えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 第三章夏休み編の後編は冥界修行編で、神器の修行とその成果を見せながら、ドラゴンや冥界について関わっていくことになると思います。


第二十三話 冥界

 

 

 

 冥界、そこは人外たちが暮らす人間界とは違うもう一つの世界だ。ここは、悪魔や堕天使が領土を持って暮らしていて、他にも数多くの魔物や幻想種、ドラゴンなども生息している。俺たち人間側からすると「地獄」と呼ばれるような場所で、確か地球とあんまり変わらないぐらいの広大な面積があるらしい。この世界には海がなく、自然がたくさん残されているので、未開の土地もたくさんあるそうだ。なんというか、一応地球とは繋がっているけど、俺としては異世界に来た気分になってくるな。剣と魔法の世界って感じ。

 

 もうすぐ昼になるはずなのに、空は紫色で全体的に薄暗い。風も臭いも空気すらも、重いと言うかじっとりとしている。太陽が苦手な悪魔にとっては住みやすそうだけど、俺自身はちょっとこの感じは苦手だな。人間だから当たり前なんだろうけど、やっぱり人間界が一番肌に合っているとわかる。ラヴィニアも最初は慣れなかったらしいが、数日過ごせば適応していくとのこと。人間の適応力って時にすごいよな。

 

「まぁ、だからって人間にとって害になるものは数多くあるけどな。冥界に住む者にとったら何でもないものでも、人間(お前ら)には猛毒になりえるものはかなりある。ラヴィニアは魔法や神滅具の波動でそれらを凌げるが、お前はそれができない」

「はい。だから神器の能力で、常に外界からもたらされる俺に害となるものを、シャットアウトしないといけないんですよね」

「そういうこった。お前の能力の枠を一つ消費することになるが、それが一番安全だからなぁ。空気や土壌、植物の香りと個人差もあるが、何が害になるかわからない。あと俺が渡しておいた、虫よけグッズも肌身離さず持っておけよ」

 

 アザゼル先生からの注意事項を聞きながら、俺はきちんと準備ができているか再確認しておく。感染症とかになったら嫌だし、事前に予防できるのなら全力でしておくべきだ。異常効果を消せるのだとしても、それで大手を振って歩くだなんて馬鹿な真似はしない。しかし、さすがは人間側から見たら「あの世」と表記される場所だ。ここは人間が暮らすには厳しい場所なんだろうな。そもそも世界が違うんだし。

 

「私は神器の力で常に冷気の膜を張ってなんとかしていますが、消滅の枠が一つ減ってしまうのはちょっと辛いですね」

「だよなー。でも、この二週間でもう一つ枠を作れるようにはなれたから、一応使えるストックは今まで通りに三つある。上手く使っていくしかないかな」

「一応、飲み水は魔法で出せますけど、冥界は人間界のようにいかないのが大変なのです」

「そっか、水も気を付けないと駄目なのか。俺、冥界に行くから一応十字架とか塩とかニンニクとか持ってきちゃったよ。元教会関係の魔法使いさんからもらったから、なんか効果があるといいんだけど」

「お前それ、吸血鬼用のセットだろうが。まぁ、いくつかは悪魔や魔物にも効くかもしれんがなぁ…」

 

 先生に呆れたように言われた。わかっているよ、俺だって気休めに買っただけだから。でもこれで魔物が寄って来なくなったら万々歳じゃん。俺自身を守ってくれる訳じゃないかもしれないけどさ。俺はそれらを、無くさないようにポケットの中に入れておいた。

 

 冥界の話に戻るが、アザゼル先生が言うには、堕天使領にいる神器所有者の人間は、人間用に作った施設以外は出入り禁止なのだそうだ。だから、多少の危険は承知で基本は人間界に施設を作り、そこで神器の研究をするようにはしているらしい。人間を冥界に連れてくるのは、色々リスクも高いのだろう。俺やラヴィニアのような能力、そして冥界に住む者の助力がないと難しいってことだな。

 

