えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百二十四話 治癒

 

 

 

「ここがイギリスの教会かぁー。イリナちゃんはエヴァルド・クリスタルディ猊下に戦術指導を受けているんでしたっけ?」

「うん、先生は俺も含めて多くの教会の戦士の剣の師なんだ」

「戦士クリスタルディは技巧派の実力者でしてな。聖剣エクスカリバーを使いこなす技量は、教会一と謳われております」

 

 同じヨーロッパ諸国でも、イギリスに来たのは初めてである。テレビで見たことがある歴史的な建築物を横目に、俺達は一直線に目的地へと足を運んだ。紫藤さんに頼まれてイギリスへと単身修行へ向かったイリナちゃんの様子を見るためと、彼女と一緒にいるクリスタルディ助祭枢機卿に挨拶をするためでもあった。彼は数少ない俺の事情を知る一人でもあるらしいので、顔合わせはしておくべきだろう。

 

 あと、アーシアちゃんを勧誘する時に同じ年で友人作りが上手なイリナちゃんの手伝いも欲しかったのだ。男三人で小学生の女の子を誘うより、子ども同士の方が打ち解けやすいだろう。アーシアちゃんのいる環境が俺の予想通りならなおさらだ。イリナちゃんは表で暮らしていた時から、裏の事情なんて知らなくてもあの駒王町でトップに立てた番長である。魔法少女を平然と受け入れられた彼女であれば、「聖女」という肩書きに捉われることはないだろうしね。

 

「クリスタルディ先生はこっちの事情を知っているって聞いていますけど…」

「あぁ、後継者と和平の方針については()から聞いている。だからこそ駒王町の使者となる紫藤イリナ殿の指導に選ばれたのだ。未だに停戦協定による混乱は教会内部で起こっておるからな」

 

 俺の護衛に枢機卿であるおじいちゃんと「切り札」のデュリオをつけているのと同じように、教会の代表者になるイリナちゃんを守るためでもあるわけだ。そうじゃなきゃ、助祭枢機卿クラスの人が直々に指導をするなんて無理だっただろう。クリスタルディ猊下は異世界のことは知らないようだけど、和平の先にまだ戦うべき戦場があることは耳にしているみたい。

 

 彼は悪魔や吸血鬼に人生を狂わされた者の一人だったはずだ。クリスタルディ猊下はおじいちゃんと同様に教会のクーデターの旗頭として立っていたけど、本質は教会の戦士たちの不満を解消させたいって思いの方が強かった。信仰深く、冷静沈着で、同士思いで、教会最強と言われるおじいちゃんの次に名前が上がるとしたら彼だろうと言われている。原作ではエクスカリバーが宿す全ての能力を戦闘中に自然体で使いこなし、御使い(ブレイブ・セレント)三人と木場さんを圧倒していた。

 

「技のクリスタルディ、力のストラーダって教会でもバケモノと称された二大巨頭として有名っスからね。弟子への厳しさも相まって」

「聞こえているぞ、デュリオ」

「うえっ!? ほ、誉め言葉っス!」

「あははっ…」

 

 小声で俺に教えてくれたけど、師匠の一喝にビクッ! とデュリオは直立不動で答える。それにおじいちゃんは溜め息を吐くと、教会の人に案内を早速お願いしていた。どうやらイリナちゃんとクリスタルディ猊下は稽古をしている真っ最中のようだ。あの駒王町に住んでいたとはいえ、少し前まで表で暮らしていた妹分が歴戦の戦士の訓練についていけているのか心配もあった。

 

 原作の教会のクーデターでは、幻覚とはいえわざと弟子であるイリナちゃんの剣を受けて首を落とさせてショックで動けなくなったところを狙うとかえげつないことをしていた人物である。それに紫藤さんや教会のみんなから剣を多少習っていたみたいだけど、本格的な剣術を習うのは初めてだろう。あと小学六年生で一人海外へ修行に行くなんて、心細さだってきっとあるはずだ。

 

「イリナちゃんって、停戦協定の時に一緒にいた紫藤トウジさんの娘さんなんだよね」

「あぁ、元気にやっているといいんだけど…」

「カナたんの心配もわかるよ、幼い女の子が一人でだもんね」

 

 うんうんと同意するように頷いたデュリオは、修行が辛くないといいけど…と不安げにこぼしていた。それだけクリスタルディ猊下の修行は大変なのだろう。教会の案内人の後ろをついて行くと、徐々に剣戟(けんげき)の音が大きくなってくる。そして、すぐに耳をつく大声が俺達の方に聞こえてきた。

