えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百二十二話 師弟

 

 

 

「申し訳ありません、若。あそこで騒ぎになるのを避けるためとはいえ…」

「ごめんね、カナたん」

「いえ、俺は大丈夫ですよ」

 

 イギリスに向かう転移門の前で話し込むのは他の人々の邪魔になるし、あまりこちら側の事情を見せるのはよくないと判断したため、今は人気のない場所へ移動しているところである。俺達の前を歩くダヴィード・サッロさんとフリード・セルゼン師弟は、そんな俺達の様子をチラリと見ながらも好戦的な視線を隠していなかった。

 

 普通の教会の人ならいくら疑念があっても、猊下とデュリオを前にしたら怖気づく。権威や戦闘力が広く周知されているからこそ、魔法使いの俺のことが気に入らなくても敵対の姿勢を見せるデメリットはわかっているはずだ。原作からして血の気が多いと思っていたフリードだったけど、どうやらその師匠も血気盛んな人だったらしい。

 

「話し合いで済めばいいけど…」

 

 二人に聞こえないぐらいの声音でポツリと呟きを溢しながら、俺は小さな溜め息を吐く。それにしても目の前にいる白髪の少年――フリード・セルゼンの幼少期をこの目で見ることになるとは思わなかった。『ハイスクールD×D』の原作では、一巻からイッセー達の敵として出てくるはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)だ。ある意味でミルたんに次ぐキャラの濃さを持ち、言動のぶっ飛び具合に関しては『D×D』でもトップクラスだと思っている。

 

 アニメでは某カードゲームのキャラ並みのヤバい顔芸を披露し、性格は残虐で悪魔に加担するなら人間だろうと容赦なく始末していた。だが狂っていながらも情勢を把握する能力はあり、仲間を見捨ててでも生き残ってイッセー達の前に何度も立ち塞がる。レイナーレ、コカビエル、ディオドラと配下を移り変わっていったが、最後には合成獣(キメラ)へと変えられて木場さんに倒されたのだ。

 

 とてもじゃないが仲良くなれるビジョンが一切浮かばない相手である。だから、教会を追放されるのも仕方がないとは思っていたけど、師匠の隣で楽しそうにピョンピョン跳ねている少年にあそこまでの狂気をやはり感じられない。性格に問題ありなのは間違いないけど、さっきだって師匠の言いつけを守って大人しくしていた。

 

『ヴァチカンなんてクソくらえって気分だぜぃ! 俺的に快楽悪魔狩りさえ気が向いた時にできれば満足大満足なんだよ、これがなッ!』

『一番厄介なタイプだね、キミは。悪魔を狩ることだけが生き甲斐……僕たちにとって一番の有害だ』

 

 フリードと最初に敵対した時に、木場祐斗(きばゆうと)さんが評していた内容だ。何故フリードがそこまで悪魔を憎むことになったのか俺は知らない。ただ理由もなく、本当に快楽のためだったとしてもヴァチカンを、『神』を裏切ってまで堕ちることを選択した訳。今の彼を見ていると、何かしらきっかけがあったのかもしれないと思ってしまった。

 

 そして、俺の知らないフリードの師匠――ダヴィード・サッロさん。『ハイスクールD×D』の原作には一切登場しておらず、フリードの口からも語られたことがない存在。未来で師匠と決別したのか、あるいは死別したのか…。デュリオから過激派と言われていた通り、明らかに友好的な態度ではない。だけど、敵意はあっても殺意は感じなかった。

 

「えっと、一応話をするために移動しているけど何の用なんだろう?」

「わからない。カナたんの能力について詳しい事情を聞きたいのかもしれないけど…。それにしては、こちらへの戦意を隠してもいないし…」

 

 突如現れた俺という存在に納得していない教会の人は多い。治療によって成果を出していても、これまでの教会の教えが強く根付いている者ほど受け入れるのに時間がかかる。そういった相手を牽制する意味も兼ねて、治療には毎回おじいちゃんとデュリオが傍に就くことになっていた。上層部は俺の力が聖書の神様の後継者である相棒のものだとわかっているから静観してくれているけど、それを知らされていない者からしたらあまりにも不可解過ぎる人事だろう。

