えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

223 / 225
第二百二十三話 救い

 

 

 

「そういえば、さっき会ったダヴィードさんが持っていた聖剣って『ガラティン』だよな。名前は聞いたことがあるけど、どんな効果があるんだ?」

「『ガラティン』はエクスカリバーの兄弟剣とされている聖剣だね。非常に頑丈で、決して刃(こぼ)れしない剣だって言われているよ」

「へぇー」

 

 先ほどバチカン本部の奥へと進んだ道を再び戻っている最中、そういえばと俺は気になったことを口にした。ダヴィードさんが聖剣を持っていたのは気づいていたけど、さすがに名前まではわからなかったからな。彼の口から聞いた名前をデュリオに確認すると、シンプルながら戦士にとっては心強い性能だとわかる。『デュランダル』がただ破壊することのみに特化したように、『ガラティン』はその頑丈さを持ち味にしている訳か。

 

「剣に命を預ける戦士にとって、決して折れることなく斬ることができる剣は大きな強みになります」

「敵の異能を切ることも、受け止めることもできるしね。天界の技術と錬金術をもっと高めれば、あの『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』が放つ『滅びの魔力』にもいずれ耐えられるかもしれないって言われているんだ」

「魔王様の消滅の魔力すら耐えられるかもってマジですごいな…」

 

 さすがは名のある聖剣、頑丈さを極めた先を逝っていやがる…。教会の聖剣って本当に一点突破に突き抜けた性能が多いと思う。単純な能力だけど、使いこなせる戦士に巡り合えば何倍もの効力を発揮する。人間である教会の戦士が異種族と対等に渡り合ってきただけあり、武器や武装、加工技術は他の陣営に比べて明らかに高いと感じた。

 

 『ハイスクールD×D』の原作にも様々な聖剣が登場していたけど、ぶっ飛んだ性能や設定などがあってなかなかカオスだったことは覚えている。正直、前世で見た聖剣に関する伝説とか成り立ちを踏まえて真面目に考察すると大変頭が痛くなるので、『ハイスクールD×D』世界の「聖剣」はそういうものと読者視点で深く考えずに放り投げた経緯があった。この世界の『錬金術』の技術は原作では影が薄かったけど、実際はめちゃくちゃ万能すぎたからだ。

 

 聖剣関連は前世で多種多様なサブカルチャーで取り上げられていたこともあり、今世でそのあたりを勉強しても逆に混ざって混乱したため、もう性能だけわかっていればいいやな諦めの境地に達してしまっていたりする。『龍殺しの聖剣(アスカロン)』を悪魔でドラゴンのイッセーに装備できるように調整したり、『エクスカリバー』と『デュランダル』を合体させた『エクス・デュランダル』を錬金術師が作ったりとか…。改めて思うけど、教会の錬金術がヤバすぎる件。

 

「聖剣って色々な種類があるよなぁー。エクスカリバー以外で俺が知っているのは『デュランダル』や『アスカロン』、『オートクレール』や『聖王剣コールブランド』とかは聞いたことがあったけど」

「デュランダルはじいさんの代名詞だし、どれも有名ではあるね。『オートクレール』はフランス語訳で、イギリスでは『聖剣アロンダイト』とも言われているよ」

「あの聖剣も円卓関係だったんだ。聖剣って国や神話によって呼び名が違うから覚えるのが大変なんだよなぁ…」

 

 聖剣に限らず、神話関係は国や言語、位の関係で別名が当たり前のように存在する。特に仏教関連は複雑で呼び名が複数あって当然。玄奘老師の旃檀功徳仏(せんだんくどくぶつ)様や、初代孫悟空様の闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)様がわかりやすい例だろう。異能や強靭な肉体を持つ悪魔や堕天使と違って、教会は脆弱な人の身で戦うため異形との差を武器で埋めることが多い。こういう知識もちゃんと勉強し直しておかないと、どこで足を掬われるかわからないのが怖いところである。

 

