知らず現在の彼は忙しいだろうし、他の悪魔の目もある。メフィスト様自身が動くと、やはり目立ってしまいそうだと考えたのだ。

 

 古き悪魔や他の悪魔たちに気づかれないように、こそこそ会うにはどうすればいいのか。それに悩んでいたが、いっそのこと考えをひっくり返してみたらどうだろうと思った。こそこそ会うのが難しいのなら、堂々と皇帝に会いに行く理由を作り、怪しまれない相手に仲介を頼めばいいんだと考えたのだ。俺は皇帝相手にそれができるだろう相手を、一人だけ知っていた。

 

「その企画を逆に利用します。タンニーンさんにお願いして、ディハウザー・べリアルさんの十番勝負の挑戦者になってもらうんです。タンニーンさんは現在ドラゴンの保護のために力を注いでいて、レーティングゲームには時々しか参加されていません。そんな方が皇帝と勝負をするとなれば、企画者は確実に食いついてくれます。その時にタンニーンさんを介して、クレーリアさんの現状を伝えられないかと思ったんです」

 

 タンニーンさんは話のわかるお方だけど、ドラゴンがマイペースなのは冥界中の共通事項だ。「なんだか皇帝と戦いたくなった」で、理由として普通に通じてしまうところがドラゴンの凄いところだと思う。皇帝がいつクレーリアさんのことに気づいたのかと思われても、まさかドラゴンが仲介役をしているとは考えないだろう。何より、彼はメフィスト様の女王だけど、あまり『灰色の魔術師』と関わりが深い訳じゃない。こちら側の介入を怪しまれることはほとんどないだろう。

 

 タンニーンさんにお願いして、企画会議の時にでも「王同士でよかったら、酒でも飲まないか」ぐらいの軽い感じでディハウザーさんに声をかけてもらい、そこで事情を話す。たぶん彼と話をするのなら、クレーリアさんを直接知っている俺が行くべきだと思う。厳しいようならタンニーンさんに頼むしかないけど、そのあたりはまず話し合いにまで持ち込んでからだろう。

 

『つまり、カナくんが僕にお願いしたいことは』

「タンニーンさんに、年の暮れの記念に景気良く皇帝相手に暴れてみませんか? とお誘いをかけてくれないかなーって」

『すごい嗾け方だねぇ…』

 

 クレーリアさんたちの為ですので。俺もタンニーンさんにお願いするけど、彼なら強者との戦いを嫌がることはないと思う。年の暮れの特別企画だから、盛大な見世物になるのはもしかしたら嫌がられるかもしれないけど、この前タンニーンさんへ一撃入れたご褒美としてお願いするぐらい、図々しくても頼むんだ。皇帝VS巨大ドラゴン軍団は、個人的に見てみたい気もするけど。

 

 あと、アザゼル先生にもお願いしてみようかな。この際、どこへだって頭を下げてやる。堕天使の組織は今回の件に全く関係がないけど、だからこそ最高の隠れ蓑にもなれると思うのだ。先生に貸しを作るのはものすごく怖いけど、それも覚悟の上である。もしもの時、はぐれになった彼らの居場所を隠す、手助けだけでもお願いできればそれでいい。いくら親しい相手でも、本来関係のない事件に他組織のトップへそこまでお願いはできないだろう。

 

 協力してくれるかはわからないけど、堕天使の副総督であるシェムハザさんは、悪魔の女性と通じていた。部下の道ならぬ思いのために、同盟を積極的に進めて率先して泥を被ってでも行ったことを俺は知っている。今回の件は、彼にとって他人事には思えない内容だと考えると思うのだ。先生の友達の幸せを願う気持ちを利用することに、自分でも最低かもしれないと感じるけど……。それでも、俺に出来る全てで行動しようと決めた。悔いだけは、残したくないんだ。

 

 

「お願いです、メフィスト様。無茶を言っているのもわかっていますし、危険なことをしているのもわかっています。それでも、どうか俺に力を貸してください。俺に友達を助けるための、みんなと一緒に笑っていられる未来への力を貸してくださいっ!」