 

 和平までは混乱を避けるため、相棒の存在は出来る限り隠しておきたい。だけど、それでこの人は納得してくれるのだろうか。教会最強と謳われるおじいちゃんを前にして、堂々と敵意を向けるような相手だ。その弟子もノリノリである。俺としても自分の身分の所為で二人に迷惑をかけたなと感じるし、デュリオは教会側の不始末だと落ち込んでいる。しかし、一つ不可解なことがあった。

 

「……あの人、俺というよりむしろおじいちゃんに敵意を向けていないか?」

 

 オーラ感知には自信があった。確かに俺に対する敵意は感じる。だけど、俺に敵意を向けることを通して反応するストラーダ猊下を見ているような気がするのだ。これは面倒な予感しかしないなぁ…、とヴァチカン本部の奥へと続く道を無言で進んでいった。

 

 

「さて、ここなら邪魔は入らないだろう」

「戦士サッロ。何のために我々をここまで呼びだしたのか詳細を求めよう。そちらの行動次第では『(うえ)』も黙ってはいない」

「ククッ、『(うえ)』が私を裁く? 私は敬虔なる信徒として、あなたに失望しているのですよ…猊下」

 

 ヴァチカン本部の奥にある演習場。そこまで大きくないが、戦闘をするには十分過ぎる広さはある。どうやら他に人はいないようで、俺の探知にも引っかからない。伏兵はいないが、同時に止めてくれる第三者を期待するのも難しそうだ。ダヴィードさんはこちらへと振り向くと、怒気を含ませた声音が演習場に響き渡った。

 

「ヴァスコ・ストラーダ猊下。あなたは聖剣に選ばれた英雄であり、生きた伝説だ。戦士の歴史に数多の名を残し、グリゴリの幹部コカビエルでさえ恐れおののいた剣士。それだけでなく誰よりも主を信仰していた。聖剣ガラティンに選ばれ、教会の戦士として戦い続けてきた時から、私もその領域に至ることだけを目標にしてきた」

 

 震える右拳を握りしめ、戦意を宿した鋭い眼差しがこちらを射貫く。「教会最強の戦士」であり、英雄ローランに匹敵するとまで言われた現代の英雄。そんな背中に憧れ、追いかけ、走り続けてきた一人の男の慟哭がそこにはあった。

 

「そんな尊敬するお方が、今ではどうだ。敵対関係にあった魔法使いの小僧の御守に駆り出されているというではないか。『(うえ)』にしか下げなかった頭を下げ、これまで導いてきた私達を遠ざけ、今もそれを背に庇う。最強と謳われた男が、我らの英雄がだッ! ははっ、幻滅したと言い換えてもいいだろう」

「ダヴィード・サッロ殿、それ以上の言葉は看過できないっ! 猊下は決して、恥じた行いなどをしていないッ!」

「……停戦協定はなった。我らの敵は、今は彼らではない。それに、若の功績や『(うえ)』の対応は知っているはずだろう」

「えぇ、存じていますよ。しかし、私にはどうでもいい!」

 

 ……つまり要約すると、この人はおじいちゃんの大ファンで、目標にすべき英雄だと崇めていた。それなのに俺みたいな子どもの御守をしている姿を見て、理想と違うと激おこ案件になったと…。えっ、これ俺の所為なの? ちょっと申し訳なさはあるけど、怒りの矛先が理不尽すぎるんですけど。

 

 尊敬する猊下を堕とされたデュリオは臨戦態勢だし、ストラーダ猊下も警戒を崩さずいつでも剣を抜けるようにしている。えっと俺はどうするべきか…。俺から何かを言っても、火に油を注ぐだけになりそうだ。はっきり言えば、これは教会側の問題である。それなら、護衛であるおじいちゃん達で対処するべきなんだろうけど…。

 