 

 

「アアァァメェェェーーーンッ!!」

「戦士イリナァァッ!! 何度も言っているであろう!? 何故毎度毎度下半身を的確に狙ってくるのだァッ!?」

「すみません! 六年間磨いてきた癖ですッ!!」

「その癖は淑女として何とかしなさいっ! これまでキミの訓練に付き合った何人の戦士の下半身を昇天させてきたと思っているのだァッ!?」

 

 すみません、優秀な軍師による英才教育の所為で…。

 

「でも先生、パパは言っていました! 教会の戦士とは時に非情な手を使ってでも正義を執行する者だってっ!」

「それは、……そうだが」

「あとお兄ちゃんも言っていました! 私が危ない目にあうぐらいなら、先手必勝で効率よく敵を沈めるのが一番だって!」

「おまえ、数ヶ月前まで一般人出身じゃなかったか……?」

 

 すみません、俺はイリナちゃんと敵対する気がないから別にいっかで背中を押しちゃったかも…。

 

「さすがはカナたんの妹分…」

「うむ…、これは将来が末恐ろしいな」

「イリナちゃんが元気そうでよかったかな、うん…」

 

 否定したいのにどう説明すればいいのか頭が痛そうに唸るクリスタルディ先生と、元気よく祈りの言葉と一緒に下半身を集中狙いする生徒による剣戟が再び繰り広げられる。俺はデュリオとおじいちゃんからの何とも言えない視線から目を逸らすしかなかった。

 

 

「あっ、お兄ちゃん! 久しぶりー!」

「久しぶり、イリナちゃん。こっちでの暮らしは慣れたかな?」

「うん、大丈夫だよっ! シスターは優しいし、先生は厳しいけどすっごく強いの。ご飯は日本食がちょっと恋しくなっちゃうけどね…」

「そう言うだろうと思って、事前に紫藤さんの奥さんからお弁当を預かってきたよ」

「うわぁー、ママの料理! お兄ちゃん、ありがとう!」

 

 今日は治療の後、お昼あたりにイリナちゃんの所へ行くことを紫藤さんに伝えていたのでお弁当を事前に転送してもらっていたのだ。俺も海外暮らしで考えたのは食事だったしな。俺の場合はクレーリアさんが日本食を作れたので問題なかったけど。キラキラした目でお弁当を受け取ったイリナちゃんの笑顔が見れてほっこりした。

 

「初めまして、紫藤イリナちゃん。俺はデュリオ・ジェズアルドって言うんだ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「一人で日本から来たって聞いて心配だったけど、寂しくはないかな?」

「うーん、寂しくはないよ。パパやママ、イッセーくんやみんなとも毎日お話しているし」

「えっ、そうなの」

 

 紫藤さんは心配性だから、毎日電話をしていたってことかな。イリナちゃんの頭をナデナデしていたデュリオは首を傾げ、彼女が強がりでも何でもなく本心からあっけらかんとしていることに目をパチクリとしていた。

 

「前に朱乃さんに仕事で忙しいパパさんとテレビ電話をしていたって聞いてね、すっごくいいなぁー、って思ったの。だからね、イギリスへ行く時に朱乃さんに「私も欲しいけどどうしたらいいかな?」って連絡したら、金髪で胡散臭そうな髭のおじさんがテレビ電話を家に付けに来てくれたんだ。パパもびっくりしてた!」

「……そりゃあ、びっくりだね」

「さすがイリナちゃん、一番柔軟に種族の壁を越えているわ」

 

 紫藤さん絶対に腰を抜かしただろうなぁ…。娘さんのお願いで堕天使のトップが通信機材を持ってくるとは思わないよね。駒王町の教会の近くに乳神様が降臨したおっぱい教があるから、たぶんその研究ついでに持ってきてくれたんだろうけど。実際、異世界について知っている紫藤さんとも連絡が取れやすいように堕天使側が気を利かせてくれたって感じかな。

 

 それにしても、あの駒王町での集まりから子ども達は子ども達で連絡を取り合って仲良くやっているようで何よりである。裏の思想に染まっていないイリナちゃんの天真爛漫さは、(しがらみ)の多かった他の子どもたちにも良い刺激になっているようだ。だからこそ、彼女が教会の代表として選ばれたって背景もあるわけだけど。

 

「お話中失礼します、ご挨拶をしてもよろしいだろうか」

「はい、もちろんです。初めましてクリスタルディ猊下、俺は倉本奏太と言います。お会いできて嬉しいです」

「こちらこそ、この出会いに感謝を」

 