 ちなみにオートクレールは原作で紫藤イリナさんの主要武器になる聖剣のことで、聖王剣コールブランドは別名『カリバーン』と呼ばれる地上最強と称される伝説の聖剣らしい。ペンドラゴン家の国宝として大切に保管していたやつを、ヴァーリチームに所属するアーサー・ペンドラゴンが強敵と戦いたいからって理由で勝手に持ち出した経緯だったはず。見た目はインテリ眼鏡の貴族風な感じだったのに、安定でぶっ飛んでいるなぁ…。

 

「聖剣かぁ…、デュリオは使えたりするのか?」

「残念ながら、俺は聖剣の「因子」が足りていないから使えないんだ」

「因子がないんじゃなくて、足りないなんだ」

 

 原作でデュリオが聖剣を使っている描写がなかったから確認のために聞いたけど、やっぱり聖剣を使えるほどの「因子」を持っていなかったんだな。まぁ神滅具に聖剣まで使えたらヤバいし、デュリオの本領は遠距離からの広範囲攻撃だ。本人は積極的に使いたがらないから接近戦も十分に強い訳だけど。

 

 ちなみに俺に聖剣の「因子」はあるのか相棒に聞いてみたら、「そんなのいらないでしょ」と拗ねられたので謝っておいた。そうだね、俺のメイン武器は相棒だけだよ。銃や魔法、コンパクトはサブウェポンだし、浮気はしないから機嫌を直して。そもそも俺に接近戦の武器なんて扱える気がしないし、聖剣が使える才能があっても宝の持ち腐れになるだけだろう。

 

「因子自体を持って生まれるものはそれなりにおります。しかし使い手となれるほどの因子を持って生まれる者の数は、数十年に一人出るかどうかと言われるほどに少ないのです」

「あと聖剣は自分で使い手を選びますしね。特にじいさんが持っていた『デュランダル』とかはその筆頭っスよ」

「今おじいちゃんが使っている剣は『デュランダル』とは違うんですよね。本物はどこかの教会に安置されているんですか?」

「いいえ、次の担い手は無事に見つけられたようです。ただ大変なじゃじゃ馬でしたからなぁ…」

 

 少し遠い目でデュランダル(問題児)の相棒になった次代へ向けた同情するような声音に、俺は乾いた笑みを浮かべた。若かりし頃の猊下の苦労が滲んでくるようだった。でも、良い情報がもらえたぞ。すでにこの頃には、ゼノヴィアさんは教会の戦士として過ごしているという訳だ。戦闘力や才能の面では『ハイスクールD×D』でもトップクラスだった彼女である。原作でもイリナちゃんの相方としてコンビを組んでいたし、もしかしたら教会三人娘を早く見られるかもしれないな。

 

 ゼノヴィアさんの勧誘も考えないといけないけど、ちょうど聖剣の話題を提供するタイミングとしては悪くない。ダヴィードさんとフリードくん師弟の突撃は想定外だったけど、これなら自然な流れで「例の実験」に関して触れることができるはずだ。俺は一度静かに深呼吸をすると、教会の戦士である二人に向けて不思議そうに首を傾げた。

 

 

「聖剣の「因子」って生まれつきなんですよね。じゃあ、後天的にというか、人工的な聖剣使いは生まれないってことですか?」

「うーん、一般的にはそうなっているね…。カナたんの言うような研究をしているところを、噂程度でなら聞いたことがあったはずだよ。詳しい詳細は伏せられていたけど」

「えぇ、「人工聖剣使い」を作り出す研究機関はあります。だが、あそこは――」

 

 デュリオが事情を知らないとなると、猊下であるおじいちゃんクラスじゃないと知られていない研究機関だった可能性が高い。俺からの話の振りにデュリオは頭を捻らせ、猊下は少し考え込むような仕草を見せた。おじいちゃんの様子からして、もしかして何かしら言いづらい事情があるのかもしれない。デュリオと一緒に猊下の反応を待つと、しばらくして重い息を吐いてこちらに視線を合わせてくれた。