「では、証明していただこう! 我らの英雄の剣が本当に堕ちていないのかを、私の手でなァッ!!」

「おっ、センセやる気マックスでやんすねぇ! いっつも猊下と剣を交えたいってボヤいていたから、念願叶ってうれぴょんぴょんってやつですかいっ!」

「……フリード、余計な言葉は慎め。今ならあっちの『切り札』と剣を交えるチャンスだぞ」

「おっほぉぉぉッ!! 僕ちんお利口さんだから、お口チャァァークっスよォ!」

 

 ……おい、ちょっと待て。つまりこの人、俺とかどうでもよくて憧れの猊下と剣を交えるいい理由ができたから喧嘩売っただけかよ、おいっ!! さすがのおじいちゃんもピクピクと眉を顰めているし、デュリオも頬を引くつかせている。この師弟、わりと迷惑な方のバトルジャンキーなだけじゃねぇかよ!

 

 えーと、こんなのに付き合う必要なんてなくない? 相手の目論見もわかったし、俺をダシにして喧嘩を売りに来ただけだろ。余計な諍いなんて求めていないし、さっさと逃げてしまおう。あっちがどれだけ騒いだって、上層部はこっちの味方なんだ。いくら向こうが戦いたくても、こっちに戦う意思なんてないんだから。

 

「はぁ…。行きましょう、おじいちゃ――」

 

 

 ――鋭い警告が突如、頭に響いた。

 

 

「――ッ!?」

 

 反射的に身体が動いたが、その前に反応した猊下が腰にある剣を引き抜き、俺に向けて放たれた凶弾を防いでいた。威力は調整されていたようで、当たっても死に至らしめるほどではないようだったけど、不意打ちで攻撃されたのは事実だった。バクバクと鳴る心臓に深く息を吐き、銃口をこちらに向ける少年と目が合った。

 

「あのさぁ~、興覚めなことしないでくんない? 俺もボスも今すんごくワクワクしてんのによぉ」

「若に攻撃を行った意味を理解していないわけじゃないな…」

「キャッキャッ! 怒っちゃった、怒っちゃったぁ~? これで俺達と剣を交える気になったっスかねぇ!」

 

 地を這うようなおじいちゃんの声音に、口元の笑みを隠そうともしない。武器を抜いた猊下に合わせてダヴィードさんも背中の聖剣を引き抜き、デュリオもすでに剣と銃を手にしていた。もはや話し合う余地はないに等しかった。

 

「大変だねぇ~、よわよわでひ弱なお姫様を守るナイト様達は。こっちに集中してくれないと、次は腕の一本ぐらいはさよならバイバイしちゃうかもよぉー」

 

 こちらを見下すようにニヤニヤと笑みを浮かべたフリード・セルゼン。なるほど、おじいちゃんとデュリオは俺の護衛だ。俺に危害を加えようとする相手がいるなら、護るために剣を抜くしかない。俺を守りながら戦うと考えれば、例え向こうが劣勢になっても深追いはできない。あとで処罰は受けるだろうが、自分達の戦闘欲は満たすことができる。

 

 だいたい過激派と呼ばれているぐらいだ、本当に俺に怪我をさせたらまずいだろうが、おじいちゃんの実力なら俺を守り切れると踏みながらギリギリを狙ってきていると見ていい。彼らの目にはストラーダ猊下とデュリオしか映っておらず、俺は体のいい人質か。自分達の楽しみを邪魔せず、余計なことをするなと言いたいのだろう。

 

「さぁ、最強よ! その領域を私に見せてもらおうかッ!!」

「ヴァチカン本部であのヤバーイ神滅具(ロンギヌス)ってやつは使えんでしょ? ぜひぜひ、切り札のお兄さんの実力を見せてくんしゃいよォッ!」

 

 舌なめずりをし、光の刃を生やした剣と銃を持って一切の迷いなくデュリオへ襲いかかったフリード。ダヴィードさんは手にした聖剣ガラティンに光を宿し、構えを崩さない猊下と切り結ぶ。攻勢に出ようにも時々こちらを狙おうとする二人の動きに、護衛として下手に動くことができないでいた。まだ無傷で凌げているとはいえ、このままという訳にはいかないだろう。

 

 何より、……さすがの俺も頭にきた。

 

 

「相棒」

 