 先ほどまでおじいちゃんと話をしていたクリスタルディ猊下は、俺のところまで歩みを進めると胸に手を当て深々と頭を垂れた。多くを語らないのは相棒と俺のためだろう。それでも、教会のトップである二人の枢機卿が頭を下げたという事実は大きい。俺はそのプレッシャーに小さく息を吐きだし、彼の気持ちに応えるように胸に手を当てて深く頷いた。

 

「……不躾であることは承知で、一つだけ問いたいことがある」

「はい」

「私は、私を含め異形に人生を狂わされた者は多い。それらを倒すことに我らは剣を捧げてきた。停戦協定を経て、和平へと向かうこの世界で我らの剣はどこへ向けるべきだと思う」

「先生…」

 

 下がっていた黒髪が上がり、俺を見つめるクリスタルディ猊下の目は水面のように静かだ。彼の言葉にデュリオは息を呑み、後方にいたおじいちゃんは俺へ向けて小さく頷いていた。おそらくクリスタルディ猊下から、俺に質問をしたいと事前に聞かされていたのだろう。

 

 聖書陣営同士で結んだ協定によって訪れる平和。原作ではその平和をみんなが受け入れられる訳じゃないと言われていた。それはきっと真理なんだと思う。俺の考えは綺麗ごとかもしれない。それでも、俺の口から彼が向けるべき剣の先を語るのならば…。その答えは一つしかないじゃないか。

 

「変わりませんよ」

「何?」

「確かにこれまで敵対していた種族と同盟を結びます。だけど、皆さんが向けるべき剣は変わらないと思います」

 

 原作知識だけじゃない。裏の世界で過ごしてきた俺自身の目で見てきた今までに、答えがある。

 

「俺は元一般人で、表で暮らす家族がいます。だからこそ、教会の皆さんが俺達(一般人)のことを守ろうと尽力してくれたことに感謝だってしています。尊敬だってしています。それは俺が魔法使いとなり、悪魔であるメフィスト様の部下になった頃からずっと変わっていません」

 

 俺が裏の世界に入ったきっかけは、原作の裏側で零れ落ちてしまう命を拾い、そして表の人達の平穏を少しでも守れるような人間になりたいと思ったからだ。それは、人のために異種族と戦う教会の人達と似ている。天界陣営として神の為に戦ったという理由もあるだろう。だけど彼らは命を懸けて、永い年月を人のための守護者として戦い続けてきたのは事実だ。

 

 そりゃあ、色々過激な人はいるし、教会の狂信っぽいところは怖いから関わり合いになるのは避けていたけど…。それでも、俺が教会陣営を嫌いになれなかったのは、敵だと思えなかったのは表の世界を守るために戦ってくれていた背景を知っていたからだ。教会と敵対していた魔法使い陣営に所属したって、その気持ちは持ち続けていた。

 

「教会の皆さんの剣は、『護るための剣』です。人々の平穏を守る格好いい戦士(スーパーヒーロー)。それが、俺が尊敬する教会の戦士の生き様だって思っていますから」

「…………」

「異種族が嫌いならそれでいいと思います。だけど、異種族の中にも手を取り合いたいと願うヒトがいることを、平穏を願うヒトがいることを知ってくれていたらそれでいいんじゃないかなって思っています。それさえわかっていれば、剣を向けるべき相手を間違えることはないと思っていますから」

 

 異種族に人生を狂わされた人に、それでも仲良くしようなんて俺は言えない。許せとも言えない。だけど、このまま争い続けることがいいことだとも思わない。俺なりの答えを真っすぐにクリスタルディ猊下に告げると、彼はしばし無言で自分の考えをまとめているようだった。

 

 そこにひょこっと不思議そうに首を傾げたイリナちゃんが、難しい顔をする先生に向かって当たり前のように言葉を発した。

 

「ねぇ先生、悪い悪魔はいると思うけど、良い悪魔もいるよ。クレーリアさんと八重垣さんがパパと一緒にお酒を飲んで笑っていたり、リアスさんやソーナさん、黒歌さんとも友達になれたりしたよ。あと堕天使の朱乃さんは私より日本人過ぎてすごいの。えっと、あと猫又の白音ちゃんも可愛かったな。直接会って話してね、人間の私とそんなに変わらないだなってわかったんだよ」

「紫藤イリナ…」

「良い人も悪い人もいるって、人間と一緒じゃないのかな? だって駒王町でミルたんさんと一緒に悪いことをする人を見つけては、アーメンして魔法少女にして改心させてきたもん!」

 

 エッヘンと堂々と胸を張るイリナちゃん。すみません、俺の方に「子どもに何を教えているんだ」ってジト目はやめてくれませんか。悪いことをしたら魔法少女になるって、駒王町では普通のことですよ。今イリナちゃんがめっちゃいい話をしているところだからさ。悪い人ならアーメンしても、魔法少女にしても問題ないじゃないですか。えっ、ダメなの…?

