えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
神器を組み合わせる。神器に神器の効果を及ぼさせたり、それこそ本当に神器同士を合体させたりできることを奏太は知っていた。それ故に、ラヴィニアの神器に自身の神器の力を組み合わせることがきっと可能だと考えたのだ。
神器を合体させ、その力を取り込む。思い出すのは、兵藤一誠が赤龍帝の力に、白龍皇の力を合体させて作り出した『
他にも、ヴリトラの神器類を合体させた匙元士郎の『
紅の神器が突き刺さった氷の姫は、取り込んだ消滅の光を全身に纏わせている。もともと奏太の神器とラヴィニアの神器は波長が合う故に、共鳴現象を起こしていたほどだったのだから。神器同士は拒絶反応を起こすことなく、それぞれの力を補い合い、融合したのだ。
こうして、紅を宿す蒼き神滅具が誕生したことによって、ロボットVSドラゴンの夢の戦いが彼らの中では始まったのであった。
「それじゃあ行かせてもらいます、タンニーンさん!
「――ッく!?」
奏太は大元の神器から命令を下し、分解させて合体させた三つの消滅の枠を使った槍に能力操作を行う。すると、
タンニーンはその大きさからは考えられないような速度で、咄嗟に回避を行った。彼の横を突貫した影が通り過ぎ、後ろの岩肌に勢いよく激突する。辺りに轟音が響き渡り、クレーターのような大穴が空く。三メートルもの質量が、損壊も気にすることなく高速で突っ込んでくるのだ。いくらドラゴンと言えど、馬鹿にはできない。その衝撃の威力に、タンニーンの目から油断が消えた。
氷姫人形は顔の半分が崩れ、肩から先の部分が跡形もなく崩壊した姿で、穴から出てくる。しかし、すぐに氷が彼女に纏わりつき、元の姿へと修復された。この神器はラヴィニアを倒すか、彼女の精神力が切れなければ止まらない。奏太の神器の力を取り込んだ氷姫は、本当に上手くかみ合っていた。
氷の特性としてあげられるものに、重さがある。個体という質量がある故に、物理的な攻撃力はあるが、その分機動力にいまいち欠ける神器だったのだ。膨大な質量がある故に、自身に速さが出せない。そのため『
スピードを阻害する重さが消えながら、武器となる質量と硬さは健在。さらに修復機能により、損壊を気にせずに何度でも高速のスピードを生かした打撃を繰り出せる。しかも永遠の氷姫の効果もあるため、下手に受けたりすると受けた部分を凍てつかせてくる。つまり、高速で動く大質量の攻撃を全て避けて対処しなければならないということだ。
「ラヴィニア、大丈夫か?」
「は、はいです。しかし、これは大変なじゃじゃ馬さんなのですよ…」
「俺も効果範囲がでかい分、結構持っていかれる。だから、当初の予定通り」
「短期決戦、ですね」
ぶっつけ本番の合体技だ。ラヴィニアは初めての神器の操作の仕方に、奏太は大質量の神滅具への効果の消耗量に、もともと長期戦はできないと踏んでいた。二人はお互いにうなずき合うと、それぞれ神器に意識を集中させる。赤と青のオーラが氷姫を包み、タンニーンに向かい先ほどよりも機敏な動きで肉迫した。
「ふんっ、面白い!」
タンニーンは楽しそうに口角を上げると、背中の翼をはためかせ空中戦へと躍り出た。四本の腕がそれぞれバラバラの動きをしながら彼を切り裂こうと迫り、それを俊敏な動きで回転して躱す。氷の特殊攻撃には火の息を吐き、相殺させた。
炎の力押しで抑え込もうとするが、相手のスピードで捉えきれない。おそらく一瞬の直線距離であれば、タンニーンよりも速いだろう。さらに十五メートルという巨体故に、素早く動く小さな相手に何度か一撃をもらいかける。
今回の戦いのルールは、タンニーンが一撃をもらったら負けである。攻撃を受け止めることは可能だが、当たれば特殊効果である氷の追加効果が発動されるため、それが負けを強くする。小さな氷の人形に触れられた時点で、この戦いは終わるのだ。接近戦は分が悪いと感じ、彼は距離をとることを選択した。
遠距離からの炎か、魔力で倒す。さらに遠距離では、彼らの持ち味を生かせないだろうと踏んだのだ。
「遠距離戦だ、ラヴィニア」
「はい、私の神器の真価をみせる時なのです」