 もしかして、原作で姫島朱乃さんのお母さんを冥界の堕天使領に連れて行けなかったのはその辺りもあるのだろうか。人間に狙われているのに、バラキエルさんの傍ではなく、彼女たちは人間界で身を潜めていた。いくら幹部の妻でも、人間を堕天使の組織に連れてくる訳にはいかないって理由もあるだろうけど。それでも、幹部の妻に手を出す堕天使なんていないだろう。どうせ隠れ住むのなら、夫のいる冥界に引っ越した方が安全だと感じるし。

 

 そういえば、今更だけど本当に今って原作の時系列で言ったらどのあたりなんだろう。メフィスト様やアザゼル先生といった長寿組では、判断が全然つかない。先生から朱乃さんの年齢を聞いたら一気に解決するが、俺がどうしてその情報を知っているのかと聞かれたら困る。リアスさんが生まれているから、そこまで年は離れていないだろうけど、かなり曖昧な情報しかわからないのだ。冥界を離れている悪魔と、現在悪魔と敵対中の堕天使しか情報源がないため、明確な年数を知るのが難しいのである。

 

 ……やっぱり一度、駒王町に行ってみるべきだな。俺が最も安全に、原作の時系列を知れる方法が一つだけある。それは、おそらく現在一般人であろう主人公――兵藤一誠の年齢だ。彼が高校二年生になった春に、原作は始まる。そして、そこからの怒涛のノンストップラッシュ展開である。どっかのビリビリ女子中学生並みのスケジュール量とインフレ加速具合だ。約一年で、『超越者』の一角と戦闘ができるようになるとか何それおかしい。

 

 とにかく、この夏休みが終わったら駒王町へ行って、『兵藤』って名前の家を虱潰しに探すしかない。アニメで彼の家から駒王学園まで徒歩だったから、範囲もかなり絞られるはずだ。図書館などに行けば、周辺地域の住民の名字や地図もわかる。一般人の家を回っていくぐらいで目を付けられることもないだろう。市役所で戸籍情報を侵入して調べる手もあるが、悪魔が管理している土地だから不審な行動は避けないといけない。 

 

 うーん、それにしても。もし、主人公に出会えたら俺はどうするべきなんだろう。個人的には、声をかけてみたい。彼は人当たりがいいし、エロ関係以外はちゃんと普通の感性を持っている。でも、俺の存在がどう作用するのかわからないのが怖い。俺は彼が彼らしく自分の道を進む姿が好きなのだ。原作が全てとは言わないけど、それを壊したくない気持ちはある。……これは保留だな。とりあえず、今はこの冥界での仕事を優先させるべきだ。まずは、目の前のことだよな。

 

 

「ここは、タンニーンが管理しているドラゴンの巣の一つだ。あいつ自身は、人間界に住めなくなったやつや、冥界で居場所がなくなったやつを自分の保有する領地に招いて保護している変わり者だけどな」

「変わり者ですか?」

「種の存続っていう生物学的には当たり前の行動だけどなぁ、それを力の権化であるドラゴン――それも竜王と呼ばれていたやつがやっているんだ。ドラゴンっていうのは、一言で言えば超マイペースなやつらだ。徒党を組むのを嫌い、独特の価値観を持っている。強いドラゴンほど、それが顕著でなぁ。だから周りや情勢なんてお構いなしに、自分勝手に行動しちまうものなのさ」

「それ故に、タンニーンさんはすごいドラゴンさんなのです。縛られることを嫌うドラゴンが、悪魔として眷属になったことも、他のドラゴンさん達のために力を持つ者としての責任を果たす姿も。彼のおかげでかなりのドラゴンが救われ、そしてドラゴンのイメージ回復にもつながったと言われています」

 

 次元の空間を越え、列車から降りた俺たちは目的地に向け真っ直ぐに歩いていた。ここはタンニーンさんの領土、つまり悪魔側の領土だ。堕天使の総督が入り込んでいるなんてばれたら、とんでもないことになる。先生は何度かタンニーンさんの領地に訪れたことはあるらしいけど、念のため翼や光力は使わないようにしているらしい。そのため、時間はかかるが徒歩で行くことになったのだ。戦争なんかになったら大変だもんな。

 