 

「くっはっはっはっ…! なるほど、これが新たな時代を担う次世代という訳か。どうだ、戦士クリスタルディ」

「……えぇ、まったく」

 

 納得したというよりかは、どこか呆れが混ざったような表情だったけど、先ほどまでの昏い思念のようなものは感じられなくなっていた。改めてこちらに頭を下げたクリスタルディ猊下に握手を求められ、俺もおずおずと右手を差し出す。デュリオはそんな俺達を見てホッと息を吐いていた。

 

 

「魔法使い陣営に所属していたカナたんが、初対面の時から俺とじいさんに好意的だった理由が何か分かったっス」

「魔法使いというだけで、教会の粛清対象にされてもおかしくなかったからな。メフィスト・フェレス殿が若を囲い込んでくれていたおかげもあるだろう。もし教会の者に問答無用で命を狙われた経験があったら、さすがにこうも友好的に接してはくれなかっただろう」

「ははっ、確かに」

「えっ? 以前教会の戦士にいきなり殺されかけたことはありましたけど…」

 

 おじいちゃんとデュリオが乾いた声で笑い合っていた会話を聞いて首を傾げると、クリスタルディ猊下も合わせて三人でギョッとした表情のまま固まってしまった。あれ、そういえば言っていなかったっけ。

 

「い、いやいやいや、それは聞いていないよ! というか、大丈夫だったのッ!?」

「おう、全力で逃げたからな」

「それは、良かったけど…。逆によくそれで教会の戦士(俺達)と友好的に出来たよね、いきなり殺されかけたんでしょ…」

「まぁ、そうだけど。でもさ、向こうは真面目に教会の戦士としての仕事をしていただけだったしなぁ…」

 

 うーん、そこまで驚かれることだろうか。まるで俺の感性がズレているような反応である。別にあの頃は相棒が聖書の神様の後継者だって誰も知らなかったから、教会側に責任問題を追及するつもりもなかった。

 

「殺されかけたのは俺だって理不尽だと思っているよ。だから、そいつ自身にちょっと苦手意識はついたかもしれない。だけどさ、それで教会の戦士全員を嫌いになるのはおかしいと思うんだよね」

 

 そこまで重く受け止めないで欲しいと思い、あっけらかんと答える。無傷で逃げ切れたから、俺自身は特に気にしていないのだ。そもそも三つ(どもえ)で争っていた頃の時代の話だ。ジークフリートとエンカウントしたのは、ただ単にこっちの運が悪かっただけだと思っている。

 

 むしろ教会のエージェントが来るってわかっていたのに、ヴァーくんと仲良くなれたからって周囲の警戒を怠っていた自分の落ち度だろう。あれでヴァーくんやリンに何かあったら、自分自身の方が許せなかったと思う。最後まで気を抜いちゃダメって反省もしたものだ。

 

「……己の身に起こったことすら、まるで俯瞰(ふかん)するように世界を見つめる。これが後継者様が定められた二代目という訳か…」

「若がだいぶ特殊な感性をしているのはわかっていたが、ここまでとは…」

「今後も苦労しそうですな、ストラーダ猊下」

 

 最強と呼ばれる教会の戦士達が疲れたように肩を竦め合っている姿に、隣できょとんとするイリナちゃんと一緒に首を傾げ合うしかなかった。まぁ、クリスタルディ猊下とも無事に友好関係を結べそうでよかったと思おう。それからクリスタルディ猊下は別の仕事があるので別れることになったが、今後も妹分をよろしくお願いしますと頭を下げておいた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「それでお兄ちゃん、今日私に会いに来てくれたのってパパとママからのお願いだけじゃないんだよね」

「うん、以前話した通りだよ。教会の代表として、駒王町の使者になってくれそうな女の子の勧誘に向かうんだ」

「確か『聖女様』って呼ばれているって聞いたよ。私と同じ年なのにすごいよね!」

 