額に汗を流しながら、ラヴィニアは力強く頷く。次にキュイン、キュイーンと氷姫人形から何かがチャージされていくような光と音が響き渡った。さすがのタンニーンも、相手の異常行動に動きを止め、アザゼルは拳を握りしめながら目を輝かせた。
「アレか、やっぱりロボの遠距離攻撃と言えばアレなのかッ!?」
「アレとはなんだ、アザゼル!」
「夢、情熱、ロマンだ!」
「わからん!?」
こいつとの付き合いを考え直そうか、とタンニーンは思った。
「いけるのです」
「俺もいける。それじゃあ、せーの!」
『ロケットミサイル発射ァーー!!』
蒼のオーラと紅のオーラが二人の掛け声によって、氷姫人形の一ヶ所に集中する。そして、高質量のオーラを纏った氷のミサイルがタンニーンに一直線に向かって発射された。胸から。
「胸からミサイルが飛んで来ただとッ!?」
「てめぇら、なんでそこはロケットパンチじゃねぇんだよォッ!! 俺のワクワク感をどうしてくれるんだァァッ!?」
「だって、先生。
「――ッ!? お、俺としたことが、興奮の余りそんな常識をうっかり忘れてしまっていたのか。くっ、まさか先生が生徒に教えられるとはな…。教職は奥が深いぜっ……!」
「そこの
消滅の効果を纏った胸から飛来する連続オッパイミサイルを避けながら、タンニーンは無傷で対処する。しかし精神には、すでに一撃入っていそうだった。
「えぇい、小賢しい!」
ミサイルもあるが、ちょっとツッコミに疲れてきたタンニーンは、トップスピードでミサイルの嵐を翼を広げてすり抜け、氷姫人形の上空へと昇った。制空権の上を取った魔龍聖は、大きく口を開け、氷の姫へ大質量の火炎を放った。いくら神滅具でも、この火炎を受ければ一溜まりもないだろう。
「ラヴィニア、パージだ!」
「
ラヴィニアの指示により、人形は槍の突き刺さった氷を自らの手で抜きだし小さな人形へと変える。そしてそれを、火炎の効果範囲外に向けて全力で投擲した。質量が小さくなった分と合わせ、神器の効果で高速で移動した小さな氷の人形は炎から逃げだし、――姿を消した。
「消えた?」
大型の氷の姫を火で燃やしつくせたが、逃がした分を追おうと視線を向けてその奇妙な出来事にタンニーンは目を瞬かせる。高速の投擲に耐えられずに燃え尽きたのかと一瞬考えたが、彼は微かに感じたオーラと己の中で鳴った警鐘に従い、すぐにその場から逃げ出した。その直後、彼がいた場所に氷の息吹が降り注ぐ。視線を向けると、修復作業の終わった氷姫人形が、今度はタンニーンの上空に堂々と健在していた。
「そうか、気配と姿を消滅させていたのか」
奏太の神器の能力は、この約二週間で見せてもらっている。ずいぶんとオーラを隠すのが上手くなった。それ故にその現象に理解はできたが、初見であったら一撃をもらっていたかもしれないだろう。その事実に、彼は小さな笑いが抑えられなかった。
元龍王として、胸を貸すつもりで始めた修行であった。それが今はどうだ。戦いに高揚する気分、次は何を見せてくれるのかと逸る心。何を仕出かして来るのか、本当に予想がつかない。
タンニーンが手加減をやめれば、すぐにこの戦いは終わるだろう。だが、それではつまらない。この二人の子どもが見せてくれる可能性を、もっとこの目で見てみたい。その成長の先に、いったい何をみせてくれるのかが気になった。
「なるほど、確かにこれは面白いな」
神器の強さもあるが、その強さに溺れずに理解しようと模索し、共に成長しようともがき続ける存在。どのように成長するかはわからないし、時間もかかるだろうが、きっと見ていて飽きることはないだろう。寿命は気が遠くなるほどあるのだ。己の楽しみの一つとして、見守ってみるのも悪くないかと思えた。
今回のこの戦いで、こちらの予想を上回るような成果をあげていることを、奏太たちは知らないだろう。しかし、それでも勝たせてやるほど龍王は甘くない。そろそろ彼らの体力も精神力も尽きかけていることだろう。彼は楽しませてくれた礼に、一つ教えてやろうと獰猛な笑みを浮かべた。
「見事だ、倉本奏太。ラヴィニアよ。……だがな、俺が敵ならこのように狙うと思うぞ?」
彼らの考えた
タンニーンは魔力を瞬時に練り上げ、火の力を付加させる。それを氷姫人形に向かって投げ、反応に遅れた相手の動きを縛った。炎の熱と氷の力がぶつかり合い、白い靄が広がる。人形は魔力から抜け出そうと氷の力と消滅の力を行使しているようだが、数秒なら時間を稼げる。そして、タンニーンにはその数秒があればよかった。