 猊下とデュリオとの戦闘に集中しているため、警戒はされているが俺に対する意識はほとんどない。目の前で行われている激しい戦闘に、横やりできる実力なんてないのも事実。それを向こうも感じ取っているのだろう。うん、完全に嘗められているな。だからこそ好都合だ。

 

 気づかれないように手の平に小さくした紅の槍を呼びだし、タイミングを計る。相手は歴戦の教会の戦士であり、情勢を考えれば俺はあまり手の内を見せない方がいい。だから、護衛である二人は俺の異能を知っているのに、援護を求めようとはしない。一緒に戦うという案は却下。

 

 なら、仕方がないよな。俺は懐から必要なものを取り出し、相手に何もさせずに無力化を目指す。普通のやり方じゃあ、この二人の虚をつくのは不可能だろう。だけど、今の彼らは教会の戦士として働いている。少なくとも彼らが纏う聖なるオーラは、神への信仰心によって得られるものだ。その力が使える時点で、原作のように神に唾を吐く行為にまで至っていない。それなら、いくらでもやりようがある。

 

 その僅かでもある神への信仰心を利用させてもらうよ。

 

 

「光よ」

 

 敵なら――容赦しない。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さすがは猊下。これが生きた伝説か…」

 

 幾度目かの衝突を果たし、ダヴィードはただただ称賛を心に浮かべた。自分の倍以上の年齢の開きがあり、すでに全盛期よりも力が落ちていると聞くが、それを感じさせない畏れを纏っている。後進の育成のために前線に出ることは少なくなったとはいえ、やはり『最強』は健在であることを我がことのように誇らしく感じた。

 

 かの英雄に並ぶために鍛錬を積み、聖剣ガラティンの使い手に選ばれた時、自分こそが『聖剣デュランダル』に選ばれたストラーダ猊下に次ぐ者になると決めた。英雄のいる最強の領域に、せめて少しでも手を届かせたい。猊下(伝説)に成り代われるほど驕ってはいないが、戦士の歴史に己の名を刻み付けたい。そうして多くの敵を切り伏せ、慈悲もなく葬り続けた末に、気づけば過激派の狂犬のような扱いになっていた。

 

 だがダヴィードにとって、それはどうでもいいことだった。周りに恐れられようと、この手がどれだけ血に染まっても昇り詰めたい高みがある。異形を葬る役目を授けてくださった神に感謝だってした。停戦協定によって安易に異形や異端者を裁けなくなったことに鬱屈とした感情はあったが、主を裏切る真似はしない。猊下の強さだけでなく、その信仰心すら目標だったのだから。

 

 聖書陣営と魔法使いには手を出しづらくなったが、人間と敵対している異形はまだ数多くいる。才能はあるがあまりの残虐性から制御が難しいとシグルド機関から渡された弟子には困ったものだが、狂犬と呼ばれた自分も昔は猊下からの指導を受けて育ったのだ。強さに憧れを抱く姿が自分と重なり、今では当たり前のように指導するようになった。

 

 停戦協定を結んだ上層部の決定に異議を申し立てるつもりはない。しかし、不満もあったのだ。あの魔法使いの子どもへの八つ当たりは、間違いなくダヴィードの心に巣くう思いでもあったのだから。己が羨望した英雄が、子どもの御守なんかに使われるのは我慢ならない。このまま幻滅するぐらいなら、せめてその強さを知りたかった。その領域を見たかった。

 

「咆えろ、ガラティンっ!」

「っ、凶暴な剣筋だ…」

 

 エクスカリバーの兄弟剣とされる聖剣――ガラティン。非常に頑丈で、決して刃こぼれしないとされる伝説の聖剣。故に、どれだけ力任せに扱ってもその剣の威力が衰えることはない。ストラーダ猊下はその剣筋を読み、素早く刃を交えるが聖剣ではないため加減を間違えればその暴虐なまでの力に折れる危険性があった。荒い剣筋ではあるが、決して粗末なものではない。むしろ相当な修練を積んだことが伺えた。

 

 

「おっほっほっ、さっすが『切り札』と呼ばれるだけあって、神滅具を使わないのにつんよいですなぁ~!」

「こっちは教会の戦士同士で戦っていること自体が残念だけどね」

 