 

「若は教会が異種族と戦い続けるために歩んできた歴史をどれだけ知っていますか」

「……昔、紫藤さんと正臣さんが戦った時のことを聞いて少しなら」

 

 紫藤さんが持っていた夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の特性を無理やり引き出し、暴走状態にさせる切り札。強化されるデメリットとして自我崩壊の危険性があり、さらに聖剣そのものも蝕む諸刃の剣となる。この『世界』で人間が生き残るために創り出された技術の一つ。

 

『……教会も綺麗なだけじゃない。こういう人体実験なんて、よくあることさ。人外から人の命を守るための組織でありながら、人外を倒すために人の命を使う。教会はそういった負の側面や闇だって抱えているし、目を背けたくなるようなこともしている。……それでもね、人に仇なす者を斬る力を得るために、この道を選んだのも私自身だ』

 

 正臣さんから聞いた紫藤さんの悲痛な思いと言葉。それに、原作知識でそれなりに教会が抱えていた闇については理解しているつもりだ。肯定するわけじゃないし、目を逸らすつもりもないけど、これまで歩んできた歴史を否定するつもりはない。それによって、護られてきた(今まで)もちゃんとあったのだから。

 

「そうですか、やはり若は不思議ですな。少しと言いながら、どこか物事の本質を深く捉えているような…そんな気持ちになります」

「えっ、そ、そうかなぁー」

「停戦協定を正式に結んでから、天界はこれまでおおよそ黙認してきた研究や計画の見直しを行うことになりました。天界()は若にそれを知られたくなさそうでしたが…」

「俺に?」

「これまで教会が非人道的な実験は行わなかったとは言い切れませんからな。もちろん、あまりに悪辣なものは取り締まりましたが」

 

 あぁー、つまりミカエル様達は「必要悪」として黙認していた部分を出来れば俺に知られたくなかったのね。おじいちゃんが話してくれたあたり、徹底的に隠すつもりはなかったみたいだけど。そりゃあ、人道に反することを目の前で見たり、知ったりしたら俺は止めてほしいと行動に移すだろう。だけど、何でもかんでも否定するほどの潔癖さはないつもりだ。停戦協定があったからこそ、この時期に教会の改革を進めることだってできたのだろうし。

 

「先ほど話した人工聖剣使いを作り出す「聖剣計画」は、剣に関する才能と神器を有した子どもが集められ、カトリック教会が秘密裏に主導した計画でした。その研究が先ほど話した見直しの対象となるかもしれない研究施設の一つなのです」

「……見直しってことは、何かあったんですか?」

「今はまだ私の勘でしかありませんが…。例の研究機関は元々聖剣エクスカリバーに適応できる人間を人為的に養成するための場所でした。そのために聖剣の「因子」を持つ孤児を集めて長年育成を心掛けましたが、残念ながら未だ集められた子どもの中に聖剣に適応をできる者は現れなかったようです」

 

 聖剣の「因子」を持っていても、聖剣に「選ばれる」ほどの資格を有する者は少ない。普通なら研究は失敗に終わったとして研究機関は解体され、被験者は別の場所へと流されて再構成されるものだろう。『シグルド機関』がいい例である。さっき会ったフリード・セルゼンは『シグルド機関』によって生み出された子ども(被験者)だ。だけど、ジークフリートという完成品ができたことで組織は残った人材を別の人の手に渡したわけである。ダヴィードさんはその内の一人ということだろう。

 

 その研究機関では成果を出せなかったとしても、別の道をちゃんと用意することは被験者()を預かる研究者としては当然の行いだ。しかし、原作の「聖剣計画」の研究者達は適応できなかった子どもたち(被験者)を『不良品』と決めつけて処分に至った。ただ『聖剣に適応できなかった』という理由だけで、未来を夢見る子どもたちの将来を奪ったのだ。

 

「噂だけですけど俺が覚えている限りでは、十年以上は続いている研究機関っスよね。未だに成果が出ていないとなると解体か、何かしらの方針転換が必要になる時期だと思うんスけど」