 そういえば、ドラゴンは嫌われ者だって原作でも言っていた気がする。神話でも大抵敵役で邪悪な存在として描かれている。彼らは様々な種族に恐れられ、そして忌み嫌われているのだ。冥界でもそれは変わらず、邪悪だとされる悪魔や堕天使にさえ嫌われているらしい。どんだけだよ、周り敵だらけじゃん。

 

 その理由としては、周りや自分さえも気にせず独自ルールで暴れるやつや、邪龍のような存在があげられる。例としてよくあげられるのは、やはり赤龍帝と白龍皇の大喧嘩だ。戦争のど真ん中でドンパチして、周辺に大迷惑をかけるような相手。そりゃあ、嫌われる。そんなドラゴンの負のイメージを緩和したのが、タンニーンさんだったという訳か。彼としては、そんなつもりはなかったんだろうけど。

 

 原作で悪魔側が、赤龍帝である主人公を受け入れてくれたのって、もしかしてタンニーンさんのイメージ回復効果のおかげもあるんじゃないか。いくら強くても、神器になったのだとしても、忌み嫌うような種族の力を受け入れるのはやはり抵抗があるものだ。主人公へのあたりはあったけど、それもそこまで顕著じゃなかった。ドラゴンへの負のイメージを和らげてくれていたからこそ、『おっぱいドラゴン』として彼は英雄になれたのかもしれない。

 

 もしそうなら、……兵藤一誠よ。原作の展開って、タンニーンさんにマジで地に頭を付けて謝らないといけないんじゃないだろうか。少なくとも、かわいそうなドラゴンその三は本気でまずいよ。ドライグやアルビオンはそもそもの元凶だからアレだけど、タンニーンさんは絶対に困らせたらいけないお方だ。

 

「そのタンニーンさんって、今回会えるんですか?」

「一応、顔を見せる的なことは言っていたらしいぞ。ただあいつは忙しいやつだからなぁー。いつになるかはわからねぇらしい」

「お忙しい方ですから、仕方がないですね」

 

 なるほど、でももしかしたら会えるかもしれないってことだよな。メフィスト様に続き、アザゼル先生に元龍王であるタンニーンさんかー。うん、俺の原作遭遇リストが、相変わらずとんでもないな。お偉いさんというか、明らかに会おうと思って会える方々じゃないぞ。どうなっているの、俺の運命的なもの。

 

 

 

「おっと、お前らストップだ」

「えっ?」

 

 初めて訪れた冥界について色々話を聞きながら歩いていた俺の足は、先生の突然の停止発言に止まった。訝しげな視線を向けると、彼は顎で道の先を無言で示す。俺は目を凝らしてその先を見るが、自然豊かな場所であるため障害物が多く何もわからない。木や草が邪魔だな。

 

「いますね、数は五匹。魔物のようです」

「ラヴィニア、見えるのか?」

「カナタ、修行を思い出せ。気配の取り方はちゃんと教えただろうが」

 

 声を潜めて叱られた。すみません、そういえばそうでした。俺は神器を右手に持ち、それに意識を向ける。感覚を研ぎ澄ませながら、相棒を通して周辺を観察すると、木々の先に何かがいるのが掴めた。まだぼんやりとした感覚だけど、確かに五匹いるのがわかる。大きさや感じる気配から、たぶん四足型の魔物だ。群れかもしれない。

 

「道を変えますか?」

「時間がかかるから却下だ。この程度の魔物なら、これから先わんさか出てくるぞ。いちいち遠回りなんてしてられるか」

「……わ、わんさかですか?」

「ここはあの世だぜ? 異形がわんさかいて当たり前だろうが。それにここは、ドラゴンが暮らしやすいように自然が手つかずに残されている。つまり、魔物()が豊富って訳だな」

 

 ちょっと待って。それ聞いていない。今言ったとかなしだよ。考えたら当たり前なのかもしれないけど、ドラゴンの巣に着くまでに障害がいっぱいってことですか。すぐにたどり着けるとは思っていなかったけどさ。本当にファンタジーな世界だ。

 