 キラキラした眼差しで好奇心いっぱいに応えるイリナちゃんに、俺は小さく笑ってしまう。「聖女」に会いに行くと知っても、あまり気後れしていないあたりはさすがである。戦闘用の服から動きやすいワンピースに着替えたイリナちゃんを連れて、目的地である教会へと向かうことになった。

 

 事前にアーシアちゃんがいる教会に連絡は入れているけど、歓迎されているかは正直微妙なところだな。向こうからしたら、神の御業の象徴とされる「癒しの力を持つ聖女」という信仰のシンボルが連れていかれるかもしれないのだ。天界()からの指示や、おじいちゃん達がいるから無下にはされないだろうけど、アーシアちゃんを連れていけるかはこちらの対応と彼女の気持ち次第だろう。

 

「でも、どうしてシスターじゃなくて『聖女様』って呼ばれているの?」

「人の傷を癒すことができる異能――『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』という神器(セイクリッド・ギア)を宿していたからだよ」

「あっ、つまりイッセーくんやお兄ちゃんと同じだからなんだね」

 

 なるほどー、と納得したように栗色の頭が頷く。数少ない裏の知り合いである俺と幼馴染であるイッセーくんが神器持ち、それも世界に十四しかない神滅具(ロンギヌス)持ちだと理解しているイリナちゃんからすれば、そのあたりはあっさりと受け止めたようである。地味にイリナちゃんの人脈も傍から見たらバグっている件。

 

「あれ、でもお兄ちゃんも癒しの異能が使えるよね」

「使えるね」

「じゃあ、お兄ちゃんも「聖女」になるんだ」

「いやいやいや、俺は男だから」

「えっ、どうして? 魔法少女は性別関係ないのに」

 

 しまった、イリナちゃんにとっての「普通」を考慮していなかった…! 男だから「聖女」じゃないは駒王町出身者(彼女)には通じない常識だったのかっ! 助けを求めるように教会の二人に視線を向けると、俺達の会話に頬が引きつっていたおじいちゃんが咳払いをして助け舟を出してくれた。

 

「戦士イリナ、若は癒しの力以外にも様々な異能が使え、何より主の後継者様が定めた神の子だ。「聖女」ではなく、むしろ「聖者」と呼ぶべきであろう」

「おぉー、お兄ちゃんは「聖者」だったんだね!」

「あぁー、うん。聖者って柄でもないけど…」

 

 聖者呼びもそれはそれで仰々しい気はするけど、あのまま「聖女」呼びされるよりはマシだと受け止めよう。こういう訂正はちゃんとやっておかないと、魔法少女みたいにズルズルと深淵に連れていかれるって経験済みだからな…。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』では「癒し手」って呼ばれていたし、正直呼び方なんて周りの環境によるものが大きいだろう。

 

 修行のために癒しの力を多用したし、保護者の胃痛の治療に役立てたし、多額の医療費を受け取って患者を診たこともあった。それらは「聖者」と呼ばれるには、あまりにも利己的で利益優先の使い方だろう。魔法使いは実力主義の世界であるため、己の能力を高く買ってもらうことが当たり前だ。価値のある能力には、相応の対価を払うべきって考え方が根付いていた。

 

 神器がランダムで所有者を選ぶことを考えれば、アーシアちゃんが「聖女」って呼ばれているのは教会の出身者だからだ。だけど、俺達が彼女を勧誘したいと思ったのは「聖女」が理由ではない。

 

「おじいちゃんから聞いたんだけど、その子は八歳で神器を発現してからずっと異能を使って人を癒し続けているんだって。異能を授けてくれた神への祈りを欠かさず、どんな患者にも真摯に向き合い、傷を癒す時は自分のことのように心を痛める。しかも教会から手厚い保護は受けているけど、本人は教会の為だと無報酬で毎日治癒の力を使い続けているみたいなんだ」

「……本当にすごい子だね」

「あぁ、俺も癒しの力が使えるからよくわかる。俺には真似できない。確かに人を助けるのは好きだし、感謝されたら嬉しい。自分の力が役に立つなら頑張ろうとも思える。だけどさ、『それだけしかない生き方』を強いられる環境に耐えられるとは思えないんだ」

 

 『ハイスクールD×D』の世界で癒しの力は希少な能力だ。それを扱える者を特別視するのは仕方がない。だけど、それだけしか価値がないと思われるのは納得がいかない。癒しの力が欲しくて、必死に修行をして手に入れたって過程があればそんなことは思わないだろう。だけど、アーシアちゃんの場合は望んで手に入れた力じゃなかった。たまたま治癒の力を持ってしまっただけの女の子なのだ。

 