「あぁ、実際私が見た研究資料には新たな試みを試すと書かれていた。それを見た『天界()』がこの研究を続けるべきかを議論しているのだ」

「新しい試みですか?」

「聖剣の「因子」があっても、聖剣を扱えるほどの「因子量」がない。ならば、人に宿る「因子」を抽出して一つにまとめることで、聖剣を扱える量を確保するという方針転換を示したのだ」

 

 「聖剣計画」の機関のことは噂で知っていても、新たな方針については知らなかったデュリオは驚きに目を見開いていた。当然ながら「因子」を抜き取られたらなくなってしまう。だけど、元々「因子」不足で聖剣が使えなかったのだから、抜き取られたとしても特に問題がないのも事実。数十人の「因子」を抽出してまとめれば、一人の人工聖剣使いを作り出すことはできるであろう。

 

 現に、原作では完成された技術であった。原作の紫藤イリナさんは人工的に創られた聖剣使いだったし、イッセーが悪魔用に改良された聖剣『アスカロン』を扱えたのもこの人工技術のおかげもあるだろう。普通に考えれば非常に有用な研究だと思うし、天界が続けさせたほうがよいのではないかと考える気持ちもわかる。イリナさんも「聖剣計画」のおかげで、聖剣使いの研究が飛躍的に伸びたって語っていたと思うし。

 

「……おじいちゃんが懸念している理由は?」

「その研究資料から被験者の宿す「因子」の抽出に成功したと書かれていました。しかし、その研究機関から抽出されたはずの被験者が他の機関に委ねられた「形跡」が一切なかったのです」

「……聖剣の「因子」を抽出されたのなら、「聖剣計画」の研究機関に所属する理由はなくなりますものね。まさかじいさん、「因子」がなくなった子どもの足取りが掴めないってことじゃ…」

 

 猊下の懸念に気づいたのか、ハッと息を呑んだデュリオの声音は震えていた。教会の子どもたちはみんな自分にとって兄弟同然だと豪語するデュリオにとって看過できないことだろう。

 

「私自身は聖剣を扱える身であったが故に、この機関の研究に対して後手に回っていたのは事実です。ミカエル様からの命により、教会の正常化のために多くの計画書を見直していて気づきました。しかし、まだ確証は持てていません」

「じいさん、でもッ――!」

 

 研究資料を読んだだけということなら、集められた子どもたちが人間として扱われず、非人道的な実験をされていたことまではまだわかっていないってことか。この時期に司祭枢機卿であるおじいちゃんが動けば、バルパー・ガリレイの非道を止められるかもしれない。だけど、カトリック教会が秘密裏に進めていた計画に足を突っ込むなら、それなりの準備が必要なのは確かだ。聖剣は教会にとって象徴のようなものだし、実際に「因子」の抽出という成果を出しているのなら、彼らの研究を支持する者も多いだろう。

 

 それにしても、さすがは猊下だ。秘密裏に行われていた研究を枢機卿という地位で手に入れた資料だけでここまで読み解くなんて。しかし、確固たる証拠もなく研究所を摘発することもできず、それを調べるために足を踏み入れるにも手続きが難しいのだろう。向こうだって猊下が来るなら確実に警戒するだろうし、証拠を隠蔽されるかもしれない。だから、おじいちゃんも機を窺っているという訳か。

 

 

「あっ、ちょっと待てよ」

 

 ポンッと俺が軽く手を叩くと、ビクッ!? と教会最強の師弟の肩が勢いよく跳ねた。ついに教会陣営も似たような反応になってしまったことに若干目が遠くなったが、俺は思いついた内容を提案してみた。以前から少し考えていた方法だしな。

 

「おじいちゃん、さっき「聖剣計画」の研究機関に集められた子どもたちは、剣に関する才能と『神器』を有しているって言っていましたよね。そして、研究機関の理念として「因子」を抽出された子どもをわざわざ研究所に置いておく必要がないことも」