『……協会としては、今回の件に介入することはできない。それに、カナくんが思いついた方法は、まだまだ考えていかなければならないところもある』

「…………」

『だからこそ、これからさらに考えていかないといけないねぇ。その彼らを助けるためにも、カナくんのお願いを叶えてあげる為にも』

「メフィスト様」

『カナくんがお願いをしたのは協会の理事長にではなく、メフィスト・フェレス――僕個人へのお願いだからね。だいたいこういうのはね、要はばれなきゃいいんだよ。それにあいつらの思惑も、なんか気に食わないからねぇ。話のわからない自分本位なやつは、昔からだいっ嫌いだったからさ』

 

 メフィスト様も、さらっと暴露しているよ。そういえば、旧四大魔王の方々を今と同じように嫌いだって原作でも堂々と公言していたような気がする。アザゼル先生とも旧知の仲だし、堕天使の情報網や技術も使っていた。先生の友人らしく、メフィスト様も抜け目がないマイペースな方だったことを思い出した。

 

『タンニーンくんには、まずは僕から連絡を入れてみよう。とにかく、色々話し合っていかなければならないことも多い。時間は迫っているだろうけど、決して焦ってはいけない問題だ。カナくん、無茶だけは絶対にしてはいけないからね。それが、僕との約束だよ』

「はい、わかりました!」

 

 しっかり最後は注意を受けてしまったが、メフィスト様の助力を得られたことに、ただただ嬉しさが込み上げてきていた。俺一人じゃどうしても限界があるけど、俺にはそれを補え合える人たちがいる。気持ちが伝わることが、こんなにも心に響くとは思っていなかった。俺は魔方陣による通信を切ったと同時に、緊張で張っていた肩の力が抜けていくのがわかる。本当によかった、と安堵の思いが深い息と共に出た。

 

「ようやくこれで、前に進める」

 

 俺は自分の手のひらを少しの間眺め、次にそれを胸の前でギュッと強く握り込んだ。まだこれで終わりじゃない。それどころか、ようやくスタート地点に立つことができたって感じだ。まだまだ足りないところはあるし、時間だって多くはないけど、それでも俺の進みたい道を決めることができた。情けなくて一人じゃどうすることもできない自分でも、何が何でも頑張ろうと考えた答えを見つけられたのだ。なら、あとは突き進むだけである。

 

 これが正しいのかなんてわからない。もしかしたら、間違った道なのかもしれない。だけど、この思いに後悔だけはしない。原作でのクレーリアさんと八重垣さんが、たとえ死んでしまったのだとしても、お互いが出会えたことを後悔だけはしていなかったように。俺が介入したことでたとえ未来が不明瞭になってしまっても、この介入に後悔だけは絶対にしない。俺にできる全力で、この世界を精一杯に生きてみせるんだ。

 

 

 

「……うーん、できれば駒王町の情報もほしいな。でも、クレーリアさんたちは動くことができない。紫藤さん達の動きをある程度把握しておかないと、もしもの時に間に合わなかったりしたらまずいよな…」

 

 紫藤さんは駒王町にある教会で暮らしていた、って原作で語られていたと思う。だから、彼らが普段いる居場所はだいたい把握できる。確かあの教会は、紫藤さんが引っ越すまで一般人にも開放されていた場所のはずだ。悪魔側は厳しくても、教会側の動きなら、教会に通うだけでも何かわかることがあるかもしれない。何か異変が起これば、連絡を入れてくれるだけでも助かるだろう。

 

 できれば、彼女たちとは関係ない第三者の協力が欲しい。協会の魔法使いにお願いする訳にはいかないし、悪魔や教会だって外からの出入りに目を向けていることだろう。誰かいないだろうか。こんな頼みを聞いてくれそうな相手で、駒王町に詳しくて、彼らにいることを不審に思われなくて、紫藤さんたちの動きを見れるほどの実力がありそうな人物。

 

 そこまで考えた時、――一人だけ俺の頭の中に該当者を見つけてしまったのであった。

 

「い、いやいや、それはまずいだろう。彼は表の……表の、人間? の一般人……あれ、一般人だったっけ。白龍皇や仙術使いの美猴にすら気配を悟られずに近づけ、魔法(物理)が使えて、本人談では異世界に行って、さらに精霊と交信することができる。魔王少女様の催眠魔法を無効化し、テロ組織の魔法使いの魔法を拳で破壊し、文字通り吹っ飛ばしていた。……おかしい、一般人の定義ってなんだっけ?」

 