「偶然癒しの力を発現してしまっただけの女の子が、周りから求められるままに「聖女」って象徴になる。俺の場合は自分の意思でこの『道』を選んだ。だけど、彼女は自分の意思で決める前に周りによってその『道』を決められてしまった」

「……それなのに、「聖女」としての役目をずっと頑張っている」

「うん、間違いなく超がつくほどのお人好しで優しい子なんだと思う。自分の手が届く限り傷ついているヒトがいるなら助けたい! って強い思いがなかったら、とてもじゃないけどできないよ」

 

 原作知識で俺はアーシア・アルジェントさんを知っている。だけど、例え知識がなかったとしても余程のお人好しじゃなかったら、こんな環境で頑張ることなんてできなかったと思う。原作のストラーダ猊下が、追放されたアーシアさんをずっと気にかけていたのはそれがわかっていたからだろう。

 

 俺が後ろに続くおじいちゃんに目を向けると、無言で深く頷いてくれた。デュリオはイリナちゃんと同様に沈痛そうに顔を伏せている。教会のやり方がおかしいとまでは言わないけど、色々考え方が極端すぎるのは間違っていないんだよな。あまりにも教会を第一に考えすぎて、要であるアーシアちゃんの心を置いてけぼりにし過ぎている。

 

「イリナちゃんと同じ年で、サポート能力に長けていて、底抜けに優しい女の子。あと、出来れば今の環境から物理的に離して、自分のための時間を与えてあげたい。まさに俺達が求める人選にぴったりだろう?」

「時間をあげる?」

「将来を夢見るのは子どもの大事な特権だよ。今のままじゃ、周りに求められるままに「聖女」になるしか『道』がない。優しいからこそ、周りの声を無視できないだろうしね。別に「聖女」が悪い訳じゃないけど、「聖女」じゃなくても治癒の力でヒトを救っていいんだから」

 

 『治癒の力=聖女』って方程式自体がそもそもおかしいのだ。「治癒の力」があれば、聖女になることもできるって感じの選択肢程度でいい。アーシアちゃんが自分自身を見つめ直した結果、それでも「聖女」になると決めたのならそれでもいいと思う。だけど、それ以外にも『道』があって、彼女の前にはたくさんの選択肢があるんだって教えてあげるのが年上の役目ってものだろう。

 

「信者を導く立場である教会の者(我々)が、本来ならやるべき役目であっただろうに…」

「ですよね。これまで大人の都合で頑張ってきたその子には、うーんと褒めてやらないとですね。俺もそのアーシアちゃんって子の勧誘に賛成っスね! 子どもは夢を持ってなんぼだよ」

「うん、私もそう思う! でも、一緒に来てくれるかな…?」

 

 聖女を祀っている教会側は、最悪ミカエル様にお願い(権力)でごり押しはできる。だけど、肝心のアーシアちゃんに断られてしまったらこちらも無理強いはできない。アーシアちゃんの意思を無視してしまったら、それは「聖女」を押し付けていた環境と同じになってしまうからだ。

 

 教会での待遇に不満はなかったって原作のアーシアさんは告げていた。住み慣れた世界から全く知らない世界へ足を踏み出すには大きな勇気がいる。だからこそその一歩を踏み出せるかは、こちらの勧誘次第だと思っていた。

 

「俺はイリナちゃんだったら、アーシアちゃんを連れ出すことが出来ると思っているんだ」

「えっ、私なら?」

「だってイリナちゃんは、楽しいことをいっぱい知っているじゃないか。初対面の子どもが相手なら、まずはいっぱい遊んでみればいいのさ」

 

 大人同士の話し合いはこちらで請け負うから、子どもは子ども同士でコミュニケーションをとるのが一番だ。広場で走り回ってもいいし、近くの街で買い物をしてもいいし、のんびり景色を眺めるのもありだろう。大切なのは、アーシアちゃんに「聖女」じゃない時間を知ってもらうことなんだから。

 

「デュリオもイリナちゃんと一緒に遊ぶ担当でいいか? さすがに見守りとしての保護者は必要だろうし、デュリオなら子どもと遊ぶのにも慣れているだろ」

「そうだね、遊ぶなら得意分野だよ。でも、カナたんはいいの?」

「俺はおじいちゃんと一緒に教会の人と話をするよ。アーシアちゃんを預かる予定の責任者だし、彼女と同じ治癒の能力を持つ俺だからこそ言いたいこともあるしな」

 