「私が魔法を使いましょうか?」

「いや、カナタ。お前がなんとかしてこい」

「えっ」

「文句言うんじゃねぇぞ。何のために俺が修行をつけてやったと思ってんだ。お前に圧倒的に足りないのは、実戦経験だ。どれだけ力をつけたって、本番で使えなきゃ意味がねぇだろ」

 

 ご、ごもっともです。確かに修行で人形相手やアザゼル先生に槍を向けたことはあったけど、未だに俺の戦闘経験はあのはぐれ魔法使いだけである。光の槍をビュンビュン投げられて、それに泣きながら頑張ったあれらは戦闘じゃない。蹂躙、しかも俺がされた方だ。怪我をしても神器の力で回復しろと言われ、回復分が足りなかったら魔法薬で癒され、即修行開始な先生無双だった。

 

 修行の日々に遠い目になってしまったが、俺は意識を戻すように首を横に振った。今考えるべきは、目の前の戦闘である。確かにご指名には驚いたけど、俺に足りないものは明らかなのだ。実際の生き物を相手にした戦闘。二人がいるから命の保証はあるけど、いつもそうなる訳じゃない。これから先、一人で行動するようになったら、自分の命は自分で守らなくちゃならないのだ。今の内に、経験を積んでおくべきだろう。

 

「先生、その、殺さないと駄目ですか?」

「それはお前の好きにしろ。ただし、冥界にいる間に経験はしておけ」

「……わかりました」

 

 神器を強く握り込み、俺は深く頷いた。自分でもわかっている、必要なことだってことは。俺は人に武器を向けるどころか、動物にさえ向けることができなかった。どうしても自分のために、生き物を傷つけることや殺すことができなかったのだ。それは、俺の甘さだってわかっている。

 

「カナくんの考えは確かに甘さです。でも、傷つけたくないってカナくんの思いに、私は好感が持てますよ」

「ラヴィニア」

「だけど、いつか必ず必要になります。戦うってことは、何かを守るために起こるのです。それは自分のためだったり、大切な誰かのためだったり、譲れないもののためだったり、これからのためだったりと様々です。その何かのために、誰かを傷つけなければならない時が……いつか必ず来ます」

 

 二人から見たら情けないばかりだろう俺に、彼女は優しく微笑み、そして真っ直ぐに告げる。その言葉に俺はゆっくりと深呼吸し、噛みしめるように心に刻んでいった。俺はもう巻き込まれた一般人じゃない。『灰色の魔術師』に所属し、ラヴィニアの同僚で、ここで頑張って生きると決めた人間なんだ。

 

「ありがとう、ラヴィニア。これからも迷惑をいっぱいかけてしまうかもしれないけど頑張るよ」

「はいなのです」

「先生も、ご指導よろしくお願いします」

「そう改まって言われると、こっちもやりづれぇから普通にしろ。たくっ…」

 

 ガシガシと黒髪を手で掻きながら言う先生に、ラヴィニアと二人で小さく笑った。たぶん、冥界に俺を連れてきてくれたのはこのためでもあるのだろう。ここは弱肉強食の世界。この自然界は、まさにそれを体現している。俺は視線を前に向け、相手の気配を再び辿る様に意識した。魔物の位置を正確に把握し、神器を真っ直ぐに構えた。

 

 

Delete(デリート)

 

 修行を始めてから、俺は能力を使う時は「言葉」を告げるようになった。もちろん口に出さなくてもできるが、俺の神器の能力は「俺が定めるものに働く力」だとアザゼル先生から教えてもらった。言葉として意識することで、能力の効果をさらに上げられるらしい。

 

 だから俺は消滅の能力を使う時は、『Delete』と言葉にすることにした。他にも『消滅』の意味がある英語は数多くあるけど、何故か「概念」に対してはこの響きが一番合っているような気がしたのだ。先生からも、しっくりくるのを選んだらいいと言われたので採用した。そんなことを考えながら俺は自らの気配を消し、魔物たちの背後へと移動を開始した。

 

 この二週間、俺がアザゼル先生から教わった戦い方。というか、嵌め技。俺の戦い方は地味且つ、はっきり言って卑怯だ。真正面から戦うことはまず避けなくてはならない。俺の神器の能力は、体力の消耗が激しいという欠点がある。つまり、極力体力を消費しないで短期決戦で決めなくてはならないのだ。長引けば、それだけ俺が不利になる。だからやるなら、一撃で決めなくてはならない。