ラヴィニアは神器の制御で手一杯であろう。そして奏太は能力の制御ですでに三つの枠を神器合体に使っているため、消滅の効果を現在他に使うことができない。彼の手元に残っている最後の枠は、この冥界で過ごすために使われている。故に、どうしても能力を切ることができない。つまり、彼らは現在無防備な状態ということだ。
授業料だ。タンニーンは下にいるだろう奏太たちに向け、アザゼルが間に入って来れるだろう速度で火球を二人に向かって放った。自分たちに向かって来る突然の炎に二人は目を見開いたが、――そこに焦りはなかった。お互いに視線を交わし、頷いた。
「来たっ、ラヴィニア!」
奏太が声をかけると、ラヴィニアは足を踏みだし、彼に勢いよく抱きついた。それに口笛を吹くアザゼルを無視して、奏太は神器の能力を発動させる。彼が使うのは空気抵抗の操作。一瞬の移動だけなら、少なくともこの炎の効果範囲から逃げ出すぐらいの間だけなら身体を保てる。最後の消滅の枠を変え、その反動に奏太は表情を歪めながらも、火球の効果範囲からラヴィニアを抱えたまま全力で逃げ出した。
それにタンニーンは目を見開いた。最後の消滅の枠は、奏太の生命線の一つだ。ただの人間にとって冥界は毒となるものが多い。空気や土壌などの悪影響を消滅させる効果は、決して切ってはならない線引き。それを彼はあっさり切った。一瞬だけとはいえ、運が悪ければ死に至るかもしれない。その無茶にアザゼルが止めに入るかと思ったが、彼は動かない。それどころか、笑っていた。
「そういうことか、あいつ。もともと最後の消滅の効果を冥界に適応するためには使っていなかったな。だから、ずっとラヴィニアの傍にいたって訳か」
「何?」
アザゼルの言葉に奏太に視線を向けると、彼の周りに水色の膜のようなものが輝いているのが見えた。あれは、ラヴィニアの神器のオーラだ。さらに彼を包んでいるのは魔法の気配。おそらくこの戦いが始まる前に、事前にラヴィニアから冥界に適応できる魔術をかけてもらっていたのだ。魔法とさらにラヴィニアの神滅具のオーラによって、奏太は冥界に数分の間なら適応できるようになっていた。それを、最後の力の枠を使って隠していたのだ。
奏太が今まで消していたのは、自分から放たれる特殊な効果があるものの波動を消滅させ続けることだった。これにより、魔法やラヴィニアの神器のオーラを身にまとっていたことを隠していたのだ。最後の手札も合わせて。
「今なのです、
奏太に抱っこされながら、ラヴィニアは急いで指示を出す。それにより、タンニーンの意識を神器に再び向けさせた。彼女の声に反応するように、火の魔力にもがいていた氷姫が動きを止め、突如バラバラに砕け散ったのだ。
この戦いは、一撃でもタンニーンが受けたら負けとなる。それ故に上空から降り注ぐ大小様々な氷のつぶてを避けるよりも、タンニーンは確実性を選んだ。彼はその場で瞬時に火の息でそれらを焼き払うことを選び、空から降り注いでいた氷を全て火の力によって消滅させてしまった。
おしかったが、分解した奏太の神器も氷と共に火の中に消えた。ラヴィニアにもう神滅具を作り出す力は残っていないだろう。あの合体技以外に、タンニーンに一撃を入れられる攻撃方法はない。勝敗は決した。彼らの最後の攻撃を全て凌ぎ切ったタンニーンは、火の息をゆっくりと止める。
――それと同時に感じたのは、足元から感じた焼けるような一瞬の痛みだった。
「――ッ!?」
もはやそれは反射であった。本能的な拒絶感と寒気。足の裏に当たったものを、彼は足の爪にぶつけて払いのけた。それにより、タンニーンの足に当たったものは地面に勢いよく衝突し、小さな音を立てて壊れた。
「……そうか、お前が本当に俺に隠したかった特殊効果は、魔法の効果やラヴィニアの神器の波動ではなく、この波動だったのか」
もしこの戦いで、奏太からこの波動が感じられていたら、真っ先に警戒をしていただろう。だから奏太は、タンニーンに察知されないために、ずっと神器で隠し続けていたのだ。魔法のオーラや神器の波動も、本当の切り札を隠すための更なる隠れ蓑。それほどまでして、彼らは隠したかった。これだけは、力でなんとかなるものではない。本能的で特性のような、悪魔故の最大の弱点なのだから。