「えぇ、そうですね」

「じゃあ、ちょうど良くないですか。その子ども達をぜひもらいましょうよ、これから創る『神器所有者のための新組織』の栄えある第一期生としてね」

 

 にやりと笑みを浮かべる俺に、二つの息を呑む音が届いた。こちらから踏み込むのが難しいなら、向こうから証拠を出させてやればいいのさ。

 

 元々神器所有者の組織を始動するにあたって、試験的な運営は必要であった。将来的には表で暮らす神器所有者を受け入れることも視野に入れているけど、そうなるときちんとした育成計画が必要だ。最初は裏側の事情を知る子どもの方がこちらも取り組みやすいし、今後の運営に必要なことを子どもたちからも意見として聞きやすい。

 

 しかし、裏側の事情を知る神器所有者を、それも試験的な運営に大勢貸し出してもらうのは難しかったのだ。住居だって駒王町に移してもらわないといけないし、今までの生活だってある。何だったらすでに神器を使って働いていてもおかしくない。そこから引き抜くのは教会側としても戦力の低下を招くかもしれないと渋い顔をされていたのである。

 

 そこにだ、ちょうど計画の都合で宙ぶらりんになった神器所有者の子どもがたくさん「聖剣計画」にはいるとわかったのだ。俺達は神器所有者を迎い入れられる。研究者は「因子」を抜き取った子どもを引き渡せる。本来なら理想的な取引だろう。相手が非合法な研究を隠そうとしなければね…。

 

「ミカエル様に声明を出してもらって、堂々と子どもたちを引き取りに行きましょう。向こうの真っ当な研究資料通りなら、何も問題はないはずですよね。きちんとした手順を踏んで、真正面から新組織のボスとして俺が迎えに行きましょう」

「……そうなると、当然護衛として俺達も一緒に見に行けるね」

「証拠を隠滅しようにも、若の目的は子ども(被験者)達自身。研究者たちも子ども達へ下手に手出しができなくなるか」

 

 そう、この声明を「聖剣計画」の研究者に出すだけで、子ども達を勝手に処分するのはまずいとわかるだろう。なんせ、『天界()』がその子ども達に利用価値を示しているのだ。『聖剣に適応できなかった』という理不尽な理由だけで消すのは、天に反逆する行為と同等とみなされる。彼らの非人道的な研究の証拠である子ども達を、こっちは正々堂々とした理由で受け取れるのだ。

 

「なるほど、カナたんの理由は正当過ぎる。「聖剣計画」側が拒否しようにも、カナたん以上に子ども達にこだわる理由なんて早々用意できない。むしろ、否定するほど疑われる」

「優先すべきは、子どもたちの安全です。証拠である子ども達を保護さえできれば、研究の摘発なんていつでもできる。おじいちゃんの危惧することが本当に起きているかもしれないなら、なおさらね」

「この後、若の提案をミカエル様にお伝えしましょう」

 

 胸に手を当てて深々と頭を下げるおじいちゃんに、俺も感謝に頭を下げた。「聖剣計画」は隠された研究機関だった。だからおじいちゃんがこうして切り出すきっかけをくれたおかげで、木場祐斗(きばゆうと)さん――イザイヤくん達の家族を救う道を見つけられたのだ。

 

 まだ「因子」の抽出を始めたばかりなら、毒ガスによる一斉処分という方法を考えるに一定数の子どもの抽出を終えてからのはずだ。一人ひとり摘出した瞬間に処分するのは、彼らも手間だと感じたのだろう。それなら、まだ間に合うかもしれない。

 

 それに、俺は原作知識で知っているのだ。「聖剣計画」の施設には非人道的な実験の証拠となり得る証人がいることを――

 

『よかった。イザイヤが生きていてくれて』

 