 デュリオの神滅具(ロンギヌス)である『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』は、二番目に強いとされる上位神滅具である。天候を操り、いかなる自然属性をも支配できる超広範囲に効果を及ぼすもの。故にヴァチカン本部内で容易に使える異能ではない。さらに護衛対象である奏太が後ろにいるため、高速戦闘も封じられている状態。

 

 常ならフリードを無力化するのにそこまで時間はかからないが、相手はわざと奏太へ銃口や剣を向ける素振りを見せてくる。デュリオ自身、いくら敵でも自分よりも年下の子どもに手をあげることは出来ればしたくないのだ。殺傷は避けたいし、大きな怪我は負わせたくない。しかし、これ以上好き勝手されるわけにはいかない。

 

 反撃の機を窺おうと剣を構えた瞬間――ゾワリと背に悪寒が走った。それは隣で攻防を繰り広げていた猊下も感じたのか瞬時にデュリオに目配せを送り、この予感を理解する。この予感は、ダヴィードとフリード師弟によるものではない。デュリオが気づいたのも、彼らと違って常に気にかけていたからだ。自分達が護るべき存在を。

 

 

「相棒」

 

 明確な言葉はない。だけど、行動に移す。そもそも彼が、ただ護られているだけの存在じゃないことをよく知っていたからだ。デュリオとストラーダは瞬時に、彼らの前に躍り出てその剣を無理やり押さえ込む。その突然の攻勢に目を見開いた師弟だったが、すぐに反撃に移れるように全ての集中を相手に向けたことで――

 

 倉本奏太にとって、絶好の隙を晒した。

 

 

「光よ」

 

 その一言が響くと同時に――演習場を包み込むような温かな光が(ほとばし)った。

 

『――――』

 

 それはただの光ではなかった。教会の戦士なら誰もが記憶にない原初から刻みこまれている聖なる光。暁紅に輝く光がまるで意思をもつようにダヴィードとフリードの目を焼き、意識が吸い込まれるかのように心が奪われた。

 

『信仰のある者はあの槍をあまり強く見つめるな。心を持っていかれるぞ』

 

 原作で曹操の槍の光に魅了され、虚ろの相貌で槍を見つめていたアーシアの目を隠したアザゼルが告げた言葉。天使長であるミカエルも、初見でこの光を見た時は呆然と立ち尽くすしかなかった。聖遺物(レリック)は信仰心がある者ほど、その光に魅了される。どれだけ歴戦の戦士でも、不意打ちで喰らったら堪ったものではないだろう。

 

 神を信仰する教会の戦士なら効くと判断した奏太による、荘厳な目くらまし。

 

 

 ――カチリッ!

 

『ミルキースパイラル・スタンドアァッ~~プッ! マジカル・オルタナティブ!!』

 

『……えっ?』

 

 

 と、そんな空気を容赦なくぶち壊す機械音が鳴り響いた。

 

 

『判定、対象者にミルキーの心なし。オートモードを起動いたします』

「はっ? はぁぁぁあ゛あ゛あぁぁーーー!?」

 

 突然背に感じた衝撃にようやく意識が覚醒したフリードだったが、時すでに遅し。溢れた光が白髪の少年を容赦なく包み込み、無慈悲に『判定』を下した。黄金の光によってシルエットだけが映るフリードの着ていた衣服が突如弾けとび、一糸纏わぬ姿をさらけ出す。目の前でそれを突然見せられたデュリオと一緒に悲鳴が上がった。

 

 幼さが残る少年にフィットした衣装が次々に装着されていき、いくら藻掻き叫ぼうとも億越えの研究成果を前に一人の少年の力など無に等しい。白髪の髪に合わせた純白のドレス風ミニスカート、無造作に結ばれていた髪はツインテールに変わり、赤い瞳と同じ大きなリボンが胸元と腰に彩りを与えた。周りにとって幸いだったのは、アニメでは顔芸で忘れられていたが原作者も認める美少年設定のおかげで美少女にしか見えなかったことだったのかもしれない。

 