そこにあったのは、折れ曲がった奏太が持っていた最後の槍。それだけなら痛みなど感じるはずがない。だが、その先端に括りつけられていたのは銀でできた装飾品だった。今は落ちた衝撃で粉々に壊れてしまったが、それが何であるか瞬時に理解した。
「正直、いくら神器合体でも真正面からパワー勝負をやって、あなたに一撃入れるのは難しいってわかっていました。タンニーンさんは強いし、皮膚は頑丈だし。すごいドラゴンです。だけど、元ドラゴンだ。あなたは転生悪魔、つまり光や聖なるものが弱点になってしまっている」
神器合体が、彼らの切り札の全てではなかった。だから、タンニーンが自分たちを攻撃してきた時、すぐに動けた。そして、彼の隙を作り出すための絶好の機会へと変えたのだ。奏太は砕けた槍を消し、衝撃で壊れてしまった銀の装飾品を拾い上げる。人間が触っても何も起こらない。だけど、悪魔にとっては違った。
「お前が冥界用に持ってきていた十字架か」
「はい、正直お守り程度に持ってきた物でしたけど、こんな風に役に立つとは思いませんでした」
頭を掻きながら笑う奏太に、アザゼルは呆れたように肩を竦めた。この二人にとって神器合体技は囮で、本命はこの十字架をいかにタンニーンに当てるかをずっと考えていたのだ。独立具現型の神器の弱点を逆に利用して隙を作らせ、十字架の聖なる波動を気づかせないために消し続け、一瞬の油断を狙って槍を投げて十字架を転生悪魔のドラゴンの足に当てたのだ。悪魔にとったら、触れるだけで効果を表すものだから。
確かに一撃だが、本当にこのためだけの一撃だ。実戦じゃなんの意味もない。事実、タンニーンは微かな痛みを受けただけで、ピンピンしている。だが、今回の修行の中では大きな意味を持つ一撃であった。
「先生、先生。どんな一撃でもよかったですよね。別に俺たちの力で一撃を入れろ、なんて言われていませんでしたから」
「あー、まぁな」
「安心しろ、勝敗にケチをつけるつもりはない。しかし……たくっ、この悪知恵の働く小僧が」
「ちょっ、いたたたッ! タンニーンさん、潰れる! あなたの巨大な指で頭をぐりぐりされたら、首から上が取れちゃう!?」
最上級悪魔のドラゴンに一撃を入れられたというのに、少年は相変わらずだった。神器合体も十字架もただのノリと思いつきでやったことだから、おそらく自分がどれだけとんでもないことをしたのかちゃんと自覚できていないのだろう。
ラヴィニアはホッと息を吐きながら、座り込んでいる。あの神滅具をずっと制御し続けていたのだから、当然であろう。こっちも自分がやらかしたことを、いまいちわかっているのか判断がつかなかった。タンニーンの敗因は、彼らの力を軽んじたことだった。純粋なパワーではない、可能性という見えない力が彼へ一撃を届かせたのだ。
「俺に勝った褒美だ。次に冥界に来たときは、さらに修行をつけてやる。覚悟をしておくといい」
「えっ……。待って、それご褒美じゃない! ただのお仕置きじゃん!?」
「おっ、よかったなーカナタ。最上級悪魔で冥界でも屈指の実力者が直々に扱いてくれるなんて、すごいご褒美だぞ? 死なない程度に頑張るんだな」
そんなのあんまりだ。見捨てないで、アザゼル先生! と涙声でドラゴンの恐怖を訴える奏太を、どこ吹く風で大人組は聞き流した。
「ドンマイなのですよ、カナくん」
「お前もだからな」
「……ありゃーです」
奏太を慰めていたラヴィニアにも、タンニーンは無情だった。
それから戦いの疲労と消耗、ご褒美の内容に目が回った子ども組はその場で気を失うように眠りについた。おそらく、すぐに起きるのは無理だろう。さすがにこれでは帰れないので、もう一泊冥界で過ごすことになったのであった。
そのことをアザゼルはメフィストに連絡し、事の詳細を話すと、色々な意味で呆れられる。しかし、赤と青の合体神器ってなんだか僕みたいだねぇ、と親バカ発言はかましたらしい。その後、いい大人があんまり子どもたちをいじめないように、とタンニーンと一緒にアザゼルは注意を受けたのであった。それを後で聞いた奏太とラヴィニアのメフィストへの好感度が、さらに高まったのは言うまでもない。
彼らの冥界での仕事は無事に終わり、修行でも新たな可能性を見つけ出すことができた。ドラゴンと過ごした冥界での日々は、こうして過ぎていったのであった。