 原作で唯一生き残った木場さんの同士。結界型の神器の暴走による仮死状態となって生き永らえたその子は、施設内の隠し部屋に安置されているはずだ。表向き合法を謳っている研究、ならその被験者がどうして防衛本能を働かせて神器を暴走させたのか。そして、それを助けることもなく隠したのか。実際に実験を受けてきた子ども達の証言も合わせれば、彼らを追い詰める一手にできるだろう。

 

「後日、この件について早急に連絡を致します」

「はい、よろしくお願いします」

 

 イギリスへ向かう転移門を潜り抜け、空気の変わった風に黒髪を撫でる。ここまで原作の流れを真正面からぶっ壊してきたのだ、今更それに怖気づいたりはしない。塔城小猫ちゃんと同様に、リアスさんが眷属達に付けた木場祐斗さんって名前もこの世界からなくなってしまうのかもしれないけど…。

 

 

『ねぇ、この施設を出たら、皆は何になりたい?』

『僕は画家かな。イエス様の絵を描いて表彰されたいな』

『私はシスターになるの。けど、お花屋さんもいいな』

『俺はレーサーかな。格好いいF1カーに乗って最速を目指すんだ!』

 

 思い出すのは、木場祐斗さんが大切にしていた思い出の欠片。

 

『私はみんなと一緒に仲良く暮らせたら、それで……いいかなって』

『もちろん、それが一番さ!』

 

「なら、せめてその一番は叶えてみせないとな」

 

 こちらへと手を差し伸べる猊下の手を取り、イリナちゃんを迎えにプロテスタントが経営する教会へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 その少女にとって、今日もいつもと変わらぬ日々の始まりだと思っていた。

 

 他のシスターよりも少し大きめの部屋に整えられた調度品。それらは、一介の子どもである自分には不相応な気持ちを持ちながらも、己の立場に即したものだと教えられた。防犯のためだと作られた頑丈な扉と手の届かない窓にそっと視線をやり、朝のお祈りを捧げた後に黙々と身支度を行った。

 

「おはようございます、聖女様」

「はい、おはようございます。シスター」

 

 欧州のとある地方で生まれた少女は教会の経営する孤児院に捨てられていた。シスターと他の孤児たちと共に過ごし、シスターの影響で幼い頃から信仰深く神への祈りを欠かさない日々。親がいない淋しさはあったが、自分が不幸だと感じたことはなかった。

 

 そんな生活が一変したのは、八つの頃。足を引きずる子犬を見つけ、慌てて教会に保護したのだ。包帯を巻いて手当てをしたが、その怪我に心を痛めた少女はいつものように神に祈ったのだ。「この子の怪我が良くなりますように」と。それはただの祈りとして終わるはずだった出来事――しかし、本当に奇跡が起こってしまったのだ。

 

 淡い緑の光が少女の全身から溢れ、己の指に銀色の装飾がついた指輪が突如現れる。それに呆然と佇む少女だったが、緑の光がそのまま子犬へと注がれた瞬間、先ほどまで痛々しかった子犬の怪我がたちまち癒えてしまったのだ。少女の力を傍で見てしまったシスターは慌ててカトリック教会へと知らせを入れ、気づいたら『聖女様』と呼ばれるようになっていた。

 

「あぁ、まさか聖女様が私の教会に現れるなんて」

「あの、シスター…」

「聖女様、どうかその力でたくさんの人を癒してくださいね」

「……はい」

 

 みんなの目は変わっていた。ただの少女から聖女という存在に。一緒に遊んでいた孤児の仲間たちは、彼女を遊びに誘わなくなった。一緒に買い物へ行っていた時間が無くなった。一緒に掃除や食事をすることがなくなった。理由を問えば、聖女様にそんなことは畏れ多いと。癒しの力が使えるようになった以外に、少女は何も変わっていないはずなのに。

 

 気まずくなった孤児院はすぐに出ることになり、カトリック本部の教会へと連れていかれた。そっと振り返った孤児院のみんなの顔は、聖女が去ることにどこかホッとしているように見えて涙が溢れそうになる。みんな喜んでくれた。素晴らしいことだと彼女の背中を押してくれた。それなのに、どうして涙が止まらないのだろう。そんな少女の心など置いてけぼりで、周囲の環境はどんどん変わっていった。