「魔法少女ミルキースパイラル・オルタナティブ! 悪い子にはお仕置きよん☆」

 

 最後にキュルンパ☆ とハートのエフェクトを発生させながら、フリード・セルゼンはバッチリと決めポーズを最後まで決めた。そこまでやり切った瞬間、死んだ目で己の惨状に言葉を無くす弟子に、ダヴィードと猊下もあんまりの悲惨さに硬直してしまった。

 

 そんな時が止まったかのような状況でカシャッ! とシャッターが切られると同時に、ダヴィードの背に何かが押し付けられた感触を覚えた。ストラーダと切り結んでいた最中だったが、思わず振り返りそうになり――

 

「あっ、動かないでくださいね。動いたら、お弟子さんと同じ目にあわせますよ」

 

 軽い調子で言われた言葉の恐ろしさに身体が硬直した。横目で後ろを確認すると、左手に携帯電話を持って連写しながら、右手に持つ何かをダヴィードに押し付けている黒髪の少年がいた。形状からして丸形のものだろう。そして、固まるフリード・セルゼンの足元にも似たような形状のコンパクトのようなものが落ちている。恐怖しかない。

 

「うおぉぉえ゛えぇぇっ……!!」

 

 ようやく現状を理解してしまったフリードはその場でゲロを吐き出して蹲り出し、さすがのデュリオも哀れ過ぎて自身のローブをそっと被せてあげる。追い打ちのようにシャッターを連写していた倉本奏太は、ダヴィードの視線が自分に向いていることを確認するとニッコリと微笑みを返した。

 

「ダヴィードさん、俺すっごく怖かったんですよね。お弟子さんにいきなり銃を撃たれて、目の前で戦闘が始まって…。俺は先ほど言われた通りよわよわでか弱いお姫様なんですよ、わかります?」

「……な、にを」

「なので、師弟含めて二度とこちらに敵意を向けないことを『神様』に誓ってください。今すぐに」

 

 無理やり振りほどこうにも、それを許さないようにストラーダ猊下がダヴィードの剣を押さえていた。猊下の剣から逃れようとすれば、背中にあるコンパクト(兵器)が火を噴くだろう。弟子はすでに使い物にならなくなっている。額から流れる冷や汗と背に感じる悪寒、長年磨いてきた危機察知が決して虚仮威しではないことを告げていた。

 

「それが誓えないと言うなら……()りますよ」

 

 社会的に――という副音声が聞こえた瞬間、ダヴィードは聖剣を手放した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「今後二度と小ぞ…」

「倉本奏太って言います。よろしくお願いします」

「……今後二度と倉本奏太殿には手を出さんことを神に誓う。フリードも含めてな」

 

 お互いに武器を収め、無事に一件落着できたことにホッと息を吐いた。いやぁー、仲裁できて何よりである。この二人の場合、今回のことをなぁなぁで治めるとまた猊下と戦いたいからって理由で襲撃される可能性もあった。それはさすがにたまったもんじゃないので、こうして約束を取り付けられたのはよかった。

 

 少なくとも教会の戦士である間は、俺に手を出して来ることはないだろう。それほど、神への誓いというのは教会にとって重いものだ。フリードに関しては、原作で教会を出奔しているから効果は薄いかもしれないけど…、ちょうど物理的に静かに出来る材料は手に入ったからな。これは有効活用しないと。

 

「あの…、カナたん。この子の服って何とかならないの?」

「あぁ、大丈夫だよ。そこに落ちているコンパクトにちゃんと収納されているから、フリードくんの口から『これにて正義執行よ☆ ミルキー・マジック!』ってポーズとウインク付きで言えば返してくれるよ」

「……泣き出しちゃったよ」

 

 拳銃を向けられたお返しはこれぐらいでいいか。俺はコンパクトを拾い上げ、設定ボタンを弄るとデュリオのローブで隠されていたフリードくんが再び光り輝き、元の教会の衣装に戻っていた。おずおずとローブから這い出た十二歳の少年は、プルプルと身体を震えさせながらこちらを涙目でキッと睨みつけた。

 