 アーシアちゃんだって、これまでお世話になっていた教会の人に気持ちよく見送られた方が嬉しいだろう。俺の言葉がどれだけ届くかはわからないけど、アーシアちゃんと同じ異能持ちだからこそ俺と彼女の違いが顕著にわかるのだ。彼女の心の奥にある言葉にならない悲鳴を伝えられるのは、たぶん俺だけだと思うから。

 

 

 

「キミが、アーシア・アルジェントちゃんかな」

「……あっ」

 

 裾が大きいケープ状の頭巾(ウィンプル)から覗く金色の長髪と不安そうなグリーン色の双眸。あまり日に当たっていないからか、黒の修道服から見える肌は雪のように白くか細かった。教会の奥の部屋から唯一感じていた神器の波動を察知して声をかけてみたが、どうやら当たりのようだ。目が合ったのでにっこりと笑みを浮かべて手を振ると、きょとんと目を瞬かせていた。

 

「お、お待ちください! いくら枢機卿の頼みとはいえ、これから聖女様は信者に加護を与える時間なのです。彼女の治癒を受けたいと、連日多くの信者がこの教会に訪れるのです。今だって、この部屋にいる全員が聖女様のご加護を求めて来たのですよ」

「事前に連絡は入れていたはずだが…」

「聖女様に関する話なら我々で聞きます。しかし、聖女様には大切なお勤めがあるため、まとまった時間を取ることは難しいかと…」

 

 さて、この教会で一番身分が高い司祭さんを呼んで、アーシアちゃんの勧誘のための時間が欲しいと頼んだら仕事だから無理だと拒否されているところである。ちらりと聖壇の周囲にいる人達を見たら、俺達の話が聞こえたからか不安そうにしていた。何だったら、敵意を持っている人までいる。長らく待ったのに、聖女の治癒が受けられないかもしれないとなったら暴動になりかねないか。

 

 アーシアちゃんを遊びに誘いたくても、怪我人に帰ってもらうのは心情的に受け入れないだろう。遊ぶのなら心配事がないのが一番だ。でもこの人数の治療を待っていたら、一日が終わってしまう。少しなら話す時間を取ることもできるだろうけど、それじゃああまり意味がない。

 

「……この部屋の中にいる人達の治療が、アーシアちゃんの今日のお勤めってことでいいですか?」

「えぇ、そうです。ですから、聖女様を外に連れ出すなど――」

「つまり、ここにいる人達がみんな元気になれば、アーシアちゃんの今日のお仕事は終わりってことですよね!」

「――は? そ、それは、そうなりますが…」

 

 何でそんな当たり前のことを聞いてくるんだ、という様な不躾な視線を受けながら、俺はおじいちゃんの方へ目配せを送る。ストラーダ猊下は少しの間難しい顔で考えたが、一般信徒の暴動の危険性やアーシアちゃんの心情を考えたら、この方法が一番丸く収まるだろうと頷き返してくれた。

 

 オロオロするアーシアちゃんを横目に、俺はくるっと身体を翻すと聖壇に近い場所に座っていた男性の傍へと駆け寄った。先ほど治療が受けられないかもしれないと聞いて、俺達に敵意のようなものを向けてきた人物である。突然目の前に歩いてきた俺に目を白黒させた男性は、俺の豪奢な祭服に一瞬たじろいだが、負けん気が感じられる口調で口を開いた。

 

 

「な、なんだッ!? 俺はずっと聖女様の治療を受けるために待っていたんだぞ!」

「はい、わかっていますよ。でも、怪我が治るなら別に聖女様の治癒じゃなくてもいいですよね?」

「何を言って――」

 

 これ以上問答を繰り返していても進まないと思い、俺は手の平から黒と赤の蝶を出現させた。突然何もないところから現れた半透明の蝶に誰もが言葉を失い、凝視するように視線が固まる。これまで俺が治療をする時は、神器の力を隠すために周囲には見せないようにしていた。しかし、俺が治療系の神滅具の所有者だともうかなりの人達に知れ渡ったのだ。

 

 親しいヒト以外には治療行為を積極的に見せるものではないけど、必要なら切ってもいい手札の一つには収まった訳である。俺の手から離れた黒い蝶は男性の肩の上にそっと止まり、すぐにオーラを身体に流し込みソナーの役割を果たした。黒い蝶は『理解(ビナー)』の異能を付与した蝶で、俺が診察をする時によく用いている能力だ。

 