 

「ありがとうございます、聖女様」

「はい、よかったです」

 

 聖女と呼ばれるようになった少女は、教会()に言われるままに治癒の力を使い続けた。訪れる信者に加護と称して治療を行う日々。多くの信者たちが彼女を「聖女」と崇め敬った。教会の関係者も聖女である少女を大切にし、待遇は孤児院にいた頃よりもずっと良くなっただろう。だけど、ぽっかりと空いたような心が、何故かいつも泣いているような気がした。

 

 ある日、ふと外に目を向けると、少女と同じ年ぐらいの子ども達が声をあげて遊んでいる姿が目に入った。その様子がすごく楽しそうで、少女は何をしているのだろうと気になって近づいてみたのだ。別に彼らの邪魔をしたかったわけでも、仲間に入れてほしいと願った訳でもなかった。ただ楽し気な様子が気になっただけなのに…。

 

「あっ…」

「聖女様だ」

「聖女様、うるさくして申し訳ありません。ほら、行こう」

 

 先ほどまでの楽し気な声は、凍り付いたかのように消えてしまった。目が合った子どもから異質な者を見るような視線を感じてしまい、少女は足を止めるしかない。子ども達は聖女様に迷惑をかけたと謝罪をし、そのまま教会から離れていってしまった。彼女は楽しかった空間を「聖女」という存在が壊してしまったことへの罪悪感に、ギュッとシスター服を握りしめて佇む。もう涙さえ流れなかった。

 

 それからは同じ年の子どもが近くにいても近寄らないように心がけた。近づくしかない場合は一礼だけして、すぐに去るようにする。心優しかった少女は、自分の所為で彼らの楽しみを奪いたくなかったのだ。何より、また「あの目」を向けられることが怖かった。子どもは素直だから、他の大人のように人間ではない者を見るような目を隠そうともしなかったから。

 

「聖女様、今日も素晴らしいお祈りでした」

「聖女様、どうか助けてください」

「あぁ…ありがとうございました。聖女様」

 

 「聖女」にとって大切なのは、分け隔てない慈悲と慈愛。神からの愛だけで生きていくべき存在。他者に友情や愛情を求めた時、「聖女」は終わる。だから誰もが彼女に「聖女」を求めた。救いを求め続けた。その少女に求められていたのは、「聖女」という救いの象徴だったのだから。

 

 そこに少女の意思なんて一つもなかった。それでも、みんなが「聖女」を求めるのならとその役割に従事する道を彼女は選んだ。選ばざるを得なかった。自分の力が役に立つ嬉しさ、ありがとうと感謝される言葉への温かさは、ちゃんと少女の胸に残っていたから。この力を授けてくれた神への感謝の祈りも欠かさなかった。

 

 それでも、やはり心はどこか空虚なままだった。

 

 

「私は聖女だから…」

 

 無意識に零れてしまった呟きにグッと唇を噛みしめると、ブンブンと首を横に振る。言葉にできない淋しさに目を逸らし、今日もみんなに求められる「聖女」となるために礼拝堂へと足を進めた。祈りの間へと目を向けると、神父様がどこか困ったように佇んでいる後ろ姿が見えた。次に彼の前にいる煌びやかな法衣を纏う人達が目に映る。

 

 時々お越しになるお偉い身分の方かもしれないと、少女は粗相にならない程度に部屋の隅へと移動しようとして、不意に黒髪の青年と目が合った。またいつものように「あの目」を向けられるんじゃないかと硬直したが、青年は嬉しそうに目元を緩ませて笑ったのだ。

 

 ――そして、いつもとは違う響きが彼女の耳を打った。

 

 

「キミが、アーシア・アルジェントちゃんかな」

「……あっ」

 

 癒しの力を持ったことで『聖女』と呼ばれた少女と、癒しの力を持つ『変革者』と呼ばれる青年は、こうして邂逅したのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。