 

 こそこそと移動した先で、俺は草むらからそっと目を配らせた。そこには俺に背を向けて喉を鳴らす、大トカゲたちがいた。あいつらは魔物図鑑で見たな。確か背中の鱗は鉄を弾き、鋭い牙で獲物に噛みついて仕留める肉食の魔物だ。

 

 一度噛まれると引きはがすのは困難で、さらに集団で襲うことで狩りを成功させるらしい。動きはそれほど速くないが、直線にいると飛び込んで距離を縮めてくるため、側面からの攻撃が有効だったな。背中は固いが、横や腹は柔らかいみたいだし。とりあえず、数を減らすか。集団で来られたらヤバい。

 

Analyze(アナライズ)

 

 俺は相棒に意識を向け、消滅の能力を分解する。俺の神器には消滅の枠が現在四つある。その内の二つは冥界で過ごすためと、気配を消すのに使っている。しかし、もう二つ枠がある。俺は神器の構成の一部を消去し、その残っている二つの枠を神器から切り離す。すると、俺の手のひらにそれぞれ二本の紅の槍が現れた。俺はそれをダーツぐらい小さくし、大元の神器は左手で持つようにする。

 

 右手でまずは一本目のダーツのような槍を構え、狙いを定めた。アザゼル先生との修行の時間以外は、部屋でずっとダーツを投げる練習をし続けたのだ。デカい槍をそのまま投げた方が攻撃力はあるが、俺の能力はどちらかと言うと威力よりも中てることが重要だ。だから俺が投げやすく、そして小さい故に気づかれにくいこの大きさが最適だと判断された。ダーツを投げるだけなら、体力の消耗もかなり抑えられるしな。

 

 俺が今のところ連続で槍を投げられるのは二本ぐらいだ。三本も練習中だが、命中率はガクッと落ちてしまう。早鐘を打つ心臓を抑えながら、俺は大トカゲの横っ腹に向けて紅の神器を勢いよく振り上げ、真っ直ぐにブン投げた。

 

空気抵抗の消去(デリート)

 

 投げたと同時に能力を発動させ、続いて二本目も少し離れたところにいるトカゲに向かって同じように投擲する。この分解によって分かれた槍は、一本につき一つ消滅の能力を宿らせることができる。

 

 ちなみに、俺自身の空気抵抗を消滅させて高速移動! ……は残念ながら身体がついて行かずできなかった。まだまだ修行が足りないようだ。だけど、槍なら問題ない。俺はそれぞれに神器の効果を宿らせ、目にもとまらぬ速さでその二本は狙い通り二匹のトカゲに突き刺さったのであった。

 

「グルアァァアアァーー!?」

 

 突然の腹部への痛みに、二匹のトカゲは怒声をあげる。それに傍にいた仲間が何事かと意識が向いた。彼らについた傷自体は大したことなんてない。本当に小さな傷だろう。だけど、それでいい。俺の槍の能力は少しでも刺されば発動されるのだから。高速で突き刺すことで、子どもの腕力でも固い皮膚を持つ相手に効力を発動することができるのだ。

 

意識の消去(デリート)

 

 次に空気抵抗から、瞬時に二本の槍の効果を変え、彼らの意識そのものを揺さぶる。痛みに声を荒らげていたトカゲたちは、途端に静かになり、眼球がくるっと回り白目をむいてバタリと気を失った。

 

 突然の出来事に反応できない残りのトカゲたちを確認すると、俺は投げた二本の槍に意識を向けた。神器とは、宿主の思いに応えてくれる代物だ。故に強く念じた結果、役目を終えた紅の小さな神器は消え、左手に握っている元の大元の神器へと力が帰ってきたことを感じる。それを確かめると。

 

Analyze(アナライズ)

 