 これでも人の治療行為は年単位でやってきているため、正常者と比べることで異常を発見するのは慣れたものである。これまで培ってきた保護者の皆様への胃痛治療のおかげで、『理解(ビナー)』のスキルアップも果たせている。あと、リーベくんの時の反省から槍ではなく蝶で治療する方が誤解が生まれづらいと考えて練習もしておいたのだ。

 

「あー、肋骨にヒビが入っているね。息を吸ったりしたら痛みがあったでしょ」

「あ、あぁ…。少し前に転んでから胸のあたりの痛みが増してきて…」

「今度から気を付けなよ、軽い衝撃で折れたりするんだから。じゃあ、さっさと治療するぞ」

 

 俺がそういうとポカンと大きく口を開けるおじさん。同じように聖壇の部屋にいる全員から似たような視線を感じる。治癒の力は、神に選ばれた「聖女」による特権のように扱われてきたのだ。それがふらっと現れた高校生が行うとなれば驚いても仕方がないか。後ろでアーシアちゃんも驚いたように口元を手で押さえていた。

 

 診察が終わった黒い蝶が消え、もう一匹呼びだしていた赤い蝶を男性の胸下へと飛ばす。保護者達の胃とやんちゃな子ども達の治療を繰り返してきたおかげで『理解(ビナー)』だけでなく、もう一つの異能のスキルの向上も出来ていたのだ。俺は能力の方向性を的確に指示するために、『治療(メディカル)』に特化した異能を発動させた。

 

峻厳(ゲブラー)

 

 俺の言葉と同時に、男性の身体が赤く輝き出した。正常な肉体になるために不必要な異物を消し去り、新たに構成する力。『慈悲(ケセド)』と『峻厳(ゲブラー)』はセフィラの中でもペアとして考えられていて、生命活動に関係している。『慈悲(ケセド)』は同化作用(干渉)として働き精神的な部分を、『峻厳(ゲブラー)』は異化作用(治療)として物質である肉体的な部分を担っていた。

 

 しばらく赤い光が教会内を照らし、その輝きが収まると同時に男性の胸元に止まっていた赤い蝶も消えていった。誰もが声をあげられず固まる中、唯一先ほどまでの苦しさが無くなった患者だけが震える様に身体の調子を確かめていた。

 

「嘘、だろ…。痛くないっ……」

「今日だけの特別手当な。おじさん達は運が良いよ、普段なら高いんだよ。俺の治癒って」

 

 二ッと笑みを浮かべると、驚きから畏怖を纏う視線へと変わったのを感じた。俺はそれを振り払うように口を開けて呆然とする司祭に目を向け、これで文句はないなと確認をする。次に同じように唖然とするアーシアちゃんに振り向くと、俺は真っ直ぐに手を伸ばした。

 

「それじゃあ、一緒にここにいる人達を治療しようか。一人より二人でやれば時間も短縮できるしね」

「わ、私も一緒にですか…?」

「うん、アーシアちゃんには見てわかる怪我人をお願いするよ。俺は診察が必要そうな人を優先的に見るから。あっ、おじいちゃんとデュリオは患者さん達が列になるように声掛けをお願いします。イリナちゃんはアーシアちゃんのお手伝いね。それじゃあ、分担作業でテキパキとやりましょう!」

 

 猊下を顎で使う俺の発言に司祭がふらっと意識を失いかけていたが、使える物は何でも使うからね俺は。あわあわとするアーシアちゃんだったけど、俺が伸ばした手に気づくとおずおずと近づいて握り返してくれた。まだどこか衝撃でぼんやりとしているけど、治療が始まったら慌ただしくなるだろう。

 

「あの、あなた様は…?」

「俺は倉本奏太。よろしく、アーシアちゃん」

「はわう! わ、私は知っていると思いますがアーシア・アルジェントと言います。よろしくお願いしますぅぅ!」

 

 ぺこぺこと何度も頭を下げながらかみかみなアーシアちゃんに、俺は思わず吹き出してしまう。俺達の様子におじいちゃん達は肩を竦めて笑うと、見た目ムキムキの猊下による案内に患者の皆さんは畏れ多いやら、ありがたいやらで心情がぐちゃぐちゃのまま粛々と治療を受けていきました。ちなみに司祭さんは後ろで倒れていた。

 

「私は紫藤イリナって言うの、よろしくね! アーシアって呼んでもいい?」

「えぇっ!? イリナさんですか、あの、えっと、はいですぅぅ」

 

 混乱の境地に達してお目目ぐるぐるなアーシアちゃんだったけど、治療は的確だったのはさすがである。こうして、教会組によるどたばた共同作業は始まったのであった。

 

 


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