 表の人間の定義がちょっとわからなくなってきた。でも、俺の思い浮かんだ人物は、マジでこれだけのことができてしまう相手なのだ。実際の行いは十年後のことではあるんだけど、今でだってかなりのスペックはあると思う。まだ完全覚醒はしていないみたいだけど、教会で紫藤さん達の様子を伺ってもらうぐらいなら頼めないだろうか。全く関係のない彼を危険な目にあわせる訳にはいかないけど、それでも頼むだけの価値はあるんじゃないか。

 

 それに俺は、その相手が求めているものを提供できるかもしれない伝手を持っている。駒王町で彼と出会うことになった要因。俺がミルキーショーへ行くことになった原因である、二人組。ミルキー魔法使いさんと悪魔さんだ。彼らは魔法少女について研究し、さらには魔王少女様公認の魔法少女魔法なんてとんでも魔法まで作っている人物たちなのだ。彼ら自身も純粋なミルキーファンであり、ミルキーについて語り出したら止まらない方々であった。

 

 今までの関わりから考えれば、十中八九彼らと――ミルたんの相性はバツグンとしか言えないだろう。魔法少女を真に愛する者たちだけがたどり着ける境地。彼らなら、おそらくたどり着けると思う。ミルたんが裏に関わることになるかもしれないけど、ぶっちゃけ彼の場合は魔法少女のことしか頭にない。魔法少女のために異世界へ行ってしまう相手に、表も裏もないような気がしてしまった。

 

「ミルたんに、助けてもらう…」

 

 ごくりっ、と俺は唾を飲み込んだ。確かに彼のスペックは魅力的だし、困ったときは言ってほしいと連絡先もいただいている。魔法少女に憧れる彼の性格的に、「助けて」と言うだけで助けてくれるのかもしれない。それでも、もしかしたら彼の身に危険が及ぶかもしれないことでもあるのだ。この誘いに乗るのかを決める全権は、ミルたんにあるべきだろう。情ではなく、彼自身のこれからを考えて選んでもらおうと思った。

 

 

「も、もしもし、ミルたんさんですか? この前、ミルキーショーでキーホルダーを渡した者なんですが、覚えていらっしゃるでしょうか」

『にょ。あの時のミルキーの魂を持つ少年かにょ。今でもミルたんの心に深く残っているにょ。あと、ミルたんのことはミルたんと呼んでくれていいにょ』

 

 なるほど、電話だと生き生きしているようである。あと俺の印象が、ミルキーの所為でどんどん混沌になっていっているような気がした。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて。その、実はミルたんに聞いてほしいお話があるんです。この話は、今後のミルたんにとって大事なことでもあるので、無理だったら断って下さい。その代わりとして、俺にできることをしたいと思っています」

『大事な話にょ?』

「はい」

 

 突拍子もない俺の言葉を、ミルたんは真剣に耳を傾けてくれる。それに感謝を心で思いながら、まずはどこから話をするべきだろうと考えを巡らせた。いきなりやってもらいたいことを言うのは違うと思うし、お願いではなくできれば等価交換のようにミルたんにとっても利益があるようにしたい。要は、ビジネスのような相互関係を築きたいのだ。

 

 こういう時は、まずは相手の求めることを言うべきだろう。どれだけ相手の興味関心を引けるのかが、最初に気をつけなくてはいけない肝心なところだ。わかりやすく的確で、キャッチフレーズのように相手の心をガッチリ掴むような夢のような言葉。そこまで考えて、俺は意を決してミルたんに思いのたけを告げた。

 

 

「ミルたん! 俺と契約して、魔法少女っぽいものになってみませんかァッ!?」

『!!??』

 

 結果的に了承をもらえました。でも、何かを間違えたような気はしました。

 

 

 紅葉が綺麗だった秋が終わり、少しずつ葉が枯れ落ち、寒さが新たな季節を知らせてくれるようになった時期。散々迷ってしまった所為で遅れてしまったスタートを、俺はようやく走り出した。どれだけ厳しくても、届くかどうかわからない道だとしても、それでも掴み取るために全力を尽くすんだ。

 

 クレーリアさんや八重垣さん、眷属のみんなと笑って年を越せるように。みんなで一緒に『皇帝べリアル十番勝負』を観戦できるように。みんなに力を貸してもらいながら、惨めでも失敗ばかりでも必死に足掻いてみせるんだ。それが俺にできることなんだから。

 

 

 

 唄を忘れていたカナリアは、答えを見つけた代わりに自重(大事なもの)を忘れながらも、力を振り絞って今飛び立とうとしていた。

 

 


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