 再び分解し、二本の槍を手元に召喚した。投げた槍を回収し、再び分解して充填するのに数秒ほど時間がいる。真正面からのガチンコじゃ、この数秒が勝負の明暗を分けるだろう。だから俺はこうして気配を消し、一方的なフィールドをつくりあげるのだ。ちなみにこの投擲方法は、当然アザゼル先生発案である。槍の能力を分解させるやら、槍に消滅の効果を付与させた遠距離の攻撃手段やら、今の俺にできる範囲での応用法の一つらしい。

 

『さしづめ、消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)ってところか』

 

 そして、勝手に名前を付けていかれました。いいけどさ、技を考えたの先生だから。

 

 

 そして未だに混乱状態の魔物たちに向け、再び俺は槍を二本投擲し意識を奪った。この消滅の効果は、俺の視界に映ってさえいれば発動できるのだ。しかし、槍の軌道により残りの一匹に俺の位置を特定されたようで、威嚇のような声をあげて突進してきた。俺は左手に持っていた神器で、『気配』を『重力』に変換させ、その場をすぐさま飛び退く。俺が隠れていた場所に突っ込むトカゲを一瞥すると、すぐに投げた槍を回収し、また分解した。

 

 俺に血走った目を向けるトカゲにぶるりと一瞬身体が震えるけど、アザゼル先生に光の槍をブン投げられていた時の方が何倍も怖い。変な度胸を付けられた気分だ。助かるけど、感謝していいのかわからなかった。

 

 俺は相手から目を離さないようにゆっくり移動するが、どうやら側面は見せないように警戒されてしまっている。このまま正面から、槍をブン投げても大丈夫だろうか。もし皮膚に弾かれてしまったり、避けられると致命的な隙を晒すのは俺になる。

 

「気絶させるには不安要素がある。だけど――」

 

 俺は分解していた二本の槍を一本に統合し、左手と右手に一本ずつ槍を手に持つ。そして右手の槍の大きさを投げやすいように調節し、俺に向かって突進しようと構えるトカゲを見据える。不確定要素より、優先すべきは確実性だ。これから目的地に向かってまだまだ歩くし、何より二人を長いこと待たせる訳にはいかない。俺は、こいつをすぐになんとかできる方法を持っているのだから。

 

空気抵抗の消去(デリート)

 

 俺が槍を相手に真正面から投げたと同時に、トカゲも突っ込んできた。やつは己の最も固い部分を前に突きだし、迎え撃つ気らしい。俺は消滅の枠を二個保有した消滅の投槍(ルイン・ジャベリン)に、残る消滅の枠の命令を告げた。

 

Ruin(ルイン)

 

 俺の命令は単純な物質に作用する消滅の効果。高速で飛来していた紅の槍は光り輝き、そのまま向かってきた大トカゲを正面から刺し貫いた。自慢の鱗は消滅の効果によって穿たれ、血肉が辺りに飛び散る。トカゲの顔はほとんど原型をとどめていない。それに小刻みに相手の身体が震えていたが、すぐに地に伏して動かなくなった。……死んだのだとわかった。

 

 血に濡れた地面、むき出しの白い骨、飛び散った肉、俺を見つめるように転がる目玉。それらや鼻を刺激する臭いに、思わず吐き気から口元を手で押さえる。それでも、吐き出すのだけはグッと我慢した。目尻に涙も浮かんでいたが、それもなんとか堪える。

 

 目的を遂げられた達成感はある。だけど、それ以上に今は不快感と気持ち悪さの方が勝った。いつかこれに慣れていけるのだろうか。いや、慣れないといけないのだ。好き好んで殺す必要はない。だけど、もしもの時の迷いは俺にとっては致命的だから。立ち止まる訳にはいかないんだ。

 

 

「よく冷静に対処できたな。まっ、お前にしては頑張ったよ」

 

 ポンッと俺の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと乱暴に掻き撫でられる。温かい手の温度に安心しながら、俺は無言でうなずき返した。大丈夫、頑張るって決めたのは自分なんだ。何よりこうやって支えてくれる人が、俺の周りにはちゃんといる。だから少しずつ、出来ることを増やしていけるようにしていこう。

 

 夏休みも後半に入り、ついに折り返し地点にくる。こうして、俺の冥界での日々は幕を上げたのであった。

 

 


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