「こ、ここまでする必要がありますかねぇ…」

「見せしめは必要でしょ」

「悪魔かよ」

 

 ドン引きされた。悪魔より悪魔やっていたキミに言われたくないんだけど…。

 

「倉本殿、先ほどの聖なる光は…」

「えっ、何のことですか? 俺にはさっぱりです。記憶にないことを言われると、ついおじいちゃんに伝手をお願いして、『週刊ぶれいぶエンジェル』に面白そうな写真を投稿したくなっちゃいますねー」

「セ、センセェッ…!!」

「……わかった。何も聞かん」

 

 よし、ダヴィードさんとフリードくんの口も封じたし、これで恙無く隠蔽完了だ。聖遺物(レリック)の反応は絶対に聞かれるとわかっていたので、見せしめがしっかり効果を発揮して何よりである。それに、もし原作同様に教会を追放されたフリード・セルゼンが敵に回った時は、この写真を色々使わせてもらおう。安全は大切だからね、先に敵対してきた方が悪い。

 

 それにどうせこの秘密も和平までもてばいい程度だ。俺が聖遺物(レリック)持ちであることはわかっただろうけど、それ以外の情報は何も落していない。相棒の異能で姿や気配を消してダヴィードさんの後ろに回ったりしたけど、全員魔法少女に釘付けだったからそれもバレていないだろう。今回の報告を受けた上層部も目を光らせてくれるだろうし。

 

 いくら過激派だとしても、聖なる力を宿す神器持ち……それも神滅具(ロンギヌス)を無下にはできない。原作でテロ組織に所属していたジャンヌや曹操が、教会の信徒たちに一目置かれていたように。彼の目に先ほどまでなかった敬意が少し宿ったのも、それを裏付けていた。

 

 

「若、お手を煩わせてしまいました」

「いえ、気にしないでください。最初はどうなるかと思ったけど平和的に解決できてよかったです」

「平和的解決…」

「この兄さんの感性、ヤバすぎだろ…」

 

 そこ、聞こえているからね。誰も怪我しなかったんだからOKなんだよ。ニッコリとフリードくんに手を振ると、ビクッと肩を揺らしてデュリオの後ろに隠れてしまった。そこまで怯えなくても…。

 

「大丈夫だよ、敵対しなければ魔法少女にしないから」

「そ、そうですかい…。ちなみにもしまた敵対したら」

「えっ、天使の皆さんにも協力してもらいながら、数ヶ月は魔法少女の衣装が外れなくなる設定にして師匠共々変身させるしかないね」

 

 俺から距離を離すように全力で走り去り、ダヴィード師匠に涙目でダイブするフリードくん。へぇー、この頃はまだ可愛げがあったんだなぁー。デュリオに揶揄っちゃダメと怒られたので、さすがに自重するけど。

 

「サッロ殿。このことは『(うえ)』に然るべき報告はさせてもらう」

「あぁ、負けたのはこちらだ。潔く認める」

「……だが、そちらの言い分も理解した。サッロ殿は他の過激派の信徒と繋がりがあるだろう。もし若に手を出すべきではないと広めてくれるのならば減刑も願い出よう」

「ふぅ、慈悲深いながら余念がない。いいだろう、弟子の尊厳もかかっているしな」

 

 プルプルと子犬のようにくっつくフリードくんを連れながら、こちらへと謝罪と共に頭を下げたダヴィードさんは元の道を帰って行った。本当に嵐のような人たちだった。次に会うことがあったら、さすがに敵対しないことを祈っておこう。血の気は多かったダヴィードさんだけど、彼と一緒ならあのフリードももしかしたら闇落ちなんてしないで済むのかもしれない。

 

 原作でフリードが闇落ちした理由はわからない。だけど、彼がまだ教会の戦士として過ごせているこの時代に停戦協定を結んだことで、あれほど悪魔を憎む原因となったものが取り払われた可能性だってある。小さな可能性かもしれないけど、少しでも俺の行動が良い方向に変化を与えられていたらいいな。

 

 バトルジャンキーなお騒がせ師弟の背中を見つめながら、俺達もイギリスに向けて足を進めたのであった。

 

 


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